わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 4
喜多方の朝は早い。何が早いって、ラーメン屋の開く時間が早い。
「喜多方ラーメンは、朝から食べられるお店も多いの。せっかくだから、私が慣れ親しんだ味を味わってほしいと思って」
普段わたしが学校に行く日に起きる時刻よりやや早めに起床、身の回りの準備をして生江家の車に乗り込む。派手なカラーリングで最近大人気のアウトドア系軽自動車のなかでも一、二を争う人気であろうオレンジ。可愛いのでいつか乗ってみたいと思っていたけど、思わぬ所でその機会に恵まれた。
朝食を済ませたら、いよいよスキー場へgo。生江先生の運転は穏やかで、安心して乗ることが出来たし酔う心配もなさそうだ。おっとりした人ほどハンドルを握ると人が変わるってのはお約束だけど、、先生はその例に当てはまらない。いつもどおりのほんわかのんびり安全運転。
道が次第に山の中へと入っていき、上り坂やカーブが多くなってくる。周りの景色はすっかり春で、新緑も見えたりするのだけど、徐々に風景がモノクロに近づいてくる。相変わらず先生はゆったり運転で、登坂車線をゆるゆると上っているとトラックが隣の車線を豪快に追い抜いていく。快適な乗り心地で、ついついウトウトしてしまう。
「うめー、起きろー!」
環ちゃんの声で気づいたが、いつの間にか眠っていた。車は駐車場に停まったところのようだった。目をこすりながら車から降りて、周りを見渡すと、
「うわー、白い!」
山の斜面がキレイに雪に覆われていた。寒くはないけど、冬の間相当雪が降るのだろう。残雪がたっぷり。
早速生江先生の案内でロッジへ。環ちゃんと先生は自分のスキー用具一式を持ってきている(環ちゃんの用具は事前に宅配便で先生の家に送ってあった)。
「玉木さんと違って、私は学校の授業でスキーを習ったってわけじゃないから。玉木さん、教え方とか色々手伝ってね、お願い」
先生は初めての本格的な部活指導で少し緊張気味に見える。でもわたしの方が緊張しているのはもちろんのこと。だってスキーそのものが初めてなんだもん。
「レンタル」と大きく書かれた看板の下へわたし達はやってきた。わたしとキコちゃんは用具を持っていないのでここで借りることになる。まずはウェアを自分で好きなの選んでと言われたのだが、壁沿いに沢山かかっているそれらがどれもこれも可愛くて、なんとなくウキウキしてきて緊張感がすこしほぐれた。ちょっと冒険してショッキングピンクがあちこちにあしらわれたやつを選ぶ。
次は板と靴のレンタル。身長と足のサイズを問われ、それに合わせた板と靴がカウンターから出される。わたしとキコちゃんは履き方が分からないので早速先生と環ちゃんのコーチを受けることになった。
それにしても、スキー靴って重い! プラスチックで出来てるから当然なんだろうけど、こんなの履いて歩けるのかなあ…ていうか、足を入れてはみたけど、足の甲についてる金具の留め方が分からない!
「あー、バックルか。これはこうして金具を引っ掛けて、引っ張ってこっちの溝に留める。足の甲とかきつくないかい?」
スキー靴は結局環ちゃんに全部履かせてもらってしまった。それにしても環ちゃんやっぱり慣れてるんだな、ピッタリだ。足の甲がきつくもないし、足が中で動くくらいゆるくてもダメらしいんだけどそれも無い。よしとばかりに立ち上がってみたんだけど、あっ!
