奴隷ハーレムの作り方#17~ティリアの風当たり~
足が痛い。
いや、言い直そう。
足が痺れてジンジンする。
リーナに何故か俺まで説教を立てられている一時間近くもの間、ずっと正座をさせられていた結果がこれである。
それはいい。いいのだ。ティリアに抱きつかれてデレデレしてしまった事は百歩譲って認めよう。
――だがしかし。
「何で正座させられてたの俺だけなんだ……」
そうなのだ。ティリアは至って普通に椅子に腰掛けて説教を聞き流していたのだ。
これはまさか二人がグルで俺をいじめているんじゃないだろうか。
もしそうなら、これは主人としては見過ごせない一件だ。
直ちに先生に直訴して……いや、親に話してPTAに問題として取り上げてもらった方が良いかもしれない。
そこまで考えて、俺もう学生じゃないしここ異世界だった事に心の中で突っ込みを入れる。
俺の奴隷ハーレムどうしてこうなった。
いやいや、諦めるのはまだ早い。
今はまだ始まったばかりだから、最初にこけたくらいで負けた訳じゃない。
あれ? でもこれが競走だったらビリ確実じゃね? 等と思っていると、左腕に腕を巻きつけているティリアが心配気にこちらを見ているのに気付いた。
「旦那様……生まれたての小鹿の様です」
「放っとけ」
真面目に言われると3割増しで馬鹿にされている気がするのは、俺の被害妄想なのだろうか。
だが、腕に押し当たる柔らかい物に免じて許す。
プルプル震える足を無理矢理動かし街中を歩いてティリアの服を選んでいるリーナに追い付く。
「おい、リーナ。置いて行くなよな」
こっちは痺れた足を鞭打ってるというのに薄情な奴め。
「コーヤ様から邪念が出ていたから近づくと穢されてしまいそうだったので」
「え、それってもう悪口だよね? ……いい加減機嫌直せよ。お前にも好きな物買ってやるから」
「――ホントですか! それじゃあティリアと一緒に服選んできます。ほら、ティリアも行くよ!」
「え、ちょっとリーナ――」
リーナはそう言うと、ティリアの手を掴んで服飾を取り扱っている店の中へと入っていってしまった。
とりあえず、餌付けは成功したのだが、なんだろうこの彼女に良い様に貢がされている感は……試合に勝っても勝負に負けた様な気持ちになった。
少し気持ちが沈みそうになった時、そろそろ慣れてきた頭に響く声に意識を傾けた。
『やあ、コーヤ君。元気そう……なのかな?』
イケ神か。あんたどういうつもりだ?
『どういうつもりって、何の事かな?』
とぼけんなよ、ティリアの事だ。
ティリアを俺の所に来るように誘導しただろ。
どうしてそんな真似をした?
『いやあ、コーヤ君が喜ぶかなって思ってね』
ああ、確かに嬉し――じゃなくてだな!
『あはは、分かってるよ――ティリアの黒髪の事に関しては、もう知ってるよね?』
大まかな顛末は聞いた。
『実はそれには少し引け目を感じていてね。昔の事で今の聖女には不憫な思いをさせているから、少しでも過ごしやすくしてやりたかったんだ』
なるほどな。だから偶々奴隷になっていたティリアを俺に引き合わせたのか。
それにしても、ティリアって聖女だったのか?
