ナニゴコロナシノ トドノツマリハ
物創りニッポン、夢創り日本、毎日創作している大勢のすべての人に
日常であり、日常で無い。
当たり前である事の必要性と、排除されつつある物とは?
村での体験を通して、少しづつ成長していく若者は、記憶と行動力で、パズルを完成させる事はできるのか?
「まだあるから、まだあるから行ってみなさい。」
言葉に秘められた謎の鍵。
飽食暖衣に天衣無縫と、洋洋村に住むさまざまな人々の芸と力で、若者は何かに気付いていく。
はじまり〜 一、新人さん
「さあ、どうぞおあがんなさい。」
手の平にちょこんと、お猪口の様な湯のみを差し出されて
「どうも。」と一口。
ラプサンスーチョンは、きりっとした味わいで、素焼きの茶壷が空になると、お婆さんは紫色の花柄のスラッとした聞香杯の香りを楽しんで、お茶を飲み干した。
側にあったお菓子の包み紙を取り出して、鉛筆で書いては消し、しばらく考え込むと笑い出し、
「確か、、、、、。橋を渡ると階段があって。」
と、独り言をくり返すと、僕に洋洋村までの道のりを書いてくれた。
「まだあるから行ってみなさい。」
そう話すと、お婆さんは、柔らかい笑顔で、手を叩いた。
一 新人さん
超高層ビルの3階から地下2階のメトロへ。
乗り継ぎ乗り継ぎで地上へ出ると、薄藍色に染まったビル屋上片隅で、洗濯物を取り込みながら、こちらに手を降るおじさんが見えた。
あっちこっちと方向指示をして、インド綿の巻スカートが印象的だった。
鉄橋を渡る2両編成の単線は、岸壁に反響して、山に叫びながらトンネルへ入る。
窓から眺めた、水量の少ない上流は、潤いを感じられず、洋洋村への期待と不安で、水筒に入った青茶を飲んだ。
駅に着くと、ロータリーにバスが一台停まっていて、
「洋洋村に行きたいのですが。」
と伝えると、運転手は大笑いをして、
「私の所にどうぞ。」
と、僕を呼んだ。
運転席の脇のレバーを上げると、運転席に立たされた。そして、バスに乗り込んでくる乗客の運賃を確かめさせられ、回数券も僕に販売する様に、と渡された。
何故?
乗客はどんどん乗り込み車内は大混雑。訳も判らず僕も大忙しだ。
目一杯乗り込むと、バスはようやく発車した。
運転席からは、町の様子が良く見える。
映画館が多いのか、町には所々に映画の看板が貼ってあり、次に標識も数多く並んでいる。
お茶屋に、ホテル、レストランと、とにかく看板が多い。
歩道も車道も細く建物も隙間なく建てられ、サイズも小さい。
初めて運転席に立たされて、次々と現れる看板と、妙にゆるやかなカーブも多くバスも揺れて、僕は少し、目が回ってきた。
「新人の運転手さん?」
運転席の後ろの一番前の乗客さんが、僕に話し掛けてきた。
「はっはい、いえ、違いますが、、、、 えーと、、、旅行です。」
では、何故運転席にいるのかと、不思議そうに僕を見ていたが、
にっこり笑うと、
「今の時期が、この町は一番賑やかだから。ちょうど、そこの並びにある最中が有名なのよ。」
見ると深緑色に染まったのれんには
「十五夜」
買い求めるお客さんが次々に店に入って長い列を作っていた。
運転手さん越しに、信号待ちをしている間、しばらく列を眺めていたが、
ふと、今朝地下鉄へ向かう3階から地下2階までの長いエスカレーターを思い出した。
銀色の格子の階段がスライドされるあの間隔。
僕は子供の頃、下りエスカレーターを一人で乗る事が出来ず、
いつも母親に手を繋いで貰わないと、下へ降りる事が出来なかった。
甘えているのかと、ある日、母親は、さっさと降りて行ってしまう。
「早く来なさい。」
下の階で笑って呼んでいるのだが、あまりの恐怖感で、足を踏み出す事が出来ない。
あのスライド間隔。
あのリズム。
もし、段の間に足が乗ってしまったら?
運転席の階段を降りる為に出す一歩と、動いている階段を降りる一歩のタイミングが、どうも掴めない、、。
いつまでも降りる事が出来ず、泣叫んでいると、後ろから来た女性が
「はい。」
と言って僕の手を握り、一緒にエスカレーターに乗って、降りてくれた。
恐怖心を取り除いてくれた、あの時のほっとした瞬間は、
何故かまだ、今だに残っている。
僕が洋洋村へ行く事になったのも、引っ越し屋のアルバイトをしていて、
あの老人に出逢ったからだった。
偶然にも僕の近所の家に越して来て、引っ越し先から荷物を積んでいる途中、階段から足を滑らせ、箱を落としてしまったのだ。
箱からは、いくつかの本や雑誌が入っていて、かなり古そうな書物もあった。
ばら撒かれた本を手に取ろうと体を起こしたが、
「バカヤロー!」
と、駆けこんで来た、仕事先の先輩に怒鳴られて、
慌てた弾みで仰向けに転び手をくじく。
そこへ、ちょうど背後からお婆さんが現れたのだ。
「誠に申し訳ありません。」
「、、、、本当にすいません。」
必死になって謝っている先輩の顔が青ざめている。
僕も手先にだんだんと感覚が無くなっていった。
お婆さんは、本を手に取り、ゆっくりと箱の中身を確かめると、
「大丈夫ですよ。これは不要品だから、そちらで処分して頂ければ、助かりますので。」
お婆さんは先輩の顔を見上げ、僕達に心配しないようにと話すと、
僕の手を握って
「大丈夫ですよ。」
と笑っていた。
.
.
.
「次ぎは、桔梗坂二丁目。」
ビーッとブザーが鳴り、バスは坂に入るとギヤチェンジをして、重い車体は
「ゴガガガガッ、ゴガガガガッ」
と音を立てゆっくりと登っていった。
登り切ると、ちょっとした広場になっていて、桔梗坂二丁目では、三分の一位の人が降りた。
新たに乗客が数名乗って来たのだが、一人目の人は、フェルトの大きな帽子を被った髪の長い男の人で、三m程の大きなバックを抱えていた。
僕をちらりと見ると、後方の席に腰を下ろした、、、。
二人目の人は、痩せた背の高い女性で、小さなビーズのがま口財布から小銭を出すと、小銭を僕に渡し、
「ありますか?」
と僕の手を掴むと、小銭を乗せた僕の手の平で一つづつ数え、
「ありますね。」
とうなずくと、先に乗ったフェルト帽の男の人の隣に腰掛けた、、、、。
その後には、髪を結った女の子達が数名乗り込んで、楽しそうに話しながら、皆でかたまっている。
次ぎには老人の夫婦が一組。
二人並んで横に座ると、小さく折り畳んだ地図を取り出して、ペンで印を付けている。
きっと観光旅行に来たのだろう。
続いて、ベージュ色のジャケットを着た女性が、カゴを抱えて乗り込もうと足をかけた時、、、、、、ボワッと物凄い勢いで強風が吹きこみ、しゃがみ込んでしまった。
「乗りますか?」
「あ、、、、、乗ります、、、。
猫を連れているものですから、重くて。」
カゴの中には、白地に茶色のぶち。
カゴが小さいのか、猫が太っているのか、窮屈そうに、ニャーニャー鳴いている。
「すいません、どうも。」
軽くおじぎをして、入り口近くの席に座った。
猫はカゴの中であばれ、女性は平然と抱えているが、猫は落ち着きなく動くので、その女性は足が何度も座席からはみ出しては、足を床に着き、座席に座る体勢を整えるのに、とても時間がかかっている、、、、、。
次ぎに黒いジャケットを着た男の人が、咳ばらいをしながら、乗って来た。
土埃も舞っていたのか、ジャケットを叩いて汚れを落とそうと、料金所の前で立ち止まっている。
強風で、髪が片側に寄り、急いでいるらしく何度も時計を見ては、ジャケットを叩く。
乱れ髪が気になるのか、髪を何度もかき上げるが、さらに髪は、横になびいてしまった。
「凄い風だったねぇ。」
と一言話すと、準備万端といった感じで、僕を強い眼差しで見つめると、
乗車入り口の段に片足を降ろし、小銭を下から手を延ばす様に入れた。
僕は、小さくうなずくと、男の人は、咳き込みながら、奥の席に着いた。
バスは、次ぎへと発車したが、桔梗坂二丁目の広場には小さなお蔵が建っていて、その入り口脇には、うす紫色の桔梗が、風に揺られて咲いていた。
つり鐘形屋根の家もあり、表構えは、重々しい。
壁の間をくぐり抜けて走って行くので、さっきの強風が嘘の様な静けさだ。
壁には絵皿が埋め込まれ、
そばの梅の枝も、すました様子だ。
外で庭の手入れをしている人や、自転車に乗った子供を見かけると、桔梗坂町の平和感で、自然に顔がほころんだ。
運転席の右上に貼ってある路線図を見つけ、
「洋洋村」
を探すが、どこにも見当たらない。
桔梗坂町を過ぎるルートを辿っても、何処にも無い。
運転手さんに
「洋洋村の停留所は、どの辺りになるんでしょうか?」
と聞いても、
「あーはい。うん、うん。」
運転に忙しくはっきりとした返事が返ってこない。
前方を見ると進んで行く道幅は、かなり狭くなってきて、対向車線から走ってくる車とすれ違う時は真剣だ。
2台3台と軽トラック、乗用車が通り過ぎ、前から同じ路線バスが向かってくると、運転手さんはかなりスピードを落としてきた。
車の列が続く混み合った車道の中、ちょうどバスは運転席同士で停まった。
向かって走って来た対向車線側の運転手さんは、窓を開けると、
「誰そ彼さん?は?どーか、どーか!これは朝茶漬けですねぇ。」
と、笑う。
こちらの運転手さんは、首を横に振って
「後で参りますよ。桔梗風だから。」
と、慣れた様子で、お互い挨拶を交わすと、向いのバスは狭い道を走り抜けて行った。
運転手さんは、息を溜めると今度は溜め息をつきとバックミラーを見つめ、右、左と辺りを確認した。
「消閑している訳でも無いでしょう。もうすぐですよ。」
誰に話しているのか、バスを走らせた。
駅から出発してもう一、二時間は経っただろうか。もっとだろうか。
ゆるやかなカーブ道も変わらず、ポツン、ポツンと建物が見える。随分と遠くへ来たように感じられるが、いくつか停留所も過ぎて、ずっと立っているのも、かなり疲れて来た。
緑も多くなり今度は前方から、大木なのか、三m位の太い丸太の様な物を4人で運んでいる人達が現れた。
バスが近付くと、止まり、じっとして通り過ぎるのを待つ。
皆、がっちりとした靴を履いて、サポーターを巻き、さらに長いヒモで編み上げて、 肩から丸太まで、くるっと布で一周して巻き、腰締も太い。
先頭を歩いている人と、ドア超しに目が合い、一瞬だが、
何処かでの記憶が、、、、、。
あれっと考えているうちに終点に着いた。
乗客は残り少なかったが、運転席の後ろで、一番前に乗っていた十五夜の婦人も終点まで乗っていて、
「ご苦労様。新人さんよね。やっぱり。ご苦労様ね。ふふふ。」
バスを降りた。
最後の乗客も降りて、静かになると、
「洋洋村の停留所、他と違うからね、席についてもいいですよ。」
運転手さんは、日報を取り出して連絡事項に記入している。
このまま立っているのも辛かったが、とりあえず、洋洋村に辿り着きたい気持ちと、はっきりと洋洋村への場所を教えてくれない運転手さんへの不信感で、僕は席には座らなかった。
「いいの?じゃあ君は、新人さんになりまぁすかぁ。」
肩を2、3回すと、バスのエンジンを素早く掛け、Uターンして、今走って来た道へ、戻って行く。
「あれっ、まさか?」
バスの座席に着かなかったのが、まずかったのか、洋洋村を間違えているのでは?
しかし、今までの運転手さんのハンドルさばきから、間違えているとも思えない。心を落ち着かせ、右手でバスのポールを掴み、前のめりになって、フロントガラスから辺りを見渡した。
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深山の民兵万八口上、
公爵講釈何処吹く風か
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板を数枚重ねて作った立て看板。
その先に野球ボールサイズのガラス玉が転がっている。
マラソンなのか、急いでいるのか、スーツ姿ではち巻きをした男性が小走りしていた。
後方からだんだんとその男性にバスが近付いて行くと、背中には
「天 籟 歌 鳥 聴」
と書かれたゼッケンを付け、脇目も振らず走っている。
道路から少し離れた草むらの中に土管が横たわっていて、木製の梯子がくくり付けてある。
一つ、二つと大体、十体の土管が置いてあり、その周辺がほあっと柔らかな橙色に輝いて見えた。
本当に同じ道なのだろうか?
橙色に輝く未知の光景。
さっき通って来た道とは、どうも違うのでは無いかと、僕は不安になってきた。
運転手さんに尋ねようとした時、グーンとバスのスピードが落ちてきて、
「ほら、あの駐車場の先に民家があるでしょう。あのお宅の前で停まります。
お疲れさまでしたね。
これどうぞ。洋洋村への道順を、あの家の人が教えてくれますから。」
お疲れさまと、運転手さんは、
運転席の横から、箱を取り出しその中に収めてあった
小さな巾着を僕に渡した。
「そちらの巾着を差し上げて下さいね。洋洋村ですよ。お疲れさま。」
運転席のレバーを上げ、僕を降ろした。
「風知草か、柿か、花梗かぁ、弾けるかなぁ。札よー。蚊食い鳥いますから、お気を付けて。」
運転手さんは考え込みながらバスのドアを閉めると、(絵解きだよ、ひとり言だから)
まだ、僕に何か言いたそうに話しているが、巾着を忘れ無い様に。
と合図すると、
バスを出した。
二、洋洋パズル
ガードレールをまたいで、車を2、3台見送ると、もうバスは見えなくなっていた。
焦げ臭ささが漂って、空を見上げたら、草むらからのろしが上がっている。
橙色に輝いていたのは何か燃やしていたようだ。
車が5、6台収まる程の駐車場には、芝生が敷き詰めてあり、トレーラーハウスが一台停まっていた。
町で上映されるのか、映画か舞台のポスターがここにも所狭しと貼ってあり、後ろの少し下がった場所は、果樹が択山植えられ、段々畑の入り口にしては、妙に頑丈な鉄柱と鉄扉が建っていた。
駐車場の四隅にも長い鉄のポールがあり、鳥除けの網が丸められている。
他、板張りの家が数軒あり、良く見る田舎町の無人販売所なのだろうと、
教えられたお宅へ向かった。
狭い入り口に入り、三段下ると、木枠の引き戸の玄関になっていて、表札を見ると
「草野風」
呼び鈴をならしたが、返事が無い。
もう一度押してみた。
すると、引き戸のガラス越しから人影が。
「はい。」
戸が少し開いて、十七、八歳の女の子。
この女の子に尋ねてみるのも、どうかと思い
「ご両親いらっしゃいますか?」と、、、、、。
誰かわかりそうな、
「おじいちゃん、おばあちゃんとか。」
「何でしょうか?
今、皆、留守なんですが。」
女の子は面倒臭そうに戸を閉めようとするので、
「洋洋村、知ってますか?」
僕は忙しく尋ねてみた。
女の子は、すました顔で僕を見ている。
「これです。この巾着。
洋洋村までの行き方を、こちらのお宅で聞くようにとバスの運転手さんにっ」
と、話も終わらないうちに女の子は、
「今、皆、留守なんで、又、後で来て下さい。」
ピシャッ・・・・。
戸を閉められてしまった。
***
*
***
狭い玄関先で待っているのも怪しいので、ガードレールの道路脇に暫く寄り掛かって僕は少し待つ事にした。
日も暮れかけ空に小さな鳥が、影絵を描き、動いて飛んで行く。
ニ、三羽重なっていたのが魚に見えて、電線が釣り竿だ。
トレーラーハウスが気になり、駐車場へ。
終点からここへ来る途中、店らしきモノは何も無い。
おばあさんに渡された、洋洋村までのメモを広げて
「行けばわかりますから。」
そのフレーズに気が緩んでいた自分を責めている訳でも無いが、小さな怒りと、弾みで、勝手に意気込んでいた恥ずかしさとで、力が抜けてきた。
「バスで洋洋村へ。」
ここまでしかメモには無い。
とりあえず待つ事にしようかと、ポケットから本を取り出そうとすると、
奥の草むらから二人のおじさん達が近付いて来て、僕に話しかけて来た。
「草野風さん宅に尋ねて来たのはそちらさん?」
「あ、はい。」
「今、留守だっていうから、こちらに来て下さい。火も炊いてるから。」
と、僕を呼んだ。
「蚊をね、蚊やり火立ててたんだけど、魚も焼いてるから、食べなさいよ。」
夕暮れ時の薄暗い中、
煙りの立っている草むらへ、
僕は二人の後を追いかけて行った。
土管が並んでいる片隅で、茶箱に数名腰掛けていて、二重丸の書いたTシャツに、二重丸の書いてあるエプロンを巻いて、地下足袋、腕にはサポーター。
「そこの川でね、釣れるんですよ、どうぞ。飯もあるから。」
茶碗によそい、
「茶飯だからね、麦も入ってる。」「遠慮しないでどうぞ。」
「はい、お茶。」
と、手際よく持て成してくれた。
「山女はなかなか珍しいでしょ。」「私は茶畑やってるもんでね。」
「こちらは、山持ってるから。山姫、山姫。」
籠からアケビを出すと、タオルで包み僕に差し出した。
おじさん達は皆、それぞれの仕事を終えて「ご苦労様。」「お疲れさま。」
声を掛け合って、一日の労を労っている。
「草野風さんから連絡貰ったのよ。」
「何だか、夜る遅くなるからとか言ってたけど。」
「はい、これ。」
鼠色の丸い固まりを見せると、袋にしまい
「そば団子ね。」
と、渡された。
そして、茶箱に板を乗せると、巨大なチーズを運んできてナイフで切り、一枚づつ配る人。
どっしりと大きな影が近づいてきた。
「ごほんっ、えー私は、牧場経営をしておりまして、今日の会合で寄らせて頂いたんですが、山の上なもので、なかなかこちらに伺う事が出来ず、薪割りばかりしていたら、肩を痛めましてね。自慢のチーズなんで、食べてみて下さいね。」
口髭をさすり、肩を叩いていた。
その人は、牛でも軽々持ち上げそうな大男で、腕は太もも並み。
チーズの出来具合いを確かめて、香りを嗅いだり、払ったり、皆に牧場での話をしている。
山鯨の薫製は、山もものシロップ漬けを入れた赤ワインに合うという。
その山ももを収穫するのは、
山猿との戦いだと。
猪の背中にしがみ付いた子猿に、睨まれて、山ももを投げたが、背負っていた籠の中に親猿が入り込み、髪をちぎられたと。
これは山仕事での勲章だなと、皆は笑った。
僕はチーズを一口かじると、そば団子の袋にしまい、
揺れる炎を眺めていたら、
あの日の火事騒ぎが頭を過った。
・
・
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・
日曜日の午前十一時、商店街では、ちょっとしたイベントがあり、僕の住んでいる町内では防災訓練が行われていた。近くの小学校が避難所になっていて、消化器の扱い方や、地震対策などの講議や、防災グッズの販売など、何日か前から、ちらしや、貼り紙などで告知していたので知っていた。
行くつもりは無く、近所のコンビニへ買い物に行った帰り、おばあさんを見かけ、声をかけようかとしたが、僕には気付かない様子で家に入って行ってしまった。町内のイベントには行かないんだな、と気にかけたが、食事をしようと僕も家へ帰った。
僕の部屋は、家族や友達に「ヤギ部屋」だ「猫部屋」だと、とにかく本が多く、狭い部屋で生活している為、そう呼ばれている。
食事も済んで、暫く、本を読んでいたが、賑やかな町内のざわめきを聞きながら、僕は昼寝をしていた。
すると、ふと、人々の声が段々大きな騒ぎ声に変わり、サイレン音もでかく近付いて来るのに気付いた。
外を見ると、前の家が燃えている。
慌てた。
とにかく焦って、かばんや紙袋に本を詰め込む。
まだだ。
消防車も到着して、本当にまずい。
一旦何処かへ運び出し、また戻ってくればいいと、両手一杯荷物を持って外へ出た。
表側では拡声器や、マイクで注意を呼び掛けている。人ゴミを掻き分け、離れた所に荷物を置き、戻ろうとするが、消防士さんに止められ、家に戻る事が出来ない。
向いの家の1階から火が強く出てきた。その少し裏手にあのおばあさんの家がある。僕の部屋は2階だし、まだ時間もあるだろうと、すり抜けるようにまた戻った。
急いで駆け上がり、気に入っている物を近くにあるバック等、手当たり次第詰め込んで全力で走る。
すると、あのおばあさんが口を押さえながら道路脇きに逃げて来たのが見えた。
「こっちです。早く!」
僕は、手を引き連れて行こうとするが、強く手を引き過ぎておばあさんは転んでしまった。
僕は、、、、、違う、、、
一体、これはどうした事なんだ。
消防士さんが数名来て、おばあさんを抱えると、安全な場所に座らせた。
「大丈夫だから!
君も早く避難して下さい!」
目の覚める程の力強い声で僕に指示を出し、消防士は、炎に立ち向かって行く。
僕は、詰め込めるだけ運び出した大量の書籍を抱え、人ゴミから少し離れた所で呆然と立ちすくみ、吹き出す炎と熱、
避難指示の飛び交う声に圧倒され、
燃える炎に怯えていた。
・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・・梯子が重なって行く。重々しい枕木梯子がずしんと響く。
そのまた上に、ずしんと重なり、
炎が切れると、また火が踊る。
ずしんと乗って、人昇り、
梯子に逆さになっている。
二人昇り、片手で飛ぶと、
炎から火花が舞い上がる。
枕木梯子は、重なり終えると、
空からだるまが乗っかって、
杵で梯子をうちつくと、
横回転で飛んで行く。
全ての梯子が打たれると、
僕の目の前には、巨大なだるまがどっしりと身構えていた・・・・・・。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
向いの家は全燃した。
僕の家は1階の壁が少し焦げただけで無事だったが、おばあさんは足を痛めてしまった。
山積み本のヤギ部屋で、独り情けなく座り、処分品で持ち帰ったあの箱を整理すると、古い美術全集が2冊、家庭画報、道路地図、旅ガイド、焼き物雑誌、おかずの本と演劇批評。
本をめくると、一枚の絵ハガキが挟んだままになっていた。
⚪︎◯
暗闇の中、一匹の野良猫が茶箱に座り、手紙を書いている。
後ろに僕がいるのに気が付くと、ニヤッと笑い、草むらに消えて行った。
⚪︎◯
・・・・・・
蚊やリ火も消えて、持て成してくれたおじさん達も、皆引き上げたらしく、誰も居ない。
僕は、土管に寄り掛かりながら寝てしまっていた。
さっき猫のいた茶箱には、鉄瓶が置いてあり、
「山倉茶」と書かれた紙が一枚。
僕は水筒にお茶を入れると、
明かりの見えるバス通りに戻り、
再び草野風さん宅に向かった。
・
・
*
・
・
呼び鈴を鳴らすと
「はい。」
すぐに返事が聞こえ、おじいさんが引き戸から顔を出した。
りっぱなまゆ毛が印象的で、少し化粧をしている様にも見える。
「夜分遅くお休みの所すいませんが、洋洋村まで行きたいのです。こちらのお宅で聞くようにとバスの運転手さんに言われたもので。」
おじいさんは、ニッコリしたまま俯き加減で、外に出ると
「ご案内しますよ。」
と、歩いて行った。
家の左角を曲がると、細い道が続いていて、
「この古道が入り口ですから。
いってらっしゃい。
茶飯は頂きましたか?こちらですよ。」
と袋から鍵を取り出し、鉄扉を開けた。
「山地に入ると少し道が険しくなりますが、お気を付けて。」
半開きになった鉄扉を僕も押そうとするが、重く、全く動かなかった。
重厚な鉄扉を眺めていたら運転手さんから預かった巾着を思い出した。
ポケットから取り出すと僕は安全確認を願い、おじいさんに見せた。
「あの、巾着をお渡しする様にと。」
「これは氈鹿織ですね、素晴らしい物を有り難うございます。下り道の時には、山蔓を、枝葉も使って降りて行くと良いですよ。
月明かりで見えますからね。
沼地には入らない様、
すぐに着きます。」
僕は軽くおじぎをすると、
洋洋村へ急いだ。
〃
〃
〃
〃
1本道がしばらく続き、バス通りよりも月明かりで照らされて、道はとても明るくよく見えた。
体も足も軽快で誰かに押して貰っているかの様に、楽に走った。
夜空には隙間なく星が光り、流れる雲と、風に乗って、
5倍速、10倍速と、時の空間を走り、古道は透き通って流れる。
なんだかとても良い気分だ。
山道の草木も花も鳥の翼の様に羽ばたき、広がり舞い散る。
走りに走って、どんどん飛び走って行くと古道はだんだん狭くなり、先がぎゅっっと一瞬点になった。
●
と、同時に強い横風が吹き、僕の体は吹き飛ばされてしまった。
๑
๑
๑
山道の斜面に転がり、慌てて登るが、土が柔らかく上手く足が動かない。
枝を掴み、木の根に足を掛け、岩を押さえバランスを取る。
月明かりが枝葉を照らし、無気味な陰を映した。
いったい、いつになったら、洋洋村に辿り着くのか!
