ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(8)

第八章 堕天使へのサードステージ

 見習い堕天使は思う。幸運なんて、探すんじゃなくて、ほっといても向こうからやってくるものなんだろう。空からの眺めは最高だった。地上の人間たちのいざこざに関わるよりも、こうして雲のように、空に漂っている方がよい。お城の中の公園では、黄色い帽子を着た子どもたちがはしゃいでいる様子が見える。遠足か。でも、あの子供たちだって、私が行こうが行くまいが、仲の良いのは一瞬で、直ぐに、自我を出して、喧嘩別れをするか、十数年後には互いに口を利かなくなるのだろう。
 それなら、私の存在価値は?ほっておいても、喧嘩する人間どもに、堕天使がわざわざ近づくこともないじゃないか。空からでも、椅子の上からでも、高みの見物をしていれば、自然に、そう自然に、どんなに仲のよい同士でも、離れ離れになるのだ。ある意味では、私が何もしない方が、上手くいくのかも知れない。そうすれば、私は、見習いから、正式な堕天使になれる。果報は寝て待てか?じゃあ、果報って何?
 気持ちを切り替えた見習い堕天使は、お城近くの海浜公園に空から移動する。公園は、いくつかの東屋が建っている。あそこで、昼寝でもするかと思い、側まで近づく。港では、フェリーを始め、旅客船などが、入れ替わり立ち替わり発着している。その光景を眺めているだけでも、時間がつぶれる。船は、眼の前に漂う島や対岸の陸地へと向かう。乗っている人は急いでいるのだろうが、この風景が止まっているかのように、見習いには見える。それよりも、喉が渇いた。東屋に行く前に、お茶でも買うか。見習いは、すぐそばのコンビニの前に降り立った。ざざざざざ。羽根をたたむ。そのまま、ドアを押す。
「いらっしゃいませ」
 ハモった声。店員二人がこちらを見ている。満面の笑顔だ。続いて出た言葉は、
「バットマンだ」
 声がした方を見た見習い。余裕しゃくしゃくで、手を広げ、親指を突き出すポーズ。だが、内心では、
「誰がバットマンだ。俺の方がもっとかっこいいはずだ」と思う。だが、持ち前の気のよさから、つい、相手にあわせてしまう見習い堕天使。これだから、私は、いつまでも見習いのままなんだと、気を落とす。そんなことはどうでもいい。私は、喉が渇いているんだ。店内を物色する。
「何をお探しですか?」
 バットマン風の客に気を魅かれたのか、店員が寄って来た。うっとおしいなあと思いながらも、つい、返事をする見習い。
「お茶が欲しいんだけど・・・」
「それなら、これはどうです。このコンビニ独自の新製品で、値段も安くなっていますよ」
 バットマン、いや、見習い堕天使は、店員がショーケースから取り出したペットボトルを見た。キャップには、バットマンのフィギュアがついている。ちょうど、バットマンが羽根をたたみ、新製品のお茶を飲んでいる姿だ。芸が細かい。バットマンのお茶なんて聞いたことがないけれど、この細かい細工には感心した。手を伸ばし、この商品を購入しようと決めたときだ。
「ちょっと、それ、失礼じゃないか、山本君」の声がする。見習いと山本と呼ばれた店員は、バットマン茶を手に持ったまま、レジの方を振り向く。声の先には、もう一人の店員が立っていた。
「いくら、お客さんがバットマン風だからと言って、好きかどうかもわからないし、それにとてもじゃないけれどバットマンのかっこうが似会っていないお客さんに、バットマン茶をすすめるなんて」
 体が、顔が、お茶を持つ手が固まる二人。お前の方がよっぽど失礼じゃないのか。私だって、バットマンなんか好きじゃない。好きでもないバットマンなのに、勝手にバットマンのファンだと決めつけられて、しかも、この姿が似会っていないだと。私は堕天使だ。いや、堕天使見習いだ。例え、バットマンだとしても、人間ごときに、勝手に評価されたくない。怒りの気持ちを顔に出す見習い。
 その様子を見てか、山本と呼ばれた店員は、
「岡さん、それはお客様に対して失礼ですよ。似会っていようがいまいが、服を決めるのはお客さんの勝手ですよ」
 一瞬、肯きかけた見習いだが、山本の言い方では、自分の格好が似会っていないことになる。それも失礼だ。お前たち、人間に何がわかると、心の中で憤慨する。
「いや、違うぞ、山本。お前の言い方の方が失礼だ」
 そうだ、そうだ、もっと言え(見習いの心の中)
「いや、岡、お前の方が失礼だ」
 そうだ、そうだ、もっともっと言え(見習いの心の中)
「何が失礼だ。上司に向かって、何を言うか、山本」
「何が上司だ、岡。オーナーに媚びて、店長になったぐらいで。店長なら、俺でもできるし、もっと上手くやる」
「何が上手くやるだ、山本。やったこともないくせに。お前なんか、もう頸だ、さっさと、荷物まとめて、この店から出ていけ」
「ああ、こんな店なんか、いつでもやめてやる、岡。だが、お前になんかやめさせられてたまるか。オーナーに直接話をして、お前こそやめさせてやる」
「ふざけるな、山本」
 最初は、高みの見物だった見習いだが、二人の口論がヒートアップするに伴い、何とかなだめようと、声を掛けた。
「あの」
 だが、頭に血が上って、噴火活動を繰り返している二人には、その声は聞こえない。もう一度、声を掛ける。
「あの」
 振り向く二人。
「うるさいって言ってんだろう」
「そうだ、元々、あんたが、似会ってもいないくせに、バットマンみたいな服装をするからもめているんだ」
「そうだ、そうだ」
 鬼の形相の二人。見習いは、相手の勢いに負けて、思わず謝ってしまう。
「すいません」
 何で、私があいつらに謝らなければならないんだ。ぐちを言いながら、手帳を広げ、二人の名前を書こうとする見習い。なんだっけ。最近、物忘れが酷いなあ。特に、やり場のない怒りで、頭の中が沸騰しているだけに、必要な記憶が浮かび上がってこない。その時、手助けの声が飛ぶ。
「だから、お前は、山賊がうようよしている「山」に、本当のことなんかこれぽっちも言わない「本」に、生まれてから親孝行なんてしたことがなく、親を泣かすような不孝ばかりを繰り返してきた「孝」、合わせてもばらばらになってしまいそうな「山本 孝」なんだ。ホント、名は体を表すとは、このことだ」
「お前こそ、ちょっとした風でもすぐに強い方になびく木が立っている「岡」で、真実とは何か、自分のことしか考えないで、いつも他人を踏み台にしてやろう考えている心を持った「誠意のない誠」の「岡 誠」のくせしやがって」
「何を。よくも言ったな」
「お前こそだ」
「そうか、そうか、「山本 孝」に、「岡 誠」だった。ありがたい。ありがたい」
 先ほどは、怒りを感じたが、今は感謝の念を持ちながら、無事に、手帳に二人の名前を書き記した見習い。これ以上いたら、自分も無意味な争いに巻き込まれては大変だと、コンビニから出る。
「あっ、しまった。お茶を買うのを忘れていた」
 今さら、コンビニには戻れない。仕方がないので、店の外側の自販機に向かう。お金を入れ、ガチャポンの音とともに、ペットボトルが落ちる。膝をかがめ、手を伸ばす。手に取ったペットボトルを持ち上げた瞬間、ビルとビルの隙間から空が見える。西の方角だ。何かしらのアルファベットの切れ端。
「ついに出たか、三文字目」
 見習いは、空の全貌が見える場所まで走る。
「目指すは、あそこの東屋だ」
 大きく上がったフライの白球を追う少年のように、アルファベットがはっきりと見える所まで、顔を後ろに向けて走る。走る。走る。バックで走る
「見えた」
 その文字は「T」。三文字続ければ、「HAT」。
「ハット?」
と思う間もなく、足が道路の縁石にひっかかり、背中が地面に叩きつけられる。ペットボトルも同じように地面にぶつかり、見習いの手から離れ、ペットボトルコロリン、すっとんとん、と、転がっていく。
「私のお茶が・・・」

ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(8)

ラブ&ヘイト 見習い天使と見習い堕天使の物語(8)

見習い天使と見習い堕天使が、天使と堕天使になるための修行の物語。第八章 堕天使へのサードステージ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-14

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