夜の蛾
事件発生
46-01
今夜も飲んだわ!自宅のマンションに戻った聡子はメイクも落とさずに、パソコンの前に座る。
東京渋谷に在るスナック「銀のCOIN」が聡子の勤め先。
二ヶ月前から水商売に足を染めて、今開いたパソコンで見るのは自分の持っている株の価格。
少しでもお金が欲しい聡子は、店に来た男性に勧められて買ったが、昨日から下落が始まり不安だった。
昼間も学校が終わると急いで夜のバイトの準備をして店に行くので、ゆっくりと確認出来るのは深夜に成ってからだった。
横浜の国立大学を卒業して有名大企業に勤めた筈だったのに、何処かで大きく歯車が狂った聡子はバイトと勉強に追われる毎日。
生まれは神奈川県の横須賀、子供の頃から勉強は良く出来て兄の孝一とは全く異なり、いつも成績はクラスでトップ。
反対に孝一は全く勉強が出来ずに、私立の大学に辛うじて入学した。
聡子に大きな人生の転機が訪れたのは、聡子大学二年生の冬だった。
兄は大学の三年生で就職も決まり、後一年と云う時に父治が病に倒れて入院をしてしまった。
余命一年のステージ四の大腸癌が発見されたのだ。
呑気な兄孝一は自分の就職が決まったので、後一年の大学生活を満喫しようと考えていた。
母の昭子は孝一の学費の工面、治の病院の費用とお金の捻出に苦労していた。
堂本家は一気に波乱の冬が始まってしまった。
聡子に相談する母昭子、癌保険が使えるが取り敢えずは立て替えで沢山のお金が必要に成る。
就職の決まった孝一に大学を諦めて欲しいとはとても言えない。
相談をされた聡子も昼間のバイトで書店の店員をしていたが、もう少し高額の給料を得られるバイトを捜す為、友人に相談をした。
渋谷のスナックを紹介されて働く事に成った。
インテリホステスとして人気に成って、特に外人客に得意の英語力が役だってママに喜ばれた。
だがお酒が不得意の聡子は、二ヶ月でスナック勤めに限界を感じ始めた。
株に少しのお金を増やそうと投資したが、無意味に終り決断を迫られる。
父の治は放射線治療と抗ガン剤治療で、外科的手術は行なわずに治療する事に成るが費用が沢山必要だった。
それから数年後の秋の早朝、
愛犬イチの鳴き声で目を覚ます美優。
寝ぼけ眼で「一平ちゃん!携帯が鳴っているわよ!起きて!事件よ!イチのあの鳴き方は間違い無いわ」
最近では携帯を台所の横に置いていて、その直ぐ隣の部屋にトイプードルのイチが寝ている。
ベッドで寝返りをして隣の美優に抱きつく一平。
「何しているの?」静岡県警捜査一課主任野平一平の自宅でのだらしない姿だ。
「キス」美優の身体を抱き寄せるが「一平!事件よ!起きて!」そう言って美優が飛び起きる。
「あっ!」驚いて再び布団に潜り込み服を捜す美優。
気が付けば全裸で眠っていた事をすっかり忘れていた。
昨夜一平が酔った勢いで、抱きついてきてそのまま愛し合って眠ってしまった二人。
「きゃーーー」衣服を捜していた美優が、一平の股間の物を触ってしまった。
朝早く元気溌剌の一平の股間に驚いてしまい「馬鹿!早く起きて!」と思い切り引っ張る。
「わーーー」の声と同時に飛び起きると「事件よ!」美優の声に漸く目覚める。
「携帯が鳴ったのか?」
「イチの鳴き声だと殺人事件だわ」
急いで支度をすると、既に同僚の伊藤純也が玄関先で待っていた。
同じマンションの一階上に住んでいるので、呼び出しの時はいつも伊藤が一平を誘いに来る。
「おはようございます!変死体ですが殺人事件の様です」
「被害者は?」
「東南物産常務、桂木洋三六十二歳です」
「身元が判っているのか?東南物産は大企業だな!そこの常務か?何処で発見されたのだ!」
「浜名湖の舘山寺温泉の近くです、浜松の警察では青酸性の毒物による自殺の可能性も有ると言っています」
「自殺の可能性って、動機が必要だろう?有るのか?」
「それは判りません」
車に乗り込み高速に入ると、話しを止めて眠ってしまう一平は、昨夜の疲れが今頃に成って出ていた。
その日の間に家族が浜松警察署に到着して涙の対面と成り、俊子は現物を見た事は無いのだが、洋三が若い時取引先で手に入れたと話した事が有ると言った。
夕方に成って娘の真悠子が自分の亭主小南義則とやって来た。
義則は東南物産大阪支店勤務で、妻の親父の死は今後の出世の妨げに成ると顔面蒼白でやって来た。
洋三にはもう一人息子の洋介が居るが、現在は東南物産中国支店に勤務しているので、今日には戻って来られなかった。
捜査員が現場の聞き込みを始めて、車はレンタカーで亡く成る前の日に静岡の新幹線乗り場近くで借りていた。
その時に同乗者は誰も居なくて、保険も一人分に成っているので、一人だろうと思われた。
だが翌々日次の事件が起って、静岡県警は大忙しに変貌してしまった。
熱海の梅林で中年の女性が同じく青酸性の毒物での変死体で発見されたのだ。
インテリ風俗嬢
46-02
翌日静岡県警に合同捜査本部が設置された。
理由は毒物が全く同じ成分の青酸性の毒物と判明したので、捜査本部が静岡県警に置かれ殺人事件に成った。
話しは数年前に戻って
聡子はお酒が飲めない事がスナック勤めに向かないと思い仰天の決心をして、風俗で働かなければ難しいと思い始める。
大学入学と同時に一人暮らしのマンションに住んでいたが、引き払い自宅に戻った。
そして家族にも友達にも内緒で、品川の風俗店に電話をすると直ぐに面接の日取りが決められた。
大学一年生の時、友人の知り合いの男性と付き合いその学生と初体験から、数回のSEXは体験していたので勇気を振り絞っての風俗挑戦に成った聡子。
顔は目を見張る程の美人では無いが、持ち前の頭の良さで相手に話しを合わせる事は上手だ。
(品川ゴールド)と呼ばれているデリヘルはチェーン店で系列店が多く、一度風俗に足を踏み入れたら六十歳まで働く事が出来る店舗構成に成っていた。
最近では若い女性が小遣い稼ぎの為に、数ヶ月の間仕事をして去る場合も多かった。
面接官の森繁は聡子を一目見ると、全くの素人娘だと判る。
話しをしていると、とても長い間この仕事が続けられる女性では無い事が理解出来た。
森繁は「半年でも真面目に働けば結構なお金に成りますよ」と不安を取り除く。
「私、全くの初めてなのですが働けますか?」
「当店は他店と異なり、オープンなチェーン店ですから、墨を入れた女性でも大丈夫ですし、全くの素人の方でも専門のスタッフが実地指導を行ないますから、大丈夫です!勿論本番行為は行ないませんので、安心して下さい」
パンフレットを見て「沢山お店が在るのですね、マッサージ店も?」
「はい、そのお店で働くにはマッサージの練習を約一ヶ月しなければ働けないので、堂本さんには時間的に難しいと思いますよ」
「はい、直ぐにお金が必要なのです」
「当店はその日に支払いますので、お客様から頂いた金額から車代を差し引いた金額の半分が堂本さんに支払われます」
「その日払いなのですか?」
「そうですよ、例えば五万の客三人なら半分の七万五千円が最終で支払われます、時々一日で合わないと辞める人も居ますが、その場合でも減額に成る事は有りません」
その日払いは聡子には最高に嬉しいシステムだ。
スナックを辞めたので、直ぐにでもお金が必要な聡子。
「もし働くなら、写真撮影をしてアップすれば明日からでも働けますよ」
聡子は今日思い切って働かなければ、二度とこの様な場所では働けないと「お願いします!」と言ってしまった。
「隣のスタジオで撮影するから、行って」マンションの隣の部屋に案内されると、カメラマンの男性と中年の叔母さんが「撮影ね、そうね!貴女ならこの清楚系の服が似合うよ!適当に写せば修正で綺麗に出来上がるし、知り合いが見ても判らない程変わるから、安心すれば良いわ」
簡易の衝立の奥で着替えると、自分では無い様な感じに成って撮影が行なわれる。
「次はこの下着で撮影だよ」女は白のレース柄の下着を差し出す。
驚き顔に成る聡子に「どうせ修正で殆ど元の姿は無いのだけれど、一応元を作らないとね」
そう言われて、恥ずかしそうに着替えるとポーズを要求されて、十枚程度の下着姿の撮影が終わった。
帰り道もう後戻りは出来ないと心に決めて横須賀の自宅に戻った。
相変わらず母は病院の付き添い、兄は何処かに行って留守。
勉強の遅れを取り戻す為に夜遅くまで机に向かい、深夜の二時に終わった。
翌日昼間は大学の授業に出て、夕方からデリヘルの事務所に向かい今日から客を。。。そう考えると気が重くなる。
彼氏以外で初めての男性の相手を出来るだろうか?その心配が頭を過ぎる。
事務所に行くと「名前はかつみちゃんにしよう」森繁が言った。
そして仕事の前に練習をしましょうと、今度は右隣のマンションに連れて行かれて、そこでテキストを見ながら実地練習が始まったが、恥ずかしそうに裸に成ると基本だけ教えるから、後は恥ずかしそうにしていたら男が勝手に遊ぶよ!と教えてくれた。
しばらく練習をして事務所に戻ると「今夜のお客は紳士的な赤木さんって人にしたから安心して、六十歳のおっさんだけれど、誰からも好かれている人だ」と言われてホテルにドライバーが送って行った。
名古屋から来た赤木は、本当に紳士的でお風呂に一緒に入って殆ど話をして二時間が終わる。
これで二万五千円貰えるなら簡単だと思う聡子は、風俗の仕事を甘く見て始めてしまった。
それでも働ける日にちは週に一度か二度、スナックよりもたった二日、目を瞑れば数万円から数十万円が稼げる。
特に赤木さんと、関西から来る北畠さん、東京の加山さんの三人は年齢も近くて紳士で、聡子が入ると必ず呼んでくれるのが加山だった。
赤木と北畠は遠方なので、月に一度だが加山は月に最低二度、多い時は三度も呼んでくれたのだ。
その為三人には気を許してしまう聡子は、自分が横須賀の出身で国立大学に通っていると話してしまった。
数ヶ月して父治の大腸癌の進行が止り、職場復帰が出来る状態に体調が戻った。
聡子は夜のバイトの時間を大きく減少させて、三人が呼んでくれる時だけ出勤する様に成り、今年で風俗の仕事を辞めて来年から就職活動をする事にした。
三人にはラインで話しをして、今年限りでもう会えませんと伝えて、最後の夜を三人三様で過した。
長い時間の加山は三時間以上、他の二人も三時間の時間を楽しく過した。
「良い大学卒業するから一流企業に勤めるのだろうな?」三人が同じ様な事を聞いた。
勿論上場企業で難関と言われている企業に就職したいと考えて、年が変わると聡子は企業説明会等々に積極的に参加して、四月からの四回生に成ったら直ぐに内定が貰える様に頑張ろうとした。
二月に会社訪問をした時、柳井工業と云う上場会社で、聡子に親切にしてくれた社員に一目惚れをしてしまう。
以外と彼、植野晴之も聡子に興味を持ち付き合いを始める事に成った。
年が変わって急に運が向いてきたと嬉しく成る。
去年の今頃は最悪の状況が、今年は父の病気も快方に向かい、就職活動も出来て彼氏も出来たと大喜びに成った。
青酸性の毒物
46-03
晴之は聡子に自分の会社には就職しないで欲しいと言い。
社内恋愛が聞こえると、直ぐに転勤をどちらかが銘じられると言った。
自分が風俗勤めていた事を悟られない様に注意して付き合い、身体の関係も中々許さない。
晴之も国立大卒の頭デッカチ女性だが、比較的美人でインテリの感じを表に出さない所が良いと思う。
簡単に誘いに乗らない事が興味をそそった。
晴之は私立大学で聡子の学校に比べると多少劣る事も二人の関係を親密にさせた。
付き合い始めて三ヶ月目のある日、レストランのテーブルに携帯を忘れてトイレに行った時に運悪く加山が電話を掛けてきた。
加山が一番多く聡子を呼んだので、聡子も加山には電話番号を教えていた。
他の二人にはメールアドレスのみを伝えている。
「加山さんって男の人から、電話が入っていたよ!」
その言葉に一瞬驚くが冷静を装うと「親戚のおじさんが何かしら?」と惚けた。
加山の叔父様と着信時に判る様にした事が、窮地に立たされた聡子。
その後の二人が少し変な空気に成った事を聡子は後悔した。
翌日メールで毎日の様に挨拶してくれる関西の北畠に、自分がメールする迄挨拶メールも送らないで下さいとお願いした。
何故と聞かれて、彼氏が出来たので困るのよ、また機会があれば自分の方から連絡しますと、事実上の決別を言った。
赤木には個人的に会いたいと再三誘われていたが、本番行為は嫌だから無理と断り続けていた。
そしてお付き合いをする男性が出来ましたので、もうメールも出来ませんと一方的に断った。
二人には何とか決別をしたが、問題は加山の存在だった。
赤木以上に定期的に会いたい、月に幾らかの小遣いを払うから考えて欲しいと、必要に迫られていた。
聡子は風俗のバイト中も一切本番行為は拒絶して、必要に迫る客には店に報告して出入り禁止にしますのと脅していた。
少しの間、家族の為に苦渋の決断で風俗のバイトをしていたので、どうしても自分に対して許す事が出来なかった。
三人の叔父様は優しくて、可愛がってくれたが一線は守ったのだ。
加山にも赤木と同じ様に話すと「彼氏と別れた時に例の件承諾して貰えるなら、ここは引こう!」とまるで晴之と別れるのを予想している様に言った。
「お父さん、前田機械だしな!」と話した事も無い父の会社の名前を言った。
電話を切られて、顔面から血の気が引くのを聡子は生まれて初めて知った。
何度か会う間に色々と話してしまった事を後悔したが既に遅い。
父に自分のバイトの話でも伝わったら大変な事に成る。
そう考えているとメールが届いて(聡子さんが約束を守れば、絶対に私も守ります!聡子さんが幸せならそれが一番だから、安心して下さい!彼氏と仲良く幸せに!)と書いて有った。
冗談とも本気とも思えるメールだが、その日を境に三人の叔父様からは、電話もメールも届かなく成った。
話しが戻って
梅林公園の死体、中年の女性以外には身元が判明する様な持ち物が全く無い。
死体の解剖で毒物が同じだと判明した以外には、桂木洋三との共通点は何も無かったが、青酸系の毒物が昭和三十年代のメッキ工場で使われていた品物だと判明したので、同一犯の犯行だと決まった。
「一平ちゃん!梅林公園の死体の身元が判明したの?」自宅に戻った一平を待ち兼ねて尋ねた。
「全く判らない!届け出も無い。服装は質素で桂木さんの家族に写真を見て貰ったが知らない人だった」
「服装が質素なら、桂木さんとは住む世界が違うわね、相手は大会社の重役さんだからね!」
「そうなのだよ、同じ場所で殺されていたらともかく、場所も全く違うからな!」
「モンタージュ公開まで、手掛かりが無い様な感じね」
美優は一平からの情報を元に推理をするのだが、今回は全く共通点が無いので偶然?とも思うが青酸性の毒物が昭和三十年代の物で、最近では全く無いし手に入らない。
桂木は缶コーヒーを飲んで、女性は缶の緑茶どちらも大手の自販機で販売されている。
「缶コーヒーとか、缶のお茶を近くで買ったのでしょう?殺害現場の近くで不審な人が買った形跡が無いの?」
「どちらも大手の自販機で、町中に有るよ!それに今の季節はホットもアイスも飲むからな」
「お茶はアイス用とホット用は違うわよ」
「そういえば、これはどちらだ!」写真を手帳に挟んだ中から、選び出して見せた。
「これはアイス用だわ!朝からアイスを飲むかな?朝は少し寒いのに!」
「そうだな!死亡推定時間は、夜の二時から五時の間だ」
「十月の下旬の夜明け前は、寒いから絶対にアイスを飲まないわ」
「でもこの茶は自販機専用の形なのだよ!」一平が頭を抱える。
「桂木さんの事件の目撃者は居ないの?」
「多分殺害現場は別の場所だと思う!」
「運転席に座って死んで居たけれど?運転して来た感じが少し変だった」
「それは一平ちゃんの感?」
「刑事の勘!」
「一度資料借りてきてよ!」
「えー、美優がまた首を突っ込むの?」
「静岡県警さんに任せておけないでしょう?犯人の頭の良さが見える様な感じがするからね!」
「東南物産って、何でも扱う総合商社で桂木さんは筆頭常務で、今年中には専務昇格は間違い無いと噂が有った様だ!」
「出世争いの殺人?」
「でも無い様だけど、敵も多いだろうと思う!」
「人間関係は?例えば女性関係?」
「特別な人は居なかった様だが、遊びは好きだった様だ」
「愛人とかは面倒くさいと思う人ね」」
その後も二人の話は夜中まで続いた。
捜査会議
46-04
数週間後、ラブホテル等のベットメイキングを請け負う会社、ニシジマから二ヶ月前迄登録していた女性に特徴が似ていると同僚からの申し出で、静岡県警に問い合わせが来た。
ニシジマは静岡県から神奈川県のラブホテルを中心に、数多くのベッドメイキングと清掃の契約をしている。
女性の名前は、足立伸子五十六歳だと連絡が有り、履歴書の写真をメールで送って貰い確認すると、多分同一人物だと会社の人事の人と同僚、松原綾子に県警に出頭して貰う事に成った。
二ヶ月前に突然辞めたが、住まいは会社の寮での一人暮し、元の住所は兵庫県朝来市に成っていた。
綾子の話では、三カ月ほど前に仕事先で面白い物を拾ったと話していたが、それが何かを聞いても教えて貰えなかったと証言した。
ラブホテルで何かを手に入れて、強請を始めたので殺されたと捜査本部の意見は一致した。
横溝捜査一課長は、早速桂木が誰かに強請られていた事実が無かったかを調べる事に成った。
「それは変よ!強請られていた人が桂木さんなら、先に殺されて強請の本人が後からは殺されないでしょう?」
美優が帰宅して捜査本部の話をすると、暫く考えて言った。
「そうだよな!じゃあもう一人の同伴の人間が一緒に強請られていた」
「それも変よ!もし桂木さんと誰かが一緒に強請られていたら、二人で力を合わせて伸子さんを殺す事はあっても、強請の本人と一緒に桂木さんを殺さないわ!」
「三角関係?」一平が言うと「あのおばさんを桂木さんが???」そう言って大笑いをした美優。
ラブホテルで客が何かを忘れた物を拾った伸子が、強請ったのは間違い無いと二人の意見は一致した。
その後も、では何を拾った?ラブホテルで客が一番困るのは?身分の判る事と一緒に行った相手に何か問題が有る時だ。
伸子が桂木さんの身分を知り脅したら、相手が有名な女性の場合は成り立つ!美優は一平が寝て高鼾の間も様々な事を考えていた。
缶コーヒーとアイスの自販機専用のお茶で青酸性の毒物を飲んで亡くなった。
青酸性の毒物は桂木さんが若い時に手に入れて持っていた物で、間違い無いのだろうか?
その後レンタカー会社を調べていた白石刑事達が、桂木さんが他の会社でも二度この数ヶ月の間に借りている事実を突き止めた。
だがどの場合も一人で、借りているので同乗者の姿は確認出来ない。
土曜日の昼から借りて日曜日の午後には返却している。
走行距離は五時間から六時間で、高速を走るともう少し広範囲に成る。
「他の場所でも借りている可能性も有るから、他県でも調べてくれ」佐山は神奈川県、山梨県とか東京から一泊旅行に行く場所に足跡が残ると考えた。
会社からの仕事では無さそうで、総てプライベートの行動に成っていたが、自宅では仕事だと妻には伝えていた。
妻俊子の話では、過去にも会社の内密の商談、接待と結構闇の部分の仕事を休日に行なっていたので、どの日が仕事なのか?プライベートか判らないと証言した。
最近では殆どお互いが会話も無くて、妻は韓国の俳優にのめり込み、家庭の事は家政婦に任せている状況だ。
捜査本部の報告で、桂木常務の私生活を紹介すると、仕事関係でも敵が多かった可能性も有ると横溝捜査一課長がもう少し広範囲に捜査する様に指示をした。
足立伸子と桂木常務の接点は全く無く、可能性が有るのは桂木常務がラブホテルを利用した時、何か大事な物を忘れて伸子の手に渡り脅迫された。
しかし、それが何処のホテルで日時は?伸子が担当した二ヶ月から三ヶ月前のリストを会社から貰い調べ始めたと報告した。
七月から八月には確かに桂木常務はレンタカーを借りて、静岡駅を出ている。
その日は松原綾子と一緒で、静岡市内のラブホを中心に五軒に行ったが、変わった事は全く無かったと証言した。
同日の桂木のレンタカーの走行距離は、伊豆半島に行く程の距離を走っていると記録に残り静岡市内で何かをラブホテルで忘れたとは思えなかった。
捜査会議で佐山が「もしも足立伸子が桂木常務の何かを掴んで、強請ったとして強請った女性が殺されるのは考えられるが、強請られた常務が先に殺されて、二日後に強請った女性が殺されるのは考えられません」
「殺された当日梅林公園の近くで、女性の姿を見た新聞配達員が居ましたので、間違い無いと思われます」伊藤刑事が裏付けで報告した。
「それは三時半頃で、販売店に向かう時に見たそうです」と付け加えた。
伊藤刑事は住田、近藤、女性刑事の小寺沙紀と四人で、殺害現場の梅林公園周辺の聞き込みを担当していた。
一平は白石刑事と桂木のレンタカーの調査に、他の会社、他の駅を捜していた。
その一平が「今のところ、静岡駅の新幹線側のレンタカー以外桂木さんが借りた車は見つかって居ません」と報告した。
だが、範囲を広げると膨大な件数に成るので、引き続き調査をする事に成った。
横溝捜査一課長が「この事件は、同じ青酸性の毒物が使われ、昭和三十年代にはメッキ工場で頻繁に使われていた物で、現在では入手困難だから桂木常務が昔手に入れた物だろうと思われるが、決めつける事は良くない。もう少し目撃情報を聞き込んで欲しい」と締めくくり会議が終わった。
自宅に帰ると待ちかねた様に美優が「足立伸子さんって小柄な女性よね!」いきなり尋ねる。
「そうだ百五十センチで細身、小さい女性だけれど?」
「それなら女性でも殺せるわね!」美優は一日中色々な事を想定して考えていた。
「今日目撃情報が発表されて、新聞配達員が会社に向かう前に梅林公園で彼女を見たそうだよ!三時半頃だって」
「その時間の後に殺されたのね!でも真っ暗でしょう?その時間!」
「足立さんが殺された場所は街灯が無かったけれど、少し場所を移動すれば街灯の明かりが在るからな」
「死亡推定時刻が二時から五時だから当てはまるわね、逆なら直ぐに解決だけれどね、脅迫された桂木さんが先に殺されているから、本当に桂木さんと足立さん関係有るのかな?」
流石の美優も疑いの目で見てしまう動機が判らない事件に成っていた。
遊びの記録
46-05
足立伸子が仕事に行ったラブホの監視カメラの画像を取り寄せて、二ヶ月前の桂木常務がレンタカーを借りた日にちを重点的に解析する県警。
五軒のラブホに入る車を根気よく調べたが、該当のレンタカーが入った形跡は無く、レンタカーとラブホ、そして足立伸子が結びつく事は無かった。
白石と一平のレンタカーを借りた店舗探しも、全く他では無く系列店舗にも桂木常務の借りた形跡は無かった。
「これ本当に同じ犯人の殺人なのかな?」自宅に疲れて戻った一平が美優に尋ねた。
「青酸性の毒物が全く同じだから、同一犯だと思うけれど動機が浮かばないのよ、桂木常務の連れが犯人だとしても、二人を殺す理由が無いでしょう?」
「我々の捜査はラブホで捜しているが、本当に桂木常務が女性と一緒に泊まって何か重要な物を落として、足立伸子が脅迫したのだろうか?」
「でも足立さんの口座にお金が百万入った形跡が有るのでしょう?」
「でも桂木常務の口座を調べたが、その時期に百万を使った形跡は無いのだ」
「じゃあ、別の人が百万を払ったのね!桂木常務以外の人の何かを拾った?でも殺されたのは同じ毒物!」
「二人に接点も面識も全く無い」そう言って溜息が出る美優と一平。
翌日の捜査会議で横溝捜査一課長は、桂木常務と足立伸子の行動をもう少し深く掘り下げて調べて見ようと発表して、佐山をリーダーにした足立伸子、一平をリーダーに桂木常務を調べる事に成った。
その後二人の携帯の記録を調べると、足立伸子の携帯に桂木常務の電話番号も無いし、逆の桂木常務の携帯にも足立の番号は存在していない事も検証済みだ。
勿論メールの記録も二人の間には存在していない。
二人を結び付けるのは、ただ一点同じ毒物で殺されている事だけだった。
県警はこの時から二人を殺す動機が有る人物を想定して、捜査を始める事に変更をした。
桂木常務の通話記録には、取引先、会社の事務員、家族、知人と多種多様で、勿論非通知の履歴も多い、流石に大企業の常務だと通話記録の検証にも時間を要した。
足立伸子の通話記録は簡素な物で、勤め先、家族、友人、非通知の着信が事件前後に何本か入っているので、これが犯人からの連絡だと思われた。
警察で調べた結果非通知の電話はレンタル携帯の番号、借りた主は外国人で既に海外に帰国している。
レンタル会社には、紛失届けが出されて保険処理されて終り、通話記録からの犯人の割り出しは無理だった。
桂木常務の非通知は、飲食店関係の電話番号で、盗難のレンタル携帯とは異なっていた。
自宅に戻った一平が美優に捜査状況を説明して、携帯の話しを始めた。
「犯人は相当頭の良い人ね、携帯電話も外国人が借りている物を使うって考えたわね」
「でも簡単に盗まれる外人も間抜けだな」一平は人事の様に言って笑う。
「桂木常務さんに成ると、電話の本数も多いでしょう?」
「それで分析に時間が相当掛って、明日本社に遺品の調査に行く予定だ」
「家族が持ち帰ったのでしょう?」
「個人的な物がロッカーに置いて在って、殆どが名刺らしい、奥さんは廃棄してくれと言ったらしいが、掃除会社の人が事件に関連する物が在るかも知れないと気転を効かせて連絡をくれたのだ」
「ロッカーの中ならもしかして、犯人の目が届かない物も入っているかも知れないわね」
「お酒も好きだと聞いていたので結構遊びの方もお盛んだと思うけれどな、金も地位も有るから、夜の街に出掛ける事も多かったと思うが、殆ど名刺等も無かったので不思議に思っていたのだ」
翌日清掃会社に行くと、ミカン箱に一杯近い名刺が一平の目の前に差し出されて「これだけ在るのですか?」一平は目を丸くした。
「でも、会社関係の物は全く在りませんよ、飲食関係の物が殆どですね」
「とにかく頂いて帰ります」白石刑事が段ボール箱を抱えて持ち帰る。
車に乗り込むと、一平が早速箱から名刺のプラスチックケースをひとつ取り出して、調べ始める。
「これは総て外国の名刺だ」そう言って驚くが何が書かれているか判らない。
他のケースを捜して取り出すと「これは料理屋の?これは旅館?凄い!自分が行った場所総てか?」
そう言って驚くと、白石が「遊びの範囲がこれで判りますが、相当古い物も在るので区別が大変ですよ」
「この中に事件のヒントが在れば助かるが、それにしてもこれだけの店でお金を使ったのだろう?気が変に成る金額だな」
二人は呆れて清掃会社を後にした。
翌日から手分けして、名刺の分析を始める。
パソコンに名刺の名前とか住所を打ち込んで、調べ始めるが「この店は在りませんね」
「この店も存在しません」と小寺刑事も白石刑事も次々と口走る。
「約四十年間の名刺をよく保管していたな」一平もその量の多さに驚き、海外の名刺を別けて、国内の名刺に的を絞る。
しばらくして「このケースは風俗の女性の名刺ですよ!」白石が驚いて一平に言う。
「これもです、これも」次々と風俗の名刺が出て来て「あのおっさん好き者だったのか?」一平が呆れて言う。
早速店の名前を打ち込むが「この店無いです、これも在りません」次々と存在していない店が大半だった。
「飲食店でも存在しない店が多いから、風俗なら尚更だろうな」
一日中調べても半分程度しか調べられない。
四人は疲れ果てて、初日の調査を終わった。
自宅に戻った一平に「何か新しい物見つかった?」興味津々で尋ねる美優。
「古い物だらけで、親父さんの遊びの範囲の広さに驚いたよ」
「風俗の名刺が沢山出て来た!でも殆どの店は存在しなかった!」
「何故?判るの?美優の恐い所だよな!見てないのに判る!」
「一流の商社マンは遊びも凄いって聞いたわ、それと遊んだ記録は残しているらしいわ、後々商売に結び付く事が有るらしいわ」
美優の話を呆れて聞いている一平は、何処でその様な事を調べたのか?不思議な顔で見ていた。
恋人
46-06
「一平ちゃん、その名刺の束終わったら持って来て、私も調べて見たいわ」
「えー、あの箱を持って帰るの?」
「何かが判るかも知れないでしょう?過去にも私が見つけて解決した事件が沢山有ったでしょう?」
「はい、はい、迷探偵美優様には何度も助けて頂いて居ます」
一方の足立伸子を調べていた佐山にも翌日動きが有った。
携帯の中に有った電話番号の主を調べていると、山中志津と云う伸子の昔の同級生が「志津久しぶりに旅行に行こう」と電話をしてきたと言う。
それで「何処に行くのよ!」と尋ねると「九州に行こう別府から湯布院二泊三日は?」
「結構お金が必用ね!」と言うと「お金は私が出して上げるわ」
「どうしたの?お金出して貰えるのは嬉しいけれど、貴女もベットメイキングで細やかな収入でしょう?悪いわ」と言うと「面白い物を拾ったのよ!持ち主に渡すと大金が貰えるのよ!だから九州位おごるわよ!」と言ったと話した。
「何故その様な大事な事を警察に言わなかった?」
「面倒くさいわ、態々聞かれていないのに話しに行く程暇じゃ無いのよ」志津は佐山が来たから仕方無く喋ったと言った。
この証言で、仕事でラブホに行った時に何かを拾い、お金を貰った事は間違い無いと裏付けられた。
だが相手が桂木常務だとの証言は無いので、依然二人の接点は殺し方の一致だけだった。
一平達の桂木常務が持っていた名刺のチェックは三日間で漸く終了、明日から今も存在する店を中心に聞き込みを始める予定だが、海外と地方の店は取り敢えず対象外にして、静岡県内と東京都区内の店に聞き込みに行く予定に成った。
夜に成って一平が段ボール箱を持ち帰ると、待ちかねた様に美優が調べ始める。
「凄い量だわね、これが今も存在する店ね、四分の一以下だわ」
「それだけ過酷なのだろう?風俗の名刺はもっと少ない」
「この常務風俗も好きだったのかな?」
「接待で使ったのかも知れないな!昔はその様な接待が横行していたからな」
「でも本人も好き者かも知れないわよ」
「それを明日から聞き込みする」
「そんな手間かけなくても、この名刺の人が今も健在の店だけにすれば半分以下に成るわよ!だって名刺の人が既に居ないのは、名刺が古いから今回の殺しとは関係が無いと思うわ!」
「あっ、そうか店が存在しても、本人が居なければもう名刺が古いって事だな」
翌日一平が出掛けると、美優は名刺を分類仕始める。
地域、業種、現存するかで分類して、机一杯に広げて調べる美優。
しばらくして「この人女性が好きなのが現れているわね」独り言を言った。
海外の名刺もその様な関係が多いのだろうと、少し調べて見ると予想通りで、中国では十五年程前のカラオケの名刺が多く接待か、自分の遊びか判らない程の名刺の束だった。
美優は仕分けをしながら、最近の名刺が極端に少ない事に気が付く。
これだけ遊んでいる人が、この二、三年風俗の名刺が全く無いと言っても過言では無い。
美優が名刺で女の子の名前を捜すが、該当する女性が殆ど在籍していない事に不思議さを感じた。
一平達は店の存在を確認して、今も存在している店に焦点を絞って聞き込みに行くと話していたが、美優は店の存在よりも在籍の女性に違和感を持った。
考えられる事は、最近は使う事が無く成ったか、最近の名刺を処分したか?
