見 あげれば 空 いちめんの 星

マチミサキ

幼い頃
私は自分の事を

【貴族の末裔】

だと思っていました。

それこそ
皇族クラスの。


━━━━9歳頃の事━━━━

久しぶりに
父方の家に戻った私は
母屋の裏手にある

戦中に使っていたという
防空壕そばの蔵にて
あるものを発見しました。

この蔵の中で
戦時中は防空壕が近いとの理由から
一時期には生活もしていたそうで

戦争が終結しても
片す機会が無かったのか
昔の物が大量に
置かれていたのですよね。

今では嘘のような話ですが

実弾などもありました。

から薬莢ではなく
思いっきり
弾頭がそのままの。

他にも千人針だの、
よく分からない薬品のアンプルだの。

戦時中は
実際に
我が家上空にも
戦闘機も飛来し
機銃掃射などがあったようです。

近所のおじいさんは
子供の頃に
足元からスレスレの所に着弾し
九死に一生を得たそう。

何十年と経った今でも
その時のことは
鮮明に覚えている、

そう
聞かされた覚えがあります。

台所には漬物石代わりに
大砲の弾が乗っていましたし。

これ、ほんとですよ。

さて、

そんな面影が残る蔵にて
私が発見したものは
金属製の1枚のプレート

板チョコを半分に割った程の大きさでしたかね。

そこには
皇族を表す菊花紋章と共に
こう記されていました。

【 貴族の家 】

・・・

━━━え?!

素材はおそらく真鍮でしょうか。

どうみても
玩具の類いの造りではありません。

それは
蔵の中でも
薄暗い奥の奥

そんな陽も当たらぬ
小さなタンスの中に
真っ白な
布にくるまれて保管されていました。


よくみると
上下には取り付ける為の釘穴が
穿たれており
使用したらしき跡もあります。

そっと
このプレートを持ち出し
こっそり家のあちこちで
合わせていると

玄関先の高い場所の一角に
それらしき穴が。

踏み台にのり
合わせてみると

なんとピッタリと符合するでは
ないですか!

よくみると
その四角いプレートにあわせ
壁じたいも
多少、日焼けの違いが窺えます。

・・・と、
いうことは
何処からか運び込まれたものではなく

元々
我が家に伝わるもの・・。

幼い私は
そう判断しました。

そして
また
プレートを元にあった場所に
そっと戻すと

夜一緒に風呂に入った伯母に
その事を
尋ねてみました。

私「あれってなんなの?」

伯母『・・・』

私「何か知ってるの?」

伯母 『・・・』

私「・・・・? 」

伯母 『・・・大人になれば解るわよ・・・』

普段はお喋りな伯母が
機嫌が悪い訳でもないのに
この事については
一切の返事をせず
その一言以外は
終始無言であった事をよく覚えています。

以上の態度から

これは
あまり人、特に他人には
知られてはならぬものだ!

そう
更に
私は推測しました。

そういえば
平家の落人伝説というものもあるし。

その中には
武者ばかりではなく
当時
とても身分の高い公卿なども居たとか。

そんな話を聞いたことも。

源氏の追っ手もあったであろうし
私の祖先がもし
そうであったとするならば…

やはり
子供といえど
あまり軽々しく口にすべき事ではない。

ハッッ!

【一休さん】の例もある!

もしかしたら
ひょっとして
日本皇室の落胤の可能性も・・。

うん・・・

そう考えれば
一休さんレベルに頓知の利く
私の頭脳にも納得できる・・

その割には
新右衛門さんが来ないが・・


しかし

わざわざ
そんな秘密にしておきたい事を
こんな目立つプレートに仕立て
玄関に飾るものであろうか・・?

