君がいない

薄い線に浮かぶ君の姿

 花壇の土いじりを朝早くからやっている女子生徒が居た。私が出勤した頃には既に両手に軍手をはめて右手にスコップを持ち赤色の土に突き刺し、掘り返していた。校門を過ぎて校舎に入る為には煉瓦で造られた花壇の前を通らなければならなかった。私は7時過ぎに何時もこの花壇の前を過ぎ去るのだが必ず女生徒が居た。セーラー服にローファーで装っているのに土埃一つ付かないのは不思議であった。勿論、白い軍手には赤い土がスパゲッティのシミのようにして張り付いていたが、その他は透明のフィルムでコーティングされている様にも思えた。そして必ず彼女は長い髪の毛を黒いヘアバンドで縛りポニーテールであった。ポニーテールといえば部活動を行う活気が宜しく小麦色に焼けている事を連想するが、彼女の首はワイングラスの脚のように華奢であり何処か透明でもあった。背景と頬の輪郭の境界が狭くとても細い線によって描かれている。そんな感じの容姿だ。最初、彼女を見た時には大人しい静かな生徒だと思った。しかし予想に反して彼女は私の姿を見ると「あ! 先生! おはようございます!」何処にそのエネルギーが蓄えられ発せられているか分からない挨拶を私に向けて放つのだった。
「ああ、おはよう」と私は答えた後に「今日も早いね。えっと……。何をしているんだい?」
「ペチュニアの種を飢えているんです」
「ペチュニア? 花の名称かい? すまない。私は花とか木には疎くてね。でも毎日朝から花壇の手入れをしているなんて、よくやるな」
「好きなんです。でも、どうして好きなのかは分かりません。多分ですけど、性に合っているんです。スコップで土を掘るとか、じょうろに水を入れて種に撒くとか、雑草を抜くとか、地味ですけどね」
 私は笑った。
「地味か? それは時間が解決してくれるかもね。個人的に私はこの澄んだ空気の中、誰もいない寂しい校内を沈黙と共に歩く事が好きだ。地味かもしれんけどな」
 次は彼女が笑った。
「それは地味かもしれません。けど、ワタシもこの誰もいない、静かな校舎の姿が結構気に入っているんです。それが理由の一つかも。朝から此処に居る理由は」
 彼女はニコリと笑い、私は軽く手を上げてこの場から去った。
 翌日の空はどんよりとした雲が排気ガスを纏ったドレスを身に着けて漂っていた。アパートから出て少したつと雨が降って来た。私はすぐさま傘をさして学校に向かった。雨の勢いは増していく。私は校門に到着して決まりきったルートを通り花壇の前に立った。女子生徒は居なかった。私はこの天気であるから彼女の気持ちとして中止にしたのであろうと思った。天然の雨が種を成長させるのは必然だ。私は校内を目指し此処から去った。
 次の日。天気は回復していた。私は同じ時刻に何時ものようにして花壇の前を通ったが女子生徒は居なかった。珍しいと思った。風邪でも引いたんだろうか? 少し気がかりになるが深く考えないで私は校舎へと向かった。
 授業の一限目が終了して私は別の教室へと歩いていた。すると或るクラスを何となしに覗いて見るとこのクラスの女生徒たちが泣いていた。男子生徒もバツの悪い表情である。私は疑問に思って教室に入って瞼を赤く染める一人の女生徒に聞いた。
「どうしたんだ?」
「先生は知らないかもしれませんが、昨日、私たちのクラスメイトが学校に向かう途中で階段から足を滑らして転落したんです。雨が降っていたじゃないですか? その所為です。それに彼女、毎日朝早くから登校するんです。きっと、足元が暗かったと思うんです。朝方だから発見も遅れて……」
 女生徒はそこまで話すと再び泣き出してしまった。
 私はそれを聞くとすぐに察した。次の授業のチャイムが鳴っても動けないでいた。身体の中身が鉛で支配されるようにして。

 私はそれからと言うものゆっくりと出勤する事にした。誰もいない、7時過ぎの時間に君がいない花壇を見るのは明らかに非現実的だし、挨拶をするのも私一人になる。花の名前は忘れたけど近々、咲くだろう。君と同じクラスメイトたちが成長を見守っているから。

君がいない

君がいない

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-15

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