味噌汁とラブレットの続き(制作途中)
「私思うんだ、世界中のぜんぶの恋が、いっぺんに叶っちゃえばいいのになって」
言って、真名子は笑った。その言葉は昔も聞いた。僕は返事をしなかった。ちょっと腹が立ったからだ。自分は困難な恋を実らせていい気分かも知れないが、世の中そんな風にうまくはいかない。真名子のパートナーの気持ちと僕のそれとは、彼女の上に併存しようがないだろう。不毛の地に咲いた畸形の花は、傍で見るよりずっと強い。僕の根や茎では対抗の余地もないのだ。それに、もし本当に世界中の恋が叶う日が来ても、選ばれるのは恐らく一方で、今の彼女がこちらに転がってくるとは思えなかった。
「なんか、前も言ってなかったっけ。似たようなこと」
僕は尋ねた。真名子が覚えているかを確かめたかった。彼女は少し虚を衝かれた顔をしたが、あ、と声を上げて、
「そうかも、思い出した。あの時だよね。学園祭の」
ころころ笑い出す。その笑い声が昔から好きだった。高校時代のある日、粘度の高い西日が差し込む秋の教室で、彼女は先刻の台詞を僕に聞かせた。あの時は問いかけとして。僕はクラスでやる出店の看板を組み立てていて、彼女は手にカッターナイフを持っていたように思う。それまで全然話したこともなくて、あの時もたまたま役割分担が同じになった、だけのはずだった。
でも僕は、夕焼けの蜂蜜色に輪郭の融けた真名子を見て、衝動的に告白をした。彼女はじっと黙っていた。猛烈に後悔し始めた頃、ゆっくりした動きで、彼女は寂しそうにかぶりを振った。
「わからないけど、ごめんね、ひどい事言うかもしれないけど、君のそれは恋じゃないんじゃないかな」
そうかもしれない、と当時は思った。しかし今振り返ると、本当の意味で恋に落ちたのは、彼女に否定されたその瞬間だったのかもしれない。
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