リセット

まどろ

リセット

暁光

「はぁ…なんでこんなことになっちまったんだ…」
ラブホテルの一室で、俺は心から後悔していた。
なんで俺がこんなところにいるのか。
話は2時間前に遡る。

仕事が終わり、喫煙所で煙草を燻らしていると、後輩から声をかけられた。
「先輩、今日呑み連れて言ってください…」
「やけに疲れてんな。どうした」
「いやぁ…今日惜しい案件あったんすけど、ものにできなくて…」
「なるほどなぁ…じゃあ、明日は会社休みだし、メンツ揃えて呑み行くか!」
「まじっすか!あざす!じゃあ俺、声掛けてくるんで!よろしくっす」
そういうと、半分も吸っていないアイコスを灰皿に捨て、足早に出て行った。
灰皿に残ったアイコスを見ながらラッキーストライクをフィルターギリギリまで吸った。
アイコスはいいけど、煙草は駄目みたいな風潮、何とかならないかな。

喫煙所から出て帰り支度をしていると、後輩が3人の同僚を連れてきた。
「おつっす!こいつらでいいですか?」
後輩がそういうと、後ろの3人は頭を少し下げた。
「あぁ。いいよ。その代わり、奢りはなしだからな!」
えぇという声がオフィスに響いた。

それからややあって、結局は俺が奢る羽目になる呑み会が始まった。
飲み放題の2時間コース。テンションの上がったバカ共は前半からガブガブ飲んで、1時間が経つ頃には2人が潰れて死んでいた。
「おい後輩。あんまり飲ませすぎるなよって言ったよな」
割と酔っ払っている俺が、まぁまぁ怖い顔で後輩に言った。
「すいません…こいつら、俺の4倍くらいバカで」
「本当だよ。ただまぁ、いびきかいて寝てくれてるだけいいか。100%いきてるもんな」
「まぁ、そっすね…」
静かにそう言って、手に持っていたグラスを置いた。
それからしばらく後輩と駄弁りつつ、真剣な話も間に挟んでとしていると、元気な店員が入ってきた。
「はいじゃあすいません、ラストオーダーの時間になります」
もうそんな時間か。
「じゃあ、同じやつで。お前は?」
「あー、俺はもういいっす」
いや頼めよ。なんで先輩だけ飲ませるんだよ。そんなことを思いながら、届いた梅酒を飲み干した。

「お会計、1万4千円です!」
「ごちそうさまです!!」
唯一生きている後輩が言った。殺してやろうかと思ったが、酔っていたし、なんとなく気分がよかったから出してやった。さっき下ろしておいてよかった。

「先輩、これからどうしますか?」
ヘロヘロの2人を横目に後輩が言った。
「逆にどうしたい?このまま帰るか?」
「えー、せっかくですし、風俗行きましょうよ」
「は?マジで言ってんの?」
時刻は深夜を回っている。
「まじっすよ。先輩ならいいところ知ってるでしょー」
ちゃけながら言ってきた後輩の言葉を「まぁな」といなした。
……内心かなり焦っていた。俺はそういう経験が全くない。夜の街なんて回ったこともなければ、店に出向いたり、呼んだりしたこともない。
が、取引先のお偉いさんが言っていたインターネットサイトを開いてみた。
「お、先輩。ナイトナビっすね」
「あぁ。困ったらここに頼れば間違いないからな」
「間違いないっすね」
そのままぎこちない操作で、数点の店を探し当てて、適当なラブホテルに入り、デリヘルを呼んだ。
直前に後輩が言っていた「え!?先輩そんな高い人呼んだんすか!?」がだいぶ気になるが、俺はドキドキしながらその時を待った。

