奴隷ハーレムの作り方#20~自分の無力さ~
一瞬目の前で何が起こったのか分からなかった。
俺が状況を把握できたのは、炎の壁が消えた後に視界にリーナがディオスに斬りかかっている所が見えてからだった。
――助かった、のか。
目の前まで迫っていた旋風を思い出し、身震いした。
本当に、危ない所だった。
俺は震える手でアイテムボックスから魔力回復薬を取り出し、一気に煽った。
朦朧としていた意識が少し戻り、それと同時に身体中の痛みも覚える。
俺は治癒魔法を自分にかけながら、リーナを見た。
どうやら他の皆はまだ来ていない。リーナが先行して駆けつけてくれたのか。
ディオス相手に押しているように見えたが、それよりも気になる事があった。
リーナの尻尾が赤く燃えているのだ。
それに、ちらっと横顔が見えたが碧眼も赤く染まっている。
「――くっ、なかなかやるようだね。この僕が苦戦を強いられるとは……」
リーナの猛攻に苦い顔をしたディオスが、自分の周囲に旋風を巻き起こしリーナを遠ざける。
リーナは後ろに跳んで回避したのを見て、安堵する。
「リーナ、助かった!」
俺がお礼の言葉を投げかけるが、リーナは尻尾を振り乱すだけで返事をしない。
「……リーナ?」
やっぱり様子がおかしい。
訝しげに思っていると、ディオスが愉快そうに声を上げた。
「フフ、アハハハッ! いい、実にいいよ! その獣人も何か特別な力を持っているのか。研究対象がこんなに一気に増えるとは、僕はついてる!
「リーナに手を出したらぶちのめすぞ!」
「――僕に手も足も出ないくせによくそんな口が利けたもんだね……そうだ、コーヤ君を殺して二人とも僕の奴隷にしよう。最初からそうしておけば良かったんだ」
どうやら俺は研究対象から殺害対象に変わったらしい。
ディオスが俺に殺気を向けると、リーナが声を出した。
「……コーヤ様にテをダすな」
「ん? 君……さっきと雰囲気が違うね」
「コーヤ様はワタシのモノだ!」
そう叫ぶリーナの尻尾が更に激しく燃え上がり、リーナの周りを炎が揺らめきだす。
そして、炎の周りに居た筈のリーナがいつの間にかディオスの後ろに回り込んでいて燃え盛る刀を振り下ろした。
ディオスはそれを風圧で軌道をずらし、間一髪でかわす。
だが刀に燃え盛る炎まではかわしきれなかったようで、肩を焼かれていた。
「ぐぅっ!」
さっきまでリーナがいた所に視線を向けると、もう一人のリーナが徐々に体を炎に変えていく所が見えた。
今のは、幻影だったのか。
「コーヤ様はワタシがマモるっ!」
「くっ! 甘く見ていたよ。君はおそらく先祖返りなんだろう……それも色濃く受け継いだ、ね――だがまだ僕には届かない!」
追撃をかけて斬りかかるリーナだが、ディオスが今までで一番大きな旋風を作り出す。
その余りに大きい旋風にリーナの炎が掻き消されそうになり、リーナの表情が苦痛に歪んだ。
ディオスはその旋風をリーナの腹にぶち込んだ。
「――カハッ!」
止まった息を吐き出すように声を出し、リーナは俺の近くまで吹き飛ばされた。
「リーナッ!」
俺はリーナに駆け寄り、安否を確認する。
まだ意識はあるみたいだが、呻き声を上げていてこれ以上戦える状態じゃない。
リーナの炎も消えかかっている。
「ハァ、ハァ……この僕に最大出力の旋風を使わせるなんて大したものだよ。褒めてあげたい所だが、その前に君を始末しなきゃね」
息が上がって苦しそうなディオスだが、まだ余力は残しているらしい。
俺はリーナを後ろに庇い、ディオスの前に立ち塞がった。
リーナがディオスの相手をしている間、治癒魔法で体は癒した。と言っても、少しは動けるようになった程度だが。
