奴隷ハーレムの作り方#22~イケ神との夜の語らい~
リーナ、俺の順番で湯浴みをしてから寝静まった静寂な夜の中、俺は二人が眠っているのを確認して、一人ベッドから起き上がり、部屋の窓から屋根の上に登った。
夜なので少し肌寒い。こっちは四季はあるのだろうか。あるとしたら今は秋に変わりつつある過ごしやすい時期なんだろうな。
満ちた月が辺りを淡く照らしている。
月のおかげで真っ暗って訳でもないので、落っこちたりの心配は無いだろう。
何だかリーナと出会ってからは一人になる機会が無かったので、久しぶりな気がする。
それまでは引き篭っていたので一人で居るほうが長かったはずなのだが、人間というのは環境が変わると感覚も変わるものだと思った。
今日は異世界に来て本当の挫折を味わった。完膚無きまでに叩きのめされた。
運良く死人が出なかったが、それは相手が気まぐれだった事と、リーナ達が助けてくれたからだ。
俺は結果的には何も出来ずにやられただけだ。
悔しさ、無力感、自信喪失、自己嫌悪といった感情がない交ぜになり、俺の心の中で渦巻いていた。
しかし、落ち込んでばかりいても何も始まらない。
自分が何か行動を起こさなければ、何も変わらない。
この世界からは逃げないって決めているんだ。
俺には日本に居た頃、いつも嫌な事から逃げ続けていた自分に戻りたくないという気持ちがあった。
力が欲しい。
「イケ神……聞いているか?」
返事が無い、ただの屍のようだ。
『勝手に殺さないでくれるかな。まあ僕に死という概念は無いんだけどね』
「返事が遅いぞ」
『無茶言わないでくれよ――あ、コラ、今話してる所だから……え? ああ、わかったから、後でたっぷり……ね?』
「……おいコラ何話してやがる」
『ああ、ゴメンゴメン、ちょっと僕にベッタリな天使がいてね。僕にもプライベートというものが――』
「リア充爆発しろおおおお!」
『――ひどいなあ、せっかく忙しい中コーヤ君の呼びかけに応えたっていうのに』
「絶対忙しくないだろ! むしろ天使とイチャイチャするのに忙しいってか? ……リア充なんか滅びればいいのに」
もう完全に妬みである。八つ当たりである。イケメンは俺の敵である。
『なんかやさぐれているね……』
「当たり前だ。あんな負け方、男として恥だ」
守るなんて言っときながら守られてるなんて情けなさ過ぎる。
いや、やさぐれている場合じゃなかった。
「今日は色々聞きたいことがあってな」
『……まあ大体想像はつくけど聞こうか』
「まずティリアの事だ。黒髪を変えるのが駄目なら、エルフの特徴である耳を人間の耳に変えればいいとは思わないか?」
『うーん、いい案だとは思うけど、ティリアには話したのかい? エルフの耳はエルフにとって誇りといっていいものだよ?』
「え? そうなのか?」
知らなかった。振り出しに戻るじゃないか。
『まあティリアに聞いてみないと分からないけどね。これに関しては僕のお願いだからティリアさえ頷けばやってあげるよ』
「よ、よし、じゃあ明日聞いてみるからその時は頼む」
『で? 他にもあるんだよね?』
やっと気になっていた事を聞ける。
「ああ……リーナのあれは何なんだ?」
そう。リーナの赤くなった目と尻尾が燃えていたあれだ。
先祖返りの力が関係しているのは間違いない。
『ふむ。彼女はどうやら体内の魔術回路を修復したのはいいが、魔力の放出が予想以上に激しくて無理矢理回路を広げてしまっている。そのせいで感情のコントロールが利いていない様なんだ。特に負の感情が暴走しやすくなっているし、負の感情が暴走すれば魔力も暴走する――特に彼女にとって心の大部分を占める事に関しては、ね』
最後のイケ神の言葉に鼓動が一段と高く跳ね上がった。
急激に顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
『おや? コーヤ君って意外と純情なんだね』
「う、うるさい! そこは放っとけ!」
そう言いながら、俺はまともに否定できなかった。
そういう事を当事者からではなく、第三者から聞くというのもまた違った恥ずかしさがあるのを俺は初めて知った。
「……まあ、私の物、なんて言われちゃあな」
