おつた

「あ~、退屈」
昼時の教室で私、安川栞子は嘆いていた。
「まこちゃん、何か面白いことはないかなぁ?」
「明日から夏休みだけど?」
親友の永峰真琴は答える。そう、明日から夏休みなのだ。しかし、そんなことでは私の退屈な気持ちは払えない。
「夏休みかぁ。でもどうせ今年もただ宿題を適当に済ませて適当に遊んで終わっちゃうよ」
「あんたこの夏にやりたいこととかないの?」
「別に何もないよ。こんな狭い街じゃ面白いことも何もないし」
私たちの住んでいる街は琵琶湖のほとりに創られたこの国唯一の都市で、この街に十万人ほどの全国民が暮している。この街に住んでいる大人達は、まるでみんな街の一部みたいに働いている。幼少期から働くことこそ美徳という教育がされてきたからだ。街の人達は利便性のある産業の発展にのみ労働力を費やしている。だから娯楽というものが非常に乏しい。おかげでこの街に生まれて十六年、私は毎日退屈している。いや、私だけじゃないはずである。街全体が無気力感に包まれていて、大人達の目はみんな死んでいる。
「それよりもさぁ、街の外に何があるのか気にならない?」
「またその話? だから何もないってば」
真琴はあきれた風に答える。そう、街の外には何もない。百人に聞けばみんなそう答える。
「でも誰かが行って確かめたわけじゃないでしょ?」
「でも昔からそういわれてるし」
街の外は一面木々で覆われている。昔、大規模な植林が行われたらしい。その森を超えても何もないことになっている。街が閉ざされているわけじゃないからみんな外に何かあるとは考えないし、そもそも気にも留めないのだろう。
「こんなに国土を持て余してるのもなんか妙な感じするし」
地図によると、国土の面積は街の面積の何万倍も広いのだ。
「それは単に人間が相対的に少ないだけよ。そんなことばっか考えるてると変人扱いされるよ?」
「う~ん、何かあると思うんだけどなぁ」
「はいはい、とりあえず帰るよ」
もはや真琴は聞く耳すら持ってくれない。それだけ私の空想が世間の常識とずれているのだ。


 翌日、真琴から電話がかかってきた。
「栞、今何してんの?」
「う~ん、何ていうのかなぁ? 旅、かな?」
「旅? 今どこにいんの?」
「街の外の森~」
「は? 何言ってんの?」
そう、私は今街の外にいる。白いワンピース姿に麦わら帽子にスニーカーという出で立ちで、大きなリュックサックを背負って歩く。せっかくの夏休みなのだ。時間が許す限り街の外を見てこようと思って今ここにいる。何もないなら別にそれでもいい。何もないことを確かめたいのだ。それにしても……
「真琴の驚いた顔が目に浮かぶよ……」
「そりゃ驚くよ! だって何もないのに! 意味ないじゃん!」
「うん、でも気になっちゃったから。行くならやっぱ今かなぁと思って」
「アンタって結構バカね……」
「何それ~? でもそうかも」
本当は自分で自分の行動に驚いている。こんな思い切ったことをするとは思っていなかった。
「まぁ、気が済んだらさっさと帰ってきなさいよ。暗くなる前に」
「早いよ! いくらなんでも!」
普段ならこんな他愛のない会話をして一日が終わる。でもこれからはきっとそうはいかない。外の世界で自分を守ってくれるものは恐らく何もない。でも、それでもかまわない。まずは一歩踏み出した。このたびが真琴の言った通り、暗くなったら終わりになるのかもしれないが、それでも一歩踏み出したのだ。


 街を出て、三時間ほど歩いたら、やっと森の出口が見えてきた。
「長かったなぁ……」
ともかくこれでやっと私の知らない世界が見れると思うと少し緊張する。それはやっぱり外の世界に期待感を持っていたからだと思う。でも、現実はそんなに甘くはないようだ。
「何にもないなぁ……」
聞いた通りというか、なんというか、本当に何もない。見渡す限りただの更地なのである。
「どうしようこれ……」
期待が裏切られれば暗い気持ちになるが、まさかここまで裏切られるとは思わなかった。期待感がそれなりに大きかったのか、重い荷物を持って三時間歩いたからなのか、急に大きな疲労感に襲われた。
「とりあえずなんか食べよう」
持参した食べ物を食べながらこれからどうするか考える。意気込んで街を出たはいいが、「帰る」という選択肢が頭をよぎる。ここまで何もないとこれ以上進んでもしょうがない気もする。でも、
「これ以上先を確認した人はたぶんいないよね」
私の外の世界に対する興味心、というよりも、執着心はどうやら相当なもののようだ。
「さて……、行くか!」
見渡す限り何もない世界を歩く。正直、この先を進んでも何かあるとは考えづらい。確認した人がいないというのも取って付けた理由である。それでも、何かを見つけてくるまでは、あの無機質な雰囲気の街に帰る気にはならなかった。どうやら私はあの街が相当嫌いらしい。


「暑い……」
東に向かって旅立って一日が経った。季節は夏、気温が四十度に達するのも珍しくない。
「帽子かぶってきてよかったなぁ……」
日差しを遮るものが何もない中を歩いていると、あるものを見つける。
「黒猫?」
そう、黒猫である。何か虫を捕って食べているようだ。
「かぁわいいなぁ~」
思わずおもいっきり撫でまわしてしまう。思えばここまで変わり映えのない更地がずっと続いていたが、まさかこんな所にこんなかわいい生き物がいるとは思わなかった。
「いつまでもここでじゃれていたいけど……」
そんなわけにもいかない。食糧にも限りがあるのだ。食べ物があるうちに進めるところまで進みたい。
「じゃあね、ネコちゃん」
気を取り直してまた歩き出す。するとどうだろうか。黒猫が私の後ろをついてくる。
「あら、あなた、かわいいことするわねぇ」
まだついてくる。まだまだついてくる。何時間かたったけどまだついてくる。
「あなた、私と一緒に行きたいの?」
動物の考えることは分からないが、もうそうとしか思えなくなってしまった。
「もう連れて行っちゃお~ぅ」
果たしてこんなことをしていいのかは分からないが、道すがらであった猫抱きしめて離せなかった。


 旅に出て三日目、私は悩んでいた。
「食べられそうなものがないなぁ……」
一週間分ほど持参した食糧があと半分というところまで食べてしまった。
「どうしよう、本当に」
この先さらに進むとして、食糧を補給できなかったら私は死ぬ。今戻れば死ぬ心配などする必要はないのだが、私はいまだに一面の更地を歩いていて、まだ何も見つけていないのだ。
「マルボロ、どうしようか?」
マルボロとは、先日であった黒猫に付けた名前である。
「何か食べられる物を見つけてきてくれるとうれしいんだけどなぁ。」
猫の手も借りれるものなら借りたいのだが、そんな簡単に解決するのなら苦労はしない。すると、マルボロがトコトコと歩いていく。
「どこいくの、マルボロ?」
荷物をまとめて後をついていく。すると、ちょっと歩いた所に草木が生えていた。
「へぇ、久し振りに植物が生えてるの見たかも」
ここまでの道中は本当に何もなかった。とうとう草木が生えているだけで驚いてしまった。
「でも、食べられそうな物はないかな……」
木の実か何かがなっていれば嬉しかったのだが、残念ながらそういったものは見つからない。
「食べられる草とかあるかなぁ?」
一応、写真を撮って調べてみる。どうやら、食べられる物もあるらしい。
「食べてみるか……」
一応これでも文明に囲まれた生活を今まで送っていたので、果物や木の実ならまだしも野草を採取して食べるというのは少し抵抗がある。だけど、とりあえず茹でて食べてみる。
「? おいしく……ない?」
食べられることは食べられるのだが、苦いような味がないような、なんだかつまらない味がした。
「さて、どうするか……」
味さえ気にしなければ、食べられる物が手に入った。もう少し進んでみるか、街に戻るか。
「戻らないけどねぇ~」
思わずマルボロに絡む。私も少し意地になっているようなのだが、なりふり構わなければ死なないことが分かったので、もう少し無茶してみることにした。


