Fate/Last sin -prologue

10年前

 その女が、上等な革靴を履いた足で一心不乱に目的地へ向かう頃、雨はまだ弱かった。
 薄暗い曇天の午後の空気を切るように、女は急いた足取りで坂を上っていく。市街地から徐々に離れ、街のはずれのその坂を上りきった時には、雨は少しずつ雨足を強めていた。
 坂を上りきったところに、灰色の小さな教会がある。
 耳障りな金属音を立てる古びた門を開けると、教会の前に白い男が立っていて、道脇の池などを見ている。女はその男に向かって言う。
「……私が、当主です」
 男は池を見ていた目を上げ、光のないそれで女を見た。
「君が?」
「そうです。私が」
 灰色の雨が石畳に大きな染みを作り始めても、男は黙って女を見ている。
 雨が本降りになり、雨粒が女の顔を流れていく。長い沈黙の後、男は女に背を向け、教会に向かって歩き出した。
「来なさい。君が協力者だというのなら」
 女は口を固く結んだ。
 水溜りに革靴が濡れるのも構わず、石畳の上を一歩踏み出す。
「―――ええ。全ては、聖杯の意志のままに」
 二人を呑み込んだ教会の戸が閉まる音は、激しい雨音にかき消されていった。

3年前

「トゥインクル、トゥインクル、リ、トー、スター」

 乙女は軽快にメロディーを口ずさむ。
 むかし、むかしに、母から教えてもらった歌。
 大事な、大事な、私の思い出。
 それは、こんな気分の時に歌うのに、ちょうどいい。

 乙女は畳の大広間に雁首を揃えた大人と、少し離れた真正面に座る父親を見て思った。祝言の宴か、そうでなければやくざの集会だ。彼女はそれが可笑しくて、笑う。
「今言ったことが聞こえなかったのか?」
 父親は言った。大人十人ほどの列を挟んで、彼女は答える。
「もちろん、聞きましたよ。え~っと、何でしたっけ。あ、そうそう、聖杯戦争、ですよねー」
 それからまた歌を口ずさむ。トゥインクル、トゥインクル、リ、トー、スター。
「ふざけているのか? 歌うのをやめなさい」
「はい、やめます」
 彼女はしゅんとして口を閉じる。
「母親には会ったな? あれも言っていたように、お前の才能は私たち空閑(くが)一族の最後の希望だ。だから当主として命令する。
 (あかり)、三年後の聖杯戦争に参加し、聖杯を私たち一族にもたらすよう、大いに奮闘することを約束しなさい」
 灯と呼ばれた女は笑った。
「はい、私はこの家の再興と永年の栄華を祈り、我が身を惜しまず――――」



「命を懸けて聖杯を獲ることを、お約束します!」



 その瞬間、父親の首がすっぱりと切断された。

 大広間にいた大人たちは全員口をぽかんとあけ、突然頭部が消失した男を見ていた。灯だけは、背筋を伸ばした姿勢のまま笑っている。頭の無くなった男の胴体が、切断面から激しく血を噴出しながらどさりと倒れた時、彼らは初めてどよめく。
 そして次の瞬間には、全員の身体が文字通り四つに裂けた。
「これはいい。生まれ変わったような気分です。何かが、開いた気がします」
 灯は何事もなかったかのように立ち上がり、血の噴水の中を優雅に歩く。ワンピースが血に濡れるのもつゆ知らず。騒ぎを聞いて何事かと襖を開けた使用人が、頭からバリバリと二つに引きちぎれた。
 彼女は歌いながら、大広間を後にする。屋敷を歩く彼女とすれ違った魔術師たちは、悲鳴を上げる間もなく、一様に四肢を引きちぎられ、腸を晒し、血の噴水を上げる。
 今日は、大事な相談があるというので、みんなこの屋敷に来ているのだ。
 灯は思い出した。なら、ちょうどいい。みんなまとめて裂いてしまおう。



「トゥインクル、トゥインクル、リ、トー、スター」

 その屋敷が完全に静まり返るのに、十分もかからなかった。
 乙女は軽い足取りで血だまりを歩く。鮮血でぐしょぐしょに濡れそぼった服を自室で脱ぎ去って、新しい服に着替え、荷物をまとめる。
「とてもいい気分だわ。これなら、父上の望み通り、聖杯を勝ち取ることも出来るでしょう。その前に、母上にもう一度会わなくちゃ」
 一族のために、頑張らないと。
 灯は笑って、死に絶えた家をあとにする。
 空閑家が当主の妻を含め、一人も漏らさず、その晩のうちに長い歴史に血濡れの幕を下ろしたことは、長く人に知れることはなかった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-17

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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