怒りと不安で心の糸が切れそうになる。
月に雲がかかり、何も映らない。
冷えた岩を掴み、
永久にこの状態が続くのはイヤだ。
期待感が冷めて空気になり、闇に吸い込まれて行きそうになるのを押さえると、足に力を入れ、
僕は登って行った。
再び古道に立ち、前方を見上げると、吹き飛ばされた場所には何も無く、行き止まりだった。
ぼー然として、ゆっくり後ろを振り返ると、右手に一本の橋がかかっているのが見えた。
風に押され調子に乗って鹿気分で走り、行き先を見失っていたのだ。
僕は、その場で少し立ち尽くし、橋の掛かる山と蚊やリ火の巨大だるまを重ね合わせ、
おばあさんの言葉を思い出すと、
又、今来た道を戻り、
歩いた。
穏やかな傾斜の坂道を登り歩くと、辺りは蔦が絡み合い、足元はごつごとした岩が飛び出し良く滑る。
こんな坂道を高速で走り抜けていたとは、自分でも驚いたが、草を掻き分けて橋を目印に慎重に歩いた。
スライスされた岸壁が埋まっている上を過ぎると、草木は背丈程になり、数本大きな木が立っている。
その横に、橋の入り口があった。
□
==========================
風姿を整え、風月を楽しみ、
民譚に耳を傾けば、
順風に帆を揚げるかな
==========================
橋柱に文字が書かれていた。
僕の上着は、勢い良く走っていき、飛ばされ、破れ、草まみれだった。
いくつか並んでいる切り株に腰掛け、衣服の汚れを払い、お茶で少し手と顔を洗うと、高く伸びた大木の下で、休んだ。
おじさんがくれたそば団子には、砂糖が沢山まぶしてあり、中に小豆が入っている。
入り口を見失った蔦の中から丈夫そうな蔦を引き抜くと、足首から靴全体をがっちり結び、滑り止めにした。
鉄瓶の山倉茶はほろ苦い。
水筒をベルトに通し、団子の袋をくくり付けると、
僕は橋の先に階段がある事を確認し、
橋を渡った。
〓〓〓
長い、長い階段を登って行くと、丘の山の上に出て、長い長い1本道を登ったり降りたり、登ったり降りたり。
降りた所でじゃり道に出て、でこぼこでこぼこ進んで行くと砂利が減って土の道に。
綺麗に均した土の上を歩いて行くと、だんだん細い砂の道に。
歩くと「きゅっ」「きゅっ」と音がして楽しい。
その砂が板になり、ピカピカに磨かれて、パズルの様に組み合わされている。所々に穴が開いて、抜けていて、
鍵の様な形にも見えるが、、、、。
気が付くと木の壁になっていて、ドアや取っ手、引き戸などがあり
(ニンジャ屋敷か?)
取っ手を引っ張ると、後ろから大きな壁が落ちてきて、戻れなくなってしまった。
前にも進めず出口を探す。
引き戸を開くと大きなカメに沸き水が溜まっている。
その水をごくごく飲んで、
柄杓で顔を洗い、もう一度。
カメの中を覗くと水面に何かが映っていた。
自分の顔。∵
じーっと眺めて、顔を上げると、正面にも鏡が。
磨かれた石の壁に自分の顔が映っていた。
見上げると、2、3本の花が置いてあり、その一つを取って、匂いを嗅ぐと、すやすやと眠ってしまった。
Z z zzzz、、、、、、、
目が覚めると、まだ同じ場所。
さっきの花は萎んでしまっている。
暫く座って良く辺りを見ると、自分のいた所は、円形の木のテーブルになっていて、その木のテーブルから下り、大きな引き臼の回転板さながら、そこを回すと、天井のプロペラが回り、明るくなってきた。
壁の窓が開いて、光が差し込んでくる。
外からは、何やら笑い声や、話し声が聞こえてきた、、、、、、、、
「こんにちは。」
思いきって声をかける。
「ごめんください。」
聞こえない。
窓から手を振るが、まったく気が付かない様子。
いくつもある窓から、広々とした林を眺めるが、
笑い声の聞こえる窓に吸い込まれて行った、、、、、。
その窓から外を見ると、落語が始まっていた。
「 」
「夜来でございますが、こんにちは。
まだか、まだかって、私だってくるくる可愛い目をしていると良く、文人さんやら楽人さんやら風家さんやら芸人さん商人さん少々将星さん大黒さん大入道さんから言われましてね。
目高でしょってね。
「めだかも魚のうち」ってね。
猩猩さんやら悪太郎さんには、ただ可愛い目をしてるって事でお待ちして頂いてる方々なにかといらっしゃいますが。
こう、一生懸命走ってね。そこいらじゅうの柿もぎって、汗かいて、大袋に一杯積めて持って行ったって
グ-タラ兵衛かって。
瓢箪に皮張ってテンテコやって、
それじゃ大きいのって、味噌樽に皮張ってバチ持って走って、今度はなんだったら山の谷に皮張ってって。
落っこちないようにって猟師引いて来られて大目玉になってきましてね。
目高ですよって、
小生、少子ですから。
〜〜〜〜
顔の表情が激しく変わり、ジェスチャーも大きい。
扇子をキセルの様にして良く笑う。
扇子は美しい紙で出来ていて、持ち手の部分に金が付いている。
足袋もピシッと固く光沢があり、大きな座布団は細やかな刺繍。
何人も話しているかのように声も変わり、最初は何を言っているのか良く解らない。
とにかく身なりが良く着物をきっちりと着て、声も大きい。
〜〜〜〜
「まだかぁーい?」
って、勝手に陣取って陣中見舞いして来られましても、私を山がらとお間違えではありませんか?
「ちょっとは、お手をお貸しください~な~。」
なんて頼んだ所で、
「あ~小歌、小歌じゃ」「もっと歌え」
と、楽人さんやら五十人集めて木箱を一つ、二つ、三つ、四つ、と積み上げまして、聞いてやるから冗語じゃだめだと、五日、六日と歌いましたが、ドンタク、ドンタクッて1週間。
警鐘ですよ。
カーン、カーンと鳴らしましたら、始まったかいって、客を千人連れてきまして、負けじ魂でやはらに歌いました。
「上弦を見て歩く芸道に、目白が稲穂をくわえて寄れば、歌人啾啾鳴き召しかかえり。
鯨波の田園響き寄れば、富士の山程、高く広がり。」
少しは頓才だったかいって。
〜〜〜
しかし、何を言っているのか良く解らない。話を聞いていると、だんだん咄家さんの扇子が古くさびれ、新品の着物が、地味で着慣れた着物に。
声のトーンも落ち着いて、時折笑うが、かなり癖があり、
なんだかだんだん不思議と、
年を取ってきた様にも感じられる。
〜〜
「それで、こう、握り飯、懐に入れてね、
山下りの海登り。
荒波超えて、大まぐろ。
蒼蒼とした沖に浮かんで、山に戻れば、旨い、旨いと喜んで、
握れ、握れと雀さん。
お前は百まで踊ってなさい。と富士絹羽織りを頂きまして、襷をかけて、
大波超えて、
「大漁~、大漁~~~~~~。」
まだなのかいって、
壮大な山々は大船になりましてね。ドカンドカンと戦艦じゃあるまいし、火薬玉の大花火打ち上げて、大喜びで出迎えて、千客万来。
お陰さまで沢山の方に乗って頂きまして、打ち上げられる戦地の中を走り走って、桶を担いで、大胸張ってお持ちしましたら、空堀に転がり落ち、私もからめとられまして。
笑止千万でありましたが、から身だけでは申し訳無いと、から虫必死に引き抜きました。
皆様、
「まぐろはご無事ですよ。」「おあしの袋でも織りますから。」
と。
あなたも地固めなさりなさいっ
て、足にぐるぐる縄を巻き付けられまして、足を棒にしてお疲れでしょうと、陣太鼓の鳴り響く中、よいせよいせと担がれて、大ゴマ回して目が回り、風靡に川へ泳ぎに入り、筒状花を吹き流し、黄昏れ顔でおりましたら、腹の皮をよじられて、笑い転げて、ああ面白い。
私達が泳ぎますから、あなたはこちらにお座りなさい。と。
歌を歌ってお話しなさい。
淙淙眺めて、顔をぬぐって見ましたら、皆様方も目高でした。
「あーははははは。あー面白いねえ。」
一番後ろで、大笑いしていた、がっちりとした体の丸坊主の男の人が近付いて来て、「ぎょろっ。」と目をむいた顔で暫く僕の事を見ていたが、にっこり笑って、
「さっき、あそこで寝ていたろう。日暮れ花を嗅いだんだな。面白かったかい?さほど疲れてはいなそうだが、なんか作ってそうだなあ。
絵書きか?いや、その手じゃ花でも生けてそうだが、ここに辿り着いたんだから、心があるねぇ。芯がある。テクシーてくてくと歩いて見るのも楽しいだろう。
しかし、まだまだ、ムテンナヒトって感じだなあ。」
丸坊主のその人は、大きな手で、外の取っ手を掴むと窓ごと前に壁が開いて傾いて開いた。
その前には、大勢の人々がいて、皆それぞれ、さまざまな扇子を持ち、着物の様なモノを着ている。
落語を楽しむ為だったのか、着替え始める人もいた。
イスも不規則に並んでいるが、どれも不思議な形で、懐かしさもあった。
が、浮いている?!
グリーンの芝生の上に浮かんで見えた、いくつかのイス。
皆そこに座ろうとはせず、そこの回りでただ話したり、歌を歌っていたり、体を動かしたり、着替えていたり。
アクロバティックな事をしているグループもいる。
甘く美味しそうな柔らかな匂いが漂って、寝そべって皆の様子を眺めていた。
じーっと。
すると、とっても長細~い、美しい透明な大きなグラスに何層にも重なったデザートがたっぷり。アクロバテックな事をしていた髪を結った女の子が僕の所に運んでくれて、
「どうぞ、召し上がって下さい。」
∀
寝そべったまま、取り敢えずそれを受け取るが、グラスが大きく、食べる事ができない。
体を起こしてスプーンを入れようとするが、座っていては入らない。
もう、立ち上がって食べるしか無いが、これもどうも、格好が悪い、、、。
四苦八苦していると、ふわっと体を持ち上げられ、肩車されて、僕の両脇を抱え込み、さっき見えたイスの上に座らされた。前の燭台がグラスを置くのに丁度良い。
長いスプーンで、たっぷりかかったクリームを一口。
美味しい。
その下の層には、栗のクリーム。その下には、、、、、その下には、何がなんだか良く解らないが、とにかく美味しい。
下の方へ、下の方へと、どんどん食べ進んで行くと、胃がどんどん膨らんで、
腹をさすると音が鳴る。
腹をたたくと音が鳴る。
腹の皮を伸ばすと音が鳴る。
なんだか可笑しく、楽しくなって足でリズムを取り始めた。
「腹鼓みを打ってるんなら、さっさと化けたらどうなんだい?」
声を掛けられ、最後の一口。一番底に辿り着くと「うっ」すっぱい。
目が覚めるようなすっぱさで、気がつくと、浮かんで見えたイスは、僕が座っているイスが本物で。
周りに並んでいたイスは、全て絵だった。
「がはははは」
さっきの丸坊主の男の人が下から眺めていた。
「なかなか面白い楽曲じゃないか。」
イスの足をつたって下へ降りると、丸坊主さんは空を見て、
「さてと、日暮れ前に動かなきゃなあ。誰かに案内して貰うといいんだが。私でも良いが、、、、、。」
その時、薄緑色の訪問着を着て、髪を大きく結った目の細い小柄な婦人が、ヘッドフォンを頭に乗せ、遠くから物凄い勢いで大きな自転車をこいで来た。
二人乗りの自転車で、後方には、大きなラジカセを胸に抱えてこいでいる。
ヘッドフォンを付けているのに爆音で
音は全て漏れている。
外れたコードを弄りながら、
「あたしについてくる?」
にたっと笑った彼女の歯が、ピアノの鍵盤になっていた。
指で弾いてメロディーを出すと、後方に乗っていたラジカセボーイが、幾つも幾つもリンゴを投げて回転、回転。
物凄い数のリンゴ。 ○◯○◯
リンゴがどんどん出て来て、僕にもどうぞと差し出した。
そのリンゴを受け取ると、さーっと、また大きな自転車をこいで行ってしまった。
「では、私がご案内しましょう。」
丸坊主の彼の名は雲路さん。
「鳥の足に岩絵の具を結んで、空を飛ばせたら、空道に色が付いて、甘いお菓子が降ってくるってさ。
オレの頭にはちょうど帽子になっていいがな。がはははは。」
歩いていると、次に忙しく土を彫っては、運んでる人がいる。所々に掘り起こし、穴は沢山開いている。
その穴に色の付いた液体を流し込んでる人もいた。
土を運んだ人はそれを練り捏ねて、捏ね終えると、その土の周りを持って、丘の奥の林の中へ走って行ってしまった。
林の中の木は、空にも届きそうになる程伸びている。ただの雑木林ではない。
何か計算されて植えられているようだ。
二軒の高床式住居が左右にあり、奥には平家が建っていた。
小さく
「管理室」
と看板が貼ってあった。
丸いブザーを鳴らすが、返事は無い。
ドアを叩いて声をかけると、中からボサボサ頭のおばさんが出て来た。
にっこり笑うと、トンボ眼鏡を掛け、僕を眺めると、
木で出来た鍵を渡された。
?
良く磨かれた梯子を登ると、とても景色が良い。林の様子が一望出来て、
なんだか楽しそうだ。
大きく深呼吸して手を伸ばすと、林が伸びて、床ごと上に高く上がってきた。
さっきよりも建物が高くなっている!
突然雨が降り始め、屋根が開くと、部屋中水浸しになり、水が溜まって来た。
梯子も届かない程高く伸びているので、下に降りる事も出来ず、全身ずぶ濡れで逃げ場が無い。
顔まで水嵩が増して、沈みそうになった時、くるくるザザッ-と水が回り、渦が出て来て、僕は水に押され、開いたドアと同時に外へ体ごと流れ出た!
開いたドアが長い板になり、滑り降りて行く。
そして、水だと思っていたら、
紙吹雪。
大量の紙吹雪。 ___________________________________________
紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪ー紙吹雪
紙吹雪の中に潜って行って掻き分けて、横を見ると、ライトが眩しく輝いて、上から降って来る紙吹雪と、
その先には、なんと、ステージが。
ステージの中央には、きつねのお面を被った人と河童のお面を被った人が相撲を取りながら掛け合いをしていた。
行司は右に行ったり左に行ったり、どちらに軍配をあげるのか。
相撲を取っては、何やら歌い、取り組んだと思ったらそのまま回転しはじめて、組み手を解くと、もうひとりが歌う。
歌というか詠んでいる。
「さうざうしならばと、草露を差し出す時あれば、ホドの肴とホドの飯。
河童でよければ暖めましょう。」
河童が歌う。
次いで、
「さうざうしならばと、踊りもあれば、御輿を担いであげましょう。
かずら物で笑話を楽しみ、朝まで共に
おりましょう。」
きつねが歌った。
「あーそうだね。」「あーよいしょ。」
紙吹雪の舞う中、空っぽのお椀を手に取って踊り、飲んでもいないのに千鳥足で、照明のある光りの方向に仰け反りながら進んで行き、バク転をしたかと思うと、四つん這いになり、きつねの面が虎に変わっていた。
ヨロヨロと歩き回ってそばにあった赤い木の実をもぎり、高く投げたかと思うとまたもぎり、受け取ってはまたもぎり、落ちてきた実が頭に当たり、もぎり取っては食べているが、不味いのか、体を震えさせ始め、虎は老人の様になってしまった。
もう一方の河童の面の人は、内股でヒョコヒョコ歩いていたかと思うと、腹を抱えて笑い出し、千鳥足の虎の面を外そうとするが、虎は素早く河童を抱えて、体に巻き付くと、勢い良く河童をぽんっと森の奥に飛ばして投げ込んでしまった。
中央に行司がすーっと現れて
「きつねトラァ-、きつねトラァー。」と、叫ぶと、きつねに軍配を上げた。
暗闇の森の中のステージには、まだ紙吹雪がヒラヒラと舞っているが、
あの照明は、一体何処から照らされているのか。
光りの奥を眺めていると、山の上の高台に、大きなプロペラが回っていて、その棟の先から光りがこちらに向けられていた。
そして、その棟全体が、ばぁーっと強く光り輝くと、目に焼き付いた光の残像で、
「あなたも、勝負してみますか?」
声をかけて来た行司の目の前に花が咲いて見えた。
紙吹雪だらけの僕をみると、
「あー、まだ化けて無い、化けて無い。ほーっほーっほーっ。」
と、奇妙な声を上げている。
「化けるって何に?」
行司は
「さあ、こちらへ、さあこちらへ。」
僕の手を掴むと、勢い良く走り始めた!
早い!
さっき道案内された林の入り口に着き、美しく並んだ林の中をとにかく勢い良く走り抜けて行く。
ふと見ると、さっきの河童がいた。
トントンコンコンと大木にまたがって木を彫っている。
「ほーっ、ほっー、ほっー。」
まだ、僕の手を引いて、
行司が走る、走る。
並んだ切り株からは、中で揺れる明かりが漏れて、足を照らしてくれる。
「虫も残します。」
行司さんは、とにかく早い。
走る度、僕の体に付いていた紙吹雪も風に飛ばされて取れて来たが、走りながら後ろを振り向くと、長いリボンをくるくる回しながら紙をくっつけて歩いている髪の長い女の子がいた。
十字に組まれた竹に細い糸が巻き付いて、その竹に紙吹雪が付いていく。
次第に透き間が埋まって一枚の紙盤になった。
何度か表面をならして確認すると、彼女は僕とは反対の方へ走って行ってしまった。
「虫取り紙ですかね。」
行司は走る。
走り進んで行くと、森の緑に混じって、人が立っている。
15、6人の人々が木々の間に立って白粉を持ち化粧をしていた。
そこを走り去ると、次ぎに木のブロックが積んであり、それを、一つ一つ組み合わせている人がいる。
妙に長い定規を持って、ブロックの長さをしっかり測っていた。
僕がそこを通り過ぎると、いきなり
「はい。」
と木のブロックを渡された。
ブロックには引き出しが付いていて、そこを開けると小さな木製の滑車が入っていた。
積まれたブロックの正面には扉があり、中に入ると真鍮の重りが1本ぶら下がっている。
行司がその重りの輪を叩くと「ブォ-ン」と鳴り響いて、思わず耳を塞いだが、大きい音によろけて、その勢いで重りに寄りかかると、その重りは右に左に揺れ始め、カチコチカチコチ音を刻み始めた。
「ほーっ、ほーっ、ほーっ、はい、こちらへ。」
手を引かれながら上を見上げると、巨大なぜんまいが動きだし、外へ出た途端「ボーン、ボーン」と鐘を鳴らした。
そこに建っていたのは、十階建て程の大きな振り子時計だった。
時間を知らせると、さっき化粧をしていた人達が二階の扉から押し出て来て
「おせんべ焼けたかな?」
と横に広がり手を叩きながら、からくり人形のように踊っている。
何枚にも重ねた着物を着ていて、体は動かしにくそうだ。
何度か叩きあっていくうちに、速度が遅くなり、動きも小さくなってきた。
だんだん動きが止まって行った人から順に、元の場所に戻って行った。
「おせんべいが焼けたようですね。」
一緒に見ていた行司が笑って言うと、
また「ほーっ、ほーっ、ほーっ」
僕の手を引き走り出す。
すっかり日が暮れた闇の中なのに、僕が気が付き目を向けると、その部分だけが明るくなっている。
とにかく行司さんは走るのが早く、ついていくのが精一杯なのだが、自分も全く疲れないのが不思議だった。
続いて、その闇の中で光っている場所に走って行くと、
「飛びますよ。」
丸い光の輪をジャンプして行く。
光りの輪は一、ニ、三、四、五、と計十ケ所あり、とても綺麗だ。
「願い事を唱えながら走り、光を吹き消すと、ほんの少し未来が見えます。
ほーっ、ほーっ、
あなただけに見える、未来ですけど。」
素早く飛んで行くので、到底消す事は出来ない。トーン、トーンと飛び跳ねて着くと、目の前には、二階建ての建物が。
そして、正面玄関横の階段から上へ登り、二階に。
ドアを開けると、丸イスが一つと角に棚が並び、バケツやノートが置かれていた。
その先にテラスがあり、
テーブルと丸イスも数多く並んでいた。
「そちらでお待ち下さい。」
行司さんは、なにやら奥で支度をしている。
今来た光の輪を眺めていると、人が動いているのが見えた。
光と光りの間で、一人、女性が踊っていた、、、、、、、。
「花のね。花譜から音を作っているんですよ。ああやって踊りながら、 楽譜にするんです。」
振り向くと、大きな紙の前に髪の長い男の人が立ち、絵を描いていた。
「こちらへどうぞ。」
大皿にたっぷりスープが入り、魚介類が溢れている。
次ぎにも一mもある巨大な皿に綺麗に切られた魚が並んでいた。
薄く焼かれた丸いおせんべいが、長い缶にズラッと。
「ほーっ、ほーっ焼き立て、焼き立て。」
男の人はパテを塗ると、ばりばりほうばっている。
この人は、バスに乗車してきた人だ!
僕に気付いただろうか?
すると、あの踊っている女性は一緒だった彼女だ!
