奴隷ハーレムの作り方#13~疑惑と決意~
翌朝、〈笹熊亭〉にスタロン商会の使いの者が来ると思えば、昨日タージェの傍に立っていたメイド服を着た獣人の女性だった。
「おはようございますコーヤ様」
「おはよう、君が案内してくれるのか?」
「はい。ご紹介が遅れました、私はタージェ様の奴隷のアンナと申します」
自己紹介をしたアンナが腰を折ると、視界にボリュームのある谷間が見え隠れする。
それを見た俺は、タージェは巨乳好きかと勝手に解釈した。
しかし、リーナに負けず劣らずのスタイルだ。
大きく前に突き出た胸の下はしっかり引き締まり、そしてまた形のいいお尻がキュッと突き出ている。
さながらわがままボディと言った所だろう。
それをしっかりと網膜に焼き付けていると、横にいたリーナが俺をジト目で睨んでいた。
また怒られるかな、と思ったのだが、リーナは何も言わずにプイッと顔を背けてしまった。
いつもと違う反応に首を傾げていると、アンナが頭を上げた。
「準備がよろしければご案内させて頂きたいのですが」
「ああ、大丈夫だよ。案内を頼む」
それにしてもアンナはクールな女性のようだ。
可愛いというよりも綺麗という言葉が似合う顔だからか。
それもあるだろうが、あまり表情を変えないからかもしれない。
ちなみに、アンナの耳はイヌ耳である。触りたい。
朝の街中をアンナの先導で歩いていると、前方から見知った顔の男が歩いてきた。
「――コルトさん!」
そして思い出した。
俺がリーナを抱き抱えてハイゴブリンから逃げてきた時から一度も会っていなかったことに。
うわあ、あの時の説明をするの忘れてた。
「コーヤか! 久しぶりだな。あれから音沙汰無いから心配してたんだ」
「あ、すいません。色々と忙しくて……」
「まあ、いいさ。あの時コーヤは逃げるのに必死だったんだから仕方ない」
俺はお礼を言いながら、ふと思った。
――なんで何かから逃げていたのを知っているんだ?
いや、あんな怪我をしたリーナを抱き抱えながら走って来たんだ。
そう見えても不思議じゃない。
「じゃあ俺は警備があるからまたな」
俺は釈然としない気持ち悪い感覚が腹の辺りに渦巻きながら、去っていくコルトさんの後ろ姿を見つめていた。
そういえば、前にもこんな事があった気がする。
「――コーヤ様? どうしました?」
それが何かも分からないまま、リーナが俺の体を揺すってくるのに気をとられる
「……いや、何でもない。行こうか」
アンナに案内を再開させて、商会のある場所に向かう。
「お疲れ様でした。こちらがスタロン商会の入り口です」
なかなか豪華な建物だ。高級そうなシャンデリアが室内を明るく照らしている。
まるで貴族の館みたいに思えてくる。
「案内ありがとう、アンナ」
「いえ、タージェ様のご意向ですから。『アンナの体でコーヤを悩殺や!』というタージェ様のお言葉で私が案内役をさせて頂いた所存です」
「あいつは何を言ってんだ……」
しっかり悩殺されちまったじゃねえか。って違うか。
「悩殺か……」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもないです」
リーナはそういうの似合わないだろうな。
奥へ進むと、アンナが扉の前に立ち止まってノックをした。
「タージェ様、コーヤ様をお連れしました」
「入ってええよ」
「失礼します」
アンナが扉を開けると、どうやら中は執務室のようだ。
大きなデスクの上にある無数の書類を前に格闘していたタージェが顔を上げる。
「おお、来たか。待ってたで」
「忙しそうだな」
「いや、そうでもないで。さっきまで奴隷とイチャイチャしとったし」
「サボってたのかよ!」
じゃあ仕事していたふりをしてただけか。
「タージェ様、仕事を終わらせて頂かないとコダの商談の後にも影響が出ます。即刻に片付けて下さい」
アンナが怒っていらっしゃる。
凍てついた鋭い眼で見られると、なまじアンナの美貌なだけに迫力がある。
その視線に射すくめられたタージェは、完全にビビッていた。
「お、おお……わかったからそんな怖い眼で見やんといて!」
結果、タージェの負けである。仕事しろ。
「すぐ終わらせるからちょっとだけ待っといてくれ!」
そう言うとタージェは再び書類と格闘し始めた。
俺とリーナはというと、ソファーに座りアンナが入れてくれた紅茶を飲んで、しばらくくつろでいた。
不意にタージェの声が室内に響き渡る。
「――そうや、コーヤ。ティリアに会わせる前に言うとかなあかん事がある」
「ティリア?」
仕事をしながら、急に真剣な声で言うタージェに聞き返す。
