教会と少年
ある小さな子供のお話。
自身も協会に毎日通う熱心な
西洋宗教信者であり、神父を父にもつ少年は、ある日の夕方、ある場所で天使の声をきいた。
始まりは彼が住み、いまも生活するある町、天使がよく遊びに来る浜辺のある、広く大きな国の小さな港町。
特に名所や目立った名物はないが、景色はそこそこいい、海岸は入り江になっていて、海にそって立ち並ぶ街や展望台からの眺めは抜群だ、
建物は総じて真っ白な色をしていて、
いえいえの屋根はなぜだか、カラフルな色をしたものが多い。
その町の海岸で、少年はある日、不思議な天使と出会った。
といっても初めの遭遇は、天使の声を聴いただけで、それが天使のものだということも想像もしていなかったけれど。・
少年ははじめ、声をきいたのだ、それが天使の声だった、とてもすんだ綺麗な声だった。
はじめてそのきいたのは、学校帰りに、その日学校で悔しい思いをして、夕焼けが水平線に沈むのを一人でながめていたころだった。
はじめに声をかけたのは天使ではなく、神だった、
天使に神が声をかけ、いたわりのことばをなげかけた、それを偶然に人間の小さな子供の耳が拾ってしまったので、
奇妙なことがおきたのだった、ことばは、文字にかわった。
天使は神の命令のため、その場所にいすわっていた、お前はこの町を監視するのだ……。
そういわれた。
ところが、神がこの天使に、この町のことをまかせっきりで、
あまりにもその天使が働き者で、調子を崩すこともあったので、神は天使をいたわった
「君は使者で神の意思を遂行するものだ、だが、この仕事は、それほど思い詰めて考えるな、もっとてをぬいてもかまわないのだ」
神は天使にそう声をかけた。
それを天使がきいたなら、この事件はおきなかったのだけど、
ちょうど同じころ、天使は人助けの仕事最中で、一生懸命にはたらいていて、そのことばを聞き逃してしまった。
それは、一度や二度のことではなかった、
天使は人を助ける仕事に手がいっぱいで、ちょうど毎日同じ時間に、天使たちに連絡をくださる、神の言葉を聞く事を忘れていた。
天使が聞き流した言葉は、天使が聞きそこねたため、すぐ近くの、浜辺に膝を抱えて落ち込んでいた、少年の耳へだけとどいた。
(……思い詰めるな。)
「少年、今の声をききましたか?」
神と天使の声が聞こえた後、耳にその声がきこえたが、少年があたりを見回しても、そこは浜辺で、もう日もくれて時間もおそいから、あたりを見回しても人影も音のするものもなさそうで、首をかしげたまま、少年はわからなくなった。
少年はそのとき、一人考えた、涙をながしていたのか、目は充血している、本当に声をきいたのか?わからない。
ただひざや腰についた砂をぱっぱと両手ではらい、その場でたちあがったのだった。
誰もいないし、春ごろの海岸で、だが夜になるとさすがに底冷えがしてきたので、その日はその事件について、それ以上くわしく確認もせず、そのあと彼はすぐに家へと向かった。
3日たって、その記憶もわすれかけていたころ、
少年は再び、その声をきいて、海岸の記憶とともに、あのとき感じた、不思議な感覚をとりもどしたのだった。
“あなたは私の声が聞こえたのですね”
今回は、少年は自宅にいた。
そこはボロアパートの3階の右から2番目の部屋、大家族が住むにはせますぎる、うすぐらい茶色のオンボロのカーテン
大家族なので、物音にはなるべく気を遣うのだが、近所はそれでもうるさいとしかりにくることがある。
兄妹は、少年をのぞいて皆わんぱくなのだ。
だからさわぐこともある、さわぎすぎることがある。
両親はそのたび、ご近所さまに謝るのだ、少年はその姿をみるのがつらい。
だが両親はそんなときにも、笑うのだ。
今日も兄妹は喧嘩をしていたが、その合間に、あの時聞こえた美しい声がはっきりと、それも少年にだけ再びきこえた。
少年は、声のことをわすれかけていたのだが、その不思議な声のことと、その声にどきっとしたことは、はっきりおぼえていたので、
数秒もすると、すべてが頭の中で今すべてが同時に起こったことのようにつじつまがあうように、記憶がひとつにつながったのをかんじた。
丁度、自宅で宿題を片付けていたところだったが、それをやめて、トイレにこもり、ゆっくりと記憶をたどる。
