短編小説 『隙間人情シリーズ』居場所

寝る前に、たった5分の人情話はいかがでしょうか。

息子が、いじめられている。
 
そんな事実を知った父は、僕をどう思うのだろう。
情けないと思うのか、それとも可哀想と思うのか。
いずれにせよ双方幸せにはならないことだけは分かっており、だからこそ僕は口を噤むことにしている。
 
子供の僕にとって一番親に知られたくないことほど、解決の糸口を掴んでいるのはいつだって親だ。でも親による解決は、いつも別の何かヌメッとしたものを生み出してしまい、苦しんでいることが綺麗さっぱり無くなるわけではない。でも、もしもこの現状が3年間ずっと続いてしまったらと考えると、なんだか気持ちがズタボロになり、むしろ僕が今すぐに消えて無くなったほうがいいような気持ちになった。
 
父は母に夢中だった。言うならば、無我夢中だった。僕が中学に入るまで豪快で傲慢で怠慢、酒狂いで機嫌が良い時しか家庭など顧みなかった父だが、僕が中学に入る前に母の病気が発覚し、母が入院生活を送るようになって以降は目の色を変えて働き、常に母の元へ寄り添うようになった。親戚一同は父の変わりようを賞賛し、よかったねよかったねと僕に言ってくるが、僕からすればあの頃の父のほうがただ怖いだけで、今の父のほうが触れたら何かがパンっと破裂してしまいそうな、恐怖を感じていた。
 
今日、僕は初めて学校をズル休みすることを決めた。というよりは、身体が動かなかった。でもせめて父には学校に行っているフリをしなければいけないと、僕は朝いつものように家を出て裏に回り、父が出るのを待って再び家へ戻ることにした。家の裏側には、大きな蜘蛛の巣が張ってあり、そこにはこれから食べられる虫、食べられた後の虫が絡まっており、その糸は僕の指先にも少し絡みついていた。春と夏のちょうど間のような気候の穏やかさは、最近ほとんど眠れていなかった僕の身体を安心させ、僕は知らぬうちに、太陽と風に抱かれて眠りに落ちた。
 
目が覚めると、驚くことに辺りは既に真っ暗だった。外にいるため時間は分からなかったが、確実に父が帰ってきている時間であることを察し、僕は全身の血の気が引いていくのを感じた。すぐさま家に戻るかどうか半ベソで足踏みをしていると、横の空いた窓から会話が聞こえてきた。その聞き覚えのある声と特徴のある声は、父と担任だとすぐに分かった。
 
「話はわかりました。で、息子は今どこにいるんですか。」
 
「いえですから、学校に来ていないので私もわからなくて、心配でお宅を訪ねまして、、」
 
「その息子をいじめている奴らに連れて行かれた、とかは考えられませんか」
 
「あ、いや、そこまでする子達ではないと思います。はい、、。」
 
「寄って集って息子をいじめるような奴らなのに、ですか?」
 
「いえ、具体的には誰がいじめている、というのは明確ではないんです。たまにあるクラス全体の風潮といいますか、誰が誰に指示しているというのも特になく、全体の流れのようなものがあるようでして、これは最近どこの学校にもあることですが、まぁ時期がきたら収まるようなものでもありまして、」
 
「その流れというやつの対象は、なぜ息子なのでしょうか。」
 
「いえ、特段理由はないんです。ただ、そういうなんというか、たまたま、というか。」
 
「家庭の事情も関係ない、と」
 
「えぇ、それは本当に。時期的なそういう、えぇ。なのでそのうち収まるんです。」
 
そこから数十分は似たような会話が続き、担任の先生はペコペコと謝り、特にどうするという具体的なことは何も決まらずにこの急な懇談は終了した。
頃合いを待って僕は下向いたまま家に戻ると、父は何も言わず、僕におちょこを渡してきた。
 
「お前は水だ、付き合え。大丈夫。」
 
父はやめていたはずのお酒を飲み、僕は同じ形のおちょこで同じように水を飲んだ。おちょこのせいなのか何なのか、僕は不思議とこれまで学校であったいじめの詳細を、感情を乗せてと父に話すことができた。父は珍しく黙って一通り話しを聞くと、僕の目をまっすぐ見ながら
 
「自分に対しては、楽を生きろ。楽しいでも楽々でも、どっちでもいい。男ってのは、誰かのために厳しくなればいい。」
 
とだけ語り、寝床へ去って行った。
 
数日後、僕は比較的近所だった母の実家の住所を使用し、転校することになっていた。また少しモヤモヤしたが、少なくとも今日、僕の身体は学校に向かおうとしている。

短編小説 『隙間人情シリーズ』居場所

短編小説 『隙間人情シリーズ』居場所

否定も肯定もない、隙間のような人情話。 そんな隙間人情なやり取りで、ちょっとあなたが楽になればなによりです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-19

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