「冷めないうちにスープをどうぞ。」
行司さんに勧められ、席に着くと、男の人も僕の目の前の席に座り
「どうぞ。」
そう言うと、まず皿からはみ出している蟹をバキッと折るとがぶり。
沢山入っている具を寄せるとスプーンで黙黙と平らげていく。
僕もまねをして食べた。
「どう?」「美味しいです。」「この絵の事。」「あっ、まだ良く見ては、。」
「あれは?」
と指差し「まだ、食べていないので。」ばりばり言わせると、
「聞こえた?」「焼き立てですね。」「リズム。聞こえるでしょ。」
「ん?」
耳を澄ませると、かすかに高音で乾いた トタトタトタ、ポポポポポ。
この音なのかと良く解らなかったが、「トタトタ、ポポポ。」
口づさむと、頷きながら「うん、そうそう」
∵
大皿から魚を数枚取り分けると彼は、「君も光の輪で音を作ってみたら?」
と言ってきた。
「・・・・いや、僕は音符書けないし。」「魚も並べたっていいんだよ。」プレートに、ハーブや、ソースをさっとかけると、くるっと巻いて、
「目に見えたトーンを、記憶して、空に写して見ればいい。
林の中の木の上に、鳥の巣があるのがわかりますか?」
「深緑色の固まりが」
「茶色いけどね。
肉眼でいつも見る目のサイズと、ほら、このおせんべいとこのおせんべい違うよ。虫眼鏡つかわないでしょ。日常的に。」
おせんべいにパテを塗ると、二枚で挟み、僕に食べるよう差し出した。
ばりばりばりっと、とても軽く薄いので、口から半分落ちてしまった。
男の人は、少しも溢さず、ばりばり食べている。
「調和しているものと不調和しているものをこの十センチの箱の中に入れるとしたら、君は何を入れる?」
透明な箱を手に取ると、テーブルの中央に置いた。
「それ、あげますから。考えてみて。」
彼は、一通り食べ終えると、絵を描きに行った。
行司さんが来ると
「ほーっ、ほーっ。さあどうぞ。こちらも召し上がって下さいね。」
カラフルなハーブに包まれた魚は、とても美味しい。
プチプチと、シャキシャキ。
新鮮な野菜のグラデーションは、パッと明るく弾ける。
「このおせんべいの上に、野菜を並べても、ダメですよねぇ。」
「ほーっ、ほーっ何が入りますか。」
ボーン、ボーンと鐘が鳴る。
彼のようにおせんべいにパテを塗って挟み、こぼさないようにとするが、
一カケラ落ちる。
考えながら、もう一つ。
バラバラ。
持ち方を変え、手の平で押し込むが、
口の両側からはみ出してしまう。
「なかなかね。うん。」
ばりばりばりっと行司さんも、上手い。ばりばり、さくさくやりながら、箱の中味を考えるが、良い答えが浮かばない。
水と油なんてドレッシングを今作っても。「違うよな-。」
ばりばりさくさく呑気に悩んでいると、タンタンタンッと階段を上がる音が。
厚手のフードコートを着た女性が入って来て、入り口のイスに座ると、物凄い勢いで、ノートに書き込んでいる。足と体でリズムを取りどんどんぺージをめくっていった。
「音を出してみますか?
ほーっほーっ。」
棚の扉を開くと、鍵盤が。
さっと彼女はイスを持って移動すると、
トーントーントーンと弾き、
曲を、弾き始めた。
?♬≠♩♭♬♯
°♪?♬♬♬♬?♪???♪?#♪♪♭♬°♫♫≠?♬♪
?♬≠♩♭♬♯°.♪?♬♬♬♬?♪???♪?#♪♪♭♬°♫♫≠?♬♪
………
.........
..........
.................
くり返し、くり返し流れる音は、静かな柔らかい音だった。
林の中の風の音と、葉が揺れる音に乗って、
一つ一つの音が草木の中の音だった。
花の音を聞いたのは、初めてだ。
「ほーっ、ほーっ。採譜出来ました?音に羽が生えて飛んでいましたよ。
とても良い曲ですね。」
「今日は、月明かりが綺麗で、凄く風に乗れたのよ。」
と、嬉しそうに、符面を眺めていた。
僕に気がつくだろうか。
彼同様、彼女はテーブルに着くと、大きな蟹をバキッと折って、スープを飲んでいる。
少し気まずくなって、テラスの奥へ移動すると、彼の絵が目に入って来た。
三m程の大きな紙に広い林の中踊る彼女が描かれている。
この絵からも彼女の曲が流れてきそうだ。
線が細く生々しく、生きている。
遠く林の中で動いていた形が、目の前で現実に起り、あまりにも自然で、
あまりにも星月夜で、あたりまえの光景だったもの。
瞬時に目に焼き付いたこの絵を見て、僕は、そこから動きたくなくなった。
⚪︎
「闇夜が深くなると、お化けが出る。」彼が耳もとでボソッと言った。
「わっ」
と後ずさりして僕は尻持ちをついた。
「ほーっほーっ。夜嵐の妖怪は、小心翼翼吹き飛ばしますよ。風靡にいれば、意外に大丈夫なんです。その中で純粋であればいいのではないですか。」
「母船に引かれる船は、安心だろうけど。」
「ほーっほーっ。心を強く胆勇に。」
そう言うと三人共、奥の部屋に行ってしまった。
彼の絵を暫く眺めていると強風が吹いてきた!
イーゼルが倒れないよう抑え、絵を持ち運ぼうと慌てていると、何枚にも列になった白い凧が夜空に飛んで来た。
長い帯の部分には、紙風船のボンボリも揺られ、円を描くと球体になり高く上がって行く。
緩やかに飛んでいた凧は上へ上へと高く、あまりにも高く上がると、狂気を感じた。
バタバタと紙が波打ち、破れてしまうのではないかと。両手を大きく広げながら凧を見ていた。
突然、パンッと音がすると、小さな紙風船が、凧から溢れ、吹かれて行く。
白い衣装を着て、指先から肩まで覆ったごっつりとした手袋を身に付け、太い糸巻きを抱え持ち、地面に足を踏み締めて、ふんばる。
糸巻きを自在に動かし、暴れる狂気凧を操って、綺麗に気流に乗せている姿は、とても力強い。
風も静まると、凧は林の中へ消えて行った。
押さえていた絵から手を離し、なんだか、僕は、少し皆がうらやましく思えた。
「ほーっほーっ。月にむら雲、花に風。ささ、どーぞ、行きましょう。」
さっきの風で、光りの輪は一部消え、僕は彼女の踊っていた、あの絵の、あの場所を横目に、行司さんと走った。
「自然に、自然と立ち向かう事は困難ですね。あなたの頭の中で暖めればばいい。ほーっほーっ。
べーっと舌を伸ばしても梓にのぼせませんしね。瞳の奥に焼き付けておいて下さればいいんですよ。」
はいっトトトトト
とデッキの上を小走りし、進むと、
巨大な石の固まりがドンッとそびえたっていた。
その横には小屋があり、
煙りが立っている。
この巨大な物、何か見憶えがある。
「ほーっほーっ力強く、言葉は無くとも、勇魚のごとく堂々と。」
「絵ハガキに描かれた物だ!」
僕はおばあさんを思い出した。
「こちらをご存じ?」
行司さんは、勇魚を見つめ、考えている。
「思考回路をね。風に聞かず、一歩、一歩。
先程の素描。こちらの勇魚。見集つむのも大事です。」
小屋に続く道には大量の焼き皿や茶碗が並び、片面に黒く焦げ付いた丸い玉、割れた玉が無造作にあるが。
「ほーっほーっ。どうぞ、お通りを。」
しかし、近くに見える小屋になかなか近付けない。
行司さんも、
そう言ったっきり動かない。
行くべきか、行かざるべきか。
巨大な勇魚が背後から迫ってくる。
すると、あの髪を大きく結った小柄な婦人が
「これが良いかしら、あれが良いかしら。」
と並んである焼き物を選んでいる。
僕を見つけると、おじぎをして手招きをしてきた。
籠を腰に掛け、器を手に取ると、仕舞っている。
「ほーっほーっ。あの列からご選択ですか、あなたも選り抜きなさいますか?」
勇魚の横を通り、幅広く置かれた端に並ぶ器の前に立つと
「こちらに並ぶ器から、気に入った器を一つどうぞ選んで下さい。」
この場所だけでもかなりの数があるのに、一つ選べと言われると、どれにしようか迷ってしまう。
あの婦人は、籠に入っている器を僕に見せると、肩をすぼめて
「憂ひがあるのよね。ちょっと。こちらは、静かな色よ。水郷を思うわ。
溢れ出てくる。労作よ全部。」
その並びから一つ、自分の選んだ器を僕に渡した。
手の平に収まり、すとっとした表情だ。
「ね。」
と言うと、さっと列に戻してしまった。
「ほーっほーっ。いらっしゃいます?
お忙しいですね。明け方になりますか、到着は?」
「公演は、太陽の熱を浴びての日のあるうちだけと聞きまして、いつもの倍の方々が集まるそうです。」
「ほーっほーっ。人間万朶を表現なさる。」
「町とはまた違うでしょうから、否でも一度、洋洋で、と。」
行司さんも、いくつか器を選んでは籠に入れ、一つ手に取ると、気に入ったらしく、カメに入った水で良く洗うと、林の間にある木箱に仕舞った。
夜露で冷えた器は、ぱっと見ても暗く悲壮感が漂っていたが、よく目を研ぎ澄まして手に取ると、やはり手にすとっと馴染み、大きさと形が合い、器が、、、、笑っていた。
「この器にします。」
「では、拝見しましょう。はい。ご自分らしく、良いではないですか。」
又、カメの水で洗うと、木箱に仕舞った。
「ここの勇魚窯も慰楽で来てますけど、内観するのも、ややありまあす。」
「ほっ。」
籠を引き上げて腰を上げると、
「では、八幡のやぶしらずにならない様、太陽の下でお待ちしています。」
静まり返った勇魚の焼き物達は、僕を待っているのか、怖がらせているのか、また少し重い空気が溢れてきたが、僕は小屋の入り口にゆっくり歩いて行った。
ドアを叩く。
返事は無い。
もう一度。
居ない。
窓から少し中を見るが、暗く、棚には、やはり焼き物が沢山並んでいた。
振り返り勇魚の前に戻るが、行司さんもいない。
辺りを見るが静かだ。
勇魚をくぐってみた。
勇魚の中央で上を眺めると、月が、高い林の木の先からこちらを観察している。
目と目を向き合って、巨大な勇魚を掴む。
こんな巨大魚は、僕には到底捕らえる事など出来ない。走りに走って洋洋で勇魚の中に入る事になるなんて、想像もできていなかった。
そして僕は、さっきいた婦人とは今度は逆に、並んでいる焼き物の方へ移動した。
見ると重く堅い器が欠け、ヒビも入り、土で汚れたままになっていた。厚く固められた皿や、器は、乱雑に重ねられ、無用の残骸の様な有り様だ。
その中で、月明かりに照らされ、時空を超え、うめき、叫んでいる。
遠く大地の底から、腕を伸ばし、もがき苦しみ、泣きわめき、しがみつき、僕にのしかかってくる。
その一帯が黒い嵐となり、渦を巻き、地鳴りが響き、僕は飲み込まれそうになった。
体が動く事も出来ず、必死にその場で土を掘り、身を守ろうとするが、
地鳴りは、大きく響き、さらに体ごと掴まれ、ぐぅおぉっと、引きずり込まれる。
「うわあああああ。」
ザザザ-っと風が吹き、鳥がバタバタ僕の体に向かって飛んで来た。
うずくまり、身を屈め、静まるのをまった。
隙間なく置かれた膨大な量の器は、深い山の奥で、人知れず埋まっており、どんなに歳月が経っているのか、誰が作っているのか、絵ハガキを一目頼りにしても、僕は何も知らない。
掘った土の中からも器が見え、僕は手に取った。
ずっしりと重くまるみを帯びた焼き物だ。
心が段々落ち着き、僕が、今までなんとなく通り過ぎていた日々は、まだ百事も知らず、黒い嵐の中ふんばっていた力強さと、執念を感じ、土を払い勇魚の前に戻った。
「お決まりになりましたか?」
行司さんが林の奥から現れた。
うなづきながら、小さな帚で僕についた
汚れを払うと、カメの水で洗った。
「ほーっほーっ。これは、清らかな中でも、とても強靱さがありますね。あなたの胸間も聞こえてきますよ。
勇魚の主は、お休みの様ですので、ささ、こちらに参りましょう。」
「あの勇魚はどうやって?」
「ここの主が作られたのですよ。あなたが選ばれた器。その思いを感じとって下さい。木箱の中お預かり致しますからね。」
偶然見つけた絵ハガキを、おばあさんに届けに行き、手渡した時、一瞬彼女の表情が変わった事を思い出した。
驚きと懐かしさ、凛然とした顔立ちで、日常の空気が動き、グルグルグルッと時計合わせを始めた。
「どこでこれを?」
視線を僕に向け、さらに遠くを眺めていた瞳は、とても澄んでいた。
これだったのだと、自分の中で少し小さな達成感が沸いたのだが、行司さんの走るスピードはさらに加速し、おばあさんと勇魚の事を、考える暇もなく走った。
//////////////
林と林の間、同じく二人組みが走って来た。
きつねと河童だ。
きつねは先の尖った陣笠を被り、スーツ姿で袋を握っている。河童は桶と柄杓を手に持つと、ザバザバッと水を掛け走り、沢山の水を撒いている。
きつねは、袋に穴を開けると、小さな粒をバラ撒いた。
粒は水を吸うと膨らみ、辺り一面、白茶気てきた。
その上を又、河童が水を撒き、一通り膨らむと、板に乗せ、
二人は頭で持ち上げると、林の奥へ走って行った。
////
荒々しい勇魚窯から走り、足元の走る足音が‘パーン、パーン’と響く。
道は硬く均した土になり、恵比須様のお面が門柱にぶら下がっていた。行司さんは、それを付け、また走る。
走って行くと次ぎには、細かく編まれた輪っかが下げてあり、行司さんはそれを取ると、僕の頭に乗せあごヒモを結んだ。
「葦で編まれた金環帽です。目を凝らし、瞳が輝けば頭に馴染み、そうでなければ広がります。」
と、正面には小さな水面があった。
だが、辺りは林のまま何も変わらない。
僕は、呼吸を整え、まず先に乾きまくった喉を潤わせようと、水面に行き、水を飲んだ。
すると、すーっと水嵩が減り、
パーン、パーン、パーン、パーンと
四回水柱が上がり、
一気に水が引いて行った。
その水面の底には、人物像が掘られ、小鳥、馬などの動物の彫刻があった。
「ほっーほーっ。水時計です。時間ごとに水が別れ、流れて行きます。」
全ての水が流れ出ると、再び底から水が沸き、元の水嵩に。
。◯⚪︎。◯⚪︎。
バンッドンッバンッバンッ。
突然、水面に人陰が映り、ぬっと巨漢が現れた。
バシャバシャっと顔を洗うと、
背負っていた石像を水の中に放り込み、ポケットからコウモリを出すと空に飛ばせた。
そして右、左、と丈の長い羽織を広げると、
バサバサと沢山の黒いコウモリが何羽も飛んで行った。
〃〃
「お前に石像をやろう。欲しければ持って行け。」
幾らなんでも、こんなに重いものは持上げられない。熊と間違える程の巨漢だ。
「毛氈ごけも、蚊食い鳥も、旅商いしてるかぁ。空でも穴蔵、道の片隅、道楽放浪とは訳が違う。洋洋飽食暖衣して、独活の大木、柱にゃならぬ。巨漢に石像担げてもぉ、持ち帰りの客なぞ一人もおらん。」
おはははクククと、妙な笑いを浮かべ、石像をブラシで洗うと、ザバァ-ッと抱え、水面に起こした。
「ほーっほーっ。髀肉の嘆は、競作後の詠歌相撲でなされば良いではないですか。赤いわしで口を切っても、恵比須様は来られませんよ。」
「恵比須行司がいるではないか。うぉははははぁ。」
首に巻いてあった干し大根をかじると、僕に差し出した。
僕の葦編み帽は広がるとずり落ち、首に掛かった。
同じじゃ、同志じゃと、笑いながら干し大根をかじると、行司に顔を近付けて
「本日、髪結い茶人の集まりがあると聞いたがぁ、誠の話か。穴蔵ぼんくらっちゃあ、風の向きも解らずじまいで、せっかく山師も来られるとの事、ご挨拶もさせて頂きたいと思いましてな。」
「ほーっほーっ。宜しいではないですか。髪結い茶人もご準備されている様ですし、杓子定規でもありますまい。」
「髪結い茶人は、私の獣顔にご興味ありそうだがな。」
と言うと、乱れた髪を手で掴み、僕の被っている葦編み帽からヒョイと一本引き抜くと頭に乗せ、髪を束ねた。
水面に立つ石像は、険しく力強い表情で鍛えられた肉体が表現されていて、気勢を上げている。
「ほーっほーっ。山坂登り下りと歩かれて、剛駿様も大地の音が聞こえているのですね。
こちらの石像は、また水路林に置かれては如何ですか。」
水時計の周りには八つに分かれた水路があった。
剛駿さんは、ガッと石像を抱えると
「お前もこい。」
僕を呼び水路林へ歩いて行った。
そこには、長い鍬を担ぎ、手を前後と力み、見栄を切った姿で立つ石像が一体と、腰を曲げ力強く立ち両手を広げ、今にも動きだしそうな石像など、道なりに何体も置いてあった。
ドンッと担いでいた石像を下ろすと
「この水路は水田、田畑に続いている。
わかるか?
農夫百態を表しているが、そうたやすい事じゃない。
豊穣を願い働くが、己の存在意識を前に威容を誇っている姿なんだよ。
感謝しなくちゃな。空と戦って地団駄を踏みたくなる時もあるだろう。当たり前に食す日常にお前は問いた事があるか?鳥より案山子っちゃぁ参ったもんだが、この巨漢が一番の獣よけだ。どうだ、お前、石担ぐか!」
剛駿さんは、石像を持ち上げ、持て!と言うが、腰に力が入らない。
「担ぎ歩くが勇者ではないがのぉ。」
水路沿いに、しっかり設置すると
「水時計の底には、大地の声を聴き、知恵が授かるように水の心根が映る。
あの像を見たのならば、何かを感ずるはずだ。いつか役に立つ時が来るだろう。」
剛駿さんは干し大根をかじり、水路林へ歩いて行った。
「ほーっほーっ。農夫百態は、とても生き生きとした姿で力強いです。
思う念力岩をも通す。
礼する意もあるのでしょうね。
全てで、八本の水路がありますが、七本目行きましょう。」
行司さんは、くるっと方向を変えると、またまた水時計に戻り、
七本目の水路に走った。
/
林の木に布がピンッと張られ、次ぎの木に。
折れ曲がり、又、次ぎの木に巻き付けられて、水路に布の壁が出来ている。
進んで行くと、ズラ-ッと長い色鮮やかな糸が束になっていた。
デンデン太鼓が風車に揺られ、デデデンデデデン音を立て、朱色、橙、桜色、赤紫と赤茶色、
糸束の先には炎が見える。
湯気がさらさら立ち上り、草木の香りも漂った。
炎の影で、朱色が映える。
水路横から水が流れ、大きな桶に水が溜まっている。板をニ枚手に持って、髪を二つに結び、布をまとった女の人が四、五人糸を洗っていた。
ジャバジャバと、板で水を掬っては、板で糸を押し、炎の横では、半円形の円盤鍋で草をざるから掴み入れ、幅広い杓文字で煮込んでいる。
「ほーっほーっ。糸を染色しています。お忙しいですから、ご挨拶までに。
あちらには糸の紡ぎ処もございます。」
腰を屈め糸をくぐると、前髪をV字に切り込み、橙色の襟巻きを重ね、白い半袖シャツに巻き込まれたパンツ姿、上目遣いでこちらに歩いて来た。
∮ ∬
「草木の色も彩やかに、好で香でと主張もあるが、行司様も相変わらずのご衣装で、いつこちらにいらすかと、お待ちしておりましたが、お連れの方も、これまた差し障りの無いご格好で、丁度良い所へ来られましたね。」
「ほーっほーっ。時も随分立ちましたが、ご用意して頂けた。
恥ずかしながら、魚道があると聞きまして、そちらへ釣りに行き、空談ばかりしておりましたら、なんと、龍の大山の粋人がいるとの風説が。
お会い出来るかと釣り三昧で。
しかし、洋洋に来て頂けたら皆様方もお望みが増えるのではと。」
「夢のようなお話ですが、今は機織り場も忙しく織女達も少ないものですから、仕立て人、刺繍人もお話を聞くかどうか。
洋洋、一つ一つ手を掛けて作っております。山を超え草花紫根やら砂金まで、死ぬ思いで天物をお持ち下さる鷹目の行商人達も年を取り、私共も離れがたく、、、、心待ちして頂いている芸才多い方々もいらっしゃいますから。」
「ほーっほーっ。しかし、もう少し軽捷になられても。
風流に時をお守りになられるのは、大変骨を折られている事でしょう。
洋洋深く、華麗に、森厳に、皆様過ごされてますからね。
ところで、本日の髪結い茶人の会には?」
「はい。私と数名、交代交代伺うつもりで、天外の奇想な会だと期待しております。
さあ、行司様、お話は後に。
ご衣装合わせてみて下さいな。そちらの方もご一緒に。」
と、枝から長く垂れ下がった、黄色、薄黄緑と染められた布をくぐると、良く磨かれた一枚板に、衣装が数点寝かされてあった。
「ほーっほーっ、。これは。」
「はい。いつも走られている行司様ですから、絹の摺り衣で羽織りを作らせて頂きました。山の露草、他、花や木皮を織り交ぜて、深い色合いに仕上がったと。」
「金糸の刺繍ではないですか!」
「はい。袴は動きやすくと少々形を変えてありますが、ぜひ一度、こちらを着て頂きたいと。
お連れの方には、刺し子半纏を作務衣形の上着に仕立てたものですが、こちらの生地で差し縫いしましたもんぺぇと、丈が短くなっておりますが、袴、前垂れもございます。」
江戸時代か?と、、、、、。
僕も袴を?
動揺しているうちに、木板の横から布を引き、
「ほーっほーっ。お着替え下さいな。私は、直垂でしょうな。しかし、見事斬新なお仕立てで、
さあ、さあ、そちらも、ささ、ささ。」
行司さんは、素早く着替えると
「羽衣もございますか?」
と注文し、数枚重ねると鏡の前に立ち整えている。生地は、かなり頑丈に縫われ、硬く重い。
もんぺぇに足を通し、腰ヒモで縛ってみると、少し力が入ってきた。
シャツをしまい、ショートパンツ丈の袴を穿き、前垂れでくくり付けると、ひと周り体が大きくなり、上着で横腹一周巻き結び付けると、背が伸びてきた。
「いかがで?」
行司さんは、僕を見ると
「紺青に染められ、刺し子の華色も若若しくお似合いですよ。根情入れと、仕上げられたのでしょう。ほーっほーっ。」
「すみませんが、着方はこれで良いのでしょうか?」
「ほーっほーっ。」
にっこり笑い、染め物の婦人と行司さんが、何か相談している。二人共 感心したり、他の衣装を選んでたりと、熱っぽく語っていた。
僕は鏡の前に行き、多少、象ってみたが、何故、僕までが、この衣装を着ているのか?
