無剣の騎士 第2話 scene11. 幕間
ここのところ殺伐とした話が続いたから、可愛いシェリアが書きたい! ……というのが今回のお話を書く動機でした。
物語の本筋とはあまり関係がないから描写してこなかっただけで、実は陰ではこんなことが日常的に起こっていたのです。
アストリア宮殿の一会議室。作戦本部はエドワードの執務室からこの部屋へと移されていた。執務室に比べるとかなり広い。最高司令官であるエドワードが退席した今、残された者達にとってはいっそう広く感じられた。
国境を越えた所で両軍が壊滅したとの報せを受けた後、エドワードは短時間の休息を宣言し、一人、退室してしまったのだった。
「見ましたか、先程の殿下の御顔を。あれほど憔悴なさった様子を見たのは初めてですよ」
「えぇ、私もです。これほどの損耗率は今までありませんでしたからな。犠牲者達のことを思って心を痛めておられるのでしょう」
「いや、それよりも、ご自身の目論見が外れたのに驚かれたのではないかな。殿下の戦術は今までほとんどが成功してきたのだ。挫折には不慣れであらせられる」
残された大臣達が思い思いの言葉を口にするのを、メルキオは複雑な気持ちで聞いていた。ふと視線を感じて目をやると、上座近くのケネスと目が合った。こちらの表情に気付いていたようだ。ケネスは口元に微かな笑みを浮かべつつ、確信のこもった眼差しで小さく頷いた。
(殿下はきっと大丈夫ですよ)
メルキオにはそう聞こえた。それで、しっかりと頷き返した。
(そうですね。俺達は信じて待ちましょう)
* *
「やはりここであったか」
エドワードはそう言って扉を閉じると、こちらへ歩み寄ってきた。
天気の良い昼下がりには、ここ、宮殿の北にある屋上で景色を眺めて過ごすのがシェリアの最近の日課だった。
「ありゃ? 会議はもう終わったのかや?」
「いや、しばしの休息だ。すぐに戻る」
そして、長椅子でくつろいでいたシェリアの隣に腰を下ろした。
「何か良くないことがあったのじゃろ? 酷い顔をしておる」
「うむ……、詳しくは話せぬが……」
戦況について詳細をシェリアに伝えることはしないというのが二人の間の取り決めであった。血生臭い話や衝撃的な話をしてお腹の子に悪影響がないようにとの配慮だった。それにそもそもシェリアには軍事面の知識はほとんどない。
「此度の敵は手強い。いや、本気を出してきたと見るべきやもしれぬ」
「……相手は前と同じリヒテルバウムじゃろう? 何か変わったのかや?」
「戦術が以前とは別物になった。恐らく軍師が代わったのであろう。以前の戦術は巧妙ながらも余にとっては読み易いものであった。例えば……」
専門的な知識がないからこそ、シェリアは素朴な疑問をぶつける。エドワードはそれを足掛かりとして思考を整理し、新たな着想や解決策を得る――。これが二人のやり方だった。普段なら大抵のことは一人でこなしてしまうエドワードだが、たまに行き詰まってしまった時などはこうして二人で力を合わせるという役割分担。
「そして最大の問題は、此度は敵にも脈玉があるということだ。しかも、それを既にかなりの程度使いこなしている……」
そこでエドワードは言葉を詰まらせた。そして、うなだれて頭を抱えた。
「結果、多くの臣民を亡くしてしまった。恐らくこれからも亡くすであろう。余は本当に、アストリアの民を守れるであろうか……」
その時、シェリアの両腕がエドワードをふわりと包み込んだ。
「わらわは、エドワードが守ってくれると信じておるぞ。わらわのことも、このお腹の子のことも」
「シェリー……」
シェリアはエドワードの背中に顔を埋めた。
「脈玉同士の戦なら、エドは負けぬ。聖なる脈玉があるのじゃから」
「……そうであったな」
エドワードの顔に、やっと笑みが戻った。ややあって、立ち上がる。
「思いのほか長居してしまった。余は会議に戻る」
「もういいのかや?」
見上げるシェリアに、エドワードは頷いてみせた。
「十分、いや、十二分に助かった。礼を言うぞ、シェリー」
「ふふ。どういたしまして、なのじゃ」
マントを翻して去っていく夫を、シェリアは手を振り見送った。
「お仕事 頑張るのじゃぞー」
* *
会議室に戻ってきたエドワードは、すっかりいつもの様子に戻っていた。大臣達の方がまだ動揺していたくらいだ。
(この短時間の内に殿下は何を……?)
部屋の空気はそんな疑問符で満ちていたが、敢えて尋ねる者はいなかった。もっとも、ケネスやメルキオら幾人かには、想像できたのだが。
「待たせたな。これより再開する」
エドワードは席に着いた。
「先ほどの報告にあった通り、アストリアとリヒテルバウムの国境付近は通行不能となった。よって、次の戦場は海上となろう」
「我がアストリアの誇る海軍の出番ですな」
「うむ。しかし、敵にも脈玉入りの武器がある以上、一筋縄では行かぬ。敵の予想を上回る戦術が必要だ」
「と、仰いますと……」
「至急、叔母上を――アンナ殿下を呼んでくれ。現在開発中の技術が間もなく完成すると聞いている。実戦への投入を検討したい」
「承知いたしました」
末席にいた者が急ぎ出て行った。
「僭越ながら、殿下。もしアンナ様が戦に出てこられるとなると、海軍の大将らには荷が重いやもしれませんが……?」
「その点は承知している。
戦場で叔母上と密に連携を取るのは難しかろう。――それが、一つ」
「……?」
「そしてもう一つ。次の戦いには、余の持つ秘宝、聖なる脈玉の力が必要になると考えている」
その言葉に驚いて、部屋中の人間がエドワードに目を向けた。
「次の海戦の司令官は海軍大将ではない。――余が出よう」
無剣の騎士 第2話 scene11. 幕間
次回予告:
再び近づくエドワード VS コンラートの頭脳戦。
脈玉の秘密やリヒテルバウムの目的が徐々に明らかに。
⇒ scene12. 策謀 につづく