「お前らは……何が目的で魔物や奴隷を実験体に使っているんだ?」
「フフ、そんな事決まってるじゃないか――力だよ! 僕達は力を求め、進化したいんだ」
自信たっぷりに言うディオスに、溜め息を吐く。
「力、か……分からない訳じゃない。俺も力を求めてるからな――だが、お前らの求めている力とは多分別物だ」
そう言うと、ディオスは怪訝な顔をした。
「別物? 力に違いなんてないよ」
「あるさ。その力をどう使うかで変わるんだよ」
俺の言葉にディオスはくだらないといった感じの表情をしていた。
「そんな事はどうでもいい事さ。――僕は強くなって、周りが僕を認めればそれでいいんだ」
自己顕示欲の強い奴だな。ディオスの価値観には付いていけない。
「そんな理由で人体実験なんて事をしているのか……」
「理由なんて人様々さ。理由なんて僕は興味ないけどね――さて、お喋りもここまでだよ」
そう言ってディオスが俺に止めを刺そうと旋風を出しながらこちらに足を踏み出そうとすると、横から一メートル程の長さの氷柱が何本もディオス目掛けて飛来してきた。
ディオスは咄嗟に氷柱に向けて旋風を当てて相殺にする。
「――何だか邪魔ばかりされてイラつくね」
不機嫌そうな表情で言うディオスに、再び氷柱が飛来する。
「おっと。人が集まりそうだから、今回は諦めるよ――だが、いつかまた君の大事な奴隷を奪いに来るからね」
そう言ってディオスは飛来した氷柱をかわして、暗闇の中へと戻っていった。
「――二度と来るな、くそったれ」
手も足も出なかった悔しさに顔を歪めて、俺はそう呟いた。
「旦那様! ご無事ですか!」
ティリアが駆け寄って来るのが見えた。
「……ああ、助かったよ。ありがとう」
「コーヤ、遅くなってもうてすまん! 二人とも無事なんか?」
タージェもティリアの後ろからやって来た。アンナや私兵団の皆も来てくれたのか。
「ああ、何とかな――皆、ありがとう」
そう言って頭を下げた俺を見て、皆が安堵の溜め息を吐いた。
「旦那様っ、私のせいで――」
「ティリア、それ以上は言うな。俺の力不足が招いた結果だ……それよりもリーナの治療だ。宿に戻ろう」
「リーナまで……分かりました」
俺はいつの間にか気を失っていたリーナを所謂お姫様抱っこというやつで抱き抱えて、宿に向かう事にした。
ティリアは辛そうに顔を歪めながらも、俺の後に続く。
「それにしても、コダにまでティリアを追いかけて来るとは思わんかった。完全に油断しとったわ」
苦虫を噛み潰した様な表情でタージェが言うので、俺は首を振って否定した。
「いや、誰も予想できないさ。そもそもよく知らない街で安易に夜まで出歩くべきじゃなかった。軽率だったのは俺だ」
強くなったと勘違いしていた俺の愚かさに、嫌気が差す。
俺が弱いせいで、リーナにまた傷を負わせてしまった。
認識が甘かった。どこかでリーナに甘えていたのかもしれない。
ティリアを守るなんて大口叩いただけで、俺は本当は何も成長していないのか。
自責の念に駆られるが、考えるのを一旦止める。
今早急にしなければならないのはリーナの治療だ。
――悔し涙を流すのは、その後でいい。
いろんな感情が混ざり合って、泣きそうになるのを歯を食い縛って堪える。
この世界に来て、いや、日本で暮らしていた頃も合わせても、ここまで無力感を味わったのは初めてだ。
俺は身体の節々に痛みを感じながらもリーナを抱く力を緩めずに、決して歩みを止めなかった。
今歩みを止めてしまえば、もう二度と立ち上がれないような気がしたから……。
奴隷ハーレムの作り方#20~自分の無力さ~