 五日目。
「かわだぁ~! やっと着いたよ!」
地図で川があることは分かっていたけど、思っていたよりも距離があった。街の外は私が思っていたよりもずっと広かったのだ。
「やっと水を補充できるよ」
持参した水も、長い道中と暑さのせいでほとんど残っていない。さっそく水を補充する。
「あ、重い」
街を出た頃の重さに戻っただけなのだが、改めて補充するとなかなかの重さがあることを実感する。本当にこれだけの重さの物を今まで担いできたのかと思ってしまう。
「さて、どうするか……」
川を越えたいのだが、足元を濡らしたくない。とりあえず川を下ってみると、何かを発見した。
「人工物?」
川の両岸に石のようなものでできた何かの土台のようなものがある。ぼろぼろでかなり古い物のようだ。
「どうしてこんな所にこんな物が……」
そういえば、この川の川べりはかなり古いけど、石のようなものを積み上げて作られている。さっきの土台のようなものは、もしかしたら橋の土台だったのかもしれない。街から遠く離れた場所になぜこのようなものがあるのか、いつ、だれ造ったのかは私にはさっぱり分からない。だけど、これを造ったのは紛れもなく人間で、何かしらの理由があって造られたのはほぼ間違いない。そう思えてくるとかなり面白い。こういう人間の手が及んでいるものを街の外で見ることにわずかながら期待していたのだ。
「うわぁ、なんかすごいもの見ちゃった! マルボロには分からないよね、このすごさが」
マルボロはなにか明後日の方向を見つめていた。ある程度川を下ると、川の中にがれきが点在している場所を見つけた。がれきに飛び移っていけば濡れずに川を渡れそうである。
「おいで、マルボロ」
マルボロをリュックサックの上に乗せて川を渡る。
「それにしても、なんだか面白くなってきたなぁ」
そんな事を思いながら歩いていく。途中休憩などをはさみしばらく歩いて行くと、左前方にまた何かが見えた。
「道だ……」
それは、紛れもなく道である。かなり古くてひび割れもひどく、もはや道と土の境目がよく分からないほど汚れているが、街で普段歩いている道路と同じような材質でできている。
「しかも結構長い……」
とりあえず道の上を歩いていく。歩いていくうちに夜になった。テントを張り、持参した食料やらありあわせの野草やらを食べて寝る準備をする。
「どうなってるんだろう、この辺」
今日はおかしなものを発見した。本来、街の外に存在するはずがな、人の手で造られたもの。私の国の人間は今まで街の中でのみ暮らしてきたと言われていたけど、今日発見したものは紛れもなく人工物でだった。誰かが気まぐれで造ったのか、それとももっと別の特別な事情があって造られたのか、そんなことを考えながらマルボロと共に眠りについた。


 旅に出てはや一週間。周辺の様子は街を出たばかりのころとはいささか様子が変っていた。あちらこちらに人間の文明の跡が見つかるようになったのだ。車のタイヤやら墓石、用途不明の金属塊やコンクリート塊、しまいには廃屋と化した民家が丸ごと打ち捨てられていた。その珍しい光景に思わず写真を撮る。かつてこの辺りに人が住んでいたことはほぼ間違いない。もしかしたら街を出て自然に囲まれて暮らそうと考えた人がいたのかもしれない。
「なんか登ってるような……」
私は今、確証はないが山か丘を登っている。道中で森林を見つけた私は夏の日差しに耐えかねて森林に入り、そのまま進んでいくうちにいつの間にか斜面を登っていた。急斜面ではないのが不幸中の幸いである。
「まぁいっか、涼しいから」
段々と木々がうっそうとしてきたが、いまさら道に迷ったところで何も変わらないし、むしろこれだけ自然があふれているのだから、食べられる物を見つけやすそうである。そんなことを考えているうちに開けた場所に出る。そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「家がある……」
そこにはなんと家が三軒ほど立っていたのだ。しかも先日見つけた廃屋とは全くおもむきが違う。見たところ人が住める程度には新しく、なんとなく生活感もある。
「ウソ、人もいる……」
もう訳が分からない。私が人のことを言える立場ではないが、あの人は一体こんな所で何をしているのだろうか?家が建っているのだからここで暮らしているのだとは思うのだが、やはり常識で考えたらおかしい。長い時の中で考えればそんな人がいてもおかしいとは思わないのだが、いざそんな人を目の当たりにするとやはり動揺してしまう。
「よし……」
恐る恐る近づいてみる。
「んん? 早かったわねえ」
「え? あ、はい、どうも……」
「あら、あんた誰よ?」
「ええっとぉ……、それはこっちの台詞といいますか……」
「私? 私は武藤なずなじゃないのよお」
「はぁ……。私は安川栞子といいます」
「栞子ちゃんねえ。栞子ちゃんはどっから来たの?」
「私は……、その……、街から来ました……」
「マチ?知らないねえ」
いきなりすごい勢いで話しかけられてしまった。なずなさんは見たところ六十代くらいの少し小太りの女性で、見た目も発言も肝っ玉母さんといった感じだ。
「まあ、せっかくだしゆっくりしていきなさいよ。今お茶入れるから」
「あ、はい、ありがとうございます……」
いつの間にかもてなしを受けることになってしまった。それにしても街を知らないと言ったけどどういうことなのだろうか?
「ハイ、どうぞ」
「ありがとうございます」
「そっちの猫ちゃんはお茶飲むかしら?」
「あ、たぶん飲ませないほうがいいと思います」
お茶を頂いて一息つく。
「ところで先ほど街を知らないとおっしゃってましたけど……」
「そうだねえ、知らないねえ、マチなんて所は」
「あの……、そういえばいつからここに住んでいるんですか?」
「それはあんた、生まれた時からよ」
生まれた時から住んでいる。それなら街を知らないのもうなずける。ということは、この地にはもっと以前から人が移り住んでいた、ということだろうか?
「おう、帰ったぞ、ばあさん」
「あら、おかえりなさい」
「んん? 誰だいそのお譲さんは?」
森からまた別の人が現れた。背が高く、髪がボサボサで、口ひげをはやした四十代くらいの男の人。後ろに背の低い六、七十代くらいのおじいさんもいる。
「お客さんよ。珍しいでしょ」
「あ、どうも初めまして、安川栞子といいます」
「おう、よろしくな」
軽く挨拶を交わす。みんないい人そうで安心した。
「ところで栞子ちゃん、あなた何の用でここに来たの?」
「あ、えっと……、一応、旅の途中でして」
「旅 ?いいわねえ若い子は。そうね、若い時には旅位しないとねえ。まあ、せっかく来たんだからちょっとゆっくりしていきなさいよ」
「いいんですか ?ありがとうございます!」


その晩、私は夕飯をごちそうになり、使っていない部屋を割り当ててもらい、一晩泊めてもらうことになった。その夜、私はわずかな灯を頼りに真琴に電話をする。
「まこちゃん、久しぶり~」
「アンタね……、今どこにいんのよ?」
「うーんとね、街を出て東に一週間分歩いた所にいるよ」
「そう……、アンタよく今まで生きてこれたわね……」
「うん、野草とかむさぼって生きてるよ。それと今日、夕飯ごちそうになったし。そうだよまこちゃん!! 人がいたの、人が!! 信じられる!! 私びっくりしたよ!!」
「え……? 何いってんの?」
「なんかねぇ? 街の外に人が住んでたの。文明はかなり乏しいんだけど、自給自足の生活してて」
「うん……、まあいいんじゃない?」
「えぇ~、ちょっとまって今電話変わるから」
真琴は私の言っていることを信じていない。まぁ、でも仕方がない。常識では考えられないことが起きているのだから。私は居間にいるなずなさんに携帯電話を渡す。
「なずなさん、ちょっと電話変わってもらえますか?」
「あら?その光ってるの何?」
そうだ、ここには電話もないのだった。
「ええと……、電話っていうんですけど……、じゃあここに向って何かしゃべってください」
「何かって、そうねえ、何しゃべればいいのかしら?」
「自己紹介とかどうでしょう」
「そうねえ、じゃあ、私は武藤なずな、世話好きでおせっかいなおばさんよ」
「ありがとうございます」
私は部屋に戻って再び真琴と通話をする。
「どう?分かった?」
「分かった。っていうかもうおばちゃんが何しゃべろうか迷ってるところも全部聞こえてたから」
真琴のあぜんとした感じがひしひしと伝わってきた。予想以上に衝撃を受けてくれたようだ。
「でもどういうこと?アンタ本当に街の外にいるの?」
「うん。ここに来る途中にもなんかいろんなもの写真で撮ったから、送ろうか?」
「うん、ちょっと後で送っといて。でもそのおばちゃんなんで街の外にいるの?アンタと同じくらい暇だったの?」
「なんかねぇ、生まれた時から街の外で暮らしてたんだって。だから街の存在すら知らないみたいなの。多分、昔街の外で暮らそうとした人がいたんじゃないのかな?」
「そんなことってあるのかな……。栞、アンタまだ旅続けるの?」
「うん、まだ死なずにすみそうだし」
「どういう基準で物事捉えてんのよ。まあ、それはいいとして、アンタ旅行記書きなさいよ!」
「旅行記?」
「うん。アンタが見たものとか私も知りたいし」
「旅行記かぁ。まぁいいけど、だったらいっそブログでもやろうかな?」
「ブログ?おもしろそうじゃん!それ私見るよ!」
「ホントに?じゃあちょっとやってみようかな?でも今日は暗いから明日あたりからやるね」
「暗いって……、まだ七時じゃん」
「ここ電気無いんだよねぇ~。凄いでしょ?」
「そっか……、凄いなそりゃ……」
久しぶりの親友との会話はもう少し長引きそうである。


 翌日、私は水汲みや農作物の世話、鶏の世話などを手伝いをしながら一日滞在し、さらにその翌日、私は再び旅立つことにした。
「お世話になりました。それにこんなに食べるものも頂いてしまって、本当にありがとうございます」
「いいのいいの~、いろいろ手伝ってもらったし。こっちも楽しかったわよ。もう少しゆっくりしていってもらいたいくらいよ」
「そんなこと言ってると何ヶ月も滞在しちゃいますよ?」
「ハッハッハ、それもいいじゃないか」
ほんの数日の滞在だったが、本当に楽しかった。本当に何ヶ月も滞在するのも面白いかもしれないが、やはりそういうわけにもいかない。
「まあ、よかったらまた来なさいよ」
「はい、またこのあたりに戻ったら立ち寄らせてください」
「ジジイがくたばる前に来いよ」
「それならあと十年は大丈夫じゃな」
「ふふっ、そうだみなさん、これを見てください」
ここを発つ前にやっておかなくてはいけないことがある。
「そのちっこいのかい?」
「はい、あと笑ってください」
「何でだ?」
「まぁまぁ、すぐに終わりますから。いきますよ~」
パシャッ
「はい終わりました。ありがとうございます」
「今光ったのって何なの?」
「思い出を切り取ったんです」
「思い出?」
写真も撮った。いよいよ本当に旅立ち、お別れである。
「道中気をつけるんじゃぞ」
「じゃあな、お嬢さん」
「またね、栞子ちゃん。マルボロちゃんも元気でね」
「はい、みなさん行ってきます」
そして私は名もなきこの地を後にして、再び旅に出る。


 その日の昼、森林を抜けた先の原っぱの木の下で、食事を兼ねた休憩を取った後、いよいよ旅行記を兼ねたブログ作成に取り掛かる。
「えっと~?まず何をどうすればいいのやら?」
本当は昨日にでも作ってしまいたかったのだが、なずなさん達が働いてるのを尻目に作業をする気にはならなかった。
「設定はできたと。意外に簡単だったなぁ」
現代の産業は、こういう情報通信技術だけは発達している。ホームページの作成もサポートが充実していた。
「タイトルはどうしようかな……」
少し考えて、「吾輩は猫である」というタイトルに決めた。マルボロを前面に押し出す形式を取ることにしたからだ。
「さて、本文ですか……」
街の外で見つけた様々な分明の残骸、人が暮らしているという事実、そしてそのことを知った驚きをありのままつづってみることにした。

『こんにちは、私は街の外に出て旅をしているものです。街の外には何も無いと言われてきましたが、旅に出て一週間の間に様々な物を発見しました。中でも、何十年も前に建てられたと思われる古い民家にはとても驚きました。でも、一番驚いたのは、街の外に人が住んでいるということです。そこでは三人の男女が共同で暮らしていました。その人達は文明を持ち合わせておらず、自給自足の生活を送っていました。電気も水道もないところでしたが、それでも間違いなくその人達はそこで暮らしています。なぜそのようなところで暮らしているのかは分からなかったのですが、聞くところによると生まれた時からここで暮らしているとのことです。これからの旅でまた何か発見することができたら、ここにつづっていこうと思います。』

「んん~?意外と短いなぁ」
この一週間の間に起きた出来事は、今までの人生の中で考えても間違いなく一番衝撃的なことが起きたはずだったのだが、いざ文章にしてみると数行でまとめ終えてしまった。しかもマルボロを主役にしたのに本文は全て自分の言葉で書いてしまった。
「まぁいっか。あとは写真か……」
道中で撮影した廃屋の写真とつい先ほど撮影したなずなさんたちの写真を載せる。
「なずなさん達にも肖像権とかあるのかなぁ……」
まぁ、あっても無くても載せるつもりである。そしてマルボロの写真も載せる。
「あれ?マルボロの写真無いや」
こんなにかわいいのに写真に収めていなかったとは。まぁいつも横にいるから本当は写真に収める必要はないのだが。
「よ~し、撮るぞ~」
マルボロが上目遣いでこちらを見ている。かわいくて仕方がない。
「これじゃあ、街の外に人が住んでる事実がかすんじゃうなぁ」
とまぁ、何はともあれ記事は完成、作業終了。
「さてさて、じゃあ行こうか」
進路は東、まだ街には戻らない。


 夏の日差しを背に浴びて、旅は続く。周りには田園の跡地のようなものが広がっていて、所々に廃屋も点在している。
「けっこう来たなぁ」
最初は半遠足気分で街を飛び出したのだが、いよいよ本当に旅人の域に達してしまったのかもしれない。そんなことを考えていると、また何かを見つけた。等間隔に並べられた木片と、その上に二本の鉄の棒が乗っていて、それがはるか向こう側まで伸びている。
「これ……、線路だ……」
レール部分は錆ついていて、枕木はもはや地面と一体化しているが、まぎれもなく線路である。
「いよいよこんなものまで見つかっちゃったか……」
線路の上を歩きながら考えてみる。線路があるということはおそらく鉄道があったということだろう。ということはこのあたりの文明の跡はかなり広域にわたっていると考えられる。そもそもここまで歩いてくるまでの間にあらゆる人工物の残骸を見てきた。その範囲はもう私の住んでる街よりもはるかに広い。初めて人工物の残骸を発見した時は街から移り住んだ一部の人が造ったのだと思ったのだが、もはや一部の人が造ったという規模ではない。そもそも街から人が移り住んだという考えが根本的に間違いな気がしてきた。
「もう分っかんないや」
街の外になぜ文明があるのか、多分いくら考えても分からない。分かりようがない。答えを導き出すための材料が足りなすぎる。とりあえず考えることをやめた。
「なんかあるぞ?」
線路沿いに置いてあると表現すればよいのか、建てられていると表現すればよいのか、それは巨大なコンクリート構造物、駅の残骸と思われるものであった。
「本当に鉄道が走ってたんだ……」
もしかしたら線路の上を走っていたのはトロッコか何かだったのではないかという考えが一瞬頭をよぎったのだが、どうやら違うらしい。そして、線路はまだまだ途切れる気配がない。
「よし、ここで一回ブログ書こう」
今まで目にした文明の跡の中でも、鉄道はもっとも近代的なものである。この発見はぜひ記録に残したい。

『今日は旅の途中で線路を見つけました。ボロボロでかなり古い物のようです。線路に接するように、駅の残骸も見つけました。この線路が本当に使われていたのだとしたら、かなり広域にわたって人間が暮らしていたことになると思うのですが、誰がなぜ造ったのかは今となっては全く分りません。今後とも私は旅を続けていきます。』

「写真は線路と駅の写真と、マルボロの写真も載せよう」
マルボロは駅の上で明後日の方向を見ながらたたずんでいた。なんだか何かに浸っているような雰囲気である。
「よし、できたと。じゃあ行くよ、マルボロ」
旅を続けるうちに疑問だらけになってしまったのだが、街にいるときと違って退屈しない。もうしばらく街には戻れそうにない。


 いくつかの場所を訪れ、幾人かの人たちと出会い、時間が流れ、暦上ではいつの間にか秋になっていた。でもまだまだ残暑が厳しい時期である。そんな中私は日の光も入れないような森の中を歩いていた。
「パソコンがなかったら絶対に道に迷ってるよ……」
現在地の座標をパソコンで調べながら来ていたから私は今まで旅を続けることができたのだ。ただ、太陽光がなければパソコンのバッテリーの充電ができない。一応振動充電という機能もあるのだが、腕が疲れるのであまり使いたくない。
「家だ……」
森の中を歩いていたら家を見つけた。そこまで古くなく、しかも畑まである。人が住んでいるかもしれない。
「おじゃましまーす」
中に入ってみる。家の中は森の中と一緒で薄暗い。
「誰じゃ……」
「ひぃあっ!!」
誰もいないのかと思った矢先、急に返事が返ってきた。声がしたほうに振り替えると、ベッドの上におじいさんがいた。
「こんなところに何の用じゃ……」
「あ、えっと……、旅をしている者でして……」
「こんなところには何もない……。早々に……立ち去るがよい……」
なんだか気難しそうなおじいさんであるが、それ以上に強烈な印象を受けてしまった。この人は死期が近い。医療や看護の知識がなくてもそう確信できてしまう。
「あのぉ……、お体のほうは大丈夫ですか?」
「ふん、別に何ともないわい……」
私はどうすればいいのだろうか?旅の途中で天寿を全うせんとするおじいさんと出会ってしまった。この人に出会わなければ私は何事もなくこの場所を後にしていたであろう。
「じゃあ、ちょっとここに止めてください。何か手伝えることがあればお手伝いするんで」
「早々に立ち去れと言ったじゃろうが…………」
「軒先の畑の野菜分けてもらっていいですか?」
「ふん……、好きにせい……」
とりあえず、居座ることにした。やはり、死期が近い老人を一人置き去りになんてできない。できるわけがない。私は今日一日おじいさんの家で過ごすことになる。

「野菜とか食べやすくしたので、食べてください」
私はおじいさんに野菜などをゆでた後にすりつぶしたものを食べさせようとした。
「いらん……」
「でも、私が来てから何も食べてませんよね?」
「いらんと言っておるじゃろうが……」
ちゃんと食べてほしいのだが、無理強いもできないので自発的に食べてもらわなければこちらとしてもどうしようもない。
「そういえばおじいさん、いつからここに住んでいるんですか?」
いきなりだが話題を変えることにした。
「……生まれた時からじゃろうな……、おそらくは……」
「ずっと一人だったんですか?」
「いや……、四十年くらい前までだったか……。その時までは母と二人で暮らしていたかのぅ……」
今までの人生、ずっと一人で暮らしていたわけではなく、母と暮らしていた時期もあった。だとしても、四十年。一人で暮らすにはあまりに寂しいはずである。それこそ言葉では言い表せないほどに。
「その四十年の間に私以外にだれか尋ねてきた人はいましたか?」
「…………おらんわ……。主が初めてじゃ……」
「寂しくなかったんですか?」


中断

おつた

おつた

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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