少年夏行列車
夏の終わる日、秋の前日、夕方から夜に変わる時、少年たちは永遠の夏を求めて列車に乗り込む
辺りには列車が連れてきた秋の匂いがたちこめて、少年はやや緊張した様子で肩掛け鞄をかけ直す。濃い茶色をしたその鞄はよく使いこまれて、美しく光る皮が柔らかく少年の大切な何かを包んでいた。鞄からは夏の匂いが漏れ出し、秋の匂いと混ざっていった。
遅れて駅にやってきた友人に、遅いぞと声をかけて切符を取り出す。駅までどれだけ走ったのか、真っ赤な頬をした友人も慌ててポケットから切符を取り出した。出発駅は『夏の終わり』、到着駅は『夏の始まり』。背の高い車掌に切符を渡せば、車掌はよく確認した後に二人を列車へ乗せた。
空いているコンパートメントに入り、窓を開ける。どのコンパートメントからも少年たちの笑い声が聞こえてくる。
「ねぇ、何を渡した?」
「シーグラス。君は?」
「絵の具。空色とレモン色」
へぇ!とシーグラスを渡した少年が感心したように声をあげた。
「ニシカワは青色と黄色の絵の具で駄目だったよ。前回ね。」
「ニシカワ?」
「うん。2組のニシカワ」
この列車に乗るための切符
それは『夏』
『夏』とは、海・貝殻・花火・通り雨・朝顔・麦わら帽子・瓶ラムネ、であり、そのほかにも、向日葵・朝顔・かき氷・水着など。
列車に乗るには、『夏』が必要で、それ以外は何も必要ない。
「どこで買った空色とレモン色?」
「二丁目の角屋」
少年はきょろりと目玉を半周させた後、あぁ、あそこかと呟いた。
「君のシーグラスは何色?」
「ふふ、エメラルドグリーンだよ。大きさも十分。見つけた中で一番上等なのを選んだんだ」
得意げに口角を上げて少年は鞄からビスケットを取り出した。半分ほどが割れていたビスケットを二人で分け合っていると、車掌の笛が鳴り響いた。列車全体から歓声があがる。半分までしか開かない窓を限界まで開けて、二人で身を乗り出せば、秋が混じった風に前髪が揺れた。秋はもうすぐそこまで来ているのだ。
「ニシカワ君、今回は乗れたかな?」
「さあな。後で探してみようぜ」
出発の掛け声に少年たちの瞳は輝きを増す。窓を閉めてしまえばコンパートメントは少年たちの持ち込んだ夏でいっぱいになった。少年たちは走り出した列車に頬を上気させ笑いあった。
夏の終わる日、秋の前日、夕方から夜に変わる時
少年たちを乗せた列車は走り出す
もう一度、夏の始まりへ
少年たちの終わることない夏の始まりへ
少年夏行列車