「おっとっと、ダメダメ説明聞かずに歩こうとしたら。足首固定されてるから歩くのちょっと気をつけないと」
転びそうになったところを環ちゃんに受け止めてもらった。すでに数歩先を歩いている先生をお手本に、かかとから接地して歩く。なんかギクシャクして、ロボットになったみたいな気分。スキー板とストックも持つのが難しくて、ストックの上下を逆にして持ったら早速注意されちゃった。
「ダメよ。ストックの先が顔とかに刺さったら大変だから。絶対にこっちの手を通すヒモがついている方を上にすること。いいかしら?」
あと、板も肩にかつぐのはいいけど、後ろから呼ばれたので振り返ったら板も一緒に回転して他の人の頭を直撃、なんてコントみたいなこともあるかもだから気をつけるように言われた。慣れないうちは縦にして抱きかかえるようにしてもいいかもだって。
わたしとキコちゃんは初心者ということでヘルメットをかぶらされた。それとゴーグルや手袋は環ちゃんや先生のお古を借りた。一歩一歩、ゆっくりと進み、ついにわたし達は雪上へと降り立った。
「このへんでいいかしらね。午前中は他の人の邪魔にならない場所で基礎を練習しましょうね。そうすればリフト券も半日分で済むし」
スキーを担いだまま、わたし達はゲレンデのすみっこにやってきた。すでに安全な転び方については体育館のマットを使って練習しているし、スキーは板を片仮名のハの字にすれば初心者でも滑れる、と教わっていたのであとは実践あるのみ。ただその前に、スキー板の履き方を教わらなければならない。早速環ちゃんが実演してくれることになった。
「こうやってつま先をビンディングの前に付いてる窪みにはめて、そしたらかかとを思い切り踏み込む。これでおしまい。中途半端にやるとビンディングの後ろが上がってこなくて、それはちゃんとハマっていないってことだから」
雪上に並べて置かれたスキー板。環ちゃんの真似をしてみたけど、力が足りないのかカチッとはまらない。
「もっと遠慮なく踏んづけちゃっていいのよ。それっ、とばかりに」
先生はスキー板を履かずに靴のままわたし達の指導に歩き回っている。と言ってもキコちゃんは要領よく一発で板が履けてしまったので、もっぱらわたしの指導に当たってもらっていてなんだか申し訳ない。
でも本当に申し訳ないのは、スキーを装着し、軽い準備運動を終えてからだった。
「はーい、それじゃ基本に忠実に、安全な転び方の練習からしましょう~。体育館でやったのを思い出しながら、まずは自分で転んでみてください~」
環ちゃんが講師口調で言ったので、わたしも練習した感じを思い出して転んでみようとしたけど、いざやろうとすると怖くて身体が固まってしまった。体育館のマットはふかふかだし、雪も同じだろうと思っていたんだけど、よく見ると結構踏み固められていて転んだら痛そうに思ったのだ。それを察した先生が、
「二切さん、怖がらなくても大丈夫だから。お尻から転べば痛くないからね。見た目より全然柔らかいから」
と言ってくれたので、思い切って後ろに身体を倒してみた。が。
「…なんで、頭から突っ込むかなあ…」
「尻もちつく感じ、って、先生が言ってたじゃん!」
「尻もち付くのが怖いの? だからってお尻が逃げちゃったら他のところが雪にぶつかって余計危険よ?」
どうやらわたしは、後ろに転ぶ時反射的にお尻を持ち上げてしまい、その結果頭をお尻より先に雪面へと突っ込んでしまったらしい。ブリッジをした状態で腰をふるふるさせながら(そもそもわたしは自力でブリッジが出来ない。頭が雪に埋まっているからかろうじて支えられていたのだ)顔に掛かった大量の雪を手で振り払うことも出来ず冷たさに耐えていた。それを三人がかりで起こしてもらって、改めて練習し直す。背中から先生に身体を支えてもらいながら、ゆっくりをお尻を雪の上に下ろす。これを何回か繰り返して、ようやく普通に尻もちが出来るようになった。何度か練習して、正しい転び方がようやく身についた、ような気がした。
「でもほんとうに難しいのは、滑ってるときにこの転び方が出来るかどうかだから。あくまでお尻から転ぶ。怖くて手とか出したりすると余計に危険だから、それ気をつけてね。じゃあちょっと登ってみよっか」
登る、という言葉に一瞬びっくりしたが、リフトにはまだ乗らないということなので安心した。今わたし達がいる平らな場所から少し登ったところのゆるい斜面で基本を練習するとのこと。
「斜面を登るには、こうやってスキーを斜面に対して平行にしてぇ、山側、つまり坂の上に近い方の足を上に動かす。その次は谷側の足。要するにカニ歩きをするってこと。これが一番簡単だから」
なるほど、これならできそうだ。では早速…。
ずてんっ!
「…何故、そこで転ぶ…」
一歩目はちゃんと山側の足を横に移動することが出来た。そして谷側の足を同じ方向に動かして、三歩目に悲劇が起きた。
「あー、二歩目の左足で右の板踏んじゃったのねー。それに気づかずに右の足を無理やり上げようとしたから転んじゃったんだ。あ、あと転び方の基本忘れてるわよ。手をついちゃダメ」
気が動転して、基本中の基本である、尻から転ぶということも忘れてしまっていた。
そのあとも何度か片方の板でもう片方の板を踏むのを繰り返しつつ、ようやく目的のところまでたどり着いた。そこは斜面が再び平らになっている。
「では、ここで練習しましょう。まずは基本中の基本、ボーゲンで滑ります。ここで問題。ボーゲンではスキーを何の字のような形にするのでしょーかっ? はい分かる人」
環ちゃんは完全に先生モード。うん、これも学校であらかじめ勉強したところだ。
「はーい」
環ちゃんのノリに付き合って、手を挙げてみる。
「はい、二切君」
「ハの字でーす」
「そうですねー、よくできましたー」
なんか小学校のスキー教室みたいなノリになってきたけど、こういうのもなんか楽しい。堅苦しい授業みたくなっちゃうとかえって緊張して上手く滑れないかもしれないし、環ちゃんもわたし達初心者の気持ちを和らげようとしてくれているのかもしれない。
早速、環ちゃんが実演してくれることになった。
「ではまず、こうやって板をハの字にして、ストックで地面を突いて斜面の所まで前進すると、ほーら、滑りまーす。ちょっと速いかなー、と思ったら、ハの字を広げると、遅くなりまーす。更に広げると、止まりまーす」
へー、こうやって見てると思ったより怖くないし、簡単そうだ。斜面もゆるいし、これならわたしにも出来るかもしれない。
引き続きサポート役の生江先生と、環ちゃん先生の見守る中、まずキコちゃんが先陣を切った。スーッと斜面を滑り降りると、いともたやすく斜面の下まで降りていった。よし、わたしも行くぞ。なんか勇気沸いてきた。いくぞー!
