奴隷ハーレムの作り方#18~霜降りの牛ステーキ~
俺達は日が傾き始めた頃に街の飲食街の中にある高級店に入り、奥のテーブルに座っていた。
隣にはティリアが座り、テーブルを挟んだ向かい側にリーナが座っている。
テーブルの上には、俺が日本にいた頃でさえ食べた事が無いような霜降り牛ステーキが人数分並んでいる。
鉄板の上でジュウジュウと食欲をそそる音と肉の焼けるいい匂いを醸し出しているのだが、俺はそれに食欲が増して涎が口の端から流れると同時に、体中から冷や汗も流していた。
それはもう脱水症状を起こすんじゃないかと思うぐらいに、だ。
最高級の霜降り牛ステーキ一人前、約五百グラム。相当の肉の塊だ。がっつりいくにも程がある。
だが、俺はこれを食べ切れるのか不安になったから冷や汗を流しているのではない。
健康な16歳の食欲旺盛な体には、腹一杯になるだろうといった量だからだ。
じゃあ何に対してなのか。
――一人前銀貨5枚とか高すぎるだろ。
日本円に換算すると約5万円。三人分合わせて15万円。
とても夕食にかかる値段じゃない。少しは稼げてきているとはいえ、かなりの出費だ。
こんな贅沢な食事は俺でさえした事が無いのだから、奴隷である二人はどうか。
うん、まずあり得ないな。
だって二人とも目がキラキラしてるもん。
リーナは忙しなく耳がピクピク動いて尻尾も歓喜に振り乱しているし、ティリアに至っては両手を胸の前で握って神に感謝の言葉をたれ流している。
いや、神にじゃなくて俺に感謝しろよ。
しかし俺はこんなに喜んでいる二人を前に、お財布事情を口にするなどというような空気の読めない男ではない。
喉までせり上がっていた言葉を飲み込んで、引き攣った笑顔で言った。
「熱いうちに食べよう。ティリアも遠慮せずに食べていいからな」
俺がそう言うと三人揃って霜降り牛ステーキを食べ始めた。
ステーキを鉄製のナイフとフォークで一口サイズに切り分けて、口に放り込む。
その瞬間、口の中で噛んだ肉がとけるように柔らかい食感が広がる。
美味すぎる。こんな美味い物が異世界に来て味わえるとは驚いた。
――懐が寂しくなった事はもう後で考えよう。
気持ちを切り替えて次々とステーキを切り分けて口に入れていく。
俺が一心不乱に食べていると、二人がステーキに手を付けずに恨みがましい目でこちらを見つめているのに気が付いた。
「二人とも食べないのか? このステーキめちゃくちゃ美味いぞ」
なんだ。二人が食べたいと言ったから来たのに。
「コーヤ様……私食事用のナイフを使った事が無いのでステーキが切れません」
「私も生まれてこの方こんな豪勢な食事をした事が無いので……」
ああ、そうだよな。こっちの世界じゃこういう事もあり得るのか。
確かに俺もフランス料理店とか行ったら食事のマナーとか分からないから困るかもしれない。
行った事無いから分からないけど。
「それは悪かったな。よし、俺が切り分けてやるから徐々に見て覚えなさい」
そう言って二人の分のステーキを食べやすい大きさに切り分けてやると、二人は子供の様にぎこちなく食べ始めた。
何だか少しだけ母親になった気分だ。
幸せそうに食べる二人を微笑ましく横目で見ながら自分の食事も進めていく。
この店は高級店だからか知らないが、ティリアを見ても追い返すような真似はしてこなかった。
接客もしっかりしているし、値段はともかく今の俺達にはありがたい事だ。
しかし、ティリアの迫害はどうにかならないものだろうか。
黒髪だから忌み嫌われるなら、黒髪じゃなければいいんじゃないか?
この艶のある黒髪を他の色にしてしまうのは勿体無いと感じてしまうが、ティリアが穏やかに過ごせるのならば仕方ないのかもしれない。
そういえばイケ神は何で今まで黒髪に関して干渉しなかったんだろう?
不憫に思っているのなら何かしら迫害の原因を取り除く為にしてくれたっていいはずだ。
いや、もしかしてしなかったのではなく、できなかった、のか?
