短編小説 『隙間人情シリーズ』子からみた祖母、僕から見た母
寝る前に、たった5分の人情話はいかがでしょうか。
「おばぁちゃん家、行きたない。おもんないもん。」
助手席でポツリと呟く8歳になる息子の言葉に、
不意に涙が出そうになった。自分の親が否定されるのは、こうも悲しいものかと改めて気づく。
小さな家に独りのおふくろが、唯一懐かしい笑顔をしてくれるのは今や孫の顔を見た時くらいなものだ。しかしその笑顔の対象の本音が、これである。
おふくろが心から笑えることなんてない。
そんな現状を突きつけられたような気がした。
思えば自分も、同じようなことを思っていたかもしれない。お手伝いも、お話も、お小遣いをもらえなかったらしていなかったのではないか。話したいことを話して、相手の話は流し聞き、会話らしい会話なんて一度もしたことがないのではないか。申し訳ないな、と自分の祖母を思い浮かべた時に、明確に顔が思い出せないことがその証拠だった。
「あそこ、花屋さんできてる。」
車中の息子の言葉に、ふいに思い立って車を止めた。せっかくだから少し見てみようと息子を誘い入ってみると、息子は花単体よりも、雄しべ雌しべを区別することに必死だった。理科の授業で最近習ったらしい。
習ったことを話し続ける息子に対して、
「先生、続きは私たち二人に教えてください!」
とお願いし、すっかり気を良くした息子と花のプレゼントを持って、母の家に向かった。
いらっしゃい、お茶いれようか、という母の気遣いは息子を通り抜け、私だけに届いた。
「コホン、はい、みんな、席つけーコホン、」
恐らく理科の先生の特徴なのだろう咳払いを繰り返し、息子は開口一番授業を始めた。キョトンとする母に目配せをし、おっさんとおばぁちゃんを生徒に息子は授業を続ける。
途中、母が息子の知らないことを質問したことで、
不機嫌になりそうな場面はあったが、息子は機嫌よく、母は嬉しそうに孫の話を聞いていた。
歳の差は、壁の高さなのかもしれない。ふと、そんな風に感じた。だから誰かが、ちょっと踏み台になってあげれば、意外と簡単に超えられるものなのだろう。
帰りの車中、疲れた先生はぐっすりお休みになっていた。家族とはいえ、人前であれだけ喋れたのは、たいしたものだと思う。とはいえ、挨拶もなしに言いたいことを話し始めるのは、、なんて親か上司かわからない指摘を頭に浮かべながら、高速に乗り、自宅へと向かった。
帰りにお小遣いをもらったときに、今日一番嬉しそうな顔をしたのは遺伝なのだろう。
短編小説 『隙間人情シリーズ』子からみた祖母、僕から見た母