覗くレンズは銃口より
歩き出したその建築物は、さながら迷宮だった。殆ど無法地帯のこの一帯に、ここぞとばかりに、それこそ蟻が飴玉に挙るみたいに、違法建築に次ぐ違法建築。ビル群はみるみるうちに膨れ上がり、巨大な立体迷路のなりをしていた。それをいいことに柄の悪い奴等の溜まり場となった今では、もう立派なスラム街である。見るものを寄せ付けぬ危険区域と化していた。
そんな危険な場所に、一体何の用かと問われれば、“男祭り”があるからとしか答えられない。
いや、巫山戯てはいない。至って真面目だ。
本日、このスラムで、祭りが開催されるのだ。なんでも、物好きな金持ちがここの雰囲気なり構造なりを気に入り、賞金を全て出すからと半ば強引に開催を決定したそうだ。勿論、このスラムを仕切る数人の頭領が頭ごなしに断ろうとしたのだが、懸けられた金額を聞いて、拒むものは居なくなったらしい。
祭りの内容は、かけっこ、である。そう、あのかけっこだ。
しかし、ただ平地を走るだけじゃあ退屈である。そこで例の金持ちは、この立体迷宮全体を使った、“大人のかけっこ”を仕掛けたのだ。
そもそもの話、このスラム街は大きく分けて、縦に四分割されている。別れる四つの派によって。自分の縄張りならよく知っているだろうが、隣の庭となれば話は別。全く知らない土地だと話す。そこで、スタートは自分の管轄外からとなり、中央の大きな屋上広場を目指す、というルールに定められた。
私はその、俄には信じがたい噂を聞きつけ、撮りにきた。戦場カメラマンたるもの、ここで引いては名が廃る。そして、カメラが腐る。私は首から下げたそれを握りしめ、そんなことを考えていた。
合図の空弾が打ち上がる。しかし、やけに胸の辺りが熱い。感動の比喩的表現ではなく、実際に。シャッターを切ってもいないのに、覗くレンズの向こう側が暗く沈む。私は膝から崩れ落ちた。
私がいたスタート地点から発つ頭領と私の服がよく似通っていたのと、かけっこの規定に武器の使用禁止の記述がなかったという事実を知ったのは、白い天井の元で目覚めた後だった。
覗くレンズは銃口より