おいしい、お水編・おいしいO2編

おいしい、ゆうりょう品。

おいしい、お水編

 高層ビルの一角にオフィスがあった。従業員たちは昼食を食べる時間であった。上司も部下も交えて食べていた。
「山本君。最近、私の家内が息子にミネラルウォーターを水筒に入れて持たせるんだ。学校の水道は汚いから絶対、飲むなってね」
山本は答えた。
「ええ? 野原課長のお子さんの学校ってまだ冷水機が設置されていないんですか? ありえないですね。うちの娘が通う学校には数年前ら冷水機は設置されていますよ。でも、うちの家内はその冷水機は色んな子どもが使っているから、変なバイ菌でもいたら大変! とか言って家に設置しているサーバーのお水を持たせているんです」
 山本がそう言うと、つくね団子を口に入れてモグモグと喰っている事務員の女社員、加藤は言う。
「そうなんですか? 私が小学校の時にはもう冷水機はありましたけど、みんな自分の家から持って来た水筒のお水を飲んでいましたよ。水道から直接飲んでいた子もいましたけど……ちょっとねー」
 加藤はそう言うとコップに注がれた冷たそうな水を飲んだ。
「この水なんですけど、最近、あまり美味しくないですね。此処のオフィスのサーバーの水ですよね。変えた方がいいんじゃないですか?」
 それを聞くと野原課長は言った。
「加藤も水の味が分かって来たか。それは良い事だ。私も最近、水の味が分かってきてね。息子が家の水道水を飲んで良いか聞いてくるんだ。私は、飲んでも良いぞ! とは言うが家に設置しているサーバーの水しか飲まんぞ。あはは」
 山本は野原課長に向かって「僕もこの前から水の味が分かって来ましてね。家のサーバーの水は甘いんですよ。で、オフィスのサーバーの水は硬質と言うか少し、硬い味がしますね」と野菜炒めをつまんで言った。
「で、三浦は水筒を持ってるけど何を入れて持って来てるの?」と加藤は聞いた。
「俺かい? 俺は家の水道水を沸騰させたモノを入れて持って来てるけど?」と三浦は眼鏡のツルが食い込んだ肉をフルフルと震わせて言った。
「嘘つけ、あんたダイエットをするとか言って全然痩せないじゃないの? 本当はジュースが入ってるんでしょ?」
「ほ、本当だよ。俺、朝、ヤカンに水を入れて沸騰させて水筒に水を入れてるんだ。ジュースは野菜のしか飲まないって決めたし……」
「おいおい、三浦、流石に辞めとけよ。塩素って身体に悪いんだろ? オフィスにサーバーがあるんだから、それを飲んどけよ」
 山本は三浦の背中を叩いて言った。
「その通りだ。三浦君。私も美味しいお水を知ってからと言うものどうも、これしか身体が受け付けんのだ。ははは」と野原課長は笑って言う。
「そうよ。そんな時代よ今は。あと何で空調入れてるのに、あんたは汗を垂らしているのよ?」加藤は毛布みたいな布を股に置いて言った。
 とてつもなく巨大な恐竜がフルスイングをしたと思った。そんな衝撃が高層ビルを伝わった。下の階から爆発が起きて男とも女とも分からない多くの人達の悲鳴が聞こえた。野原課長、山本、加藤、三浦が居たオフィスもその衝撃を免れない。机や椅子、パソコンが飛び跳ねて崩れる。石膏ボードの天井が落ちる。軽鉄の壁がグニャリと曲がる。彼らも恐れの余りに声も出なかった。やがて衝撃が収まり静かになる。照明は消えて辺りは暗い。埃が薄っすらと舞い上がっていた。
「山本君、加藤君、三浦君、大丈夫かね!」
「ええ僕は大丈夫です!」
 山本は答えた。
「私も大丈夫です。つうかまじでサイアクー」
 加藤も答えた。
 しかし三浦の返事はない。野原課長は嫌に思い、携帯のライトのスイッチを入れて三浦の座っていた場所を照らした。三浦の居た場所には落下した天井があった。重たそうな空調機もその横に転がっている。三浦はこの空調機に直撃したのだろう。見覚えのある汚れたスニーカーが見えた。
「三浦は?」
 山本は野原課長に聞いた。
「三浦君は天井に押しつぶされて……」
 野原課長は悲しそうな声で言った。
「ほんとですか? それって三浦、やばくない? って言うより早く助けが来て欲しいんだけど」
 加藤は立ち上がって言った。
 それに続いて山本と野原課長も立ち上がった。
「大丈夫だろ? すぐに助けに来るさ」

