姥生きる山
暖かい親子の愛を書いて見ました。
今はこんな「姥捨ての風習」なんて残っていないと思いますが、
日本のどこかにこんな村があったかも知れないなあ、と思います。
今の話は誰にも言っちゃいけないよ
私,ミチは二十歳…先月、息子に山道に捨てられた。
「お母さん、この道をまっすぐ進んで。
小さな川があって渡れるはずだから、
川を渡って、また、しばらく歩いて。
いいね?」
優しい息子は言った。
何も食べていないから、
やせ細っている。
こっちの方が心配になる。
私は79歳だった。
「すまない、お母さん」
「いいんだよ。誰でも『働けない年寄りのことは口減らし』したくもなるわ」
息子は、
「お母さん、ごめん。」
としか言わない。
「あやまらなくてもいいんよ。」
どうせ、村の誰かに言われたんだろう。
私は息子を少しも恨んでいない。
それどころか「楽園」の入り口まで送ってくれる優しさが嬉しかった。
私は優しい息子の言うとおり、
鳥山の中を杖をつきながら歩いて歩いて歩いて歩き、やっと小さな集落にたどり着いた。
私が住んでいた南村では、
迷信があった。
「村のすぐ裏の大井山に棄てられたら最後、死ぬしかない。」
もう一つ。
「大井山をはるか越えた鳥山の山の中心部に辿りつくのはかなり距離もあり困難だが、
辿り着いた先には、夢のような『土地』が広がっている。」
優しい息子は私を、
「楽園が広がっている可能性のある」
鳥山の入口まで連れて行ってくれた。
泣きながら、
「お母さん、万に一つの可能性に掛けよう。何とか生き延びてくれ。」
「私はどっちでもよかった。
あんたの楽な方で…同じ口減らしなら、
大井山でも私は良かったのに。」
そう言うと息子は、
「大井山になんて、
俺はお母さんを連れて行かない。
俺は可能性のある方に賭ける。
この先には天国みたいな『土地』がきっとある。俺は信じる。
本当は送って行きたいけど、嫁と7人の子供の事を考えると送って行けない。
すまない、お母さん…お母さん…元気で。」
何度も後ろを振り返る息子を見送りながら、私は杖をつき、
息子が教えてくれた鳥山の中心部に辿りつくはずの、一本道を前へ前へ歩き始めた。
どれくらい歩いたか、川は越えた、息子がわずかな米で作ってくれた、
小さな塩むすび一つはとっくに食べてしまった。
もう、歩けない、日が暮れ掛けていた。
いつのまにか夜になっていて、
私は疲れて寝入ってしまった。
私が寝入った場所は『人のお宅の庭』だったらしい。
「お姉さん、お姉さん。」
私は揺り起こされて目をやっと覚ました。
「お姉さん?」
「2日間、寝ていましたよ。」
若い男が言った。
「私を助けてくれた方ですか?
ありがとうございます」
「いや、うちの敷地内で倒れられていたので。当然の事をしたまでです」
「お姉さん…どこの村の方ですか?」
「私は遠い南村の、ミチと言います」
「失礼ですがお年は?」
「今年80になります」
「やはりあなたもそうでしたか」
助けてくれた27~8歳の男と美しい25歳位の女は言った。
「ミチさん、ここは本当の天国とはまた別の『天国』なんです。
この鳥山村は『50~60歳若返る村』
としてこの山奥の平地に長く存在しています」
「ちなみに、貴女の今の年齢は?」
と聞かれて、
「『二十歳』です」
口が勝手に答えてしまった。
「やっぱり!」
「ようこそ!『若返りの村』へ!」
村人がわらわらと寄って来た。
74年生きてきて、
今は18歳だという一郎は言った。
「それにしても、久しぶりの『移住者』ね」
14歳の女の子は言った。
「約、1年ぶりくらい?