『昔はそう呼ばれていただけさ。今は魔女なんて陰では言われているくらいなんだ……どうか、ティリアを見捨てないでやって欲しい』
阿呆か。そんなつもりでいたなら最初から俺の奴隷にしてないさ。心配しなくても俺が面倒見てやる。
『ありがとう。君に頼んで正解だったようだ』
任せとけ。それと、ハイゴブリンの件なんだが――。
『うん。君達の話は聞かせて貰っていたから知っている――コーヤ君、早めにルシュタートに戻ったほうが良いかもしれないね。ゴブリンの群れが何やら妙な動きをしている』
妙な動き? まあ、明日には討伐隊が出るだろうし大丈夫だろ。
『一応気にはしておいてくれよ。じゃあまたね』
そう言ってイケ神の声はしなくなった。
何にしても、俺達も明日には戻るから大丈夫だとは思うが。
それにしても、自分の言った言葉を思い出してみれば、よくもまあ1年間引きこもりニートをしていたくせにあんな大口叩けたもんだ。
今まで面倒見てもらっていた俺がこんなに早く面倒見る側になるとは思ってもみなかったが、しっかりしなければならないな。
そんな事を思っていると、二人が入っていった店内から怒鳴り声が聞こえてきた。
「うちに魔女に着せる服は無いわよ! 出て行って頂戴!」
その言葉に嫌な予感が走り、怒鳴り声の元に向かう。
いろんな女物の服が陳列されている中で、怒りに顔を歪ませたリーナと、沈んだ表情のティリアが佇んでいた。
「そんな言い方はないじゃないですか! こっちは誰にも迷惑はかけていません!」
「おい、一体どうしたんだ?」
「コーヤ様……」
叫ぶように言い返しているリーナに声を掛けると、こちらに向いて事情を話し出した。
どうやら二人が服を物色していると、急に中年の女性店員が凄い剣幕でティリアを追い返そうとしてきたらしい。
「魔女が店に来たなんて知られたら客足が遠退くのよ! 早く出て行ってくれないかしら?」
早速風当たりのきつい物言いで、中年の女性店員が捲し立ててきた。
相当毛嫌いしているらしく、取り付く島も無い。
それにしても気に入らない。
「別に出て行くのは構わないが、その前に二人に謝罪しろ。『噂が怖くて怒鳴ってしまい申し訳ございませんでした』ってな」
「はあ? なんで私が謝らなきゃいけないのよ!」
俺の物言いに腹を立てたのか、頭に血が上ったらしい。
ますますヒートアップしてきている店員に、俺はドスの利いた声で応える。
「俺はこいつらの主人だ。俺の物に難癖付けられて黙って出て行くと思ってんのか? ――ナメんのも大概にしろよ」
「ヒ、ヒィッ!」
俺も頭に血が上っていたらしい。険しい顔で凄んだ為か、店員が腰を抜かしてかなりビビッている。
それを見て少し冷静になり辺りを見回してみると、店内にいた客や店員から注目を集めてしまっていた。
失敗した。これでは店員を脅している悪役ではないか。
「二人とも、もう出ようか。こんな店じゃ気持ち良く買い物も出来ないしな」
二人に声を掛けて、店から脱出する事にした。
店を出る瞬間、このまま悪者になるのも癪なので捨て台詞を残して行く事にする。
「おい、おばさん。一つ忠告しといてやる。客を選んでいる様じゃ、こんな店どっちみち客足は遠退く一方だろうよ」
俺が言った事は所詮綺麗事だ。それだけで客足が遠退くなんて事は絶対にとは言えない。
だからただの批判だ。ムカついたから言ってやっただけ。
――まるで子供だな。
自嘲気味に笑みを浮かべて店から出ると、リーナとティリアが浮かない表情をしていた。
「……とりあえず、飯でも食いに行こう」
俺は二人の背中をポンと押して、街を歩き出す。
「旦那様、不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
そう言って頭を下げるティリアに歩みを止めた俺は、ティリアの頭を撫でながらその言葉に否定する。
「ティリアの方が俺よりもずっと嫌な気持ちになってんだろ。そんな時まで俺に気を遣うな。自分の事をもっと気に掛けてやれ」
俺の言葉にティリアは眼を見開いて、その綺麗な蒼い眼に涙を溢れさせていった。
くしゃりと歪めたティリアの泣き顔も綺麗だな、等と場違いな事を考えつつも、周りに綺麗な泣き顔を見られない様に、その弱弱しい体をしっかりと抱き締めた。
「うぅ……ティリア、私悔しいよぉ……」
横で貰い泣きしているリーナも一緒に抱きしめて、二人が泣き止むまでは胸を貸そうと思った。
街のど真ん中で3人で抱き締め合っているものだから、歩いている人々から奇異な目で見られていたが気にしない。
「――思いっきり泣いた後は、美味い物食いに行くぞ」
どう慰めていいのか分からず、つい口に出した言葉がそれだった。
もっと良い事言えないのかよ、と自分を叱り付けていると、二人が泣きながら顔を上げた。
「ぐすっ……霜降り肉のステーキが食べたいです」
「うぅ……旦那様の優しさに甘えてもよろしいでしょうか」
二人揃って恐ろしい事を言うので顔が引き攣りそうになったが、ここは素直に受け止めてやるか。
「……わかった、その代わり一杯肉食って元気出せよっ!」
半ばヤケクソ気味の言葉に、二人は涙を零しながら満面の笑顔で頷いた。
それを見て俺はこの笑顔を見られるなら安いもんだと本気で思ってしまった事に、恥ずかしさでのた打ち回りたい気分になったのは絶対秘密だ。
奴隷ハーレムの作り方#17~ティリアの風当たり~