奴隷ハーレムの作り方#27~ルシュタート防衛線後編~

よほど人間が憎いのだろうか、ハイゴブリンが憎悪の篭った目で俺を睨みつけている。
 日本にいた頃にこんな目で睨みつけられていたら、土下座で許しを乞いていたかもしれない。
 情け無い話だが、今も正直逃げ出したいくらい怖いのだ。
 だがしかし、そんな甘い事も言っていられない。こいつが街を襲ったゴブリンのボスであり、倒さなければならない相手だからだ。
 一瞬でも気を抜けば襲い掛かってきそうな殺気を放っている相手を前に、俺は視線を動かさずに後ろにいるリーナに声を掛ける。

「周りのゴブリンの相手を頼む――どうやらあいつは俺を殺したくて堪らないらしい」

 さっきから俺のほうばかり見ている。この前対峙したときに顔をバッチリ憶えられたらしい。
 タラリ、と嫌な汗が頬を流れる。
 後ろにいたリーナの顔は見えないが、離れていく気配があったので理解したのだろう。

「あー、怖えな、くそ」
 戦いに慣れたからこそ分かるものがある。
 この前見た時は必死過ぎてそれどころではなく分からなかったが、目の前にいるハイゴブリンはなまじ知能を持っているからか、普通の魔物よりも手強い。
 並みの冒険者や兵士なら殺気だけで殺せるんじゃないかと思うほどだ。
 隙の無い相手に果たして俺は勝てるのか、と疑問を浮かべてしまう。

「――けど、やるしかないんだよな」

 そう、俺には今、守りたいものがあるのだから。
 恐怖心を押さえつけ、剣を構える。
 不思議と、リーナやティリアの事を考えると震えが収まった。
 奴隷なのだから、俺に対して嫌な態度を取る訳にはいかないのは分かっている。
 だが、二人の笑顔を思い浮かべていると自然と笑みを浮かべてしまう自分がいる事に、俺は可笑しくて口元を綻ばせる。
 今は仮初の関係でも、これからゆっくりと絆を深めていければと思う。
 そうしたいと思うからこそ、ここで死ぬわけにはいかない。
 深く息を吸って、吐き出す。

「ハイゴブリン、悪いがお前にやられる訳にはいかない」

 ハイゴブリンが鼻を鳴らして曲刀を構えて腰を落とした。

「ニンゲン、我もお前を見つけたら殺さねばならない」

「はっ、それじゃあまるで誰かに命令されたような言い方だな」

「……お前には関係の無い事だ」

「――なら、お前を叩きのめして吐いてもらうぜっ!」

 どちらともなく地を蹴って間合いを詰める。
 ハイゴブリンを間合いに入れた瞬間、勢いのまま剣を振り下ろす。
 俺の斬撃はハイゴブリンの曲刀によって防がれ、鍔迫り合いになる。
 膂力は向こうの方が上だと瞬時に感じると、俺は押し返された力を利用して後ろへと距離を取る。
 しかし、態勢を整える前にハイゴブリンが間合いを詰めてきた。
 凄まじい速度で曲刀が目の前に迫ってきた。

「ぐっ! はやっ――」

 何とか剣で受け流してカウンターの要領でハイゴブリンの腹を斬り裂く。
 しかし、その斬撃も予想されていたのか、曲刀で受け止められた。
 瞬間、腹を足で蹴られたのか衝撃を受けて吹き飛ばされた。
 受身をとって起き上がり、口から血をぷっと吐く。

――前より強くなってる……いや、前はここまで強いとは分からなかっただけか。

 ハイゴブリンは曲刀をこちらに突きつけて話しかけてきた。

「お前では我は倒せん、潔く斬られろ」

「……素直に斬られるとでも思ってんのかよ」

 そう言って睨み付けると、ハイゴブリンが眉を持ち上げて面白そうに顔を歪めた。

「フン……ならば、一刀両断にしてくれる」

 再び距離を縮める為にこちらに向かってきたハイゴブリンの顔に、左手に握り締めていた砂を投げつける。

「ヌゥッ!」

 意表を付かれたハイゴブリンの目に砂がもろに入った。
 思わず砂を払うのに動きを止めたハイゴブリンの腹を剣で斬り裂いた。

「――浅いかっ!」

 ハイゴブリンが咄嗟に後ろに重心を傾けたからか、斬撃が浅いのを感じた。

「ならば、もう一度――」

 と、思い近づこうとすると、目の前に剣閃が走った。

「――おいおい、マジかよ……」

 目を閉じながらでも的確に斬りつけてきた。
 気配で分かるのかよ。魔物のくせしてどんな剣豪だよこの野郎。

「我に小細工は通じん。一度は不覚を取ったが、二度目は無いぞ、ニンゲン」

 隙の無い構えで、さながら一流の剣士のようだ。
 魔物と思って侮っていたら、間違いなく勝てない事を俺は悟った。

「そう、かよっ!」

 今度はこっちから攻めてやる。
 剣に風を纏わせて距離を詰める。
 そして、間合いに入る直前に足の裏に魔力を込めて小規模の突風を巻き起こして急激に加速して肉迫する。
 獣人の村へ向かっていた時に考え付いた技だ。
 間合いに入る直前に使えば、余程の反射神経と動体視力を持っていなければ防げないだろう。
 ましてや今のハイゴブリンは目が見えないので、反射神経でしか防げない。
 剣がハイゴブリンに届く寸前、驚いた事に奴は片腕を出してきた。

――腕を犠牲にする気かっ!

