宇宙人

 宇宙人は昔から出入りしていた。
 入って来ては私の部屋で暴れる。泣きじゃくる。駄々っ子みたいに言葉にならないきもちを必死に身体で表現していた。
彼が帰ったあとは、とても大変。散らかされた部屋を片付けなくちゃならない。なるべく早く片付けてしまわないと生活に支障が出るというのに放心状態から直れない私。自分の部屋を不条理に荒されたことのある人なら解ってくれるだろう。信用していた大親友の連帯保証人になってしまい、そいつが借金を踏み倒してある日突然サラ金の男が家に押し掛けてきた。そんな気持ちに近いかもしれない。

 怒りと悲しみと、悔しさと切なさと…日本中から溢れだす様々なタイプの負の感情を手ですくって力任せに固めてボールをつくる。あまりにも夢中になって作るのだから気付いた時には体力も気力もゆうに限界を超えていてヘトヘトと寝込んでしまう。
 宇宙人がいる間は部屋の外で自らの身体から溢れた感情でボールを作ることで気を紛らわせていた。
「それはとても難しいね。」
と誰かは私に笑いかけたけれど、私は何も考えたり訓練をしたりしなくても至って自然にその術を体得した。
 負の感情で作るボールは見た目からは考えられないくらい重くて黒かった。毎回作っては、足早に逃げていく宇宙人の後頭部に投げてやろうと思った。これだけ重ければ奴は死ぬだろう。死んだ奴を切り刻んで憎しみと一緒に丸めて大きなボールを作ろう、と。
 厄介なのは彼が私の行動時間にも部屋に居座る時だ。私は部屋の外で大人しくボールを固めていられない。ランドセルを背負って「宇宙人なんてしりませんよ」って顔をして学校に行かなくちゃならない。奴の叫び声が頭の中で反響して多大な頭痛がする。でもそれはきっと気のせい。
 だってわたし「宇宙人なんかしりませんから」。

 奴の最大の目的は支配と操縦だ。私がボールを固めるのをやめてしばらく経つと窓から様子をうかがい始める。私が授業中漢字ドリルをやっていてふと考え事をしたときに外へ出て置きっ放しのボールを蹴飛ばす。上に乗ったり石を投げつけたりして壊してしまうのだ。それに気付いた私はもう発狂状態。
でも「宇宙人なんて知らない」から奥歯をぎゅっと噛みしめて我慢をする。
せめて授業中だけでも。あの針が8に届くまでは…。

 40分になって授業の起立、礼のあとボールから飛び散った負の感情が緩んだ奥歯のの向こうから一気に溢れだす。悲しい切ない。涙がぼろぼろと落ちていく。声がうわっとお腹の底から襲ってきて、全ての努力が水の泡。

 (宇宙人の思い通りだ、私が皆と違うことを露呈させる。)
 もう呪ってやりたくなって、床に落ちている画鋲に手のひらをぐっと押しつける。奥まで刺さってしまったのに痛みはない。
「宇宙人にのっとられてしまったのかな。」

 身体の痛みではなくて心の傷みで泣いてしまう。
 ああああああああ。
 また、ほらみんなが見ている、私のことを。見ている。変な奴だと思ってみてる。
 ほら、また。ほら、また。
 そうじゃないの。私は違うの。私は、私は普通なの。みんなと一緒の成分で出来ているよ。酸素が欲しいだけの、お米が欲しい、そんな人間だよ。70%は水ですよ。あいつが悪いんです。私の中にやってくるあいつが。声。みんながきもいって言っている声。白い目。そうして何か汚いものを見たときと同じ目のそらし方。
 やめてよ、やめてよ、やめてよ、あぁ。
 脳内でもあいつが暴れる。いい気味だと思ってるんでしょ?高笑いをする。真っ黒のそれが私の部屋であの黒さからは想像できないほど甲高い声をだして嗤う。
ぽつぽつと何人かがそらしたその顔を再びこっちに向ける。もう異物の恐怖におののく顔ではない。強盗をピストルで撃ち殺す聖なる権利を持った警官のような「正義」を携えて、顔を再びこっちに向ける。純白の正しさと内なる愉快さの黒がにじみをかき集めた顔面で。
 排除対象として決められた、私。
 一瞬哀しくなった。淋しさの風が吹き荒れる。その心のすきにあいつが狙ってくる。襲ってきた。負のボールは完全にこなごなに壊され、私のお部屋に火を放つ。
(ああ、もう中も外も終わりだな…)
こうなったら、四面楚歌。もはや自害か降参の二択しかない。その究極の選択でさえ、今ならできる気がした。
足がガクッとした。お部屋の柱も、火によって限界の様子。
(ああもう…)
教室の真ん中、みんなの円の中、そこにしか救いがないかのように天に手を伸ばす。ふるふると。
甲高い笑いが、内から外から、何処から聞こえてくる。
その刹那。私は見てしまった。みんなの中に嗤う、宇宙人を。
(そうだったのか…)
口からひゅうひゅうと空気が漏れていく。

(2011.04.22)

宇宙人

宇宙人

頭の中の宇宙人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-14

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