ぶどう農家民話・ぶどうハウスの守り番
ぶどう農家の所有するハウス近辺にも、イノシシが出るようになりました。
イノシシにハウスを荒らされたら、たまったもんじゃありません。
農家はおかみさんと長いこと話し合って、一つの対策にたどり着きました。
二人には、クロという飼い犬がおります。
クロは、黒くて小さくてとても甘えん坊で、だけれど二人以外にはうるさく吠えかかる犬でした。
その性質を利用して、ぶどうハウスの守り番に任命されてしまったのです。
夕方、農家とおかみさんはクロをハウスに携えて、無邪気にハウス内を駆け回るクロをそのまま、ドアをそっと閉めて帰ってしまいました。
可哀想なクロ。甘えん坊の、臆病者のクロ。
真っ暗闇と静けさが怖いクロは、一晩中吠え続け、周辺のイノシシを恐怖のどん底に突き落としました。
翌朝やってきた農家とおかみさんは、ハウスが無事なのを確認して大喜び。
一方クロは不満を込めてクーンと鳴きましたが、二人は気付かず、その晩も同じようにクロをハウスに置き去りにしていきました。
クロはどんなに寂しかったことでしょう。
翌朝、農家とおかみさんがハウスのドアを開けると、震えながらクロが駆け寄ってきました。
おかみさんが抱き上げて振り向くと、農家も同じようにクロを抱き上げています。
二人の腕の中で、それぞれ同じようにクロが抱きしめられているのです。
クロが2匹になってしまいました! どちらも同じ、クロなんです。
きっと、あまりの寂しさに誰かに居てもらいたいと思ったクロが、自分の分身を作ってしまったのでしょうが、農家とおかみさんはそんなことには思い至りません。
ハウスの守り番が2匹になったと大喜びです。
その晩は、2匹をハウスに残していきましたが、2匹いても所詮同じクロとクロ。寂しくてたまりません。
次の朝、農家とおかみさんが戻ってくると、クロは3匹になっていました。
そんなことを繰り返して、クロが10匹になったところで、二人はようやくクロの本当の気持ちに気付いたようです。
10匹のクロを、その夜はハウスに置き去りにはせずに家に連れ帰って、皆で一つの大きな布団で眠りました。
次の朝、クロは9匹に減っていました。
それを8回繰り返して、とうとうクロは無事1匹に戻ることができました。
それ以降、農家とおかみさんは、クロをハウスに置き去りにすることはしなかったそうです。
問題のイノシシ対策は、まもなくオオカミ型ロボットを導入したそうですが、10匹にまで膨れ上がった犬の喚き声に恐れをなしたイノシシ達が県境を越えて隣の兵庫県にまで逃げ出したそうなので、農家はしばらく安泰な時を過ごせたとのことです。
ぶどう農家民話・ぶどうハウスの守り番