これだけ遊んでいる人が急に辞めるだろうか?の疑問が頭の片隅に残った。
翌日一平達が手分けをして聞き込みに行くと、美優の調べた通りで、何処の店でも「随分昔の女性の名刺ですね、数年前に辞めていますよ」
「その女性は今居たらもう四十歳を越えていますよ」と応対した店員が笑う様な店が殆どだった。
「沢山の名刺を分析したが無駄に成った様だな」
署に戻った一平達は、疲れが倍増した気分に成っていた。
「殺される動機が全く見当たらないな」
「足立伸子は殺されたのは脅迫だから、動機が有るけれど桂木常務が殺された理由が全く判らない」
「本当に桂木常務を足立伸子が脅迫していたのかな?」
「桂木常務が足立伸子を殺害していたのなら、図式は明快なのだけれど、逆で尚更二日前に死んでいるからな」
深夜の県警で語り合う一平達は事件の真実が益々判らなく成っていた。
過去の話しに戻って
植野晴之の進言で、聡子は柳井工業への就職活動は自粛して、晴之との交際を本気で考えていた。
父治の大腸癌は進行が止って大きく成らなく成ったて仕事に復帰、排泄の時の不便さが付きまとうが、それ以外は健常者と全く同じ生活が出来る様に戻った。
戻った前田機械の職場も気を使い治に身体の負担が少ない部署への配属を決めてくれて、病院に行く時間も優遇される様に成っていた。
「病気に成って、会社の対応が大きく変わって、嬉しいよ!会社の態度が変わったよ」自宅で食事の時に嬉しそうに話す治。
母の昭子も普通の生活に戻り、呑気な孝一も四月から中小企業だが就職が決まって働き始めている。
癌保険の支給で家計も潤い、昭子も平穏な日々で娘聡子が風俗で働いて家計を助けてくれた事なぞ全く知らずに明るく成っていた。
当の聡子も四回生に成って、本格的に就職活動を行ない毎日の様に企業説明会、企業訪問を行っている。
勿論その合間には柳井工業の晴之とのデートも含まれているので明るい。
意外な転勤
46-07
そんな時、二人は我慢出来なく男女の関係に進んでしまう、聡子は風俗で半年も働いたその方面ではプロ。
一方の晴之は以外と女性経験が少なくぎこちない、でもここで自分の知識を発揮すると危険だと初心を装う聡子。
その結果二人の初体験は、晴之の心を射止める。
しばらくして「聡子が就職して暫くしたら、結婚しよう」と晴之が三度目のSEXが終わった時に告白してしまった。
聡子がその気になってしまい、風俗嬢のテクニックを少し披露した様な大胆な事をした事が、晴之には自分の事が大変好きに成って無理をしていると解釈をしてしまったのだ。
二人の交際が進む中、聡子は一流企業への就職に成功。
家族も驚く企業への就職が内定、恋人晴之は学校も職場も負けたけれど立派だと褒め称えた。
就職が決まって、元の地味な書店でのバイトをしながら、晴之とデートを楽しむ穏やかな日々が半年以上続いた。
父の治も仕事が楽に成り、家族が最高に幸せな日々に平和を感じていた。
勿論聡子の脳裏に(品川ゴールド)での悪夢は完全に消えて、晴之とのデートを楽しむ普通の大学生を満喫していた。
しかし、翌年の二月に成って突然晴之に中国上海支店への転勤が発令されて悩むが、一応は主任への栄転なので、渋々受け入れる事にする。
上司の話では二年間で本社に戻す、その時は係長の椅子が待っているかも知れないと煽てられる。
「聡子が就職すると同時に、俺は上海だ!年に一、二度しか会えないが我慢してくれるか?」
「出世の為でしょう?私も二年間位は仕事に戸惑うわ、だから晴之が戻って来る頃までには落ち着いていると思う!だから安心して!」
「戻って来て係長に成ったら、結婚しよう」
「嬉しいわ」
二人は晴之が出発する三月二十日まで、時間が許す限りデートを楽しんだ。
話しが戻って
佐山達のグループが、足立伸子が友人に「ボイスレコーダーって面白いわね、使い方が色々有るのね」と話していたと聞き込みをしてきたので、捜査会議が開かれた。
その話を聞いた友人は最初、伸子が仕事先でボイスレコーダーをセットして、男女の営みを録音して楽しんでいるのだと思ったが、よくよく話しを聞いて違う事が判ったと言う。
それは客が自分で盗み撮りをして、楽しむか?脅迫をしていたのでは?と伸子が話したと言う。
佐山は伸子が拾った物がボイスレコーダーでは無いか?それをネタに強請って百万を手に入れたが二度目の強請で殺害されてしまったと推理した。
「強請った相手が偶然にも桂木常務にも恨みを持っている人物だったのか?」
「青酸性の毒物も偶然昭和三十年代の物が使われた、桂木常務が過去に持っていた物では無いのだよ!偶然が重なったから、混同してしまったのだな」
「この事件は全く異なる人物で桂木常務では無い真犯人を、足立伸子がボイスレコーダーから強請ったのだよ」
「ボイスレコーダーの持ち主は、先ず桂木常務を殺害して、強請っていた伸子も殺害した」
「女か?」
「判りませんが、ボイスレコーダーの内容がお金を渡す程の内容だったのでしょう?」
「ボイスレコーダーの持ち主をAとすれば、Aは日頃から桂木常務を付け狙っていたのでは?」
「ラブホテルに忘れたのは桂木常務で、その同伴者が二人を殺害したとは考えられないか?」横溝捜査一課長が尋ねた。
拾った物がボイスレコーダーと判明したが、それを見た友人も同僚も居ない。
内容が男女の営みだとすれば、殺す程の内容って何なのだ?それも相手の男性が桂木常務だと考えると尚更不自然な事だった。
一平は自宅に帰ると会議の内容を美優に伝えて、知恵を借り様としていた。
それ程捜査が行き詰まり、進展が無かったのだ。
「私ね、先日の名刺の事で調べて欲しい事が有るのよ」
「あの古い名刺は役に立たなかったよ!くたびれ儲けの典型だよ」
「それでね、あの名刺は掃除会社以外に見た人が居ると思うのよ!その人が名刺の新しい物を別の場所に持って行ったのではないかと思うのよ」
「えー、それで新しい物が無かったのか?何故?」
「それは支障が有るか?犯人かも知れないわ!」
「何!犯人!社内に犯人が居るのか?」一平の声が大きく成る。
「美加が起きるでしょう」そう言って口に指を持って行く美優。
「最近行くお店は後任が使うからかも知れないわ、でも犯人の可能性も少なく無いわね」
「よし、明日東南物産の本社に乗り込むか!」
そう言った後は、急に事件の解決に目処が付いたと安心したのか、美優の身体を求める一平。
久しぶりにトイプードルのイチの泣き声が変わった夜に成った。
翌日東京に向かう一平と伊藤刑事、東南物産の本社は東京駅の目の前丸の内で、見上げると首が痛くなる程の高層ビルだ。
受付で、亡く成った桂木常務の名刺の事を伝えると、秘書課が管理していると連絡をした。
「三十五階で秘書課長の山口が伺います」と受付に言われてエレベーターに向かう二人。
「場違いを感じますね!」エレベーターに乗り込むと伊藤が小声で言う。
「こんな大きな会社の筆頭常務だ!色々秘密も有るだろう」
少し話していると直ぐに到着して、社内案内の電話から山口課長を呼び出した。
しばらくして、若い女性が応接室に二人を案内した。
「流石ですね、美人が多いですね」伊藤が小声で言うと「お前の奥さんに勝る美人は中々居ないよ」そう言うと頭を掻く伊藤。
ノックの音が聞えて「私が秘書課長の山口です」と四十過ぎのスタイルの良い女性が名刺を差し出した。
一平が清掃会社の話しをして、新しい名刺が在ると思うのですが、見せて貰えませんか?と頼むと「どの名刺が亡く成った桂木常務の物か判りません」と簡単に断られて「接待等で使うお店も多く、どうしても見せろと仰るならしかるべき手続きをお願いします」と毅然とした態度に成った。
「それは令状と言う意味ですか?」と言うと肯きながら微笑む。
強請
46-08
「それでは他の質問をさせて頂きます」
「桂木常務さんには秘書の方はいらっしゃいましたか?」
「勿論です!二名の秘書が常務には就いておりました」
「その方は今いらっしゃいますか?お目にかかりたいのですが?」
「宜しいですよ、呼びましょうか?確か一人は有給で居りませんが、もう一人は居ますので呼びましょう」
内線で呼び出すと、しばらくして「彼が先日まで桂木の秘書をしていました小塚です」と紹介をする。
美人の女性を想像していた二人は面食らった顔をして、お辞儀をした。
「小塚敬一です、よろしくお願いします」と名刺を差し出した。
小塚に色々尋ねるが、優等生の答えしか返って来ない。
「ひとつだけ教えて貰えないかな?」
「何でしょう?」
「桂木常務が亡くなる前まで行き着けだったスナックか、居酒屋を一軒だけ教えて下さい、常務の性格と云うか、夜の行動のヒントに成ればと思いましてね」
一平の言葉に手帳を開いて調べると、山口課長に確認して「銀座の居酒屋で、野々村って店ではよく一人で行かれていました」と答えた。
多分支障の無い居酒屋なのだろうが、全く判らないよりは手がかりに成ると思って手帳に書き留めて、結局これ以上は捜査令状を持って再び訪れなければ、名刺を見る事は先ず不可能だと諦める二人。
自宅に戻った一平が美優に子細を話すと「ボイスレコーダーには相当大変な事が録音されていた可能性が有るね」
「ラブホテルの会話?」
「馬鹿ね、その様な事では無いわ、汚職とか贈収賄関係の会話が、入っていたのよ!でもそれは桂木常務がボイスレコーダーの持ち主だと仮定の話よ」
「そうか!」
「でもかなりの確率で、桂木常務のボイスレコーダーの可能性が出て来たわね」
美優の頭の中に或る仮説が出来上がりつつ有ったが、判らないのは桂木常務が殺された事が繋がらないのだ。
桂木常務のボイスレコーダーを拾った足立伸子が強請る事は判るし、殺される可能性も充分有る。
だが逆に桂木常務はボイスレコーダーを取り戻す迄は、必死に成る筈だ。
それが先に殺される事は辻褄が合わないのだ。
「足立伸子の後ろに誰か変な人物の姿は見えないの?」急に尋ねる美優。
「佐山さんが担当だけど、その様な話しは一度も聞かなかったな」
「ここに誰かの存在が見えればその人が犯人なのだけれど、単独行動なら益々判らない」
「明日美優の推理を佐山さんに話してみるよ」
「一人で強請るとは考え難いのだけれどね」
「近日中に野々村に聞き込みに行くよ!多分何も判らないと思うけれどね」
「私も一度その銀座の野々村って料理屋さんに連れて行ってよ」
「えー、銀座に行くのか?」
「そうよ、刑事としてでは無く客として、経費は県警持ちで」そう言って笑う美優。
翌日横溝捜査一課長に報告すると意外に「美優さんが行きたいと言うなら、脈が有るかも知れないな!刑事の聞き込みでは判らない事を探り出すかも知れない!」捜査の行き詰まりに困っていた横溝捜査一課長は美優の銀座行きを許可した。
東南物産秘書課に対する家宅捜査は、基本的に管轄外で警視庁にお伺いをしなければ成らないので、断念をする横溝捜査一課長。
美優が話した足立伸子の後ろに誰か居ないのか?には、佐山が今の処その様な人は見当たらないが、美優さんが言うなら未だこれから登場するのかも知れないと言った。
その予想は見事的中していたが、強請る本人が殺されてしまい困惑していたのだ。
足立伸子が相談した相手が木南信治で、木南はボイスレコーダーの記録をパソコンに落として持っていた。
脅した人も脅された人も殺されてしまって、警察が伸子の近辺を聞き込みで廻るので、警察に持って行こうかと思ったが、お金に成らないと思い暫く様子を見ていたのだ。
唯、誰かを脅すと自分も殺されてしまう危険が有るので、迂闊に名乗り出る事が出来ない。
マスコミの報道を見る限り、ボイスレコーダーが警察の手に渡った形跡も無い。
では誰が二人を殺したのか?それは木南には想像も出来ない事だった。
足立伸子がボイスレコーダーで東南物産の桂木を脅したのは確かだが、彼女が桂木常務を殺す筈は無い。
桂木常務を脅して、殺される事は充分考えられるが、逆は考え難い。
木南は自分の持っているデータがお金に成る事は充分判っているが、誰に言えばお金が貰えて身の安全を確保出来るのかが、判らなかった。
でも誰にも相談できない恐怖が、木南には絶えず付きまとっていた。
食べ物、飲み物には人一倍神経を使い危険を感じながら生活をしていた。
伸子が自分の事を少しでも犯人に喋っていたら、自分も命を狙われるからだ。
でもお金も欲しい、そのジレンマもピークに差し掛かっていた。
数日後「世間が驚く様な情報が有るのだけれど、お宅の新聞社は幾ら出す?」
毎朝新聞に電話をした木南。
「情報の内容に寄りまして買い取りますが?どの様な事ですか?」
「それはお金を貰わないと言えないな、大手の商社と政治家の裏取引だとでも言えばどうだ!」
「それだけでは買い取れません」
「それじゃ、別の新聞社にあたるよ」
木南は自分がお金を貰うのと、届ける為には東京の本社では遠いので、地元の静岡の支社に電話をしたのだ。
同じ電話を今度は東邦日報新聞社にもした。
だが、どちらも同じ返答で買い取りの意志を示さないので、苛々して電話を切った。
静岡に支社を持っているのはこの二社のみで、他には大手の新聞社は存在していなかった。
東邦日報の松永支店長は、この話を静岡県警の佐山に連絡をしてきた。
桂木常務の行動?
46-09
「松永さん、大手商社と政治家と言ったのですか?」
「この手の話しはガセネタが多いですから、信用はしていませんがね、大手商社が気に成ったので連絡をしました」
「連絡先は聞きましたか?」
「それが、電話を切ってから、大手商社を思い出したので、聞きそびれてしまいました」
「また掛るかも知れませんので、その時は取引をすると話して下さい」
そう言って電話を切った佐山が、今更ながら美優の洞察力と推理に呆れてしまい、直ぐに連絡をした。
美優は「その人危ないですね、新聞社で相手にされなければ本丸に切り込む可能性も有りますね」
「東南物産?政治家?」
「政治家の名前が判れば早いのですが、中々判らないなら商社にですよ」
「この事件変な方向に動き出したな!ラブホテルの盗聴では無かった様だな」
もしかして、桂木常務が度々静岡に来ているのは、政治家?電話が終わってから急に思いつく美優。
桂木常務が静岡に来るのは、女性なら静岡の女性だが、地位も金も有る男が態々会いに来ない。
美優は静岡選出の政治家?その為に何度か静岡にやって来たのだ。
だが桂木常務は女性も好きで、静岡近辺のラブホテルに入った時にボイスレコーダーを忘れたのか?
レンタカーを借りたのは?重い物の移動?場所を特定されない為?複数の場所に行く為?
色々考えながら、静岡選出の政治家のリストをパソコンで捜し始める。
「十五人か?現役とは限らなければ膨大な人数だわ」思わず口走る美優。
その日からパソコンで、桂木常務と関係の有りそうな国会議員を捜す日々が続くが、決め手は何も無い。
国会議員とは限らないが、地方議員より国会議員が優先だろう?
数日後一平が「銀座に行く日が決まったぞ!明後日だ」と帰るといきなり言った。
横溝捜査一課長も事件の進展に苛々が増加して、何か糸口を見つけたい気持ちが先に成っていた。
新聞社にもその後は全く電話が無く、佐山も次の一手が何処に行くのか?政治家の名前が判っていたら脅迫?だが二人も殺されているので、簡単には脅迫は出来ないだろうと思う。
「美優!ボイスレコーダーの持ち主は、桂木常務で間違い無いと思うか?」
「多分間違いないと思うわ、多分新型のボイスレコーダーで操作方法を間違えたのだと思う、ラブホで女性と遊んだ時に使って、そのままベッドの隙間に忘れてしまった。それを足立伸子が手に入れて脅迫したって感じかな?」
「以前政治家との話を録音して、消えていると思っていた!」
「多分録音された政治家はその事実を知らないと思うけれど、桂木常務が殺されてから多少は恐怖を感じていると思うわ」
「桂木常務はラブホで誰と遊んだと思う?」
「何処のラブホか判らないけれど、警察が調べた中には該当の風俗が無いのでしょう?それならプロでは無い可能性が高いわ!ひとり静岡選出の国会議員で独身女性が居るのだけれど、まさか彼と。。。。。」流石の美優も言葉が止る。
「あっ、柏崎由希子か?確かまだ三十台半ばだよな」
「唯、彼女にそれ程の政治的な力が有るとは考えられないし、桂木常務と男女の関係に成るとは思えないわ、芸能界に居たから人気は有るけれどね」
「でも一度調べてみる価値は有りそうだな!」
「美優、その頭は?」東京に行く前日の夜帰ると、綺麗にセットされたショートボブにしているので、驚いて言った。
「だって、久しぶりの東京で、銀座に行くのよ!お。と。ま。りだしね!ほらこの服もに合うでしょう」そう言ってハンガーに吊した新品の洋服をぶら下げて来る。
「えーー、服も買ったのか?」
「美加はお母さんが面倒をみて下さるし、羽を伸ばさないと!」上機嫌の美優。
「おいおい、事件の為に行くのだぞ!物見遊山では無いぞ!」
「貴方が肩身を狭くしないで良いでしょう?」
「どう言う意味だ!」
「美人の奥様を連れて銀座に行けるから、素敵でしょう?きっと羨ましい目で見られるわよ!」その言葉に呆れていると抱きついて来る美優。
翌日昼過ぎの新幹線で、着飾った美優が一平と東京に向かう。
着飾ると美人の美優を振り返って見る人も居る程で、一緒に歩く一平も悪い気はしていない。
「野々村には五時過ぎに行くのよね、デパートに買い物に付き合ってよ」
「観光に行くのでは無いのだよ!これも税金だよ!」
「馬鹿ね、私の給料出て無いのよ!少し位自由に使っても罰は当たらないわ」
東京に着くと美優は一平と腕を組んで歩いて、楽しんでいる。
ホテルに荷物を置いて、デパートに買い物に行って、夕方新橋駅から徒歩で(野々村)に向かった。
予想よりも大きい大衆向けの居酒屋で、板前が数人対面に陣取り、寿司、刺身、焼き物、煮物の注文を聞く。
「綺麗な奥さんですね!」座ると目の前の四十代の板前が笑顔で二人に話しかけた。
微笑みながら「ありがとうございます」と言うと「また、笑顔がたまらないね!こんな別嬪さんと毎日一緒に居られる御主人は幸せ者だ!飲み物は何しましょう?」
煽てられて照れ笑いの一平が「ビール下さい」と言う。
店内は時間が早いので空席が目立ち、話しを聞くには絶好の時間だった。
しばらくして美優が「ここによく来ていた東南物産の人、先日殺されましたよね」と切り出した。
「奥さん桂木さんの知り合いなの?大変だったね」
「この店にはよく来られていましたか?」
「そうだな、東京に居る時の二割は来られていましたよ」
「私達、静岡から来たのですが。。。。」と言いかけると「常務さんの静岡の知り合いの方かね」
と勝手な想像で言われてしまった。
銀座探訪
46-010
ビールを飲み始めて、美優が板前にも勧める。
「常務が静岡によく行くのは奥さんに会う為だったのか?」
「そんなに何度も行かれていたのですか?」
「そうだね、去年から今年は数多く行ったと思うよ!毎回は会わなかっただろうが、奥さんは常務の好みに間違い無い!」
「えー、私がですか?その様な事は一度も聞いた事有りませんよ!」
「旦那様がいらっしゃるからでしょうが、独身なら確実に口説かれていますよ」
「えー、何度も会ったのにその様な感じはしませんでしたわ、今回自宅にお邪魔して線香の一本でもと思って主人と参りましたのよ」
「もう時間が少し経過したから、家も落ち着かれていますでしょう」
「何故?私が常務さんの好みなのです?」
「桂木さん、特別美人の女性が好きな訳では無い様で、頭の良い女性が好きだった様ですね、その点奥さんは美人で頭も良さそうなので、常務さんの好みだと思ったのですよ」
しばらく飲んでいると、一平が酔っ払ってきたので美優は手短な質問に切り替えた。
「常務さん、女性はお好きだったの?」
「好きって、顔に書いて有るでしょう?お金も有るのに風俗が好きでね!ここでは時々その様な話しをされていました。この様な話しをすると常務さんのイメージが変わりました?」と板前が言う。
「常務さんが行きつけのお店他にご存じ有りませんか?それと風俗でお気に入りの店は?」
「クラブ夕月かな?和風のクラブでここにママさんがお迎えに来られていましたよ!風俗の店は少し前には品川、品川何とかと云う店の子に入れ込んでいましたが、その後は知りませんね」
美優に勧められて、四杯か五杯のビールを飲まされた板前が、自分の知っている事を総て喋ってしまった。
しばらくして店内が混んできたので、ほろ酔いの一平を連れて帰る。
クラブ夕月に行こうと思うが、高級クラブなら一見さんお断りで、高級だから予算が出ないから、そのまま夜の街に出る二人。
「何も成果は無かったな!」一平が言うと「そうでも無いわ、成果はそれなりに有ったわ、クラブ夕月は刑事さん達に任せましょう」
夜の風は冷たく、もう直ぐ訪れる冬を感じさせる。
黒っぽい服装にしていたのは、お悔やみに行くと見せかける為の服装だったのかと始めて判った一平。
美優の頭の良さに感心しながら、夜の東京観光に付き合わされる一平。
翌日自宅に戻った美優はノートに今回の東京のまとめを書き始めた。
①東南物産常務桂木、性格は女好き、インテリの女性が特に好き、風俗にもよく行く。
品川の風俗に馴染みの店が在り通っていた様子。
②銀座の和風クラブ夕月の常連で、何か新しい発見が有るかも知れない。
③静岡には何度も行っていた様で、レンタカー以外の時も多かったと思われる。
④その目的は静岡の政治家に会うのが目的、相手は判らない。
⑤静岡のラブホテルで、ボイスレコーダーを忘れた。
⑥ベッドメイキングの足立伸子が、それを手に入れて強請った。
⑦強請った相手が、桂木常務なのか、別に誰か居るのか判らない。
⑧桂木常務は青酸性の毒物で殺され、同じ毒物で足立も殺されたが、先に桂木が殺されている。
⑨ボイスレコーダーの内容を知っている人間がもう一人居て、足立の知り合いの可能性。
⑩内容は静岡の政治家と桂木の会話の様だ。
美優は書き終わると再び首を捻ると「何かが変なのよね」と独り言を言った。
翌日再び事件が発生、御前崎の海岸で釣り人が男性の死体が浮いているのを発見して、溺死体で所持品も無く身元不明だった。
佐山が「この男の写真を持って、足立伸子の知り合いを聞き込みして来い!」といきなり言った。
唐突な佐山の言葉に戸惑いを感じながら、翌日から刑事達は足立伸子の周辺の聞き込みに入った。
佐山はこの溺死体が、政治家を強請ったと直感で思った。
先日の東邦日報から、何も無く日にちが経過していたが、必ず男は政治家か東南物産を強請ると考えていたのだ。
殺された場所から判断すると、この男が足立の知り合いなら、確実に政治家を強請ったと思われたからだ。
地元の国会議員と大手商社の秘密の話しとは、一体何が有るのだろう?
再三静岡に来ているなら、何か材料が存在する筈だと美優は毎日パソコンと睨めっこをしていた。
熱海市出身、猿橋誠、五十五歳、参議院議員、当選三回のホームページを開いていた。
(公認ギャンブルと温泉を楽しむ!推進委員!)のキャッチフレーズが目に飛込む。
中を見て見るとカジノの誘致を初島にと書かれている。
初島とは?
静岡県熱海市初島 - 面積 0.437km2周囲 約4km最高地点 51m
熱海市本土から南東に約10kmの位置人口 215人
1925年(大正14年)には国鉄が熱海まで開通し、さらに1934年(昭和9年)に丹那トンネルが開通すると熱海は一大観光地となり、初島への遊覧も増加していった。
戦後は1964年(昭和39年)には東海道新幹線の開通とともに初島バケーションランドが開設され、漁業・農業・観光の島となった。
その後、バブル景気のリゾート開発の失敗などがあったが、現在も首都圏から日帰りができる距離にありながら素朴な雰囲気を残した離島として貴重な存在となっている。
美優はこれかも知れないと思い始めて、一平に初島にカジノの話しって出ているの?と尋ねた。
地元の国会議員が一人で、何か運動をしているとは聞いたけれど、地味な感じだなと答えた。
就職
46-011
話しが昔に戻って
三月二十日過ぎ聡子に見送られて植野晴之は、柳井工業の上海支店に向かって飛び去った。
聡子は四月一日、待望の大手企業東南物産の本社大ホールで本社採用の同期二百人と、入社式に臨んでいた。
配属は何処だろう?そう思いながら受付にカードを提出すると「堂本聡子さん、本社勤務で秘書課ですので、席はAの八番にお座り下さい」と受付の女性が言う。
「えっ、本社、秘書課ですか?」声が裏返ってしまう聡子。
花形の大企業の本社で秘書課、自分でも想像していなかった職場に舞い上がる。
本社採用の女性社員は約五十人程度、その中で秘書課に配属されたのは自分一人興奮の中入社式が終わると、その日は帰宅で明日から全員が配属された支店、部課に配属されて出勤に成る。
その日の夜の堂本家の食卓は、聡子の自慢話一色で賑やかに成った。
翌日、にこやかに元気で丸の内の本社ビルに入って行く聡子は、張り切り過ぎ位張り切っていた。
秘書課長の籠谷響子が聡子を課内の人全員に紹介をして、その後会長室、社長室、専務室、常務室と紹介をして廻った。
流石に大企業で常務以上の役職の人は総て自分の部屋が与えられて、筆頭常務以上には総て専属の秘書が付く。
「次の部屋が筆頭常務の桂木常務の部屋ですよ、この会社では専務より権限が有ると言われています。この桂木常務は貴女が秘書としてお付きする方です」
「はい、判りました」緊張する聡子。
ドアを課長がノックすると「はい、どうぞ」の声が聞えるが、聞き覚えが何処かに残っている聡子。
何処で聞いたのだろう?と考えている間に扉が開いて、お辞儀をする二人。
「桂木常務、明日から専属に成ります新人の堂本聡子を連れて参りました」
窓の外を見ている桂木、顔を上げる二人。
「籠谷課長、堂本君に少し話しが有るので、先に帰って良いぞ!」
その様に言われた課長がお辞儀をして、立ち去ろうとした時、桂木常務が振り向いて「ご苦労さん」と言った。
「失礼します」と後ろに課長の声を聞きながら「あっ、か。。。」と口走る聡子の驚いた顔。
籠谷課長はその様子には気づかずに部屋を出て行くと聡子は「加山さんですよね!」驚きながら尋ねる。
「そうだ加山は芸名だな、この様な場所で会うとは思わなかったな!」微笑みながら言う。
「いつからご存じだったのですか?」
「最終選考の履歴書を見た時に気が付いた。これから仲良くしよう!加山の事は忘れてこれからは常務と秘書で付き合って欲しい」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「君が風俗に勤めていた事は内緒にしてやるから、これからは大人の付き合いをしようと云う意味だ」
「えー、その様な事は出来ません、その様な事をするのなら暴露して会社を辞めます」恐い顔の聡子。
「この様な大企業の本社秘書課に就職出来たのに、つまらない事を話して恥をかいて辞めるのかね」
「それも覚悟です!私が口外すれば加山、いえ桂木常務もお困りに成られますよ!それでも良いのですか?」
「ははは、私の風俗が好きな事は誰でも知っているから、言うなら言えば良い事だ!銀座の行きつけの居酒屋でも有名だぞ!」笑いながら言う。
そう言われると何も言えなく成る聡子に「お父さんの病状はどうだ?」不意に尋ねる。
遠い記憶を呼び戻す聡子は、加山が父の職場を知っていた事を思い出した。
「思い出した様だな、身体に負担が無い部署に代っただろう?」
そう言われて顔色が変わった聡子に「この会社は日本国中、いや世界国中に取引先が有るのだ!君の気持ちひとつで、お父さんの状況も変わるし、家族にも風俗で働いていた事が知られてしまうぞ!それでも良いのか?」
「。。。。。。。。。。。」放心状態の聡子。
「まあ、急な事で驚いただろうが、昔は客と風俗嬢で時間の制限も有ったが、これからそれは無く成った、楽しく仕事をしたいだろう?また後日返事を貰えれば良い!」微笑む。
「。。。。。。。。。。」言葉を失った聡子。
「何を深刻に考えているのだ!私は君の身体の隅々まで知っているのだぞ!本番行為はしていないがな!これからは真の付き合いをしようと云う事だ!よく考えて後日返事をくれ!変な事を考えると総てを失う事になるぞ!」そう言うと再び笑い始める桂木常務。
項垂れて部屋を出て行く聡子は正に天国から地獄の心境に成っていた。
自宅に帰ると父の治が上機嫌で「お帰り、仕事はどうだった?丸の内の本社の居心地は?」と尋ねた。
母の昭子が「お父さん機嫌が良いでしょう?今日ね!係長に昇進したのよ!大病に成って雇って貰えるだけでも有り難いのに、楽な職場に配属されて、今度は係長に昇進するなんて夢の様だわ」そう言って身体一杯に喜びを表わす母。
「えー、係長に成ったの?」と驚いたが、脳裏に桂木常務の顔が浮かんで、私に対する脅迫?と思い始めると急いで自分の部屋に駆け込んだ。
「どうしたのだろう?会社で何か有ったのかな?」父の治が聡子の態度に心配をする。
「初めての職場で、緊張していたのでしょう」
二人は二階に走って行った娘を楽観的な目で見ていた。
聡子はその夜一睡も出来ずに、会社の事、家族の事、恋人の晴之の事を次々考えていた。
晴之に相談出来る内容では無いので、自分が一人で悩むしかない状況。
翌日目が腫れぼったい状態で、食事もしないで会社に向かう聡子。
いきなり籠谷課長に「何ですか?いきなり夜遊びですか?鏡を見てきなさい!」と叱られて洗面所に走って行くと、そこには暗い顔で、化粧も殆どしていない寝起きの熊の様な姿が映っていた。
戻ると籠谷課長が「彼が桂木常務の秘書の小塚敬一君よ!」と聡子に紹介した。
お辞儀をしながら、昨日の一件は無しに成ったのだとほっとしていると「場所によっては、男性より女性の方が良い場合が有るので、堂本さんは小塚君のサブで、本日から桂木常務の秘書として、頑張って下さい」そう言われて、脆くも崩れた考えに暗雲を感じた。
総て知られている
46-012
早速お茶を入れて来なさいと籠谷課長に命じられて、桂木常務の部屋に在る小さな炊事場に入る。
常務の部屋には控えの部屋が在り、二人の秘書の中で必ず一人がその席に交代で座る事に成る。
「おはようございます」お茶を持って桂木常務に運ぶと「おはよう!お父さん喜んでいただろう?」といきなり言う。
「えっ、係長も常務の?」驚き顔で尋ねると今度は「お兄さん孝一君だったかな?」と尋ねた。
「止めて下さい!家族に干渉するのは!」怒り始める聡子。
「店で会った時は優しく笑顔一杯だったのに、そんなに怒らなくても良いだろう?お母さんはドラッグストアーに。。。。。」
「もう止めて下さい!」怒鳴る様に言うと、常務室を飛び出す聡子。
各部屋の出入りを監視のモニターで見ている籠谷課長が、直ぐに小塚を常務室に行かせる。
聡子は自分の裸を見られているより恥ずかしい思いをしていた。
苦労して就職した大企業は、自分の過去の僅かな暗闇を覗いた人物が居る場所で、今自分と家族の命運は総て桂木と云う老獪な男に握られている。
どうすれば良いのだろう?会社を辞めると同時に父は失業、母も兄もどの様に成るか判らない。
勿論自分の風俗で働いていた事実が、家族にも会社にも知れ渡るのだろう?
