よる

昔の自分が記憶の奥の方からてを伸ばして僕のことを捕まえに来る。
その恐怖から逃れるため、今日も誰かのそばに身体を添わせて眠る。

夜は必要のないことまで僕たちに考えさせる。考えさせないって言う人もいるけれども。
昔のことをおもう夜は危険だ。
今日とか、現在とかの丁度境目の所に位置しているせいもあって時空の隙間に迷い込みやすくなっているから。
合わせ鏡の世界では、今自分が何枚目にうつり込んでいるとかわからないでしょう?
あんな感覚の時間が夜には確かに存在するのです。

小学生の頃、友達と中庭で遊ぶクラスメイトを半分軽蔑し、半分羨望して見ていた僕は教室の真ん中よりもすこうし右後ろにある僕の机の上で本を読む。
カエルやらネズミのイラストが印象的なレオ=レオニの本。
クラスメイトはみんなバカばっかりだったから、あんまり仲良くしたいとは思わなかった。
ちょっとのことで腹を抱えるほど笑った。理不尽に怒った。だから僕はやつらを軽蔑した。
先生然りだ、勉強も授業も一方通行で教えられるばかりだった。
考えを主張したりそもそも考えたりさせることが少なかった。
でも、その軽蔑の中に、嫉妬も入っていたことを今なら認めることができる。
クラスの中に心を開ける人間がいることが、無駄に笑いあえる人間がいることが羨ましかった。
僕はちょっとだけ淋しくて、トイレのたび、黄色の石鹸を10回撫でて手を洗うとか、
階段を上がるときに何個落ちたヘアピンを見つけることができるかとか、
そんなことに焦点を当てて生きなくちゃいけなかった。気を紛らわせていた。

そんな過去のガラクタのような記憶が、こっちを向いて僕のことをじいっと見つめる、
教室の、昼休みの、机の、レオ=レオニの、虚しく見開かれた両目がこっちを何かを訴えるでもなくぼうっと見詰める。
そうして動けなくなった僕にぐいーっと手を伸ばして伸ばして、僕の右手をものすごい強烈な力で引っ張る。
見開かれた目からちょろちょろと涙がこぼれる。
淋しそうに、哀しそうにみつめてくる。
僕は遊んであげればいいのに、本能的にそれはいけない事のような気がして、絶対につれていかれるもんかと身体を固くする。

埋まらない淋しさが時間を越えてまでも追ってくる。
夜の感覚の境目があいまいになるときを狙って追ってくる。
いつまでもいつまでもそんなからっぽの淋しい世界で生きなければならない彼をおもう。
「でも僕にはどうすることもできないから。ごめんね。」
そんなことを言いながら、
僕はそんな事実を直視することを避けるように今夜も誰かの隣で身を潜めては過去の自分から逃げ回る。

2011/12/11

よる

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-14

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