美佐子ダッシュ

とても思い入れのある作品です。

殺してくれとは言ってない

その女の子は夏休みに入る少し前、私の部屋の姿見の中から出てきた。
「うわあああああああ。」
私は驚いて姿見の前でしりもちをついてしまった。
その子は小さい小さい声で言った。
「…はじめまして…上原美佐子です…」
見た目は私とそっくりな女の子。
「ななな、なに、私、そっくり。なんなの」
「…あ、私、ドッペルゲンガーなんです…」
その女の子は蚊のなくような小さい小さい声で言った。
「私の世界の神様に
『お前はあまりにも気弱だからあっちの世界の上原美佐子さんに鍛えてもらって来い』
って言われてしまって」
「上原美佐子さんてあたしの事?」
「はい、『上原美佐子さんは気だけは強いから夏休みを利用して学んで来い』と…。
私…あなたのドッペルゲンガーです。はい。…スミマセン…」
「『気だけは強い』…って感じ悪いわね。あ!
この前友達が言ってた、
あなたがドッペルゲンガーって事は、あたし、近々に死ぬの!?」
美佐子は数日前にドッペルゲンガーについて、
友人と話をしていたばかりだった。
「ねえ! 自分のドッペルゲンガーを見たら、近いうちに死ぬらしいってホント?」
「迷信です」
あっさり、返された。
「家族や友達にはどう言えばいいの?どうせ、どこにでも、付いて来るんでしょ?」
「…私の事はAさんと他のドッペルゲンガー以外には見えません。
頭のいい犬に吠えられるくらいで…。
お馬鹿な犬は吠えません」
「わかったわ。よろしくね」
「はい…よろしくお願い申し上げます…」
何も三つ指つかなくても、と突っ込んだら、
その子は初めて楽しそうに笑った。
「…美佐子さん…って呼んでもいいですか?」
「構わないわよ」
「私の事は…ダッシュと…呼んで下さい。
美佐子さんって…今…恋してますよね?」
「恋…また、イタイとこついてくるわね。
彼氏はいるわ。竹内一真。
竹内、他校にも彼女がいるから不倫みたいなもんよ」
「美佐子さん、竹内とやることやってますよね…。
しかも、毎日お昼休みの体育倉庫で。マットはお布団…」
ダッシュは言った。
「生々しい話はやめて。美佐子ダッシュ、
それって、悪い…コトなの?」
もう一人の自分に言われると
「うわああん」
て遠慮なく涙が出てくる。
「なんでも知ってるのね。さすが美佐子ダッシュだわ。
隠し事は出来ないって事よね。一真の事は良くない事よね、
最初から分かっているわ。そして、潮時ってことも」
「…美佐子さん、今から抜けましょう…」
「どうやって?」
「美佐子さん、大丈夫です…。2学期からお昼は女友達とお弁当食べましょう。
今までお腹を空かせても、時間あけて、男に奪われていたもの、全部取り戻しましょう…」
美佐子ダッシュの言葉に涙が溢れる。
「大丈夫、大丈夫、一真さんのダッシュにも協力して貰いますから。」
ダッシュの目がキラキラ輝いている。
「美佐子さん!私、頑張ります!頑張って美佐子さん自由取り戻します。
そして、自分のこの、『気弱』を治します!」
「むしろ、既に気弱ではないと思いますけどね」
「美佐子さん、作戦練りましょう、
私、実は竹内くんのドッペルゲンガーと付き合ってるんでこちらの世界に呼出します。
この世界の竹内一真に女を馬鹿にするんじゃないって、
この際、お仕置きしてやりましょう!」
「気弱どころか、イキイキしてるよ。ダッシュ。あんた。どこが『気弱』なのよ?」
そう言ったら、美佐子ダッシュはにっこり笑った。
「私、復讐だいすきなんです」