。。。。。。「彼氏と別れた時に例の件承諾して貰えるなら、ここは引こう!」
(聡子さんが約束を守れば、絶対に私も守ります!聡子さんが幸せならそれが一番だから、安心して下さい!彼氏と仲良く幸せに!)。。。。。。
聡子の脳裏に加山が昔電話とメールで言った言葉を思い出した。
彼氏が居るのなら、自分は手出ししないから、そうだ!これを言えば諦めて貰える。
そう考えると秘書室の席に戻った。
「今夜、常務が銀座の料理屋さんで人と会われますので同行する様に、相手の方は国会議員さんですから、充分気を付ける様にして下さい」と指示された。
夕方に成って助手席に乗り込もうとする聡子に「ここに乗りなさい、用事が有る」と指示をする。
運転手はちらっとミラーを見たが、直ぐに車を発進させる。
「自宅に遅く成ると連絡をしたのか?」
「いいえ、していません」と答えると「今から会食だ、相手は国会議員さんで、女性だから君に同席を頼んだのだ」そう言われて安心する聡子。
運転手に聞かれるから、昼間考えた事を話せない聡子は携帯のメールで自宅に遅く成ると送る。
それを見ている桂木常務は嬉しそうな表情に成っていた。
しばらくして、銀座の料亭前に到着すると桂木常務は車を帰らせて「帰りはタクシーで帰るから、今夜の迎えは良い」と言った。
その料亭に入ると思っていると、歩き始める桂木常務。
「常務料亭に?」と尋ねる聡子に「あのビルの中の料理屋だ」そう言って十五階建てのビルを指さした。
「極秘で会うので、運転手にも内緒なのだよ!君が会うと驚くぞ!」
そう言いながらビルの横に在るエレベーターに乗り込む。
「考えてくれたか?」二人に成ると昨日の話を早速始める。
「常務さんは彼氏が居たら諦めるとメールを頂きました。実はお付き合いをしている男性が居ますので、今は難しいと思っています」と答えた時、扉が開いて着物を着た仲居が数人で二人を出迎えた。
「加山だが、予約の部屋に通してくれ」
お忍びの時はいつも加山と云う名前を使うのか?そう思いながら付いて行く。
「柳井工業な、懇意の会社だ」前を歩きながら呟く様に言う。
後を付いて歩く聡子の足が急に止って凍り付いた。
この男は私の総てを知っているのか?もう逃げられない!怖さが身体全体を襲い動けない聡子。
「お客様、どうかされましたか?」の仲居の声に我に返る。
「は、はい」
部屋に入ると「連れが来てから料理を頼む」そう云って扉を閉めて、仲居を追出した。
「植野君だったな、彼に君の過去が知られるかもだな!中国から帰られない事も充分考えられるぞ!どうする?」
「どの様にすれば。。。。。。。。。。。」放心状態の聡子が尋ねる。
「仲良くすれば総て悪い様にはしない、彼が戻って来るまでの間、私の愛人件秘書として働いていたら両親も家族も安泰だ」そう言いながら聡子の肩を抱く。
「お客様が来られます」と逃げ腰に成る聡子。
「私は君が承諾したと信じているよ!頭の良い子だから何が徳か判っているだろう?」
そう言いながら聡子の身体を抱き寄せる桂木、もう聡子は拒絶をする気力が無く成っていた。
「そうだ、良い子だ!頭が良い」そう言うと唇を求めて来る桂木常務、それは昔のホテルの風俗嬢の時と同じだった。
「お客様がお見えに成りました」の声に急に離れる二人。
桂木常務が唇を手で拭き取り、仲居を迎え入れた。
「お待たせしました」濃いサングラスに垢抜けした服装の女性が仲居の後ろに居て、挨拶をした。
秘書に気づく女性に「大丈夫です!この子は私の信頼する秘書です」と女に紹介する。
お辞儀をする聡子に「よろしくね」笑顔に成る女。
何処かで見覚えが有ると思いながら笑顔でお辞儀をする聡子。
「料理を運んでくれ、飲み物はビールで頼む」仲居に告げると仲居は心得た様に、部屋を出て行った。
女がサングラスを外して「桂木常務さん、お招きありがとうございます」と改めて言う。
「あっ」聡子がその顔を見て驚きの表情に成った。
女優から国会議員に成った柏崎由希子その人だった。
「柏崎さんですね」思わず口に出してしまった聡子に「そうだよ、今は参議院議員で静岡選出の若手の人民党のホープだよ」
「常務さんお口が上手ですわ」微笑む由希子。
三人が座敷机を挟んで、座った時仲居がビールを持参してきた。
予期せぬ妊娠
46-013
しばらくして柏崎由希子の本題に入って、静岡国家的プロジェクトを行なう為に力を貸して欲しいと云う内容で、具体的な事は敢えて言及しないで、食事が進み芸能界の話しとか国会での出来事に終始した。
桂木常務は柏崎の仕事の内容は既に知っているので、敢えて聡子に聞かせる事をしなかったのだ。
そのプロジェクト事業を東南物産が総元請けに成って、関係先に振り分ける事に成る様だ。
一手に引き受けると言う確約の様な今夜の招待の様相だった。
二時間の会食の後、お酒が入った桂木常務は柏崎を見送ると時計を見て「少し行くか?」とタクシーの手配を仲居に頼んだ。
「私はそろそろ。。。。」
「付き合えないのか?」恐い顔に成る桂木常務。
そこにタクシーが到着したと云う連絡に、料亭を降りるエレベーターに乗り込むが、同乗者が居るので紳士的に成る桂木常務。
タクシーに乗り込むと早速ラブホの名前を言って、タクシーは走り出すが聡子はその名前がラブホだとは知らない。
「運転手さん、中まで頼むよ」そう言って万札を小さく畳んで渡す。
上機嫌の運転手は少し酔っている女性を無理矢理連れ込んで、強姦するのだと解釈した。
少し酔った聡子はこの後この常務とどの様にすれば良いのだろうか?明日からの事を考えていた。
「何処でも良いので最寄りの駅で降ろして下さい!今夜はもう遅いですから」と言うがタクシーは地下道の様な場所に入って止った。
「降りて」そう言って急かす桂木常務、タクシーを降りて直ぐにここがラブホだと気が付いたが、桂木が降りるとドアを閉じて、走り去ってしまう。
「ここまで来て、子供じゃあ無いのだから、入るぞ!」隣の扉に向かうが、聡子の手首を持って離さない。
「今夜は嫌――」その様に言って叫ぶが「彼氏が中国から帰られなく成るぞ!」と言われて急に項垂れる。
そのまま室内に入り、後は桂木常務の思うまま衣服を脱がされて、二人は初めて関係を持ってしまった。
「風俗の時と違って、色っぽく大人の感じに成ったな!初めてだったが中々良い道具を持っているな!昔に無理矢理でも使うべきだったな!」そう言って笑う桂木は満足して、タクシーで横須賀まで帰れとチケットを渡した。
聡子は虚しい思いをしながら自宅に戻って、シャワーを浴びて桂木の臭いを消し去ろうとした。
数日後、夕食の時「驚くよ!あの孝一が未だ入社僅かで、主任に昇格したらしい」父の浩が半分驚き、半分嬉しそうに語った。
聡子はまた、桂木常務の計らいか?あのノー天気の兄が出世するって考えられない出来事だった。
その後月に一度程度の割合で身体を求められる聡子、桂木が言うには中々の持ち物だと気に入っている様子。
夏頃から月に一度は必ず静岡に同行する様に成り、一流の旅館に宿泊の時も有ればラブホテルの場合も有った。
年末に成って、漸く恋人の植野晴之が中国から一時帰国した。
何故か盆には帰って来なかった晴之を、待ち焦がれていた聡子はもう寂しくて我慢が出来ない状況に成っていた。
晴之が帰って来ればあの桂木常務と別れる事が出来る。
「何故?夏には帰られなかったの?待っていたのよ」
「それが支店長に急な仕事を頼まれて、北京に飛んでいたのだよ!中国は広いから仕方が無かった!ごめんな!」
そのまま二人はラブホテルに向かって、久々の時間を過した。
桂木常務とは風俗嬢の様なベッドだが、晴之とは本当に心の底から燃える聡子。
だが晴之の日本滞在は僅かで、一月の四日には日本を発って上海に向かってしまった。
もう一年と少しで戻って来るので、結婚出来ると指折り数える日々に成る聡子。
相変わらず、月に一度程度桂木常務に身体を求められるが。。。。。。。。
二月の下旬に成って身体に変調を感じ始めた聡子。
生理が来ない事を不思議に思っていたが、桂木常務とは必ずゴムをする事を忘れない聡子だから、年末晴之とのSEXで妊娠したのでは?と思い始める。
市販の検査薬で調べると間違い無く妊娠を示す。
半分は嬉しい、半分は困ったと思う聡子は思い切って桂木常務に話して、別れて欲しいとお願いする事にした。
数日後頃合いを見て「実は子供が出来た様なのです」と切り出すと「えー、私の子供が出来たのか?」驚く。
「違います、彼氏が正月に戻った時に宿ったと思います」
その言葉が桂木の嫉妬心を呼び起こしてしまった。
「それで彼氏は知っているのか?」
「いいえ、まだ病院に行ってないので、話してはいません」
「どうする気だ!」語尾が荒い桂木常務。
「私は産みたいと思っています、来年彼が帰って来ると三人で生活出来ますから喜ぶと思います」
「だが本当に彼の子供だと何故判るのだ!私の子供かも知れないだろう?」
「多分それは無いと思います」
「そうか、しかし妊娠検査薬だけでは判らない部分も有るな、一度病院で診察を受けなければ母子手帳も貰えないからな!」
「常務さん、産んでも良いのですね」嬉しそうな顔をする聡子。
だが、桂木常務は全く異なる事を考えていた。
自宅に帰っても家族に、来年彼が帰って来たら直ぐに結婚しても良いでしょう?と話す。
「植野君はどの様に言っているの?」
「来年帰って来たら結婚したいと、言っているわよ!家族も賛成だから、直ぐに子供を、、、産休を取って三十歳までには二人は産みたいわ」
「もう子供でも出来た様に言うな」浩が聡子の喜び様に笑顔で話した。
「大きな会社は福利厚生がしっかりしているから、安心だわね」
「産休と育休で二年近く休めるわ、その間に二人目が宿れば働かなくても直ぐに三十歳に成るわ」
「その様な贅沢を考えたら罰が当たるわよ!世の中その様な有給を取れない企業が多いのよ!」昭子は子供を戒めるが、既に妊娠している聡子には馬耳東風の様だった。
初島の謎
46-014
話しが戻って
御前崎の水死体の身元を調べる為に、足立伸子の周辺の聞き込みを続けた結果、一度伸子さんと一緒にカラオケ喫茶に来ていた男に似ているが、もう少し痩せていたとの証言を伊藤刑事が聞いて来た。
「確かに水死体で顔が少し肥えて見えるから、可能性が有るな、カラオケ喫茶を徹底的に聞き込んで、身元を早く掴め」佐山刑事が檄を飛ばす。
美優は今回の殺人は二人とは犯人が明らかに異なると思っていた。
犯人が同じなら似た手口で殺害するが、青酸性の毒物を使っていない点、少し手荒い殺し方で暴力団とかそれに準ずる人達の犯行だと考えていた。
捜査の状況から考えて、足立伸子の知り合いでボイスレコーダーのコピーで誰かを強請った?と考えられるが元々の持ち主は桂木常務なのか?と疑問が湧いていたのだ。
もう殺害されて日数が経過しているのに、桂木常務が持っていたボイスレコーダーに何が録音されていて、誰を強請るのだろう?桂木常務がボイスレコーダーで誰かを強請って殺された?足立伸子が共有していた?それは明らかに変な話しだ。
足立伸子が桂木常務を強請る事は考えられるが、逆は絶対に無いからだ。
翌日静岡市内のカラオケ店で、足立伸子の行く店で水死体の男と似た男が来ていた事実を掴んだ。
だが回数は二、三回で、名前までは知らないとカラオケ店の店長は答えた。
今度は、このカラオケ店の常連客の聞き込みを始める指示を出す佐山。
翌日この男はしんちゃんと呼ばれて、定職は持たずにパチンコ店に出入りをしている事が多いとの証言を聞き込む。
市内のパチンコ店の聞き込みを初めて、漸くしんちゃんの正体が見えて来る。
最近しんちゃんは大金が入ると知り合いに話しをしていた事実を掴む。
一週間が経過して、漸くしんちゃんが木南信治だと判明して、小さなマンションに刑事達が家宅捜査に向かった。
しかし、既にワンルームマンションは荒らされて、ゴミの山状態に成っていた。
「これは複数の人間が何かを探しに来た証拠ですね」
「目的のボイスレコーダーのコピーが見つかったのか?」
現場を隈無く捜す一平達、佐山が机の上に広告チラシを見つけて「これは何だろう?」と口走る。
「一平が新聞の折り込みチラシでしょう?」
「だがな、この木南が新聞を取っている男に見えるか?」
「でも佐山さんどう見ても新聞チラシにしか見えませんがね」
「初島リゾートのチラシだな」
「待って下さい、少し前に美優が僕に初島の事を尋ねましたが、それと関係が有るのでしょうか?」
「えっ、美優さんが一平に初島の事を尋ねたのか?」
「はい、初島にカジノの話しが有るのか?と尋ねられましたが、地元の国会議員が一人で細々と運動をしていると答えました」
「カジノ?」
「はい、確かにカジノって聞きましたよ」
「その国会議員って誰なのだ?」
「誰だったかな?猿が何とかって言った様な気がします」
「ああ、猿渡議員か?」
「それです、猿渡議員です間違い有りません」
「カジノ?木南がチラシを持っている?美優さんがカジノの事を調べている?これは繋がりが有るのか?」
「でも初島って小さな島で、ホテルとリゾート施設が在るだけですよ!カジノを作って沢山の客が遊べる島では無いと思いますが?」
「よし、明日その猿渡とか云う議員に会ってみよう」
佐山は木南が持っていたチラシ、そして美優がカジノの事を調べていたので、気に成っていた。
結局捜索の結果、ボイスレコーダーの録音コピーが有る様な感じも無く、近所の聞き込みでは数日前に人相の悪い男がこの辺りに居た事実だけが判った。
一平は自宅に戻ると、初島のチラシが在った事と、明日猿渡国会議員に面会すると話した。
美優は「今回の事件、その線が強く成って来た様だわ、でもまだ私の中では繋がらないのよ!何かが変なのよ」
「何が変なのだ?」
「例えば、カジノを初島に作る為に、その猿渡が動いたとして、その開発に東南物産が絡んでいても、肝心の常務が殺される原因には成らないと思うのよ」
「成る程、美優は殺される必要の無い桂木常務の死が謎で、繋がらない訳か?」
「だって、もしも猿渡がこの事業をしても、賄賂を出すのは桂木常務でしょう?肝心の金ずるを殺してしまったら何も入らないでしょう?」
「そうだね」
「猿渡さんは奥さんと子供が二人で、熱海に住んでいるでしょう?人民党ではそれ程目立つ存在では無いのよ!だから力が大きいとは思えないわ」
「そうか、もっと大物が必要って事か」
「猿渡さんも事件に絡んでいる事は確かだと思うけれど、何かが違うのよね」
①足立伸子を殺した人物として当てはまるのは、桂木常務が一番で、二番目が国会議員。
②桂木常務を殺す人物は居ないが、敢えて言えば国会議員。
③木南信治を殺したのは国会議員。
「それなら、国会議員が総ての犯行を企んだのだな」
「でも殺害方法が異なるので、違うと思うわ」
「それではまだ我々の知らない犯人が何処かに居るって事だな」
「そうだと思うわ、桂木常務の周辺に怪しい人物は見当たらないの?」
「多すぎて絞れないと云うか、全く居ないと答えた方が良いのか?」
曖昧な答えに考え込む美優、明日佐山達の猿渡議員への聞き込みが新たな真実を示す事を期待している二人だった。
初島にて
46-015
猿渡議員の自宅に九時過ぎに訪れた佐山と一平。
「朝早くから静岡県警の方がお揃いで、と言ってもお二人ですが、私に何か御用でしょうか?」笑顔で応対する猿渡議員。
「実は先生が日頃から訴えていらっしゃる初島開発に付いて、お聞きしたいと思ってやって参りました」
「初島開発は私のキャチフレーズの様なものだが、それが何か?」
「(公認ギャンブルと温泉を楽しむ!推進委員!)初島開発を唱えられていますよね!実は先日御前崎で水死体にて発見された木南の自宅に、初島リゾートの折り込みチラシが在ったのです、それで先生が何かご存じでは無いのかと思いましてお尋ねに参りました」
「刑事さん、誤解されていませんか?それは今在るリゾートのチラシでしょう?私が推進しているのは、今政府で進めているギャンブル特区に初島をで、全く異なる構想です、過去にもリゾートとしては失敗をしていますから、今後の熱海観光の発展の為にカジノの設置ですよ!真逆の事で聞かれても答えられません」語気を強めて持論を展開した。
「そうですか?それでは質問を変えさせて頂きますが、その先生の構想に大手商社とお話されましたか?」
顔色が変わって「大規模な開発には総ての事に精通している商社の存在は重要でしょう?だからと言って特定の商社マンとは接触はしていませんよ!」
「最大手の東南物産の方はご存じ有りませんか?」
「それって、先日殺害された桂木常務の事を指しておられるのですよね?」
「そう考えて頂いても構いません」
「はい、確かに桂木さんとは面識がありますよ!でも私には全く関係有りませんよ!桂木さんが亡く成られた時私はヨーロッパを移動していましたよ!お調べ頂けば判るはずですよ」
「では桂木常務さんとはどの様なご関係でしょう?」
「あの方は顔が広いですからね、知り合いの紹介で一度か二度お会いした程度ですよ」
「差し支えなければお知り合いを教えて頂けませんか?」
「柏崎議員ですよ!彼女は桂木常務とは知り合いだそうですよ」
二人はそれだけ聞くと、猿橋議員の自宅を後にした。
「ちらほらと名前が出て来ましたね」車に乗ると一平が話した。
「念の為、柏崎と猿橋の殺害前後のアリバイを調べてくれ」佐山は二人のどちらかが、桂木常務を殺害した可能性も無いとは言えないと思った。
「桂木が二人のどちらかとの会話を録音していて、何かを要求した可能性も有な!」
「成る程それで殺害された!それなら考えられますね!でも足立は?」
「うーん」考え込む佐山、車は県警に向かわずに初島に向かう、何か噂でも無いのかと思い現地に行こうと考えた。
静岡県熱海市は、2002年に「熱海・カジノ誘致協議会」が設立されており、早い時期からカジノ誘致へ向けて動いている自治体。
カジノ誘致の目的は、観光地としての魅力を高め、観光振興と地域経済の活性化を目指しているが、その後は東京や千葉などのような具体的で大きな動きは視られない。
その為水面下で動きが有っても不思議では無いが、猿橋と柏木程度の力では中々実現は難しいと思われる。
二人は船に乗って初島に渡る。
「初めて来ましたが、逆から本土を見ると違いますね」一平が嬉しそうだ。
「島の半分がリゾート施設だな」
「学校も有りますし、人口は二百人程度住んでいますよ」
「民宿が多いから、適当に聞いてみるか?」
二人は数軒の民宿に聞き込みに入ったが、猿渡先生が以前からこの島を中心にカジノ誘致を言われている程度で、何も無いですよ!具体的な事は!と言うだけで目新しい話しは無かった。
「この鳴海屋さんをラストで帰りましょうか?十六時四十分発ですからね」
そう言って鳴海屋に入る二人。
初老の女が「警察の方がこの島にお見えに成るのは珍しいな!それも県警の係長さんと主任さんだ」
「はい、お尋ねしたい事が有りましてね、国会議員の猿渡先生がこの島を中心にしたリゾートカジノ誘致構想を出されているのですが、最近何か変わった事は聞かれていませんか?」
そう言うと女は名刺を何度も見て「あんたが、野平一平って云う刑事さんだよね」と一平の顔をまじまじと見る。
「奥さんに言われてお越しになったのでしょう?隠さなくても良い!そうだろうな!ここまで探し当てるとは大した奥さんだ!」感心した様に言った。
意味不明の話しに時計を見ながら「何を言っているのかよく判らないのですが?高速艇の時間が。。。。」
「これでも週刊誌とか、新聞はよく読むので知っているのよ!隠さなくても良いわよ!名探偵野平美優の御主人間抜けの一平さんでしょう?」そう言って笑う。
「えーーー」と驚く一平の横で大きな声で笑う佐山。
「今奥さんに言われて来たって、どう言う意味ですか?」佐山が笑い終わって真面目な顔で尋ねた。
「美優奥さんが突き止めたのでは無かったの?」
「何をですか?」
「殺された商社のお偉いさんが、ここに泊まったのを調べに来たと思ったのよ」
「えーー、桂木常務がお宅に泊まった?いつの事ですか?」
「確か夏だったと思うわ、帳面見れば判るけれど、取って来ましょうか?」
「是非!」佐山が言うと一平が腕時計を見て「行っちゃった」と呟いた。
しばらくして「有った有った、七月の始めだわ」
「一人ですか?」
「今は寒く成ったから客は少ないけれど、七月、八月は多いからね、二人だったよ!そこのリゾートを予約していた様だけれど、手違いで予約が入っていなかったので、飛込んで来たのよ!名前は違ったけれど写真がテレビに出て直ぐに判ったのよ」
「連れは女性?」
「若い女性だったわ、知的な感じの女の人だったけれど、関係は長いと思ったね」
「その女性の名前は?」
「常務さんは加山と名乗っていましたが。。。。。」そう言いながら帳面を見て「娘って書いて有りますね、かつみって書いて有りますよ!でも絶対に娘では無いと思います!愛人よ!」と言い切った。
妊娠
46-016
最終の高速艇で二人は「新発見だったな!桂木常務は愛人と偽名で泊まっていた」
「すると先程聞いたかつみって女性を捜せば何か判るかも知れませんね」
「どの様に捜す?桂木常務が風俗の女性が好きだった事は聞いたが、この様な場所まで風俗の子を連れて来るとは考えられない、若い愛人だろう」
「この前妻と行った時に聞いた事を調べる必要がありそうですね」
二人は鳴海屋の柴田貴枝の証言で、意外な収獲で帰って行った。
話しが戻って
桂木常務は籠谷秘書課長を呼んで、聡子の妊娠の事実を告げて、自分の子供の可能性が有るので始末する様に頼み込む。
「上手く始末してくれたら君もここで彼女と顔を合わせるのは辛いだろう?大阪本社の総務次長の席を準備するから、そちらに転勤して欲しい」
「えっ、総務部の次長の席が頂けるのですか?」
「君の能力は男性社員以上だ、五十代に成ったら確実に部長職だ」と煽てる桂木常務。
「始末したら堂本は配属を変えるのですね」
「いや、そのまま私の秘書に置く予定だ!彼氏が居てまた子供が出来ると産休だと言い始めるので、医者に頼んで妊娠出来ない様にして貰えないか?」
平然と恐い事を言い始める桂木常務だが、籠谷課長は動揺もしていない。
「常務がお好きな事は知っていますが、そこまでするにはお金が少し多く掛かりますが?」
「多少の出費は構わん、あの子は気に要っているのだ」
「確かに仕事は良く出来る、頭も良い子」
続けて「道具も良いのでしょう?」そう言って笑う籠谷課長。
過去にも何人か秘書の妊娠を始末した事が有る様な口ぶりだ。
その日の夕方籠谷課長に呼ばれて、留守に成った桂木常務の部屋に行く二人。
「常務に聞いたのだけれど、彼氏の子供が出来た様ね、常務が堂本さんを心配されて、病院に連れて行って確実に妊娠しているなら、早めの産休も準備してあげなさいと言われたのよ!堂本さんの心当たりの病院は有るの?」
「いいえ、私が休みの時は近所の病院は休みですし、まだ結婚してないので誰かに見られたら困りますし、唯近い日に何処かに行って診て貰わなければと考えています」
「そうなのそれなら良かったわ、私もこの様な仕事していると課員に相談される事も有るので、知っている病院が有るのよ!そこに連れて行ってあげるわ」
「課長済みません、気を使って頂いて申し訳有りません」
「妊娠しても発育が悪いとか、子宮外妊娠も有るから病院で確実に診て貰わないと安心出来ないでしょう?彼氏には話したの?」
「いいえ、まだ話していません、病院で確実だと判ってから話そうと思っています」
「それが良いわ、じゃあ近日中に病院に聞いてみるわ」
「よろしくお願いします」深々とお辞儀して、課長さんの仕事って大変だわ!社員の健康管理まで気を使うのねと思った。
話しが終わると直ぐに桂木常務に電話をして、上手く話せた様だなと喜ばれる。
新宿の雑居ビルの中に有る婦人科のみの病院、ヤマトレディースクリニックが籠谷課長の利用する病院だ。
過去にも何人かをこの病院で手術させたので慣れているのだが、今回は別の手術もするので相談にやって来た。
「私の病院では無理ですね、入院施設が無いので他を捜して下さい」
「先生のお知り合いで、秘密を守って頂いて手術をして頂ける病院は御座いませんか?」
「そうですね、少しお金が必要ですが、大丈夫ですか?」
お金を要求する院長は、池袋の釜江産婦人科を紹介して、籠谷課長は翌日釜江産婦人科を訪問して、内容を話すと既に聞いているのか快諾した。
卵管結紮術とは、卵巣から排卵された卵子を子宮に届けるための通り道「卵管」を縛る、あるいは切断する避妊手術の一種です。
これによって卵子は子宮までたどり着くことがなく、精子と出会うこともないのでほぼ100%の確率で避妊ができます。
卵子が子宮に送られるのを防ぐだけなので、手術後も排卵は続き、生理もこれまで通りに起こります。ただし、排卵された卵子は行き場がなくなるので卵管の途中で体内に吸収されます。
「この手術をするともう子供は出来ませんが宜しいのですか?」
「はい、今回も本妻に知られると大変な事に成りますので、今後も愛人として妊娠すると混乱が起るので、御主人はその様にして欲しいと言われています。本人は財産目当てで今回の様に妊娠してしまうのです」
「悪い女ですね!今回は子供が全く育っていないと言って、堕胎手術を行なって卵管結索手術も行ないましょう。もう安心ですよ」そう言って微笑む。
数日後釜江産婦人科に籠谷課長に連れられて診察に向かう聡子。
診察の途中で「初めての妊娠ですか?」釜江医師が尋ねると、カーテンの向こうで小さな声で「はい」と答える。
「そうでしょうね、妊娠はした様ですが残念ながら成長していませんね」
「えっ、成長していないとは?」
「このまま成長しても未熟児で、障害が残る可能性が有ります、残念ですが始末する事をお勧めします」
聡子には天国から地獄に叩き落とされた心境。
「今から準備をして、明日手術を行ない一日入院して、術後の状態が良ければ直ぐに退院出来ます、どうされますか?」
「未熟児では可哀想ですね、仕方が無いです、お願いします」と元気なく答える。
涙が一筋流れて、落胆の表情に変わった聡子の身体に、堕胎手術の準備が施されて、明日は食事を食べずに入院の準備をして、来院する様に指示を受けた。
籠谷課長に話すと「明日休めば、月曜日に会社に来れば良いから、ゆっくり休みなさい。明日は有給の手続きをして置きます」
「はい、よろしくお願いします」と元気なく会釈をした。
病院を出て別れると、籠谷課長は直ぐに桂木常務に連絡をして「明日、総てが終ります」
「ご苦労だった」と労った。
「明日も付いて行きましょうか?」
「医者の様子は大丈夫か?それが心配だから、確認をしてくれ」確認を忘れない。
残酷な手術
46-017
「課長!態々来て下さったのですか?申し訳有りません」
「これを使いなさいと桂木常務に預かってきたのよ、常務も貴女の身体の事を心配されてお見舞いを下さったのよ」
封筒を手渡すと「そんなに気を使って頂いて申し訳有りません」涙が出て来る聡子。
待合室で涙の聡子を看護師が不思議そうに見ていた。
しばらくして手術室に消えると、籠谷課長は「今手術室に入りました、大丈夫です!ご安心を!」桂木常務に連絡して点数を稼ぐ。
手術室では手術着に着替えて、手術台に上がる様に看護師に言われて、元気なく手術台に横たわる聡子。
「全身麻酔をしますので、目が覚めたら総てが終わっていますよ」
腕に麻酔薬の注射が始まると、涙が頬を伝わる聡子。
「数を数えて下さい」看護師が注射をしながら言う。
「一、二、三、、、四、、、、、五、、、、ろ、、、」聡子の意識が遠のくと手術台が上昇。
「始めます」釜江医師が言って、手術が始まった。
一時間以上経過して、待合室に釜江医師が出て来て「完全に終りました、もう妊娠する事は有りません、子供の処理も完璧です、一週間程度で普通の生活に戻れるでしょう」
「生理とかに影響は有りますか?」
「大丈夫ですよ、本人は全く判らないと思います」釜江医師の言葉に笑顔に成って、御礼のお金を差し出す籠谷課長。
この様子を見ている看護師、瀬戸頼子はお金に成る事ではと思っていた。
三月の末に成ると桂木常務は久々に聡子を抱いて、以前以上に感度が良く成って良い女に成ったと上機嫌だった。
その後は聡子を酔わせて、ゴムの着用をしないでSEXをする事も度々で、桂木常務は大いに満足をした。
聡子も自分が堕胎手術の時に、十万もの大金を出してくれたので、以前よりは桂木常務に親しみを感じる様に成っていた。
それと同時に毎月の様に抱かれて、桂木常務の熟練の技に身体が順応してきた事も大きい。
籠谷課長は四月の人事異動で約束通り大阪本社の総務部次長に栄転して、後任には山口碧課長が着任した。
だが聡子の気持ちは後一年で戻って来る晴之との結婚に希望を持っていたのだ。
八月に成って聡子は旅行の時、桂木常務の機嫌の良い時を見計らって「来年から部署を変更して貰えないでしょうか?」と切り出した。
すると急に不機嫌に成って「彼氏に抱かれて、恋しく成ったのか?」と嫉妬を剥き出しにした。
正月以来晴之が戻ってきて、一泊二日で温泉旅行に行って、しばらくしてから告げたのでその様に言われたのだ。
「彼が戻れば、私達六月に結婚する事に話会ったのです、今の様な関係は今後絶対に無理ですので、配置転換をお願いします」
「判った、考えて置くよ」そう言うと再び聡子の身体を求めて来る桂木常務。
先月言い出そうとしたが、機嫌が悪く言出せなかった。
話しが戻って
「加山かつみって書いて有ったのね」美優が意外な情報に驚きの表情で尋ねた。
「桂木常務はその初島にかつみと云う女性と加山と名乗って一緒に行った、とても娘には見えなかったと叔母さんは話したよ!俺が間抜けな名探偵の亭主だと言われたよ!」
「それで機嫌が悪いのね!でもそれ正しいでしょう?」そう言って笑う美優。
「東京の銀座で聞き込みをしなければ、桂木常務の実体が掴めないわね!この紙に書いた一番と二番を調べれば何か発見出来るかも!」そう言って紙を出した。
①東南物産常務桂木、性格は女好き、インテリの女性が特に好き、風俗にもよく行く。
品川の風俗に馴染みの店が在り通っていた様子。
②銀座の和風クラブ夕月の常連で、何か新しい発見が有るかも知れない。
「銀座では流石に偽名は使っていないけれど、他の店とか風俗で加山と名乗っているかも知れないわ」
「警視庁に仁義を切って、聞き込みに行くか!」
「それが早道かもね」
翌日一平は美優の言葉通り横溝捜査一課長に進言した。
横溝捜査一課長は警視庁に断りを入れて、聞き込みに行く事を躊躇ったが、事件発覚後既に二ヶ月が過ぎて焦りも手伝い渋々認めた。
木南の自宅から持ち帰った物から事件に繋がる様な物は全く見つからず、木南が誰を強請ったのかも特定出来なかった。
唯一の場違いな物は初島のチラシ一枚だったのだ。
住まいが荒らされていたのは、犯人が録音された物を捜したのは間違い無いが、その捜し物が見つかったのかは判らないのだ。
数日後、伊藤、一平、小寺、白石の四人が東京に聞き込みに向かった。
品川近辺の風俗店を徹底的に調べる事に成ったが、その数が膨大で中々見つからない。
殆どの風俗店は客の携帯で登録しているので、桂木常務が使っていた番号で店を次々調べるが、一軒もヒットしない。
午後からの店が多く、夜の十時まで調べた四人はホテルに十一時に戻って成果を話会ったが、一軒も無く加山では登録されていても逆では検索出来ないと断られただけだった。
「明日も期待薄だな」一平がぼやく様に言った時、美優が電話で「もしかしたら、桂木常務はプライベートの携帯を持っていたのかも知れないわよ」と話した。
「そうか、大会社の重役が遊ぶのに、自分の携帯を使わないな!明日会社に尋ねて見る」
翌日朝、東南物産に電話をすると迷惑そうに秘書課に電話が廻されて、先日会った山口課長が応対をした。
「私は、桂木常務とは半年程のお付き合いと云いますか部下でしたので、よく存じませんが前任者の課長か秘書をしていた小塚か、もう一人居ました秘書なら知っているかもしれませんね」
「今、小塚さんは?専務と海外に行っています」
「前任者の課長さんは今どちらに?」
「。。。。。。。。。。。」沈黙が有って「亡く成られています」と話した。
「もう少し詳しく聞きたいので、今から行きます」一平の声が裏返った。
消えた携帯
46-018
東南物産に到着した伊藤と一平は、山口課長に面会をした。
「先程の前任者の課長さんは、病気か何かで亡く成られたのでしょうか?」
「前任の籠谷は大阪支店の総務次長に栄転で、昨年の四月に着任されたのですが、桂木常務が亡く成られる一週間前に、自宅で睡眠薬自殺されたと聞きました」
「十月の二十日前後ですね、自殺ですか?」
「桂木常務のプライベートの携帯と言われましたので、小塚に先程確かめましたが知らないと言い、自分は見た事が無いと話しました」
「そうですか?判りませんか?」
「お役に立ちませんでした」そう言ってお辞儀をして見送った。
外に出た伊藤が「今の課長さん何か言いたい感じでしたね」と話した。