・・・

きっと昔
我が一族にもアホウがいて
ついつい
秘密をばらし
威張りたくなり
うっかり飾ってしまったのだろう・・

いつの時代も
一人や二人は
そんな
【ウスラトンカチのスットコドッコイ】が
いるものだし。

そう
私の中では
最終結論がでました。

私は
そんなアホウとは違うし
そのプライドだけを胸に秘め
誇り高く生きねばならない…。

小さな体の
更に
小さな胸に
そう
決意しました。

そして

それから
なんやかやで

母の実家である山家へと戻り

また山の中での暮らしが再開されて
いきました。

こうして
ガスが普及した当時でも
我が家では
薪でお風呂を沸かしてはいるが

それでも
私は貴族の末裔なのだ。

もっと辛かったであろう
御先祖の口惜しさを想えば
なんという事もない。

新築された友人宅で拝見し
一時期に憧れてしまった
シャワーなどという設備は
我が家には必要ない。

私には
リンゴちゃんお風呂セットもある。

なんという
恵まれたことでおじゃろうか・・、
わらわは嬉しく思ふ。

表面的な物欲に溺れることなく
精神的な高みへ。

寂しい事では
あるのかも知れないが
結局
(ワタクシ)は庶民を装おってはいても
市井(シセイ)の者とは違うのであるし…。

ここで少し話は逸れますが
薪のお風呂というものは
実際は現在のガス釜風呂などと比較すると

そのエネルギー消費量には
とてつもない差が生まれているのだそう

指一本
ボタンぽちーで
『お風呂が沸きました♪』
は非常に楽ですが

その昔に我が家で行われていた

手押しポンプ井戸からの水汲み →
水入りバケツリレー → 薪拾い → お風呂

この方が実は
資源消費という面でみれば
ガスボタンの1000分の1以下の消費量なのだそう

お風呂に使うガスを精製するのにも
ただ自然のガスを自然噴出するガスを
使っている訳もなく
精製所を作り人を雇い
更にはガスボンベを作り
ガス釜をつくり…

薪は拾うだけですからね。

それに
燃えるものは何でも燃やしていました。

古新聞だの古い電話帳だの
落ち葉だの
ようは燃えるゴミ全般

これらは現在では
燃やす為のエネルギーを消費して
燃やしていますからね。

リサイクルに出されたとしても
そのリサイクルされるまでにも
エネルギーが使われますし。

それこそ
ゴミ収集車を動かすことにさえ。

山は綺麗に保たれるし
ゴミは出さない事

こうした環境整理により

水も綺麗

そして
お風呂にも入れる

現在では環境汚染による
汚水を処理して……

ねえ、
どういう状態なのですかね。

そして
私達はその分
もっともっと余計に働く訳ですよ。

それこそ
ブラックブラックと呼ばれる
現代社会の中で
ともすれば
過労死がみえてくるほどに。

大きな視野を持ち
キチンと考えれば
本当に楽が出来るのは
どちらなのでしょうか?

楽をする為ならば
死ぬ程の苦労をも厭わない!

そんな矛盾が生まれては
いないのでしょうか。

エコロジーとは
本来
我慢をして行う行為ではなく
むしろ
人間が楽をするために必要な行動なのでは
ないでしょうか?


いやいや
すみませんでした

話を戻しましょう


今でいえば
宮さまの中でも
秋篠宮家佳子さまが
特に若者達に人気があるようですが

この幼い頃の私の中では
なんとあっても
紀宮さまでしたね。

日曜日早朝の皇族ニュース番組は
早起きして正座し
必ず拝見していましたし。

幼い私は
ご無礼にも
宮さまを心の中で
お姉さま、として
慕っていました。

それは
どんどんとエスカレートし

空想の中で
お茶を二人で楽しみ
しまいには

━━━まあ!
のりピィお姉さまったら!

そんな物思いに耽ったり

━━━いずれお逢い出来る日が必ず…。

そう思っていましたね。


とにかく
その時に恥ずかしくないように、と
自分なりに
努力はしていました。

そう、貴族のプライドをもって。

身の回りのモノを
皇室御用達とはいかぬが
それでも
清貧は心掛け
何よりも
清く正しく美しく。

そんな毎日のなか

この山岳地方にも
少しばかり
変化が訪れました。

いわゆる
避暑地、別荘地の出現です。

私達
地元民の集落とは
少し離れた場所に

都会のお金持ち軍団による
開発が始まったのです。

離れた場所、とはいっても
それは
山歩きに慣れぬ
都会人であるからこその距離で

私達にとっては
麓のすぐそこ

なのです。

こうして
ポツポツと建ち始めた別荘の中に

現在でも
有名な企業の社長さんのお宅があり

そちらのシーズンオフ時期の管理を
アルバイト感覚で
請け負ったのが
私の祖父母


私もお掃除を手伝いに
初めてその別荘にお邪魔した時には
驚きました。

壁から
鹿の首が出ていたり
シャンデリアがあったり…

『剥製やで』

祖母はことも無さげに
驚く私に伝えていましたが

幼い私には
まったく意味がわかりませんでした。

なぜ
鹿の生首を飾るのか

よく
我が家には
鴨だの蛇だのが軒先に
絞首刑の如く吊るされていましたが

どうやら
そういった食用とも違うようであるし
なぜ
そんな真似をするのか…?

どうかしている、悪趣味だなあ…

シャンデリアの灯りに照らされる
鹿生首を見て
薄気味悪く感じていました。


そして
当然
長期連休時期になると
持ち主一家がやって来ます

こちらに
生鮮食品をお届けしたり
するのですが

この社長一家には
私より
七つほど年上のお嬢様が居られまして

時折祖母と訪れる
小さな私を
可愛がってくれたりもしました。

見るからに
高値そうな洋服

田舎ではあまり見ないデザイン

テレビで聞くような標準語…

これがお嬢様か!