話は今に戻り数分後、ドアがノックされた。
「はい…」
力なく返事をしてしまった。もっと大きな声で返事をすればよかったと思った。
「開けてもらっていいですか?」
綺麗な若い声がした。久しぶりに女性と話すが、うまくいくんだろうか。
「……あれ?開かない」
何回捻っても開かない。死にたい。
「あ、フロントに電話してもらってもいいですか?」
「は、はい」
そう言いながら慌てて電話をとるが、何番かわからない。
「04でフロントですよ」
部屋の様子を察してか、大きめの声で女の子が言った。
それを元にフロントに電話をすると、声の枯れたおばさんが出た。
「はい」
「あ、えっと…ドアの鍵を…」
「はいよ。開けといたよ」
どもっている間にドアの鍵が開いて、電話が切れた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
受話器を置く頃には、金髪で小柄の女の子が玄関前に立っていた。
「あ、えっと……」
「もしかしてお兄さん、初めてですか?」
おどおどしているであろう俺を横目に、女の子が言った。その声にうんともすんとも言えず、ただゆっくりと頷いた。
「じゃあ、まずはお金からもらっていいですか?あ、私、エミっていいます。よろしくね」
「あ、よろしく…」
なんとも言えないホテルの質感、雰囲気、何もかもが苦手で、言われるがままお金を払い、受け取ったエミさんはアイコスを吸い始めた。
「お兄さんいくつですか?」
そう言いながら微量の煙を吐き出した。
「今年で31です」
「え!?まじ?もっと若いかと思った」
目を見開いてこちらを見たエミさんの目はめちゃくちゃデカかった。
「それは…ありがとう」
「私は何歳に見えますか?」
お、この質問はダメだ。女遍歴の少ない俺ではなんと答えても正解にはたどり着けなそうだが……いくしかない。
「何歳だろうね……まだかなり若いでしょ?」
しっかりと目を見て言った。
「んふふー。そうですね。おじさんよりはもちろん若いです」
おじさんというワードに反応しそうになったが、嬉しそうなエミさんを見てホッと胸を撫で下ろした。
「ちなみに何だけど、ものすごくえっちなことが好きな人なの?」
「え??ん?なんで?」
平気な顔をしてとんでもないことを言ってきたからかなり動揺してしまった。
「だって初めてだもん。デリヘル初めてで、いきなり2時間コース頼んできた人」
「…そうなんだ」
「うん。今から2時間私とおじさん一緒だよ?」
何しよっかと続けて、吸殻を灰皿に捨てた。
「変なこと聞くけど、平均は何時間くらいなんですか?」
「うーん、指名してくれる人は2時間とかいるけど、普通の人だと長くて1時間かなー」
「そうなんだ……。じゃあ、その、どんな流れで、その、そういう事というか……まぁ……えっちするの?」
かなりの時間を要して出した言葉に、エミさんは笑った。
「えっちはしないよ?お金もらってエッチするとエンコーになるから、コッチとコッチだけね」
手と口でジェスチャーしながら、エミさんは笑った。
「大変だね」
ぽろっと出た言葉だったが、これは言ってはいけない言葉だったかもしれない。
「そうだね。大変」
そう言ったエミさんの顔はどこか悲しそうだった。

結局、なんだかんだで一緒にお風呂に入り、お互いの体を拭きあってベッドに入った。
……あまり話したくない話だが、俺は5分と持たずに果ててしまった。

「はぁ、疲れた」
俺が4度目の絶頂に達した頃、口元からこぼれ落ちる液体を拭いながら裸のエミさんが僕の横に倒れこんできた。
それなりにスキンシップも取れるようになっていたから、軽く頭を撫でてやった。結局この空間に支配され、苦手だのどうのこう言いながら楽しんでいる自分がいる。
「ごめんね。何度も」
「ほんとだよー。早く済むからいいけど、これでお兄さんが遅漏とかだったら怒って帰ってるかも」
なんてねと、エミさんは力なく笑った。その表情に何とも言えない愛しさを感じて、自分でも何がしたいのか分からなかったが、ゆっくりと抱きしめてしまった。
抱きしめられたエミさんも、特に抵抗はしてこなくて小さくため息を吐いて、若干体を丸めた。
「……よし。ちょっとうつ伏せになってよ」
「何するの?」
「マッサージ。もちろん普通のね」
笑って言うと「やってやって」とうつ伏せになってくれた。
パンツを履こうか迷ったが、今更なぁと思って履かなかった。
腰に馬乗りになって、肩に手をかけると、くすぐったそうな息を漏らし、
体がピクンと跳ねた。
「……あれ。割とうまい……はぁ…」
「気持ちいいでしょ。昔2年ぐらいこういう仕事してたんだ」
まぁ、嘘だけど。俺にはこの体が凝っているのか凝っていないのかなんて分からない。