あの婦人の眼力でファッションに信頼感が湧いて来たとも言えるが、興味本位でこの格好をする程、僕はお洒落に、冒険心は無いのだが。
洋洋の空気と人柄、村中に染まり、今まで客観的にしか見ていなかった感情が少し薄れ、何か心が熱く動いてきた。
姿勢を正し、胸にも力が入るが、どこか、まだ飲み込まれているのだ。
そこへ、ピンッと冷たい空気が。
「川風から凍り付く、この張り詰めた草花の香りは、花氷でも置かれ ているのですか?」
「ほーっほーっ。なかなかの心付きで。」
「草摺りされた前垂れなど身に付ければ、動きながらも、癒されますな。」
「ほーっ、ほーっ。」
「ん?」
僕は今、一体何を言っていたのか。
何故か話し口調が変わり、言葉がついで出る。
「葦の編み帽に、こちらの織布を巻かれてはどうですか?」
緑色にまゆ毛を描いた、顔のふっくらした女性が、全身緑のグラデーションに包まれた衣装で現れた。
「編み帽に、こちらの織布を巻いたら、翠玉が飾られたようで、お心映されますね。」
「翠玉など、もったいないですが、有り難うございます。雲をかすみと洋洋に来た訳ではありませんので、
紺青まとって、瞳を凝らし、慮りたいと思います。」
自分でも、少し訳が解らない。
その女性は、山と一体化のカメレオン状態で、とにかくグリーンがお好みらしく、ヨモギ色に染められた布に、葉を包み、玉を作ると、大きく振り回し、いくつか並べられた籠に投げ入れた。
次ぎにも、色濃い草を包み投げ入れ、草団子が色別になっていく。
緑色のまゆに、白い肌で、その他担当されている色彩で、他の女性もまゆの色が違っていた。
草団子を運ぶ人々は、皆おかっぱ頭できっちり。
ヘルメットなのか、髪なのか。
乳母車を押し、中には人形が寝ている。
その人形は、ざる籠を持ち、草団子を乗せられるのを待っている。
重くなると、背もたれが上がり、寝ていた人形の目がパチッと開くと、人形は重みで揺れ始め、はしゃいで いる子供の様にガタがタと車ごと円盤鍋に押されて行った。
「ほーっ、ほーっ。初冠を付けられましたな。
まま、茶人に髪を結って頂きましょう。
碧玉も心動かされる貴重な石ですが、翠玉も輝きますな。龍の大山の粋人であれば、石を調達して頂けるかとのお話でございます。」
橙染めの婦人は、
「自然の天物も争いの元に。子は宝と、私達は忘れぬよう、染め場で 戦っておりますので。
鉱石は心を迷わせ、時には憎み、時には力を奪われる事も。」
「ほーっ、ほーっ。瑞枝子様も、あれだけの作を創られて、心、気抜けされましたか?天衣無縫の傑作と誰もが憧れ、この染め場におる者も。
もう少し強欲に、ご自身の為、作品をお考えになっても良いではないですか。
洋洋の水路林は、十分潤いを与え、時を守って下さっています。
創作されるのには良い機会かと。」
パーン、パーン、パーン、パーン、パーン、パーン、、、、、。
五回水時計が時を知らせる。
籠に入れた僕の洋服を、緑色の彼女が布にカバンごと大きく包み込みと彼女は、僕を見つめて
願うよう話し始めた。
「瑞枝子様は、とても耽美主義のあるお方ですが、花も先散り、季節を感じ、なんでもない空間に感性を見い出す事は、一つの価値なのではと。
もちろん翠玉も美しいです。創作という、大きな枠で表現されれば全て、という事では無い訳ですが、私達に力を貸してくれているのです。
ですから、龍の粋人様のお話が本当ならば、ぜひ洋洋へ、この染め場に来て貰いたいのですが 。」
と、彼女は僕の荷物を胸に抱き、深いため息をつくと差し出した。
僕は頷き、彼女から包まれた荷物を受け取ると、肩から背中へしっかりと結び付けた。
「繊細でいて趣きもあり、面倒見のある方ですね。この衣装で羽替して、地に足がついた感がします。」
「ほーっ、ほーっ。花相撲、ご参加されますか。
では、6本目参りましょう。」
行司さんは、いつものように早いが、少し時間は遅く流れる。
僕の体は、がっちり引き締まり、飛び跳ねているが、一歩一歩がしっかり響いて走るのも楽だ。
布の壁を走り過ぎて、水時計に戻り次ぎへ。
///
"ドタン、バタンッ"、、、、、、、
と、いきなりドアがたて続けに建っていて、その中に入った。
大きな作業台が、ズラ-ッと並び、大勢の人がいる。
紙を持ち、静かに運ぶ。
緊張した雰囲気の中、木と木の間に紙を挟むと、上から丸い馬楝でこすっている。
それをそっとめくり、次ぎの台へ。
紙が美しかった。
皆、とても慎重に運んでいる。
息を殺し、数人で版の上にきちっと置くと、ズレないように押さえ、力を入れる。
どんぐりが山積みで、黒い液体が硯のような入れ物に。
柄の長い刷毛があり、毛先もったりと膨らみ、不思議なつやがあった。
この人達は、黒いとんがり帽を被り、手首も背中もぎゅっと締めた服を着、、、、、
黒子の衣装か?
又は、忍者にも見えるが、、、、、。
目の下から顔を覆う布も付け、息がかから無いよう、静かに動いている。
「ほーっ、ほーっ。こちらでは、版画を制作されているのですよ。それと、あちらでは、大きな宣伝紙です。」
と、洋洋村への道順を教えてくれた草野風さん宅、隣の駐車場に貼ってあったポスターが。
大きな看板を昔ながらの手描きで制作している人もいる。
早業で、大小の筆を自在に操り、迷路状に古い町並みが描かれている。色鮮やかでありながら、渋い。
古臭い籠は、昔の怪獣映画を思い出させる。
ただ、細やかな花が咲き、奥行きのある風景は未来も感じさせるのだ。
表情は、生々しく、切れ長の目、
細かい指先で透明感もあり、インパクトは強い。
このサイズで、この絵は、看板というよりは、芸術なのでは?
絵を描いている人は、白い長袖Tシャツに、ゆるいもんぺぇ姿で、僕達には気づかず、黙々と描いている。
その作品主役の人物は、バスに乗り込んだ男の人に似ている。
「桔梗の重恩とアカデミック」
タイトルが、なびいた髪の横にあり、ふと、僕の衣装と丸太を担いでいた人達と重なった。
目の合った彼は彼だ。
「気が付かれました?印象というものは、偶然なのか。強烈さよりも、ご自分の中でも創っていますね。きっと。
溶け込んだ効果と、強く与えられた効果もその時では、大して変わらない事もあります。
よおく、胸を貼って。見集む。」
ミーハーだ。と感じている訳では無いが、身近さがきっかけを作ってくれているのも事実だ。興味というものが、元々感心があったにせよ、他の効果で心を動かされているものを感じると、悔しさが込み上げてくる時がある。
僕は、本を読みあさり、自分の中では、ある程度の物への価値や知識、面白さや、信頼できる事など、自分の中に原動力はあると思っているのだ。好奇心が芽生え、確心していく段階に、もちろん世の中流れも入っているのは事実だが。
苛立ちが、胸の奥に立ち上がり、冷めた瞳に心が映る。
波打ち際をひたすら走り、日本一周している訳では無いんだ!僕はヤギじゃない!僕にだってあるんだ!
しかし、行司さんに言われ、恥じた。
一枚づつ刷られていく作業は、華やかさは無いが、早業で着々と進行されて行く。
「ほーっ、ほーっ。大きな桔梗です。」
そこには、人間が桔梗を形取った絵柄で、
美しい桔梗が沢山描かれていた、、、。
これはいったい、、、。
そして、そのポスターが重ねられた奥でも、また別のグループがシルクスクリーンで制作していた。
木枠を運び、こちらも数人で集まっては作業しているが、今度は動きがシンプルコンパクト。
流れるように次ぎから次ぎへ隣の台へ。
最初に刷られた物からは、何の絵なのか解らないが、次ぎ次ぎと模様が重ねられ、一つの作品になって行く。
地図のようにも見えるが、、、、。
さまざまな図柄でポップだ。
薄手の紙にさくさくと。刷り上げて飾ると いうよりは、実用品なのかもしれないと。
あれっ?何か、似たような物をどこかで、、、、。
と、僕はおばあさんのメモを取り出した。広げて見ると、色見は少し違うが、これでは無いだろうか?
「ほーっ、ほーっ。これもまた、なかなかの風の便りか、古伝、可愛らしいお持たせで。拝見させて頂きます。」
行司さんは皆の所へこの包み紙を広げると、
「海を渡りか、陸地を超えてか。洋洋の趣き伝わり、このような形でこちらに届いてくるとは、嬉しい便りですな。
有り難うございます。洋洋風月を友とし、ここにおられた者でございますよ。」
この一枚の包み紙で、刷り場は少し柔らいだ。
部屋の隅に鉄製の籠があり、ポスターが少量大事に置かれている。
このポスターは、やはり大きな桔梗。
女性の踊るシルエットに枝葉が別れ、駐車場にあったものに違い無い。
先に行こうと近付こうとするが、何故かすーっと遮られた。
「これは、茶人の会。」
長い前掛けを付け、手袋姿の男の人が背後から声を掛けてくる。
「ほーっほーっ。お忙しいですな。本日、瓦判の発行でもおありかな。」
「今日の今日とは、御勘弁を。
厳しい所で、日暮れ時までと言われると、なかなか。」
「ほーっ、ほーっ。おやりになられる所かと。」
「記念に。と考えている案はありますが。」
十字に結ばされた紙の束を両手で持ち、二人、人がこちらに来た。
どさっと置き、
「本日のパンフレット。手刷りの冊子になっています。良い仕上がりですよ。」
表紙を見るが、何も描かれて無い。
白い和紙で、良く見ると凸凹がある。
「晴れですよ。晴れ。やりました。良かった。太陽にね。透かして見て頂くと解りますから。
どうぞ。ご一冊お持ち下さい。」
と、手渡された。
厚くしっかりとした和紙は、柔らかく、暖かみがある。
中には、絵文字が描かれていた。
出演者と思われる名簿だが、この印には何か意味があるのだろうか?
楽器を打ち鳴らした絵柄や、叫ぶ姿、岩を持ち上げるなどさまざまな姿のシルエットに、最後のページには、こうあった。
〜
「言霊のさきおう国、思想と創造力、
一、壷中の天地ここに現わさば」
〜
「ほーっ、ほーっ。あちらを。」
版画を制作している奥にガラス棚があり、かなり古くボロボロに痛んだ紙が飾られていた。
その紙にも同じ言葉が描かれている。
「音にも?
だいぶ年月も経って古色されていますね。」
「伝えられている古詩なんです。」
と、横から人が現れた。
紙製の三角巾に、何度も紙が重ねられた厚いシートを腰にブラ下げ、色見本なのか、筆を何本も持ち色試しをしている。
紙のキューブを一つ持つと、ピラミッド型に積まれた山の上に置いた。
「使用済みの紙魂です。ここでは、エネルギーにもなりますから。」
与えられた効果は、心を動かす原動力のサポーター。
時を記憶する写真とは違うのだろう。
素描を思い出し僕は重ねた。
興味と必要性、そんなに感情を合理的には出来ない。
誘われるままに、茶人の会には行くだろう。
飾られた古紙と紙のピラミッドを眺めて、全ての時間の長さと、僕が今ここにいる瞬間を強く感じた。
「ほーっほーっ。
一枚のさまざまな紙面の力とここの空気に押され、気落ちされましたか。
この冊子、楽しみですな。
こちらの方々も、もちろん茶人の会には来られますから。楽しんで下さいね。」
「あの、桔梗のポスターは、洋洋村で公演されたものではないんですか?」
忙しそうに、冊子をまとめ、どんどん刷り上がっていく中で、あのポスターは流れを感じない。
「定期公演です。桔梗坂町での。」
横で冊子を包んでいる人が言った。
あの強烈な看板も気になったが、詳しく聞くのを少し躊躇してしまった。
「私達は、情報を情報として伝えているわけでは無いんですよ。」
広い空間で、版画スペース、ポスタースペース、看板スペースとが一つになり、なんとも言えぬ雰囲気なのだ。
鋭い視線で定規を持ち、丁寧に文字を描く。
筆を持ち、スーッと描く。
息を殺し集中して刷る。
僕は、少しバランスが崩れそうになるが、
「ほーっほーっ。お気楽に。
伝承を守り抜く姿や、自我を強く持つ者。
ここまでも少し見集めた事柄。
ご自身で良くお解りになられてます。」
「勇魚が、、、、、、、。」
目の前には、あの勇魚の絵ハガキと同じ図柄の版画が飾られていた。
<>◁
////
行司さんと、水時計に戻ると、
「面白かったかい?」
ガハハハハ。
丸坊主の雲路さんが現れた。
「夜も明けてきましたなあ。
行司様とは、ここまでで、
私がご案内しましょう。」
「ほーっほーっ。
ひとひ、ひとひも早いものですな。
太陽が天高く上がられた時、冊子をご覧下さいね。私はまた黄昏時に参りましょう。」
行司さんは、羽衣を風に乗せて、鳥の様に林の中へ走り抜けて行った。
三、ベルレベル
「だいぶ化けたなあ。あはははは。」
雲路さんは笑いながら、五本目と思われる水路林へ歩いて行った。
「まだ薄暗いからな。明けて鳥も目覚めれば、だな。空を見上げてみるといい。さ、どうぞ。鍵は持っているだろう。」
着いた場所は、管理室前の高床式住居だった。
僕は、床に座り山蒼茶を一口飲むと、チーズを食べ、窓から洋洋村を一望し、自分の位置を確かめた。
振り子時計塔で渡された木のブロックから滑車を出したが、何に使う物なのか?
足掛かりになるのではと冊子を広げてみようかと思ったが、太陽の下でと言われたのを思い出し、我慢した。
大の字に寝転がり、透明の箱に何を入れれば良いか、暫く考え、あの建物での出来事を思い出していた。
少し休み、目を閉じていると、朝日が差し込んできた。
/
ザバッ・・ザバッ・・
僕は、眠っていたのだろうか?
鳥がパターン、パターンと響き渡る音と共に、勢い良くバタバタと羽をはたたき、鳴きながら鳥が飛んで行く音で目を覚ました。
窓から空を見上げると何色もの空道が各方向に続き、とても綺麗だ。
音は、円形の僕が来た建物から聞こえる。
水路林は、まだ三本残っているし、今日行われる髪結い茶人の会もいつ何処でなのか。
行司さんと走り、落語や、素描、勇魚に剛駿さん、染め場に刷り処と洋洋村の人々達。
さまざまな情報が、頭の中で交差して、まだパズルは半分以上も完成していない。
荷物をまとめると、梯子を降り管理室へ向かった。
//
「おはようございます。」
ブザーは鳴らさず、戸をドンドン叩き、何度も声を掛けた。
「はーい、はーい。こちらですよ。」
トンボ眼鏡のおばさんが、タオルを肩に掛け、顔を拭いながら歩いて来た。
「ご出発ですか?」
「いや、あの、、、、。」
何を聞けばいいのか忘れてしまった。
「顔をお洗いになられるなら、水路横、竹小屋がございますので、あちらでどうぞ。」
きっちりと切り揃えられた竹小屋には、洗い所とトイレ。
洗い所は大きく切られた石版の上を水がゆっくり、さらさらと流れ、下に受け皿となる丸く、くり抜かれた石が置いてあり、水が溜まっていた。
僕は、その石版の水で顔を洗い、あけびも洗い、食べた。
それは土臭い山の味がした。
そして、山のおじさんのタオルで顔を拭うと、身なりを整えて、外へ出た。
おばさんは、
「一泊二千五百円ね。」
と言ってハガキにスタンプを押し、僕に渡した。
二千五百円ちょうど払い、ハガキを見ると、あの勇魚の絵ハガキだった。
「さぁさぁ、お支度出来ました。皆様召し上がってますよ。いってらっしゃい。円形広場はご存じでしょう。林を抜け、丘の上、丸い建物がございます。」
僕は、鍵を渡し、最初に辿り着いた場所へ。
朝日が眩しく林の隙間から差し込んで来る。林を抜けると、円形広場には物凄い人山が出来ていた。
次ぎから次ぎへ、人が建物裏から歩いて来る。
中では、数名が忙しく蕎麦を打っていた。湯気が立ち、パターンと鳴り響いていたのは水車が廻り蕎麦の実を挽く音だった。
円形建物横には水路があり、水車があったのだ。
円形建物の窓へ向かうと、木板には小さな蕎麦猪口、小ざる、箸と並んでおり、そこへ手際よく、つやつや光る打立ての蕎麦をきゅっとざるに乗せる。
「洋洋蕎麦はなかなか召し上がれませんので。
薫り高い湧き水のごとく、貴重なお味ですよ。」
と言って蕎麦団子を小皿に乗せた。
そして、にっこり笑って力こぶを見せ
「かっぱの小ざるにかっぱ箸、かっぱ盆には、蕎麦が合う。」と、詠みはじめた。
良く見ると、頭にはかっぱの面をちょこんと被った男の人。
「詠歌相撲の?」
はっはっはっと笑うと
「蕎麦湯は、やかんにご用意あります。
あちらで腰掛けて、お召し上がりを。」
円形広場には長イスが沢山並び、あの絵イスもあった。
蕎麦は、爽やかで気分もすっきりする。
蕎麦湯も次ぎからへ次ぎへと注がれて、僕はさっと飲み、蕎麦猪口の底を見た。
その蕎麦猪口の底には二重丸があった。
水車場に六本目の水路。
あと二本。
僕が気付かずあるとすれば、、、素描の彼等の建物だ。
すると、残りは勇魚窯だろうか、、、。
円形広場は丘になっており、絵イスの先に僕が見た落語を演っていたと思われる箱がある。
蕎麦処に閉じ込められていたのに、人々はその建物横の大きな枠から次々と流れて来る。
そして、あの落語を演じていた箱の中に進み、消え行ってしまう人達もいたのだ。
光が反射して、箱の先が良く見えないが、大勢の人が溢れている。
その中に一人、とても大きな背丈の人が僕の前を通り過ぎた。
僕は、追ってみるが、やはり箱の中に消えて行った。
゜。゜。゜
□
▲
その間に人山は大きくなり、僕の座っていたあの高いイスに一人足を掴み、二人、三人掴み蟻が餌に群がるかのように、山のごとく固まり、高いイスに腰掛けている者を引きずり降ろしては、登り、踏み、手を握り助け起こし、逆さになると飛び離れ、広がり散り集まる。
と、
「あーががががぁー」バチン。
▼▲
声と同時に手足叩き、
音と動きが周りのざわめきと共に止まる。
静かになると、丘の上から丸く編まれた竹の玉がいくつも広場に転がって、イスに群がっていた人が
「人間、人間、人間、人間」
と言いながら、一人竹の玉を頭から被る。
群がっていた他の人々も、少しずつイスから離れ
「人間、人間、人間、人間」
と輪唱して行った。
♀♀♀♀▲△
そして、竹の玉を両腕に付け、足に付け走る。
「そのエネルギーの源は、この青い空を己の物に、広がる海を全て抱え、
さらには無限の宇宙を手に入れ、
願う無限の欲望か!」
「無限に欲する事があるのならば、大地を踏み私は創造致します。」
「創造とは?」
「人間、人間」
輪唱は続き、広場を駆け巡る。▲▶︎▼◀︎▲
箱の横から老人が現れ、真っ白い髪が腰まで伸び、太い木の枝を杖にして、ゆっくり歩いて来た。
その老人の白髪を、くるくるっと薄緑色の古布で髪を束ねると、老人は太い木の枝を横に倒し、付いていたヒモを首から下げて
「タタタンタタタタッ」
リズムを打鳴らす。〓 〓
老人の後ろからシャカシャカと音の鳴る木の実が、いくつもいくつも回転しては、横に放り投げられて行く。
〓 〓
その後方、人が大勢走って来ては
「宿木で、ヒョンな事では新芽は育つか。」
「ブンブンブンと、面々の蜂を払えば大木になろううと。」
走りながら木の実を割って、一粒食べると、割った殻を両手で持ち、打ち鳴らす。
人、人、人
人と交差しながら走り続け、顔を向き合わせると、一人が木の板を被り、もう一人がその板に顔を描く○
「年輪は描かずとも、明日の月日が見れれば、私は嬉しぶ。」
走ってきた人が木板の面を外した。
〓 〓 〓
「創造性、感性の心根は、一体何処にあるのか。」
「月に尋ね、空を仰いでも、迷夢の夜雲が流れるだけだが。」
「創造性を今、ここに身体震わせる程の感動を。」
◯ ◯ ◯ ﹆﹆﹆﹆
木の実の玉が次々転がり、それを割り、拾い、食べる。
白髪の老人の隣に横一列に並び人垣が広がり、その後ろからも、人が波になって現れる。
丘の斜面に駆け上がり、地に張り付く。
駆け上がるが、後退して行く者。
殻を打つ音と、
拍子木を打ち鳴らす者、
拍子木を合わせ持ち、
「言霊を、地に現すは、火水の仲か。」
高いイスには、又、人が座り、蟻山が出来ている。
絵イスに腰掛け、木の実を食べる人や、拍子木を打ち、創作している者。
「狂奔するは、望みを繋ぐと、悲嘆では無いだろう。」
「わっわっほっほっ」
と走り回る。
太い丸太が人垣の奥から持ち上がり、角の突き出た大きな人が、どしんと現れ出た。
拳を上げて、右に左に体を揺すり、太刀を振り、腕を回すと、
「大木を手に入れ、創造するならば、百、二百の太刀を作り、必要の民に差し出そう。」
皆は「わっわっ、ほっほっ」
拳を上げ、
「錘軌大臣、疫病を払えば、神木の刀になろうかと。」
†
角の突き出た丘の上の人が飛び、衣服が剥がれると、その下の男の人は、横に置かれた丸太に足を掛け、長いスティックで叩く。
そして音が鳴り始めた。
「私が大木を手に入れたなら、この身体とこの音で、万の民を喜ばせよう。」
大地に響くリズムで、皆は踊り、腕を回す。
〓 ⁂ 〓 ⁂ 〓 ⁂
その男の人は、丸坊主の雲路さんだった。
軽快なリズムで体全体を動かし、丸太からは音が溢れてくる。女性が数名バク転し、足を高く上げ回転、と踊る。
僕にデザートを運んでくれた人達だ。
雲路さんの隣に、ステックを持った男の人が二人。蠢き、弾き、刻む。
叩き始めると、リズムは身体に乗って不思議なメロディーを流す。
〓♫〓????〓♪‥‥‥‥‥‥‥
太陽が高く上がり、眩しく熱く燃え輝いている。
僕は、パンフレットの表紙を光にかざして見た。
◉
和紙の凹凸と漉き込まれた所には、
漢字で
「己身」
とあった。
中に描かれた絵文字は、謎だらけで、
古代の絵巻物のようだ。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ⁂
見ると、雲路さんは、染められた布地が巻き付いた衣装で薄衣を羽織っている。
瑞枝子さんが仕立てたのだろうか。
リズムに合わせて踊っている女性は、肩や腰に巻いてあった布地を日光に勢い良く広げると、
「衣一つも、鎧になれば、心気の力も沸き上がり、黄金色の矢もその手の中に。」
と、声を上げた。
身震いする程のリズムで、広場は拍子木や殻を打ち、飛び跳ね、舞う人々の音とともに反響して動くが、
僕には
だんだん映像が
コマ送りされているように見えて来た。
動いているのに止まっているのだ。
雲路さんの横に並んで演奏している二人の男の人達は、丸太に上がるとステックを高く投げた。
それを他の男の人が受け取ると、
地面に刺し
「この土を手にし、産物を己で創造しすれば、万の民に生を授ける。」
丸太から二人降り、互いに手を合わせ、足を上げ引き頭を動かし、
くっつけるなど、
同じ動作をし始めて、、、、
これは、、、、、、、
パントマイムだ。
下を向き、肩を撫で下ろすと泣き、反り返り、
後ろ背中合わせになると、走って行って美しい光る玉を持ち合わせ、ヒモに通す。
一人は布地を広げ、
踊る女性に飾り付けた。
「鉱石を掘り起こせば、愛心を誓い生を授ける。」
もう一人は絵イスに腰掛け、拍子木を合わせている人の所に行く。
それぞれがペアになり、
右へ左へ。
「鉱石を掘り出せば、思考して巨万の武具を創ろうと。」
その間に燃える炎の松明を持った人が立ち、
皆、拍子木を重ね、正方形に積み上げると
「城を建て、木々と共に住まえば、安らぎ、
宝珠も授かり、鳥も集まろう。」
「良禽は木を選んで進むならば、雨も降らし、水路を創り、自ら持すり、水神になり仕える。」
大きな水車の歯車を転がし叫んだ。
「己の瞳を鏡に映し、二枚の鏡で挟めば、
永遠の環が得られるが、
創造の現在の力で民に。」
「限りある天物!」
一斉に集まると大きな円盤鍋を持ち運び、
台の上に乗せ、紙のキューブを放り込むと、
松明で火を付けた。
水時計の音が鳴り響き、雲路さんの不思議なリズムが大きく膨らむと、
太陽の光に向かって鳥も羽ばたき、
広場は熱く輝いた。
互いに拍手で抱擁すると、深くおじぎをして、息を整えている。
大きく声をだし、身体で表現し、走っていたのだ。
僕は皆のエネルギーに感動し、自分も肩に力が入っていたのか、
大きく息を吐き出した。
こんなに大勢の人々が、走り演じていたのを見たのは、初めてだった。
〓∴ 〓∵ 〓△ 〓∴ 〓∵
円盤鍋からは、湯気が立ち上がり、あの髪結い茶人が、柄杓を持ち、湯をやかんに注ぐと、長板に茶碗がずらっと並べられ、一人一人にお茶を振る舞っている。
大きな笠を頭に被り着物の上には半纏を着ていた。
「私達も頂きましょう。」
刷り場のパンフレットの人が声を掛けて来た。
「絵解き出来ました?」
絵文字を指すと
「こちらもどうぞ。」
と言って丸いチップの厚紙を貰った。
「面子にも使えますけど。」
と笑う。その面子にも、あの絵文字が。
これは僕にも解りました。
「 」です。
「きっと、時が経てば気が付きますから、冊子も太陽にかざして見えたのと同じで、気持ちも前向きに明るく輝けば見えますよ。」
茶人の所に行くと、大きなやかんから、濃い茶緑色のお茶を茶碗に注いでいる。二つ並べられた幾何学模様の素焼き壷に、茶葉や木の実が入っていた。
それをブレンドしては、お湯で流し蒸らすと、その茶緑色のお茶が出てくるのだ。
葉を燻す匂いと、発酵し、ほのかに甘い香りも漂って、緑豊かな森林を散策しているかのようだ。
日射しも心地よく、皆公演をやり終えた安堵感で、広場は活気に満ちていた。
茶人は僕に気付くと
「言霊の千枝だと、天物を象徴する姿は、一つの環ですから。
語り部に出会うのもそういう事です。
さ、どうぞ、器も語りますよ。」
僕はお茶を受け取り、口に寄せた。
すっきりとしたお茶だが、味は無い。
甘苦い後味が、ほのかにするだけで、
味はあまり無かった。
喉越しが良く、ごくごく飲むと、足や背中、身体全体が軽くなった。
器は、すとっと手に馴染む。
あの勇魚窯だ。
暗く、良く見えなかったが、
絵文字が描かれていたのだ。
一つ、二つと、他の器にも、絵文字が組み合わされている。
雲路さんの演奏にも、何か意味があるのだろう。
ただ、茶人が昨晩、勇魚窯で、この茶器を選んでいたのだ。
僕は振り返り、丘を見上げ、
円形広場入り口を眺めた。
▲□▲
「古拙とニュールック。不平等の怒りの鉾先は何処へ向けてか。」
突然後ろから大きな声。
ラッパの様な物で語り始めている。
あの落語をしていた箱に、きつねがスーツ姿で立ち叫んでいた。
「天物を見極めよ。
個我知るは、誰某を知り、古雅を好むと。土を無くし、胡狭になれと誰某を知らず、創造するは、個我を知らずに等しいか!」
ラッパは、花の形をしている。
「ベルレベル。ベルレベル。日常的な流行の位置付けに、不必要だと排除されつつあるものとは?