「伊藤もその様な気がしたのか?俺もその様な気がしたのだが、それが何の話しなのか?会社に不利益な事なら話し難いだろう」
「そうですね、でも美優さんが言った携帯は在る気がしますね」
一平は直ぐに佐山刑事に連絡をして、前任の秘書課長が自殺した経緯を調べて下さいと頼んだ。
佐山が大阪府警に尋ねると、自殺には違い無いのだが、使った薬が随分古い成分の薬で、最近では販売されていない物だと資料が送られてきた。
十月の初めから、社内で落ち着かない様子が社員によって目撃されて、何か悩んでいる様だったとの証言が有る。
中年の女性が初夏に二度程マンションに訪れたのを、管理人が目撃していたのと、若い男と自宅マンションの近くで会っているのも目撃されている。
府警では若い男に振られたショックで発作的に、自殺をしたのではと結論して事件にはしなかった様だ。
一平に美優が、(野々村)にはプライベートの携帯を使って連絡しているかも知れないと連絡をして来た。
今夜は銀座の和風クラブ夕月に行く予定にしている一平と伊藤、小寺と白石に交代して貰い(野々村)に向かう二人。
夕月ではそれ程の成果が考えられないので、携帯探しに命運を賭けた。
「先日の、今夜はまだ何かお聞きに成りたい事が有りますか?」
先日の板前が愛想良く迎え入れた。
ビールを注文して、簡単な酒の肴を適当に見繕う。
「実は、桂木さんがプライベートで携帯を持たれていたと思うのですが、番号をご存じ無いでしょうか?」
「ああ、桂木さんの個人的な携帯ですか?知っていましたよ、でも昔の物で最近の番号は知りませんね」
「それはどう言う事ですか?」
「携帯を落としたと困っていらっしゃいましたからね、その後も持たれていた様ですが、番号は聞いていません」
「普通は落としても、以前の番号にするのでは?」
「普通はその様ですが、悪用されたら困るので、総て新しくしたと聞きましたよ」
「その古い番号は判りますか?」
「少し待って下さい」そう言って奥に消えると、小さなメモを持って来て「これですよ!でも桂木さん古い通話記録は総て、消す様に指示したと言われていました」
「相当、困る事が有ったのですね」
「通話記録を消す様な事出来るのでしょうかね」
「判らないぞ、大手商社の実力者だから、何をするか考えられない事でも出来るかも?」
二人はしばらく飲んで、番号を手掛かりに品川近辺の風俗店に向かった。
すると二軒目で「この番号は加山さんだね、東京上野の五十歳、最近は使ってないね!昔はよく使ってくれたのだけれどな」その様に答えて、馴染みの子を尋ねると「もう誰も居ないな、刑事さんこのおっさん何か有ったのですか?」
「死んだよ!」
「えーー殺し?だよねーだから捜しているのだよね!でも内の店は関係無いよ」
いきなり二軒目で見つかったので、次の店を求めて向かう二人。
次の店でも先程の店と全く同じで、数年間は全く来ていないとの答えだった。
「二軒とも同じだな、最近は全くこの辺りに来ていないのか?」
「そうなったら風俗関係には、用事は無いのかも知れないな」
そう言いながら二人は次々と店に飛込んで行く。
「これで十五軒行ったが、約半数の店に登録が有ったな、本当に好き者なのか?」
「仕事に使っている可能性も有りますね」
「接待か?本番行為は禁止だろう?接待に成るのか?」
「ですから、本番が出来る女性をスカウトする為に数多く行っていたのでは無いでしょうか?」
「それも考えられるな、でも殆どの店が数年前から利用が無いぞ」
「次はこの辺りでは大きい(品川ゴールド)って店ですよ!ここはチェーン店で多くの店を持っているそうですから、系列店に桂木常務が出入りしていたら直ぐに判る様です」
「先程の店で聞いた情報だな」
事務所に入ると、次々と掛かる電話の応対を数人の男が手早く裁いている。
二人が刑事だと知って「当店は本番行為を行なっていませんよ」そう言って店長と名乗る男が出て来た。
「そう云う事で来た訳では無い、この番号の客の事を知りたい」とメモを差し出す。
店長桜塚は目の前のパソコンを叩いて「ああ、加山さんだね!上野の叔父さん!最近は全くご無沙汰だな!昔はよく使ってくれたお得意さんだった」
全く同じ事を言うので「系列店での利用は無いかね」と尋ねるとパソコンを見て「無いな!この加山さんどうしたのですか?」
「殺された!」その言葉に事務所内の男達の声が一瞬止った。
「加山さん殺されたのか?それなら利用出来ないよな!」
「馴染みの子はいたの?」
再びパソコンを叩いて「昔は数人居た様だけど四年前かな、はっきりしないけれど、その年の年末を最後に来てないね、勿論系列店にも来た形跡が無いよ」
「ここが一番新しいですね」伊藤が小声で一平に言った。
繋がる
46-019
「加山さんが呼んでいた子は今も居ますか?」
「居ませんよ!最後によく呼んでいた子が辞めた後、来ていませんね!加山さんは普通女の子とは一回が多くて、二回でも珍しいのに、この子は半年程で十回も呼んでいます、時間は一回殆ど三時間ですね」
「その子の名前は判りますか?」
「この店ではかつみちゃんって名前ですね、勿論源氏名ですよ」
「かつみ?」声が変わる一平。
「繋がりましたね!初島!」興奮を隠せない二人。
「本名は?」
「一応は履歴書の様な物は書いて貰うけれど、殆ど出鱈目でしょうね、事情が有って働く女の子も居るし、小遣い欲しいだけで来る子も居ますからね、日払いですから、一日で来ない子も、中には客の前から逃げてしまう子も居ます」
「写真は残っていませんか?」
「一年程度は保存していますが、何しろ膨大ですから削除します。後々有名人に成る子も居ますので、トラブルの元に成るのです」
「そのかつみさんの本名と住所教えて下さい」
「関係無いと思いますし、多分出鱈目だと思いますよ」
そう言いながら、本名 須藤瑠衣、最寄りの駅は武蔵小杉駅に成っている。
それは出勤すると交通費が、片道出して貰えるからだ。
男が武蔵小杉を説明して、本駅にはJR東日本と東急の2社5路線が乗り入れ、接続駅としての役割も果たしている。
JR東日本の駅には、南武線・横須賀線・湘南新宿ライン、帰宅時間の遅い仕事に就いている人も、武蔵小杉ならある程度の時間まで融通が利くので便利だと感じられるはずです。
横浜まで12分、品川まで10分という中間点となっているので、どのエリアに移動するにも不便を感じることはありません。
「でも全く知らない地名を書かないでしょう?」
「メゾンむらさき308号室か!」
二人は興奮しながら事務所を後に、明日この住所を調べる事にする。
「でも初島で一緒だった女性が同一人物なら、時間が余りにも長くないか?」
「そうですね、この店のかつみちゃんが気に要って名前を使った?」
「偶然再会して、良い仲に成った可能性も有るな」
風俗好きの桂木常務が最後に四時間も呼んだかつみに二人は興味を持った。
事務所を出てしばらくすると、携帯が鳴って先程の桜塚が「このかつみって子の面接をした森繁って人静岡県の出身で浜名湖の近くです」と連絡して来た。
電話を終わると「浜名湖の近くだな?事件と関係有るのか?森繁進?」一平が首を捻る。
「桂木常務は浜名湖の近くの舘山寺温泉で死体が発見されましたが、風俗の面接した男とは繋がらないですよね」
住所と名前を手帳に控えて、ホテルに向かっていると白石刑事が連絡をして来たが、予想した通りで収獲は皆無で携帯の事実も掴めず。
接待に年に数回使っていただけだった。
翌日武蔵小杉に聞き込みに行く四人、多分無いだろうと思われたが、メゾンむらさきは大きな十階建ての高級マンションで、3LDKの部屋が308号室でファミリー向き。
今の住人は須藤とは似ても似ていない宮本に成っている。
一応住人に尋ねるとここに住んで十年に成りますが、須藤瑠衣と言う名前には全く心当たりが無いと答えた。
「店長が言った通りでしたね、履歴書は全くの出鱈目でしたね」
伊藤の言葉が総てを表わして、四人は殆ど武蔵小杉では成果が無く静岡に帰って行った。
自宅に帰るのを待ちかねていた美優は、一平の東京での聞き込みに期待を持っていた。
総ての事を話し終わると「その須藤瑠衣って子がかつみって源氏名で店に出ていた、そして加山と云う名前で何度もその子を呼んでいる、その子が辞めると急に桂木常務さんは風俗に行かなく成った、間違い無くその子を気に要っていたわね」
「それは判るのだけれど、その子が何処の誰か判らないし、初島の子と同一人物の確証は無い」
「大きなマンションのその部屋には、宮本さんって人が十年前から住んでいた、何故その様な住所にマンションの名前が浮かんだのだろう?嘘なら全く無い事を書くでしょう?何か関係が有るのよ!何かね!」そう言って考え込む美優。
「浜松の男はどう思う?」
「一応は調べて見たら?その人が事件に絡んでいるのなら、この事件は解決するけれど、足立伸子さんの事件とは全く関係が無いから、違うと思うわ」美優は森繁の話を切って棄てた。
美優は足立伸子と桂木常務の事件は同一犯の犯行で間違い無いと思っていた。
翌日県警は森繁進を調べる為に、一平と伊藤を自宅に向かわせた。
自宅には両親が住んでいて、息子は漸く真面な仕事に就いてくれたが、東京で何かしでかしたのか?と心配顔に成った。
舘山寺温泉の旅館に去年から勤めていると聞いて、二人は旅館橘に向かった。
森繁は刑事の訪問に驚いて「去年の事件の事ですか?」と尋ねる。
「何故?そう思った?」
「事件がまだ解決してないので、現場に戻れば。。。。と思っただけです」
「何故?貴方に聞きに来たと思いますか?」
「それは判りません」困惑な表情に成る。
「実は森繁さんが以前勤めていた風俗(品川ゴールド)の事を聞きたいと思いまして」
「えっ、ここでは言わないで下さい、誰も知らないのでお願いします」
「はい、判りました!その店のお客で加山さんって客を覚えていますか?」
「加山さんですか?」しばらく考えて「長時間のおじさんですよね、その方が何か?」
「実はその加山さんが、桂木常務なのですよ」
「えーーーー」森繁の驚いた表情は二人も驚く程だった。
事情を聞くと、森繁は何度も加山と話しをして、女の子の好みとかを聞かれていたと言う。
「かつみさんと云う子を気に要って何度も呼ばれていましたね」
「そうです、加山さんは頭の良い子が好きで、かつみって子は私が面接しまして、家庭の事情で仕方無く風俗に来た感じで、ど素人の子でしたね」森繁は意外と覚えているので、二人は何か重要な事を覚えているかも知れないと期待した。
動き始める美優
46-020
「何かかつみさんで覚えている事は有りませんか?」
「簡単な履歴書を書く時、本当の事を書くのか?と尋ねられたので、都合が悪いなら適当に書いて下さいと言いました、しばらく考えて書いていましたが、話し方とかで相当頭の良い子だと思いました」
「それで加山さんに勧めたのですね」
「ど素人の子だったので、安心出来る叔父さんを紹介しました、その人達は気に要って何度かかつみさんを指名してくれたと思いますよ」
「その人の事覚えていますか?」
「はい、覚えていますよ、関西から来られる北畠さんと名古屋の赤木さんですが、本名かは判りませんね」
「店に聞けば携帯番号が判りますから、警察で調べますが。かつみさんで他に覚えている事は有りますか?」
「短い期間で、面接の時に話した程度で、それ以外はメールか電話のやり取りですからね、ドライバーの方が女の子とは話す事が多いですね」
「ドライバーってホテルとかに送る人ですね」
二人は都合でまた聞かせて下さいと言って、旅館を後に県警に戻り赤木と北畠の携帯番号を尋ねた。
名古屋の赤木は本名を赤沢と云うが、昨年夏肺癌で他界していた。
もう一人の北畠は携帯の名義人は、北村工業で社長の北村利一が持っていた物だが、昨年海外旅行中に事故で亡く成っていた。
「何処に旅行していたのだ?」横溝課長が伊藤に尋ねると「中国です、十一月の大連だと社員が話してくれました」
「二人の携帯にそのかつみとの交信が無いか、通話記録を調べてみなさい」
横溝捜査一課長も事件の進展に苛立ちを隠せない。
「政治家との接点は見つかったのか?」
「初島に桂木常務が行ったのが、女と楽しむだけなのか?初島カジノ構想の為なのか?まだ決定的な証拠は有りません、参議院議員の猿橋が旗を振っている程度です」
「それは以前からだろう?他に誰か有力な人物が絡んでいなければ、成り立たない話しだ、静岡県選出の国会議員全員の調査をして、実体を掴む様に!」横溝捜査一課長は檄を飛ばした。
自宅に帰った一平に美優が「お母さんにもう一度来て貰って、私が東京を調べて来ます」
「えー、刑事四人が調べて判らない事を美優一人で判るの?」
「日帰りで帰って来るから、朝早く来て貰ってね」
「何を調べに行くの?」
「メゾンむらさき308号に決まっているわ」
「須藤瑠衣の住まいか?」
一平は北畠と赤木の事を説明して、美優の反応を確かめる。
「ドライバー見つかったの?」
「当時のドライバーはもう誰も残って居なかった、おまけに住所も転居していた、バイト感覚の人が多くて女の子と同じで、短いらしい」
「じゃあ、手掛かり無しね」
「お袋に尋ねてみるよ!成果は期待出来ないけれど、間抜けの旦那さんだからな」
「根に持っているのね、事件を解決するのが一番よ!元気を出しなさい」
そう言って頬にキスをする美優。
翌日、国会議員の調査をしていた刑事が、熱海にカジノが本当に来るかも知れないぞと言った衆議院議員が居たと聞き込んできた。
田辺茂議員の周辺で聞き込んで来たと言う。
噂の話しですが、大手の商社が中心に成って根回しを行なっていたと云う。
「大手の商社、東南物産で保々間違い無いだろう」
「数人の議員がこの件に首を突っ込んで居る様です」
「田辺議員は蚊帳の外か?」佐山刑事が尋ねる。
「どうやら、その様ですね」
田辺議員は人民党では無いので、相手にされていないのは当然なのだが、改新党に情報が漏れている事実は本当なのか?自分達も全く知らないカジノ構想が進んでいる事に困惑している佐山刑事。
人民党の議員を中心にカジノ構想が進んでいるのなら、本当に実現されていた?
桂木常務が亡く成っては、その構想も立ち消え状態に成ったのだろうか?
だがそのカジノ構想で殺人が次々と起るとも考えられないが?
具体的には何も発表が無いのに、いきなり殺人事件が起る事は、捜査一課を混乱させていた。
数日後、東京に向かう日が決まって武蔵小杉の宮本家に訪問の電話をした。
「えっ、静岡県警の方がまた来られるのですか?私共に何か疑いでもあるのでしょうか?」不機嫌そうな声に「静岡県警としてお伺いするのでは有りません、先日お伺いした野平刑事の妻としてお伺いしたいのです」
「刑事の妻?。。。もしかして週刊誌に載っていた美人妻の静岡県警の美優さん!」
「宮本の妻の声のトーンが変わった」
「どうしましょう?えっ、私インタビューでも聞かれるのかしら?」急に興奮気味の声に変わって「是非お越し下さい、サインも頂けます?」
「は、はあ!」
「近所の人も呼ばなくちゃ!有名人!わあー大変だ、あの時の刑事さんが間抜け、、、ごめんなさい御主人ね」そわそわと自分だけが喋る。
「明日午後お伺い致します」で電話を終わるが、明日はひと騒動起りそうな予感がしている美優。
だが反面何か新しい発見が有る可能性も期待出来ると思っていた。
その日の夕方捜査本部で大きな動きが起っていた。
ラブホテルの調査を地道に行なっていたチームが、ニシジマの提携先のラブホテルを一軒ずつ調べていて、神奈川県の厚木のラブホテルで防犯カメラに、意外な人物の画像を発見。
捜査本部は俄に騒がしく成っていた。
「このカップルは予想していなかったな」
「はい、一瞬目を疑いましたが、鮮明に写っているので間違い無いですね」
「明日事情を聞きに迎え」横溝捜査一課長は事件の新たな進展を期待した。
美優の勘
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「この厚木のラブホには足立伸子は仕事に行ったのか?」
「はい、同僚の急病で退職する一ヶ月程前に入って居ました」
「そうか!決まりだな!このカップルに間違い無い!ボイスレコーダーを忘れたのはどちらかだ!」横溝捜査一課長は、二人の足立伸子殺害時のアリバイを調べる様に指示をした。
翌日柏崎由希子の事務所に向かう一平達、相手の男は由希子の答え次第で聞き取る事にする横溝捜査一課長。
元人民党幹事長を勤めた経験も有る実力者、錦織雄次郎衆議院議員で神奈川県の選出だ。
以前は若手のエースと呼ばれた時期も有り、年齢は五十代後半だ。
「まさか、この二人に関係が有ったとは驚きだったな」横溝捜査一課長が呆れた様に言った。
佐山が「この二人が強請られていたのでしょうか?」と言う。
「少なくとも不倫だから、世間に出れば大きなスキャンダルに成る」
「柏崎は独身ですが、錦織は妻も子供もいるし、一時は将来の総裁候補とまで言われた人物だから、痛いだろう?」
「でもそれで殺しますかね?少なくとも足立伸子と木南信治の二人を殺害した可能性が有りますよ」
「益々判らないのは桂木常務殺しだな!理由が判らない」
二人は頭を抱えて、柏崎由希子の聞き込みの結果を待つ事にした。
その頃美優は新幹線で新横浜に行き、そこから横浜線に乗り換えて菊名に向かう。
東急に乗って、乗り換えが多いけれど、武蔵小杉は品川に行くなら便利だと調べて来たので、かつみと呼ばれた女性は、本当は別の自宅が在るが、何かの事情でこの場所に住んでいたのでは?と思いながら外の景色に目を移す。
横浜駅に行くのも十分程度なのね、電車の路線図を見て急に横浜の大学を調べ始める美優。
桂木常務が好きだった女性が、頭の良い女性だと云う事、この武蔵小杉から学校に行きながらバイトをするなら?と考える美優。
「偏差値の高い大学は二つ、この武蔵小杉なら国立の方ね」独り言を呟く美優。
しばらくして、武蔵小杉駅を降りると、目的の場所までタクシーで向かうがワンメーターの範囲で充分歩ける距離だと思った。
「綺麗な高級マンションだわ」独り言を言いながら時計を見ると、約束の時間まで少し余裕が有るので、近所を見て歩く事にした。
マンションの裏側に入ると、三階建ての古いマンションが道を隔てて建っている。
見上げると丁度メゾンむらさきのバルコニーが見える。
裏通りに入ると、極端に異なるマンション(ハイツ茜)と小さな看板が出ている。
中から一人の女性が出て来たので「このマンションはワンルームですか?」そう尋ねると「はい、学生さんが多いですね、妹さんの住居をお探しですか?」と尋ねられた美優。
微笑みながら肯き「ここに横浜の国立に通われている方いらっしゃいます?」尋ねる。
「わー頭が良いのですね、妹さん!今このマンションから通っている人は居ませんけれど、近いですよ」
「昔は居たの?」
「私は知りませんね、でも昔は何人か居たと思いますよ」
「あのマンション素敵ですね」メゾンむらさきを指さす。
「高級マンションですから、当然ですよ!億ションでしょう?私には夢の世界です」
そう言って笑う学生。
美優の頭の中に、かつみと言った女性もあのマンションを見て、羨ましいと思って書いたのかも知れないと思いながら、約束の時間にマンションの玄関に向かう。
セキュリティが万全で、入り口で部屋番号を押すと「美優さんですか、待っていましたのよ」婿から聞える声は騒がしい。
近所の人が集って居るのだわ、聞く手間が省けるわと思いながら入って行く。
大理石の玄関、エレベーターの感じも高級感が漂う。
築十一年なのか、エレベーターの品番が十一年前の年号に成っていた。
かつみがこのマンションを見た時は、築五年程度なのか?光輝いていただろうと思って、三階に着くと「わー、週刊誌の紹介通りの美人さんだわ」「素敵!」「このマンションでは事件は起ってないわよ」四、五人の奥さんが口々に話すので、判らない状態。
マスコミの威力は恐ろしい、一年程前の記事でもこの反響に驚く。
「どの事件?静岡なら商社マンの殺人?」
「いいえ、もう一つ有ったわね!ホテルの掃除の叔母さん」
「最近では、木南とか云う遊び人が海に投げ捨てられていたわよ!」
「どの事件?」
五人が適当に喋るので美優が「はい、その事件総ての犯人を捜しています。そして重要参考人の女性がこの部屋に住んでいる事に成っているのです」
「えーー宮本さん、誰か入れたの?御主人と子供さん以外に、住んでいたの?」
「何年前!」
「多分五年前位だと思いますよ!」
宮本がコーヒーを入れて、美優に勧めながら「五年前位に他人が家に入った?電気屋さんがテレビ運んで来たわ」
「違います、何日かこの家に来ていた人はいませんでしたか?須藤瑠衣さんって学生さん?」
「さあー女性は来ないわ、この人達以外に、特に若い女性は来ませんよ!先日も御主人に須藤とか瑠衣とか聞かれましたけれど、心当たり有りませんね」
「この裏手に古いマンションが在って、そこには学生さんが下宿されていますが、その学生さんは来ませんか?」
「私達と学生は殆ど交流が有りませんよ!ねえ、みなさんも同じですよね」
「少し待って、宮本さんの家に少しの間、学生の家庭教師の子来ていなかった?息子さんが高校入学の時」一人の女性が急に思いだした様に言った。
「でも捜しているのは女性の方ですよね」
「はい、そうですが、その学生さんは何処の大学でしたか?」
「入試の追い込みに来て貰ったのよ!確か、横浜の国立大学の学生だったけれど、卒業して田舎に帰らなければ成らないと言って、半年も来なかったと思うわ!」
「その男の子の名前判りますか?」
「調べれば判るかも知れませんが、確か関西の出身だったと思いますね!でも須藤では無かったですよ」
「その男の子一度見た事有る!夏だったかな、この前のマンションの女子大生と仲良く歩いていたわ」
一人の女性が思い出した様に言った。
「それは、本当ですか?」美優の瞳が光って、何かを掴んだ気がしたのだ。
女優柏崎由希子
46-022
美優は昔の自慢話とかを聞かれて、適当に話しをして男性の家庭教師の話と、近くのマンションの女性の事を聞こうとしたが、それ以上は判らなかった。
宮本の奥さんは家庭教師の名前が判れば、早めに連絡すると言ったのでマンションを出た。
ハイツ茜の昔の女子学生が気に成り、管理会社を訪ねる事にして向かった。
六年程前で、須藤瑠衣、それ以外の女子の名前と住所を調べて欲しいと言うと、個人情報を簡単には教えられません、唯須藤瑠衣さんと言う名前の学生は入居の記録が在りませんと答えた。
美優は多分静岡県警から、捜査令状が出て住居人の情報を提出願う事に成ると思いますと言って、不動産の管理会社を出た。
美優が出て行った後で、しばらくして女子社員が「今の人、野平美優と言ったわよね、静岡県警って言わなかった?」と同僚に尋ねた。
「そう聞いたわ!どうかしたの?警察の奥さんが凄い出しゃばりね!」
「あの人、もしかして週刊誌に出ていた美人の静岡県警刑事の奥様では無いの?」
「あっ、そうよ!野平美優って言ったわ!有名人だったのね!可愛い美人って本当だった!」
「ショートボブで、溌剌とした奥様って読んだわ!サイン貰い忘れた!」
「でも、あの古いマンションの住人が犯罪に関与しているの?殆ど大学生だけれどね」
「取り敢えず準備はしましょう、六年前位って聞いたから、随分多いわ!」
二人は早速資料の整理を始めた。
一方柏崎由希子の事務所に向かった一平と伊藤。
由希子の秘書が自宅に居ますので、自宅で会いたいと秘書が指示して、二人は由希子の自宅に向かう。
事務所から沼津の自宅に呼びつけたのは、何かを感じたからだろう?と一平達は言いながら向う。
午後二時に自宅に到着すると、応接間に招き入れる。
応接間には自分の女優時代の写真が沢山飾られて、中には映画賞の写真も飾られて誇らしげに見える。
「野平さん!この写真見て下さい」と伊藤が指を指した賞を貰った時の写真に、錦織衆議院議員の姿が一緒に写っていた。
「これは!」一平が驚いた時、ドアが開いて柏崎由希子が入って来て「若いでしょう?もう昔ね!」と言うと軽くお辞儀をした。
「今もお綺麗です」一平は世辞を言いながら会釈をした。
「静岡県警が私に何用なの?」
ソファーに三人は座りながら由希子が切り出した。
「単刀直入にお聞きしますが、あそこの写真に写っている錦織さんとのご関係は?」
顔色が変わる由希子が「あの写真ですか?後援会の会長をして頂いていたのよ!だから一緒に写っているのよ」
「後援会の会長ですか?その時は人民党の幹事長でしたね」
「そうだったかしら?覚えていないわ!」
「申し遅れました!私達は殺人事件の捜査をしています」と二人がテーブルに名刺を置いた。
「殺人事件と言いますと、少し以前に起った商社の重役?それとも最近起った御前崎の水死体?」
「もう一つお忘れでしょう?」
「まだ有りましたか?」惚けた様に言う由希子。
「はい、今日はその事件で重要な証拠が見つかりましたので、事情をお聞きしたくて参りました」
「。。。。。。」恐い顔で睨む様な由希子。
「この写真をご覧下さい、或る神奈川のラブホで撮影された映像を、焼いてきた物です」
テーブルに数枚の写真を並べると、顔色が変わった由希子。
「ここに写っているのは、貴女と錦織さんですよね」
「。。。。。。。。。。。」写真を手に取って見ると、観念した様に「はい!そうですね」と認めた。
「このラブホで仕事をしていたのが、もう一人我々が今日調べに来ました足立伸子さん殺害事件です」
「その足立さんて人が殺されたのに、私が関係していると言いたいのですか?」
「まだそこまで言っていません、錦織議員との仲はお認めに成られるのですね」
「。。。。。。。。。。。昔から可愛がって貰っていました。でも関係は有りませんでしたよ!」
「関係が出来たのは?」
「この時一度だけです、議員は奥様もいらっしゃいますので、その後は会っていません」
「それでは、この時ボイスレコーダーを部屋にお忘れに成ったのですよね!」
「はあ!一体何の話しをされていますか?私には理解が出来ません!そのボイスレコーダーが発見されたのですか?」
「いいえ、その様な物が在ったのかは証明されていませんが、足立さんの同僚の話では持っていたと考えています」
「県警では私が、そのボイスレコーダーをホテルに忘れたと?私にはその様な変な趣味は御座いません!失礼です!お帰り下さい」
「足立さんが亡く成られた時は、どちらに?」
「アリバイですか?その時期はヨーロッパに行っていましたよ!お調べ頂ければ直ぐに判りますわ」
「最後にもう一つお聞きしますが、東南物産の桂木常務はご存じですか?」
「私が商社の方を知っている訳無いでしょう?あの方自殺では無いのですか?」
「何故その様に思われるのですか?」
「いえ、何となくそう思っただけです、だって殺される様な事されていたの?」
「それは捜査中です」
二人はこれ以上何も喋らないだろうと思い「また何か新しい事が判りましたら、お聞きに参りますので、よろしく」
自宅を出ると「ボイスレコーダーは彼女が忘れたな!」
「でも何の為に録音して、何故忘れたのでしょう?録音する程大事な物を!」
「それが変だな!内容は二人の会話ですよね!」
「判らないが、二人がラブホに行った日に足立伸子がボイスレコーダーを手に入れた事は確かだ」今日は錦織議員との関係を認めさせた事で納得をしていた。
捜査方針が見えた
46-023
夜自宅に帰った一平と美優はお互いの情報が聞きたかった。
一平は柏崎由希子がラブホテルで錦織議員と密会していた事実は認めたが、ボイスレコーダーの事は認めなかったと話した。
美優が何か気に成った点は?の質問に、桂木常務が何故殺されたのかが理解出来ない様だったと答えた。
「私の疑問と同じ部分で柏崎さんも、不思議に思っていたのだわ」
「それはどう言う事だ?」
「柏崎由希子さんがボイスレコーダーを忘れたとして、それが原因で足立伸子が強請ったのなら?と思ったのよ!桂木常務を柏崎さんが知り合いなら?その錦織議員との仲は深い関係では無かったら?」
「えっ、美優は二人の関係が深い仲では無いと?」
「人身御供なら?」
「人身御供?柏崎由希子が錦織議員を取り込む為の道具?」
「それも有るかも知れない、もう少し詳しくホテルの聞き込みをしてみて、二人が帰った後誰かが忘れ物を捜す電話をした可能性も有るわ」
「美優は何を考えているのか俺にはさっぱり判らない」一平が美優の考えに付いていけなく成った。
美優は自分が行ったマンションの近くに在るハイツ茜の、昔の住人リストを管理会社に頼んで有るので、静岡県警から話して貰う様に頼んだ。
「そんな小さなマンション在ったかな?でも何故、関係無いマンションの住人の?」
「そのマンションから、かつみさんが308号室を見ていたかも知れないの」
「えーー風俗嬢のかつみが、そのマンションに住んでいたのか?」
「可能性が有るのよ!武蔵小杉駅は品川まで十分、もし大学が国立なら半時間で行けるのよ」
「成る程、流石は美優だ!」と褒めた一平。
だが翌日届いた書類には、自宅の住所と名前で職業欄は殆ど学生と書かれている。
取り敢えず資料を自宅に持ち帰るが、学生が多いので殆ど四年ないしは三年で変わっている。
中には一年とか二年で転居している学生も居て、人数は相当多い。
美優は取り敢えず遠方の学生から調べる事にした。
二十軒のワンルームマンションの住人が、これ程沢山居る事に驚きながら調べる美優。
翌日の捜査会議では横溝捜査一課長が、一連の事件に方向性が見えてきたと説明。
ただ関係者が現役の国会議員なので、もう少し証拠を固めてから錦織議員と柏崎議員を事情聴取すると発表した。
①事件は国会議員の不倫が基本に成っている。
②桂木常務がこの不倫の情報を手に入れる為に、足立伸子に近づいていた。
③日頃から女遊びの多かった桂木常務は静岡方面で度々遊んでいた。
④情報を掴んだ二人が錦織議員と柏崎議員を強請った
⑤結果次々と二人が殺されてしまって、偶然殺害に使われた青酸性の毒物が桂木常務の持って居た物ではないかとの証言で、我々は勘違いをした様だ。
⑥錦織議員が裏の組織を使って殺した可能性も有るが、その辺を慎重に調べる事。
⑦木南信治はこの二人のどちらかを強請に行って、逆に殺されたと思われるが、裏組織の犯行に手口が似ている。
「以上の点の裏付け捜査を今日から全員で行なう事にする」
一平が「美優が桂木常務と関係の有った風俗嬢、かつみを捜していますが?それはどの様に致しましょうか?」
「今回は奥さんの推理が少し違っていた様だが、桂木常務が初島とかに一緒に行った女性が見つかると、毒殺された経緯も知っている可能性が有るので、引き続き捜して貰いたい」
「しかし、自分達の不倫で人を三人も殺しますかね」佐山が言う。
「錦織議員は将来の総理候補だ!今のタイミングで不倫が世間に知られる事は大きな問題だろう?」
「それと錦織議員は若い時から柏崎由希子のファンで、ファンクラブにも入っていたとの情報も入っています」
「やはり、その様な行動をして、後援会の会長もしたのだから、間違い無い!ボイスレコーダーが見つかれば総てが判明するのだが、誰が持っていると思う?」横溝捜査一課長が全員に尋ねた。
「木南信治はコピーを持っていたので、自宅を荒らされて本物を探したのだと思います」
「それでは元のボイスレコーダーは足立伸子が、錦織に渡して殺された?」
「僕が柏崎由希子に聞いた時、彼女は桂木常務が殺された事に対して、不思議そうな感じだったのです」一平が発言した。
「それは錦織議員が桂木常務を、殺すとは思っていなかったのだろう?」
「課長、カジノ構想の話しはどの様に繋がるのでしょう?」佐山が尋ねる。
「佐山君、それは柏崎由希子が殺人事件をカムフラージュする為に、流したデマだよ!たまたま桂木常務が女性と初島に遊びに行ったのが、事件に結び付いて全く存在しないカジノ構想に成ったのだ」横溝捜査一課長は自分の話に酔い、物証と裏付けを今日から徹底的に捜す様に指示して会議が終了した。
錦織議員が神奈川県警の管轄に成る為、一応横溝捜査一課長は神奈川県警に仁義を通す事を忘れなかった。
神奈川県警からは、政界の大物だから完璧な証拠を掴むまでは、手出しは控えて欲しいと言われ、監視等は神奈川で行ない状況はお知らせすると丁重に断られる。
その為静岡県警は柏崎由希子の身辺を徹底的に調査する。
柏崎由希子と桂木常務に接点が無いか?徹底的に調べ始める。
数日後美優は数人の女性のリストを作成して、一平に「この中に須藤瑠美、加山かつみが居ると思うのだけれどね」と見せた。
渡辺操(島根県)工藤香奈(秋田県)大木志保(北海道)
「近所にも候補の女性が数人居たのだけれど、最後まで学校に行ってないから、外したのよ!少なくても無理してでも国立なら行くでしょう?だから二年で退学した学生は除外」
「美優の高学歴に対する偏見じゃあ無いの?国立でも途中で辞める人居るよ」
「とにかくこの三人が風俗で働いていた実績が有るか、調べて貰える?」
美優はかつみと加山かつみが同一人物なのか?に焦点を絞っていた。
美優の推理?
