ラブアンドピース
ラブコール
「よし、今日中に死のう…」
誰にも悟られないようにそう思いながら歩いた。
人の喧騒を横目に手招きする死神の背中を追った。
気に食わないことがあった時、人は様々な方法でそれを発散する。
食べて満たす。動いて満たす。性で満たす。その他諸々ある。
ただ中には、満たすこともしらず、溜め込むだけの輩もいる。
それが俺だった。今年33歳。女もいない。金もない。ギャンブルも楽しくない。何も楽しくない。ただ死に向かって歩くだけの日々。
この世界はこれから生きていく人のために作られてる。死にたい人のための世界なんてないんだ。
「いてっ」
考えながら歩いていたら、人にぶつかった。
「あー、すいませんね。おじさん…ってあれ?」
ぶつかったのは全身を黒に包んだサングラスの若者だった。
「あらら…おじさん……そうっすか…そうかぁ…やっぱそうだよなぁ」
若者はそう言いながら腕を組んで頷いた。
「何か?」
「いや、何も言わなくていいんすよおじさん。ほらこれ、いちごのガム。食べてくださいよ」
そう言いながらガムを手渡され、肩を叩かれた。
「あ、いや、その」
「まぁまぁまぁ、おじさん。見ててくださいよ。ここから、今、この場所から、世界を変えますから」
“そんなすぐ死のうなんて思わないで下さいよ。案外捨てたもんじゃないっすよ人生って”
そう言って若者はサングラスとハットをぶん投げた。
「ラブ、アンド、ピース…ラブ、アンド、ピース…ラブ!アンド!ピース!」
若者は1人でに叫び始めた。街中に響き渡るその声は、どこまでも真っ直ぐでやけに綺麗だった。
なにが世界を変えてやるだ。そんなんで変わってたら苦労してないんだよ。
「馬鹿馬鹿しい…」
そう呟いた直後だった。
私の隣でその光景を見ていた数人が、若者と同じように口遊みはじめた。
「ラブ、アンド、ピース…ラブ、アンド、ピース…ラブ!アンド!ピース!」
異様な光景が、さらに異様なものに変わっていく。さっきの若者を中心に空に向かってガッツポーズを繰り返していた。
「ラブ、アンド、ピース…ラブ、アンド、ピース…ラブ!アンド!ピー
ス!」
さらに繰り返す。繰り返す。声は街から街へとさらに広がり、地がうねり出し、ビルのガラスが揺れ、ネオンが点滅し出した。
「「「「「「ラブ、アンド、ピース…ラブ、アンド、ピース…ラブ!アンド!ピース!」」」」」」
一体どれほどの人が参加しているのか分からない。鼓膜が爆発しそうだ。しかし、その爆音の中、確かに聞こえた。
「な?おっさん。世界は変えられるんだ」
そう言って若者は、私に笑いかけた。自然と涙が溢れた。そして気がつけば、私も口遊んでいた。
「ラブ、アンド、ピース…ラブ、アンド、ピース…ラブ!アンド!ピース!」
その日は1日だけ、ほんの少しだけ、世界が平和になった。
ラブアンドピース