発明を喜び進歩するは、誰の為なのか?文明の力で排除崩壊、古き皮袋に盛る事は、アンバランスとコンサイス。
必要を確認し、安全信用とコマーシャルリズムの回転木馬は、古拙を否定し、爪を切らせるか!」
桔梗なのだ。
きっと。
メガホン桔梗だ。
きつねは、メガホン桔梗を振り、
その場で腕を振り足を上げ、行進すると止まり、メガホン桔梗を斜め上に仰け反り
「一部分、一部分。」
反対に体を反らせ
「己の満足と世の満足を満たすは、
同メモリの大宇宙。
見切り発車で波に乗れと。上手くいったらお慰み。大海原を櫂で漕ぐが、一艘、ニ艘両雄並び立たず、千辛万苦乗り越え、進み立つ者は勝者だと、
人面獣心現わるか。
発展と変化を全てに求めるは、先人古式の知恵古伝、
ニュールックとは言いがたく
群盲象を評しとるだと、部分部分の利便性、部分部分の見かけと時間、互いを知らずは感性麻痺の過剰無情。」
きつねは、行進を止めると、シェーをした。
そして、
「資源とは!必要性の資源とは?人間の欲望と満足、価値の差別化を知り、創造するは何か!
己の力で立ち、身を鍛え、働くは動くと、己を知れば見える資源そこにあり。」
メガホン桔梗を望遠鏡に持ち、辺りを遠くまで見渡すと、
きつねは、三回礼をして、
箱の奥へ消えて行った。
▽ ▽ ▽
「花豆のおはぎをどうぞ。お茶もまだありますから。」
まるまるとした顔の女の子が、まるまるとした白茶けたおはぎを、
持って来てくれた。
大きな花豆が中央に、米を白餡が包み、ずっしりと重い。
米は醤油味が付いていて、ごまや木の実、豆など歯ごたえのある具が沢山入っていた。
白餡も、味噌と塩と甘味があり、お菓子というよりは、おにぎりと言った方が良い。細長いごぼうの漬け物が塩辛く、とても美味しい。
「白衆太さんの講談は、驚きましたか。こちらのおはぎ、あの方が作られたのですよ。」
「きつねの。」
茶人のお茶を飲み、看板とバスの彼がきつね?
では、丸太の人物は一体誰だ?
夜中に走り、粒を捲いていたのもきつねだ。
「小才楽しく皆を驚かせ、凝り性のある方で洋洋の孤塁を守る勢いで、このような演がある時は、講談されるのです。」
洋洋へ向かうバスの中、同じスーツ姿で走る人物もいたが、あの人もきつね?
まさにきつねに包まれている状態だ。
詠歌相撲のきつねは、少しアクロバテックだったが。
講談も、はっきりとまだ僕には理解出来ない。シェーの意味は何だったのか。
温故知新と創作への意欲。
エネルギーになる資源の力。
僕の欲望は何だろう。いや、人々の欲望か。
アルバイトに明け暮れて、コンビニ飯。
別に、日常の流行などは追っていない。
僕はただ、知りたいんだ。
部分部分と行進して、資源、資源と立ち止まる。
「己身」の己を、全て今の自分に重ねて見る事は出来ない。
洋洋の人々が古き良き時代を守り抜いているのは、きつねが力強く語っていた事だと僕にも感じとられたが、それぞれがきつねならば、
きつねは一体何者なのか。
きつねは、七人いるのだ。
∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
林の枝葉が揺れ、風がすっと通り過ぎた。
日射しは柔らかくなり、広場はくっきりと目に映る。
と、箱の入り口には行司さんが現れ、もう一人、後ろには、あのおじいさん、草野風さんがいる。
その横には背の高い男の人も。
皆、茶人の所に行くと、お茶を飲み話しをしている。
茶人は、前後ろと、半纏を見せ、脱ぐと彼等に渡した。
着物姿で襷がけの茶人は、まだ忙しそうにお茶を振るまい、公演のパンフレットを手に、出演者達はポーズを取ったり、腕を回し表現していた。
拍子木を小さく打ち、広場には再びリズムが鳴り続く。
背高の人はうなずくと、円形建物の丘を走り、辺りを眺めていた。
/
「ほーっほーっ。彼が。そうでしたか。こちらに。」
行司さんと草野風さんが、僕の方に来た。
「洋洋にご無事で。
草蔓も足にお巻になり、そのお姿。軽装で華奢では肝を消されているのではと。
天工にまどわされず、いらっしゃいましたか。
なかなかご慧敏で。
私も、 あの様な素晴らしい巾着を拝見させて頂いたものですから、何か古風新風と感じ足掛かりになるのではと。
年月も経ちますが久遠に輝いている品々や人々や古伝らで、龍巻が起こりうる気配もありますな。」
草野風さんのおじいさんは、にこやかに話した。
「ほーっほーっ。この氈鹿織は、どなたに?」
「バスの運転手さんに渡すようにと言われたのです。」
「ほーっ。今となっては、大変貴重な品。
洋洋にも残っておりません。
天物を授かり縫い箱と染め上がりと、この絹織りと、年月の味わい深さ、神韻縹渺、素晴らしい仕上がり。一心不乱に創作された形が、全て映されてます。お見事ですな。」
「瑞枝子様、こちらに。」
瑞枝子さんは、薄紅色の上着に、薄肌色の巻パンツ姿で、お盆に数枚布地を並べ、こちらに来た。
「最近織り上げた作でございます。」
と、草野風さんに差し出した。
「花染めされて、草木の色も良く、心落ち着きます。」
「露草や、刈安、桑などで染め上げました。」
「ほーっほーっ。紫紺の羽織りもお持ちになられるかと。ささ、こちらの氈鹿織りを、ご覧あれ。」
瑞枝子さんは、そっと手に取ると、ため息をついた。
「月日が経たれても、このお仕立て上がりと、美しいお色。禁色七色お使いになられておりますが、金銀縫箔に氈鹿の毛も使い、この細かな織り。古めかしさが重みを感じ、洋洋天地開闢と、遠い昔にこの地で創られた物でございますね。石に立つ矢で、糸の一本一本に魂込められ、長い時を経て、道具から創られていましたが。当時もこの巾着までで、精一杯だったと聞いております。
確か、玉も付けられていたはずですが。」
「知らずと、玉は、やはり消えていきますな。」
「ほーっほーっ。お仕立てよりも、宝に目がくらむのが浮世の性。
正し完成されたならば、この時代、再び万の民が憧れ、欲するのでは。
玉の魅力だけではございませんぞ。」
「しかし、鉱石は、やはり、私では扱いかねます。」
瑞枝子さんは、巾着を手の平に置き、光の下、織りを観察し、良く見ている。
禁色七色と言っていたが、色は焼け、全体的にくすんだ古布にしか見えない。
草野風さんは、茶人の半纏を広げ、羽織り、布地を巻くと
「氈鹿織りにこだわらず、清遊にここは創られてみては如何かな。」
「ほーっほーっ。半天学問とおっしゃって、はて、なかなか生真面目なお方ですから、又、そう言ったお話でもございませんので。」
「では、私がお頼みしますが宜しいかな。禁色七色に金銀縫箔、玉はこちらにお持ち致しておりますので。」
草野風さんは、丘を見上げると手を振り、背高の人が建物から箱を持ち、下りて来た。
そして、瑞枝子さんに箱の中味を見せると、中には、赤、緑、青と、三色の石の玉があった。
「ほーっほーっ。なんとっこれは誠でしたか。」
「この様な巾着を喜ばれる方がいらっしゃるもので、創って頂けるなら、石はお持ちします。」
背高の人は、ポケットから、布に包まれた物を出すと、手に広げ、金銀と、小さな塊をいくつか出し、箱に置いた。
「ほーっほーっ。こちらの鋼玉も素晴らしいですな。自然の成りゆきとは思えませんが、磨かれたのですね。」
背高の人は
「一つでも構いませんよ。気に入って頂けたらと、お持ちしたまでで。」
「まず私はお頼み致しました。
巾着はやはり、洋洋の古人の品。大八州を伝承しつつ、瑞枝子さんの思うが香妙し、創作して頂きたい。」
草野風さんは、巾着を確認して、背高の人と見ている。
彼女は、箱の鋼玉を眺め
「こちら鋼玉はとても味わいのある姿で、原石の美しさも、もちろんありますが、荒さが落とされ、川を転がる自然の中の自然を創られたと、円円と、この可愛らしいと言っては失礼ですが、、、。可愛らしいですね。」と、笑った。
円円とした鋼玉は、言われてみれば、派手さは無い。
ギラギラと光り輝いている訳でも無く、箱に座っているのだ。
背高さんが瀧の粋人?
宝石商か?いや、こだわって研摩されている姿を見ると、ジュエリー関係のアーティスト?
僕は、指輪など、まだ触れた事も無く、宝石なども勿論、実際に近くで見る事など無かった。
鋼玉の魅力とは、こんなに人の心を動かすものかと。
宝物を見つけたような気持ちになり、僕も嬉しくなった。
巾着を眺め、行司さんの顔を見てうなずくと、瑞枝子さんは、了解し、
巾着を箱に入れ、林へ戻って行った。
//
「良い風が吹くのではないでしょうか。」
「ほーっほーっ。龍巻でございますか、草野風様。素晴らしい鋼玉ですな。
瑞枝子様も、石を使っての作、お知恵も使われる事でしょう。」
「ただ、私は氈鹿織りを再現して頂けたらと願いますが。」
「なんと、天物は、、、、、。」
と行司さんは、そわそわし始めた。
「香妙しく創作して頂ければ満足です。石も笑って頂けましたから。」
背高さんも笑っていた。
「飾り職をして貰うつもりは無いんですよ。互いに技を出し、より良い物に仕上がれば氈鹿織られた古人も洋洋も喜ばれるでしょう。私の他、居流れて、お求めされたいと願う方々いらっしゃるとの事。
ここは瑞枝子様も力まず、清遊にと創られても、と、言う訳です。」
草野風さんは、瑞枝子さんの傑作を知っていたのだろうか。糸を紡ぎ、草花で染め、それを織り、縫う。
といった、染め場での作業は、とてつもなく長い。
完成は、待ち遠しいが、瑞枝子さんは限りある天物の中で、己と戦い創作している様だった。
行司さんも、石は勧めていたが、
氈鹿織りの再現にうろたえていたのは、何故だろう。
洋洋に伝わり、洋洋で創作する事は、特別な何かがある様に感じた。
そこへ、
「おおおおおー、よいせぇっ」
と、唸りを上げ、石像を担いだ剛駿さんがやって来た。
「本日、山師が来られているとの事を聞いたがぁ、誠の話かぁ。」
茶人のお茶を持ち、剛駿さんの所へ。
剛駿さんは飲み干すと、石像を円盤鍋の横に置き、茶人とこちらに歩いて来た。
「何も石像をお持ちになられなくても。」
「話は早い方が良い。」
剛駿さんは、茶人にさっと頭を結われ、先に丸い布で出来た玉の付いた笠を乗せられている。
「洋洋の千枝となり、水豊かな水村で、私も古くから本能、魂と人間の野心、その者の持つ力を表現したいと石を彫っております。山師に一度、ご挨拶をと。」ごぼっ。
剛駿さんは、少しむせている。
「剛駿でございます。彫刻師でして。農夫百態百千石と長く創作、巨漢の身を巧みに使い、洋洋の柱となる男でありまして。鉱石に話しが通づるお方であればと。本日石像もあちらに。」
茶人は茶の場に案内するが
「ほーっほーっ。剛駿様らしからぬお姿で、拗けがましいですぞ。先程、素晴らしい鋼玉をお持ち下さり
瀧の粋人様も洋洋古伝の織り、大変お誉め頂いて、涓滴岩をもうがつと、農夫百態、お見せ致したら宜しいではないですか!」
「まずは、拝見させて頂きますよ。」
草野風さんと、背高さん、僕も、茶の場に足を運んだ。
「洋洋この地も和楽に風枝を鳴らさず。正しくも、天外に飛び去る事もあるのですな。」
そこには、手を差し伸べたくなる様な、お盆を持った子供の像が立っていた。
草野風さんは
「農夫百態も創られておるのならば、一度そちらも拝見しましょう。」
「山師であるなら頼みがあるのだがぁ。岩石彫り、岩頭に立つも見えるのは、山々の木々。手に掴むは、自然の恵と泉でございまして、洋洋の沸き水も貴重な品。
千年に一度、闇の空から光る天空石が流れ落ちたという伝説をご存じだろうか。ワシは洋洋の泉しか差し出せんが、天空石をお持ちならば譲って頂きたいと願っておるんだがぁ。
なんとか、ご用意して頂けませんかのぉ。」
「天空石など幻の話。それを手にし彫ったとて、どうなさるおつもりですか。」
茶人は何を言い出すのかと、少し怒っている。
「ほーっほーっ。薬玉の香り包まれ、剛駿さまも、酔いどられたか、天まで昇る雲雀、はたまたヘリコン山に登られるおつもりか!石の上にも三年と鉱床に座り鍛練され、まだ九牛の一毛だと、ご自身でも思考を凝らしておる所では無いですか。」
「凝っては思案に余るとも申しますから。」
草野風さんは、子供の像を一周り。
天空石とは、どんな石なのだろうか。
剛駿さんの笠に乗る薬玉と言われる丸い玉は、細やかな糸で鳥の絵柄があり、花草の香り強く、鼻にツンとくる。
少し、お酒っぽい匂いも。
茶人は
「大地の恵も受けず、天空石とは、物珍しく幻を手にし、何を現すおつもりか。」
「天物に変わりはないがぁ、この地、洋洋の開闢に、よばい星が振り落ちたなら、文句もあるまい。」
「ほーっほーっ。己と石と向かい合い、これまでの作にひょがいな事をなさっても、やり玉にあげられるだけですぞ。洋洋に天空石など、盲目の浮木。大欲は無欲に似たりと、ならば、ご自身で創られれば良いではないですか。」
「蚊食い虫がぁ、探し出すかぁ。クククク、何を大袈裟な、行司どのも、茶人も、騒がしいのぉ。ワシが石板に戯れ絵を描いたなら、鬼神になり変わり、天誅じゃと岩を打ち砕きかねんのぉ。」
剛駿さんは、行司さんの羽衣を一枚取ると、自分の首に巻いた。
「千に一度の、天空石ですか、、、、。」
背高さんは、遠くの山を見つめていた。
▲▲▲▲△△△△
「風神、雷神、天恵と思えば、天変地異となり変わり、民衆が求めるは、煮炊きの囲炉裏の山城と、移り変わる季節服。三度の食事と身体鍛え、暇潰しの争いは、墓穴を掘り出す自暴自棄。ゆとりの心のフィールドに、一体、何を求めるのか!」
小さな太鼓を片手に持ち、きつねが再び箱から現れ、とんつくとんつく太鼓を叩くと、円形広場をぐるっと一周走り、箱へ。太鼓を持っているので、メガホン桔梗が、ヒモできちんと外れない様、口に取り付けてある。
「その余力のエネルギー。天恵の無駄を無くすは知恵パズル。学ばざるは無力だと、知らぬが仏と創造するが、一ピースの情報駒では、必要宝の持ちぐされ。
美景を眺め、美しく映し、美の術は、己独自の値打ち財貨とアイディアリズム。
必要性と神秘性へ、希望の綱を辿って掴め。」
きつねは叫びながら言葉の合間に太鼓を打ち鳴らし、またシェーをした。
「時代スタイル、メーキャップ。」
「彼我の美育に名品名物、モダニズムの否定するは、逆境の嘆きか!」
「天壌無窮と安穏に敵無し、飢え知らず。ならば、天空開闢と地を離れ、理と知肥やすも嘆きになるか!」
「その再生の支えとは?!故故し洋洋暁光を焼き付けたなら、美の象徴を現し、進め。皆よろこんぶ。」
きつねは、太鼓を腕に回すとやはり三回礼をして、箱の奥に入っていった。
▲□▲
「ごほっ、ごほっ。失礼。シェーですね。ここは皆さんこういった感じで。
君もほら。」
背高さんが、シェーをした。 訳が解らず、僕もシェー。
鳥が数羽、風に流れて、山高く飛んで行った。
〓
チリチリリン。チリチリリン。
林の奥から着物姿で化粧をした男性達が、自転車を漕いで来た。
しかも三台並んで。
十二単とまではいかないが、かなり重ねて着込み、蓋の付いた籠を斜め掛けにして、後ろには、リンゴボーイも乗っている。
「はーやーしーのなーかーのー。トラーイ。トラーイアングル♪」
リンゴをくるくる回し、
二台目の後ろの人は指揮をしながら、
三台目の後ろの人は
「林の中から、お待たせ致しました。ぱりぱりさくさく、もう止まらない。洋洋焼き立ておせんべい、ああら、あらあら幻か、まほろばかぁープンプンプン怒っておりませぇんったらメーリケーン粉。羽のはばたき手を叩き、お・せ・ん・べ焼けたかな、洋洋の泉、星のかーずーほーどー、リーンリン、リーンリン、お時間参りましたぁわんさか時計からくり煎、本日のーいち押し、リンゴなり、ダブルさくさくぅダブルハッピー。ダイヤモンドがココロにー、愉しみの時は、もっと!もっとあーるーかーらー。コンポーに花を添えて見るも美しーくあり、つばめ住むもさくさくありーの岩つばめ、高速ジェット、やんちゃさまぁお待ち下さい。お・せ・ん・べ・焼き上がりお持ち致しました、お召し上がり下さいませ。」
と、リンゴボーイと輪唱し、自転車を箱の前に止めると、又、数人着物の人々が現れる。
そして、サドル後方から板が広がり、箱に幕が垂れた。
自転車の後方には、扉の付いた木枠が取り付けられる。
下げていた、籠の蓋を開けると、又、蓋の付いた木箱が数個入っていた。
小さいトングと小さいヘラ。
パカパカと忙しく蓋を開けると、さまざまなクリームがこんもりと。
甘い香りが漂う。ぎっしり並んだおせんべいをトングで挟むと、紙に置き、クリームを一塗して、もう一枚重ねる。
人が大勢集まって来た。
昨夜、食べた物よりも一周りおせんべいは大きい。後方に起こした扉の木枠は、花蔓などが彫られ年代物の人形がニ体、木枠に下げられた。着物を着たからくり人形は、小さな男の子と女の子で、その人形も、又、人形を抱いている。
その小さな人形は、壷を抱えていて、その壷が開くと、音が流れてきた。音に合わせ、人形の口も動き、話し始める。
「いらっしゃいませ。からくり煎でございます。何枚食べてもさんびゃくえん。売り切れましたらご愛嬌ー。」
と、言って、彼らは、木の丸いプレートをトランプの様に手に広げ、
「バタークリーム!バーニラクリーム!ナッツクリーム!」
「本日のお勧めは、りんご乗せりんごクリームご賞味あれ。」
ささっと木のプレートを開いては閉じ、集まって来た人々で、次ぎから次ぎへと売れて行った。
「始まる前に、ささ、私達も。」
茶人に付いて、僕らも購入。木のプレートを見せ、僕はお勧めリンゴクリーム。皆もリンゴを食べていた。
さくっと一口。上手い。このさくさく感は凄い。りんごもさくさく。
本当にダブルさくさくだ。
「あっははは、美味しいですね、これ。」
背高さんは、さくさく平らげると、次のクリームを注文。籠の真横に立ち、次ぎから次ぎへと食べている。
僕も次ぎにと、動こうとすると、木枠の扉がすーっと開き、時計が出てきた。
「カーチーコーチー、カーチーコーチー。」
時計の針が一秒づつ動き、文字盤の上にある四角い穴から丸い玉が見える。
文字盤が動くと、回転して微生物になり、魚、動物、猿人類と、進化が現され、人間に。
「おぎゃぁと泣けば、よしよしと。えんえん泣けば、はいはいと。わーわー泣けばうんうんと。よよよと泣けばそうそうと。おいおい泣けばまったくだよと、
にーんげーん、ココロ量りがございますが。カーチーコーチィ。」
時計の針が早く回り、カチッと止まりガチャッと文字盤が手前に開くと、そこから、まゆげの垂れ下がった少年が時計丸枠から顔を出した。
「おれのー昨日は何処へ行ったかぁ、昨日が無くなっちまったなぁあー。」
時計枠から上半身から上がにゅっと出て、実際の顔から一回り小さく顔が描かれていた。
「そいじゃぁ、明日を探しておくとするかぁい。」
と言って下に引っ込むと、髪をおだんごにした婦人が出て来て、
「遣いにたのーみしたいのですが、何処へほっついて、でっち小僧が、またまたぁおりませんたら、きっと無駄足、あげ足、危なぁぁい勇み足。羅針ばーん懐に、夕方日暮れのお米は担いで帰ってくーるーとぉ、
風呂の桶でも洗って待つかぁい。」
団子の婦人は、右へ左へ頭を持ち上げ手をかざし、くるっと回ると下へ降りて行った。
と、横から顔が出て
「小僧、こぞー、この米俵を一俵隣へ運んでくれたら、今日の帰りに十合やろうぞぉ。」
「へいへいへいへい、ありがとやーんす。」
「明朝、二俵で米五合。」
「俺の明日が見つかったぁぁい。」
懐の羅針盤を持ち、ニカッと笑うと文字盤が閉まり
「カチーコーチ、おかずはいらんかなぁ。」
文字盤が開くと、
「おれの昨日は無くなったぁぁぁ。」
「ちょーいと、朝日が見えてぇきました。魚をついでに釣ってぇおいでぇ頼みましたよ。」
とととととっと。
「魚を腰にぶら下げてぇ、米二俵じゃぁしゃれが気かねぇ、乙にしておくれよぉ。」
「おーおー、そいじゃぁ、夕暮れ二俵の朝一俵、米五合の朝十合。帰りに味噌を持っていきなぁ。」
「へへへのへって、こりゃぁ有り難やぁ。」
「あらあら、小僧さぁぁん、その魚と交換しとくれ、味噌をやるからいいだろう。」
また横から別の婦人が。
「へいへいへいへい。味噌頂きましたからには、どうぞ。どうぞぉ、お召し上がりを。」
とととのとっと。
「おれの魚がなくなったぁぁい、釣って帰りぁなぁ元の木阿弥、おいおいおーい。」
「カーチーコーチー。」
文字盤が閉まり、すぐ開くと
「小僧さん、起きて下さい夕暮れ時よぁおお。」「おれの昨日が。」
「一体何匹釣れたーんだぁ、からっけつじぁ一匹やらぁ。代りに船を押してくれるかぁ。」
「船を押してぇ一匹かい?もっと押すからニ匹くれーい。」
「船を押すのは一回だ、小僧はとっとと家帰れ。」
「へへへのへ、まだ家には帰らねぇ、おれには俵の仕事があるーさぁ。」
「どーもおはようございます。俵は一俵お運びしました。十合頂き、魚もありぁあ、まったく申し分ありませぇん。」
「挨拶が違うじゃないかぁい?明日も一俵頼んだよ。」
「おれの明日、米一俵?、こんなに上手い話は無いやい。」
「こりゃあ随分、りっぱな魚だ、米は合わせて十五合。味噌も頂いてくるなんて、なかなかお前もやるじゃぁないか。」
「そいじゃ味噌屋を始めるかいな。おれの魚が無くなったぁーい。」
「時は金なりぃ人情けぇ。」
カチーコチーカチーコチー。
「知恵の輪はずすも時次第かぁ知恵しだぁい。朝三暮四に満足せーずー にーぃ、何をお喜びしておりますやらぁ。
寝る子は育つぅが、空気飯ぃ、腹が減ったと時数調整ぃ、足してぇ足しておくんなさぁい。おほほ、ワシは漁師じゃ文句があるかぁ。ノンノンッ親方ぁらーしんばぁん長けりゃ、風見鳥ぃ、茹で玉子の目玉焼きぃー、満腹かぁい?まだのまだなら、大航海ぃ、お待ちしています。わんさか時計のからくり煎〜、お・せ・ん・べ・焼き上がりましたぁ。」
時計塔にいたと思われる着物姿の人達が、幕が上がると大勢現れ、またそれぞれの籠を下げ、からくり煎が販売された。
「からくりぃー、おう、からくりぃー。茶番狂言も暇なしじゃのぉ。ワシも、貰っとくぞぉ。」
剛駿さんは籠を抱え、ばりばり食べると
「水潤い溢れる洋洋水時計も、四方の海になったかのぉ。」
「ああらあらあらこんにちは。海の物とも山の物ともつかぬのでは、困りますからねぇ。」
「ぐぁはははあ、水畑の実りあってこそかぁ。」
「剛駿さまぁ、岩壁で戦われて鉱泉飲むとぉは、お体に毒にぃ、知ってか知らずぅかぁ私どもも心配しております。」
「天恵じゃがぁ。」
「ほーっほーっ。水時計を創られ、時をお忘れになりましたか。」
「聞こえておる。蚊食い鳥もおるしのぉ。」
「まぁまぁ、ご自分にも水路を創らぁれては。私どもは石こぎ、すり鉢、お頼み申します。
わんさか塔に山の幸ありぃ、穴ぐら住まいもぉ好きずき、寝鳥かぁ道楽かぁ。」
「ほーっほーっ。天空石とは申さずに、剛駿鉢とは、これまたお高くつきますぞ。」
「なんとぉ天空石ぃ。天眼通でもお持ちですかぁとぉ、羽がはえればぁ巨像も泣くかな、きたかきたきたお時間参りましたぁ、私どもはこれにて失礼。」
「かっぱぁのいーしうすぅ、みーず時計ぃ、農夫ひぁくたい心にあれば、ぱりぱりからくり剛駿鉢もお持ち下さぁい、はいはいはいのわんさか時計、からくり煎、いつでもお持ち致しますぅ、穴ぐらまでも参ります。天空石っご注文はぁいりましたぁ。」
からくり煎の人々は、手を振り礼をすると、幕を引き、箱へ入って行った。
「ほーっほーっ。と、では私どもも、参りましょう。」
まさかと思ったが、残された三台の自転車に、剛駿さん、背高さん、僕、後ろには、行司さん、草野風さん、なぜかリンゴボーイが乗り、円形広場の水車へ進むと、その先の水路を走って行った。
水が勢い良く流れ、パタパタと水車は回る。
建物の扉は全て閉まり、何処にも入り口が見当たらなかった。
皆は何処から、、、、
いや、僕も何処から入ってきたのだ?
