夏の日の革命

森カラ

TO-BE小説工房課題「質屋」で書いてまんまと落ちたものです。

 一九九九年七月、滅亡の大予言が迫る夏、少年は特攻した。
町の質屋で盗難騒ぎを起こしたのだ。
騒ぎといっても、質流れの予定になっていた客の指輪を店から盗みだし、その客の娘の美月ちゃんにこっそり返そうとしたというだけのことだ。

あまりにも瑣末で杜撰で面白みのない特攻だった。
もちろん騒動は少年の悪戯ということで大人たちの手により簡単に収束した。
警察の介入もなく事件はすぐに解決へ向かったので取り返しのつかない被害を受けた人はなかった。
このことが町を超えて広まることも誰かの記憶に残ることもなかった。
実際にそんな話を聞いたこともない。

この騒ぎに巻き込まれた形となった美月ちゃんの母親は結果的に再び指輪を手離す現実を味わわなければならなかった。
それを見る少年の横顔を、私は五十メートルほど離れた桜の木の傍から瞬きもせず、他のものは死に、残されたのは私たちだけというような気持ちで見ていた。

少年は時折隣に立つ父親に強引に頭を下げさせられていた。
少年の、日常への体当たりはあまりに弱く、ヒビを入れることさえ叶わずに終わった。
私の位置からでは太腿の横で握られた少年の拳が震えていたかも分からなかった。
でも分かっていた。それが少年の、命を賭けた抵抗だったということに。
この世でただ一人、私だけが気づいて理解していた。

それがどんなに小さいことであれ、彼はただ誰かを救いたかっただけなのだ。
奪うのではなく与えることで、彼のそれまでの日常を根こそぎ奪っていった母親の血を断ちたかったのかもしれない。
一方的な力で壊される前に壊したかったのかもしれない。

そんな風に私はいくつかの仮説を得た。
しかしそれを少年に伝えることはなかった。
“約束”は果たされないまま私たちは言葉を交わすこともなくなった。
世界も滅亡せず夏休みはやがて終わり、代わり映えのない日常はそれからも相変わらず続いた。

「少年」とはその質屋の一人息子で当時十四歳だった私の同級生の松峯くんのことだ。彼はその頃私のすべてだった。


 松峯くんが十三歳のとき、彼の母親は出奔した。
二代目を継いだ彼の父親が経営する質屋から金を持ちだし、若い男と逃げたのだった。このことは町内で大きな話題となり、そのことはまるで彼をそっくり裏返しにしたかのように変えてしまった。

希望と自信に満ち満ちていた松峯くんの目は一夜にして暗く濁った。
まるで他人の好奇と憐憫とをバケツいっぱいに浴びて別人に生まれ変わったみたいだった。

入れ物は同じなのに昨日とは全てが違う、大人びた顔をして現れたその何者かに私は一瞬で打たれてしまった。魂ごと根こそぎ持っていかれて生まれて初めて痺れるほどの幸せを味わった。

 松峯くんとした“約束”はとても一方的なものだった。
あの頃はどうして仲良くもない私とそんなものをする気になったのかまるで分からなかったが、今思えばあの頃、それまでいた場所と全く違う所まで落ちてきた彼が気を許せたのは、好意をうまく隠せず後まで尾けた私しかいなかったからかもしれない。

しかし彼はほとんど喋ったこともないというのに私の性質をよく見抜いていて、平凡で何一つ決定することのできない他力本願な私が本当は人一倍卑しく、俯いてできる前髪の隙間から他人の恥も失敗も全て盗み見てやろうとしていることを知っていて利用した。

もし本当に世界が滅亡するのなら、自分のすることを見届けて欲しい、そしてもし生き残ったとき、見たことを教えて欲しい、君のような粘着質な僕のストーカーならできないことではないだろうと私に半ば一方的に約束を取り付けたのだ。

彼の決意はやがて私の携帯に届いた。
メールにはあの騒動の起きた日時と場所が書かれていた。
そうして私は傍観者になったのだ。


 奇しくも今日は滅亡の予言がされたあの夏から十年目の朝だった。
十年前、無理やり頭を下げさせた父親から夢中で逃げ出した彼は、安っぽいドラマで起こるような車との衝突事故に遭い、昨晩までずっと眠っていたのだ。

意識が戻ったことは昨夜遅くに彼の父親から知らされた。
彼の父が彼と同じに私を信用してくれたのが嬉しかった。これでようやく約束を果たすことができる。

今もまだ、やがては君のものになる質屋が多くの人の大切な過去を預かっていることを教えてあげよう。そしてあの日、十四歳の全てを投げ打った君がどんなに恰好良かったか、やっと話せるのだ。

小さかった君の願いを投げ捨て出て行った母親とは真逆に、母を想う小さな女の子の願いを必死に叶えてやろうとした君の、滅亡の予感のさなかに起こした決死の革命のことを。

そしてこれはできればだけれど、もし君が私とまた話をしてくれるなら、今もまだ君が私のすべてであると伝えたい。(了)

夏の日の革命

夏の日の革命

ノストラダムスの予言に世間が沸く中、ひとりの少年が小さな特攻を決意した。傍観者であることを約束させられた私は、少年の特攻の一部始終を見ることになり――。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-25

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