工の風

 工(たくみ)は窓の外。私は部屋の中。ちなみに徹太(てった)は、工と一緒に外にいる。



 工はずっと遊んでる。徹太と一緒に遊んでる。
 ホースから水が出るのが楽しいみたい。
 何が楽しいんだか、とつぶやいてみる。誰もいないからつぶやける。

 今日は夏で、ここは私の家。レースのカーテンから射し込む陽が柔らかくって眠くなりそう。
 私は編み物の途中。頼まれた物。

 私は編み物は無理だから、あなたがやってくださる?と、いかにもなお嬢様に言われたのだ。
 出来かけのマフラー。これは冬になれば徹太への贈り物となる。夏の内から用意したがる。いかにもあのお嬢様が考えそうなこと。
 徹太君には内緒だからね、絶対よ。と、またいかにもな口調で彼女は私のお口にチャックを付けた。
 人の口にならチャックまで縫い付けられるのにねと私は思う。

 編み物は好きだけど、お嬢様は好きじゃない。


 嫌い、よりも汚い感情。役に立たない不純物。

 徹太のことは、まあ好きだけど、お嬢様のことは好きじゃない。


 認めてしまうと、胸が少しだけどきどきした。


 風がレースのカーテンを越えて頬をなでていった。




 工。


 一文字だけなのに、一番胸がどきどきする。

 ただひとつだけで他には何物も入っていない、工への感情。


「おーい、トラ!おまえ遊ばねえのー?」
 工は私に呼びかける。開いた窓から私の耳へ、声が素直に届く。
 私は工の声が好きだと思う。風をおこすような声だと思う。心地が良いと思う。

 工がおこした風に乗って、乗せられたまま泣いてしまいたくなる。



 工は白いTシャツを脱いで、茶色いズボンをまくりあげている。徹太も似たような格好をしている。


「今は無理ー!もうちょっとしたらね!」
「おう!」
「早く来いよー」
 工と徹太が呼んでいる。二人とも、本当に楽しそう。編み物サイドの私よりもずっと。
 編み物は、好き。徹太も、まあ好き。お嬢様は、好きじゃない。


 工。

 編み物と同じくらいの好きならば、少しはおさまってくれるのに。




「いまいくー!」


 私は途中のマフラーを投げ出した。



 窓の桟に足をかけ、裸足のまま外に出る。工がそうしたように。
 下は芝生。私は駆けていく。
 二人は「ようこそ」と迎えてくれた。徹太が言う。
「何してたんだ?」
「…編み物」
「今は真夏だぞ」
 徹太は冷静な突っ込みをする。あなたのためよ、と言うのはいけないことだし、誤解もうまれる。
「徹太って、冬はマフラー要る?」
「何言ってんだ?まあ、あれば使うけど…どうだかな」
 徹太はタオルで頭を拭いている。水滴が私に飛んでくる。飛んでくるなあ、と思っていたら水のかたまりがその向こうから飛んできて私の頭にぶつかった。視界が雨の日になった。
「それよりも、水を浴びれ!トラ!」
 ホースで水をかけたのは、工だった。水は体温より低く、でも嫌じゃない。



 なんだか、笑いたくなった。工の風に乗って、笑いたくなった。


 声をあげて、私は笑う。工の風に、乗せられるままに。


 工が笑う。徹太も笑う。私はもう笑っている。



 工の風に乗ってみんなで笑っているみたいな夏の日は、とても好きだと思った。

工の風

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

工の風

  • 小説
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-14

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