リョウタが来て以来じゃない?」
多少の出入りはあるらしい。
「この村には何人ぐらい、人がいるのでしょうか。」
「30人くらいかな。
もう人生を満喫しきって自分で『本当の天国』に行ってしまう人も多いからさ」
本当の天国。
「ミチさん、私、ツギコ、
72年生きてるけど、
永遠の21歳よ。
私の隣に空き家があるからそこに住むといいわ。
昨日、ミチさんがここで寝ている間に簡単に掃除しておいたから。
これから、よろしくね」
「ありがとうございます」
私はツギコに頭を下げた。
全てが、霧の中のような話だった。
この「鳥山村」では約30人が暮らしていた。
土間の広い家が多く、
ミチの家も大きな土間に部屋が2つある家だった。
この前まで住んでいた家と、
感じが良く似ていて、
とても住み心地が良かった。
何年か住んでみると色々なことが見えてきた。
ミチのように入って来る人もいたが、
たまに、
ふらっと姿が見えなくなる人がいるのだ。
誰かに聞いても
「帰ったのさ」
としか、言わない。
「天寿を全うしたのですか?」
と聞いたら、
「そうじゃない」
「単に帰ったのさ、元いた土地に。」
元いた土地?
ミチは、
15年この村にいる「長老」に聞いてみた。
「ミチさん、帰れるよ。
あんた、来てから何年になる?
ぼちぼち、帰るかい?」
「帰りたいです。」
ミチは言った。
「そうしたら、帰るといい。
ただし、この村ではあんたは永遠に二十歳だ。
元いた村に帰ったら、
皆と同じように平等に年を取る。それでも、いいかい?」
「はい。かまいません。」
「そういえばあんたがこの村に来たときは、半月の夜だったな。
今度の半月の夜に、
村の隅にある誰も参らないあの神社に参ってみなさい」
長老は言った。
半月の夜、村の隅にある神社に参ってみた。
「私を元いた南村に帰して下さい」
手を合わせて祈ってみたら、
急に額が熱くなって、
バタリとミチは気を失って倒れてしまった。
そして、目が覚めたら、
少し老けた息子の顔があった。
「ここは?」
「信じられない、
若いけど…お母さんだね?」
五作が目に涙を溜め、ミチの顔を覗き込んでいる。
「…五作?」
「やっぱり、お母さんだ!
俺が小さかった頃の優しいお母さんだ」
「ここは…南村?」
「そうさ、若返ったんだね。
二十歳前後にしか見えないよ。お母さん!」
「母さん、帰ってきたの?」
「そうだよ、お母さん」
五作は言った、
「一緒に暮らそう!
俺とヨリと三人で畑をやろう。
その若さなら、バリバリ働ける。
もう、村の誰にも『口減らししろ』なんて、言われないで済む。
母さんは足を悪くするまでは、
畑仕事が大好きだったろう?」
「五作…ヨリや子供らは…」
「おかげさまで元気だ、
一番上のユキがもうすぐ嫁ぐ。
お母さんと呼ぶとまずいから、
村の皆には預かってる親戚の娘、
という事にして。
お母さん、これから恩返しさせてくれ!」
「五作…いいのかい?世話になるね」
「いいって事よ!
名前…ミチはまずいし、
お母さんと呼んでもまずいから、
スエちゃんでどうだ?
お母さんは確か末っ子だから」
「それで構わないよ」
息子は母を抱きしめた。
ミチは五作とヨリと畑で楽しく働き、
孫も全員手を離れていった。
まだ若いミチを残して、
五作とヨリはあっさり亡くなった。
息子夫婦が亡くなってからもヨリはすっと、南村で暮らし、
孫や曾孫の面倒を見ていた。
ここまでが、
おばあちゃんが経験した話なんだよ、
昔昔の話さ」
「おばあちゃんは、何年生きている計算になるの?」
そうだねえ、最初に80年、鳥山村で数年、
あわせて…150年くらいかねえ。
まさか自分が平成の世まで生きるとはね」
そして曾孫に、
「今の話は誰にも言っちゃいけないよ」
と再度、念を押した。
「おばあちゃん『ねんごう』が変わるって先生が言ってたよ」
「らしいね。
もう、そろそろ、
あたしも天寿をまっとうしたくなってきたねえ」
姥生きる山
現代は「老人ホーム」に姥捨てに行く人が多い気がします。
私、ヘルパーの資格をとったとき、実習に行って、そう感じました。
いつか、おじいちゃんとおばあちゃんの恋愛を明るい文体で描いてみたいと思います。