未必の故意

僕らは10歳だった。

新しいお母さんはまだ29歳で、当たり前かも知れないけど、
僕や紅葉より、自分の子供が可愛くて仕方がないみたいだった。
そして、それはパパも同じ。
「うちの子どもはこの健介だけよ」
退院してきたばかりの柔らかい赤ちゃんにそっと触れながら、
パパとお母さんはしあわせそうにお互いを優しい目で見ていた。
僕と双子の妹の紅葉はその時クローゼットの中で遊んでいたんだけど、
パパまでが、
「そうだな。健介だけだな。」
と言うのが聞こえてきて僕と紅葉は2人して声を上げることなく、
静かに泣いてしまったんだ。
紅葉はそれまで新しいお母さんに気に入られたくて、
お手伝いとか一生懸命やってたんだけどその日以来パタっとやらなくなった。
「いい? あいつらに舐められるんじゃないわよ」
紅葉は大人の女の人みたいに低い声でつぶやくようになった。
僕はただただ、淡々と毎日をやり過ごしていた。
時々、健介に触ってみる事もあった。
生まれたての赤ちゃんに触れるのは初めてだったから僕は緊張していた。
やわらかい。
「かわいい」と言う気持ちが生まれてきた。
「けんすけ、僕がお兄ちゃんだよ」
パパもお母さんも紅葉もいなかったから小さな声で言って見た。
健介の寝顔をじーーーっと見ていると僕はあることに気がついた。
「うつ伏せ寝」で寝かされている。
そうしないと、頭の形が悪くなる事は知っていた。
僕も、紅葉もうつ伏せ寝で寝かされていたというから、
今も頭の形は綺麗だとよく褒められる。
再来年、僕と紅葉があがる公立中学の野球部は、
丸刈りだから僕は「丸刈り」にすることに他の子より抵抗がなかった。
健介は確かに両親に愛されている、でも、
僕も紅葉も愛されて育って来たんだなあと感じて何だか気持ちが暖かくなった。
「楓、何しているの?」
双子の妹の紅葉は、
「お兄ちゃん」
と言わずに僕を「楓」と呼び捨てにする。
まあ、双子だからいいんだけど。
「けんすけ、かわいいなー。っと思って見てたんだよ」
「オスの小猿じゃない」
酷い言われようだ。
「毎日、少しずつ顔が整って来たように見えない?」
「興味ないもの。楓みたいにまじまじと『観察』したこともないし。」
「可愛いけどなー」
健介の小さい手を軽く握った。
「あら?」
と紅葉が楓に興味を持った。
「うつぶせ寝で寝かされてるのね」
「お兄ちゃんや、お姉ちゃんみたいに、綺麗な頭の形になるように…なっ!けんすけ」
僕は返事をしない弟に語りかける。
「楓、あんた、案外いいお兄ちゃんしてるじゃない。
ついこの間まで泣いてたくせに」
馬鹿にしたように紅葉に言われた。

それから10日程して夜の大人の会話を僕と紅葉は盗み聞きしてしまった。
あまりにショッキングな内容で楓は言葉を失った。
「私、問い合わせてみたのよ」
お母さんの声だった。
「少し遠いけど、
うちみたいな複雑な事情を抱えている家庭の子供を預かってくれる施設があるの!」
お母さんの声が弾んでいる。
「公的な施設じゃないから、
有料だし子供が中学を出るまでっていう期限付きだけど」
「考えておくよ」
「今、返事が欲しいのよ。だって、怖くて」
「怖い?」
「楓くんと紅葉ちゃんが」
僕?
僕と紅葉が?
「楓くんはよく健介の事を眺めているし。
紅葉ちゃんはその様子を冷淡な目で見ているの。
いつか、健介が何かされるかもと思ったら、怖くて仕方がないのよ!」
「本当の話か?」
「私が嘘をつく必要がどこにあるの?」
紅葉を見ると相変わらず、
落ち着いた眼でパパとお母さんの言葉のやり取りを聞いていた。
そして、小さな声で、
「行こう、楓」
「うん。紅葉あのさ」
「今の話は聞いていない、私も楓も。と言う事にしておこう」
「う、うん。」
とりあえず僕は冷静な妹に従う事にした。

数日後、健介が死んだ。
死因は長時間、うつぶせにされ呼吸が圧迫された窒息死だった。
お母さんの取り乱しようは凄まじかった。
「健介を殺したのは貴方たちよね!」
「何を根拠に言っているのかが良く分からないわ」
少しも動じずに紅葉が答えた。涙一つ見せない紅葉の事が僕は怖いと思った。
「私、健介には指一本触ってないです」
「違うの!触れて欲しかったの!
健介が息をしてるかどうか。息苦しくないかどうか」
「触れさせてもくれなかったくせに、自分勝手な言い草ですね。馬鹿じゃないの」
紅葉は言いはなった。
「私や楓が健介に触れると極端に嫌な顔してた。だから、触ることが出来なかったんです」
そう言って僕の手を引いて紅葉は部屋を出た。

「楓は気がついてなかったみたいね。息が出来なくて弱っていく健介に」
「気がついてたの?」
「うん」
「こういうのも、見殺しって言うのかな?」
「紅葉…」
「後はパパとお母さんを離婚させるだけね。
取り戻すの。あの2人が離婚してパパと楓と私。3人の生活を」
「お前」
「私たち10歳よ。日本は無法地帯なの。喉が渇いたわ」
そう言って、妹は台所に行ってしまった。
僕らは10歳だった。

未必の故意

未必の故意

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-09

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