「お前が欲しがってるエルフの女の子の事や。――そういえば、何でお前ティリアの名前も知らんのに報酬にくれなんて言い出したんや?」
言外に理由によっては渡さないと言っている様にも聞こえた。
「ああ、それは前に東門でタージェがティリアを乗せていた馬車を見たときに目が合ったんだよ。それで気になってな。それより、言っておかなきゃならない事って何だ?」
「何や一目惚れかいな」
「まあ端的に言うとそうなる」
タージェは忙しなく動かしていた手を止め、こちらを見て話し出した。
「彼女はノーブル・シーカーに狙われとる」
「ノーブル・シーカー?」
聞いたことも無い名前だ。リーナに顔を向けるが、リーナも首を横に振った。
「何でも人体や魔物に非人道的な実験を繰り返している研究機関らしい。そいつらは奴隷や魔物を使って更なる進化型生物を研究してるって話や」
「お前、どこでそんな情報を――」
「おっと、それは商売上の秘密や。まあ俺の情報網が広いって事やな」
「……わかったよ。何も突っ込まないから続けてくれ」
そう言って、俺は降参のポーズをとった。
それを見たタージェは、満足そうに話を続けた。
「奴らは今帝国の庇護下によって組織を動かしててな。奴隷を買ったり魔物を捕まえては、実験体に使っとる。失敗したら捨てるか殺すか、あるいはまた違う実験体に回すか……どっちにしろ惨い事する狂った連中や」
「そんな連中が、何でまたティリア個人を狙ってるんだ?――まさかっ!」
だとしたら、本当に腐ってやがる。
大方奴らにとって奴隷は人でも物でもないのだ。
――興味が湧く実験体か、替えの利く実験体でしかないというのか。
「まあここまで話せば分かるよな。察しの通り黒髪のエルフやからや。実は隣国から戦争奴隷としてティリアを引き取った馬車でこの街に帰る道中に変な奴がティリアをさらおうとしよってな。私兵団に取り押さえさせようとしたんやけど、逃げられてもうた。そこから気になって調べたらこんなヤバイ情報やったって訳や」
言い終えて長く息を吐いたタージェは、難しい顔をして俺に訊いてきた。
「この話聞いて怖気付いたんなら、止めといた方がいい。俺には守りきれそうにないから近々ティリアを西の方へ逃がすつもりやったんや。安全とは言えへんけど、ここに居るよりはマシやしな。――もしそれでもティリアと主従の契りを交わすなら、相応の覚悟はせなあかんで」
タージェは凄いな。自分の信念に従って出来る限りの事をする。
自分が今何が出来て、何が出来ないのか分かっている。それも全て奴隷の為に。
――なら俺だって出来る限りの事はしたい。あの時彼女が求めたサインに、今答えなきゃ
いつ答えるって言うんだよ!
「……言いたい事は分かった。だが俺もノーブル・シーカーの連中と全く無関係じゃないらしい」
おそらく、ハイゴブリンの様な歪な生物を作り出しているのも奴らだろう。
ならば、俺にもやらなければいけない事が増えた。
俺の言葉に怪訝な顔をしているタージェが訊いてきた。
「どういう事や? お前も無関係ちゃうって――」
「そのままの意味だよ。俺が調べていた事も偶然奴らが密接に関わっていたってだけさ」
俺の決意は固めて手をぐっと握り締めながら言葉を続けた。。
「タージェ、俺はティリアを守りたい。だから、止めるなんて言わない。――だが、彼女の意思を確認してから答えを出したい。それでいいか?」
俺達と一緒に来るという事は、余計に危険に晒してしまう事もあるかもしれない。
俺はチートでやたらと強い訳じゃないから、守りきれない可能性だってある。
だからこそ、彼女に選択してもらう必要があると思ったのだ。
「ふう、わかった。ならティリアに会わせたるわ。――でもな、その前に仕事終わらせてもええか? アンナが怖いねん」
そう言ってタージェは机に戻って、物凄いスピードで種類を片付けていく。
――ああ、さっきから突き刺さるような冷たい視線はアンナのだったのか。
「コーヤ様」
ふと俺を呼ぶ声にそちらを振り返ると、リーナがこちらを不安げな表情で見つめていた。
「どうした?」
「私も……守ってくれますか?」
なんだ、そんな事か。そんなの決まってる。
「当たり前だろ。だから俺の手の届く範囲に居ろよ。じゃなきゃ守れなくなる」
俺がそう言って頭を撫でると、リーナはその手から抜け出し後ろを向いてから俺に言った。
「それ、口説き文句としては陳腐過ぎますよ……でも嬉しいです」
最後の声はタージェの仕事が終わった歓喜の叫び声によって聞こえなかった。
奴隷ハーレムの作り方#13~疑惑と決意~