水路林を走り抜けて行くのが、鉄橋からトンネルへ入って行った、あの時の感じに似ていた。
パーンッと鳴った音が水車の回転音と重なり、美しく並んだ過ぎ行く林が、トンネル内のライトと同じ間隔なのだ。
空高く伸びる林の中に包まれながら、僕は自転車を漕いだ。
﹅﹅﹅﹅
水時計に着くと、自転車を降り、田畑に続く水路林へ。
皆、剛駿さんの後に続き歩いて行った。
リンゴボーイは相変わらずリンゴを回転させ、一口かじっては回し、水路林で飛び跳ね、足や手を上手に使ってはジャグリングしている。
「洋洋の泉、星の数程と、水豊かなこの地に、なんともこれは、茶人が百千石とおっしゃったのは誠ですなぁ。ほぉう。」
草野風さんは、まず石像の数に驚いていた。
「勇ましい姿ですね、雄雄しくもあり、人間的だ。
大らかで、迫力もある。
あまり普段目にしないポーズもまた面白いですね。農夫であり、自身であり、心ですか?
農業という一つの職に対する深い熱というか、剛駿さんの念も感じますね。」
背高さんは、さくさくっと歩き、さまざまな石像を見て歩く。
水路林にずらっと置かれた農夫百態は、剛駿さんの生き甲斐なのかもしれない。
僕はもちろん担ぐ事も、彫る事もで きないし、ただ圧倒されていた。
「いいですね。この作品が僕は好きだなぁ、なんとなく嬉しくなりますね。」
と、手を繋ぎ空を見上げる二体の像の前で止まった。
「行雲流水と自然の中で生活している者でなければ、表現出来ない表情ですな。」
背高さんも、草野風さんも好意的に石像を見て歩く。
厳つ《イカ》い風貌で、巨漢の剛駿さんだが農夫百態と言われるこの作品や、洋洋村での人々に頼られ、守られているのを見ると、とても真面目で優しい人なのだろう。
一体、一体彫っては担ぎ、豪快な剛駿さんが作品に表現され、その思いがダイレクトに伝わってくるのだ。
僕もなんとかして、成功してほしいと、心が熱くなった。
剛駿さんは、かなり道の奥まで歩き、進んで行くと振り返り両手を挙げ、大きな声で話し始めた。
「さまざまな人間、風の姿はぁ、時に己の鏡になるがぁ、この千枝に何を受けたか。血となり肉となり身の知となり、骨となり、創造させ創造するとぉ、農夫の苦節、誇り、洋洋が一つ洋洋であるからこそ、創造の大地としてだぁ、育て成り行く天真爛漫。
ワシのこの造形美現、農夫百態であります。」
草野風さんはうなずき感心して
「壮健である事も感謝されているのですね。」
と、木枝に包まれるようにして、屈み込む農夫の姿を見ていた。
「しかし、農夫百態、この奥深い水路に、何故置かれているのでしょうか?」
背高さんが、不思議そうにつぶやいた。
「水田があるんです。洋洋の水畑で、そこの続く水路だと聞きました。
凄い迫力ですよね。なんだか、勿体無いと言うか、、、、。水時計にも彫刻があるんですよ。僕は、ちょうど水が引いた時に見る事が出来たんですけど、石像も担げ!
なんて、ははは。
この作品も豪快で、本当に素晴らしいですよね。」
と、感動を伝えたその作は、仁王立ちで棒を持ち、こちらを強く睨みつけ、何かと戦う農夫の姿だった。
良く見ていなかった訳では無いが、逆にこちらを見透かされているようなこの像の真正面で、僕は思わず後ずさりをした。
「直球投げるのも受けるのも、構えが必要ですよね。水畑に続く水路では、なおさら深みが増しましたよ。」
背高さんは、水路の先を見ていた。
○○○
◯◯
◯
◯
◯
リンゴボーイが、リンゴを一つ。
さっと返すと二つ、三つ。
僕らにもそれを手渡すと
????
♪よーこーそ、いらっしゃいました。果て無き土地をさーまよーいさがーし手にするはぁー
桃かはたまたりんごーかぁ。洋洋水郷ぉ〜仙郷へー、ターイームートォラァべェルゥ♪
それでは私がご案内させて頂きまぁす。♪
リンゴボーイは剛駿さんにお辞儀をして、後ろ歩きでステップを踏みながら、水路林を進んで行く。
林の道は少し幅が狭くなり、木枝が頭に掛かってくるほどだ。
林の中には小鳥が沢山いて、全く逃げる様子は無い。
すーっと今度は道幅が広くなり、林の左右には所々に赤い実のなっている木が何本も立っていた。
????
「元気を食べて、元気をくれる、いちにっさん、いちにっさん、
♪はーやーしーのなーかーのートラーイアングル。
りんご食べれば雀も踊ーる
欣喜じゃぁ くぅ やぁ くう、身体も軽く、シュッシュと出して、ポッポと走れば、でごいち良い地と、牛も踏ん張る。
美味しいでーすか?美味しいでーす♪
りんごの事なら、ワタクシ紅悠倫太郎になんなりと、お申し付け下さい。」
????
絵に描いたようなりんご畑が現れて、勇ましい農夫百態から一転、童話の世界に迷い込んだみたいだ。
小さな色とりどりの花絨毯に小鳥も飛び交い、林の奥には蔦に紫色や黄色に光る実も成っていた。
太陽が水路を輝かせ、果物の良い香りで、リラックスしてきた。
小さな野リスが花絨毯からこちらを見ている。
警戒心も無く、さらにもう一匹。
揃うと、りんごの木枝に登っては交互に枝に飛び移り、僕達を確認している。
そして、足元をちょろちょろ走り回り、通行を妨げてきた。
「許可ヲ頂きませんとね。」
リンゴボーイは、ジャグリング。
野リスが僕の肩によじ登り、結んであった袋をかじる。
するっとほどけた鞄から、思わずそば団子を取り出して、野リスに差し出してみた。
野リスはそば団子を両手で抱え、鼻をクンクンいわせると、口にくわえ、花絨毯まで走って行った。
もう一匹はまだ足元から離れない。
剛駿さんの頭に登り、薬玉の匂いを嗅ぐと、ぎょっと反り、下に落ちてしまった。驚いたのか、気絶しているようだ。
「わははは。茶人も余計な事をしおってぇ。」
剛駿さんは、リンゴボーイからジャグリングしていた丸い玉を取ると、野リスのしっぽを掴み持ち上げて、
玉を野リスの鼻に押し付けた。
野リスは、ぱっと目を覚まし、
逆さのまま両手で掴むと、
花絨毯へ走って行った。
リンゴボーイは、残りの玉を野リスに投げると、
「ハイ。オーケー頂きました↓可愛くて、とても懐いておりますが、まれに耳をカジッてくる時も、ア リ マ スので、風靡に楽しんで下さいね。」
野リスに投げた丸い玉には、木の実などがぎっしり固められ、ナッツボールといったところか。
リスがそば団子を食べるなんて、聞いた事がないが、花絨毯の草影から、数匹野リスが集まると、木枝にわらわら飛び登り、僕らの事を眺めながら、団子やナッツボールをかじっていた。
ここで生産されているりんごは、
木に実っている状態からピカピカに磨かれており、りんごのガラス玉だ。
「あれ?」
・・’’・.・・本当に',ガラス玉だ。
「ほーっほーっ。影武者に出会いましたな。どうぞ、お取り下さい。」
ポキッと枝から折り、掴むと、
ずっしりと重く、
さらに甘い香りがした・・,,・・
「りんご飴でございますか。これは楽し。」
草野風さんは、懐かしそうに楽しんでいるが、なんだか子供扱いされている気がして、僕は少し負に落ちなかった。
しかし、甘い飴が身体の疲れを癒し、本日、三つ目のリンゴは、しゃりしゃり瑞々しくエネルギーが補給されていく。
????
「♪リーンーゴー三昧ぃリンゴパーイ♪ リンゴ何かとぉたぁぁぁずぅねぇぇたらぁ、
洋洋リンゴに聞いてみな。
いやはや・,“”・・」
と、紅悠輪太郎さんは、リンゴに型抜きされた、リンゴカードを皆に配った。それには、
==========================
♪♪♪♪++++++++ 紅悠倫太郎
ドコにでも参ります ♪♪♪♪+++++
==========================
リンゴ元気の歌い文句に、洋洋林檎と林檎の絵が描かれていた。
「紅悠味も出てきたのぉ、ぐぁははは。」
「慮外千万おユルシヲ」
「ほーっほーっ。良いではないですか。皆、楽しんでおりますぞ。
りんご紅悠、絵描きの輪太郎、新作ございましたら拝見させて頂きましょう。」
彼について歩くと、林の中にはツリーハウスが建っていた。
大きな木と木を上手く使い小さな小屋がある。
下にも、もう一軒。
梯子や、ロープでツリーハウスと繋がり、とても大きなドアがあった。
板が何層にも打ち付けてあり、継ぎ足してあるのか、そういうデザインなのか、家が膨らみ丸みを帯びている。
壁からも所々に草花が咲いていて、鳥の巣も作られ、窓が上下と無造作に何ヶ所もあった。・,,・’’・
「ここのぉ、アトリエの外壁も食い物みたいになってきたなぁ。」
「ほーっほーっ。りんごも実りそうですな。」
「リンゴもモチロンございますが、どウぞ、中におハイリクダサイ。」
紅悠輪太郎さんは、大きなドアの鍵穴に、大きな鍵を入れ、ドアを開けた。
家の中は、外壁の賑やかさとはうって変わり、いくつかのカンバスと筆、画材しか無い。
部屋の奥に布の掛かった大きなカンバスが一点。これが作品なのだろうと期待した。
〓〓〓
〓 〓
〓〓〓
ささっと、布を取ると、
動物が楽器を演奏している絵が描かれていた○
色鮮やかでインパクトがあり、賑やかな抽象画だ○
「楽しい絵ですね。こちらにある他の絵も見ていいですか?」
背高さんは、立て掛けてある絵を数枚見に行った。
「食事が楽しくなる絵ですね。こちらも。」
と、不思議な形の食器にフルーツや野菜が描かれていた。
他にも、あの野リスが正装して食事をし、歌っている絵や、花絨毯のような人物像の絵など、どれも面白い。
「愉快な絵ですな。」
草野風さんが言うと
「からくり煎のカタガタほど、ユーモリストでもナ・イ・で・す・け・ど。」
紅悠輪太郎さんは、筆を回し、カタカタと、からくり煎のまねをして、笑った。
アトリエの窓を数カ所開け、明るい日射しと草花の良い香りが入ってくる。置いてある絵画も並べ、壁に掛けると、ちょっとしたギャラリーだ。
窓枠に細かな粒を捲くと小鳥が沢山飛んで来た。一列に横になり、啄んでいる。
「こちらの絵画のテーマは?なんというか、天物を身近に持つ者の強さを感じますな。」
「ソウデスネ。洋洋での暮らしの中デモ、この林で他の生き物達と触れ合うコトデ厳しさも日々感じますが、タダそれだけでは無いんデス○
僕なりの楽しさというか、
こうなんデスヨネ○
補 足 しーまーすぅとぉ。」
紅悠輪太郎さんは、シェーをした。
「あの、そのシェーって一体 何の意味があるんですか?」
「ン?は。は。は。これ、洋洋では、ナチュラルポォーズ。楽譜のキゴウにアル㌃でショウ」
「ああ。シェーじゃ無かったんですねぇ。」
「ああぁ。」
背高さんと僕は、また二人でシェーをすると、笑った。
「ナチュラルかぁ。」
僕は少し納得したのだが、自然にと考えさせられると、岩にぶつかっている剛駿さんや、草木を扱う瑞枝子さんの精神力、趣きのある姿をストレートに受け、何だかとてつも無く、大きくて大変で、とても僕には、まねの出来ない事なのではないかと、ここに来て改めて強く感じた。
◯ ⚪︎。
◯⚪︎。
◇㌧㌧ヤギ部屋がアトリエに運び込まれリンゴボーイと畑でジャグリング。
僕も日の当たる大木にツリーハウスを建てた。
野リスも懐き、焼き立てのおせんべいをほおばる。
水路林に寝転んで、本を読み、リンゴ畑のお手伝い。
暫くすると、花絨毯にはテーブルが運び込まれ・・,
そうだ! 皆で楽しく食事なんてどうだろうか。
本も貸してあげれるし、剛駿さんだって穴ぐら暮らしなら、僕なりのサポートとして喜んでくれるのでは無いだろうか。
うん。これは、以外に出来るのでは?
岩は担げないが、収穫したリンゴ や、瑞枝子さんの衣装、刷り場のパンフレットなど、引っ越し屋のアルバイト経験もあるし、この洋洋の自然の中でなびき、従い、案外楽しく暮らせるのではないかと。草花の香り包まれ↓↓顔もほころんだ。
⚪︎◯
チ、チ、チ。コーシコーシ、カーラカーラ、チチチチ。
小鳥も囀り、なかなか良い環境かもしれない。小鳥達も歓迎ムードか、僕の頭や腕に乗り、チチチチ鳴くと餌や種を運んでくる。
花絨毯でナチュラルに立ち、空を見上げていると、花や草蔓も成長し、膝の高さまで伸びてきた。
僕を支えにぐんぐん伸びると、体や頭の先まで巻き付いて、
僕の体も太り、大きく膨らむと、
↓↓僕は一本の木になっていた。
⁑
腕の先からりんごが実り、それをリンゴボーイが収穫する。
リンゴが一つ実ると、体が木になり枝になり、
顔からも芽が生えてくる。
僕は必至に体を揺らすが、まったく身動きが 取れない。
喉が渇き、激しくもがく。
鳥達は、僕に気が付かず、枝になった腕に止まっては鳴く。
チチチコーシコーシ><>< ... .... .... ...
喉が渇いているんだよ。
早く水を○○○○○○水を。
体中の水分が少なくなり、気を失いそうになった,・,・
’','・.. .. ’’、... ,。’ , , ,
しかし、僕は水時計の底にあった女神が子供を抱き抱える姿の彫刻、
親馬と子馬、
親鳥と雛鳥が寄り添い、
全てから守り抜いている姿を思い出し、
ゆっくりと、目を大きく開いた。
..... ..........
カーラカーラチチチ、コーシコーシ。
「ハイ。ドウゾ。お水デスヨ。」
「はっ」
と気付くと、僕はナチュラルポーズのまま、
数羽の小鳥に止まられアトリエに立っていた。
「コんナ感じでどうでショウか?」
正面にはリンゴボーイが筆を持ち、カンバスに絵を描いていた。
カンバスには、大きなりんごを頭の上で片手を持ち上げ、小さなリンゴを抱え込み、
人の走る姿が描かれている。
「バランスいいですよね。軸がしっかりしてますよ。」
「ほーっほーっ。瑞枝子さまの支えもあってか、草蔓も功を奏して、上手く作品も仕上がりましたな。」
「僕?ですか?この絵の人物。」
一体どれ位、僕はナチュラルポーズのまま、アトリエに立っていたのだろうか、、、、。
固まっていた体勢を戻し手足を下ろすと、鳥達が僕の周りを忙しく飛び、耳元で鳴き始めた。
何を慌てているのだ。何か、僕に伝えようとしている。足がしびれていたのか、思わず前のめりになり踏ん張る。絵を見上げ、僕は、ふと、バスから見えたあのゼッケンの文字を思い出した。
「天籟歌鳥聴」
そして、丸太の様な物を肩で運んでいた人物。目が合った彼は「僕だ」
「ドウシマシタ・カ?やはり長くポーズを撮って頂いてイタノデ、
疲れマシ タネ。」
「いや、あの、大丈夫です。」
「行司さんと走られてる姿は、なかなか林を守り、毒気を払う鐘馗神か、はたまた、伝来届ける精霊か。
「月夜ノ下、雲の流レと共に美シク、林に溶け込ンデいましたノデこの様な↓姿に描カセテ頂きマシタガ。」
リンゴボーイと紅悠輪太郎。彼は僕を何だと思っているのか。
絵の感想を言おうとしたが、言葉に詰まり声が出ない。
ドアが開き、剛駿さん、草野風さん、背高さんが、入って来た。
「拝見させて頂きましたよ、ツリーハウス。折り畳み式の家具、テーブル一つでイスにもなり、寝転がる事も出来るなんて、アイディアものですよ。」
「大したものですな。木目も美しく、窓枠や、柱に収納と、細工も素晴らしい。」
「おう、あー、ツリーハウスはぁ、紅悠輪太郎氏の創られたものでは、ございませんがぁ、今は、わんさか時計塔の修復をしております。」
「ほーっほーっ。お時間ございましたら、ご紹介を。」
「ワタクシ●リンゴ狂かとモ思われ
ガチデスガこれでも絵描きデスノデ
宜しくお願いシマス。」
「称号に、りんが付いては、同じじゃがぁ。ぐぁははは。」
「ほーっ。才芸多くも、ムダもその者なのですから、紅悠輪太郎の今をご覧頂くのは、剛駿どのも同じ事ですぞ。」
背高さんは、エサを掴むと、窓にいた小鳥を手に乗せ
「自分の巣があっても、こうやって飛んで来る。欲張っている訳では、無いんですよね。
洋洋で過ごし、自然と友に走って行くと。彼のこの絵からも、そこの所は伝わって来ますよ。」
「これもまた、りんごも彼も誇張されておりますが、愉快ですなぁ。」
ナチュラルポーズから林の中をリンゴ抱えて走る僕。背高さんが客観的に捉えているので、考えているうちに、僕も僕に見え無くなってきた。
リンゴを育てながら絵を描いているというのも、大変な苦労だ。
このアトリエや花絨毯が異空間を創り出し、彼なりの世界観で、それを打ち消し描いているのだ。
僕がポーズを撮り、彼は僕では無い僕を描く。
↓↓↓↓では、僕は?
大きなリンゴが何処となく光って見え、僕はカンバスに近付き両手で掴んだ。
「ぐぁははは、絵に描いた餅じゃぁ食えんのぉ。」
「ほーっほーっ。りんご満載ですぞ。土地も肥えれば可能かな。ほーっ 。
剛駿どのも口が過ぎますぞ。
ならば競作されますか?
この時も授かり物ぞと思えばですぞ。」
行司さんは、はりきった様子でアトリエで創作意欲を掻き立てるが、競作という事は、まさか、、、、
モデルが僕?
それは困った。僕は今、この絵から解いている所なのに。
僕はそんな、、、、。
「行司どのぉ、山師も来られておる所に何を言うがぁ、ワシの農夫百態で洋洋を感じて貰い、有り難く思っておる。」
「ならば、天空石などとは、おっしゃらずに。
私は、今、そのものの作、極めて続けられ、集大成として一つ、洋洋の地に残しておきたいのです。」
「行司どのの方が、遥かに大きくお考えされているのですな。
一つご提案なのですが、先程の農夫百態の作から、私はとても気に入った石像がございましてな、
ご無理でなければ一度、お持ち頂きたい。
実は、集まりがございまして、お話をすれば解る者もおられると聞いておりますが。」
「なんとっ。誠でございますかっ、剛駿、良いお話ではないですか。」
行司さんは、巨漢の剛駿さんの手を握り、目を輝かせている。
「その集まりと言うのは、私の娘が踊りをやっておりましてな。
その定期公演で飾らせて頂きたいとお願い致したいのですが。
水路林で拝見しまして、二体手を繋ぎ、空を見つめる石像が、今回の公演の一つ、現れ、と合いましてな。
剛駿さん、洋洋の地の思い詰まる作、一つ、お力添えをして頂けませんか。」
刷り場でのポスター、
草野風さんの娘さん、
桔梗坂町での定期公演、
踊る彼女のシルエット、
やはりあのポスターは、彼女だったのだ。
僕は、最初のパズルの一ピースが、少しづつ集まって来たのを感じ、
心踊らせた。
「あーごぉ提案、感謝ぁ致します。ワシの石像が踊りの表現の支えになるとは、嬉しくもありますがぁ、現れと合うと言うがぁ、農夫舞踏、洋洋新劇と、この地にも古くから己の千枝を体で表現しております。
茶人の会もそうじゃがぁ。もう一つ、このワシに山師のお考えを話てぇ頂きたい。」
「はい。私、草野風と申しますが、本日の茶人の会、楽しませて頂きました。
洋洋の風月にこだわられ、洋洋醇風美俗も太陽の下、光り輝き、洋洋大河にそびえ立つ、人間万朶を表現なすったと。
大変素晴らしい。
私としては、レーゾン・デートルと、存在でございます。存在理由の現れと申しますか、今回、剛駿どのの溢れる生命力を強く感じましてな。農夫の姿である一つの価値と、それを創られた彫刻家としての剛駿どの、大変深く感銘を受けました。その、レーゾン・デートルを現したいのです。
解って頂けましたか?