(いつ、この声をきいたのか?兄妹たちは声に気づかない、訪ねてみても無駄らしい)
ゆっくりとめをとじると、あの日、なぜあの声をきいたのかと、ついでに記憶をひっぱりだせた。
あの日、落ち込んで海岸にいた。
学校にハンカチを忘れたのだ、そのことを兄妹に相談もできなかったのだ。
(今聞こえたあの声……どこかで聞いたはず)
それは少しまえ、ちょうど3日前に浜辺できいた声だった。
少年は、その声に興味があるのと、兄弟げんかがうるさすぎるのとで、少し家をでて、出かけようと考えた。
この家は、海岸のとても近くにある。
少年は一人、アパートの玄関でサンダルをはいて、日の暮れかけた町をあるきだした。
「はあ、はあ」
息をきらし、ときにはしってときにあるいて、ときにたちどまった。
海が近づくと、点灯が長すぎる横断歩道の赤信号が青になるのをまち、堤防の上の階段のそばで、サンダルをぬいだ。
砂浜をはだしであるきだそうとするころ、家できいたような感じのする、あの声がきこえたきがして。足をとめる。
(少年)
やっぱり声だ、声がする、少年は会話を試みた。
「あなたは誰?」
「私は天使です」
「ばかな、幻聴かな?……」
「あなたは私と神様の声がきこえたのですね」
この声は聴いた覚えがある、前もこの砂浜で、こんな時刻だった、少年は左腕の腕時計をみると、午後6時で丁度前と同じ時刻だった。
そうだ、たしかに3日前にきいた。
話し声とも歌声をも判断がつかない、すきとおった、青空のような、きれいな、父のつとめる教会の管楽器のような音。
まぎれもなく例の声だった。
「私を覚えていますか?」
声はなんども少年の頭に反響してきこえた。
その声をきいたとき、そのころの少年は、ここ2、3日、自分自信の家出について計画をたて、頭を悩ませていたことも思い出した。
だとすれば、初めて声をきいたときも、たしかそうだったにちがいないのだ。
ふと少年は考えると、
波打ち際から距離のあるところに、ひざを抱えてこしかけた。
家出について考えると、その声がきこえて、思いとどまったことを、今の今おもいだした。
「なぜ、声がきこえたからといって家をでたのか、両親が心配する時間帯だ」
家の中のうるささに嫌気がさしたのだ、兄は2人いて妹が二人、わんぱくで、毎日のように喧嘩をする兄妹たちに親はつかれはて、僕は喧嘩を止めに入る。
毎日のようにそうなのだ。
自分がとめると、兄妹はしずかになる。
やりたくてするわけでも、僕がそうするのは
母や父にせまられるのでもなく、そうせざるをえないほど、兄妹のけんかがひどいから。
今日もひどくて、前とおなじ、妙な声がきこえて、それを口実に、自分にいいきかせるように不満を発散しようとすぐに家をでた。
(ついに幻聴が聞こえたか、やっぱり幻聴だ、だけど今回は、もう少しこの声をきいておきたい、今日はいつもより沈んでいるから)
少年は頭をかいた。
だけどそのまま帰るのも癪なので、はだしのまま
砂浜をうろうろとあるき、さらに波打ち際に近づいた。
そしてまた、砂の上にうずくまりすわる
一人のときならば、ストレスからくる幻聴にも耐える事ができる、波の音もここちいいから、ここは最高の隠れ家だ。
だからこそ一人で、家族に何もいわず、夕方にこんな場所へきた。
耐えられないとき、いつもそうする。
ふと考えると、いまでも、例の声が聞こえてきそうで、暗くなる夕方の浜辺で
少年は、この隠た習慣の中に、うまれて初めて悲しさ以外のものをはじめて感じた。
さっき声が聞こえたのが嘘でなければ、少年は一人で海岸にいるわけではない。
あの声かも知れないものは、少年に新しく希望を与えてくれるかもしれない。
もしや、さっきのように、もっと会話がもっとできるかも、
その期待は半分あっても、会話が成立しなければ、それは恐ろしい幻聴ということになるだろう。
「聞こえますか?」
ザリザリ……ザリ、
少年は、声をあげた。
「あっ」
突然腰をあげて、そのあたりをぐるぐるとあるきまわった。
聞きたいのか、聴きたくないこえなのかわからない。
偶然に少年の耳に聞こえた声が前回と同じく、高く澄んだ音で、少年の耳にとどいた。
ただ、きれいな声だということは、少年にもはっきりとわかる。
(僕はこの声がききたかったのか?)
