01Red

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 小さいころは真っ赤な口紅に憧れていた。テレビドラマやCMで女優が手にしていた紅は私を酷く魅了したのだ。

 お化粧って、もっと綺麗で、神聖なものだと思っていた。いつの間にか日常と切り離せなくなっていたメイクポーチに気づいて、驚いた。コーラルピンクのリップは最初に買った化粧品で、三本目。学校で使ってるから消費も早い。安いから唇は荒れるし持ちも良くない。色だけは自然で可愛い。
 机に持ってる化粧品を並べる。ピンクや黄色の可愛いパッケージのそれは乙女心をくすぐった。

 学校帰り、家の最寄り駅に併設されたドラッグストアで足を止める。ふらふらと進んだ先は化粧品コーナー。おばさんしかいないそこで私はひとつ、商品を手に取る。赤い口紅。端的に言うならばわたしは迷っているのだ。この口紅を買うか、否か。こんなことを続けてもう、ひと月たつだろうか、ちょっと高いアイシャドーやチーク、薄いピンクの口紅をレジに持っていくのは難しくないのに、真っ赤な口紅になると、どうしても躊躇してしまうのだ。それはやはり、化粧への憧れのせいだろう。
 周りに合わせて化粧なんかし始めたところであんたはまだ雛みたいな少女なのよ、似合わないから辞めてしまったら。と妙に大人っぽい、けれど私の姿をした悪魔は囁く。きいんと頭が痛くなった気がして売り場を離れた。

「鈴佳はさ、いつも薄化粧だよね」
 トイレで化粧直しをしていた時、愛莉が呟いた。彼女は私たちのグループの中で一番大人っぽくて、鮮やかな赤や濃いピンクの口紅も似合う綺麗な女の子だ。
「せっかく元がいいんだから、もっと色々やってみればいいのに」
「ううん、似合わないから。ほら、私って童顔でしょ」
 そういうと彼女は私の顔を上から下へじっと見て、「そっか」とだけ言った。
 彼女唇を彩る赤はあんまりに鮮やかで、じっと見ていると彼女はふっ、と微笑んで手に持っていた口紅を足しの唇に引いた。
「やっぱ似合うんじゃないの」
 彼女が丁寧に塗ってくれた私の唇は驚くほど鮮やかで、私からはすっかり浮いてしまっているように見える。拭う様に人差し指を唇に滑らせたら指先は血でも掬ったかのように赤くなった。

 あの日以来、私は愛莉の口紅の赤さを忘れる事が出来なくなってしまった。やっぱり素敵だと思う反面、あの子に似合っても私には似合わない、と思う心もある。みんなでトイレに行くたび、彼女の口紅を盗み見して、どこの何色なのかも覚えてしまった。放課後に寄るのは町中にあるお洒落なビルの化粧品店に変わった。彼女の口紅は近くのドラッグストアには置かれていなかった。
 じっと同じ口紅を毎日見続ける私は異様に見えたことだろう。店員が私のところにやってきて「試してみませんか」と言ったのは、通い始めて一週間くらいが経ってからだった。手首に引かれる赤い筋。リストカットのあとってこんな感じになるのかな、と思った。違う色も二色引いてもらって、でもやっぱりあの赤が気になった。
 店員のお姉さんはとても喋るのが上手で、彼女も赤い口紅が似合う人だった。「私も同じの使ってるんですよ」にぃ、と歪む唇にその赤はとても似合っていた。
 会員登録したら五十パーセントオフとかSNSをフォローすればクーポンが貰えるとか、そういう話に乗ってしまって、気づけばその口紅は私の物になっていた。あれだけ悩んだ時間がバカみたいだった。細いそれをメイクポーチに入れて、その日は満足した。

 大きなメイクポーチを持ってトイレの洗面所で化粧直しをする。十分休みは女の子の大切な時間。崩れ防止に叩いたベビーパウダーが制服を白く汚す。鏡の向こうの私はさっきより少し可愛くなった、可愛くなったけれど純粋さを失った。やっぱりは口紅はいつものものを使うことにした。生活指導に注意されないぎりぎりのコーラスピンクは、自然に見えて紛い物だ。鏡の奥を見つめながらぼんやりとしていると、悪戯な笑みを浮かべた愛莉が私の肩を叩いた。
「なぁに、自分に見とれてんの?」
 周りにいたクラスメイトも囃し立てるように笑った。
「もぉ、そんなんじゃないよ! ただぼうっとしてただけ」
 笑顔を浮かべて振り返りざま、視界に入った私は笑えていただろうか。
 震える指で、ついに買った赤い口紅をポーチの底へ押しやった。愛莉とお揃いの01Red。
 いつか、口紅が唇の形すら歪めてしまうんじゃないかと不安になる。
 だって、その色は偽物だから。

01Red

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-03

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