美佐子ダッシュが携帯に電話すると、
5分弱で竹内君のドッペルゲンガーはやっぱり姿身の中から現れた。
一真そっくりって言うかもう一人の一真なんだけど。
性格はまるで違うみたい、ノリはめちゃくちゃ軽い。
「HEI!YOUがこっちの世界の美佐子だね。
俺?竹内一真のドッペルゲンガー『あっちの世界の竹内一真』。
俺の事は一真ダッシュと呼んでくれ」
上原美佐子、高校3年、18歳。
話が混乱してきて何が何だか分かりません。
「とにかく、復讐をするのね、竹内一真に。
女を馬鹿にするとどうなることか思い知らせてやる!
こっちの世界の「竹内一真!みていなさいよ!」…って感じでいいのかしら?」
…と美佐子ダッシュに聞いたら、
「そうです…!打倒!一真…」
と小さな声で言って、手を合わせて3人で
「エイエイオー!」をさせられた。
うん、なんか、まかせるわ…AAO…。

「一真は車の免許を取ったみたいだな」
一真ダッシュは言った。
「何で解るのよ?」
「私たち、ダッシュには、こっちの世界の事が色々、解るんです…」
美佐子ダッシュがボソッと言った。
「一真は兄貴の軽を借りて、今週の土曜日、
櫻井麗華ちゃんとおとまりデートらしい」
「高校生の癖におとまりとは糞生意気な!」
私は言った。
「…百年早いですわ…」
美佐子ダッシュも言った。
「…気に入らないですわね。
美佐子さんをキープしていて本命とも…なんて…」
「こうなったら、犯罪ギリギリまで」
と一真ダッシュ。
小さな小さな声で、
「…やりますか…」と美佐子ダッシュが言った。
私を含めて3人は、にた~っと笑った。

「まず、俺らダッシュの姿は基本的に、人には見えない」
「透明人間みたいな?」
「一真には朝、特別濃いブラックコーヒーを
のむ習慣がある」
『復讐』が楽しくなって来ている自分が怖い。
「俺はお泊りの日にそのコーヒーの中に下剤と睡眠薬をすりこぎですった
この粉をブラックコーヒーに入れようと思う」
一真ダッシュは小袋に入れた『禁断の白い粉』を見せてくれた。
「よ!名案!さすが一真ダッシュ!」
美佐子ダッシュが一真ダッシュを褒めちぎっている、
それって犯罪の匂いがしない?
「透明人間に不可能はない!」
美佐子ダッシュ。
プロジェクト『X』だ。
一真が一番楽しそうだった。
「じゃあ,私は、一真のお母さんにはり付いて
一真の様子を一部始終報告します…」
美佐子ダッシュが言った、
「美佐子さん、これ、聞こえますか?」
(みーさーこーさーんー。)
心に響く声。
「聞こえるわ、これ何?」
「これは、念です…。今みたいに念でメッセージ送りますから…。
聴いて下さいね…」
「はーい。了解」

「美佐子さん、美佐子さん」
ダッシュが私を揺り起こしていた。
「やりましたよ…。美佐子さん…」
「一真の奴が事故ったぜ。しかも、下剤が利いて漏らしながら。
彼女は無傷ですんだみたい。一真、振られるぜ」
「一真は…重症みたいです…」
美佐子ダッシュは、
「でも…まだ…生きてるんですよね…」
と、残念そうに言う。
あ…あの…ちょっと怖いんですけど。
殺してくれとは言ってない。
「美佐子さん、後、注文ってあります?」
「うーん、そうね。彼女に罪はないから。
でも一真の事は、とことん痛めつけてやりたいわ」
「…死なない程度にですね…」
「…美佐子さん、私たち、向こうの世界に晩御飯食べに行ってきます」
二人は仲良く鏡の中に消えて行った。
私はいつの間にか寝てしまっていた。

