梅文箱

上司 幾太

梅文箱

顔も知らない、声も知らない、けれど人は恋をする。

 「薄桃色の花びらが運んでくるのは恋か孤独か・・・」梅文箱(うめふみばこ)から私が取り出した文(ふみ)にはそう書かれていた。私たちの住む集落は四方を山で囲まれており、春になると綺麗な梅の花が咲く。梅の花はみんなで花見をしたり、鑑賞したりなど集落ではとても大切にされていた。そんな貴重な梅の木を使って作られたのがこの綺麗に黒く漆塗りをされ、金で梅の木の装飾を施された梅文箱である。
 毎年春になると、山奥にある梅園の中の祠にこの箱を入れて、男女問わず結婚を希望するものはこの中に文を入れる風習になっている。
気に入った文を見つけたら、その人の仮名宛に文を書き、また梅文箱に入れる。それをお互いが相手に会いたいと思うまで続け、会いたくなったのなら待ち合わせ希望を文に書く。この村はそのような風習で男女との交際を行っている。
 私は「薄桃色の花びらが運んでくるのは恋か孤独か・・・」と書かれた文に心を惹かれこの方宛に文を書いて梅文箱へと入れた。
「貴方様が孤独に冷える寂しいときは薄桃色の花びらがゆっくりと貴方様を温かく迎えましょう、春の訪れとともに・・・」と言葉を書いて。
 明後日になって梅文箱の中を開けると私宛に文が入っていた。「ありがとう。孤独の夜が終える日を明日の正午であるように・・・」と明日の正午に会いたいと相手からの返事だった。「きっと、あなたの春になる」と私は待ち合わせに対しての文を書いて入れた。
 次の日、私は恐怖と期待とが入り混じった心持で胸を押さえながら桃園に行き、祠の前で後ろ向きに座っている彼を見つけた。
「きっと、あなたの春になる」と震える唇で私は彼に声をかけた。彼はゆっくりと立ち上がり「これからは君と共に・・・」と言いながら振り向いた。
とても小さく弱弱しい声だったけど、少し陰のある印象を彼から感じた私は一目で彼に惹かれた。
 「失望させちゃったかな・・・」右手でクシャクシャと頭を搔きながら彼は照れくさそうに言った。「そんなことない」と私は首を大きく横に振りながら答えた。彼はほっとしたような顔をして、二人で手をつないで梅園の奥へと入っていった。

 彼は家で一人で畑をしながら暮らしているそうで、一人が寂しくなりお嫁さんを探していたのだとのこと。私は両親が「文は書いたか?」
と毎日のように聞かれるので渋々梅文箱を開けたことを話した。そんな話が可笑しかったのか彼は笑いながら嬉しそうに「でも、優しそうな人でほんとによかった」と言った。私はそんな彼の笑顔に釣られて笑いながら「あなたも優しそうで安心した」と答えた。
 それからは幾度も会って仲良くなり二人は結婚し、家庭を持った。子供が大きくなり、大人になると「文は書いたか?」と私は毎日娘に言うようになって、言った後は可笑しくて陰でクスクス笑っている。

梅文箱

梅文箱

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-03-12

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