奴隷ハーレムの作り方#15~リーナの嫉妬~
ティリアの奴隷紋に魔力を送り込み、名実共にティリアの主人になった俺だったが、ティリアの扱いには正直困っていた。
商会に出た俺達はタージェが用意した馬車に乗り込み、3人の内1人は周囲の注意の為に外で護衛をしていた。
もちろん仕事なので最初は3人とも外で護衛の供をするつもりだったのだ。
しかしタージェが私兵団に護衛を任せて俺達は魔物の襲撃に備えて欲しいと言うので、せめて一人は外に出てローテーションで回していた。
「旦那様、私は旦那様のお傍を離れたくありません」
「いや、仕事だから。早く外に出ないとリーナの休息が取れないだろ」
今この時、俺は困っていた。
馬車で二人っきりになると俺の体に引っ付いてくるのだ。
そして交代の時間になるとこのやり取りが交わされる。
何とか引き剥がすと渋々出て行ったティリアと入れ替わりに、リーナが馬車の中に入ってくる。
その時二人の視線が交わるが否や、周囲の気温が下がった気がした。
思わず体を身震いさせると、それは一瞬の事だったみたいですぐに終わった。
リーナは怒っているのかいつもよりもピンと立った耳に、逆立っている尻尾を目にすると話しかけづらい。
誰だよハーレムは天国なんて言った奴は。
――はあ。
思わず溜め息を吐いた。しかし困った。
女の子同士があんな険悪になるとは思いもよらなかったのである。
ティリアは俺を慕ってくれているのかすごく積極的なのだが、決して嫌な訳じゃないのだ。
むしろあんな美少女に迫られて嫌な奴はいないんじゃないだろうか。
だが、彼女のそれは度が過ぎている。
放って置けば首に腕を絡ませて来るわ、腕にリーナ程じゃないが手に収まりそうな位には育った胸を押し付けてくるわで、まるで恋人のように甘えてくる。
それが俺の望んでいた事なのだとも思ったのだが、どこか違っていた。
さすがにほぼ初対面の少女に向こうからそんなスキンシップを取られても、俺の気持ちが着いていかない。例えそれが美少女でも、だ。
つまり、免疫がないのだ。
どちらかというと、今のリーナとの距離感の方が俺にとっては心地良かったりする。
しかし現状は非情なのか、リーナは俺の方を見向きもせずに沈黙を守っている。
俺が仲良くしろって言ったって、このままじゃそれが命令であろうと無理だろうな。
――はあ。
再び溜め息を吐くと、それが聞こえたのかリーナが振り向いた。
それも物凄く不機嫌な顔で、だ。
思わず息を飲み込むと、こちらを睨み付けていた目を伏せて、リーナが沈んだ声で言った。
「――そんなに私といるのがつまらないんですか」
「は? 別にそんな事言ってないだろ」
俺がそう言うとリーナは再びこちらを睨み付けながら言った。
「じゃあどうしてティリアさんとは楽しくお喋りしているのに、私とは何も話さないんですか!」
「あれはティリアが話しかけてくるから受け答えしてただけだろ。それにリーナがそんな不機嫌だと俺も話しかけづらいんだよ」
「私は別に不機嫌じゃありません」
いや物凄く不機嫌だと思うぞ。
「それにあんなにベタベタベタベタして! 恥ずかしくないんですか!」
顔を真っ赤にしているリーナが一番恥ずかしそうだな。
「ベタベタ言い過ぎだろ……恥ずかしいから俺も困ってるんだけどな」
「ならどうして引き剥がさないんですか……」
その問い掛けには少し思う所がある。
「どうしてって言われるとな……ティリアはあの髪の色のせいでずっと一人ぼっちだったんだぞ? そんな子を引き放すなんてできないだろ」
おそらくあの異常なまでのスキンシップは今までの反動なんだと思う。
俺という主人を持って甘えているんだろう。
きっと今まで出来なかったからこそ余計に不安なんだ。なら今は自由にさせてやりたい。
「確かにそうかもしれませんけど……」
「第一何でそんなにリーナが怒ってるんだよ。ティリアは少し変わってるかもしれないけど悪い子じゃないだろ?」
そう、それが一番気に掛かっている。リーナとティリアの関係が更に険悪になってしまう前に何とかしたいと俺は思っていた。
しかし、リーナの返答は要領の得ない答えだった。
「わかってますよ。悪い子じゃないくらい……でも、私にだって割り切れない事だってあるんです!」
そうリーナが叫んだ時、外から獣の咆哮が聞こえてきた。
「――魔物か!」
俺とリーナが急いで外に出ると、ティリアが近づいてきた。
「旦那様、オークがこの商隊に近づいてきています!」
ティリアが見つめる先には豚の顔をしている俺よりも一回り大きな魔物が5頭程が醜悪な笑みを浮かべながらこちらに向かってきていた。
あれがオークか。腹回りの肉が弛んでおり、豚鼻の下には牙が飛び出ている。
その手に持った槍で貫かれたらひとたまりもなさそうだ。
「コーヤッ! きっちり仕事は頼むで!」
アンナや私兵団に指示を出しながら、タージェはこちらに叫ぶ。
「任せろ! リーナ、行くぞ!」
「……はい」
心なしか元気が無いように見える。
やはりさっきの事が気に掛かっているのか。
「しっかりしろ。今は戦う事に集中するんだ」
少し冷たかったかもしれないが、怪我でもされたら堪らない。
「――あぁ、もうっ! 分かりましたよ! コーヤ様のばかぁ!」
そう言ってリーナは先頭を走るオークに向かって走り出した。
俺もミスリルの長剣を鞘から抜いてそれを追いかける。
リーナが戦い始めた奴とは違うオークの相手をする。
「ブヒャアアアアア!」
オークの咆哮が辺りに響き渡り、目の前にいるオークが槍を突き出してきた。
俺はそれをかわし、槍を下から上に斬り上げて弾き飛ばした。
態勢を崩したオークに、すかさず腕を切り飛ばし、返す刀で首をも刎ね飛ばした。
オークの動きが見える。師匠に扱かれたのは無駄じゃなかったらしい。
確実に強くなったと実感できたのは俺に目に見えない充実感を与えてくれた。
体が今まで自分の体じゃない様な感覚だったのが少し無くなり、順応してきた証拠に笑みを浮かべる。
まずはオーク1頭を仕留めたので周りを見渡してみると、タージェ達は私兵団と共に2頭のオークを相手に善戦している。
リーナはというと、先頭を走っていたオークは仕留めたのか、次のオークを翻弄しながら戦っている。
やはりリーナは強くなっていってる。身のこなしが軽く、何より速い。
リーナの適している魔法属性は火属性だ。未だに魔力が上手く引き出せないみたいだが、刀に炎を纏わせてオークを切り刻んでいく様は、まるで踊り子の様に魅惑的で、思わず目を逸らした。
逸らした先には、ティリアがいた。
ティリアはタージェ達が相手をしているオークに向けて、手の平を翳している。
何をしているのかと思って見ていると、ティリアの周りに氷柱の様な物が作り出されていく。
その作り出された氷柱が、ティリアが手を振り払ったのと同時にオークに向けて放たれた。
オークがその氷柱に気付く前に、次々と突き刺さっていった。
「すげえな……ティリアは魔法が使えるのか」
俺が近づいて声を掛けると、ティリアが気付いてこちらに振り向く。
「ええ、私は水属性の魔法に適性がございます。旦那様のお役に立てれば嬉しい限りです」
そう言ってティリアは俺に抱きついてきた。
戦闘が終わり、怪我人がいないか確認する為にティリアを引き剥がしてタージェに声を掛けた。
「怪我人はいないか?」
「おお、こっちはおらんで。コーヤ達のおかげで苦戦せえへんから助かるわ」
私兵団の皆も尊敬の眼差しで見つめてくる。そんな視線を向けられる事に慣れていないので、タージェに馬車に戻ることを告げて、足早にその場を去った。