いくら仲良くしてくれても
そこには
溝を感じてしまいましたね。

向こうは
遊びに来ていても
所詮は山の中

それに
友達もいません

必然的に
お嬢様のお相手は
私にも
回ってくるのですが

とにかく
動きが緩慢ですぐに
泣き言をいうお嬢様

あまり
山の中には連れて行かないように
言われているので

やることは
もっぱら
室内か
家の回りのみ


いえいえ
性格は悪くありませんでしたよ

互いに生き馬の目を抜くような
隙のない地元小学生達との生活に
日夜明け来れていた私にとっては
そう感じました。

おっとりしているものの
ケチな感じはまったくなく
なんともいえぬ余裕がある。

しかし
生活レベルには
多少
気後れするほどのものが
あるにはあるが

そうはいっても

こうして忍んではいるが
私も
何を隠そう

【貴族の末裔】

なのです。

落ちぶれたとはいえ
貴族は貴族

どれだけ
今の社会で隆盛を誇ろうとも
あなたは
しょせん平民

いや、別に
見下す訳ではありませんが

言いたくありませんが

それでも

悪い言葉でいえば

成り上がり者

で…おじゃろう?

ほほほ

そうとも知らず
かわいいものよの♪



そんな事を考えていました。

ある日
お嬢様が

宝物を見せてくれる

といい
私の目に映ったのは
数々のアクセサリー

今おもえば
子供向けのよく出来た程度の品では
あったのでしょうけど

それは
まさしく宝物

幼い私には
驚異的な品々の連続

それらが
オルゴールも兼ねた
宝石箱の中から幾つも幾つも。

『マチちゃんには…コレをあげるよ♪』

そういって
手渡された ネックレス

ではありますが

そんな高価なものを
理由もなく頂く訳にはいかないのです。

施しはうけない。

祖父母により
そういった教育もされております。

まして私は
ボロは着てても心は貴族

『なんで?良いじゃない?』

そういって
遠慮する私の首に巻こうとしてきます。


ふぅ、と少しため息をつき

私は
今まで秘密にしていた
この出自の秘密

実は貴族である、

という旨を
お嬢様に明かしました。

と、いう訳であるので
むやみやたらと
人から物を頂く謂れはない、

そうハッキリと
この
平民成り上がりお嬢様に伝えると

お嬢様は
目を丸くして
小さな私を無言で見つめ

『そのプレート見せてもらえない?』

そう
言ってきたのです。

そう
いわれても

この山の家にはなく

ある程度
距離のある
県を挟んだ
向こうの家にあるし…

そう返事をすると

それなら、と
お抱えの運転手さんに
街から来てもらい

そちらまで
往復するから

どうしても
見てみたい、とのこと。

やることもなく暇をもて余していた
所為もあったのでしょう。

避暑地である山の別荘で
突然に訪れた
小さな冒険に
お嬢様は
ワクワクを隠せない御様子….。

それほど
いうのならば、

祖父母には
こちらから
連絡をいれておく

とまで言われたので

私は
このお嬢様の探求欲を満たすべく

プレートのある家に向かい

そして
到着すると
挨拶もそうそうに

蔵の中へ

件のプレートは以前とそのままに
引き出しに
納められていました。

それを仰々しく
手に持ち

お嬢様に
そっと厳かに

手渡しました。


お嬢
『・・・・・・!?』


『これなの』

お嬢
『・・・あのね・・・』


『おどろいた?』

お嬢
『・・その・・・ね・・』


どうやら
お嬢様は驚きのあまり
声も出ないよう

水戸黄門の印籠を
見て慌てふためく

もしくは
遠山ザクラちっくな・・・


そして
お嬢様は私に
こう静かに伝えました。

『これさ・・【遺族の家】だよ?』


はい?えっと?

『貴族じゃなくて、遺族!』

うーん、と?

『【貴】じゃなくて【遺】!』



『・・・・・・いぞく?』

お嬢
『まだ三年生だし,しょうがないか・・』



私は
図書館が好きで
本をよく読んでいました。

それこそ
対象年齢以上の本も
わからない漢字や言葉は
だいたいの意味を推察しながら。

昔は
こうした本の中に
ルビがふられていることも少なく
勘違いして
覚えることもしばしば


習う前から
習わぬ言葉を読むことに
無理があったのかもしれません。



『貴族ではない・・?』

お嬢
『残念だけどね・・』

お嬢様は
そんな私を馬鹿にすることもなく
むしろ
憐れみの目で見つめている気がしました。


そして
山の別荘に戻ると


『ほら!でも!これで…お姫様みたい!』

そう
剥製の鹿のような目をして
寂しげな笑顔を浮かべる私の首に
ネックレスを巻き付けるのでした。

見 あげれば 空 いちめんの 星


その家から出征した兵に
戦死者が出ると

遺族に
こうしたプレートが
配られる事があったそうです。

見 あげれば 空 いちめんの 星

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-24

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