存在の現れとして、私、娘と全てにおいて舞い、踊り、表現し、公演を続けておるのです。」
「あなた様は、もしや、、、、、。」
行司さんは、草野風さんの話を聞くと、
さっきまで浮かれた様子だったのに、何か考え込んでいる。
「ぐおっ、しかし、ワシの石像一体では、、、、。」
「農夫百態、洋洋創造の大地として。剛駿どのの造形美現として、私も十分理解しました。私の現れには石像一体からの力、寛厳、芸術感覚、自然の中での人間のレーゾン・デートルその身美を現したいのです。」
「どうあるべきなのか、、、。どうありたいのか。私もぜひ見てみたいですね、剛駿さんの石像と舞踏を。」
背高さんも穴ぐら暮らしで彫刻を創作している剛駿さんの気持ちを何ら感じているようだ。
「ぐぉほぉ、お話しぃ、わかり申した。洋洋奥の水路、ワシの農夫百態もぉ、一つ己の価値としてこの良き好機、
草野風様の現れに、ご賛同させてぇ頂きます。」
「承諾していただけましたか。有り難うございます。心奮い立ちますな。」
「ウェット&ドラーイ、という訳では無いですが、石像も彩られ、剛駿さんのエ ス プ リ新天地へ。
ワタクシも半農絵描きナガラ大変嬉しく思 イマス。」
紅悠輪太郎さんは、窓の外にエサを振り投げ、小鳥達を羽ばたかせた。
背高さんは、上着を脱ぐと、付けていた腕輪をはずし、差し込んでくる日に照らし、話す。
「天空石が天からの授かり物として、人を魅了するのも、出会いなんじゃないですかね。
このルビーも闇で育ち、岩そのままの美しさもあります。磨き上げ創作する事は、私も同じです。
華麗な装飾美と、森厳美の寂と、洋洋の自然。
リアリズムである所に、
イメージを創り創作表現として残す。
それは大地が変わっても、言霊ともとれると思うのです。
洋洋を感じたからこそ、今回、草野風さんのご提案は、本当に素晴らしい。
この石の輝きに、何を思うか。
疑問がひずみ、攻撃や争いが起るのは悲しい事です。憧れを抱き、その情意の術を現しする事は、他の目からの憧れに変わる事もあります。
私は、とても楽しませて頂きましたので
紅悠輪太郎さんのアトリエに、この腕輪を置いて行きます。
それと、 りんごも使い、絵を描いて下さいませんか?
紅悠輪太郎さんが描く世界観に出会えた事も、一つ、天の巡り合わせかもしれませんしね。」
背高さんは、彼に腕輪にある、ルビーの輝きを見せ
「ユーモアのある白昼夢を見た様です。お願いできますか?」
紅悠輪太郎さんは、少し驚きながらも、右手、左手から筆を出すパフォーマンスを見せ
「ワタクシ、リンゴ紅悠、絵描きの輪太郎、花絨毯で野リス達も紅玉の美しさに心踊らせーる事でしょう+++++ワタクシの世界観を気に入って頂き嬉しく思います。+ + + + + + + + + + + + + +
この出合いに感謝してお承り致します。」
と、背高さんから腕輪を受け取った。
「コノ洋洋に伝わル風説がゴザイマシタ。理想郷を創ルべく、この僻村に集マり、古川に水絶える事ノ無クト、己ノ創造美にコダワリ、礎を築き上げ、行雲流水、自然ヲ友とし、水豊かな水郷、洋洋村を作り上げてキタノデス。全てが順調に進ンで行った訳では無い。
タダその者達は、創作創造、互いノ表現に集中、全身全霊をカケテ、打ち込ンでいければと嘱望シ、己に賭けてイマシタ。ソノ、洋洋ト生き、村で生活シテ 行く中で、一つの転機が訪れたト・・・」
「ほーっほーっ。そこまでで、ございます。
剛駿どの、紅悠輪太郎、玉磨かざれば光なし、お二人の創造の力は、届いたのですぞ。洋洋古伝、古詩を心に、なお一層、励まされて下さります様、私もこの出会い、流星の塵を掴んだかと。洋洋風聞に伝わる報謝花の雲、お二人の創作、
天馬に乗り行けて、空も微笑んでおりますぞ。私、行司も感謝の礼をさせて頂きます。」
行司さんは、とても感激し、草野風さんの手を握ると、手の平を見つめて
「魚道でお話し出来まして、大変有り難うございました。花伝書をお持ち致しますので、ご覧頂きたい。」
と、力強く、礼をした。
○○○○○○○
「こちらにいらっしゃいましたか。」
外で人の声がする。開いていた窓から、トンボメガネを掛けた、管理室のおばさんが顔を出した。
「片田舎の円村で、大した物はございませんが、洋洋加薬飯、召し上がって行って下さい、
円形広場で日暮れ、夕暮れ、太陽と月が互いに輝きを見せ、広場の山影もお楽しみ頂けます。あなた様は、広場から右手、蜜柑の間、そちら様は、左手、古楽の間で、お休み下さい。」
二度び木の鍵を渡され
「行司殿、ご案内を。」
呼び出すと、リンゴボーイと一緒に外のツリーハウスへ。
紅悠さんは、軽軽と登ると、ロープから屋根へ渡り、何か取っている。蓋を開け、ビンを数本持ち、箱に入れると箱ごとヒモに掛けた。
梯子を渡り、箱とロープから下ろす。
「手製のシードルです。ワタクシ△こちらも自慢ノ品。
後程、お持ち致シマス。」
「ほーっほーっ。花も実もあると、この好機は、まさに天馬空を行くか。悠悠閑閑、輪太郎、出会いの杯とさせて頂きましょう。」
僕は、、、、、、もう一度あの絵を眺めた。
「絵解き、するがぁ、ワシに映るはこのままでは、洋洋瓦判じゃぁ、
がぁぐぁがぁ、話しも利鈍あるがぁ、
勇ましくも進めよ、洋洋加薬飯、一度食べれば、お前の目にも映る。」
「勇往邁進と、この洋洋に来たのですからな。」
この絵の意味する所は、僕だってそのまま真に受けている訳では無い。
ただ、自分は、丸一日走りに走って洋洋にいる。こんな事はしていないし、客観的に見たって、僕じゃ無い。こんな大きなリンゴだって、、、
ある訳が、無いじゃないか。と、、、、、、、、、、。
考え始めた途端、 足が鉛みたいに重くなって来た。
「さぁ、では円形広場に行きましょうか。」
背高さんも、草野風さんも、剛駿さんも、皆、広いドアへ向かい外へ出て行く。
ちょっと、、、、、、、待って、、、
体が重くて、、、、僕は、動けない。
紅悠さんは、外から窓も閉め始める。
僕は、手を必至に動かし、前へ体を動かした。
すると、窓の隙き間から、鳥が一羽飛び込んで来た。と、同時に
「言継です。僕、言継幸男っていいます。」
ドアに向かっていた三人、窓から紅悠さん、行司さんも振り返り、
「ほーっほーっようこそ洋洋へいらっしゃいました。さぁ円形広場へ参りましょう。」
「言継ぅ幸男さん、ようこそぉ剛駿でございます。がぁはは。」
チチチチと鳥が僕の肩に止まると、ふっと体の力が抜け、僕もドアから皆に続いて外へ出た。
﹅﹅﹅
カラカラと自転車に乗り、水時計まで走るが、紅悠さんがシードルを抱えているので、かなりペダルが重くなった。
水時計で、少し待つようにと行司さんは言うと、草野風さん、背高さん、三人で、刷り場へ歩いて行った。
「行司どのもぉ、ワシらの事、感極まり、涙ぐんでおったのぉ、、、、 、。」
水時計が四回水砲を上げ、時を知らせた。
/////
‖‖‖‖‖
‖‖‖‖‖
「あ、六款さん。」
林の奥から男性が束ねた木を、引き車に乗せ、歩いて来た。
「風呂を焚くのでございますかぁ、六款さん。」
「おー剛駿、熱い勇魚風呂に入って行きなさい。紅悠とそちらも。加薬飯を食べる前に、風呂で邪気も垢も落としなさい。かながきを入れておきますから。」
「有り難うございます。僕、言継幸男と申します。」
「そうですか。洋洋村へいらっしゃいましたか。ご一緒にどうぞ。」
「刷リ場にいかれてマスカラ、マダお時間大丈夫デスヨ。自転車を置いて参りマショウ。」
紅悠さんは、シードルを持ち上げ
????
「♪五臓六腑にぃしみわたぁるぅ、琥珀リンゴの泡酒でゴザイマス♪
お召し上がりヲ。」
弾んだ調子で、引き車に乗せ、掴むと、林に歩いて行った。
「ぐぅぁはは、人三化七では、驚かれるからのぉ、綺麗さぁっぱりとぉ、勇魚風呂の湯に浸らせて頂きぃます。」
「岩風呂とは、また湯も違いますから。日々邁進されて身体も岩の様になっていては、今後の創作活動、魂の緒も繋げませんよ。」
林の中には水路があり、この道は、また何処かへ続いている。
不揃いに立っている材木の柵が、水路道に続き、その上には焼き物の行燈が飾られていた。
足元は板が打ち込まれたデッキになっており、小さな白い草花が、所々に咲いていた。
林の木が今までよりも太く、どっしりとそびえ立つ。
左手に太い大木が一本、網が巻かれており、湯のみと皿が置いてあった。
もしや、と思ったが、大木を過ぎると巨大なあの勇魚が現れ、
僕達をお風呂に案内してきた六款さんとは、勇魚窯の主だったのだ。
闇夜で荒々しくも感じた勇魚窯は、広々と整頓されており、焼き物達が並んでいた下には木箱が連なる。
小屋の横には「勇魚工房」と描かれた建物もあった。
その建物の奥に、お風呂はあり、紅悠さんは木車を運ぶと・・,,・・’’・
「はい、ワタクシとサチオさん、勇魚風呂のまずは火ノ番、勇魚風呂焚、三助カァァァ、
剛駿サン、碧瑠璃の艶やかさ、洋洋と、お身体創作の苦ヲ癒して下さい。」
「碧瑠璃でもあればぁ、ワシも柱になれるがぁ、うおぁははは。紅悠ぅ、熱い風呂を頼む。六款さん、お世話にぃ、なります。」
紅悠さんと僕は、引き車から束ねた木を小型の鉞で薪を作ったり、薪を焼べたりと、身体休まる事無く、無我夢中で勇魚風呂の湯を焚いた。
湯煙立ち、強い香草の匂いもしてきた・’,,・・,,・・
・’'',‘
ざばぁぁーっと勢い良く湯を流す音が聞こえ、しばらくすると剛駿さんは長い羽織に褌姿でゲタを履き、薬玉の笠に衣類を入れ勇魚風呂から出てきた。
「ワシはぁ、六款さんの小屋で休ませて貰うぞぉ。」
搗きたての餅のような笑顔で、湯気を体から立ち上がらせ、行ってしまった。
「紅悠、勇魚風呂入らせテ頂キマス。幸男さん薪は十分ありますノデ 勇魚風呂の番お願い致シマス。」
僕は、切った薪を山積みに重ね、風呂を焚く準備を整えた。
滝の汗が流れ、着ていた衣装のヒモを緩めると葦編み帽を外し、タオルを巻いた。薪を焼べていると、六款さんが、話し掛けて来た。
「剛駿は、私の小屋で眠ってしまいましたよ。相変わらずの事ですが。
言継さん、今時、薪で焚く風呂も珍しいかな。と、熱い風呂の薬草、薬湯は身体の調子を整えてくれます。
時に身を解し、放つのも大事ですよ。」
六款さんは、薪を焼べ足し、灰を除け火を炊きあがらせる。
「これも、気の流れを掴むんです。解りますかね。」
焚き火の調子で薪を焼べていたが、六款さんの焼べ方とは、やはり違うみたいだ。
僕は炎を見つめ
「園星さんのお婆さんに、洋洋村の事を教えて頂いたんです。絵ハガキを、あの勇魚の絵ハガキを僕が見つけて、、、、。
ケガをさせてしまったんですよ。僕が、余計な事しちゃって。火事騒ぎの時なんですが、家の近所に園星さんが越して来て、それで、その火事の後に絵ハガキを届けて、洋洋村へ行ってみなさいと教えて貰って、、、、、。」
吹き出す汗を拭いながら、僕は思わずお婆さんの事を話していた。
六款さんは、薪を焼べる手を止め、僕を驚いた顔で見ると
「園星さんですか?
そうでしたか、、、、、。園星さんは、ご無事で? 」
「はい、あ、あの、火事は別の家なんですが、、、、、僕が助けようとして手を引いたら、、、、転んでしまって。」
引っ越し屋のアルバイトの事、本の事、近所の話など、六款さんは、
お婆さんと知り合いだったのだと嬉しくなり、僕は洋洋に来るまでの話をした。
⁂〓⁂
「良イお湯加減で、湯あみ、お先にサセテ頂きマシタ。
♪羽も生エタカ、身体軽ーく、ワタクシ、空に羽ばたく瑠璃ビタキ、フィービームーンか駒鳥かァ。
ドウゾ、幸男サン、勇魚風呂で心根解放されてクダサイ。火の番ハ、ワタクシにお任せヲ。」
紅悠さんは髪を綺麗に、櫛で整え、何処と無く顔もきりっと引き締まっていた。
僕は六款さんに、あの絵ハガキの事を聞きたかったのだが、紅悠さんのリズムに押され、勇魚風呂へ入る。
﹆
引き戸を開けると、小さな引き出しが沢山付いたタンスが置いてあり、その上に草や葉が焼き皿の上に並べられていた。
脱衣所は狭く、僕はまず、草蔓を足から巻取り、靴を脱いだ。
足がむくみ、足首も蔦の跡が付き、赤くなっている。
衣装を脱ぐと、腰回りがくびれ、肩が張り、姿勢が良く、逆三角形に鍛えられた身体つきで、、、、、、
、、、、これはまるで、鎧を外した兵士だ。
壁の横に掛けてある鏡で自分の顔を見たら、頬が痩け、煤で目は涙目、鼻の穴は黒く燻され、汗まみれに汚れていた。
﹆衣装はここに掛ける事﹆
札が棒にあり、そこへ掛けると、その下にはお香が立っていて、笹も吊るしてあった。
勇魚風呂に入ると、湯気が立ち、草の強い香りで薬湯と言っていたのが解る。
大きなタワシやへちま、柄付きのブラシに麻のタオル。
桶で湯を汲み、
僕はまっ黒く汚れた顔と体の汚れを落とすと湯に浸かった。
﹆
最初は熱く感じたお湯は肌に刺激があったが、しばらくすると馴染み、お湯は体を包んでくる。
湯から手を上げると、そのお湯は、するんと何かを持って落ちる。
天井の窓が開いているので息苦しさも無く、
熱くなってはブラシで洗い、何回か湯に入り、と、くり返した。
風呂の隅に小さな勇魚の器があり、その中に水が流れ出ている。
柄杓で水を汲み、飲むと少し塩気があるのか、不思議な味がした。
﹆顔や体に貼るも良し、揉んで擦るも良し、湯に浮かべるも良し﹆
横に葉っぱがざるに入れられてあるので、一枚取り足首に当てた。
湯に浸し、温かく柔らかな葉はちょっとした湿布なのだろう。
肩にも乗せて湯に浸かると体の疲れが取れてきた。
半円の器には丸い石がいくつか置かれ、下からも熱いお湯が出ていた。
﹆丸石に横になるのも良し、丸石を腹に乗せるも良し﹆
僕は、熱い丸石を並べ足を乗せた。
見ると、足の浮腫は無くなり、元通りになっている。
走り硬くなった身体はお湯で揉み解かれ、本当に羽が生えたように軽い。
しかし、僕は、何故あんなに走ったのだろうか。
夢見心地で走った訳では無い。全て起った事なのだ。
勇魚風呂に今いる事を実感して、僕は急いで脱衣所へ出た。
大きなタオルが衣装の上に下げてあったので
そのタオルを頭から背へ被る。
タオルも温かく草花の香り。
身支度をし、髪も整え、僕は外へ出た。
すーっと林から風が吹き、鼻から空気を思いっきり吸い込み顔を上げると、目の前の巨大勇魚が、さらに大きくそびえ立っていた。
◆
◆◆◆
▲
「ヒルガオの香りホノカに、温まりマシタカ?
タオル、ワタクシ置いて参りマシたが。」
紅悠さんが扇子で仰ぎ、冷えた器で水を持って来てくれた。
「有り難うございます。」
「ヒルガオの葉は虫刺されにヨーシと、されてイマース。腫れモノにはユキノシタ。
丸石もご利用サレレバこの通ーリ。ね、勇魚風呂の熱い湯は、若返りぃーかぁ、長距離ランナー、身体磨かれ丈夫にナリマス。」
巨大勇魚は、日を浴びると岩山のごとく険しく、厳しい表情で存在感重く。
六款さんの優しい柔らかな対応とは一変して、何か、創造に対しての内面、皆の言う心根と言うものが放たれ、勇魚は洋洋の柱か、または六款さんそのものなのか。
僕はもう一度、勇魚の所へ歩いて行った。
◆ ◆
▲▲▲▲
▲ ▲
▲ ▲ ▲ ▲
近寄って見れば、またその大きさに驚く。下から上を眺めて勇魚を二回ノックした。
「焼き物なのですよ。堅く焼いてあります。岩と間違える方もいますがね。」
六款さんが器に何か持って現れた。
「クレソンを油で炒めただけですけど、どうぞ。」
箸を取り一口食べる。歯ごたえが良く、クレソンの辛みが爽やかだ。
「洋洋村には、群生してましてね。クレソンだけでは無いですが。苦味と辛みが美味しいでしょう。加薬飯の前にこれで腹も空きますよ。」
「あの、お風呂有難うございました。大きいですね、この勇魚。
月夜で見るのとは、迫力も違いますが、僕は絵ハガキを見て、、、、。」
「木箱に収めてありましたなぁ、風も強く夜鳥も鳴いていましたが。」
「園星さんのお知り合いなんですね。」
「まぁそうですが、言継さんは、何故、洋洋村に来たのですか?」
「あ、園星さんに勧められて、僕は、話しましたけど、火事で家も燃えそうになり、、、、。」
「それで?」
「いや、頂いた本に興味を持ちました。と、言うか、見つけた絵ハガキを、とても喜んで貰えて、凄く嬉しそうだったので、園星さん。」
「頂いた本というのは?」
「焼き物の本と、美術本に、何冊かあるんですが、あと、おかずの本も。それと、踊りや旅の本なんかもあって。」
「言継さんを動かしたもの、洋洋村まで来られたのは、それですか。」
「いや、それは、、、、。」
「おかずの本、というのは愉快ですね、自炊されるには役立つでしょう。洋洋は野草も豊富、茶人の会もご覧になられ、窯元におられるのですから、不思議な導きで、話を聞いて驚きましたよ。
まれに、この地に怪童来たれりと騒ぎ立て、浮身をやつして共に歩むも、土が合わずか、侃侃諤諤と争いさらうと、碌碌疲れ果て、元の木阿弥、
己の骨を削り、鏤骨彫心と嘆きわめくが、洋洋村の風神は、百折不撓を吹き流す空気のある村なのだよと、変わり者が多いですよ。
言継さんが新風を巻き起こすのか解りませんが、剛駿や紅悠も来られて大変喜んでおりますよ。」
「新風を巻き起こすなど、僕は、そんなつもりでは、、、、。」
妙なプレッシャーが僕に伸し掛かる。
羽が生えたと思ったら、もう閉じて行くのか。考えてみたら、園星さんに貰った本と重なる事ばかりだが、、、、
村全体が僕の本棚という訳でもあるはずも無く、、、、、。
からくり煎だって、
初めて食べた物だったが、まさか、、。
少し気持ちが動揺して、焦りが出て来た。
「園星さんの絵ハガキに描かれた絵は、この勇魚ですか?」
僕は焦った弾みで一番気になっていた事を聞いてしまった。
また一つ、二つと謎が増えて行く。プレッシャーも強まり、思いが耐えられなくなったのだ。
「四、五十年前では、古地図を見つけたかと思ったのではないですかね。」
自分がまだ生まれる前の話なのだと、僕は理解し、六款さんの描いたデッサンであり、この洋洋村に完成されている事実、
改めて物凄いパワーを感じて、勇魚に手を置いた。
「この地もあの地もと、走る旅鳥に、この勇魚は聞くかも知れませんが、言継さんが月夜で撰り抜きされた器をご覧になりますか?こちらに来て下さい。」
林の間に置かれた木箱の蓋を開けると、三つの器が並んでいた。
一つは行司さんの撰んだ器だ。
そのうちの二点は、やはり茶人が振る舞っていた絵文字の茶器だった。
一点だけ、深い焦茶色の古びた器が置いてある。六款さんは、蓋を持ち、器を取るのを待っている。僕は、古びた器を持ち上げ、重みと丸みで闇夜に叫び、山の奥で埋まっていたあの時の器だと確信した。
そうだ、この器には何事にも動じない踏ん張りがあるのだ。
「もう一点、
僕が撰んだ器があります。」
暗く絵文字など気憶には無い。
僕は目を閉じ、手に収まった器を取った。
「掘り出し物でもありましたかね。面白い物を撰んだものだ。随分昔に焼いた器でね。デッキの奥の箱の辺りでしょう。
洋洋絵文字茶器は、考・動・実。残りの一点はどなたが?」
「行司さんが撰ばれた器です。」
「ああ。こっちは、喜・産・創。
行司軍配も希望が叶いますか。
どうぞ、お持ち下さい。」
洋洋絵文字茶器と言われるこの器は、その描かれている文字から茶人の会で走り身体全体で表現していたあの人達の言霊だ。
一つ一つ組み合わせは違うが、僕が手にした、考・動・実の三つからも、今までと、これからを、と僕の頭の中で何か少し変化してきている事に気付いた。
「謎謎を己で作るが、鍵を忘れては、出られませんよ。
言継さんが、今この地にいる事は、精一杯走って来たからでしょう。」
六款さんは、古い器を取り
「鍵にしては、大きいが、飲むには使えると。なかなかですね。」
「僕は勇魚が見たかったんです。」
「絵ハガキを見て、洋洋村まで来たとは、言継さんも、変わり者ですね。
まぁ、どうぞ、こちらの器を差し上げますよ。」
「、、、、、、本当にあるなんて。」
四、光の輪
紅悠さんと、僕は、六款さんに勇魚風呂の礼をして、水時計に戻った。
シードルをニ本渡し、寝てしまった剛駿さんには、後程、加薬飯をお届けしますからと、メッセージを下げて、クレソンの束と、器を抱え、僕達は水時計に立っていた。
置いてある自転車を見ると、まだ行司さん達は刷り場にいるらしく、水を飲みに来た小鳥達が楽しそうに歌っているだけで、水時計の辺りはとても穏やかだ。
「六款サンとお話されてマシタネ。」
「勇魚に出会えて、感激ですよ。
あんなに巨大な作品、何かスケールの違いを感じたと言うか。」
「ソウでゴザイマショウ。アノお方ノ分身デスヨ。たーだーしィ、反復ぅ横飛びィ、未来ノ針ハ同じ時をォ指さし振リ子かぁホロホロホ-。♪」
「何ですか?それ。」
「お望みのー安全かーくにんデス。ご自身デ。」
????