 山本がそう言ってからどのくらい立っただろうか? 三人は地べたに座ってジーとしていた。空調機は勿論の事、壊れているので気温は上がり額から汗の雫がポタポタと落ちる。それに我慢がならなくなった加藤は「いつ、助けがくるのよ!」と叫ぶ。
「もう少しで来るよ」
 野原課長は目をつぶって言う。
「そう言ってもう何時間立つんですか? 私、もう家に帰りたいです。それに凄く喉が渇きました! 水が飲みたいです!」
 加藤が騒ぐと山本が怒って「うるさい! 静かにしろ! サーバーが置いてある部屋の扉が曲がって開かないんだ!」と言った。
「嫌です! 我慢なんて出来ないです! 水が飲みたい! 水が飲みたいです!」と騒いだ。
 その光景を見ていた野原課長は「そう言えば三浦君が水筒に水を入れていた筈だ」と小さく言った。その言葉を聞いた二人はハッとして目を輝かせた。
「確かに、あのデ、三浦の野郎、水筒に水を入れていたな」
「野原課長! 流石です! 早速、石膏ボードをどかして、水筒を取りましょう」
 二人は目をキラキラとさせて言った。だが野原課長は息を凝らして「その水、私が三百万で買おう」と言った。山本と加藤は喜んでいた表情を一瞬のうちに静止させた。
「何を仰るんですか?」
「私は非常に喉が渇いているんだ。此処から助けて貰った後に三百万を支払うと言っているんだ。どうだ悪い話じゃないだろ?」
「つまり、僕と加藤が我慢して野原課長は、水を飲む権利を買うって言うんですか?」
「そうだ」
「へへへ、それはいい話だ。水を我慢するだけで三百万貰えるなんて最高だ」
「嫌よ! そんなの! 私も水が飲みたい!」
「お前、水道水は飲みたくないって言ってただろ?」
「そんなの時と場合よ! 私も水が飲みたい!」
「うるせぇ!」
 山本は加藤を蹴りあげた。加藤は苦しそうな声を出して転がり静かになった。
「さぁ、天井をどかして水筒を取り出しますか」
 山本は三浦を押しつぶしている天井を退けようとするが、やはり重く、持ち上げる事が出来なかった。それで三浦が転がっている石膏ボードとの隙間入り込んだ。
「おっ、あったぞ」
 山本はそれを拾い隙間から出ようとした。すると野原課長が目の前に居た。
「へへへ。課長。どうぞ水筒です。水筒がありましたよ」
「ありがとう。助かるよ」と言うと野原課長は折れた壁の一部の軽鉄を振り上げて山本の脳天をガシガシと殴りつけた。山本は最初の一撃だけ「がっ!」と言って静かになった。
「水ごときに三百万も払えるか……。山本も落ちた天井の衝撃でヤられたとでも言っとけばいいだろう」
 野原課長は水筒の蓋を開けて投げ捨てた。その後に手を震わせて唇に付けた。
「私にも水を飲ませろおおお!」
 転がっていた筈の加藤は何時の間にか起き上がっており、椅子を天高く振り上げて野原課長の後頭部に向かって叩きつけた。野原課長は鈍い声を漏らして倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ、私の、私の、みず」
 加藤は水筒を拾って口に付けて思いっきり吸い込んだ。
 だが水筒は空っぽだった。

 
おいしいO2編

 インターホンが鳴り、私はドアを開けた。目の前にはニコニコと笑うスーツを着けた男が立っていた。
「おはようございます」
 スーツを着けた男は言った。
「おはようございます。何です? 何か用でも?」と私は答えた。
「はい。私。見ての通りセールスマンでして今回、旦那様にとても素晴らしい、目から鱗の商品をお届けに参りました」
私は興味を注がれた。今、丁度暇だったのだ。話を適当に聞いた後に断るのも良かろう。
「構わん」
 私は言った。
「はい、実はこれなんです」
 セールスマンはペットボトル一個分のボンベを見せて言った。
「なんですこれは?」
「はい、これは、おいしい酸素が入っているんです?」
「美味しい酸素だって? もしかして空気の押し売りかい? よしてくれ、空気なんて無料で吸える。一円だって払わないよ」
「確かにその通りです。しかし考えても下さい。お水のサーバーと言うのは現在、普及しております。何故なら人間の身体の70%はお水で出来ております。それで汚染されたお水を飲むと言うのは70%の身体を侵害し、重たい病気になる可能性があるからではないでいしょうか? つまりです。酸素や空気も同じと言う訳です。この現在の世界と言うのは工場やら車やら発電所やらで、化学的に汚染された空気でいっぱいであります。そうなると旦那様も肺や気管もいずれ汚れてしまい、致命的な病気になってしまうのではないですか?」
 セールスマンはニコニコと笑ってい言った。
「確かに一理ある。昨日、テレビを見ていると汚れた空気があちらこちらで、見受けられるとあったな。よし! 買おう!」
 私は言った。
「承知致しました。ではこの美味しい酸素ボンベは今回の加入ではサービスとして、無料とさせて頂きます」
「え! 無料で良いの?」
「ただ、これは有料となります」
 セールスマンはガスマスクを渡した。
「ガスマスクですか?」
「ええ、このガスマスクにボンベを装着して吸い込むんです。悪い空気も吸わずに一石二鳥です」
 私はセールスマンに書類を書いて渡した。
「数日には届くと思います」
 玄関の扉は閉まりセールスマンは外に出た。道を歩きながらセールスマンは「外の空気はもう二度と吸えないぜ。なんせ中毒性のある酸素なんだからな」と楽しそうに笑ってボンベを見つめた。

おいしい、お水編・おいしいO2編

おいしい、お水編・おいしいO2編

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-18

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