引き続きティリアに護衛を任せて馬車の中に入ると、既にリーナが戻っていた。
「リーナは怪我をしていないか?」
「あ、はい……大丈夫です」
そう言ってこちらに振り向くリーナの顔が驚きに満ちた。
「コーヤ様! 頬から血が!」
その声に頬に手を当てると確かに血が出ていた。
多分オークの槍をかわした時に少し掠ってしまったんだろう。
「ああ、掠り傷だ。どうって事はない」
どちらにしろ治癒魔法で治せばいい。
まだまだだな、と思いながらその血を見つめていると、リーナが俺の横に座り顔を近づけてきた。
「お、おい、何して――」
「少し……じっとしてて下さい」
そう耳元で囁かれて、俺は体を強張らせた。
「コーヤ様――私だってもっと甘えたいんですよ……?」
その声にゾクッとするような色気を感じてしまい、そして次の瞬間には頬の傷に生温かい感触が広がった。
すぐ傍にリーナの顔があり、そのすぐ下には大きな胸が谷間を作って俺の肩に潰され形を変えている。
まずい。そう思った。
「リーナ、ちょっともう――」
ダメだ、とリーナに言おうとすると、馬車の入り口から声が届いた。
「――リーナさん、旦那様に何をしているのでしょうか?」
ティリアがこちらを冷めた眼で見ていた。
一気に周りの温度が下がった気がして、リーナの動きも止まる。
「……コーヤ様の傷を癒していただけよ」
そう言って離れたリーナに、治癒魔法で治せるんだけどな……と思ったが、そんな事よりも今のは何だったんだろうか。
「傷を舐めれば治るなんて聞いたこともありませんが」
「獣人の間ではそういうものなの」
それ絶対嘘だろ。
あまりにも苦しい言い訳に少し呆れるが、とりあえず治癒魔法で傷を治す。
「まあ、いいでしょう。旦那様、護衛の交代の時間になりました」
「わかった」
俺は一刻も早くこの場から逃げる為に外へ出て、護衛任務に従事した。
さっきの出来事に高鳴った胸の鼓動を抑える為には、そうするしか無かった。
コーヤが出て行った後、馬車には二人が残っていた。
「いったいどういうつもりですか?」
「どういうつもりって?」
少し怒った調子で聞くティリアに、リーナはどこ吹く風で聞き返した。
「旦那様にあのような事をされるなんて――」
「それだけはティリアさんに言われたくない。私だって、コーヤ様の優しさを求めてる」
その言葉に、ティリアの眼が見開いた。
そして何かを悟ったように眼を閉じ、言葉を発した。
「そう、あなたも――わかりました。同じ奴隷として、私も立場を弁えます」
「ティリアさん……」
「ティリア、とお呼び下さい。私もリーナ、と呼んでもいいですか?」
「あ、うん……ティリア、ごめんなさい。私、少しムキになってた。コーヤ様が取られるんじゃないかって思って――」
そう言って、表情を暗くするリーナにティリアは優しい表情で答える。
「いいえ、私も同じですよ。旦那様を独占したいとばかり思っていて、リーナの事を蔑ろにしてしまいました……それは私が一番嫌だった事なのに」
ティリアは後悔していた。初めて自分を守ると言ってくれる人が現れて舞い上がってしまっていた。
リーナも同じだった。寂しくて、一人で、誰も助けてくれない。
そんな中で突然現れて助けてくれた人が、ティリアと同じ人だった。
たったそれだけなのに、何を対抗心を燃やしていたんだろう。
先程の自分が行った事を思い出し、リーナは赤面してしまった。
――コーヤ様に顔合わせられない。
「こ、これからは仲良くしましょうティリア」
「ええ、そうですね――顔、赤いですよ?」
「ひぇ? そ、そんな事ないよ!」
そんなやり取りをしている中、コダの街へと向かう馬車は街道を進んでいった。
奴隷ハーレムの作り方#15~リーナの嫉妬~