 剣がハイゴブリンの片腕を断ち、それと同時に肩から胸に激痛が走った。

「ぐあああっ! ――捨て身かよちくしょう!」

 斬られた所に目を向けると、ジクジクと赤い染みが広がっていくのが分かった。 
 常人では出来ないような事をしてくるハイゴブリンに厄介だと思う気持ちとほんの少し尊敬の念が浮かぶのを感じる。
 敵ながら凄いと感じさせるハイゴブリンに、自分も敬意を払って戦おうと思った。

「――なあ、名前はないのか?」

 治癒魔法で止血をしながらハイゴブリンに問いかける。
 血が吹き出る腕に布を縛り止血をし終わったハイゴブリンが、こちらを睨みつける。

「……名、か。我を倒せば教えてやろう」

「そうかい。俺はコーヤだ――よく覚えておけよ、お前を倒す者の名だ!」

「……覚えておこう」

 お互い止血が終わり、再び対峙する。
片腕なら、力は半減したはずだ。あまり効果は無さそうだが、視力も奪っている。
 状況は有利だ。しかし、こちらも傷を負って、とっておきの奇襲も使ってしまった。
 おそらく奴に同じ手は使えない。となれば、地力での勝負だ。
 力も技も向こうが上だが、今の状況では互角か、もしくは向こうが少し上か。
 どちらにしろ、早く決着を着けなければならない事には違いない。
 どこからともなく胸が熱くなるのを感じる。
 命懸けの勝負に、いつの間にか俺は興奮していたようだ。
 男って奴は、元来闘争本能が備わっているのだろう。
 口元を笑みで歪めて、俺は剣を構えてハイゴブリンを見据えた。

 互いに動かず、二人の間にしばしの静寂が訪れる。
 周りにはゴブリンを相手に奮戦するリーナとティリアの気配がある。
 少しでも動けば、決着が着く。
 俺はハイゴブリンの一挙一動を見逃さないように一歩も動かず奴を見つめていた。
 剣を握る手が震えているのに気付く。これは恐怖心からか、それとも武者震いからだろうか。
 そんな事俺には分からないが答えろと言われれば、どちらもなんだろう。
 当たり前だ。この前まで引きこもりニートだった俺が、こんな殺し合いが怖くない訳が無い。
 だが、この脈打つ鼓動は日本では経験した事も無いものだった。
 血が沸き上がるような感覚。血が滾る、というのか。
 まあ武者震いなんてものも経験した事が無いので分からないが。

 一時の静寂を破ったのはハイゴブリンだった。
 手負いなどもろともしないような速さで間合いを詰めてくる。
 今までで一番重い斬撃。直感で俺はそれが分かった。
 受け止めるのは無理だ。ならば避けるか、受け流すか。
 一瞬の思考の中で、俺は咄嗟に思いついた事を普段では考えられないような反射神経で実行した。

 それは一瞬の出来事だった。
 俺は足の裏に突風を巻き起こして上に飛び上がり、重力を任せてハイゴブリンの胴体を斬り裂いた。
 深く切り裂かれたハイゴブリンは、膝から崩れ落ちた。

――勝った、のか。

 ふっと止まっていた息を吐き出し、緊張で張り詰めていた身体が膝を付く。
 治癒が不十分だったのか、傷口が開いて再び血が流れ出していた。
 とりあえず止血だけ済ませて、倒れているハイゴブリンに声を掛けた。

「おい、まだ生きているか」

 俺の声に反応したハイゴブリンが目を開けた。

「……見事だ、コーヤ。我を打ち倒すとはな」

「約束だ、お前の名前を教えてくれ」

 ハイゴブリンの無骨な顔にはぎこちない笑みが浮かんでいた。
 そして、全てを諦めたかのような表情で、ゆっくりと語り出した。

「我の名前は――コルト・バイソン」

 良く知っている名前がハイゴブリンの口から聞こえた瞬間、俺の目が驚きに見開かれた。

奴隷ハーレムの作り方#27~ルシュタート防衛線後編~

奴隷ハーレムの作り方#27~ルシュタート防衛線後編~

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2018-04-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted