GIFT

 晴天が気持ちいいここはアメリカの西の方。もうすぐ桜も咲くこの麗らかな季節に殺されたのは36歳のアメリカ人男性、死因は毒死。私はこの被害者に週一回ポルトガル語を教えていた、しがないアルバイト。なんでも半年後にポルトガルに転勤になったとかで、慌てて勉強を始めたそうだ。まったくの初心者を半年でビジネス会話まで?そんな無茶な、と思っていたが、なんとこの人は語学が大の得意で、すでにフランス語とドイツ語、中国語をマスターしていた。それなら半年でなんとかなるだろう、そう安心しながら第三回目の授業をするために自宅を訪れた結果、私は不幸にもこの死体の第一発見者となってしまったのだ。

 今日は土曜日、被害者は土曜日の午前十時から正午までの授業予約を入れていた。私は午前十時ぴったりに被害者の自宅に到着、呼び鈴を押したが反応はなかった。その後も何度呼び鈴を押しても、電話をしても反応がなかったため、試しに玄関の扉に手をかけた。そうしたら開いたのだ。なんて不用心なのだろう!ぱっと見ただけでも裕福だとわかる家に鍵をかけないなんて、盗みに入ってくれと言っているようなものだ。もし泥棒に間違えられでもしたら厄介だから、すみません、誰かいますか?なんて声をかけながらゆっくりと廊下を進んでいく。そのまま私はリビングで倒れている被害者を発見、すぐに通報し、今に至る。

 殺人事件なんて私にとっては小説や漫画の中の出来事で、まさか自分が第一発見者になるなんて夢にも思わなかった。こういう事件では第一発見者が真っ先に疑われるというが、どうやらそれは本当のようで、先ほどから警察の方の視線が容赦なく突き刺さっている。そろそろお昼の時間だし、お気に入りのパン屋に行きたいが無理そうだ。アメリカの警察はよくドーナツを食べるらしいが、どなたか持っている人はいないだろうか。いるのならお一つ恵んでいただきたい。

 被害者と会うのはこれで三回目であり(三回目は死体だが、一応カウントした)、悲しみなんてものはなく、正直面倒なことに巻き込まれたなという思いしかない。だが、警察から連絡を受けて仕事場から飛んできた奥さんの泣き声は、あまりに悲痛で聞いていられなかった。ポルトガルへも一緒に行く予定だったこの奥さんは、オーストリア出身で、家での共通語はドイツ語だったらしい。私はドイツ語を大学で履修していたため、ほんのすこしだけ話すことができる。基本中の基本のような文だけだが。それでも少し話すと被害者は喜んでくれた。二回目の授業で被害者に夫婦仲の秘訣を聞いた。被害者は、奥さんからのギフトを拒まないことだといった。奥さんはそんなにギフトをくれるんですか?と私が聞けば、ほぼ毎日だと被害者は笑った。しかも被害者の求めているものらしい。ギフトはたくさんではないけれど毎回心を込めてくれる、だから自分もそれに見合うようなギフトを探して贈ってはいるのだけど、敵わないねと頭をかいた。聞いているこっちがなんだか照れてしまうような、本当に仲の良い夫婦だった。私がいつか結婚したら参考にしますねと言うと、被害者は眉を下げて笑った。
 この時のやりとりも警察に細かく聞かれた。なんだか横柄な態度で同じことを何度も聞かれて、気分が悪かったし、幸せそうな夫婦の話を第三者に勝手に話すのはなんだか気が引けたが、仕方ない。私もお腹が空いたし、早く解放されたいのだ。