「…スキーでイナバウアーに成功した人、アタシ初めてみた…」
すっかりリラックスしてスタート地点に立ったハズのわたしだったが、ストックの取扱がうまくいかない。いくらやってもストックの先が空を切ったり雪の表面をなぞるだけだったり。先生のアドバイスに従ってようやく雪に刺さったのだけど、これで身体を前に押し出すというのが結構力がいると言うか、コツが多分、わたし分かってない。
「ちょっとストックの位置が後ろすぎないかい? 自分が後ろに下がってみるか、もっと前にストック刺してみ? それで自分の体を押し出すようにすれば、絶対前に進むから」
環ちゃんがアドバイスしてくれる。それに従ってスキーの先っぽのあたりにストックを思い切りぶっ刺し、全身全霊を込めて自分の体を動かそうとする。
「腕全体を、前から後ろに思い切り引っ張るイメージかな。脇に二の腕を引きつけるようにすると、ちょうどいいと思う」環ちゃんの言う通りにしてみると、身体がスーッと雪の上を滑り出した。やった! と思ったのもつかの間、
「ハの字、ハの字! 滑り出したらすぐスキーハの字!」
環ちゃんが叫んだ。そうだった、スキーの基本はボーゲン。ボーゲンと言えばスキーをハの字にする。しまった、忘れてた。というか、滑る前にハの字にしとけばよかったのに、それすら忘れてた。
わたしは運動をする時、よく二つのことを同時に出来なくて失敗する。たとえば球技で、走りながらボールをパスできる人の運動神経がどうなっているのか理解できない。このときも同じだった。ストックを使って滑り出すという作業とスキー板をハの字にするという作業が自分の身体の中で別々のものになっていて、後者をすっかり忘れていたのだ。 わたしは慌てて、ハの字、ハの字と念じながらそのようにした。しかし…。
「うめ、開くのが逆! 後ろを開いてハの字にするの!」
という環ちゃんの悲鳴にも似た叫び声が聞こえたときには、もう遅かった。わたしの両足はどんどん逆ハの字に広がり、予想外のスピードで下り始めた。なんとか体勢を立て直さないと。なので左足を少し上げて右足に寄せようとしたら、右足だけで斜め横滑りになってしまった。結局左足は力尽きて板が一直線に並んでしまった状態で、わたしは止まることも、無論曲がることも出来ず、雪面を横方向に滑ったままゲレンデを外れ、木に激突した。貧乏性なわたしは借り物のスキーを折っては大変とばかりに、とっさにスキー板をかばって全身で木にアタックしてしまったようだ。
環ちゃんがわたしの滑りを、呆然としたさまで「イナバウワー」と表現したのは、恐怖のあまり身体が後退してへっぴり腰になった挙げ句、のけぞるような姿勢になってしまったのを指しているわけではない。だがフィギュアスケートにおけるイナバウアーとは、おのおのの両の足を九十度外側に曲げて横滑りする技術を言うのであり、重力に負けた左足が雪面に着地し、ついに板が百八十度に開いた状態で横滑りしているわたしの姿はまさにきれいなイナバウワーだったらしい。
直ぐさま我に返った環ちゃん達が大急ぎで、わたしのところに駆け寄って来たのはわかったが、そこで記憶が途切れた。
気がつくと、わたしはスノーモービルにつながれた担架で運ばれていた。そして救急車に乗せられて到着した病院では、頭部については脳しんとうを起こしていた可能性はあるが脳挫傷などの損傷はないと告げられた。だがそれより、手足のダメージのほうが問題だと言われた。
「骨は折れていないけど、ひどい打撲をしていますね。入院は必要ありませんが、お宅で安静になさって下さい」
医師は事務的にそう告げた。
わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 4
とりあえず、うめは命に別状がなかったようで、作者的にも続きが書けるので安心です、って活かすも殺すも作者次第でしょ、って。
すっかり暖かくなりまして外界は桜が満開ですが、山では春スキーシーズンですね。あれって寒くないのはいいんですが、気温が上がると雪質が悪くなると言うか、一度解けた雪が夜に凍ってアイスバーン状になったりもするんで上達したいなら冬なんですかねえ。