大好きと、大嫌いと。
彼氏と苦い思い出を、音楽に乗せた物語。
ピッコロは昔から大嫌いだった。
あたしは中学時代、吹奏楽部に入っていた。
そこでは入部した時に自分の希望楽器を言い、それぞれに振り分けされるというシステムだった。小学校の頃からフルートに憧れていたあたしは迷わずフルートを希望した。
結果、フルートパートに行くことになった。強く希望していたあたしはとても喜んだ覚えがある。
しかしフルートパートに入ったのに、担当楽器はピッコロだった。
あたしは最初、ピッコロと言う楽器を知らなかった。だからフルートじゃなかった事はとっても残念だったけど、それなりに楽しみにしていたのだ。
けれど初めて聞いたピッコロの音は、正直甲高くて煩くて仕方がなかった。フルートみたいに綺麗な高音が出るわけでもないし、クラリネットみたいな柔らかな音色というわけでもない。
だからあたしは、ピッコロが大嫌いだった。
周りの皆はそのうちに愛着が出てくると言っていたけど、結局三年間大嫌いなままだった。
そんな思い出したくもない様などうでもいい過去があったのに、どこをどう間違えたのかあたしの今の彼氏はピッコロ奏者だった。近くのスクールで週に3回レッスンの指導もしているのだ。
「なぁ、なんでお前はピッコロが嫌いなんだ?」
彼の部屋の中で、二人で談笑している時に唐突に質問される。もう耳にタコが出来ていまいそうになる程、付き合い始めた時から何度も同じことを言われてきた事だった。
「前にも言ったでしょ? それに嫌いじゃないよ。好きじゃないだけで。」
「同じようなもんだろ?」
「全然違う。」
あたしの言葉に意味が分からないという様に彼が問いかける。
愛情の反対は無関心というように、今のあたしにとってピッコロは嫌いというより特に興味がないだけなのだ。
「俺は同じだと思うんだけどなぁ。」
「あたしが違うって言ってるんだから、違うの。」
「それじゃあお前は俺の演奏も嫌いなのか?」
少し拗ねたような口調で聞いてくる彼。
別にピッコロと彼を天秤にかけるつもりはないし、第一比べる物が間違っている気がする。
それに、比べるまでもなく答えは決まっているのに。きっとここで私が「どうでもいい。」なんて答えたら、彼の機嫌はさらに悪くなるのだろう。いい大人のくせに、少しだけ子供っぽいところもある人だから。
「そんなの言わなくても分かるでしょ?」
「言われないと分からない事もあるんだ。」
「…ピッコロ自体は正直どうでもいいんだよ。わざわざ昔の記憶を掘り返す必要もないしね。でも、大好きな彼が吹いている演奏が嫌いなはずないよ。これでいいでしょ?」
「あぁ、上等。」
言い切って満面の笑みを浮かべたあたしを見て、彼もつられてほほ笑んだ。
実を言うと彼の演奏を聞いてから、少しだけピッコロも良いななんて思い始めてることは、内緒にした。
大好きと、大嫌いと。