奴隷ハーレムの作り方#28~コルトとの約束~
コルト・バイソンは軍人だった。
それもレグラム王国軍ではなく、イブリース帝国軍である。
数多の小国を飲み込み、今もなお他国へと攻め入り続けている帝国。
彼はその帝国の中でも、諜報員として有能な男だったのだ。
十年前に彼がこの街、ルシュタートへ来たのも、内情を探る為であった。
身分を隠し街へ潜入し、警備兵として防衛の弱点を探る日々を過ごす事となった。
無論、兵の数や、冒険者の強さなども定期的に帝国へと情報を送っていた。
そんなある日の事だった。彼の元に奴が現れたのは。
「――奴って、まさか〈高潔なる探求者(ノーブル・シーカー)〉か?」
おおよそ予想が付いた事を尋ねた。
「……そうだ。奴は、俺が帝国に残してきた妻と子を人質に、俺に人間に魔物の力を与える研究の実験体になれと要求してきた。俺に化け物になれと言ってきたのだ。だが、奴らだけじゃなかった。帝国の上層部までもが俺に命令を下したんだ……呑むしかないだろう。愛する妻と子を人質に取られ、俺は抵抗などできるはずもなかった。そして、俺は普段警備兵として活動する裏で、ゴブリンを統率するハイゴブリンとしての顔も持つようになったのだ」
コルトの独白に、苦々しい気持ちになり顔を歪める。
こんなのって、あるかよ。
ぐっと拳を握り締めて、やり場の無い気持ちを地面にぶつける。
「コルトさん……あんたは帝国の人間で、ゴブリンのボスで、この街を襲った。そのせいで死んだ人だっている。だから同情なんてしないぜ」
「そんな事、覚悟の上でやったことだ。恨まれることはあれど、同情される謂れは無い」
コルトはフッと自嘲気味に笑みを浮かべて、言った。
「だが、俺が一つ約束してやる――あんたの妻と子を人質にした帝国の奴らに報いを受けさせてやると。これは俺が個人的に許せないからだ。あんたの敵討ちじゃねえからな、勘違いするなよ」
「……お前はよく分からん奴だな」
コルトは目を閉じて口元を綻ばせたように見えた。
「しかし、まさかあんたがハイゴブリンだとは思わなかったよ。だからハイゴブリンの噂を流したり、俺がゴブリンから逃げてきたのも知っていたのか」
俺の言葉にコルトが頷いた。
もうあまり意識もないのだろう。
地面に流れた血が広がっているのを見て、彼の命が長くない事を悟った。
「――最後に教えてくれ……あんたをそんな身体にした奴は誰なんだ」
これが一番聞きたかった事だ。
曲がりなりにもコルトはこの世界に来て初めて言葉を交わした人間で、気さくに話しかけてくれた数少ない知り合いだったのだ。
口では同情しないなどと言ったが、やはり彼を不幸に陥れた奴をこの手で一発殴りたかったのだ。
そんな俺の心の内を読んだのかどうか分からないが、コルトは初めて会った時のような気さくな人の良さそうな笑みを浮かべた。
「……奴の名は、――ッ!」
コルトは目を見開き、突然起き上がり俺に覆い被さってきた。
その瞬間、ドンッとコルトの背中に何かが突き刺さる音が聞こえた。
「――妻と、子を、頼、む……」
コルトは最後にそう呟いて、動かなくなった。
俺はそれを見て唇をわなわなと震わせた。
「なんだよ、それ……死にかけなのに、庇ってんじゃねえよ……」
溢れそうになる涙を堪えて、コルトの背中に突き立った矢が飛んできた方向を睨みつけた。
だが、その方向にはゴブリンが見えるだけで他には何も見えなかった。
コルトの亡骸をそっと横たわらせて、俺は残りのゴブリンを怒りをぶつけるように次々と斬り裂いていった。
――コルトさん、あんたに助けられたこの借りは必ず返すよ。
その後の事は、あまり覚えていなかった。
気が付けばもうゴブリンは周りに居なくて、街のあちこちで歓喜と安堵の声が聞こえてきた所だった。
傍には傷があちこちにあるが、思ったより元気そうなリーナとティリアが居る。
「二人とも、無事だったか……」
リーナが愛くるしい笑顔で答える。
「何とか大丈夫でした! コーヤ様がハイゴブリンを倒してくれたおかげで、ゴブリンが動揺して倒しやすくなりましたしね!」
「そうですね。さすが旦那様です」
ティリアもその言葉に頷きながら、可憐な笑顔を浮かべて言った。
二人の笑顔に心を洗われるのを感じて、釣られて笑みが浮かぶ。
「とりあえず、治療するか」
俺は二人に治癒魔法をかけて、その後自分にもかけようとしたのだが、どうやら魔力切れのようだ。
