最後の明々後日

 公園いっぱいに吊り下げられた淡色の提灯が、穏やかな春の風に踊らされ、暢気に揺れている。しかし、地を見下ろせば、運悪く雨に見舞われた生まれたての花々が、既に生ぬるい水溜りの中で泥と共にたゆたう沈殿物に成り果てていた。そのことに何故か、自分で予想していた以上のおぞましさを感じてしまい、砂まみれの鉄棒を舐めてしまったような顔のまま顔を上にやる。空は、まるで世界が始まった頃から平和な世界を見守り続けていますとでも言いたそうな顔で、呪いたくなる程優しい青色に染まっている。
 自分が風に流され吹き荒れることもなく散った桜を直視できなくなったのは、一瞬、自分が過去に踏みにじられた淡い夢と、無様な花弁を重ね合わせたからだろうか。しかし、よくよく考えてみると、そのように思おうとする心までもが、低俗な人類の驕りであるように感じる。くだらない世界からいなくなることさえも恐れる己を、世界の残酷な秩序になぞらえるなど、自分の諸々を少々よろしく見積もり過ぎているのではないだろうか。土で濁った水溜りに、どこまでも澄みきった青空と、居心地の悪そうな猫背が切り取られているのをさらに凝視してみた。世界が美しく優しい色に染まってゆくほど、自分のような人間の醜さが暴かれ、僕らは逃げ場を失ってゆく。
 殆ど花のなくなった桜の木の下でも人は集い、無音の空へ贐を贈るかのような勢いで騒ぎ立てている。そもそも花見など、人間側の理由付けの為に存在する催しに過ぎなくて、花が咲いていようがなかろうが、本当はみんなどうでもいいのかもしれない。ますます僕の視線は水溜りに溺れてゆく。
 そう、餞。ここで杯を交わす誰よりも、この花を楽しみにしている人がいたんだ。それはここで唯一の憂鬱を持て余す僕しか知らない。それは誰も知らなくていい。僕のことも、その人のことも、永遠に誰にも分かってもらえなくていい。幼い僕は未だに、寂しい人間をやめる術を自力で探そうとしたがらない。
 冬の終わりがずっと待ち遠しかったはずだった。冬は、冷え切ったあの人の体とこの身で暖め合うには、少し胸が苦しすぎる季節だった。それなのに今は、あの人を置いて回り続ける世界の中で、あの人を置いてゆくしかない自分の薄情さに耐え切れず、この身が張り裂けそうだ。春の始まりには、雀が首ごと断ち切った花の頭を掻き集めて、あの人に見せびらかした。花の頭はあの人のようにすぐ干からびて、しわくちゃになった。
 進むべき道は今も柔らかい日差しに照らされてる。日はまだ高い。あの人がいなくなったことで唯一よかったと思えることは、これからどれだけ僕が死を恐れ、苦しみもがいたとしても、君に会える希望と喜びを最後の最期まで握り締め続けることができるということだ。
 
  公園いっぱいに吊り下げられた淡色の提灯が、穏やかな春の風に踊らされ、暢気に揺れている。空は何かに気付いてしまわぬよう、また雲を纏い、目をつむった。
 

最後の明々後日

最後の明々後日

桜の季節に思い出す話

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-30

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