胸に手を当てて考える。
家をでたとき、ストレスからにげたのと半分で、あの高く澄んだ綺麗な音が、僕の何かを変えてくれるような気がしたのだ。
だけど簡単に耳を傾けてはいけない気がする、幻聴の可能性すら、まだ残っているのだ。
(こんな幻聴を聞くくらいなら、そんなに心がくるしかったなら、
このまま家出をしようか、それとも、本気で僕が怒りをうったえて、僕のつらさを兄妹たちに僕のつらさをわかってもらおうか、
母に言うのも心苦しいから……。)
母の手伝いをするのは自発的な手伝いだ。
母の家事は効率がよく、手を抜くところでは本当に手を抜く、
だけど5人兄妹だから、手間のある時も必ずやってくる、そういうとき少年が手助けする、
それに喧嘩、喧嘩をとめるのは少年の仕事……。
母は少年をほめたりしない。
しかも家事に兄妹は協力的ではない。
自発的にやることに
文句があるわけではないが、文句が言えないのも悔しい。
波の音が静かに、ときにはげしくなり、耳の中に残る日常のわずらわしい音を少しずつ、少しずつ、かきけしていく。
(声が聞こえない……)
きづいたら、少年はまたこしをおろして、波間をながめて、ひざをかかえてすわっている。
少年が長らく返事をしなかったので、幻聴だかなんだかの、あの声は呆れてどこかへ遠ざかっていったようだ。
ただ波の音だけが耳にひびいた。
少年は笑いながらないていた、ひざをかかえて、砂の上に涙をぽろぽろとながした。
(くそ!!)
汚い言葉で、砂をにらめつけて、兄妹の顔をおもいうかべてはののしる。
少年の父はいつか、悩みをきいてくれたのだが今では忘れてしまった遠い過去の記憶のひとつなのか。
涙がとまったので、自然と顔をすこしあげ、視線を投げかけた。
少年の耳に、あの声が聞こえないので、安心していたら、頭上でなにか光るものがある、あまりにもまぶしい感じがしたので、ヘリコプターでもとんでいるのかと
思い、めをひらいて、つっぷしていた顔をあげ、空をみあげる。
すると水中から、幻聴ではなく幻覚が姿を現した。
水中から、まぎれもなく、天使が姿をあらわした、少年のために姿をあらわしたのだろうか?
水はよけるように、はじけるようにして、まっぷたつにわかれていた。
それは明らかに、人のようなすがた、それによくみると、白い羽がある、それが優雅にばたばたと動いていて、
手と足もそれにつられてふわふわともがいている。
だれがどうみても天使の姿だった。
「あなたのせいじゃないわ」
返事をしないのに、相手はしゃべりつづけた。
天使は、空へむかう。
その背中には綺麗な羽があり、とても美しい容姿をしていた、天使は手を振っているが、その手の中には手紙をもっている。
「ここへ神様の手紙をおとしたの、それは私にむけられた神様の言葉。
あなたがここで神様の言葉をうけとったので、ここに置き去りにされてしまったのよ」
天使はなぜだかにこにこしていた。
「神様は私に働きすぎだと忠告をしたのよ」
すぐ後ろで大勢の足音が聞こえた。
ふりかえると、いつも自分がしている十字架のペンダントをもって、4人の兄妹が心配そうな顔で砂浜にたってた。
一番下の妹が前へでてきて、自分にそれをさしだした。
なぜかみんなが、自分をむかえにきたらしい
その瞬間、少年の頭には、ふと彼らとのいい思い出がうかんできた。
いつかのこと、
兄妹と親と、家族全員でくみたてた、大きなパズルのことをかんがえた、あれはリビングにかざってあって、
たしか、大きな猫の写真のパズルだ、少年はふと気づくと、またあのパズルがみたいとおもった。
教会と少年