鮫
とりとめもない。
会いたいけど、会ったらそんな気持ちじゃなくなる。とか、甘えようと思う日に限ってクールできめ込んじゃったりするのはどうしてだろう。そんなことを考えているうちに中央特快 高尾行きの電車はやってきてしまっていた。電車とホームの隙間を越える黒いコンバースに可愛げなど一ミリもない。乗り込んだ電車は運よく空いていて、特に考えもなしに気怠げに端の席に腰掛けた。それはもう、深く深く。流れ行く景色にも飽き、曇天が眠気を誘った。普段は冷え切っている乾燥した両手から、体温が上昇してくるのがわかる。
気がつくと、それは夢の中。
アパートや戸建てが駒のように並べられ、それに合わせて人間を配置した世界。だけどどうして?誰もいない。言葉が一切形を成さない、無音の世界。いいえ、言葉が形になったせいで、音として鼓膜を震わすことがなくなっただけ。これは会話の上位互換?いいえ、それは言葉を必要としない世界。だって、あなたしかいないでしょう?何を言っても自問自答になって、考えることをやめてしまった。周りを見回すと、青、蒼、碧。こういうの、なんて言うんだっけ。はぁ、と吐いた溜息は泡になって消えていく。消えてはいない、頭上に向かって、見えなくなってしまっただけだ。もしくは、飛び交う魚たちに飲み込まれてしまったか。ここにいる魚たちに、生存本能はあるのだろうか、と、考える。あ、また考えてしまった。考えるのはやめたはず。止め止め。
そうは言ってもここは退屈で、考えるくらいしかすることがない。あれ、夢のはずなのに。中央線に揺られて、正確には中央線と名付けられたJRが運営する線路を走る電車の4号車、端の席に沈み込んでいただけなのに。寝てしまっただけのはずなのに。この世界に溶け込んで目が覚めない。困る、そんなの。だって君に会えないじゃない。別に、会いたいというわけじゃないんだけど。淋しいというわけでもない。
これは全て嘘。全て?全てではないか。一部、嘘。
突然ですが、ここで問題です。この中には幾つかの(もしくは幾つもの)嘘が仕込まれています。さて何処でしょう。
鮫