じょしりょく。

所詮、女は生まれたときから女だということ。

 女とは、きっとこの世に産まれ落ちたときから女なのだろう。それは、私の横でシェイクを啜っている娘を見ていても、よく分かる。
「かあちゃん、やっぱり、シェイクはシンプルにバニラがいっちゃんうまいわ」
 娘は、かわいらしい女の子とは程遠い台詞を発しながら、
「亜姫、うまい、じゃなくて、美味しい、でしょ?」
と、私にいつものように窘められ、そっと眉を顰めた。
 そんな娘の素振りを、夫はかわいいというけれど、私から見れば、ちっともかわいく思えない。むしろ、その様子に女特有の強かさや媚びを感じ、同族嫌悪ではないが、腹立たしく、つい、イラっとしてしまう。四歳児に対して、何の対抗心を?と、思うかもしれないが、娘を持つママ友のほとんどが、息子には感じない苛立ちを娘には感じると言っていた。私だけに限った話ではない。その不確かな情報だけが、心の支えだった。
 この日も、私は、
「…亜姫っ」
彼女のほんのささやかな反抗にイラつき、語尾を強く、声を大きく上げてしまった。亜姫は、びっくりしたように目を見開いた。店の視線が、私たちふたりに集中する。それに気付くと、亜姫は口元に人差し指を持っていき、「しーっ」と、呟いた。私もしょうがなく、渋々、「ごめんね」、と謝る。
「いいって、いいって。かあちゃんも疲れてんねんな。暑いしさ」
 そう言って、ソファーにもたれ、シェイクを一口。その態度に、さらにイラっとしながら、私も氷で薄まったアイスコーヒーに口をつけた。ふと、ストローを支える右手、その指の先端が目に入る。そこにある爪には、綺麗なマニキュアが施されていた。
 横を見ると、亜姫も自分の爪をうっとりと眺めている。その爪にも、私と同じマニキュア。私のマニキュアも亜姫のマニキュアも、亜姫が「したい」と望んだもの。亜姫の好きなパステルグリーンに白い小花が並んでいた。
「かわいいよねぇ」私に、同意を求める。
「そう、普通ちゃう?」
 そっけなく答えると、亜姫はあからさまに不満気に鼻を膨らました。そして、ストローを口にし、中が空になったことに、さらに頬までも膨らます。それから、
「普通ちゃうで、かわいいのっ」
と、自分の意見を何としてでも通そうとした。毎回のことだが、我儘、亜姫の得意技だ。
「マニキュアはかわいいし、亜姫もかわいいし、かあちゃんもかわいいのっ」
「え?」
 どこかで、論点がすり替わっているような気がする。自分が「世界でいちばんかわいい」というのは、彼女のいつもの主張だ。でも、そこへ、どこをどうすれば、アラフォーのおばさん、つまり、私がかわいいという結論まで加味されるというのだろう。
「亜姫、それは違うでしょ?かあちゃんのどこがかわいいって?」
「え、かわいいで。だって、かわいい亜姫のかあちゃんやねんで?」
 至極当然だと言わんばかりに、亜姫は胸を張った。どういった理屈だろう。まったくもって、四歳児の思考は理解できない。どう対処すればいいものか、頭を悩ませていると、亜姫は続けて、こう言った。
「とうちゃんも、いってたで。かあちゃん、さいきん、かわいなったなぁって」
 とうちゃん。その言葉に、少し胸が高鳴った。とうちゃん、つまり、利孝も、そんな風に言っていたということなのだろうか。
「…とうちゃんが?」
 動揺を隠すこともできぬまま、私は、オウム返しに、亜姫に問う。
「うん、ちほ、かわいなったっていうてた」
 その台詞に、私は、改めて鏡に映る自分の姿を眺めた。そこには、昔の私とは明らかに違う私が映っている。男の子のように短かった髪は、亜姫の「みじかいのんは、いやや」という要望に応え、長くなり、柔らかいパーマがあてられていた。好んで着ていた黒で無地だった服はクローゼットの隅で小さくなり、今は明るい色や花柄の服が幅を利かせている。今日着ている服もそうだ。箪笥の中から、亜姫に「かあちゃん、これ似合うで」、そう言われて引っ張り出されたもの。薄いピンク色に、大振りのバラがプリントされている。確かに、亜姫が、利孝が、言うように、私も少しは世間一般に言われている女子力がついて、かわいくなったということだろうか?この横に座っているかわいいモンスターのせいで。いや、この場合は、おかげというべきなのか。
 モンスターは、私を見上げ、「どうしたの?」という顔で、ニコニコと微笑んでいる。
 私は、感謝の意を込め、彼女に微笑みを返しながら、その頬に優しくキスをした。

じょしりょく。

じょしりょく。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-29

Copyrighted
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