肩から背中全体のマッサージに移って数分が立った頃だった。
「……もうこんな仕事したくないなぁ」
静かだったエミさんが口を開いた。
「好きでやってるんじゃないんだ?」
「うーん…好きでやってる人なんてほんと数人だよ。私も最初は
お金のためならって思ってたけど、やばいお客さんもいるし、臭い人とかいるし、そろそろ頑張れない」
そう言いながら、枕に顔を埋めた。
……なんて言葉をかければいいんだろうと、一瞬考えたが、もう考えるのはやめた。
「じゃあ辞めたら?」
「そうなんだけどね、辞めたら辞めたでもう終わりだと思うの」
枕のせいで声がこもっている。
「どうして?」
「だってこんな仕事してたし、今更やりたいこともないし、このままずっと続くのかなぁって…」
「なるほど……」
典型的な現代病なのだと思った。もちろん俺も患っている。適当に就職した会社でのうのうと生きてきた。気がついた頃には10年を超えていた。俺は別にこれでいい。数年に一度開催される同窓会では、今の仕事についたことを後悔している奴がいるが、俺はもうとっくの昔に諦めて、飲み込んだよ。

それから会話は途切れてしまい、エミさんも寝てしまったのかうんともすんとも言わなくなってしまった。それでも俺はマッサージをし続けた。何を考えていたんだろうか。何かを考えていたが、それが何だったのはか思い出せない。

ピピピッ、ピピピッ。
アラームが鳴った。スマホで時間を確認すると、5時前だった。辺りを見渡すと、カーテンの下から光が漏れていた。
「んー……後15分だ…。ありがとうお兄さん。マッサージすごい気持ちよかった」
エミさんは体を起こし、伸びをした。
「いやいや、俺の方こそ世話になった。ありがとう」
そういうと、エミさんは笑った。
「……なんかお兄さんって不思議だね。お兄さんみたいな人にもっと早く出会ってれば、私は変わってたのかな」
そう言いながら窓際まで歩き、分厚いカーテンを開けた。
瞬間、部屋は陽光で満たされ、俺の闇目に突き刺さった。眩しさに目を細めてみたエミさんは、真っ黒い影のように見えた。

「でもこれで終わり。朝日にリセットされた私たちは、今日もまた生きていく」
真っ黒いエミさんが静かに言った。
「……エミさんの決め台詞?」
徐々に目が慣れてきた。エミさんは俺をみて笑っている。朝日をバックに見るエミさんは普通の可愛い女の子だった。
「んー、私と仲よかった先輩がよく言ってたの。かっこいいから私も真似した。お兄さんなら何かリアクションしてくれるかなって思って」
「そうか。結構似合ってたよ」
「ありがとう」
俺たちは笑った。

スマホの通知を確認すると、後輩からメッセージが届いていた。
“先輩、今日はありがとうございました。何の迷いもなく1番可愛い子を2時間で呼びつける先輩、カッコよかったっす。また飲み連れて行ってください俺らは先帰ります!”

「下まで一緒に行こー」
「あ、うん。いいなら」
俺がそういうと、エミさんは嬉しそうに腕にしがみついてきた。
「またこういうことあったら呼んでね!お兄さんなら大歓迎」
言いながら笑ったエミさんの笑顔は、眩しすぎて見きれなかった。

「じゃあまたねぇ!」
エミさんは手を振りながら高そうな黒い車に乗って、朝の街に消えた。

朝の街はやけに静かだった。昨日の夜の喧騒が嘘みたいに消えていた。
エミさんの言う通り、一度リセットされたみたいだ。魔法が解けたという表現でもいいな。
大きく深呼吸すると、朝の空気が肺に流れ込んできた。
その吸い込んだ空気をため息として吐き出した。
目を閉じて、数秒。
「よし」とどこから湧いたのか分からない謎の自信を引っさげ、朝の街へと溶けていった。

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「今日だけの魔法なの」

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