46-024
「県警では、錦織議員と栢崎議員の不倫が原因での事件として、調べているのだよ!桂木常務と栢崎議員に接点が有れば解決だ」
「私は違うと思う!逆だと思うわ!」
「逆?どう言う意味なの?」
「錦織議員を栢崎由希子が誘惑したと思うな!」
「えー誘惑?」
「そうよ!多分警察はもう直ぐ柏崎由希子と桂木常務の接点を見つけると思うわ、でもそれは桂木常務が仕掛けた罠で、由希子が錦織議員を引き込む材料に成ったのよ」
「えー、意味がよく判らない」
「初島カジノ構想を実現する為に、大物議員の力が必要に成って錦織議員に的を絞った、以前から柏崎由希子のファンだった錦織議員は、誘いに乗った。
そこで証拠のボイスレコーダーが登場するのよ」
「でもその様な大事なボイスレコーダーを忘れるか?」
「だから私が、以前お願いしたでしょう?誰か連絡をしてきた人は居なかったか調べてって言ったでしょう?」
「あっ、忘れていた」
「でしょう?私が調べたわ!男の人が電話をしてきたって!」
「男?」
「多分桂木常務だと思うわ」
「もしもボイスレコーダーが二台有ったら、どう成ると思う?」
「えーーボイスレコーダーが二台?」
「ニシジマの職員が仕掛けて居たとしたら、間違えて違う物を柏崎由希子が持ち帰り、驚いて桂木常務が問い合わせた!」
放心状態で聞いている一平。
先日の捜査会議とは全く異なる美優の推理だが、辻褄は合うと思う。
美優が「これはまだ言ったら駄目よ!今言うと課長の権威が落ちるからね、まだ判らない事が多いのよ!だから発表は出来ない」
「例えば?」
「私の推理では、足立伸子さんを殺してでも、ボイスレコーダーを取り戻したいのは、桂木常務だと思うのよ!でも足立伸子さんよりも先に桂木常務が殺された事が理解出来ないのよ!この部分が解決出来たら総てが繋がるのよ!二人の殺され方が同じだから同一人物だと思うのだけれど、犯人が見当たらないのよ!だから秘密を知っている可能性が有るかつみを捜しているのよ!初島まで一緒に行く仲だから、相当知っていると思うのよ」
「それが渡辺操(島根県)工藤香奈(秋田県)大木志保(北海道)の三人か?」
「でも国立の子が風俗で働くかな?その三人の学校は判らないのよ!それも調べて!多分国立だと思うので、抜粋したのよ!風俗の名前と一緒にしたのかも知れない!でもとても桂木常務はかつみさんの事を気に要っていた」
一平は話しを聞いて一層判らなく成っていた。
話しは少し前に戻って去年の八月
「堂本君!いよいよ仕掛ける時期が近づいたぞ!初島を中心にした熱海、初島一大カジノプロジェクトが動き出すぞ」
「与党の大物代議士さんとの交渉が進むのですか?」
「その通りだ!忙しくなるぞ!」
「私も常務さんとの最後のお仕事に成るかも知れませんね」何気なく言った言葉が桂木常務の神経を逆撫でした事を聡子は知らなかった。
数日後桂木常務は、柳井工業の上海支店に直接電話をして、植野晴之が当分帰国出来ない様に取り計らって欲しいと頼み込む。
柳井工業は、空調冷熱設備、クリーンルーム、医療ガス、ガス溶接事業を中心にした会社、中堅企業で上場もしているのだが、東南物産の力は強く、特に筆頭常務桂木の要望にはご無理、ごもっとも状態なのだ。
しかし、支店長室の隣の事務員がこの話しを偶然聞いてしまった。
この事務員は現地採用の中国人だが、少なからず植野に好意を持っていた為、晴之に東南物産の指示だと伝えてしまったのだ。
数日後晴之に支店長が本社と相談して、仕事が良く出来るので係長に昇進させて、もう一年上海で頑張って欲しいと説得する予定で呼ぶと、晴之は辞表を叩き付けて退職を申し出てしまった。
呆然とする支店長を尻目に、晴之は翌日帰国してしまった。
帰国の翌日晴之が、桂木常務に連絡をして会ってどうしても話したい事が有ると告げたのは、言うまでも無かったが、中々面会には成らなかった。
話しが戻って
柏崎由希子の自宅近辺の聞き込みで、横溝捜査一課長が待ちに待った情報がもたらせた。
桂木の借りたレンタカーを目撃していた学生が居た。
その学生は栢崎由希子のファンで、暇が有れば自宅の近くを散歩の様にして柏崎が出て来て偶然会えないかと思っていたらしい。
その為、携帯のカメラで来客の車、時には来訪者も撮影するらしく、写真にはレンタカーの番号が克明に写されていた。
「これで柏崎由希子を引っ張れる」
「もう一度事情を聞きに行くのは駄目ですか?参議院議員で元女優ですから、話題が大きすぎて、錦織議員の方が対策を講じると面倒ですよ」佐山が横溝捜査一課長に進言した。
「よし、野平と伊藤でもう一度聞き取りに行ってくれ」
二人は柏崎由希子に会いたい事を伝えると、渋るので「警察に来て頂く事に成りますが、それでも宜しいのでしょうか?」と話すと、渋々夜六時自宅に来てくれる様に言った。
美優に頼まれていた渡辺操(島根県)工藤香奈(秋田県)大木志保(北海道)の三人の身元と現状を調査したが、各県警の調べでは地元の県庁に勤めている人、大手企業に勤めている人で、東京の風俗で働いたのかは判らないが、少なくとも静岡近辺に桂木常務と来た形跡は皆無だとの調査結果が届いた。
美優に伝えると予想が外れた事を悔しがったが、それが美優が範囲を広げて調べる事に繋がっていった。
強請
46-025
一平と伊藤が柏崎由希子の自宅に到着する時間に、美優の元にも宮本の奥さんが「少しの間家庭教師に来ていた男の子は大村茂樹君で、国立大の学生さんでした!遅く成ってごめんなさい」と知らせてきた。
律儀な子で年賀状を送って来ていたので、判ったのだと言うので、美優は住所を教えて欲しいと頼み込んで金沢の住所を教えて貰った。
早速電話番号で調べ様としたが登録が無い。
美優は先日の失敗も有るので、直接本人に聞いてみる事にする。
冬の金沢見物?でも寒そう!そう思いながら、この大村茂樹と云う学生が今回の事件の鍵を握っているのでは?美優の頭の中に何か閃く様な物を感じていた。
一平と伊藤が柏崎由希子の自宅に行くと「私と桂木常務の事が知られてしまったのね」と開口一番言い始めた。
「そうです!前回何故知らないと答えられたのですか?」
「だって、桂木常務さんが毒殺されたので、関わりたく無かったのよ」
「でも今は疑われていますよ」
「冗談は辞めて下さいよ!桂木常務さんとは一緒に仕事をしている関係なのよ、何故殺さなければ成らないの?常務さんが亡く成られて一番困っているのは私なのよ」
「それはどう言う意味ですか?」
「。。。。。。。。。」急に喋らない由希子。
「警察は私か錦織議員が犯人だと思っているの?もしその様に考えていらっしゃるなら、大きな間違いですよ!確かに先生と私は不倫の関係ですが、お互いに桂木常務さんにはお世話に成っていたのですよ!何故その様な大切な方を殺すのですか?」
「では足立伸子さんは?お互いに邪魔な存在でしょう?」
「。。。。。。。。。。。。」
「私は足立さんとは面識は有りません、前にもお話しましたが、ヨーロッパに行って留守でした」
「足立さんから強請られた事は有りませんでしたか?」
「。。。。。。。。。。。。それは、有りました」ぼそっと答えて「でも一度だけで、海外に行きましたので、その後は亡く成られました」
「その事、強請られた事実を誰に話しましたか?」一平が言う。
伊藤が「錦織議員も強請られたのですか?」と尋ねた。
「それは知りません、聞いていません」
「話しをされなかったのですか?錦織議員と?」伊藤が尋ねた。
一平が美優の言った言葉を思い出して、この由希子が誘惑を?
「カジノ構想が有るのですか?」
「えっ、カジノ構想って猿渡議員の?」顔色が変わって「今回の事件と関係が有るのですか?」そう言って惚ける由希子。
一平は口には出さなかったが、美優の推理が的中している事を肌で感じていた。
県警の見込みが間違っている可能性が高いと思う一平は、美優の考えを確かめ様と考え始めた。
「栢崎由希子さんと錦織議員との仲が、深い関係に成られたのはいつ頃でしょうか?」
「変な質問ですね、県警は芸能記者の様な事も調べるの?」
「いえね、私の妻がその様な話しが好きでね!」微笑みながら言うと「貴方、確か野平さんだったかしら?」逆に尋ねる由希子。
「そうですが?」
「奥さんが有名な美優さん?そうでしょう?」急に笑顔に変わって尋ねる。
「そうですよ!」そう答えると「奥様は私の事をどの様におっしゃっているの?」
「それはお答え出来ませんが、質問から察して頂きたいですね」
「判りました、お答えしますわ」
そう言って、錦織議員とは自分が女優の時から、懇意にしていて後援会の方でも世話に成っていましたが、関係を持ったのは一度だけで、それが神奈川のラブホテルだったと答えた。
付け加えて「運が悪かったのよね!その一回がこの様な事件に巻き込まれる何て!」と言った。
桂木常務との関係も認めて仲間だと証言したが、その仲間がカジノ構想で有る事を公言は避けたが、的中していると二人は思って自宅を後にした。
「美優さんの推理は、課長の意見とは真逆だったのですね」
車に乗り込むと伊藤が尋ねたので「課長の顔が有るので、今暫くは内緒で頼む」一平は伊藤に頼み込んだ。
「確かに今回の事件は複雑で、判り難い部分が多すぎます、桂木常務を殺して徳をする人が少ないですよね」
「柏崎由希子が言った仲間を殺す訳無い、特にカジノ構想は常務が亡く成って頓挫したと思う、有る程度まで根回しをしたので、口外出来なく成ったのは事実だろう」
「でも足立伸子が柏崎由希子を脅したのは、今日の証言で確実に成りましたね」
「普通なら、由希子は直ぐに足立伸子の話は、桂木常務に伝えるだろう?」
「桂木常務はお金を払ってでも取り戻すだろう?事実百万が足立伸子の口座に入っていましたよね」
「その金は誰が出したのか?桂木常務、栢木由希子、錦織議員の中の誰か?」
「木南は誰に殺されたのでしょう?」
「残った二人のどちらか?でも常識的には錦織議員の可能性が高い、裏社会にもコネクションが有りそうだ」
二人はその様な話しをしながら県警に戻って行った。
自宅に戻ると一平が美優の推理が的中の様だと言うと「実は重要な事を調べる為に、金沢に行きたいのよ」微笑みながら言う。
「金沢?何それ?」
「実は武蔵小杉のマンションに家庭教師で来ていた学生は、金沢の人だったの?」
「行かなくても、警察で捜せるだろう?」
「いいえ、どうしても実際に話を聞かないと判らない事が有るのよ」
「今頃の金沢って雪で大変だろう?」
「そう、そうなのよ、だから日帰りは難しい!一泊!」
「えーー一人で一泊旅行に行くのか?」そう言うと天井を指さしている美優。
「えーー久美さんと行くの?」
「そう!もう決めたの!今頃久美さんも伊藤君にお強請りしているわ」そう言って微笑む。
金沢にて
46-026
結局県警は決め手が見つかるまで、柏崎由希子を泳がす作戦にして、常に四人の刑事が交代で行動を見張る事に成った。
木南殺害に関与した人物に、二人の関係者が居ないのかも引き続き捜査がされる事に成った。
話しは九月に戻って
月が変わっても中国から戻った植野晴之は、再三に渡って桂木常務の携帯に連絡をして来る。
桂木常務は聡子の事で何かを感づかれたと勘違いをして、電話口に出ると「私は何も知らないが、もしかしたら元秘書の籠谷課長が何か知っているかも知れない、今は大阪本社の総務部次長だ」と答えてしまった。
植野晴之は自分を中国に止める様に指示をしたのが誰なのかは知らなかったが、日頃、聡子から聞いているのは桂木常務だけだったので真相を聞こうとしたのに、全く予期していない人物の名前を聞かされて動揺する。
自分が戻っている事を絶対に聡子に言わないで欲しいと頼み込む晴之。
まさか聡子が桂木常務の女だとは考えもしていない晴之。
自分の人事、仕事の事で聡子には迷惑を掛けたく無いと思っていたが、来年には日本に戻って聡子と結婚したい晴之は、秘書課長が人事を指示した人を知っていると勘違いした。
桂木常務は電話が終わると籠谷次長に「植野が何か感づいた様だ!中国から戻って来て君を捜している」と話した。
この電話は籠谷次長を震え上がらせる結果に成ってしまう。
電話を受けた籠谷次長は、もしかして堂本聡子が体調の異常を感じて、病院に行って自分の手術の事を知って植野に相談したのか?自分は殺されるのでは?と半ばノイローゼの様に成っていた。
自分の近くに知らない男性が近づくと、極端に恐怖を感じてしまう様に成る。
籠谷次長自体は植野晴之の顔を全く知らないから、一層恐怖は毎日襲ってくる。
その植野が籠谷次長に電話をするとパニック状態に成る籠谷次長。
話しが戻って
数日後、美優は伊藤純也の妻久美と東京から北陸新幹線で金沢に向かう。
夕方には金沢の旅館に到着、荷物を置くと早速大村茂樹の年賀状の住所を尋ねて向かった。
タクシーの運転手がナビで捜してくれて到着すると、近所を捜すと大村と書いた表札を見つける二人。
「取り敢えずここだと思うので入ってみよう」
もうしばらくすると暗く成って来る時間、北陸の冬は日暮れが静岡に比べて早い気がする美優。
年配の女性が出て来て、美人の二人を見ると、化粧品の販売と間違えて追い返そうとした。
美優が慌てて昔、学生の時に家庭教師をされていた時の事を聞きたいのですと説明した。
何故今頃昔の家庭教師の事を聞くのか?怪訝な顔をされたので、仕方無く説明をする。
「えー、茂樹が働いていたお宅の住所を犯人が書いていたのですか?でも茂樹は関係無いですよね!刑事さん!」二人を刑事と間違えて離す。
「何故?家庭教師なのですか?」
「犯人は家庭教師をしていた女性なのです、それで同じ仲間の人にその様な方が居なかったか?そのマンションで会わなかったのかを聞きに来たのです」
「そんな話しでしたら、本人に聞いて下さい、息子は今では嫁を貰って小松空港に勤めています」
「パイロットでしょうか?」
「いいえ、地上勤務ですよ!明日は休みの日ですから、居ると思います!連絡して置きます」
住所を書いたメモを貰って大村の自宅を後にする二人。
翌日小松空港の近くの粟津温泉駅から、タクシーで十分の場所に新築の住宅が建ち並んだ一角に大村茂樹の自宅が在った。
「ここね」久美がタクシーを降りてから、表札を捜し歩いていち早く見つける。
美優が追いついて「ここ。。。。。。。」と表札を見て身体が固まってしまった。
「どうしたの?美優さん」美優の驚く視線の先には、大村茂樹の名前の横に少し小さく瑠衣と書いて有った。
「この名前よ!品川のデリヘルで女性が名前を書いているの、その名前なのよ!」
「奥様の名前よね」
「もし名字が須藤なら、確実よ!」
気合いを入れてチャイムを鳴らすと、二十代の女性が返事をして招き入れた。
「警察の方ですか?」
「はい、奥様ですか?旧姓須藤さんですか?」
いきなり旧姓を言われて驚き顔に成って「何故ご存じなのですか?」恐る恐る尋ねた。
そこに奥から茂樹が「何か有ったのか?」と出て来た。
「この刑事さんが私の旧姓をご存じだったので驚いたのです」
玄関先で話すのも困るので応接に上がって貰う茂樹。
ソファーに座ると、美優は須藤瑠衣の名前が品川の風俗嬢が使って、住所が茂樹の働いていた(メゾンむらさき308号)だと説明をした。
驚き顔の二人は冷静さを取り戻し「私が宮本さんの家庭教師をしていた事を知っている人ですよね」と尋ねた。
「多分そうだと思うのですが、心当たりは御座いませんか?」
「私が家庭教師で宮本さんのマンションに行っていた事は、ゼミの人なら知っていると思います」
「それでは須藤瑠衣さんをご存じの方は?」
「同じくゼミ関係の人なら全員知っていますよ」
「ではもうひとつ、宮本さんのマンションの前に小さなハイツ茜と云うマンションが在ったと思うのですが、そこに住んでいた学生はご存じ無いでしょうか?」
「ああ、知っていますよ!初めて会ったのは同じ大学の一年生の時だったかな、でもお父さんが癌に成ったので二年生の時、マンションを引き払いましたよ!看病とかだと聞きました」
「その女性の名前は覚えていらっしゃいませんか?」
「名前ですか?数回会っただけですから、思い出せませんね」
「そうでしたか、近所の方が親しそうだったと言われたので、お聞きしました」
「奥様の事はその女性はご存じでしょうか?」
「知らないでしょう!知っている筈有りません」と強い調子で言う。
瑠衣がお茶を持ってその後部屋に入って来ると、冷静さを装う茂樹だった。
辿り着く
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「知っているわね、凄く動揺していたから、何か心辺りが有るのよ」
「でも言いませんでしたね!何故でしょう?」
「でも顔が喋ったから、一応は来た甲斐は有りましたよ!」
「えー、美優さんはそれで良いの?」
「はい、充分よ!電話では絶対に顔色は判らないから、これで良いのよ」
久美にはさっぱり判らない事だが、美優にはあのハイツ茜に住んでいて、茂樹と同じ時期に二年程で退居した学生は、二人しか存在していなかったので目星が付いたのだ。
目星が付いてもその女性が本当に(品川ゴールド)に勤めていたのか?そこまでは結び付かない。
かつみちゃんが、初島に桂木常務と一緒に行った同一人物だとは限らない。
未だ未だ謎の多い事件だが、一歩前に進んだ事は確かで美優は多少気分的に楽に成っていた。
土産物を買って帰る二人の姿は、道行く人が振り返る程の美人。
一泊旅行を楽しんだ二人は夜遅く自宅に戻った。
美優は早速パソコンのデータを取り出して、該当の学生の名前を二人画面に出した。
小山淳子、千葉県の銚子でもう一人が横須賀の堂本聡子の名前と住所を見ながら、もし犯人なら問い合わせをしたら逃亡、証拠隠滅の恐れが有る。
美優の脳裏に迂闊にこの二人に警察の手を廻すと危険では?と思い始めた。
①二人のどちらかは、国立大学に通いながら風俗に勤めた。
②名前を須藤瑠衣と偽って、風俗で登録をした。
③少なからず大村茂樹と関係が有り、妻の瑠衣を知っている人物。
④桂木常務がかつみに惚れていて、その後もかつみを女性同伴の時に使って居たら、この話は終 わって意味が無い。
⑤もう一つはその後も、同じかつみと付き合っていた場合は余りにも長いのだ。
考えていると午前零時を過ぎて、一平が戻って来て紙に書いた美優のメモを見て「小山淳子、堂本聡子!初めて見る名前だが、金沢で何か見つかったか?」と尋ねた。
「この二人が大村茂樹、そして須藤瑠衣を知っている可能性が高いのよ」
「須藤瑠衣が見つかったのか?」
「驚いたら駄目よ!大村茂樹の奥さんだったのよ」
「えーー繋がったのか?この二人が大村夫婦と関係が有るって事だな、明日早速聞いてみよう」
「待って、もしかつみさんなら、犯人の可能性も有るから警察が動くと証拠隠滅、逃亡の恐れが有るのよ、極秘に調べて二人のどちらかが風俗に勤めていた事実を掴めないかな?」
「課長にお願いして、俺が調べて見るか!」
「大丈夫なの?課長の捜査方針に逆らう事に成らないの?」
「実は課長の方針が行き詰まっているのだよ!どうやら議員から圧力が掛かった様で、錦織議員の周辺を調べる事が出来ない様な雲いきだから、新たな証拠を準備する必要がある」
「流石は人民党の大物議員だわ、一筋縄では難しいわね」
「大村茂樹は認めなかったのか?」
「多分、奥さんが居たからか、この女性と関係が有ったのでは?だから言えないのでしょう?」
「認めると夫婦の危機に成るか?」
「そうね、今奥さん多分妊娠していたと思うから、今刺激する事を避けたのでしょう?」
翌日一平は早速佐山に相談して、横溝捜査一課長に一平の単独行動許可を申し出た。
「確かに、ここでかつみと云う女が現れると、桂木常務の行動の総てが判らなくても大部分は掴めるな」
そう言って抵抗無く許可をする横溝捜査一課長、何か大きな進展に結び付く事が欲しいのは事実だった。
自分の捜査方針が揺らいでいるから、何とか足がかりが欲しいのだ。
早速、横須賀と千葉に向かう一平「一泊二日で何が見つかるか判らないが、とにかく許可を貰った」自宅に帰って着替えを準備して向かう。
「写真が手に入れば、森繁さんに見て貰えるわ」車で静岡駅まで送って行った美優が言う。
美優は何故この二人のどの様にして捜し出したのだろうか?新幹線に乗り込むと急に気に成り始める。
まさか小さなマンション(ハイツ茜)の住居人のリストを総て調べたのか?初めは遠方の人渡辺操(島根県)工藤香奈(秋田県)大木志保(北海道)だったが、違ったので近辺の女性に絞ったのか?一平は考えているといつの間にか居眠りをして、東京駅に着いてしまい千葉から調査する事に必然的に成ってしまった。
美優は大村茂樹とかつみを名乗った女性は付き合いが有ったが、須藤瑠衣の方に茂樹が行ってしまい自分は振られた。
その事が絶えず頭に残っていたので、自分が風俗に身を落としたが、腹いせに住所を使い彼女の名前も使ったと考えていた。
ハイツ茜に住んで、家庭教師に来ていた大村茂樹と親しくなったが、須藤瑠衣に大村茂樹は?もしかして、茂樹が話していた父親の癌の為に看病ではなくて、風俗に働きに行った?