そう考えると自然だな。ティリアの黒髪を変える事が出来ない理由があるのかもしれない。
何か出来ないものか考えていると、横にいたティリアが声を掛けてきた。
「旦那様、こんな美味しい物を食べさせて頂いてありがとうございます」
「気にするな。頻繁には出来ないがこういう時は美味い物を食べるに限る」
美味い物を食べれば元気になる。
食欲を満たすってのは沈んだ気持ちも浮き上がらせてくれるもんだな。
「――そういやティリアはその髪の色のせいで迫害されてるなら、黒髪は嫌じゃないのか?」
もし俺だったら髪を染めるなり頭を丸めるなりするのだが、ティリアはどうなのだろう。
「そうですね……嫌じゃないというのは嘘になるかもしれません。ですが、この黒髪のせいで皆から疎まれようとも、私は逃げたくないのです。髪が無ければ魔女なんて呼ばれないかもしれませんが、そうなれば私は本当に役立たずになってしまいます」
「役立たず?」
「黒髪のエルフは聖女の証。聖女はこの髪に魔力を秘めていると言われています。――即ちこの髪が無くなれば私は魔力も失い、神の声まで聞こえなくなってしまうのです」
黒髪にはそんな秘密があったのか。道理でイケ神もどうにもできない訳だ。
「ティリアはそれが嫌なんだな? ――迫害される事よりも」
「……はい。この髪は私の命といっても過言ではありません――それに女性にとっても髪は大事なものなのですよ」
最後に茶目っ気のある様子で言うティリアに少し胸キュンしてしまった。
顔がだらしなくなるのと同時に、テーブルの下から脛を蹴り上げられた。
犯人は勿論リーナだ。容赦ないなこの子。
「コーヤ様、お行儀が悪いですよ」
痛みに悶絶している俺に向かって、涼しい顔をしてそんな事を言い放つリーナにイラッとした。
そのでかい乳揉むぞこんにゃろう。あ、ごめん嘘。だからそんな睨まないで。ホント怖いから。
「……わ、悪い。テーブルに足ぶつけちゃってな、は、はは……ハア」
思わぬ襲撃があったが、話が逸れたな。
「じゃあ髪をどうにかするってのは無しだな」
なかなか難しいな。いや、何か出来る事はあるはずだ。
考えろ。そもそも黒髪だから迫害を受けている訳じゃない。
それなら俺も黒髪だから一緒に被害を受けているはずだ。
ティリアと俺の違いってなんだろう。
性別? 関係ないな。
顔の良さ? 自虐してどうする。こっちに来て少しは顔の作りも良くなったはずなんだぞ。
ティリアが超絶可愛いからであって俺は悪くない。
――種族、か。
そうだよ。ティリアはエルフで黒髪だから魔女と呼ばれるんだよな。
だったらエルフだと分からないようにすればいいんじゃないか。
エルフと人族の違いなんて尖った耳ぐらいだし、それさえ何とかしてしまえばいいんじゃないかと俺は推測する。
やばい。俺の頭冴えてる。これはティリアを救う妙案ではないか。
「なあ、ティリア。その耳触ってみてもいいか?」
「耳、ですか? ――だ、旦那様が触りたいのであればご自由にどうぞ」
そんな恥じらいのある言い方だと無駄にドキドキするじゃないか。
だが俺はその言葉に存分に甘えて触ることにする。
緊張しているのか耳が時折ピクッと動くのがとてつもなく萌えた。
触ってみると、尖っているのに思ったより硬くなくて、むしろ軟骨が薄い人の耳みたいに柔らかい。
触り心地が良くてしばらくふにふにしていると、ティリアが顔を真っ赤にさせて制止の声を上げた。
「――だ、旦那様、もう、これ以上は……ひゃんっ!」
「おっと、悪い。つい夢中になってたよ」
最後に色っぽい声を出したティリアに満足して触るのを止めた。
ティリアは耳が弱いのか。覚えておこう。
「……コーヤ様、あんまりティリアをいじめちゃ駄目です、よっ!」
そう言いながら俺の脛にさっきよりも怒りの篭った蹴りを繰り出したリーナに、最近怒り過ぎだろうと俺は思った。
生理中か? と失礼な事を考えると、再び脛に激痛が走った。
すいません調子に乗りました。
激痛の余り声にならない呻き声を出して、心の中で謝罪した。
もう暫く歩けないぐらい痛いので治癒魔法をかける。
こういう為に貰った力じゃないはずなのに。
俺は結局怒ったリーナにステーキをお替りさせる事で機嫌を直させることに成功した。
――太るぞリーナ。
奴隷ハーレムの作り方#18~霜降りの牛ステーキ~