恋は戦の如しと彼は言ふ

桜華忠臣の部屋を訪れていたグスタフ・ハイドリヒは、ふと彼の部屋の机の上に置かれていた物に目が止まった。
細い金属製の棒に何やら小さな飾りが施してあり、そこからさらに細かい装飾が吊り下がっている。
よく見ればその飾りは淡い紅色をした五枚の花弁の花で、いつか彼奴の祖国で見た春に咲く花を連想させ、吊り下がっている装飾も淡紅や薄緑で纏められているためか、何処と無く彼本人に似ているような気がすると思った。
自国ではまず見掛けたことの無いそれは、恐らくこの部屋の主である彼の祖国の物なのだろう。大柄で、逞しい体躯の己が何の注意も払わずに掴んでしまえば、いとも簡単に壊れてしまいそうな繊細な作りのそれを、壊さぬよう目の高さまで持ち上げ、しばし揺らしながら眺める。

「まるで幼子が遊んでおるようだな?」

その声に特に驚くでもなく振り返りつつ、こんな餓鬼が居たら堪らんだろうと返せば、他の幼子が泣いて逃げ惑うであろうな、と喉の奥で笑いつつ桜華忠臣は言った。
「それが何か気になるか?グスタフよ。」
こちらへ差し出した手は、返せという意味だろう。今まさに手にしているそれを返し、暇潰しがてらに問えば、彼は快くそれが何かを答える。

「これはな、簪という髪の長い女が使う髪飾りだ。種類は数え切れぬ程あり、女共はこういった物を飽きもせずに集めたがるのだ。」
簪が何であるかを聞いて、凡その目的を理解する。これは恐らく彼が惚れ込んだ女の為に何処かで買ったものなのだろう。
相手が誰かなんて知らないし聞く気もないが、時折部屋から女の声が聞こえるのを知っていれば、自ずとその考えに至る。
時にグスタフ、と呼び掛けられそちらへ視線を向ければ、彼は口元に笑みを浮かべつつ口を開く。
「昔から男が女へ贈る物には意味があるのだが、その意味を貴様は知っておるか?」

もちろんそんなものは聞いたことがない。自国のものならまだしも、彼の祖国のものなど全く知らない。
知らん、と答えれば、揶揄うような目で彼は言う。

「であろうなぁ?貴様が色恋沙汰に頓着しておるようにはとても見えぬわ。」
「…予想通りで悪かったな。」
「斯様な事を申してはおらぬ。…ふむ、ならば教えてやろう。男が女に贈る紅には「その紅を塗ったお主の唇を吸うてみたい。」、簪には「その簪を付けた髪を乱してみたい。」、着物には「その着物を着たお主を脱がせてみたい。」という意味があるのだ。」
「…まどろっこしい。どうせ全て贈るんだろう?ならば全て贈ってしまえばいい。」
率直な感想を述べれば、彼は笑いながら答える。
「貴様はもう少し、女心を知る努力をするがよい。女は束縛の強い男を嫌う生き物だ。かと思えば、それを好む女も居る。それを見極め、確実に外堀を埋め、手の内へ引き入れる。…女を相手取るのは戦より難しきことよ。」
そんな聞いているだけでも面倒なことを、この男は好んでやっているのか。物好きと言うか何と言うか──
「…お熱いことで。」
「残念だがそうでも無い。あれは放って置くと、すぐに火薬如きにうつつを抜かす。中々に気を惹くのが難しい娘故に、こうせざるを得んのだ。」
案外奴の演技に気付かず、いいように振り回されておるだけかも知れぬがな?と喉の奥でまた笑う。
「諦めようと思ったことは無いのか?」
「諦める?…はっ、我が斯様なことをすると思うか?諦めるのは負けた者のすることよ。我はここの誰よりあれを好いている。故に、我は必ずやあれを手に入れる。誰にも譲りはせぬ。」

束縛の強い男は女に嫌われる─だったか。
一番束縛の強い男であろうこの男が言うとは、何とも笑わせる。その束縛の強い男に好かれてしまった女を哀れと思いつつ、精々苦労するがいいと皮肉を投げ掛け部屋を後にする。
どうせ彼はこの後その女と会うか何かして渡すのだろう。それを見届けたとて、何も問題は無いが興味は無い。用事も済んだのならさっさと引き上げるに越したことはない。
と思いつつ、彼の部屋を後にした時、遠く視界の端に稲穂色の長い髪が揺れる様をグスタフは見た。


嗚呼、運が無いなお前。
お前を呼び出したその男は、お前の自由を奪ってしまうかも知れないのに。
「助けてやる義理は生憎持ち合わせていないが、精々気を付けろ。」

誰もいない廊下で決して誰にも届かぬであろう忠告を残し、グスタフは自室へと戻って行くのだった。

恋は戦の如しと彼は言ふ

恋は戦の如しと彼は言ふ

忠まと前提の同盟コンビのやり取り。まといちゃんは出ません、グスタフ視点で2人が喋ってるだけ。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-31

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