美優は大村茂樹の自宅では無く勤め先に電話をして、確かめる事にした。
自宅では瑠衣さんの手前喋らない事も、喋るかも知れないと思ったからだ。
迷惑そうに電話に出た茂樹は「まだ何か御用でしょうか?」と言う。
「癌のお父さんの看病に実家に戻った女性の事ですが?」
「名前は忘れたと言ったでしょう?」
「名前も住所も教えて頂かなくても結構ですが、一つ教えて欲しいの!」
「何でしょうか?」
「彼女もしかして、風俗のバイトを始めたのでは?」
「違いますよ!風俗なんてしていませんでした!渋谷のスナックに。。。。。」と言ってしまったと途中で話を止めてしまった。
「ありがとう!」美優は聞きたい事を聞いたので、直ぐに電話を終わって一平に、渋谷のスナックに勤めていた事実を確かめて欲しいと連絡をした。
大村茂樹の元彼女がかつみだと確証は無いし、初島に行ったかつみが同一人物だとは限らないが、少なくとも見つければ桂木常務との接点は判明すると思う美優だ。
晴之の衝撃
46-028
夕方に成って一平が「小山って女性がかつみかは判らないが、渋谷のスナックで働いていた様だ」
「そうなの?」
「去年東北の人と結婚して、子供が産まれたらしい」
「風俗で働いた経験は?」
「それはまだ判らない!この女性かな?」
「学校は何処?」
「横浜の私立らしいが、噂だから確証は無い!どうする?」
「その人は違うと思う、もし桂木常務と関係が有るなら、お腹の大きい時に初島って事に成る」
「美優は一連のかつみが同一人物だと思っているのだな!」
「その可能性が高いわ!横須賀の堂本さんの方に行って」美優の決断は早かった。
もし堂本聡子が該当しなければ、自分の推理が間違っていた事に成る。
そう成ったら、この事件は何処から手掛かりを捜せば良いのだろう?不安が脳裏を過ぎった。
去年の十月に戻って
大阪の東南物産本社の総務部に無言電話が度々有り、完全にノイローゼ気味の籠谷次長のマンションに植野が現れて呼び出した。
会うと同時に怯えて「私は何も。。。。指示をされたから仕方無く、詳しい話を聞くなら瀬戸頼子に聞いて下さい」
「それは誰だ!」
「東京の病院の看護師よ!その女も強請ってきたのよ!もしかしたら彼女に話したかも知れないわ」
意味不明の話に晴之は「叔母さん!何を喋っているのだ?誰かが病気に成ったのか?」
「病気じゃないわ、妊娠でしょう?だから私は命令されただけよ!気の毒だとは思うけれど私も命令されたから仕方無く連れて行ったのよ!」
「妊娠って?誰が妊娠したのだ!」
「えっ、誰って?彼女でしょう?」
晴之は東南物産の誰の指示で、自分の上海での仕事が長引くのか?もう一年も何故延ばされたのかを尋ねたのに、妊娠の話に成ったので全く意味が判らなかったが、彼女と言われて「聡子?堂本聡子が関係しているのか?何故だ!僕の転勤に関係しているのか?」
胸ぐらを捕まえて詰め寄る恐い晴之に「桂木常務と男女の関係。。。。。」掴んだ胸ぐらの手の力が抜けて放心状態に成る晴之。
しばらく考えて「その看護師の女って、何処の病院だ!」
「池袋の釜江婦人科だけど、もう辞めているわ!これが連絡先よ!詳しい事が聞きたければこの瀬戸頼子に聞いて!私は常務の命令で病院に連れて行っただけよ!」
「だが、お前も同罪だ!近日中に結論を出す!それまで念仏でも唱えて待っておけ」
晴之はこの時、桂木常務が聡子を強姦して妊娠させてしまって、その処理を籠谷次長にさせたと理解した。
桂木常務を殺したい気分に成っていたが、取り敢えず瀬戸頼子に連絡をして、事情を聞きたいと思った。
大手の商社の重役のスキャンダルが金に成るのか?それとも他に強請る材料が有るのか?翌日晴之は東京に戻って、秘書の聡子に手を出した桂木常務を殺したい気分に成っている。
強姦して妊娠させて、その子供を始末させるなんて許せない。
そうは思うが、自分の上海転勤期間を延ばす事には直接関係が無い様に思えた。
晴之は聡子に連絡をしてホテルで会うが、身体を求める事は無く「何か僕に隠している事は無いか?上海の支店にもう一年延長に成った!東南物産の桂木常務の指示らしい!」
恐い顔の晴之に「。。。。。。。。。。」何も答えられない聡子。
「もう一つ知った事が有る!大阪の籠谷次長に総てを聞いた!詳しい話をこの人に聞けとメモを貰った」と差し出す晴之の手が震えている。
その言葉に身体が震え始める聡子は、もう泣き崩れるしか術が無かった。
「説明して欲しい」の言葉にしばらく泣きながら考えて「何故?この瀬戸さんの連絡先が?」
「強請に来た様だ」
「強請?」それだけ呟くと考え込んで「一日待って!総てを話すから、私も何故?この看護師さんが次長の処に強請に行ったのかが、気に成るの!でも信じて晴之さんの子供が育って居なかったの?常務の子供じゃ無いのよ!信じて!」必死に訴えるが晴之は「僕の子供を何故?」
「診察に行って母子手帳を貰おうと思っていたの、もし貰えたら晴之さんに報告する予定にしていたのに、育って居ないと診察で言われて堕したの!ごめんなさい」
二人はその後沈黙で、時間だけが過ぎていった。
翌日意を決して、晴之は瀬戸頼子に籠谷次長の弟だと話し、自分が姉の代わりに条件を聞きに行きたいと話した。
頼子は東南物産の常務に直接面識が無いので、籠谷次長の名前と顔を知っていたので、話に行ったと話し、常務から口止め料五十万を貰って欲しいと晴之に言った。
「大会社の常務が社員を妊ませた事で、口止め料は獲れませんよ」晴之は鼻で笑って言った。
「そうなの?でも自分の子供では無いのに、堕してしまうのは犯罪ですよ」
「育って居なかったので、仕方が無かったのでしょう?」
「弟さんって言ったけれど、随分離れているわね」全く違う事を言って晴之の顔を見る。
「姉は父の連れ子ですから、私の母は後添えです」
「そうなの?何も聞いていないのね!お姉さん話さなかった?」
「僕は詳しい話は聞いて居ません、瀬戸さんの条件を聞いて来る様にとだけ、勿論交渉もですが!」
「子供が育って居ない?それは嘘の話よ!常務はあの子が気に要ったから、妊娠すると困るから始末をさせたのよ!私は先生との話を聞いたのよ!」
「えっ、子供は育って居た?」
「そうよ、元気で育って居たと思うわ!あの娘さん母子手帳が貰えると思って病院に来たのに、子供を中絶手術されて、二度と子供が産めない身体にされてしまったのよ」
「。。。。。。。。。。。。。」放心状態の晴之。
「どうしたの?顔色悪いわよ!卵管を切られてしまったから、もう子供が産めないわよね!可哀想よ!あの子知らないのよ。。。。。。。。。」頼子の言葉が遠くに聞える晴之。
大きなショックは、明日どの様な顔で聡子に会えば良いのか?考える事も出来ない状態だった。
知った真実
46-029
翌日聡子と会った晴之は、顔を見るのが辛くて本当は会いたくなかったが、聡子も覚悟を決めて総てを話したいと会う事を強要した。
ホテルで顔を見ると、聡子は既に目を真っ赤に腫らして「ごめんなさい!」と謝った。
晴之も何も言えずに行きなり抱きしめると、既に涙が溢れていた。
「もう何も言わなくても良いよ!」と言う晴之の言葉を遮って「私晴之さんの事は大好きなの、でもこの様な事に成ってしまったので、今日でお別れします。今まで騙してすみませんでした」泣きながら謝る聡子。
泣き声で話し始めると「お父さんが癌に成ってお金が必要に成って、風俗で少しの間働いたの、その時のお客が桂木常務だったの、就職して東南物産の秘書室に入るまで知らなかったの、加山って名前をつかって風俗で遊んでいたの!就職して初めて判ったのだけれど、お父さんの仕事も、お兄ちゃんの仕事も、晴之さんの仕事も桂木常務にコントロールされていたの、肉体関係を強要されたわ、風俗の時には本番行為はしていなかったのだけれど、秘書に成って強要された。拒否すると全員の仕事が無く成る程の事を言われて、仕方無く従ったの!でも二年待てば晴之さんが帰って来る。それまでの我慢だと思っていたの、妊娠を知って嬉しかったわ、来年には三人で暮らせると思っていたのに、育っていなかっ。。。。。。。」流石に気丈に話した聡子も泣き崩れてしまった。
晴之は「もういいよ!判った!もう話さなくても良いよ!でも桂木常務は許せない!」恐い顔に成った晴之。
「私、もう会社も辞めて、晴之さんともお別れするわ」
「そんな事を言わないで、一緒に桂木常務に復讐をしよう!世の中の敵だ!生かしてはおけない!」
晴之の気迫に圧倒されそうに成る聡子。
そう言うと、絶対求めないだろうと思っていた身体を、晴之が求めて来て「俺が聡子の仇を討ってやる」そう言って唇を再び求めた。
晴之の意外な態度に、戸惑いながら身体を許してしまうと、もう止らない二人。
久々の関係の後、晴之は「僕、柳井工業を首に成った」とポツリと言った。
「えーそれって常務の差し金?」驚きの表情で尋ねる聡子。
「僕を日本に帰さないと。。。。。」
「そんな、約束が違う!私抗議します」
「そんな言葉が通じる男では無い、鬼だ!人間の屑!生きる価値無い!」
強い言葉で罵る晴之に怖さを感じてしまう聡子。
自分の彼女を寝取られた悔しさなのか?恐い口調の晴之。
「私直ぐにでも会社を辞めるわ、私も我慢出来ない」
「辞めないで欲しい」晴之は意外な言葉を口にした。
「えっ、もう私は耐えられない!晴之さんへの仕打ちを聞いてもう我慢が出来ないわ」
「僕は桂木常務への復讐の為に、もう少しの間我慢して勤めて欲しいのだよ」
「えっ、本当に復讐をするの?」
「勿論だよ!この様な卑劣な事をする男を許しておけない!」
「そこまでしなくても、彼の目が届かない場所に行けばいいじゃない?」
「僕、僕達の子供を殺されたのだぞーーーーーそれでも許せるのか!」急に大きな声で泣きながら言い放った言葉は、聡子の耳に木霊の様に聞えた。
「知っているか?病院に連れて行った功績で籠谷は大阪本社の次長に成っているのだ!」
「。。。。。。。。。。」放心状態の聡子。
流石に手術の話は出来ない晴之。
「それって、子供が殺されたって事!」怖々尋ねる聡子に、頷く晴之。
急に大声で泣き始める聡子は、もう泣き止む事が無い状態で、晴之が抱きかかえて泣き疲れて、眠るまで続いた。
翌朝「殺しても許せない!」鬼の形相に変わった聡子は、晴之の計画通りしばらく様子を見る事に同意したが、普通に桂木常務に接する事が出来るか、自信は無いと言った。
聡子の危惧は翌日の桂木常務の慌て様で消え去った。
「大変だ!静岡のラブホテルでボイスレコーダーを忘れてしまったらしい」
「えっ、例の柏崎由希子さんがですか?」
「ラブホの清掃員が、盗聴していたらしい!あの女優自分が置いた盗聴器と違う方を持ち帰ったらしい、そちらのボイスレコーダーには、他の話も入っているが、彼女の持ち帰ったボイスレコーダーには、ラブホの盗聴だけだ!困った!早速百万要求された!私が出て行く訳には行かないので、堂本君済まないが今日夕方静岡で百万を渡して、取り返して来てほしい」慌てた桂木常務の顔を見てほくそ笑む聡子。
早速復讐の機会が訪れたと、晴之に事の成り行きを連絡する聡子。
晴之には何が起って慌てているのか判らないので、静岡までレンタカーで送るので説明して欲しいと言われる。
適当な事を桂木常務に話して、早い時間から本社を出ても何も言わない常務。
ボイスレコーダーの中には、錦織議員との密約が入っているので、困り果てる桂木常務は聡子の行動には感知していなかった。
柳井工業の上海支店では、支店長は植野晴之が退社した事実を桂木常務には連絡していなかった。
人事に口出しされて面白く無かったので、晴之が退社した事でもう言われる事は無いと喜んでいたのだ。
レンタカーで迎えに来た晴之は聡子が乗り込むと同時に「運が向いて来たな!早速面白く成ってきた」
「ラブホで何が有ったのだ?」早速尋ねる晴之。
「人民党の錦織議員と柏崎由希子の不倫よ!」
「えーあの元女優の参議院議員だよな!もう一人は幹事長だったな?」
「元ね、でも大物議員よ!桂木常務が進めるカジノ構想に口利きをして貰う為に、柏崎由希子に昔からご執心の錦織議員に人身御供で差し出したのよ」
「悪い桂木の考えそうな事だな」
「交換条件に賄賂と柏崎由希子を進呈したのよ!でも密会の証拠をボイスレコーダーに残す為に、桂木が由希子に持たせたのよ、でもラブホの清掃員のグループが盗聴の為同じ様に仕掛けて居たのよ」
「それで間違えて、持ち帰ったって事か?運が付いているな」嬉しそうな晴之。
だが二人共心の中は憎悪で煮えたぎっていた。
悪戯気分
46-030
夕方静岡の梅林公園の近くで足立伸子と会った聡子は、百万の現金を手渡し「口座に入れて、証拠を残して置くと後々役に立つから、一度入金しなさいね」と言った。
「貴女変な事を言うわね、何が狙いなの?」不思議そうに辺りを見廻す。
「心配要らないわ、私も桂木常務を毛嫌いしているのよ」
「何を話しているのか意味が判らないわ」
その時「教えてあげよう!」そう言って近づく晴之に「騙したの?」逃げ腰に成る伸子。
「違うわよ、私達恋人同士だったのに、桂木常務に引き裂かれたので、復讐を考えているのよ!貴女にもっと頑張って貰いたいのよ」聡子が伸子に言った。
「そうですよ、百万と言わずにもっと沢山奪って下さい、手伝いますよ」晴之も同じ様に言う。
変な申し出を受けてしまって逆に戸惑う伸子。
「ボイスレコーダーのコピーが有る事にして、また近い日に脅迫して下さい!これは取り敢えず貰っておきます」
「無く成ったら、コピー出来ませんし、操作の方法良く判らないわ」
「でしょう?だから必要無いのですよ、コピーが有る様に話せば充分です、私達が作って脅しの材料は準備しますから安心して下さい!五百万は頂けますよ」
「そうなの?あんたら信用して良いのね!」
「既に百万貰っているでしょう?後は私達に任せればもっと貰えますよ!携帯番号教えて下さい、連絡を密にしましょう!」
伸子は話を信用して携帯番号を交換して、百万を貰って上機嫌で帰って行った。
数日後伸子はこの話を知り合いの木南信治に喋ってしまった。
ボイスレコーダーを手に入れた二人は静岡からの帰り道、録音のコピーを作る為家電量販店に入り機材を購入。
夜遅く桂木常務が待つ料理店に、聡子は何食わぬ顔で渡すと、流石に堂本君は頼りに成ると喜んで身体を求め様とする。
「緊張したのが原因でしょうか?予定外の生理に成ってしまいました」と拒否をする聡子。
「そうだろう、そうだろう、緊張をするのがよく判るぞ!今夜はゆっくり休み給え!ご苦労だった」そう言って上機嫌でタクシーのチケットを手渡し、横須賀まで帰る様に言った。
晴之は翌日足立伸子に、ボイスレコーダーをコピーした物を渡して信頼を得ていた。
晴之と聡子の復讐はこの様にして始まった。
数日後再び柏崎由希子を脅迫する晴之。
勿論名前は足立伸子として、今度は五百万を要求して電話には柏崎本人の肉声を流して震え上がらせた。
早速柏崎由希子は桂木常務に相談をした。
その様子は直ぐに聡子から晴之に伝わる。
翌日、桂木常務は聡子を呼んで「これは昔取引先に貰った青酸カリだ!これを使って足立伸子を殺害したいので手伝って欲しい」と聡子に言った。
もう足立伸子を殺す以外に、ボイスレコーダーの秘密を消し去る事は出来ないと思った桂木。
「。。。。。。。。」
「堂本君は足立の信頼が有る様だから、必ず成功する」
「そんな恐ろしい事は出来ません」断る聡子に「これを成功したら、直ぐに彼氏を係長で本社に呼び戻してやろう、そして結婚の祝いに五百万出そう!どうだ?」その様な説得をした。
「一晩考えさせて下さい」聡子は桂木の申し出を晴之に相談しなければ、即決は出来ない。
桂木の耳に晴之が退職した事は聞えていないのか?人の人事を勝手に指示するのに、退職を知らない桂木に腹が立つが、我慢、我慢と言い聞かせて、薬の小瓶を受け取って本社を出た。
晴之に見せると目が輝いて「これで桂木を始末出来る」と喜んだ。
しかしこの様な薬を聡子に渡す桂木は余程聡子の事を信頼しているのだと、改めて驚くと同時に本当は聡子を愛している?と嫉妬を感じる晴之だった。
だが、この青酸カリを手に入れた事は、二人には格好の殺害手段を与える事に成った。
「この量は数回分、大人が数人殺せるらしいわ!失敗した時の予備だと話していたわ」
「これで足立伸子を殺そう!」
「えっ、足立さんには恨みは無いわ!殺さなくても良いでしょう?」
「桂木を殺す為には、足立を殺して安心させた時しかチャンスは無い!チャンスは一度だ」
「でも。。。。。。」
「もう僕も聡子さんも死んだのだ!」晴之は自分の決意を話す。
自分達の子供を殺された事が憎いのは判るが、晴之の並々ならぬ決意に圧倒されてしまう聡子だった。
ボイスレコーダーの中身は、柏崎由希子が神奈川のラブホテルで、錦織議員との密会総てと、カジノ構想に尽力して頂いた時の御礼の会話が録音されていた。
そのボイスレコーダーには一緒に、桂木常務と錦織議員との談合、密約の話が録音されていた。
柏崎由希子に桂木常務が聞かせて、由希子を説得して錦織議員と一夜を共にさせたのだった。
神奈川の郊外の高級ラブホテルに決めたのは、車のまま入室が出来る事が便利だった事と、錦織議員は時間的に宿泊が不可能で、自宅に帰る為だった。
だが足立伸子達は、数人で組んでラブホテルでの盗聴を行っていた。
足立の知り合いの女性がボイスレコーダーを仕掛けて、足立がその器具を回収するのがその日の役割だった。
だが回収した器具がいつもの物と異なり変に思い、内容を聞いてしまった事が、悪戯気分の足立伸子を不幸にしてしまった。
桂木常務は自分が渡したボイスレコーダーと異なると直ぐに気が付いて、ホテルに確かめたが足立伸子が持ち去った後だった。
柏崎由希子は初めて持ったボイスレコーダーで、自分の密会の様子を録音すると云う事に戸惑いを感じていたので、慌てて別のボイスレコーダーを持ち帰ってしまった。
晴之は看護師の瀬戸頼子から真実を聞いて、再び籠谷次長に執拗に電話とメールを送りつけ、ついには自宅に手紙と一緒に薬を送りつけた。
それは中国で知り合いの薬局で手に入れた違法な睡眠薬だった。
晴之は一行(悪いと思うなら、これで永遠に眠りなさい)と書いていた。
聡子の死
46-031
話が戻って
翌日一平は美優に聞いている横須賀の堂本聡子の自宅付近に行く。
「この辺りに堂本さんってお宅在りませんか?」知っているのに近所の主婦に尋ねる一平。
二月の下旬の昼間で寒いので、人通りは極端に少ない住宅街。
「ああー堂本さんなら、次の角から二軒目の家ですよ」
「済みません、ありがとうございます。処で娘さんいらっしゃいますよね、聡子さんでしたか?」一平の質問に変な顔をする主婦。
「貴方、保険屋さん?警察?」と尋ねられて「保険屋です」と答える一平。
「保険金出るのですか?出ないって聞いたけれど!病気じゃあ無いでしょう?」
「はい?」不思議そうな顔をする一平。
「娘さん去年亡く成ったから、今頃調査ですか?」
「えっ、。。。。。」驚いて声が出ない一平、次の質問が出来ずに「いつでした?」と口走ると
「保険屋さんが知らずに調査に?変な保険屋さんね、秋だわ!九月かな?十月だったわ」
「えっ、九月か十月ですか?」そう言うと女性は一平を変な人だと思ったのか自宅に入ってしまった。
「美優!堂本聡子は居ないよ!」そう言って電話をする。
「居ないって?」
「亡く成ったって、近所の奥さんが話してくれた」
「いつなの?」
「去年の九月か十月だって」
「えっ、じゃあ桂木常務より早くに亡く成ったの?」
「そう成るから、事件とは関係無い様だな」
「そうなの。。。。。。」落胆の溜息が電話口に聞える。
「もう少し詳しく調べるか?直接自宅に聞きに行くか?」
「関係が無いのなら、聞かなくても良いのでは?思い出させるだけでしょう?」
結局一平はそれ以上の事を聞くのを躊躇い横須賀を後にした。
近所の叔母さんの記憶の違いが、美優の推理を大きく妨げていた。
自宅に遅い時間に戻った一平に美優が頭を抱え込んでいた。
「どうしたの、難しい顔をして?」
「須藤瑠衣が何処にも居ない?それがこの事件を判らなくしているのよ!あのピックアップした二人が関係無いなら、もう最後の手段ね!」
「最後の手段って?」
「大村茂樹を脅すのよ!参考人として県警に来て貰うかも知れないと脅すのよ!それしか須藤瑠衣を捜す方法が無いのよ」
「俺に嘘の電話を?」そう言うと大きく頷いて笑顔で、頬にキスをする美優。
翌日一平は大村茂樹の会社に電話をすると、妻には絶対に内緒でお願いしますと断って「横須賀の堂本聡子さんです」と答えた。
「えー大村さんがお付き合いされていたのは、堂本聡子さんで間違い無いのですね」
「はい、一年程の付き合いでしたが、お父さんが大腸癌を発症されて、彼女水商売をしながら学校に通っていました。忙しくて会う機会も減って自然に別れてしまいました」
「堂本聡子さんは亡く成られています。ご存じでしたか?」
「えーーー」今度は大村茂樹が絶句した。
一平は「その後の彼女の事はご存じでしょうか?」
「いいえ、私が瑠衣と付き合い始めたのも有って、話もしませんでしたし、マンションを引き払って会う事も無く成り、自然消滅です」
「深い付き合いでしたか?」
「。。。。。。。。。。は、い」と躊躇いながらも認める茂樹は「彼女病気ですか?」
「それは判りません、私も亡く成った事しか知りませんので、これから調べる予定です」
「先方のご両親に、よろしくお伝え下さい」流石に大村茂樹も元気が無い電話で終わった。
電話が終わると直ぐに美優に伝える一平は、推理力に改めて感服した。
「至急、彼女がいつ亡く成ったか?原因は?事故?病気?仕事は何をしていたのかを調べて頂戴!一気に事件が解決するかも知れないわ」矢継ぎ早に話す美優。
美優の頭の中に仮説の推理が纏まりつつ有ったが、まだ正確には繋がってはいない。
①堂本聡子がかつみで、風俗品川ゴールドに勤めていた。
②桂木常務は加山と名乗って、堂本聡子に会った。
③初島に宿泊したのも桂木常務と堂本聡子の可能性が有る。
④堂本聡子も桂木常務も亡く成って、足立伸子の死の真相が不明。
⑤初島カジノリゾートに関連した事件に間違いは無い。
美優は堂本聡子の死因に注目をしていた。
夜に成って一平が「美優!大変な事が判ったぞ!」そう言って帰って来た。
「どうしたの?何か進展した?」
「堂本聡子は桂木常務の秘書だった」
「えー、東南物産の秘書に成っていたの?品川ゴールドの須藤瑠衣=かつみも同一人物?」
「それは明日森繁さんに、この写真を見て貰えば判るかも知れない」一平が写真を携帯から見せた。
「この写真は東南物産の時の写真ね」
「前に東南物産に尋ねた時、もう一人秘書が居るとは言ったが、具体的に話さなかったのは、既に亡く成っていたからだった」
「死因は?いつ?」
「死因は睡眠薬自殺、時期は桂木常務が亡く成って直ぐだよ!足立伸子が死ぬ一日前だ!正確には朝起きてこなかったので、翌日には睡眠薬を飲んだと思われる」
「それなら、桂木常務は殺せたのね!」
「理屈は合うな!でも桂木常務を慕っていて、常務が亡く成ってショックで発作的に死んだのかも?」
「私は品川ゴールドのかつみも、初島のかつみも同一人物だと思うわ」
「明日初島の民宿鳴海屋の柴田さんにも、この写真を見て貰う予定だ!同一人物なら秘書と深い関係だった事に成る」
「明日、大きく進展するわね!でも足立伸子さんの殺害は誰だろう?遺書とかは無かったの?」
「(お父さん、お母さん!ごめんなさい!もう生きて行けません。 聡子)」だけだったらしい」と寂しそうに言う一平。
違法睡眠薬
46-032
「自殺なら、司法解剖も無いわね」
「一応行政解剖で調べたらしいが、不自然な事は全く無かったので、若い女性の突然、発作的な自殺で処理されていた」
「何か不自然な事は無いの?」
「気が付かなかったけれど、取り寄せてみるか?」
「貰って来て、読んでみたい」美優はどうしても、桂木=加山=聡子=かつみが気に成って仕方が無かった。
翌日県警では手分けをして、堂本聡子の写真を持って、初島と森繁の仕事場に向かった。
写真を見た森繁は直ぐに「この子がかつみちゃんで間違い無い」と証言した。
午後に成って同じく民宿鳴海屋の柴田も「この子だよ!間違い無い」そう言って他の従業員にも見せて確認をしていた。
リゾートホテルから飛込んで来たのと、異質のカップルだったので記憶に残ったと全員が証言した。
夜に成って緊急捜査会議で、横溝捜査一課長が自分の捜査方針とは異なる結果に、陳謝して始まった。
①堂本聡子は東南物産で、桂木常務の秘書をしていた。
②短期間父の癌闘病の為に風俗で働いていた。
③かつみと云う源治名で勤めて、桂木常務と知り合い、その口利きで東南物産に就職。
④桂木常務の秘書兼愛人として、桂木常務と過したが常務が亡く成ったので、後を追って死んだと思われる。
⑤桂木常務、堂本聡子、足立伸子の順で亡く成っているが、桂木常務と足立伸子は青酸性の毒物、堂本聡子は自宅で眠る様に亡く成っている。
「以上の死体の状況から考えて、桂木常務と足立伸子は同一犯の犯行、堂本聡子は自殺で間違い無いだろう」横溝捜査一課長が発表した。
「木南信治は全く犯人が違うと云う事ですね」
「そうだ、木南は暴力団に殺された可能性が高いので、引き続き先生方の動向を注視してくれ」
「桂木常務と足立伸子を殺したのは誰なのでしょう?」
「我々の前に姿を見せていない人物が居ると云う事だな」
「もう堂本聡子は調べる必要は無いですね」
「彼女は父親の病気の為に風俗で少しの間働いて、東南物産の秘書課に勤められて、歳の差は有るが桂木常務に可愛がられたと云う事だろう?常務が殺害されて失望したのだろう、考えれば不幸な女性だな!」横溝捜査一課長はしんみりと言った。
だが、夜中に一平が帰ると堂本聡子の行政解剖の資料を見て美優が「変ね!」と呟いた。
「どうした?」
「この睡眠薬の成分何処かで見た様な気がするわ」
「昔の事件でか?」
「違う、最近よ!最近見た資料の中に有ったわ?何処だったかしら?」
一平が持ち帰った資料を捜し始める美優が、しばらくして「これと同じだわ!」
「どれだ?」資料を見ると、大阪に転勤した本社の秘書課長、籠谷次長の自殺の資料だった。
「これと同じ睡眠薬よ!」
「桂木常務が二人に渡したのかも知れないぞ!」
「でも古い成分の睡眠薬でしょう?その様な物を持っていると思う?薬の古い物を飲まないでしょう?」
「そりゃ、そうだけれど、青酸カリは古い物を持っていた」
「睡眠薬と、青酸カリは違うわよ!明日桂木常務の自宅に確かめて見て、その様な物を持っていたか?」
一平が眠っても美優は資料を見て、調べを続けていた。
①東南物産、元秘書課長、籠谷次長は大阪の自宅で睡眠薬自殺、桂木常務の亡く成る少し前。
②桂木常務の愛人兼秘書、堂本聡子は常務の亡く成った翌日、同じく睡眠薬で自殺。
③桂木常務は缶コーヒーで、青酸性の毒物を飲んで死亡。
④三日後、足立伸子も青酸性の毒物のお茶で死亡。
⑤数ヶ月後木南信治は、海に投げ込まれて死亡。
考えながら眠ってしまった美優を翌朝、イチの鳴き声が起こす。
早速一平に「一平ちゃん、この半年位で睡眠薬か、青酸性の毒物で殺された事件って他に有るの?」
「それは判らない、管轄が違えばお互い連絡はしてないから、判らないだろう?特に自殺の場合は判らない」
「同じ様な睡眠薬の自殺が無いか、調べて欲しい!籠谷次長が亡く成った時期から後」
「美優は何を考えているの?」眠そうな顔で尋ねる一平。
「私はカジノ構想の贈収賄事件に絡んだ別の事件が隠れて居る様な気がしているの」
「横溝捜査一課長は、錦織議員と東南物産の間の贈収賄が引き起こした事件だと思っている」
「確かにそれが根底に有るのだけれど、それなら桂木常務は殺される事は無いと思うのよ」
「課長の考えは堂本聡子の後追い自殺だと、決めているよ!」
「確かに、風俗で知り合った大企業の重役に引き立てて貰った様には見えるけれどね」
「四年程付き合っているし、初島以外にも沢山遊びに行った様だ」
「調べたの?」
「白井達が、熱海とか伊豆の温泉場にも行った事を調べている、加山かつみで宿泊している」
「それが課長の決め手なのね!自宅に聞き込みに行ったの?」
「行ってない、行き難いからな!娘さんを失った悲しみが大きいからな」
県警に着くと一平は全国の半年以内の自殺で、睡眠薬で亡く成った人を調べて貰う様に頼み込む。
「野平さん、今睡眠薬で自殺は出来ませんよ」
「そうだよな!今の睡眠薬自殺不可能だったよな」
「でも先日二人も死んでいるから、他にも居るのかと思ってね」
「調べて見るけれど、多分居ないと思いますよ」小寺刑事が調べ始める。
昔の睡眠薬は、バルビツール酸系(Barbiturate、バルビツレート)、鎮静薬、静脈麻酔薬、抗てんかん薬などとして中枢神経系抑制作用を持つ向精神薬の一群である。
構造は、尿素と脂肪族ジカルボン酸とが結合した環状の化合物である。
それぞれの物質の薬理特性から適応用途が異なる。
バルビツール酸系は1920年代から1950年代半ばまで、鎮静剤や睡眠薬として実質的に唯一の薬であった。
USBメモリーの謎
46-033
美優は古い睡眠薬=違法睡眠薬の可能性も充分考えられると思い始めた。
桂木常務の自宅で尋ねた結果、その様な薬は持って居なかったと報告を受けたからだ。
それなら違法な薬を桂木常務が最近手に入れたのだろうか?
少なくとも堂本聡子も、籠谷次長も側に居た人間だ。
桂木常務の人脈なら、違法な薬を手に入れる事は簡単かも知れないが、青酸カリを持っているのに、睡眠薬で殺すだろうか?
