饒舌な胎児

孫が欲しい。

ママ、 私、生まれたかった

「声が聞こえるの。私を呼ぶ」
「よく、それ言ってるね。夢を見ているのとはまた、違う感じなの?」
私は黙って首を縦にコクンと振る。
「熟睡できてないのかな?眠りが浅いのね、きっと」
友達が言った。
加奈子が昼夜関係なく無性に眠りたくなってしまう症状は、
ここ最近始まった。
2~3か月前からだ。
大きな温かい何かにゆらゆらゆられていると感じる時もある。
強い力に呼ばれていると感じる日もある。
昼寝の時間は、日に日に長くなっている気がする。
学校が休みの日曜日などは起きたら夕方だったなんて事も普通になってきていた。
通っている女子高はエスカレーター式で女子大に進学できるから、
勉強の心配はしなくてすむのだけど。
「カナコちゃん、カナコちゃん」
あ・・・またこの声、私を呼ぶ声の主はいつもまだ、
小さい男の子だった。
そして、時々、おばさんの声も聞こえてきたが、
何を言っているのか聞き取りにくいのであまり気にはしていなかった。
「はやく、ぼくといっしょにあそぼうよ。」
3~4歳の子供の可愛らしい声、さぞかし可愛い男の子に違いない。
「お姉ちゃんも、早くここから抜け出してキミと一緒に遊びたいわよ」
「睡眠障害ってやつかしら?」
母はしきりに心療内科を勧めてくるのだけど、
それとはまた、違う気がしていた。
また、この声だ。
「なんでって、お母さん、だって、仕方がないのよ」
聞いたこともない声が聞こえる、今日は、はっきりと。
「私の心臓がね。」
しんぞう?
そこで目が覚めた。
「加奈子、起きたの? 昼ごはんにするから早く、顔を洗っていらっしゃい」
洗面所に行ったら兄がいた。
「お!今日は早いな、加奈子。」
「そこ、使うんだからどいてよ!」
起き抜けで機嫌が悪いので、就職が決まってのんびりモードの兄を煩く感じ、
加奈子は兄をしっしっと、追い払う。
デリカシーのない兄だったが、本当はとても優しく兄妹仲は良い方だった。

まただ。
何を言っているのか分からない。
しゅじゅつ・・・きまり・・・なんにち
こんどのはつかです・・・
「仕方ないんです。お義母さん、申し訳ありません」
いつもは聞き取りにくい大人の女性の声なのに今日は、はっきり聞こえた。
「仕方ないわね」
また、別の女の人。
今は夢の中なの・・・それとも。
「女の子の孫も一人は欲しかったけど、諦めるわ。うちには元気もいるしね」
「おばあちゃん、おんなのこ、カナコだよ。ママ、カナコ、
げんきでうまれてこないの?」
カナコ・・・私?
私は18歳よ、幾ら何でも胎児じゃない。
でも、この声・・・この声って。
お兄ちゃん?

そこで、カクンと気を失ってしまった。
そして、そのまま私は二度と目を覚ますことはなかった。
出産に耐えることが出来ない母体の為に、
「ママ」の身体の中から私は掻き出されてしまったのだ。
「ごめんなさい・・・。元気ちゃん。もう赤ちゃんはいないの」
ママは私ではなくお兄ちゃんに泣いて謝っていた。
今は病院の狭い部屋の外から私は中に浮かんで中を見ていた。
「元気ちゃん、忘れないでいてあげてね。加奈子ちゃんの事」
母はそう言って泣いてお兄ちゃんを抱きしめていた。
祖母はおらず、病室には、ママとお兄ちゃんの二人きりだった。
私を呼ぶ声はもう聞こえない。
「はやく、うまれてほしかったんだ」
「あかちゃんに?」
「うん、ぼくね。はやくでてきてあそぼうって、
ぼく、あんなによんだのに」
ママが泣いている。
「ママ、ぼくがいるからね、にっこりして」
ママは涙を拭う。
ママ、 私、産んで欲しかった。      

饒舌な胎児

孫が欲しい。

饒舌な胎児

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted