奴隷ハーレムの作り方#30~正体~

夜、ルシュタートの街はいつもの活気とは違い、人もまばらになっていた。
 それもそのはず、先日にあったゴブリン襲撃によって、未だ警戒は解かれていないからである。
 まばらな人通りも、警備の兵士や飲み屋帰りの冒険者、歓楽街で男達を誘う娼婦達ぐらいだろう。
 いつもよりも人通りが少ない事もあって、娼婦達はやる気がなさそうに見える。
 客が通らなければお金が生まれないのだから、仕方の無い事なのかもしれない。

 そんな人通りから外れた路地裏に続く道に、一つの影が見えた。
 その長身の男は、煌びやかな金髪を靡かせて人を待っていた。
 端整な顔立ちをしているが、その表情には酷薄な笑みを浮かべている。
 彼はさも可笑しそうにククッと笑いが込み上げるのを堪えたように声を出した。

「まさか〈魔人化〉の実験体が倒されるとはね……しかも相手はあのコーヤ君だというじゃないか。おもしろいなあ、ますます欲しくなっちゃったよ」

「ディオス、面白がってんじゃないわよ。せっかくのこの強固なルシュタートを壊滅させられるかどうかの実験だったのよ」

 ディオスと呼ばれた金髪の男は、その不機嫌な返事に思わず笑い声が漏れる。

「やだなあ、あのくらいの実力に負けてるようじゃどちらにしろ失敗だったでしょ。ま、貴重な実験体を失った事には同情するよ。僕には関係ないけどね」

 ディオスはこの襲撃に関わっていなかった為、所詮他人事だというような軽い返事を返しながら、頭の中では自分と戦って無様な姿を晒すコーヤを思い浮かべていた。
 軍人のコルトは〈魔人化〉をしていなくてもそれなりには強かったはずだ。
 魔法の素養はなかったが、強靭な肉体を持っていたからこそ実験体に選ばれたのでもある。
 それを相手にしてギリギリ辛勝ではあったが勝ったのだから、コーヤという実験体の評価は改めなければいけないと考えた。

「……とにかくもうこの街には用は無いわ。帝国に帰りましょ」

 ディオスはそう言って眉間に皺を寄せている彼女を見て、愛嬌のある顔も台無しだと思い苦笑いする。

「それにしても君も悪いよね。冒険者ギルドの優しい優しい受付嬢のフリをして、裏では街を襲わせるなんて酷い事するんだから」

「……うっさいわね、実験の過程をこの目で見る為には仕様が無いでしょう」

「フフッ、ま、その気持ちは分かるけどね」

 新しい力を得る為の研究とはなんと素晴らしい事か。実験とはなんと楽しい事か。
 その為ならどんな実験だって取り組む。
 人類が飛躍し、進化する為に必要なら非人道的な行為も厭わない。
 人類の進化を研究している機関、〈高潔なる探求者(ノーブル・シーカー)〉はそんな連中の集まりだった。
 狂っていると言われればそうなのかもしれない。
 常人には理解されないだろうが、ディオスは他人にどう思われようがどうだって良かったのだ。
 彼女の栗色の髪が月明かりに照らされて顔が見える。

「それにしてももう街から出て行くの?」

「当たり前でしょ、実験が終わったんだから。帝国に帰って次の実験の準備だってしなくちゃならないの。フラフラうろついてるあんたと一緒にしないでくれる?」

「酷いなあ、僕だって実験体を探したりするのに忙しいんだよ」

 苦笑いを零しつつ言うディオスに、彼女は溜め息を吐いた。

「実験体なんていくらでもいるでしょう。奴隷や魔物ならいくらでも連れて来れるじゃない」

「うーん、僕は気に入った実験体を使いたいんだよね。だから、自分で探す事にしてるんだよ」

「面倒なこだわりね……あんたは戻らないの?」

「そうだねー、僕はまだ戻らないよ――ちょっと面白い実験体を見つけてね」

 彼女――ローリス・ラズワルドはさほど興味も無さそうに相槌を打った。
 冒険者ギルドの受付嬢である彼女の本当の姿は研究機関〈高潔なる探求者(ノーブル・シーカー)〉だった。

「まあどうでもいいけど、あまり目立つ事はしないでよね。こっちが動きづらくなるんだから」

「あーうん、気を付けるよ」

 本当に分かっているのかと言いたい様な表情をしてローリスはディオスを睨みつけていたが、ふと顔を強張らせて辺りに目を彷徨わせた。
 その様子にディオスも辺りの気配を探ると、いくつもの視線が刺さっているのを感じた。

「……囲まれてるわね」

「――みたいだね。じゃあ僕は先に行くから」

 唐突にディオスは風を纏って建物の屋根へと移った。

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

「どうせ君の正体がバレたんだろ? 後始末は自分でつけてくれよ」

 ローリスはニヤニヤ笑みを浮かべるディオスに歯軋りをしながら睨みつけた。
 そんな射殺すような視線に意を介さず、ディオスは屋根を飛び移りながら去っていった。
 ディオスを追っていった者達もいるようで、囲んでいる人数が減った事は幸いである。
 脱出の算段を考えていると、周りから見知った顔ぶれが出てきた。

「――ローリスさん、やっぱりあんただったのか」

 その声の方へと目を向けると、そこには悲しげな、そして怒りも孕んでいる様な複雑な顔をしたコーヤがローリスを見つめていた。

奴隷ハーレムの作り方#30~正体~

奴隷ハーレムの作り方#30~正体~

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2018-04-21

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