俺は疲れきった身体から意識を手放す事にした。
「コーヤ様! やだ、酷い傷! ティリア、どうしよう!」
「リーナ、落ち着きなさい。とりあえず、タージェ様の所に戻りましょう」
二人の声が最後に聞こえたが、俺は抗えない睡魔に導かれるように完全に意識を失った。
俺が再び目を覚ましたのはそれから丸二日経った後だった。
「おお、目覚ましたか!」
そう言って覗き込んできたタージェに目を向ける。
「――ここは?」
「俺の商館の客室や。お前丸二日眠ったままやったんやぞ?」
「……そうか。街はどうなってる?」
「まあ元通りとはいかんけど、そこまで甚大な被害は出てへんみたいやからしばらくしたら立て直しも終わるやろな。それもこれもコーヤのおかげっちゅーわけや。よっ! 英雄!」
そんな調子づいたタージェの声に思わず溜め息がもれる。
「……そんな大層なものじゃないだろ。それより、リーナとティリアは?」
タージェはふむ、と顎に手を当てて扉を見つめた。
それに釣られて俺も扉へと視線を向ける。
「そろそろ来る頃やろ。ほな、俺は仕事があるから戻るわ」
「ああ、世話かけて悪いな」
「俺は大して何もしとらんよ。礼ならあの二人に言ったり。ほとんど寝やんとコーヤの世話してくれたん
やから――まあ、奴隷やから当たり前っちゃ当たり前なんやろうけどな」
「そうだったのか……」
「身体の調子まだ万全ちゃうんやから大人しくしときや、ほななー」
陽気な声で部屋を出て行くタージェに、俺は再び溜め息をこぼした。
何とも気の抜ける男だ。まあ、それがあいつのいい所なのだが。
俺は再びベッドに身を沈めてボーッと天井を眺めた。
結局、コルトから〈高潔なる探求者(ノーブル・シーカー)〉の事の発端となった奴の名は聞き出せなかった。
その前に俺を狙った矢を庇ってその身に受けて死んだのだ。
決して善人とは言えないが、悪人でもなかったのだと思う。
善悪なんて、個人の価値観によって変わるから何とも言えないのだが。
だが、思い出したことが一つある。それを確かめない事には、今回の事態は俺の中で終わらない。
――なんであの人は知らないはずの情報を知っていたのか。
まあ、それはもう少しゆっくりしてからにするか。
しばらくニートだった頃の様に寝ようかと考えていると、扉が勢い良く開いた音が響き渡った。
びっくりして扉のほうへ視線を向けると、そこには息を切らせたリーナとティリアが立っていた。
「おお、おはようさん」
「おはようさん、じゃないですよ! もう、心配したんですからね!」
「お元気なようで安心しました、旦那様」
ぷりぷりと怒っている様子のリーナと、ホッと息を吐いて安堵の表情を浮かべるティリアと反応は全く違うが、二人とも心配してくれていたのだろう。
幾分疲れた顔を綻ばせるのが見て取れた。
「二人とも心配掛けたな。ありがとな」
「コーヤ様ってホント自分を省みない人なんだからっ、普通奴隷より自分の治療を優先するでしょ……」
「まあまあ、それだけ私達を大切に思ってくれている証拠よ」
「ま、まあそうだけど……」
二人でこそこそ喋っているようだが、全部聞こえてるぞ。
「あー、まあ、自分の事まで気が回ってなかった。今度から気を付けるよ」
なんかいいな、こういうの。
お互いに心配し合うってのは、信頼があるという事だ。
主従関係ではあるが、それなりに絆がある事に内心安堵した。
「あ、そうだ。師匠が体調が戻ったらギルドまで来てくれと仰ってました」
「師匠が? ふーん、じゃあ明日にでも行ってみるか」
なんとなしにそう言った俺の言葉に、リーナが目を吊り上げた。
「ダーメーでーすっ! 怪我人は安静にしてなきゃいけません」
「お? おお、分かった」
おお、なんかリーナって意外に世話焼きなのか。
新たな一面に驚いたが、それはそれで微笑ましくもある。
「……何笑ってるんですか?」
「ふふ、リーナの世話焼きな所も可愛いなーって思ってらっしゃるんですよ」
「ッ! なっ……」
おいティリア何で分かった。俺の心が読めるのか。
リーナが顔を赤くしているのを横目に、ティリアを見る。
「ティリア、何で俺の考える事が分かったんだ?」
嬉しそうに顔を緩ませているティリアに問いかけた。
「え? それは神の声が――――」
イィケェ神ィィィィッ!
奴隷ハーレムの作り方#28~コルトとの約束~