欲望の種子
欲望というのは、比べるモノがあるから
欲望というのは、比べるモノがあるから、存在するのであって、知らなければ成立しない。
うぬぼれは確かにあるが、ハッキリ言って、あたしは美しい。
他者の眼球フィルターを通してさえ、綺麗に映っているはず。
この世で最も神秘的な人間の肉体は、皮一枚にも重大な意味を持つ。
生まれつき、整った顔立ちは武器を手にした権力の証し。
アルバムに残された、幼い頃からの写真を眺めそう思う。
価値を位置付けたのは、周囲にたむろする人達。
あたしは護られてきた。
可愛いとゆう名のもとに。
流れに任せ、充分楽しむのは、悪いことでもないでしょう。
あたしは、あたしを愛する人物がとても好きだ。
好きな人に、愛されれば、喜んで従う。
美しさを保つ為のメリットは逃さない。
遠目で、あたしを侮蔑しようとする奴は、浅はかな見栄をプライドと訳す、臆病な羊だ。
告白と媚びの区別も覚束ないなら、一瞥して、ライオンの餌にくれてやる。
単純な負けず嫌いなんて、お笑いの種。
欲望だけが、あたしを切り崩し、自分を見失わせる、純金の皿に盛られた甘い果実。
銀のスプーンで抉り舌で擂り潰し、
恍惚に耽る、私腹の糧。
例え、其が、あたしの瑕疵だとしても。
あたしは十三で、晩年を知覚していた。
あの日。止まらなくなるくらい熱い日。
水の音。歓声。蝉の鳴き声。笛の音。
少年とはいえない、あの人の掛け声。
陽射しの屋外プールの鮮烈な輝き。
風に運ばれて、変声期を終えた危なげな野太い声が水面に〝じん〟と響き、あたしの鼓膜に気圧を残す。
あたしは水から上がり、声の主を探す。
指導要員の助手として、水泳の得意な選ばれた、
最上級生の大柄な男子。
塩素で色褪せた海水パンツが、窮屈そうに、体躯から表面張力している。
あたしは自分の真新しいスクール水着が幼く感じられた。
年齢で成熟度なんか測れやしない。
あたしの視線は釘付けだ。
次第に熱くなる頬。
灼かれる耳。
あたしは再び水に飛び込み、頭を冷やす。
息が苦しい。
思いっ切り足を交互に動かす。
水飛沫の激しさは、あたしが一番だろう。
若さのエネルギーで二十五メートルをノーブレスで泳ぎ切ろうとした意思に反して、心臓の負担が重すぎ立ち上がる。
呼吸が乱れた、あたしの視界には、彼しか入らなくて、水面越しに瞳が虹の環を作る。
皮膚温度が感じられるくらいに彼に近寄り、荒くなった息を彼の背中に伝える。
彼はあたしに気付き、声を掛けてくる。
「そんな細い身体で、よく息が続くな。 まぁ、無理すんなよ。」
彼の笑顔を凝視してしまい、その瞬間、不覚にもあたしの気持ちを悟られてしまう。
あたしの視線は彼の素晴らしい胸板から、股間の蒼き膨らみに集中する。
彼が捉えたあたしの目線の矛先に、気付いた途端、 ふたりは寡黙になる。
若い彼には深い欲情に、まだ免疫が無かった。
ドレスの様に着こなしてきた、得意なボディランゲージで、あたしは精一杯、彼をそそる。
これは、口先を信じない、
あたしが会得した、良い癖。
≪終≫
欲望の種子