パラノイア

パラノイア予備軍って割と沢山いるような気がするんです。

米田さん、いいお嫁さんになりそうだね

「そう言えばそんな事をいった事があるかも知れない」
貴は少しずつ思い出していた。
「早く思いだせよ!」
親友の浩太が言う。
「口は災いの元だ」
慎重な浩太の言い分は正しかった。
「米田文子だよ!」
「いたいた、そんな奴。」
「いたいた、じゃねーよ!」
星野貴、28歳、サラリーマン。
婚約者有。
相手は、同じ会社の1年先輩の理子。
男性職員が誰もが結婚したいと思うような「オフィスの花」だった。
自分で蒔いた種は借り入れないといけない。
「何せ、相手は『あの米田文子』だ。あいつ、1歩間違ったら自爆しかねないぞ。」
浩太は、まだ20代前半の頃婚約解消した事があるらしく、
全てにおいて慎重な性格だった。
「脅すなよ。怖いじゃないか」
確かに『米田文子』には沢山ヤバい噂があった。
そして情けない事に、小心者の星野貴は内心ガタガタに震えていた。

一年後輩の「米田文子」と話したのはたった一度きりだった。
忘年会でたまたま隣の席に座って、
おとなしくウーロン茶を飲んでいる姿が一瞬、
「控え目でおしとやかな女」に見えたのだ。
「君、確か経理の米田さんだよね。」
「はい。」
話かけると意外に話ははずみ、
「俺、男よりガンガンのんで、ぎゃあぎゃあ騒ぐ女って嫌いなんだよね。
今度、食事に誘ってもいいかな。」
貴も飲んでいて、いつもの貴ではなかった。
「連絡先教えてくれる?ほんと、君、いい奥さんになりそうだよ」
これは、酒を飲んでもののはずみで言ったことなので、貴は実は忘れている。
全部隣に座っていた浩太に聞いた話だった。
浩太はすっかり呆れて、情けない親友に、
「いい加減思い出せよ」とため息をついた。

婚約者の今野理子は「米田文子」の直属の上司だった。
「この間、言われたわよ」
貴と食事しながら理子は言った。
「米田さんね、来月末で寿退社する。」
「あの地味な?」
「地味は失礼でしょう。でも『神野係長はまだお嫁に行かないんですか。』
だって。私たちの事まるで知らないのかしら」
「別に知らなくていいよ、理子は旧姓で仕事を続けるんだし。関係ない」
「それもそうね。」
理子はにっこり笑った。

「周囲がおかしい」
気が付いたのは理子と入籍後のことだった。
ほとんど面識のない後輩から、
「星野先輩、ご結婚おめでとうございます、でも意外なお相手で驚きました」
女性の後輩からは
「最低ですね、理子先輩を裏切るなんて、私星野さんのこと許せませんから」
などと、訳の分からない事を言われるようになったのだ。
「何したんだ?」
と、浩太までに言われた。
「巷で理子先輩がお前に捨てられ、お前は米田文子とジミ婚したことになってるぞ」

「なんだか、そんな話になってるみたいね」
夕食を食べながら理子が言った。
「面倒くさいわね。」
「ああ」
「確かにね…米田さん、最近『星野さん』って言わないと、返事をしないから、皆、戸惑っているわ」
「そんな事より重大な話があるんだけどな」
貴は言った、確かにこっちの話が重要だった。
貴に転勤の話があるのだ。
東京近郊ならまだしも、近畿地方だった。
貴も理子も全く知らない異国に近い土地だった。
「理子、ついてきてくれるか?」
仕事命の理子なので「単身で行って。」と言われると思ったら「OK」が出た。
4月早々には京都だ、米田文子の事はほっとけば消えるだろう。
貴は軽く考えていた。

出発の日は土曜日で空港には、貴の身内、理子の身内、
会社の同僚らが大勢見送りに来てくれてた。
そこに、何故か米田文子がいた。手には航空券を持っている。
「理子先輩!来てくださったんですか?」
「文子ちゃんも旅行か何か?」
「嫌だな、前に話したじゃないですか。主人の転勤について関西にいくんですよ」
そう言って貴の腕と自分の腕を組んだ。
「貴!あんたまさか!理子さんがいながら浮気じゃないでしょうね」
貴の姉がギロリと貴を睨んで言った。
「違うよ、ねーちゃん。これは…。」
「お義姉さんも、式に来てくれたじゃないですか!」
と文子は言う。
「こいつ、式…挙げてないから間違いじゃないですか、お嬢さん」
静かに貴の父親が言い、とりあえず、
二人掛りで貴と文子をひきはなす。
「貴、理子さんを連れて飛行機に乗りなさ。」
と、貴の母が文子を抑えながら言った。
貴は理子の手を取って、貴はとりあえずこの場から急いで去った。
「だから言ったんだ。『米田文子』には、気を付けろ…って」
浩太は肩を落としながら親友を見送った。
「職場の人間は誰も知らなかったはずです」
浩太は言った。
「被害者は、まだ、社内では僕だけでしたから。
僕も24歳の時に同じような事がありました。
潔白でしたが相手の実家が厳格でスキャンダルをおこすような男に娘はやれないと、
…婚約解消されました。」
「ぼくも、たった一言だったんです。雑談の中で、言ってしまったんです。
『米田さん、いいお嫁さんになりそうだね。』と」
「それだけ?」
理子の母親が言った。
「それです。一言だけです」
「どこから聞き出しかのか結納の場に現れて。
大騒ぎして、おしまいですよ。破談になりました」
「パラノイア…か。」
貴の後輩が言った、
「そう珍しくもないでしょう、先輩。
『自分は愛されているという錯覚』なんて、
多少は誰でも持っているんじゃないですか」
「妄想性障害の被愛型」
「聞いた話、高校の担任にも危害を加えたそうだ」
貴はまだ、不幸中の幸いだな」
「行きましょうか、米田さん。送りますよ」
「米田ではありません、星野です。」
それまで黙っていた文子が夢を見ているような表情で言った。

パラノイア

米田文子は度を過ぎて、ポジティブですね…。

パラノイア

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-03-01

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