夕方に成って一平の元に、山戸元と云う五十代の男が同じ睡眠薬で昨年十一月に亡く成っているとの連絡が入った。
住まいは上板橋、職業は医師、新宿の雑居ビルの中で、小さな婦人科の診療所を開いていた。
「この人ヤマトレディースクリニックの先生ですね」小寺刑事が説明をする。
「自宅で?」
「いいえ、都内のホテルで死んでいた様です。遺書が残っていたので自殺と成った様です」
「理由は何だ?」
「違法な中絶手術を行っていた様ですね、歓楽街の中ですから病気か手術が多かったのでしょう?」
「それなら、儲かっただろう?」
「失敗をしたのでは?暴力団に追われていた様な事も調書には書いて有りました」
「この一人だけだったのか?」
「はい、他には有りませんでした」
夜、美優に話すと「これで睡眠薬にて亡く成った人が三人だわ、何か有る!」と断言した。
だが翌日県警の捜査とは関係無く、毎朝新聞が大きくカジノ構想で贈収賄!元人民党幹事長錦織議員と、東南物産の間で熱海、初島カジノリゾート構想!の見出しが躍って大ニュースに成り、捜査二課が動き始める。
警視庁の二課の管轄に成って、益々静岡県警捜査一課の出番が無く成る。
昨日毎朝新聞にUSBメモリーが送られて、桂木常務と錦織議員の会話が録音されていた。
地元の猿橋議員の名前も話の中には登場しているので、二課が早速警視庁の指示で猿橋議員の事務所に向かった。
錦織議員が熱海の廃業した旅館の跡地を安価で譲り受ける話も有り、相手の桂木常務が殺されている事も重なって、報道は政界のスキャンダルと、殺人事件を大きく取り上げた。
だがそれだけでは収まらなかったのは、翌日今度はスクープ週刊誌に柏崎由希子と錦織議員の不倫盗聴USBが送り届けられて、報道に拍車が掛ってしまった。
当然柏崎由希子の事務所にも二課の捜査が及んで混乱に輪をかけた。
テレビは元女優の不倫騒動と大騒ぎに成ってしまった。
自宅で一平と美優は事件の事に付いて話し合っていた。
「遂にボイスレコーダーを持っていた人間が行動を起こしたわね!少なくとも錦織議員には渡っていなかったのね」美優が益々混迷を深める事件に驚く。
「足立伸子のボイスレコーダーを誰が手に入れたのだろう?」
「少なくともお金に執着心の無い人物ね!これだけのスキャンダル、人民党に持って行けば相当な金に成るわよ!」
「目的は何?」
「恨み!少なくとも錦織議員達に、相当な恨みを持っているか、東南物産に恨みを持っている人だわ、この事件で東南物産は政府の入札から除外されるわね」
「あらゆる事業に首を突っ込み、帳合いで儲けるのが商社だから、相当手痛い事に成るな!」
「木南も錦織議員を強請って、お金を取ろうとした事は確かだから、元のボイスレコーダーは誰が持っているかだけれど、中々しゃれた事をして毎朝新聞と云う大きな新聞社と、スクープ専門の週刊誌に送りつける何て、犯人は若いのではと思っているのよ!」
「錦織議員も、柏崎由希子も終りだな」
「人民党のカジノ構想も頓挫する可能性が有るわ」
「それからあの睡眠薬だけれど、あれから色々調べて、中国で違法で数年前作られた物に成分が酷似している事が判ったよ」
「桂木常務なら手に入れる事は可能だわね、山戸さんと桂木常務の接点は無いの?」
「明日、元ヤマトレディースクリニックで働いていた看護師が見つかったので、聞き込みに行く予定だ」
「管轄が違うのに大丈夫なの?」
「その看護師は病院が閉院に成って、地元の焼津に戻って町医者に就職していたのだよ」
「それはラッキーだわね、何か掴めたら良いのにね!でも一課は栢崎由希子も錦織議員も取り調べは難しく成ったわね」
「二課の捜査が終わるまで、お手上げ状態だ!一課長が明日、警視庁に取り調べで木南信治殺害も尋問して貰える様に頼むと話していた」
「総ての罪を錦織議員に尋ねたら、ひとつなら認めるかも知れないわ!三人も殺せば間違い無く死刑だからね」
「それは面白いかも、明日課長に進言してみよう」
翌日横溝捜査一課長は美優の進言通り警視庁の二課に申し入れた。
管轄違いで邪魔くさそうに言われたが、交換条件に東南物産の桂木常務の情報を流すと言うと、簡単に条件を飲む事に成った。
桂木常務の情報を掴むにも、二課にはもうその相手は半年近くも前に死んで居るので調べる術が無いのだ。
その日の夕方今度は静岡県警にUSBメモリーが送られて来て、騒然と成った。
それは桂木常務が女性に話すカジノ構想の全容だった。
「これは?誰に話しているのだろう?」横溝捜査一課長が聞き耳を立てて聞く。
「常務って呼んでいますが、相手は?柏崎由希子?」
「女性が二人居る様ですね、声が違いますね」佐山刑事が三人の会話だと言う。
「この女性もしかして、堂本聡子では有りませんか?」
「この録音は誰がした?桂木常務か?」
「この様な危ない話を残さないでしょう?」
「堂本聡子は常務の女だろう?残さないだろう?もう一人誰か居るのか?」
結局この会話が何処で録音された物か?詳しく調べる事にして、コピーを捜査本部に残した。
共通点
46-034
毎朝新聞に桂木常務と錦織議員のカジノ構想に関連する贈収賄の録音。
スクープ週刊誌に錦織議員と柏崎由希子の不倫現場の生々しい会話。
そして静岡県警に送られた柏崎由希子と思われる女性と、堂本聡子を交えた桂木常務の思惑の話。
「この大スクープを送りつけた人物は、東南物産、桂木常務、柏崎由希子、錦織議員に相当な恨みを持っている人か、ライバルだけれどこれだけの情報を手に入れられる人は限られるわね」
「誰だとおもう?」
「ライバルは無いとすれば、もう死んで居る人ね!」美優が意外な事を口にした。
「死んでいる人が恨んでいるのか?」
「そうとしか考えられない!この様な重大なスクープを新聞社とか警察に送りつける事は、生きている人なら考えないわ!億の金に成る話よ!少なくとも新聞社に売りつけても相当な金に成るでしょう?」
「死人が送りつけた?桂木常務か?」
「もう一人居るわ、堂本聡子さんよ!」
「二人は愛人関係だろう?四年も付き合っている!」
「そこが判らないのと、私の仮説には無理がひとつ有るのよ」
「何が無理なの?」
「仮説は、二人に亀裂が生じて、桂木常務を堂本さんが殺害した時、足立伸子さんを殺す人が居なく成るのよ」
「えー、美優は桂木常務が堂本聡子さんに殺されたと思っているのか?」
「色々考えたのだけれど、それが一番自然の成り行きなのよ!」
①栢崎由希子と錦織議員の密会の録音を手に入れて、足立伸子が脅す。
②脅された柏崎由希子は桂木に相談して、桂木が自分の持っていた青酸性の毒物で足立伸子を殺害する。
③足立伸子の殺害を手伝った堂本聡子が、残った青酸性の毒物で桂木常務を殺害する。
④理由は堂本聡子が桂木常務に秘密を握られていた、それは風俗で働いていた事実。
⑤足立伸子と桂木常務が安心して、お茶とかコーヒーを飲む人物は多分堂本聡子だけでしょう。
「この仮説を当てはめるには、一番に足立伸子が亡く成って、次は桂木常務、最後に堂本聡子でなければ成り立たない」
「美優の大胆な仮説も、桂木、堂本、足立の順では成り立たないのか?」
「私の推理は当たっていると思うのだけれど、何かトリックが無いのかな?」
「それは無理だろう?場所も日にちも違うから、例え共犯者が居ても無理だよ!彼女が亡く成ってから実行しているのだよ!無理だろう?」
「東京の山戸さんと、桂木常務の関係の話は?どうなったの?」
「例のUSBメモリーで、それどころでは無かったよ!外に出られる状況に成らなかった。明日行くよ」
翌日一平が焼津の病院に元看護師の南時子を訪ねた。
今回は内科医に勤めているので、開院時でも普通に聞き込みに入った一平。
五十歳位の南は事前に問い合わせの電話をしていたので、一平を見ると奥の部屋に通して「ヤマトの違法手術の事でしょう?」と尋ねた。
「今回お邪魔したのは、東南物産の桂木常務をご存じ無いかと思いまして」
「半年程前に亡くなられた方ですよね、その方は知りませんが秘書の方は何度か病院に若い女性の堕胎に付いて来られました」
「えー秘書の女性が妊娠していたのですか?」一平はこの病院に堂本も来たのだと、慌てた様に写真を見せた。
南は堂本聡子の写真を手に取り、ゆっくりと見て「この女性は来られた事は有りませんね」
「名前の判る方はご存じですか?」
「二年以上前から来られていませんが、連れて来られた方は秘書課長の籠谷さんでした。二三人の手術をしましたが、多分全員東南物産の秘書の方ではと思いました」
一平は東南物産の秘書室に呆れて、南看護師と別れて美優に連絡をした。
「繋がったのね!山戸院長と籠谷次長は同じ睡眠薬で死んだ!何か同じ臭いがするわね」
「だが、この病院に堂本聡子が来た形跡は無い」
「二年程前から、誰も来て居ないのは桂木常務が堂本聡子を秘書にしていたからよ」
「そう成ると、やはり二人の愛人関係は仲が良かった事に成る」
「でもこの二人?」
「美優は二人の関係は悪いと思っているね」
「山戸さんと籠谷次長を殺害か自殺を仕向けた人物は誰だろう?」
「二人を憎んでいる人は見当たらない様な気がするけれどね」
「大阪府警に籠谷次長の捜査状況の資料を貰って、山戸さんの物も取り寄せて!」美優はそう言うと電話を切った。
夕方静岡県警に、警視庁から連絡が入り錦織議員が暴力団銀流会に木南の処分を頼んだ事を自供した。
木南が持っていたUSBメモリーは、貰って処分したと比較的簡単に自供したと連絡が入った。
県警は直ぐに銀流会の事務所に、捜査員を派遣して木南殺害の実行犯を逮捕した。
深夜の捕り物に浜松の町は騒然と成ったが、準備されていたのか簡単に犯行を行ったチンピラを引き渡した。
「錦織先生には指示は受けていません、蠅が一匹飛んでいたので叩き落としました」と会長は平然と答えて「他の殺しは一切知りません!桂木常務が亡く成られた事が混乱の始まりですよ」と話した程だ。
深夜に自宅に戻る一平が「美優の推理通り、木南殺しは暴力団銀流会の仕事だった。錦織議員は殺しを指示した事は無いが、目障りな蠅が飛んで困ると言ったらしい」
「上手に言うわね、でもこれだけマスコミに叩かれたら、錦織議員も柏崎由希子も駄目ね」
連日ワイドショーのネタを提供している二人だ。
「益々桂木常務と足立伸子を殺した犯人が判らなく成った」
「山戸院長と籠谷次長の死に何か共通点が有る気がするわ、それに堂本聡子さんも同じでしょう?」
「微妙に共通点が有るけれど、私明日堂本さんの自宅に行こうかな?」
「えー、乗り込むの?県警では後追い自殺に成っているのに、行くと困らない?」
「どうしても謎が解けないのよ!」そう言って行くと言い切る美優。
決心
46-035
去年の十月に話が戻って
どうしても足立伸子の殺害に踏み切れない堂本聡子は、晴之に貰った瀬戸頼子の携帯番号に電話を掛けて本当に桂木常務の命令で、晴之との子供が殺されたのか?どうしてもそこまで悪い桂木常務だとは考えたく無かったのだ。
「貴女が釜江婦人科にいらっしゃった看護師さんの、瀬戸さんですか?」
「貴女は何方?私もう釜江婦人科は辞めたので、あの病院での事は私には関係有りませんが?」
「桂木常務の指示で電話をしている者ですが、籠谷次長からお金を強請り獲れませんよ」
「それなら、東南物産の桂木常務の指示で若い女の堕胎を暴露してしまいますよ」
「貴女がどれ程の事をご存じか知りませんが、詳しい話は釜江院長と籠谷でしたので、貴女に判る筈は無いと思うのですがね」聡子は聞き出す為に敢えてその様に話した。
それはこの瀬戸がどの様な事を知っているのか?何か作り話をしていないのか?を確かめたかった聡子。
「桂木常務って悪い奴だね、籠谷次長から連絡が入って、秘書課の新しい課長に確認させるのか?偉い人は違うね!もう十分したらもう一度電話を掛けてくれば、録音を聞かせてあげるわ!それを買って貰いたいのよ」
「えー、録音?その様な物があるのですか?」
「証拠品も無いのに、お金を要求出来ないでしょう?先生との会話が残っているのよ」
電話口で青ざめる聡子。
自分の手術の実況中継を聞かされるの?そう思ったが、事ここに至っては真実を知りたい聡子。
十分後電話をする聡子は、声が若干震えていた。
聡子自身も手術の時を思いだしていた。
手術室では手術着に着替えて、手術台に上がる様に看護師に言われて、元気なく手術台に横たわる聡子。
「これが手術室での会話と、その後の話よ!途中は編集しているけれどね!一時間も有るので必要の無い部分は聞かなくても良いでしょう」
「はい、聞かせて貰うわ。。。。。」
「全身麻酔をしますので、目が覚めたら総てが終わっていますよ」
腕に麻酔薬の注射が始まると、涙が頬を伝わった事を思い出す。
「数を数えて下さい」看護師が注射をしながら言う。
「一、二、三、、、四、、、、、五、、、、ろ、、、」聡子の意識が遠のくと手術台が上昇。
「始めます」釜江医師が言って、手術が始まった。
「クスコ!」の院長の声。
時々器具を指示する声が、ゾンデ、カンシの用語が聞こえる。
手術の器具の動く音が微妙に聞こえているだけで、何も話し声が聞こえないのに急に泣き声が聞こえる。
「無意識で泣いていますね」瀬戸の声が聞こえる。
「可哀想にな!子供が育って無いと言われて、騙されて堕されてしまうから泣いているのだろう」釜江医師の声が聞こえる。
しばらくして「堕胎は終わった、続けて次の手術を行う、本当はお腹を切るのだが、今日は膣式卵管結紮術を行う」聞き慣れない言葉に耳を疑う聡子。
「先生出血が少し多いですが?」
「止血剤を持って来い」
器具の音が聞こえて、しばらくして「よし、完了だ!」
「お疲れ様でした」
「点滴をして明日まで眠らせておけば大丈夫だ」
ここで音声が終わって「どうこれだけ聞けば充分でしょう。これ以外に先生が籠谷さんに御礼を貰う時の話も有るのよ!納得したらお金を払いなさい」
「また連絡します」で電話を終わる聡子。
パソコンで膣式卵管結紮術を調べたのは、夜自宅に帰ってからだった。
「えーーーーーーーーーーーーー」驚きの声を上げると、母の昭子が驚いて「どうしたの?」階下から声をかけた。
その後は声をかみ殺して、泣き始める聡子は食事も出来ず眠れず翌土曜日早朝より、どこへともなく出て行ってしまった。
「晴之さん!私決めたわ!桂木を殺す!その為には鬼に成って足立伸子も殺す!」
携帯に聞こえる聡子の声の変わり様に驚く晴之。
「僕に計画が有る!今日会えないかな?」
「お願いが有るのだけれど聞いて貰える!本当に私は馬鹿だったわ!」
「聡子のお願いなら何でも聞いてあげるよ!僕達もう死んだのだから。。。。」携帯の声が涙声に成っているのを聞いて晴之も携帯の通話を切って泣いていた。
晴之は聡子が何を言いたかったのか?お願いが何かを察知していた。
渡した瀬戸頼子の連絡先で、多分確かめてしまったのだろうと憶測が出来た。
先日の躊躇いが、一気に殺人に変わってしまった事、泣きながら連絡してきた事を考えると自然と結論がそこに行き着いた。
とても自分の口から伝える事が出来なかった晴之。
夜いつものホテルで会った二人は、お互いを求めて抱き合い総てを察していた。
その後、晴之の殺害計画が延々と語られ、聡子は晴之の恨みの深さと自分に対する愛情を感じていた。
話が戻って
「こんにちは!お電話致しました野平美優と申します」
「はい、どの様な話でしょうか?娘の聡子の話なら知りませんよ!勤め先の常務さんの後を追って死ぬなんて今でも信じられません」
そう言いながら、聡子の母親昭子は現れた。
「何度も警察に話されたと思いますが、私は別の事がお聞きしたくて参りました」
「静岡県警の刑事の奥様で名探偵の美優さんだから、来て頂いたのですよ!他の人ならお断りしています」
「えー、ご存じだったのですか?」
「私もワイドショーで何度か拝見しましたから、存じています!昔は平和でした!主人が癌に成って余命宣告されてから、歯車が狂い始めたのでしょうか?」
美優は自分がそこそこ有名な事も役に立つと思いながら、昭子の話に聞き耳を立てた。
更なる事件
46-036
昭子が美優を受け入れたのには理由が有った。
世間では桂木常務と不倫関係に成り、後追い自殺をした事に成っていたので、納得していない昭子は半年が経過して訪れた美優に頼ろうとした。
「大きな会社に就職が決まって、大喜びをしていたのが入社後直ぐに落ち込んでしまって、暗い表情に変わってしまいました。主人も急に出世して、聡子の兄も早い出世で家族は大喜びに成っていたのに、聡子だけ急に暗く成ったのを今でも覚えて居ます」
美優は事情を知っているが、この母親は何も知らないのだろう?子供が風俗で働いて家計を助けていたとは思いもしていないだろう?その風俗で知り合った相手が東南物産の桂木常務だったとは聡子も自宅では、喋っていなかっただろうと思った。
「主人が大腸癌で入院して、退院すると会社に気を使って頂いて、楽な職場に配置転換に成っただけでも喜んでいたのに、管理職に成ったのには驚きと喜びで家族中が大騒ぎに成った位でした」
「それは聡子さんの就職が決まった前後ですか?」
「いいえ、楽な職場に変わった時は就職活動中だったと思いますね、願書は出していたかも知れませんし、会社訪問は積極的に行っていました。それが何か?」
「いえ、会社訪問で既に常務さんに面識が。。。」言葉を濁した美優。
「聡子が一番上機嫌だったのは、入社式の夜でしたね!もう夜中まで自慢話が満開の桜の様でした!それが二日目主人が管理職に昇進して上機嫌だったのに、聡子はこの日から暗い日々に変わり、秘書ですから出張も多く成って、帰らない日が月に五日は有りましたね」
美優はここまでの話を聞いて、桂木常務が自分の力を使って家族の職場をコントロールしていた事実を掴んだ。
「自宅で仕事の話はされていましたか?」
「全くしませんでしたが、今夜は何処に泊まるとかは、連絡してきましたね!静岡、神奈川が多かったですね」
「聡子さんには恋人とかは?」
「それが、去年の今頃、結婚したいと話していた男性が居たのですよ!子供は三十歳迄に二人産むとか話していたのですが、その後は彼氏の話が消えてしまいました」
「お母さんはその彼氏の事は詳しく聞かれていますか?」
「名前は植野さんです。確か就職する前から付き合っていた様ですが、聡子が就職する前に中国に転勤に成ったと聞きました。その後は年に一度か二度帰った時に会っていた様ですが、去年の今頃から以降は話をしなく成りましたね」
「その植野さん以外でお付き合いの有った方は?」
「大学に入学した時、一人暮らしがしたいと武蔵小杉に小さなマンションを借りて住んでいた時、大村さんと云う同じ大学の人とお付き合いをしていましたが、主人の病気でそのマンションも引き払って、立ち消えに成った様に話していました。主人が入院の時は夜遅くまでバイトをして家計を助けてくれた良い子だったのですよ!」そう言うと感極まり涙が溢れて、席を立ってしまった昭子。
風俗で働いて助けていたのですよ!とは今は口が裂けても言えない美優。
植野と云う男性と去年の今頃は結婚から、子供の事まで考えていた事実は?
子供が宿って居たのでは?でも焼津の看護師の証言では、聡子の存在は確認されていない。
その様な事を考えていると、昭子がコーヒーを入れて戻って来て「名探偵と云われている野平さん、娘が本当に桂木常務の後追い自殺では無い事を証明して下さい。お願いします」
「今先程聞きました聡子さんの彼氏、植野さんの写真とか住所の判る物は御座いませんか?」
「それが、聡子が亡くなる前に総て処分してしまったのか、携帯も写真も何も残って無いのです、自殺の前に身綺麗にしたのだと思います」
「お母さんが他に何か植野さんに付いて、覚えていらっしゃる事は有りませんか?名前とか?」
「名前ですか?。。。。。。」思い出そうとして要るが浮かばない昭子。
その後はコーヒーを飲みながら、聡子の幼少期の話に成ってしまい事件に関する話は皆無だった。
美優は何か思い出だされるか、資料が見つかれば連絡を下さいと言って聡子の実家を後にした。
しかし、植野と云う男性で中国に二年前転勤に成っただけで、人物を特定出来るだろうか?その男性が事件に関係しているとは決まっていない。
だが美優には、子供の話が残って何か関連が有る様な気がしていた。
自宅に帰った美優に新しいニュースが飛込んで来た。
伊豆葛城山の山中で、中年の女性の死体が発見され、死後数ヶ月経過しているとテレビが報道していた。
一平ちゃん、また新しい事件なの?まだ前の事件終わってないのに、と思っているとテレビのアナウンサーが「死因は青酸性の毒物による他殺の疑いが濃厚だと、静岡県警の発表です」と伝えた。
「えー、青酸性の毒物?数ヶ月前?」呟く美優。
その時、久美が美加を連れてやって来て「また事件よ!そのうち自宅に帰らなく成るわね」そう言って微笑んだ。
「美加!寝ちゃったのね」美加の寝顔を見ながら言うと「何か判った?」久美が気に成っているので早速尋ねた。
美優は粗方説明をして「葛城山の遺体も関係有るかも」と言う。
「身元不明で一部白骨化で、数ヶ月前、青酸性の毒物!可能性有りますね」
「歯形、DNAで身元が判明すれば良いのだけれどね」
二人の予想通り、伊藤も一平もその日は帰宅しなかった。
翌日県警が騒がしく成った。
「青酸性の毒物は、桂木常務、足立伸子の殺害と一致した」と発表されたからだ。
同時に横溝捜査一課長が、葛城山を一斉に捜索する山狩りを行うと発表した。
遺留品の捜索が目的で、何か痕跡を捜す為だった。
夕方一平が疲れた様子で戻り、着替えと風呂に入ると直ぐに出掛けると言った。
「一平ちゃん、忙しいけれど捜して欲しい人が居るのよ!」
「今、とても手が回らないよ!メモ書いてポケットに入れといて、時間が出来たら捜すよ」
「お願いね、植野って人なのよ!堂本聡子さんの恋人だった人!中国に転勤しているらしいわ」風呂の前で喋る美優。
美優の想定
46-037
翌日大掛りな葛城山の捜索が行われて、早々に白骨遺体から二百メートル程入った場所に、今度は男性の遺体が発見されたのだ。
所持品は全く無し、一部白骨化は全く同じで、鑑識が一目見ただけで「同じ毒物による死亡ですね」と言った。
「心中ですかね」
「いや、身元を特定する物が何も無いので、他殺だろう?この男性も同じ時にここに遺棄された様だな」
「冬だったので、腐敗が少し遅いですが、夏ならもっと進行していますね!年齢は五十代から六十代ですね」鑑識が調べて報告した。
「これで四人目の青酸性の毒物の被害者だな!何故この二人はこの様な山の中に?」
「遠くから運ばれて来たのでしょうか?でも死体を二百メートルも離して遺棄するのも大変だろう?」
「殺されたのは、昨年の九月から十一月頃ですね」
鑑識の簡単な検査の結果、殺害遺棄されたのは二人共全く同じ時期だとの見解だった。
翌日静岡県警で緊急記者発表と捜査会議が行われて、横溝捜査一課長は桂木常務、足立伸子と同一犯の犯行で、連続青酸性毒物による犯行だと発表した。
身元は判らないが、男女共四十代から六十代だと答えた。
毎年八万人の行方不明者が出る日本で、身元を特定するのは相当時間が必要だと会見で答える。
足立伸子と桂木常務も殆ど接点が無かったが、ボイスレコーダーで繋がったので、この二つの遺体も何かこの二人と関連が有ると確信していますと、会見で話す横溝捜査一課長。
昨夜「この事件で何人死ぬのだろう?恐くなるな?」一平が言った。
「桂木常務の持っていた青酸性の毒物で四人、睡眠薬で三人ね!多分全員同じ犯人の可能性が高いわ、あの桂木常務が亡く成った時、多分堂本聡子さんも一緒に出張に成っているのよね」
「それは調べていないが、多分静岡だから一緒に行ったのだろう?」
「東南物産に堂本聡子さんの出勤状況を調べて、何か判る可能性が有るわ」
「美優は自分の推理を最後まで曲げないからな、時間が有れば調べる」
「それからお願いした植野って人の事は?」
「そこまでまだ手が廻らないよ、中国に行った植野さんだろう?二年前!判った!もう疲れて死にそうだよ」そのままベッドに倒れ込む一平。
翌日一平が「堂本聡子さん、桂木常務と静岡に行ってない」と調べて連絡をして来た。
「えっ、じゃあその日は本社?」
「二日前から体調を崩して休んでいたらしい」
「静岡には別の秘書が付いて行ったの?」
「一人で行った様だな、桂木常務は二日目にレンタカーで死んでいた事に成る」
「その翌日、堂本聡子は自宅で死亡だったわね!また判らない事が増えたわ」
「桂木常務が静岡に向かったのが、十月二十七日だから」独り言を言いながら書く。
① 十月二十五日から堂本聡子は休んでいる。
② 十月二十八日に桂木常務は亡く成った
③ 十月三十日に堂本聡子は死んでいたが前日には死んでいた。
④ 十月三十日の早朝足立伸子は死んでいた。
⑤ 堂本聡子の桂木常務殺しは可能だ。
⑥ 籠谷次長は十月二十日には亡く成っている。
⑦ 東南物産では堂本聡子と桂木常務の関係は把握していたので、亡くなっても休暇として警察には隠していた。
美優は取り調べの資料をもう一度読み直していた。
足立伸子が早朝新聞配達の人に目撃されていた事実の処で目が止まる。
背丈が百五十位しか特徴が無い?昨日の白骨化の女性も百五十?身元不明だがもしかして、この人が身代わり?次々飛躍の推理にのめり込む美優。
もし桂木常務より先に足立伸子さんが殺されていたら、当初の推理が成り立つが、鑑識が死亡時期を間違える?
「一平ちゃん、鑑識の人誰か紹介して貰う事は可能?」いきなりの電話する美優。
事件の推理に没頭して、思いたったら直ぐに行動する癖が出始めた。
鑑識の人は今大忙しだから無理だけど、同じマンションの大貫さんは、去年まで鑑識の人でベテランだったよ!尋ねたら教えて下さるよ!」
「あっ、大貫さんか!忘れていた!」そう叫ぶと直ぐに電話を切った。
美優が直ぐに電話をすると、大貫さんの奥さんが出て「美優さん!ご無沙汰ですねーもしかして事件に首を突っ込んでいるの?」
「はい!図星です、それで大貫さんにお尋ねしたい事が有るのですが?」
「残念ね!主人は娘の嫁ぎ先にお祝いに行って、来週まで帰らないのよ!携帯に電話して貰えたら良いかと」そう言って番号をお伝えた。
美優は直ぐに電話をして挨拶の後いきなり尋ねて「死亡推定日時を変更する事が出来るのでしょうか?」
「今の技術は進んでいるから、鑑識の判断は正しいと思うが、どの死体の事だ!」
「去年の足立伸子さんの死体の死亡推定時間です」と言うと「それは私が調べた仏様だ!」
「何か気に成る事は有りませんでしたか?」
「気に成るとはどの様な事だ!」
「死体が死亡推定時間に比べて硬直が変だったとか?」
「野平さん、それは私の見立てが間違いだとでも言うのか?」
「いいえ!そうでは有りません、細工がされていた形跡は有りませんでしたか?」
「細工?何故その様な必要が有るのだね?」
「殺害がもっと早いとかを考えてみたのです」
「そうだな、朝の二時から五時の殺害だが、少し遺体が冷たいと言うか、腰の裏辺りが特に冷たく感じたな!でもあの日は寒い日だったぞ!」
「ありがとうございました」
「もう良いのか?」
「はい!少し気温を調べてみます」
美優は色々な想定を考えて自分の推理を実証しようと考えていた。
接点
46-038
早速気温を調べ始めると、確かに足立伸子が殺された日の気温が低い。
五度と記録に残るが、これは測定地にも関係しているが十月の最低だった。
美優は足立伸子の遺体に細工がされて、殺害日時が変わったのかと調べていたのだ。
その時大貫が電話で「冷凍庫で冷やして、殺害日時を変えたと考えているなら、それは無いぞ!人間が簡単に凍る事は無いし、時間が掛かるから無理だ!」と念を押す様に言った。
「態々ありがとうございます」と言う他ない美優は苦笑いをしていた。
確かに死亡推定時間を変えるには、相当短時間の間に遺体の腐敗を防ぐ必要が有るが、中々難しいとの結論が出る美優。
では誰が桂木常務を殺害して、足立伸子を殺害したのか?
美優の推理が再び暗礁に乗り上げた。
翌日意外と早く白骨化の男性の身元が判明して、歯の治療と家族から捜索願いが出ていた事が身元確認の決め手に成った。
「仏さんは池袋で婦人科医院をしていた釜江医師と判明した!女性は未だの身元不明だが知り合いの可能性が高い」
横溝捜査一課長が発表した。
「また産婦人科医が殺害されたのですが、前回の殺し方と異なりますが、関係は有りますか?」記者の質問。
「それはこれから調べますが、私達静岡県警では関連が有ると考えています」
「二課の方で事件に成っている熱海、初島カジノ構想にも関係している訳ですね」記者の質問が飛ぶ。
「勿論です!東南物産の画策で既に錦織議員、猿橋議員、柏崎議員の取り調べが行われていますが、殺人も視野に事実関係を調べています」
「身元不明の女性も釜谷医師と近い人と考えて捜索中ですか?」
「はい、今関係者で行方不明の人物がその女性では?と確認中です」
「それは何方ですか?」
「まだ発表は出来ません!もう少しお待ち下さい」と会見を打ち切った横溝捜査一課長。
半年前に医師の失踪で閉院に成っている釜江婦人科病院。
同じ様にヤマトレディースクリニックも、殆ど同じ時期に院長の死亡で閉院に成っている。
釜江婦人科病院に勤めて居た看護師を捜して聞き込みに行くと、少し前に医院を退職した看護師が居て、今回のもう一人の死体に体型が似ている事を掴んでいた。
名前は瀬戸頼子で、退職後は行方不明に成っている。
家賃は自動引き落としに成っているが、マンションに住んでいる気配が無い事も県警は掴んだ。
マンションの強制捜査で室内から毛髪を採取、DNAの鑑定の結果で予想した通り瀬戸頼子と断定されたのは翌日だった。
美優の進言で釜江病院に残された医療の記録を調べる為に、静岡県警からも数人の刑事が閉院されている病院を訪れた。
院長の行方不明で、病院は当時の状態で保存されて、勤めていた看護師と事務員は自然解散の様に去って行った。
堂本聡子の治療記録が残っていたら、この釜江婦人科で接点が見つかる事に成るからだ。
しかし堂本聡子の治療記録は何処にも存在が無かったが、不透明な治療記録が存在していた。
元この病院に勤めて居た看護師、医療事務員の名簿を入手して、聞き取り調査を行う事にする静岡県警。
一平が「必ず何処かに接点が有る!」と主張した事が大きい。
翌日、籠谷次長と堂本聡子の写真を手に、各地に分散して仕事をしている元の人達だが、比較的早く見つかった事務員二人は全く二人を覚えていない。
瀬戸頼子看護師が、院長とペアで手術を殆ど行い、時々事務所を経由しない患者も居た様な事も有ったと証言した。
院長と瀬戸が同じ葛城山で殺された事に驚いていたが、突然院長が失踪したのは十月二十五日だったと証言して、その二日前に退職していた瀬戸さんから院長に電話が有り、深刻そうな顔をしていた事実を聞き込んだ。
この話から県警では、瀬戸頼子が釜江院長を呼び出した事は間違い無い。
十月二十五日は奇しくも堂本聡子が休暇を取った日だ。
情報を貰った美優は新しい時系列で事件を追ってみる。
十月二十五日から堂本聡子は休んでいる。
① 十月二十五日から堂本聡子は休暇を取り、同日釜江院長は失踪した。
② 十月二十八日に桂木常務は亡く成った
③ 十月三十日に堂本聡子は死んでいたが前日には死んでいた。
④ 十月三十日の早朝足立伸子は死んでいた。
⑤ 堂本聡子の桂木常務殺しは可能だ。
⑥ 籠谷次長は十月二十日には亡く成っている。
⑦ 釜江院長と瀬戸頼子も青酸カリで殺されていた。
⑧ ヤマトと釜江両婦人科では、現状では接点が無い。
静岡県警は釜江医院の資料を持ち帰って分析を始めた。
先だってヤマトレディースクリニックの医療記録も手に入れて、分析を既に始めていた。
ホテルでの睡眠薬自殺だが、使われた薬が違法睡眠薬なので、必ず事件に結び付くと信じていた。
数日後、一平が美優に「ヤマトの方は相当違法な堕胎を行っていた事が判明したが、釜江の方はそれ程違法な事は少ない様だが、患者の名前の無い手術も年に数回有る様だ」
「去年の資料だけ見せて欲しいな!」
「それは無理だよ!自宅に持ち帰りは無理だし、カルテはドイツ語に成っている部分が多いから判らないだろう?今専門の医者に来て貰ってカルテの分析を始めたよ」
「無理か!見に行くかな?」好奇心旺盛な美優は、この釜江の診療記録に何か秘密が隠されているのでは?と思っていた。
「それからお願いされていた植野って人、二年前の三月に出国した男で三人居たよ!これがメモだ」
メモを見て「北海道の男性二十九歳、兵庫県の男性三十歳、山梨県の男性二十八歳この人達独身?」
「それは調べてない、出国した人で調べただけだ」
美優は直ぐに、独身の人か調べて欲しいとお強請りをした。
真実
46-039
県警から資料の分析を依頼された医師が、カルテを見て「名前の無い患者さんが数人居た様ですね!殆どが堕胎で避妊手術も行っていますね」と答えた。・
佐山刑事が医師に「堕胎は中絶ですよね!避妊?不妊とは違いますよね」と尋ねた。
「一人の患者さんは堕胎と避妊手術を行った様ですね!病気かそれとも強姦?元々妊娠しては困る女性が妊娠してしまった場合とかでしょうね」
「例えば?」
「脳に障害の有る女性が、変質者に強姦されて妊娠した場合とか?この女性の年齢が判りませんが、もう子供が必要無いので堕胎と同時に避妊手術を行った可能性も有りますね!膣式卵管結紮術で行っていますので、傷が残らない方法ですね」
結局年間で十数件の違法な手術を行った記録が、釜江婦人科のカルテで発見された。
同じくヤマトレディースクリニックの医療記録からは、月に多い時に五件の違法手術が行われていた事が判明した。
一平は植野三人の既婚を調べたが、全員独身との答えが返ってきた。
連絡すると美優は「会社は何処なの?それも調べて!」と次の要求をする。
パスポートの出国履歴で調べたので、中々三人の会社は判らないのが普通だった。
仕事で行ったか遊びで行ったのかも判らない。
夜の捜査会議の席上、横溝捜査一課長は「今回の事件は複雑で正直判らないが実情です」と前置きをして「共通点は青酸カリと違法睡眠薬を使用した共通点から、同一犯の犯行だと思われるが、動機に共通点が全く無い事が事件を不可解な物にしている。今夜は個人の意見を聞こうと思う!殺された二人の婦人科医は違法な堕胎等で儲けていた共通点が有るが、面識は無い様だ!手元の資料に色々書いて有るので、各自読みながらでも良いので意見を言ってくれ」
佐山が「犯人は違法な仕事をしている二人の医師に、制裁の様な殺し方をしたのでは無いでしょうか?」と口火を切った。
「桂木常務と足立伸子は青酸性の毒物で殺されているが、睡眠薬での殺害も多いが、明らかに自殺は堂本聡子だけだ」横溝捜査一課長が付け加えた。
「ホテルで亡く成った山戸医師も、殺された可能性が高いですね」
「野平!美優さんは今どの様な事を調べているのだ?」突然尋ねる横溝捜査一課長。
「美優は今、植野と言う男性を捜していますね」
「それは誰だ!」
「堂本聡子の元恋人らしいと聞きました」
「堂本聡子に彼氏が居たのか?初耳だな!どんな男だ」
「学生時代に恋愛をしていて、去年の今頃には結婚を口にしていたらしいですが、その後は言わなく成ったと聞きました」
「桂木常務と二股か?金持ちを選んだのか?その辺りを調べて居る訳だな!聡子を取られた恨みで殺したと考えているのかな?」
「違うと思いますが、妻が何を考えているか,判らないのが実情です」の一平の言葉に笑いが漏れる。
「それで見つかったのか?」
「はい、三人の中の誰かでしょうが、未だ特定出来ていません」
「毎回、美優さんにはお世話に成っている県警だ!今回は頼らずに解決しよう!」そう言って自分に気合いを入れた横溝捜査一課長。
去年の十月に戻って
晴之は籠谷次長の自白で総ての経緯を知っていたが、聡子に敢えて総てを伝えなかった。
それは余りにも惨い出来事で、とても口には出せない晴之。
自分との間に出来た子供を殺されて、二度と子供が産めない身体にされてしまった聡子の怒りは言葉では表せない状態で、鬼に変わったと言っても過言では無かった。
お互いはもう口に出さないで、晴之の計画を黙って手伝い実行するだけに成っていた聡子。
既に聡子は計画通り、青酸カリで釜江婦人科医と、足立伸子、桂木常務を殺害していた。
逮捕されたら死刑は確実の二人、晴之にはもう一人許せない男、山戸医師の存在だ。
勿論、瀬戸頼子も用事が終われば殺すが今は捕えて有り、偽装を手伝わせる予定だった。
頼子は助ける事で、自分は命を助けて貰えると思っている。
聡子は自殺する前に晴之にもう一度詫びて、自分がもう少し強ければ桂木常務の思い通りに成らなくて。。。。と涙を流して抱き合っていた。
「晴之さん先に行きます!後はよろしくお願いします」聡子は十月二十九日晴之と最後の時間を過して自宅に帰って行った。
「僕も直ぐ後から行く!待っていて。。。。。。」涙で言葉が消えた晴之。
話が戻って
捜査会議の後深夜に帰宅した一平が美優に会議で貰った資料を見せた。
読みながら「凄い医師達ね!こんなに沢山の手術を行っていたのね!この場所は風俗も多いから繁盛したのね」
「山元医師が殺されたのは睡眠薬、籠谷次長も睡眠薬、堂本聡子も睡眠薬」独り言の様に言う一平。
次の資料を見ていた美優が突然泣き始めた。
「どうしたの?美優」驚いて側に来る一平に「もしもこの女性が堂本聡子さんならって考えていたら、思わず涙が出て来たのよ」
「佐山さんが医師から聞いた話では(脳に障害の有る女性が、変質者に強姦されて妊娠した場合とか?この女性の年齢が判りませんが、もう子供が必要無いので堕胎と同時に避妊手術を行った可能性も有りますね!膣式卵管結紮術で行っていますので、傷が残らない方法ですね)と聞いたそうだよ」
「もしもよ、この女性が堂本聡子さんで、この事実を知ったらどうする?それも本人が知らない場合は?」
「えーー、恐ろしい事を考えるね!僕がその立場なら殺すな!」
「ほら、殺すでしょう?犯人は堂本聡子さんに間違い無いわ!」
「えーーー堂本聡子さんが犯人なの?相当無理が有る様な」
「そうなのよね、葛城山の死体遺棄現場は車から投げ捨てたと思うけれど、もう一人は無理でしょう?」
「釜江院長は少し運んでから投げ捨てているから、女性一人では無理だな」
「だから共犯者が必要なのよ!恋人の植野よ!」
美優の推理に驚くが、美優が「でも違うのよ!順番が合わないのよ!」と口走った。
目星
46-040
翌日捜査本部が沸き立った。
漸く二課の捜査から一課の手に廻って来た柏崎由希子が、佐山達の尋問に簡単に自供を始めて、佐山達を驚かせた。
供述によると、猿橋議員から熱海、初島カジノ構想を聞かされて興味を持ったが、所詮地元の議員の戯言だと思っていたが、或る日、東南物産の桂木常務を紹介され現実味が出て来た。
自分に何故話が来たのか?と不思議に思っていたら、カジノ誘致に大物代議士の力が必要と言われて、錦織議員の名前が浮上して、錦織議員の首を縦に振るには貴女の力が必要だと桂木常務に説得された。
それは錦織議員が昔から、柏崎由希子の熱烈なファンで後援会の会長もしていた事実。
一度ベッドを共にして貰えれば首を縦に振って貰えると説得された。
最初は二の足を踏んでいたが、次期選挙で東南物産が総力を挙げて応援すると言われて納得した。
桂木常務は錦織議員との密約が現実の事だと、証拠のボイスレコーダーを聞かせてくれて、この後に自分と錦織議員の密会の様子を録音して欲しいと頼まれた。
自分はその様な恥ずかしい事を録音する事を躊躇ったが、それが無ければ錦織議員に最終的に逃げられたら意味が無く成ると説得され、渋々承諾をした。
しかし、ホテルのベッドの隙間に設置したボイスレコーダーが落ちてしまい、慌てて拾いバッグに入れた機器が異なる物だった。
桂木常務の待つホテルに持参すると、驚いてラブホテルに連絡をしたが、既に何者かに持ち去られた後でした。
しばらくして、足立伸子と云う女性からボイスレコーダーを買い取る様に連絡が有り、桂木常務に総てを託して私はこの件から外れました。
数日後桂木常務から、ボイスレコーダーは取り戻したと連絡が有り、安心したのです。
でも事実は私の知らない処で、異なる展開に成りました。
それは桂木常務が何者かに再び脅されて金を要求されていた事実でした。
常務は私に「足立伸子は始末してでも、事実は隠蔽するから安心して欲しい」と電話を頂いたのが、十月二十七日の夜でした。
実際は桂木常務が翌日殺害されて、二日後足立伸子が殺害されたので、意味が判らなく成って恐くて自分も狙われるのではと怯えていたと供述した。
「話の内容を知っている人は他に居ますか?」の質問に「秘書の堂本聡子さんは殆ど知っていたと思いますが?」
「堂本聡子さんも事件では無いので、ニュースには成っていませんが、常務が亡く成った二日後自殺されています」
「えーー、知らなかったわ、常務との関係を疑われるのを避ける為、その後は東南物産関係には顔を出さなかったので。。。。。。。」驚いた様子の柏崎由希子。
柏崎由希子は既に錦織議員との不倫は報道されているが、自分は一連の殺人事件には全く関与していない事を強調したくて、全面自供をしたと佐山刑事は考えて、事実に間違い無いだろうと思った。
錦織議員がその後強請ってきた足立伸子の友人、木南信治の殺害に関与していた事を自供した事も柏崎由希子の供述を後押しした様だ。
その後の捜査会議で横溝捜査一課長は「柏崎由希子の自供で、東南物産が熱海、初島カジノ構想を巡り人民党の大物代議士、錦織議員に働きかけた事は実証された。だが一連の話から考えると、桂木常務が亡く成って彼等は大きな損失を被った事に成った。この観点から、ライバル、敵対する団体の関与も考えて捜査をする必要が出て来た」と発表した。
「葛城山の事件は、この事件との関連は無いのでしょうか?同じ青酸性の毒物が使われていますが?」白石刑事が質問した。
「関連を考えたが、殺された釜江医師と看護師の瀬戸頼子がカジノ構想とは結び付かないので、全く別の事件では無いだろうか?」横溝捜査一課長が言った。
「違法睡眠薬で亡く成った堂本聡子、婦人科医の山戸医師、東南物産の籠谷次長はどうでしょう?」今度は伊藤刑事が発言した。
「この三人は全員自殺で処理されているので、全く偶然ではないのか?」
「でもこの睡眠薬を手に入れるのは、三人共難しいと思いますが?」
「私は桂木常務が持っていた物を、籠谷次長も堂本聡子も手に入れていたと考えている」
「山戸医師は?」
「山戸医師は何度も籠谷次長と会っていたので、譲り受けたのではないかと思われる、それぞれ自殺の動機は有る様だ。山戸医師は新宿の裏社会と関係が有り、手術の失敗等でトラブルが絶えなかった。籠谷次長は若い男が自宅マンション付近で会っている情報から、失恋のショック、堂本聡子は桂木常務と四年以上に渡る愛人関係が終わったショックによる自殺だ!三人共他殺の証拠は無い」
横溝捜査一課長が事件は全く別の物として、解決しようと考えている事が明らかに成って、一平は美優の推理をこの席で話す事が出来ない状況に成った。
美優は全ての事件は、堂本聡子の復讐だと思っているが、今は実証されていない。
昨夜美優が「この殺された胎児が植野さんの子供だったら?」と言った時、一平も涙が溢れてきたのを思い出していた。
「野平主任!その後奥様の推理はどの様な感じだ!」
いつも気に成るのか?必ず一平に確かめる横溝捜査一課長。
「は、はい」と立ち上がった顔を見て「野平刑事も花粉症か?」横溝捜査一課長が涙目を見て言った。
「美優は未だに判らない!を繰り返しています」
「流石の名探偵も、事件を別けなければ目星が付かないだろう?その辺りを教えてあげて必要なら手伝ってあげなさい」横溝捜査一課長は自分の考えに酔っていた。
翌日一平は美優に頼まれていた植野と云う名前の三人の身元を調べていた。
パスポートは出身地だが、実際は別の場所で仕事をしているので、中々特定が難しい。
北海道の植野春樹は農業の研究の為に、山東省に一年の研究に行っているので比較的簡単に判った。
兵庫県の男性と山梨県の植野は二人共、東京に住んでいる事実は掴んだが、それ以上は判らない。
本籍地を調べて連絡したが、兵庫県の植野政明は二年前に中国に行って帰っていない。
山梨県の植野晴之は、何度か帰っているが現在の住まいは不明だ。
美優が「この晴之さんが本命ね!」と簡単に一平の報告で結論付けた。
語り始める美優
46-041
美優はこの植野晴之の消息を大至急把握する様に、一平に頼み込み持ち帰った資料を見る。
「実家に電話をしたの?」
「両親は既に他界されて、姉夫婦が実家にはいらっしゃった」
「仕事は何処?」
「柳井工業と云う会社で、本社は東京だ!」
美優は早速パソコンで柳井工業を調べ始める。
「出入国管理で調べると、今は日本に居ると、去年の九月に帰国しているらしい」
「柳井工業には確かめたの?」
「まだ確かめてない!この植野晴之が堂本聡子の彼氏だとは決まっていなかったので、電話が出来なかった」
「あっ、これかも?」柳井工業のホームページを見ながら、叫ぶ美優。
「明日、柳井工業に植野晴之の所在を聞いて、それから静岡県で柳井工業と取引が有る冷凍食品会社を訪ねて欲しい」
「冷凍食品会社?」聞き直す一平に「その二つ大至急お願い」そう言うとパソコンの画面に釘づけに成る。
翌日九時半に一平が「植野晴之は既に柳井工業を退社している。それと静岡の冷凍食品の会社だけれど沢山在るがどうする?」
「もう柳井工業を退社しているのね、彼はもうこの世に未練が無いかも知れないわね」
「えー、本当なの?」
「多分、堂本聡子さんの後を追って死ぬと思うわ?」
「謎が解けたのだね!」
「間違い無いと思うけれど、実証するには植野晴之さんのトリックを解かないと駄目なの!自社の技術を使った可能性が高いわ!急速凍結技術よ!」
「でも三十数社在るのだよ」
「じゃあ、リストを送って」
しばらくしてFAXで送られて来たリストを、順番に電話をする事にした美優。
「御社の冷凍設備に柳井工業の物を使われていますね、柳井工業の営業の植野さん最近連絡有りましたか?」
「柳井工業とは取引有るけれど、植野って営業は知らないな、警察が何を調べているのですか?」
「植野さんご存じ無いのなら、結構です」
この様な電話を次々とする美優、もういちいち説明をする時間も無いので、いきなり静岡県警ですと告げる美優。
三十数社に電話をしたが、植野を知っている会社は僅か五社で、その会社も最近植野とはコンタクトが無い。
美優は熱海に近い場所、神奈川県の可能性も残っていると、再び一平に連絡をする。
「美優、不味いよ!県警の名前で連絡しただろう?問い合わせが県警に来て大変だよ!もう直ぐ課長の耳に入るぞ!」
「それより柳井工業に神奈川県の取引の有る冷凍食品会社のリスト送らせて!」
「説明しなければ、課長が怒ると思うけれど?」
「判ったわ、県警に行くから待って貰って、でも急ぐのよ!」
「県警に置いて置くから、早く来てよ!怒られる前にね」
美優は自分の力では、晴之の行方が捜し出せないと思い、県警に乗り込み説明する道を選ぶ事にした。
しばらくして県警にタクシーで乗り着けた美優。
「これが神奈川の冷凍食品の会社だ!」そう言ってリストを手渡す一平。
捜査本部に入ると横溝捜査一課長が「美優さん慌ててどうしたのですか?」と姿を見つけて駆け寄ってきた。
「事件の全貌が見えましたが、大至急捜さなければ犯人が死んでしまいます」
「えーー犯人が見つかった?」
「はい、課長犯人は植野晴之と堂本聡子の共犯です!」
「最近捜していた植野って云う男が犯人ですか?」
「今までどうしても解けなかった謎が解けたのです、彼は最後に東南物産を告発して自殺すると思います。柏崎由希子が殆ど自白したので、彼の目的は達成されたと思うからです」
「何の話か理解出来ないのですが?」横溝捜査一課長が美優の話に戸惑いを見せる。
「時間が無いので、手分けして電話で柳井工業の植野と取引の有る冷凍食品会社を特定して下さい」
「判った!とにかく捜そう!私には判る様に教えて欲しい」
「判りました!」と応接に行こうとした時「課長!テレビ局から電話です」と女性が横溝捜査一課長を呼び止めた。
自分の机に戻った横溝捜査一課長が受話器を取り、しばらく話をしていると顔色が大きく変わる。
「返事を半時間待って下さい」そう言って電話を切ると美優の側に来て「テレビ局に東南物産の悪行を放送しなさいと手紙と、USBメモリーが送られて来たそうだ。もしも放送しなければ無差別に東南物産の社員を殺すと書いて有ったらしい」
「内容は聞かなくても大体判りますが、彼はまだ青酸カリも睡眠薬も持っているのでしょう?死ぬ気ですから何でもしますよ」
「美優さん、詳しく事件を教えて下さい!早急に!」
「はい、でも放送させると彼は死にますので、早く身柄を確保する必要が有ります」
「それと冷凍食品会社にどの様な関係が有るのでしょう?」
応接に向かいながら尋ねる横溝捜査一課長。
応接に入ると美優は横溝捜査一課長に話し始めた。
「事の始まりは約五年前に成るのでしょうか?東南物産の桂木常務はやり手で、社内の営業のトップの地位を確立していました。
だが元来の遊び好きと接待の為に女性関係も盛んで、風俗遊びも活発に行っていたと思われます。
一方堂本聡子は国立大学に通う有能な女性で、大学入学と同時に一人暮らしを初めて、武蔵小杉の小さなハイツ茜に住んで、大学に通いながらアルバイトの書店で働いていました。
或る日、大学の先輩大村茂樹が聡子の住んでいるマンションの筋向かいに家庭教師として、働きに来たのです。
二人は偶然の出会いに意気投合して、関係を持つ程の付き合いに成りました。
だが聡子に思いもしない事件が起りました。
それは父浩に大腸癌の宣告でした。」
話に頷く横溝捜査一課長。
語る事件
46-042
「急に働き手を失った堂本家、長男の孝一も就職は決まっていたが、来年の事で当面はバイトで家計を助ける為聡子は渋谷のスナックに勤めました。
だがスナックの仕事は彼女には合わなかったのか?それは判りませんが、もう少し収入の良い風俗の道に足を踏み入れたのです。
この時家計を助ける為、マンションでの一人暮らしを引き払って実家に戻りました。
その結果大村茂樹との仲も疎遠に成ったと思われます。
大村茂樹は、私の推測ですが水商売に行った時点で、現在の妻瑠衣に乗り換えたのだと思います。
両親が比較的堅い家の様ですので、去って行ったと思われます。
水商売から風俗(品川ゴールド)に入った時、自分から去って行った男の彼女の名前を使っているのを見ても、憎しみが滲み出ていると思います。
この風俗でかつみと名乗り、運悪く加山即ち桂木常務に出会ってしまったのです。
元々頭の良い女性が好きだった桂木は、かつみ即ち堂本聡子を気に要っていた。
でも聡子は僅か半年で風俗を辞めています。
理由は父の癌の進行が止り、仕事に復帰できたのです。
ここで不思議な事に父の仕事先の前田機械で、従来とは異なる楽な職場に配属に成り、その後は管理職に成っています。
これは多分桂木常務が裏から手を廻して、昇進させたと考えられます。
何度も呼ばれている間に、聡子は身の上話をしてしまったのだと考えられます。
半年程で風俗を辞めて、就職活動を始めた聡子は運悪くか?桂木が勧めたのかも知れませんが、東南物産を受験したのです。
この頃柳井工業の植野晴之と知り合ったと思われます。
多分聡子は東南物産に就職するまで、加山が桂木常務だとは知らなかったと思われます。
その後は父親の仕事、兄の仕事、自分の過去、柳井工業の彼氏の仕事も桂木常務に握られていたと思います。
事実柳井工業の植野は彼女が東南物産に入社の時に、中国の支店に飛ばされています。
その後は秘書兼愛人として、桂木常務に仕えていたのでしょう?
年に数回帰って来る植野晴之との愛を確かめながら、その様な時桂木常務は熱海、初島カジノ構想に着手したのだと思われます。
秘書として聡子は優秀だったと考えられます。
片時も離さずに、連れて各地に同行していますから、そして泊まる時はかつみの名前を使って宿泊していましたので、警察は掴めない訳です」
「加山かつみ!盲点だったな」黙って聞いていた横溝捜査一課長が喋った。
「だが何故?この様な事件が起ったのだ」
再び話し始める美優。
「先日自供した柏崎由希子を利用して、政界の大物代議士錦織議員を手の内に入れて、さあこれからと云う時に、ボイスレコーダー盗聴事件が勃発して、足立伸子に強請られてしまいました。
再三に渡る強請は、足立伸子では無く堂本聡子が仕掛けたと思われます」
「えーーーー、堂本聡子が?何故?」
「それがこの事件を複雑にした原因です」と言うと説明を始める。
「それは復讐を実行したのです、彼女は足立伸子には何も恨みは無かったと考えられますが、足立伸子を利用して、桂木常務を強請ったのは間違い無く聡子と植野だと思います。
足立伸子は百万と引き替えにボイスレコーダーを桂木常務に渡しましたが、その取引をしたのが堂本聡子だと思われます。
聡子は植野に言われて、ボイスレコーダーのコピーを作成して、内容を分散して後に毎朝新聞、警察、週刊誌に送りつけています。
これ程の大スキャンダルを持っていても、お金に換える意志が全く無いのは、二人が復讐の為だけに行動した事が窺えます」
「それ程の恨みとは一体何だったのかね?」怪訝な顔で尋ねる横溝捜査一課長。
「ここで婦人科医の二人が登場します。
桂木常務は愛人兼秘書の堂本聡子に、惚れていたと思われます。
その為恋人の植野晴之が邪魔な存在でしたが、年に一回程度日本に戻って来る植野と聡子の恋は燃え上がり、妊娠したと考えられます。
聡子は妊娠を機に秘書兼愛人を辞めたいと桂木常務に申し出たと考えられます。
桂木常務は聡子以外の秘書共過去に関係を持って、籠谷次長が山戸医師の元に連れて行き堕胎をさせていたと考えられます。
桂木常務は恋人が居る聡子に対し相当な嫉妬心を持っていた様です。
その為、聡子を山戸医師の病院では無く、設備の整った病院に送り込んだのです」
「何の為に?植野の子供を中絶する為なら、山戸医師で充分だろう?」
「それは恐ろしい計画だったのです。
その任を任された籠谷次長、元課長は功績で大阪本社の次長に昇進したと考えられます。
聡子が宿した植野の子供を始末するだけでは我慢出来ずに、桂木は堕胎と同時に聡子が二度と妊娠出来ない様に卵管を切除させたのです」
「えーー、惨い!だが本人は直ぐに判るだろう?お腹に傷が出来るのだろう?」
「先日、釜江婦人科病院の医療記録の中に、一人名前の無い患者の中絶手術と同時に、膣式卵管結紮術で行っていますので、傷が残らない方法です。
この手術をされたのが堂本聡子だと考えられます」
「私にも娘が居るが,この様な事をされたら、殺すぞ!」怒りと目頭を押さえる横溝捜査一課長。
「鬼の様な所行ですね、桂木常務も聡子を愛していたのでしょうが?方法が間違っていますね!でも聡子は何も知らなかったと考えられます。
傷も残っていませんから、子供が堕胎された事実のみを実感していたと思われます。
その後のカジノ構想の為に、桂木常務と行動を共にして、初島にも行って民宿に泊まっていますからね!
だが、私が柳井工業で調べたら、或る日植野晴之が辞表を叩き付けて退職しているのです。
それは上海支店にもう一年勤務を言い渡された日ですと、証言が取れました。
再び桂木常務の差し金で、人事が決まったのだと思います。
多分、日本に戻った植野は自分の人事に対して、何処からか聞いたのだと思います。
それで関係会社の東南物産に目星を付けて、色々な処に聞いて偶然恐ろしい事実を知ってしまったのではないかと考えられます」
「私なら耐えられない!桂木常務と聡子の関係は知らないのだろう?」
「帰国して初めて知ったと考えられますね!」美優の話は続いた。
悲しみの中で
46-043
刑事達が手分けをして神奈川県の冷凍商品会社に連絡するが、中々柳井工業との取引が無い。
中には取引が有るが、植野との面識はこの一年程は無いと言われて、発見出来ない捜査陣。
応接室では美優が核心に触れる話をしていた。
「知ったのは多分大阪本社の籠谷次長からだと思います。
それと違法睡眠薬は植野が中国で手に入れた物だと考えられます。
籠谷次長を問い詰め、ノイローゼ状態に追い込み睡眠薬を飲む様に仕向けた可能性が有ります。
籠谷次長が全ての経緯を話したので、植野は山戸医師を呼び出し同じく睡眠薬で殺害。
その後釜江婦人科の瀬戸頼子看護師を利用したのでは?と思いますがこの部分は判りません。
私が判らなかったのは、桂木常務より先に死ぬ必要が有った足立伸子が何故先に殺されたのか?が判らなかったのですが、柳井工業の業態を見て漸く謎が解けたのです。
それは、柳井工業は冷凍設備、ガス等を販売している会社ですので、その技術を使って植野は殺害した足立伸子の死体を急速凍結して、保管して二日後熱海の梅林に遺棄したと考えられます」
「それで、冷凍商品会社なのか?だが死体を受け入れる会社は無いだろう?」
「それが問題なのですが、必ず有ると思います!普通の冷凍庫では解剖所見で時間が誤魔化せませんから、急速に凍らせてしまったと考えられます」頷く横溝捜査一課長。
再び話し始める美優。
「足立伸子を殺害したのは、桂木が手渡した青酸性の毒物で、十月二十八日で二人はボイスレコーダーのコピーを作り、聡子が桂木常務の元に届けてコーヒーで乾杯でもしたと思われます。
聡子を信頼していた桂木常務は、何も怪しむ事無くコーヒーを飲んでしまったと考えられます。
足立伸子がアイスのお茶で殺されたのは、何処か温かい場所だったからで、早朝からアイスの茶は飲まないと思います」
「成る程!新聞配達の人が見た女性は誰なのだ?」
「それは多分、背格好から考えて瀬戸頼子だと思われますね、殺害される前の姿でしょうね!葛城山で二人の死体の廃棄場所が離れていたのは、釜江医師は先に殺害され二人で葛城山に遺棄して、瀬戸頼子は植野晴之が足立伸子の死体を梅林公園に遺棄した後、殺害して同じ様に葛城山に遺棄したので、場所が変わったと思われます」
そこまで聞いた横溝捜査一課長は「今回も美優さんに完敗の様だな!これからどう成る?」
「植野は東南物産の悪行を世間に晒して、自分も聡子さんの後を追うでしょうね」
「人情的には放送させてやりたいが、内容は聞いてないが?」
「籠谷次長の告白では無いでしょうか?植野が最後に聡子さんの無念を晴らしたいでしょうから」
再びテレビ局に電話をして内容を確かめる横溝捜査一課長は、沈痛な表情で美優の顔を見て頷いた。
佐山が「課長!何処にも植野との接点は有りません、有っても数年前で一年以内の連絡は皆無ですね」と報告した。
「でも、地理的に同時に二つの殺人を行ったのですから、浜松近辺だと思うのですがね、静岡県内の冷凍食品の会社に該当が無いのです」首を捻る美優。
「柳井工業にリストを貰うのは?食品会社以外に有るのかも知れない」一平が口を挟む。
「よし、そうしてくれ!」横溝捜査一課長の決断は早かった。
冷凍設備等の販売先のリストが捜査本部に届いたのは、二十分後だった。
美優が自分の調べた会社をピッアップしてから「マグロの保管?マグロの急速凍結だったのね!」で目が止る。
食品でも漁業にまで目が向いてなかった美優が、早速浜名湖の近くに在る高塚水産に電話をする。
「柳井工業の植野さんが最近来られませんでしたか?」
「植野君か?最近は来てないが、半年程前に来て最近使っていない急速凍結庫を一週間程使わせて欲しいと言われたよ」そう答えた。
電話を終わると「見つかりました!高塚水産の急速凍結冷凍庫です」
美優の言葉で、捜査員が一斉に浜名湖方面に向かう。
「この場所なら、二人の死体を同時に処理出来ますね!距離が近いです」
「桂木常務の死体が見つかった場所まで僅かだ!流石は美優さんだ」褒め称えるが、植野晴之の身柄を拘束していない。
「放送されるなら、聡子さんの処に報告に行くでしょう?彼女が亡く成ってから約半年ですから」
「横須賀の警察に連絡をして、身柄の確保だ!墓地の可能性が有るって事ですね」
頷く美優だが、複雑な気持ちに成っていた。
例え復讐とは言え、足立伸子、桂木常務、籠谷次長、釜江医師、山戸医師、瀬戸頼子と六人もの人を殺害した罪は重い。
本当は静かに逝かせてあげるのが正しいのだろう?自問自答の美優。
しばらくして、捜査本部に植野確保、睡眠薬の瓶を持っていたとの連絡が入った。
その後半時間が経過して、テレビ局が一連の殺人事件の速報を一斉に流した。
犯人植野晴之が、横須賀の墓地で捜査員に取り押さえられた事を大きく伝える。
時を同じくして、高塚水産に向かった一平達が、急速凍結庫内に痕跡を発見したと報告してきた。
横溝捜査一課長はテレビ局に放送を解禁して、植野が送りつけたUSBメモリーを公開させる事にした。
それは横溝捜査一課長の植野に対する気持ちの表われだった。
美優の予想通り植野に責められて供述する籠谷次長の肉声で、桂木常務に命令されて堂本聡子を騙して病院に連れて行った事実が語られ、他数名の秘書も病院に連れて行った事実を赤裸々に語っている。
そして、桂木常務の熱海、初島カジノ構想の全容も付け加えられていた。
その声は正しく、堂本聡子の告白に近い物で、桂木常務が言った夜の蛾を引用していた。
最後に植野の肉声で「聡子!守ってやれなくてごめんな!俺も直ぐ行くから!」で締めくくられている。
夜遅く静岡県警に移送されてきた植野晴之に「お前が送ったUSBメモリーはテレビ局が先程全国に流したぞ!」と横溝捜査一課長が伝えると「見せて下さい」と小さな声で言い。
録画の画面を見せると植野は、大粒の涙を流して「ありがとうございました」と横溝捜査一課長に御礼を言った。
佐山刑事の「明日から、本格的な取り調べだ!今夜はゆっくり休め!」の言葉に頷いたが、翌朝植野が姿を見せる事は無かった。
最後に隠し持っていた青酸カリを服用して、亡く成っていた。
その事実を電話で聞いた美優は「東南物産は株価も急落して、立ち直れない程の打撃を受けたし、もう彼に聞く事は何も無かったと思うわ!それから聡子さんのお母さんが、娘の名誉が回復されましたと御礼の電話が有ったわ」と言った。
夜、美優は一平に「今頃二人は天国で愛し合っているわよ!哀しい事件だったわ!」そう言って抱きついて悲しみを拭おうとした。
完
2018.04.11
夜の蛾