リーナの意識がなかったにしろ、あれは深層心理というものなのかもしれないと思うと、いつものリーナとのギャップにグッと来るものがあったのは事実だ。
『はいはい、惚気はいいから』
「お前に言われるとそこはかとなく殺意が芽生えるんだが」
『……そんな事より彼女、このままだといずれ妖狐の魔力に身体が耐え切れなくなるよ?』
イケ神の言葉に、俺の思考回路が一瞬止まった。
俺の脳裏にリーナの赤い眼とゆらゆらと燃える尻尾の姿がよぎる。
「……対処方法は?」
『負の感情を極力持たせなければいいんだけど、難しいだろうね。魔力の制御はまだ慣れていないみたいだし……』
「俺の治癒魔法で魔力の暴走を止められないか?」
『魔力同士がぶつかり合うだけで効果は無いよ。治癒魔法では無理だね』
「じ、じゃあどうすればいいんだよ……」
『問題は魔力の放出量が無理矢理魔術回路を広げている事にある。つまり、放出量さえ今の彼女の魔術回路に見合った量にすれば問題ない。だけどこれは彼女が魔力制御できるようになるしかないね』
結局リーナ自身が何とかするしかないっていうのか。
俺がどうこうできる問題じゃないのは分かっているのだが、それでも何とかしてやりたい。
「俺にできる事は何か無いのか?」
『君に出来る事か……せいぜい彼女の負の感情が芽生えない様に日頃の行いを良くする事じゃないかな? 言っちゃ悪いけど、コーヤ君は下心丸出しだと思うよ?』
「ぐっ……善処します」
イケ神に言われた事に俺は否定できなかった。
元々が奴隷ハーレムを作る為という不純極まりない目的だけに、そういう邪な感情が日頃の行動に出ていたのかもしれない。
そう気付かせられたのがイケ神だという事が癪に障るが。
やっぱりイケメンは俺の敵だと思った。
きっとイケメンなら下心丸出しでも受け入れて貰えるんだろうが。
いや、これはいくらなんでも偏見か。
「リーナの件はすぐに解決できる事じゃないか……」
仕方がない。何でもすぐに解決できていたら世の中苦労しないからな。
ともかく俺はもっと誠実な態度で接していこうと思った。
『最後は君自身の事だね?』
「なんで分かったんだよ……イケ神には敵わないな」
まるで見透かされているような気分になる。
仮にも神だから当然か。
「……俺は初めて近付いた死に恐怖を感じたんだ。正直足が竦みそうになったよ。この世界は日本と違ってそういう危険が常に付きまとう場所なんだって……どこかでゲーム感覚でいたのかもな――だけど、それ以上にリーナ達を失う事の方が怖かった。守りたいって、そう思ったんだ。だから、力が欲しいと思った」
『――それはつまり、僕に力を与えて欲しいという事かい?』
イケ神の言葉に、俺は息を吐いて首を横に振った。
「最初は俺もそう思っていたよ。だけど、それじゃ連中には勝てない。力を与えられても使いこなせないんじゃ意味が無いからな。勿論、魔力量は上げて欲しい。でも、イケ神にして欲しい事はそれだけだ。後は、自分でやる」
俺の魔力量は死活問題だ。こればっかりはイケ神に頼るしかない。
だが、今ある力を上手く使いこなせるかどうかは自分次第だ。
そして、連中から奴隷達を守るにはそこが勝敗を決めるのではないかと思う。
ディオスは自分の魔法を使いこなしていた。俺もあのぐらい使えないと勝てない。
『……本当は頻繁に力を与える程余裕もないんだけどね。まあ死なれても困るから魔力量を今より二倍に上げてあげるよ』
イケ神がそう言うと、俺の身体を光り輝くオーラのようなものが包む。
暫くすると光が収まって、心なしか魔力がみなぎっている感覚がした。
「ありがとう。本当に助かる」
『頼むよコーヤ君――人間は今超えてはならない境界線を踏み越えようとしている。このまま放っておけば待ち受けているのは滅亡しかない……僕はそんな最後は見たくないからね』
イケ神のらしくない声色を聞いて、俺は顔を引き締めて言った。
「俺はこの世界の住人じゃないが、一人の人間としてあんな連中のやろうとしている事は見過ごせない。それにリーナもティリアも狙われてるんだ――俺は二人を守る為に連中を必ず倒す!」
俺の言葉は夜の街に響いて、徐々に掻き消えていった。
奴隷ハーレムの作り方#22~イケ神との夜の語らい~