朝は美佐子ダッシュに起こされた。
「…おはようございます、美佐子さん…」
「あ、おはよ」
「美佐子さんにメール来ていましたよ」
メール?
重症の一真から?
…ってことはないか。
「『櫻井麗華』からです」
「『櫻井麗華』!?」
私は飛び起きた。
「櫻井麗華は一真の本命、メール見てみる?美佐子さん?」
いつの間にか一真ダッシュも来ていて私に問うた。
なんで、私のメアドを『櫻井麗華』が知ってるワケ?
「とりあえず、見ましょうよ、美佐子さん」
一真ダッシュに言われメールを読んでみた。
「『上原美佐子さんのアドレスですよね。一度会ってお話しませんか?』だって!」
私は美佐子ダッシュと一真ダッシュをすがるように見た。
「…どうしよう。『今日、3時に時間があれば△駅前ドトー〇』って書いてある」
「行きましょう!美佐子さん!」
と、一真ダッシュ。
「…私たちも行きますから…安心してください…」
私たちは3人で『櫻井麗華』に会いに行く事になった。
『櫻井麗華』は全身『バー〇リー』で身を固め窓際の席に座っていた。
「上原さんですよね、櫻井麗華です。」
『なんで、私の顔知っているの!?』
なんて言えばいいのかな、えっと、えっと。
「はじめまして、上原です」
と言って初めてまじまじと『櫻井麗華』を見た。
高校生の分際で男とお泊りデートしたと思えない、
清楚で可憐な印象があった。
折れそうなくらい細い手足、
バー〇リーのワンピースが上品で良く似合っていた。
小さい顔、黒髪、大きな瞳に長いまつげ、ちいさな唇、ピンク色の頬。
「美佐子さんとはタイプが違いますね、こっちの一真は守備範囲広いな」
ついてきてくれてた一真ダッシュが念を送って来た。
櫻井麗華は静かに言った。
「別れませんか、一真と」
「えー、あのー。そもそも私は『2番目』だから、別れます」
私は続けて言った。
「櫻井さんにお返しします。今まで不倫みたいな恋愛でした、
認めます、申し訳ありませんでした」
「上原さん、私も別れます。…今回の旅行であいつの本性が分かったから。
上原さん、私たち二人、一真になめられていたんですよ」
「確かにそうですね」
「復讐してやりませんか?一真に」
皆、復讐好きだなあ。
「私、いい考えがあるんです。一泡吹かせてやりましょうよ。
今、一真は怪我して弱ってるから、弱っているところを狙いましょう、
先手必勝ですよ」
「…麗華さんも大したタマですね…。
美佐子ダッシュが念を送って来たので、コクンと、
うなずいた。私、女だけど…
『女って怖い』。

「麗華さんにも私たちダッシュの存在を知ってもらいましょう」
「いやー、しかし。女って怖いわ。美沙子!
俺は美佐子一筋だから!」
と言った一真ダッシュは、
「…そんなの、当たり前です…」
と素で返されていた。
美佐子ダッシュのどこが「気弱」なんだろう、
考えても分からない。

取り敢えず、美佐子、美佐子ダッシュ、
一真ダッシュ、麗華さんで私の自室に集合した。
「…片手で美佐子さんをキープ、片手で麗華さんとお泊りデート…、
なんだかもう、怪我ぐらいでは、私、許せませんわ!」
「俺だって、こっちの世界の自分がやってることとはいえ、許せないぜ?」
「罰を与えよう!きっついやつを一発!」
と私が言ったら皆、うなずいた。
何をしたら一番、一真を痛めつける事が出来るのか。
急ぐ必要はない…じっくり作戦を練ろう。
幸い、推薦で大学に行けるいいご身分だったので、
時間はたっぷりとあった。
「既成事実を作らない?」
麗華さんが言い出した。
「問題…そうね、女関係がだらしないのは事実だから、証拠写真を沢山撮って、
大学推薦取り消し…ってのはどうですか? 殺す訳じゃないし、いい案でしょう?」
麗華さんが、美しく微笑みながら言った。
「私、おとりにでもなんでもなります」
腹、座ってるわー、この人。
私は勉強机の引き出しからお気に入りのデジカメを取り出して
「これ。使いましょう」
と言った。
「撮影はそうね、こっちの世界では姿が見えない、
美佐子ダッシュと一真ダッシュに、まかせてもいい?」
「よっしゃ!やるよ!みんなOK?」
「エイエイオー!」

竹内一真が大学の推薦を取り消されたらしいと言う噂はあっと言う間に広まった。
麗華さんが体を張って頑張ってくれたのだ。
私、美佐子ダッシュ、一真ダッシュ、麗華さんは、
私の部屋で集合して、『にたあ~』と笑った。
「写真は幾らでもあるわ。4~5年後、
一真の就職内定先にも送り付けてやりましょう」
美佐子ダッシュは優雅に笑った。      

美佐子ダッシュ

美佐子さん、馬鹿な男の事は忘れて大学デビューしてください。

美佐子ダッシュ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
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  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-01

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