わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 3

 「いやー、でも先生が雪国出身だなんて、偶然だよねー」
「そうでもないわよ? 確かに私は教師二年目でどの部でもいいから顧問を経験させようって上司の先生方が思ってたところに新しい部の申請書が来たからあてがわれただけの顧問だけど、日本の都道府県の三分の一以上は雪国か、雪国にかかってるのよ? 野球で言えばおよそ三割三分三厘だから強打者でしょ? たまたま意図せずに雪国出身の教師がウィンタースポーツ部の顧問になっても不思議じゃないでしょ?」
いやそれ、人口の比率考えてないから、雪国で人口百万人以上の都市って札幌だけだから、というツッコミをしたかったが、これからの合宿への不安があるので、軽い気持ちで女子トークをする気にはあまりなれなかった。

 わたしたちは、生江先生の故郷である会津に向かう電車に乗っている。東北地方に電車で行くなら新幹線と思っていたけど、浅草から出る私鉄を使うと会津までショートカット出来るのよ、と生江先生に教えてもらった。しかも四日間一定区間乗り放題のきっぷがあるので、往復するだけでもお得なのだとか。わたし達もそのきっぷに合わせて、三泊四日の日程を組んでいる。
 早朝に浅草を出る特急に乗れば、九時過ぎには福島県境を越える事ができる。トンネルを抜けたら雪国、とまでは行かないけど、まだ除雪した雪が山になって残っているところもある。でも会津田島という駅で特急から各駅停車の電車、もといディーゼル車に乗り換えて進んでいくとすっかり雪はなくなり、本当にスキーなんて出来るのかな? とか思いつつ、どうせならそうなってくれればいいな、とまだ少し思ってた。
「お昼は若松…会津若松にしましょうか。ついでに鶴ケ城を見学してみてもいいし。乗り降りフリーだから、活用しましょ?」
まだ正午にもなっていないのに、会津若松市に入ったようだ。速さでは新幹線に負けるけど、ゆっくり電車に揺られたあとに十一時頃から観光を始めるのは身体も楽でいいかもしれない。
 先生の提案に従って、わたし達は西若松という駅で下車。しばらく歩くと、赤茶色の屋根を抱いた巨大な建物が見えてきた。
「へー、赤い屋根のお城って珍しいね-。テレビとかで見るお城って大体瓦が黒いっしょ? でもこの色もなんかカッコイイかも」
環ちゃんが遠くをながめる仕草をしながら言った。
「地元の物を褒めてくれて嬉しいわ。あの色には何年か前に変えたのよ。私が子どもの頃は黒かったんだけど、江戸時代はあの色だったからそれを忠実に再現しようってことで」
「江戸時代は、ってことは、あれは後から作ったお城?」
先生の解説に、環ちゃんが鋭い質問をする。
「残念ながらそうなの。昭和の戦後に作られたコンクリート造り。中では天井でエアコンが回ってたりするから興ざめって人もいるけど、中全体が会津の歴史を紹介する資料館になってるし、最上階からの景色がいいから、歴史好きの人は一度見ておいていいかもね」
先生のその答えに、わたしは興味をそそられた。きれいな景色は好きだし、せっかくだから白虎隊とか勉強してみたい。新撰組も会津に絡んでるみたいだし、歴史系のマンガはわたしの守備範囲外だけど、一応読んだものもあるし、大まかなことくらいは知っておきたかった。でも。
「ん~、ウチは別にいいかな~、お金出してまで勉強したくないっていうか-、腹減ったしー」
というキコちゃんの言葉にさえぎられた。せっかくだから見ていこうと言いたかったのだけど、
「そうね。もう正午過ぎちゃってるし、お城は外から見るのが一番キレイだって私も思うしね。あと正直、私地元だから何度も来てて飽きちゃってるの」
ぺろりと舌を出す先生が可愛かったので、結局昼食優先の意見に異議を唱えることができなかった。でも下から見上げる天守閣は確かに美しかった。

 道の途中にある昔ながらの食堂でソースかつ丼というものを食べた。
「ソースかつ丼って実は日本のあちこちにあるんだけど、私はやっぱり若松のが一番好きだな」
という先生の言葉通り、ソースかつ丼は美味しかった。昔家族で行った秩父で、わらじカツ丼というのを食べたことがあったけど、あれもソース味だった。
 食休みの後、歩いて行くといつの間にか会津若松駅の近くまで来ていた。ふた駅分歩いたことになるけど、さほど苦にならなかった。女子四人が集まっているために、おしゃべりが止まらなかったのもあるかもしれない。
「こんなこと言ったらなんだけどさ、ほら、白虎隊っているっしょ? あれ正直ピンとこないっていうか、逃げちゃえば良かったのにって思うんだよねえ」
「思う思う。それになんかこのパンフ見ると、他のところの火事をお城が燃えたと勘違いして切腹とかって、ぶっちゃけ、うっかりさん達だなあって思うもん、ウチも」
気がつくと環ちゃんとキコちゃんが、かなり物騒な会話をしていた。いやそんな簡単なものでは…それに、地元の人が聞いたら怒るんじゃ…と、わたしは戦々恐々としつつ生江先生の方を見ると、
「そうねえ、実は私もピンと来ないのよ、彼らが偉いとかいう話が。それに、あそこちょっと見てくれる?」
駅のそばに空き地がある。ショベルカーなどが入っていて、何か新しい建物を作るようだ。
「あそこ、仮設住宅があったの」
東日本大震災のあと、被災者のための仮設住宅があちこちに建てられた。あの時は津波で多くの人の命が失われ、家の全壊や原発事故で多くの人がふるさとを離れなければならなくなった。同じ福島県ながら被害の無かった会津は、仮設住宅の建設には丁度よい立地だったのかもしれない。
「あの時思ったの。白虎隊の彼らは最後まで生きようとあがくべきだったって。もちろん過去は書き換えられないけど、現代に生きる私たちがそれをどう捉えるかは変えることが出来る。私は、震災のために生きたくても生きられなかった人たちを家族や友人に持つ人の前で、自ら生きることを放棄した子たちを美化してほしくないの」
先生の顔が、真剣になった。
「将来にいくらでも可能性のある少年たちが自害するだなんて、どうして周りの大人達は止めなかったの? 逃げて逃げて逃げまくって、生きていれば道も開ける。命を大切にしなきゃダメなのよ。白虎隊のおはなしは悲劇かもしれないけど、美談なんかじゃ絶対無い。私たちは心を鬼にして、なんて馬鹿なことを! 親から貰った命を大切にしなきゃダメじゃないの! って彼らに言わなきゃダメだと思うの」
ああ、そういえば新撰組の場合、土方歳三は年少の小姓であった市村鉄之助を使いに出し、結果的に逃したことになったんだっけ。そして元隊士のなかには斎藤一のように、新政府のもとで警察官として奉職した人もいたんだっけ。マンガで読んだだけの知識だけど、「生きていれば道も開ける」って言葉の重みは、真剣な先生の顔のせいもあってか、強く感じた。
「まあ、それは私が喜多方の産まれだからかもしれないけどね。さ、駅に入りましょ?」

 会津若松駅、地元の人は単に「若松」って呼ぶみたいだけど、そこからまたもディーゼル列車に乗って喜多方駅へ。駅舎を出ると一台の車から手を出して振っている男性がいた。
「あっ、お兄ちゃんただいまー。お迎えありがとねー」
先生のお兄さんが迎えに来てくれたようだ。わたし達もお礼を言いながら車に乗った、と言っても先生の実家は市街地から近くて、駅から歩いても行けるくらいのところにある。逆に駅が市街地の外れにある感じだ。
 わたし達は、先生の実家を宿として借りることになっている。だからこそ低予算での合宿が実現したわけで、礼儀として持っていったお茶菓子代が実質の宿代と考えると一泊千円でお釣りが来るくらいだ。
「聖ちゃんおかえり。次の帰省はお盆かなと思ってたけど、思わずこんなに早くなってうれしいわー」
「生徒さんたちも遠慮せず、くつろいで行ってくれや。喜多方は美味いもん一杯あるから夕飯楽しみにしててな」
優しそうなご両親だ。お兄さんもそれに似て穏やかそうな感じ。キコちゃんが、
「ちょっとイケメンじゃね?」
とわたしの耳元でささやいた。しかしそのお兄さんが、
「改めて、聖の兄の、三世次です。妹がいつもお世話になってます」
と丁寧に挨拶してくれた時、わたしと環ちゃんは気がついた。
「聖…せい、三世次…みよじ、みょうじ…」
あーっ、このご両親もうちのおじいちゃんと同じで、ダジャレで子供の名前付けちゃったパターンだ!
「なまえ・せい」
「なまえ・みょうじ」
あとはもう、笑いを必死にこらえながら部屋に案内してもらうしかなかった。

 案内されたのは、和室の六畳間。
「ここはもともと、お兄ちゃんの部屋だったの。今は結婚して近くに新居を建てちゃったから。で、隣が私の部屋。見る?」
とのお言葉に甘えて、興味本位で先生のお部屋を拝見することにした。が、
「あ…」
という先生の言葉と同時に目に入ってきたのは、床に積まれた沢山の段ボール箱。
「そうだ、お兄ちゃんの部屋が今物置状態になってるから物を移動させるって、お父さん言ってたっけ。そうすれば三人泊まれるだろうって。でもこれだけ一杯荷物積まれると、私もこっちで眠れないなあ…」
困り顔の先生。しかし環ちゃんが隣のお兄さんの部屋を見て、気がついた。
「先生、こっちに布団四組用意してあるよ」
どうやら、先生と生徒、一緒におんなじ部屋で寝なさいということらしかった。

 「実はね、聖ちゃんの部屋にも荷物が結構置いてあってね。布団敷く場所が作れなかったのよ。だからお兄ちゃんの部屋にみんなで寝てくれると助かるなって」
なんだか、不思議な気分。これまで林間学校でも修学旅行でも先生と生徒は別の部屋。生徒は夜更かししておはなし、一方先生たちは早く寝かせようと各部屋を厳しく見回る。でもこれだと先生も生徒も無いというか、自然とおはなしもそこそこに早く寝ようという流れになる。先生のご実家である以上ご家族に迷惑かけるわけにも行かないし。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 3

 すっかり春スキーのシーズンですが、今年は寒さが続きそうなのでシーズンが長くなりそうですね。
 作中で生江先生が白虎隊への思いを話すシーンがありますが、あれは作者の想いでもあります。実際仮設住宅がある頃に会津若松に行って、鶴ヶ城の内部を観ての感想です。地元の人は違う感想なのかもしれませんが、作者はやっぱり人の死を美化なんて出来ないと思う人間です。
 次回、いよいよ彼女たちがゲレンデに立ちます。

わたしの友達が部活ものコンテンツに新天地を開こうとしている件 3

「どうして芳◯社や◯迅社の四コマ雑誌にはスキー部のマンガが載っていないのか? という疑問からこの物語は生まれました。ならば自分で書いてしまえと思って書き上げた(だってラノベでも心当たりないですもん)第三弾です。もし「既にスキーやスノボの部活もの商業誌であるぞー」というツッコミはむしろ歓迎、と書きつつもまだ来ていないので、おそらく自分がパイオニアなのだなって喜びと、漫画界ではマイナーなスポーツなのかなというがっかり感が半々です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-04

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