彼女の夏
晩夏を彩るは青々とした山々、そしてその背景の蒼穹とそこに広がる大きな入道雲。
照り返す真夏の日差しは眩しく、日差しに負けじとばかりにミンミンゼミ達が合唱を奏でる。
額から伝う汗は、前方の山より走り抜けてきた涼風に拭われ、今日はなんとも気持ちの良い夏日だ。
夏は活気に満ち溢れていて気分を高揚させるけれど、毎年必ず感じることがある。
夏の終わりはいつも寂しいものだと。
何十年とここで夏の終わりを感じ、何十年とここで彼を見送ってきた。
また来年、また来年といつもこの言葉をこの場所で告げてきた。
そして、今年もまた・・・
「それじゃ、また来年!」
私は寂しさを紛らわすように少し意地悪く満面の笑みで彼に言った。
けれど、今年の彼はいつもと反応が違った。
「・・・あぁ」
彼は視線を落としながら、どこか悲しげだった。
「どうしたん?らしくない」
彼は私を背にして、辺りに広がる田園風景を眺めながら言う。
「変わらないなー、森も村も人も・・・空も」
「なにあたりまえな事いってん」
彼はそっと私の方に振り返って、続けて言った。
「おまえも・・・」
その言葉に私はどう反応していいかわからなかった。
変わらぬことは良いこと、それが毎年帰ってくる彼にとって嬉しい事に決まってると思っていた。
毎年、いつも変わらずに彼とここで会い、変わらない夏休みを過ごす。
そりゃ、今年はいつもと違って私の家に勝手にあがりこんで来なかったし、祭りで手はつないでくれなかった。屋台で買った焼きそばの食べ合いっこなんかもしなかった。
けどそれ以外は。
「俺・・・」
「ま、まぁ、変わらないっていい事じゃん!あはは!」
彼の言葉を遮り、私は高らかに笑い声をあげた。
その次に彼が発する言葉を何故か聞きたくなかったから。
彼は何も言わず、見透かすような目で私を見つめていた。
そんな彼の表情に、私は心がギュッと握りつぶされるようなそんな思いになった。
「はぁ・・・、そっか、おまえらしいな」
彼は何かに諦めをつけたような、安堵にも似たような、そんな溜め息をつき優しい笑みを浮かべた。
間もなくしてバスが到着し、彼は去って行った。
本当に彼は真面目な人だ。
私は彼が乗るバスをずっと、ずっと見送った。
バスが見えなくなっても、それでもずっと。
きっとこれが最後だと知っていたから。
彼女の夏
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