短歌集/薔薇に恋して

薔薇を愛するすべての人々に捧ぐ

【 プロローグ/薔薇の誘惑】


春風が北に去りし後

初夏の眩しき陽光の中を

爽やかな緑風が吹き抜ける時

私の心にある思いが生じる


それは 何処からともなく漂い来る

官能を擽る微かな香りからはじまる


深い森に潜む魔女の炊きしめる媚薬の匂いなのか

それともこれから褥に着こうとする貴婦人の

身に付ける香水のものなのか


それは望みを失いかけた時に生ずるふとした

心の隙にいつの間にか入り込み

気づいたときには私の魂のすべてを支配してしまっている


そして この五月の風が吹き始めるころ

私の行動を促す あの魅惑の囁きが 甘い吐息とともに

私の耳もとに届くのだ

「来て・・ほら、私よ。あの緑の薗で、あなただけの為に

新しい色のドレスに身を包み、あなた好みの香水をつけて

待ってるの。だから 早く逢いに来て・・。」


【 薔薇の花に捧ぐ 】

行く春を 惜しむなかれと薔薇の身は
秘せる花をばそっと開きぬ

純白の清楚な花と近寄れば
触れるなかれと棘の鋭さ

薄赤きピンクに染まりし君ならばと
侮るなかれ我も淑女よ

暮れなずむ 夕日に紅き薔薇の花
さみしき褥に誰を誘うや

貴婦人の気品漂う微笑みか
深紅の薔薇の魅惑の香り

(2020/04/30)


野に臥せし 乙女の白きブラウスに
散るは紅い 薔薇のひとひら

降りしきる 春の小雨の優しさを
枝に感じて バラは目覚めぬ

紅き芽の 伸びゆく先に現われし
蕾は膨らむ 初夏の兆しに

風に揺れ 朝日に輝く一番花
恋する人との再会にも似て

麗しき 君に恋する喜びを
今年も詠わん 雪の降るまで

(2020/04/29)


まず一輪 咲きし今年の薔薇の色
真紅にして 朝日に輝く

ただ薔薇は身に棘在るにも関わらず
傷つきやすく日々いたわらねば

青空に輝く紅き薔薇の花
玄関先で君を待ちたり

(2019/05/06)



一重八重 色様々に咲く薔薇も
香りなければ心動かず

気品あり 形整い 香りは深く
心揺るがす名花一輪

麗しき 彼の人もしも花とせば
露を真珠の 真紅の薔薇か

他の手で磨きぬかれし株あれど
われ選びしは幼き一鉢

嵐吹きて ラベル飛び去りこの苗の
花の面影しのぶものなし

(2014/04/22)
 

我は咲きぬその色香りに気づかずや
ただそよ風に揺れる店先


麗しき君我が薗に招き入れ
その美しさをばさらに磨かん


肌を刺す棘の痛みを顧みず
今年も薔薇の苗をい抱きて


かつて見た 夢の花園咲き乱る
薔薇の香りにまた酔いしれんと


美しき気品に溢れし貴婦人の
香りに誘われ一夜の夢を


命をも捧げん君にと恋慕う
ただの花にと人笑いても


麗しき身に宝石か露光る
深紅の花に息を飲む朝


純白の汚れなき花に我が心
清らに澄みぬ緑風の中


宙を舞う花のドレスの輝きを
蒼き五月の空に眺めて


これがあの歌に出てくるテキサスの
黄色いバラかと人来る度に


今は亡き王女の気品と優雅さを
映すピンクの薔薇こそ麗し


情熱の紅き血潮かカルメンの
陽射しに燃ゆるスペインの薔薇


あどけなき蕾なの私は今はまだ
焦らず待ってその開く日を


何もなき寂しき路地の片隅に
薔薇をば咲かせて人魅了せん


手間暇をかけて育てし一輪が
咲く喜びをきょうも夢みつ


風に揺れ陽に輝ける花々に
囲まれる日々の無上の幸せ

白き指 刺せしは薔薇の嫉妬かも
もの言わずとも きみ美しきが故に


去る人に胸の想いの一言を
告げんと追えば薔薇が引き止め


我はただ花に仕える僕にて
日々明け暮れに薔薇の機嫌を


間を縫えば皆美女の如くに微笑みぬ
薔薇の薗こそ我がパラダイス


貴婦人のバラ色の頬に口づけを
気品ある香りに我が胸は高なりて


ひと去れど花は偽らず裏切らず
捧げし愛に応え開きぬ

はらはらと散りゆく花弁に涙して
心を無にしてハサミを入れぬ


最後のバラの花びらが散りゆく
破られた 恋文が風に舞うかのように


泣かないでまた逢えるわよと微笑んで
薗を去りゆくミューズ悲しや


我一人寂しき薗に居残りて
夏の木陰に追憶の日々


根元より伸びしシュートに励まされ
ハサミを片手に気をとり直し


我はただの花の僕よ貴婦人の
立ち入る庭を守りて暮らしつ



【 バラの名前 】


その長くて美しい髪を風に梳かせ
白い指で一輪の花に触れながら
彼女が言った

聞いてもいいかしら
あなたが愛したその 
バラの名前を


【  薔薇の夢 】


そは 眠りては見えず

目覚めてこそ見ゆるもの


 降りそそぐ陽の光と

縁の爽やかな風の中に浮かぶ

季節の女神が残せし吐息の

形を成したるもの


 甘き 官能の香りともに気品をも漂わせ

見る者の心を魅惑の世界へと(いざな)


手折らんとするものを遠ざけんと

 その美しさの裏に鋭い棘を忍ばせながらも

 初めてのくちづけを待つ乙女の如くに

 朝露に濡れたその蕾はそっと

 薔薇色の夢を開きぬ



(また出来次第、いずみ)
*【薔薇に恋して /2022年版】に続く

短歌集/薔薇に恋して

短歌集/薔薇に恋して

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-18

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