 現場にはたくさんの警察の人が到着し、家の周りには野次馬も集まってきたようでざわざわと騒がしくなってきた。死体と私の二人きりで静まり返っていた部屋と、今のこの部屋が同じ場所だなんて信じられないくらいだ。あらためて部屋を見回せば、きっと被害者が奥さんに贈ったのだろうさまざまなものが飾られていた。綺麗な絵画にブリザードフラワー、宝石のついた置時計に真珠の小物入れ。どれも高価で、オークションに出せばかなりの値が付きそうなものだった。奥さんは被害者に何をあげていたのだろう。もしなにか買っていたのなら、毎日となるとかなりの金額になりそうだ。「愛」だとか「夢」だとかそういったものだろうか。
 さて、私はポルトガル語を教えるしがないアルバイト。この事件によってやっと見つけたアルバイトをクビになっては困る。もう少しお金がたまったらポーランドにいる友達に会いに行こうと思っているのだ。お土産は何がいいだろうか?アメリカの特産ってなんだ?広すぎてわからないから、自由の女神が描かれたメモ帳でいいだろうか。
「お待たせしました、それでは署までご同行願います」
 私の思考の波をぶつ切りにした警察の人が、窓の外に見えるパトカーを指す。部屋を出る前に、もう一度、被害者を見てみると、すっかり血の気をなくした顔は苦痛に歪んでいた。そのすぐそばで、赤茶の長い髪を床に垂らし、泣き崩れている奥さんがドイツ語で祈りのような言葉をつぶやき続けていた。ドイツ語をかじった程度の私には、奥さんが何を言っているのかはわからなかった。ただただ、強い悲しみが時折床をたたく奥さんの震える左手から伝わってきた。

 ここはパトカーの中、取り調べはどのくらいで終わるのか聞いてみたが、隣に座る若い警察の人はまるで私なんか見えていないように無反応だ。そういえば、この人は先ほど私に被害者とのやりとりを根掘り葉掘り聞いてきた人だ。先ほどの聞き方といい、今の態度といいあまりに失礼なんじゃないかと、腹が立った私が母国語であるポルトガル語でまくしたてれば、耳を抑えながら早く車を出すように言った。しばらく荒い運転に揺られながら、空腹を思い出した私は、運転手にパン屋へ寄ってもらうように頼んだ。返事はNOだったが、助手席に座る小太りの男性に茶色い紙袋を渡された。中身はドーナツ。甘いグレーズのかかったドーナツは空腹の私にとってこれ以上ないギフトだった。私は隣に座る若い警察の人に見せつけるように、甘いドーナツを頬張った。そして言ったのだ。
「ドーナツは神が人間に与えた最高のギフトだね」
 隣の人は、こんな変な奴はもううんざりだと、不機嫌な女子高生みたいな顔をしていたが、私のドーナツへの賛美を聞くなり、血相を変えてUターンするように叫んだ。運転手は訳が分からないままにハンドルを切る。急なターンに私の口についていたグレーズがパラパラとシートに落ちた。どこかへ連絡を入れている隣の人に横目で睨まれながら、私はまたポーランドにいる友人へのお土産を考え始めた。そうだ、この甘い甘いドーナツなんてどうだろう?実にアメリカらしくないか?

 現場に着くと、先に到着していた救急車の赤いランプがまぶしかった。奥さんがストレッチャーで運ばれて、救急車に乗せられていく。私の隣にいた若い警察の人が、車を降りて、現場で一番偉いだろう人に駆け寄り、こちらを指さしながら何か話している。
きっとこの事件が公になれば、この州はアメリカでカルフォルニア・オレゴン・モンタナ・ワシントン・バーモントについで6州目の新たな自由を手に入れる州となるかもしれない。でも、どうだろう。自由の国アメリカといってもすべての自由が認められるわけじゃあない。認められない自由ももしかしたら必要なのかなんて考えてみる。

 窓の外をみれば、あの若い警察の人が怖い顔をしてこちらに手招きしていた。それを無視して私は二つ目のドーナツにかじりつく。お土産は甘いグレーズドドーナツのレシピ、それと新聞の一面を飾るであろう愛の物語で決まりだ。

GIFT

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初めて書いたミステリーもどき。もどきもいいところです。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-23

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