「♪蟹を追いかーけてェ、沢ヲ走ルかぁイ?うーみーを駆ケ足、岩場デもぉがクゥかーー♪
新境地ヲ走りマスカ?掴まえて下サァーい。ワタクシ、紅悠リ-ンリン、自由に空ヲ飛ビ回ル、小鳥達トノ競演ヲご覧アレ。」
紅悠さんが、指笛を吹くと小鳥達が水時計に並び、笛の合図で一羽ニ羽と片腕に止まって行く。
一列に数羽止まるとその場で空転。
正面を向き笛を吹くと、止まっていた小鳥が一羽づつ頭の上に飛び、笛の合図で、水時計に戻っていった。
僕も水時計に寄り、指を出してみると小鳥が一羽、手に乗ってきた。
「掴まえましたよ。蟹も捕まえろと?」
「♪小鳥デナク、鷲鷹ぁコンドルさえ追エといーえバ、捕マエルカ、捕マエタイノかなぁーホロホロホ。????」
紅悠さんは、水時計に並ぶ小鳥達を、見事な技で進めたり、飛び交わしたりさせる。僕は勿論、コンドルなど追っていない。
勇魚での感動を伝えただけなのだが、紅悠さんを見ていると、心の秒針のねじが巻かれているような感じがするのだ。
「ほーっほーっ。小鳥達も懐いておりますな。紅悠さん、御髪を整えられ、ヒルガオ香り美しくそのご様子ですと、勇魚風呂に参られたかな。」
「六款サンノご好意デス。木枝、薪作りヲやらせて頂キマ・シ・タ・ノデ。」
「すると剛駿は、玉の緒を繋ぐべしと、身体補填されておると。三日、四日と寝り続ける事もありますが、それ程ではございませんでしょう。」
「湯ハかながき、六款サンノ事デスカラ創作ノ気病みを野草デ取り払っテ下さってマスヨ。」
「ほーっほーっ。言継さんは、勇魚の主にお会いできたと。ご発展はございましたか?」
「はい。」
撰り抜きした器を行司さんに見せると、喜・産・創の絵文字に
「まずは、ご発展されて、喜ばしいですな。のちは、洋洋にてか、遠き未来か。暫くは、この器を使いましょう。」
考・動・実の器、古い器も確認すると、水時計から流れる水で洗い
「組み立て行く、楔一つ一つが大事ですぞ。さて、風姿も勇ましく、前身あるのみ。見集めた落とし物はございませんか?」
頭に巻いたタオルを外し、染め場の葦編み帽を被ると、僕の秒針のねじは、目一杯巻かれた。
†
「お待たせしてしまいましたかな。」
草野風さん、背高さんも刷り場から戻ってきた。
「さあ、これからの宴も楽しませて頂きますよ。夕暮れ山影も現れるのではないですか。はい、急ぎましょう。」
僕を先頭に、再び自転車で円形広場までの水路林を走って行く。
水車はもうフル回転だ。
広場に出ると、人々が円形に添って集まっていた。広場の中心では、大きな釜と、火を焚く人々。湯気や煙りが立ち昇り、足元には、燈取りだろうか、木彫り河童のランプシェード。
「ドンッすーがーたぁ、あーたーまがぁでたか。」
円形建物の窓から、中にいる河童と、その他も河童の面を被り、一人、外で指揮をとる河童の足踏み音に合わせ、声を出す。
「ドンッドンッひーなかに舞えば、嘲るか。」
「山の如しと洋洋に、かーおーをだーさーれりぃ酸葉もぉ食うは、好きずきとぉ。」
「おいでください。ホドの釜飯ぃ。」
「ドンッ目ぇが出たかぁ。」
河童達の調子に合わせ、日が沈んでいくと山影から丸い頭が出て、重なる森との窪みの影で、大きなだるまの姿を現した。
「洋洋雨も降らせれば、だるま様も実が付くとぉ、
詠歌聞くはぁ楽しまれりぃー。」
だるま様は、中央の釜飯を包み込むと、夕日と共に消えて行った。
「ほーっほーっ。河童が燈を操りますぞ。」
「火灯し頃になぁりました・た・た・た。」
河童達は、林の先に小さな姿を燈すと、一斉に明かりを付けた。足元のランプシェ-ドは、道を指し、さらに大きな松明に炎を付けると円形建物のプロペラも回り、窓から明かりが照り輝いた。
河童は、明かりをかざし光を揺らす。
円形建物からの照明と合わせ、場内はフラッシュ。腰から下げた筒に火を付けると、火薬花火が打ち上がった。
「盛大ですな。」
「河童ぁのホド飯、加薬飯、ヒドコに集まり、お温まり下さいまーせ。」
「ほんの一瞬なんですね、だるま様。」
「元々アノ山姿なノデ、通称だるま山ト呼ばれてイマス。」
土管に横たわり目の前に落ちると見えたのは、この山影だったのだろう。
古道で道に迷ったが、方向を指す目印になり、落ち着き払った、堂々としただるま山は、大きな瞳で洋洋村、桔梗坂町も見据え、木々を育てている。
「河童加薬飯ぃー。スイスイゴンボ、ツクシ、ツユクサ、ノビノビノビル。明日もお会い致しましょう。
アシタバ、フキフキ、カワエビ、ヤマメ、生姜ピリリと、ワサビツン、ネギ坊主と山ゴボウ、山の芋をとろりとかけて、ごま、きのこに、かにも来る。
川太郎ー、まだまだ川幸、山の幸、洋洋米と見合さってお持ち致しました。本日の洋洋具沢山、加薬飯でございます。」
お盆を首から下げ、二十センチ程の長方形の木箱が、何段か重ねられていた。
炊きあがった釜飯を河童達は木箱に詰めると、束ねた箸を持ち、広場の人々に配った。
「まず、木箱も箸も拘れてますね。」
「ほーっほーっ。河童は、蕎麦、加薬飯を洋洋食文化として、このような宴の会では、持て成し、伝承していく役処なのですが。
本来は、木彫り職なのですよ。」
「うん、ほろ苦い山菜の味も良いですね。このお箸に彫られているのは、河童?」
「ですな。ほーっほーっ。くるみの木で創られています。」
「では、一組、二本で創作の意もご活発にされておるのでしょう。」
長目の箸に河童が彫られ、木箱は木目を生かし、滑らかな長方形に彫られている。
「あの盆を拝見。」
草野風さんは、釜に行き、立て掛けてあるお盆を 手に取ると、こちらに戻って来た。
「繊細な頭状花の彫り物ですなぁ、持ち手とこの鳥や葉の形、細やかな創作品ですね。」
と、そのお盆は、小さな花が集まって、一つの大きい花に彫られ、周りには網目の様に細かな草葉と鳥、花蔓が彫ってあった。そーっと持っていなくては、割れてしまうのではないかと、僕は冷や冷やしていた。
「加薬飯は、お口に合いましたでしょうか。どうも、私、緑丸です。木田緑丸と申します。
そちらの盆は私の作でして。」
河童の面をくるりと外し、他にも二、三、盆を持ち、蕎麦を振る舞っていた河童とは、また別の河童が現れた。
「野草や川エビ、カニ、きのこ、マナも入れば、洋洋山の御馳走と、宴も楽しく黄昏れ時でございますれば、
もう腹鼓を打つしかありません。私、緑丸、木彫り丸盆、鼓みをお持ちでございましたら、木飾り模様もお創り出来ます。」
「ほーっほーっ。河童の誰そ彼か、こちらの丸盆を彫られた、緑丸さんでございますよ。」
「細かな緑の花蔓など、形取りが美しい盆ですな。」
黄昏れ時に河童のたそかれ。バスの運転手さんが言っていた、たそかれとは、そういう事だったのだ。きつねも河童も誰そ彼だ。
えっ?僕は、、、、、。」
「この盆は、祝いなどでも喜ばれるでしょうね。使い込んでいくと味わいも出てくる。」
「その通りでございます。
普段から、お使い、飯度、茶飲みから、鼻の油もちょいとって、角も取れてくるのです。」
「夕づつも夜空に輝き、こんばんは。私、加薬飯には欠かせない、河童箸の春中です。」
「このお箸を創られた?」
「はい、山河春中木彫り箸を創っております。」
「河童の姿がスマートですね。」
「それでもって、角度も少し傾いている。長さがありますが、菜箸でもない。」
「私、箸を長目に持つのが洒落者か、なんて勝手な美意識ですが、実は私、タロ芋の葉っぱもびっくりの。」
春中さんは、いないいないばぁをして、大きな手の平を見せた。
「使い心地を追及しましたら、この形に辿り着きまして。」
「なるほど。私にもしっくりきますよ。」
背高さん、と僕は勝手に背が高いので、この人の事は「せえたか」さんと呼んでいたが、大きい手の人には丁度良く、僕でも持つと、どこかエキゾチックな雰囲気もあり、スマートだ。
「ほーっほーっ。金星あげられますかな。」
「毎度、毎度の加薬飯かと、飽きさせません、河童飯は食べる程にお味も変わるのでございます。皆様、おかわりのご用意ありますが、木箱が寒いと言っておりませんか?温めましょうぞ。私、ご挨拶遅れましたが、木箱創りの、滝仁と申します。」
「次ぎにも、いらっしゃいましたな。」
「河童の木彫り職も座り仕事なものですから、宴が開かれる時には広場泳ぎ回ります。選手宣誓、我々はぁ、代表致しまして、洋洋林泉、木を守り、育て、日々全身全霊を賭け、木に学び木と共に、戦い支え合って行く事を、芽姿滝仁、選言致します。」
「芽姿さん、木箱、私は気に入りましたよ。」
「箱と言えば箱ですが、くり抜かれているのですなぁ。大きな豆、鉈豆かな、底に丸く三つ窪みがありますが。」
忠実忠実しく、河童木彫りも、ホドを作り、飯炊き、煮炊きとされており、洋洋総菜盛り付けされるに、実用も兼ね備えておるのですよ。」
「行司様、卯多彦をお呼びしても宜しいでしょうか。」
芽姿さんは、釜で焚火に忙しい河童を連れて来た。
「卯多彦でございます。」
卯多彦さんと呼ばれる河童は、小柄な人で、火炊き竹を手に持ち、面を外すと顔中汗まみれで、腰に巻いていた刺し子の布をすっと取ると、顔を拭い首に巻き、にっこり笑った。
「オッカ、オッカ、ケムさぁ、熱がれば、火もぬたうつ。ドンブリガエリするから、三宝荒神様、暴れないで下さいませと、火吹き竹を、合わせ持って風を切りイロリました。」
「ほーっほーっ。兜巾を被られれば合点が行きますぞ。」
「ホドの火神もやんちゃんでございます。」
「火シドもないと、力戦を読まれてしまいますぞ。」
「クドクド言うが、オッカオッカさぁ。」
「まだ、宴もこれからですよ。と、卯多彦は若河童でして、私、滝仁と共に木彫り職をしておりますが、見習い中の身の者。
しかし、好機も栄えの内、一つ卯多彦の活路を開く為にもこの者にもご挨拶させて頂きたいと思いまして。」
「ほーっほーっ。お創りになられた作は?」
「こちらです。」
滝仁さんは、小さな手の平に来る位の長丸い彫り物を出した。
半分に切れ目があり、引くと蓋が開いて中が空洞になっていた。
何か小さな物を収める事が出来る入れ物だ。
表面にはとても細かな蝶や花蔓が彫られ、装飾されていた。
「石ですか?」
背高さんが、興味有りげに聞いた。
「滅相もない。木でございます。
さまざまな木を組み、埋め込んでおります。」
「石を入れて置くのに良いではないですか。お若いのに、古雅な手仕事ですなあ、
このままか、、、、。」
「ほーっほーっ。ホドに戻られるか。これも解らない所でございます。」
「ドンブリガエシならば、火吹き竹も気取らせさぁ。」
喜んでいる様子だが、卯多彦さんは、何を言っているのか、さっぱり解らない。行司さんは、宝珠の玉入れとも、樹の種入れとも。
「卯多彦の現れは何処に映るか。柿辰はおられますか?芽姿さん、柿辰をこちらへ。」
と言って、卯多彦さんの創った彫り物を袖の中へ仕舞った。
「ひぁあ。絶品ですぞ。これはこれは、毎度の事かと、んぅーん上手い。騙されたと思ってぇ、騙されたかもぉ。
っつーて、と思ってこりゃぁ美味しいぞぃ。あにぃあにぃと聞かれましても、私天才なんでございます。後ろぉ向いての目ぇつぶり、必ず決めますコーナーワーク。
大歓声のシャワーを浴びまして
あら、美しみづらに髪を結んだら、ニュースタイルと麗らかに、
うららぁキュービズムの新面目かぁ、
新鮮ぐぅみぃ、
ピチッとぉ、
弾けまぁす。」
柿辰さんと呼ばれる河童は、河童だが面が違う。
眉毛はうねり、丸く盛り上がっていて、頬もふっくら。大きな口は三日月でトンガリ、切れ長の目は垂れ、まつげが刻まれている。
全体的に笑っているのだが、木の質感が重く堅く、木目と深い木の色合いでとても味わい深い。
二つに結ばれた髪型が、また独特の奇妙な河童を演出している。
「ほーっほーっ。本日は柿辰さんの鏡心面の中でも、高揚して参りますなぁ、気持ち高高と。風雲の志で面創りにも油が乗って来ているのでしょう。
こちら、柿辰と申しまして、洋洋の仮面役者か、恵比寿面、お多福面、ご存じ、きつね、河童面と、全てこの者が創ったのです。
なかなかの調子者でございますがお見知りおきを。」
「オレのぉ、河童面さぁ、目の子がぁ、こまっちゃくれてるもんでよぉ、大きやかに決着下さいませんか?
細細しいは、難物でありますから、のみ持ち、蚤、蚤とっぉ、彫れませんで、柿辰様、卯多彦の面、ここらで大きやかにしてくださぁい。」
「卯多彦は、まだそのままで宜しいですよ。あにぃあにぃと聞かれる のはぁ、ご免ですぞぉ。」
「大きやかにと、玉入れをリンゴ入れにと創るのですか?春中サイズに創るのは、まだ、だぼらですよ。」
「木目を読むのです。木を育て、木の年月をと、木彫り処におりなが ら、卯多彦は百万だらも右から左へ,
じっくりと見集めたものをどうするのですか!」
春中さん、芽姿さんと柿辰さんは、卯多彦さんに呆れた様子だが、きっとこれも修行なのだろう。
「ほーっほーっ。ごてられておりますな。卯多彦も。柿辰はしっかり見ておりますぞ。」
「あーい、アプゥリオーリィ、と持ってイルなーらー、お急ぎ無用ォ。リンゴぉ木箱も嬉しいがァア、ユルリと走ってキテクダサァ-い。宴タケぇなわァト、シードルで、喉潤ワせてゴーイング・マイウェ-・ゴーヘー!」
紅悠さんは、お手製のリンゴ酒の瓶の玉冠を木箱についた栓抜きで、勢い良く開けると
「杯ヲお出しクダぁサーイ。リンゴ香ル泡酒ヲおツギ致シマ-ス。」
芽姿さんは
「卯多彦、寅翼に木杯を頼みます。」
と言って、皆の木箱の窪みに、葉で包まれた山鳥の薫製、俵握り飯、きび餅を置いた。
しその間に、ネギやノビルなど香菜が挟まれ、薫製なのにとてもジューシーだ。
握り飯も加薬飯が火で炙られ、香ばしい。きび餅は、ほんのり甘くいくらでも食べられそうだ。
寅翼さんなのか、河童面は既に外され、木箱から木杯を取り出している。
僕は、六款さんから頂いた絵文字器で飲んでみようと木杯は遠慮した。
「ほーっほーっ。では、私も。」
と行司さんも絵文字器を使う事に。
河童木彫り職の面々、皆にシードルが注がれ、杯を上げると、寅翼さんが一言。
「奇才、鬼才と木材あれば、私、気さくにお創り致します。一期末代長ーく、おつき合い、お使い出来ますものを。
皆様の出合いに、幸あれと、乾杯致しましょう。」
僕は改めて、この洋洋村でのさまざまな人々を思い、乾杯した。
木杯は、ずんぐりと厚く、足も太い。
古代の勇者が酌み交わす杯みたいだ。
ピリリと喉の奥が辛くなるシードルは、細かな気泡に身体も包まれ、自然と軽く解されて、卯多彦さんの河童の面を見ると、笑いが止まらなくなってきた。
「追い越せ、追い越す、おいど、おいど。」
卯多彦さんは、河童の面を僕の顔に付けると
「せーんどぉするもぉ、プロパガンダァの焼き付けかぁ。」
と歌い、葦笛を吹き、歩き回る。
腰を曲げ、首を突き出し、笛を吹く姿が可笑しくて、僕は器の入った木箱に座ると、火吹き竹を叩き始めた。
他の河童も面の下から、面を外しと、葦笛を吹く。河童の葦笛隊は、一列に並ぶと、面をしっかり付け
「緑丸丸盆、春中箸、芽姿木箱、柿辰面、寅翼杯にぃ卯多彦ぉ宝珠の 玉入れかぁ、椀屋誰かと、木皿探して、まだまだ河童の木彫り人は、照らす燈の多い程、お役に立ちます、いついつまでも。」
楽しい宴の河童隊に拍手喝采と盛り上がる中、僕は卯多彦さんの所へ 行き、面を返した。
「ゴンタかぁ、おめぇ、オレはヲコかぁ、勇者になれよ、オレが怖いかぁ。」
突然、卯多彦さんに、なじられて、固まった。
言葉が出ず、頭に浮かんだのは
「素描」だった。
何か解らないが、僕は、紅悠さんから、大瓶のシードルを貰って、林の奥の、建物に、一人走って行った。
水路添いばかり走って来て、最初のこの道の美しさに、まったく気が付いていなかった。
勿論、水路道も水の流れや、草花、小鳥と安らぎがあり、その場の個性ある通り道なのだが、林の木々と広がる土の青やかさ、空気の澄んだ静けさは、壮観だ。
僕の走る足音だけが、綺麗に均した道の上から林全体に響き渡る。
木造ブロック造りの時計塔が見えて来た。立ち止まり、一番上にある文字盤を見上げるが、高過ぎて時が解らない。
振り子を覗くと、忙しそうな人の話し声が聞こえてきた。
広場では、河童隊加薬飯の宴も開かれているのに、からくり煎の人達は、夜になってもまだ働いているようだ。
すると、振り子の奥から、男の人が現れて、また僕に
「はい、どうぞ。」
と今度はL字型の木で出来たレバーの様なものを渡された。
直ぐに奥に戻ろうとするので
「ツリーハウス!見ましたよっ」
僕は、大きな声で呼び止めた。
「中には、入っていないんですが、、、。時計塔の修復をしていると、剛駿さんが言っていましたので、そうではないかと。」
「ツリーハウス、ご覧になったんですか。
野リスにかじられてはいないようですね。
中に入っては見ていないと、、、。
えーそうですよ。
私がツリーハウスを建てました。わんさか時計塔もです。」
「あの、、、、ブロックと、中に入っていた滑車は、一体なんなんですか?それと、このレバーも。」
「唐突に、君はなんだ!
君こそ一体何なんだっ!、、、、
私は修復作業が残っていますので、
これにて失礼。」
聞いては怒られた。
怒って、、、行ってしまった。
行司さんがいなかったからだろうか。
名前も名乗らずに直ぐに聞くなんて、やはり失礼だったのだ。
僕は、わんさか時計塔を出て、光の輪の揺れる建物に向かった。
洋洋村を照らす月明かりは、昨夜と同様に林の中を幻想的に映し出す。
《 願い事を唱えながら走り、光を吹き消すとほんの少し未来が見えます。あなただけに見える未来ですけど。》
行司さんの言葉が頭に浮かんできたが、大瓶のシードルを持ち、時計塔で怒られた事で気持ちがへこみ、十ケ所もある光の輪を、飛び跳ねて走る気にはならなかった。
正面玄関の前に着き、横の階段に向かったが、ふと足が止まる。
僕は河童隊加薬飯の宴たけなわ、卯多彦さんになじられこの場へ来た。
しかし、あの二人に僕は何を話せるだろうか。
使い道の解らないレバー、器の入った木箱とシードル、、、、、。
染め場に包まれた荷物を置くと、僕は振り向き、光りの輪を眺めた。
光の間で踊る彼女を思い出し、花の音が聞こえるかと耳を澄まし、手前に光る輪に近づき、体を屈める。
かすかだが、小さく燃える炎の音が聞こえたが、何も解らない。
その横の光の輪に行き、またその横の光の輪へ。
ちらばる十ケ所の光の輪の中を、僕は飛び跳ねていた。
時折、揺れる炎が「ポッ」と鳴り、おじぎをしてくる。
僕はくるっと回り、両足で輪の前に踏ん張り、腕を下から大きく広げた。
するとその輪は、小さく丸くなり、僕にウィンクをして、消えて行った。
消えてしまった。
羽の生えた炎がいるのか、光も僕と一緒に飛び跳ね、風の中に消えて行く。
光が走り出したそうに、大きく背伸びをするが、中心の芯に引っ張られ、抜け出せない。
僕は信じられない程の空転をし、その炎を吹き消した。
一筋の煙が空に上がり、自由に風の中へ。
僕も懸命に走り、風を掴む。
掴んだ風を輪に放ち、僕にも出来る、
出来るんだ!
と、輪を抱き抱え両手を前に伸ばし飛ぶと、腹ばいになって、炎に顔を近付けた。
目と鼻、口と小さな炎の熱を感じ、息を思いっきり吸い込むと、光りを吹き消した。
僕はその瞬間に、自分の大切な物が、少し、見えた気がした。
そして、急いで正面玄関に戻り、荷物をまとめ、二人のいる二階へ駆け上がり、ドアをノックした。
「こんばんは。どうぞ、中へ。」
ドアが開き、僕は部屋へ飛び込んだ。
「風を、風を掴んで、光の輪に、」
「輪は?」
「輪を抱えて、両手を伸ばして、」
「吹いた。」
「光は風と共に飛んで、全て吹き消した。そして、」
「見えたのは?」
「月と闇。
その、闇の中で少し見えたんですよ、
自分の中の、、、、。」
僕は乱れた呼吸を整えるが、一言では言い現せない気持ちで、上手く言葉が続かない。
「素描を見て少し気付いた時と同じなのでは?」
ドア越しに話をしていた彼は、納得したという素振りで、ドアを閉めると
「書き留めて置きますか?忘れないうちに。」
僕は、彼からノートと鉛筆を受け取ると、一心不乱に今の光りの輪で見えた事を書いた。
数枚ページに書き綴り、一通り書き終えると、大きく息を吐き出して、大の字に仰向けに寝転んだ。
肩の力が抜け、なぜか、ほっとした。
奥のテラスから、ワンピースにフードコートを着たあの女性が、グラスを持って現れた。
「紅悠さんのシードル、持って来て下さったんですね。私、大好きな んです。ピリッと少し辛くて。」
「あ、はい。美味しいですよね。細かい泡がいつまでも続いて。」
「、、、、ふふふ。同じね。私とおんなじよ。」
彼女は、にこやかにシードルのボトルを持つと °。゜。゜。゜。゜。
「テラスから外を、早く見てみて。」
。゜。゜。゜。゜。゜光の輪が全て消え、目の前には闇が広がる。
「時計塔の遠くの山から、明かりが照らされているでしょう。風の力を使ってる。人間の考える事は凄いですよ。」
「私も同じ人間だけど、ピアノを弾いてるわ。」
キャンドルにマッチで火を灯すと
「こうして、テーブルを照らす事と
゜。゜。゜消す事はね。
゜。゜。゜。゜。゜。今つけた明かりを一息で吹き消す。
「私がこの場を明るく照らす為にできる事。」
「願い事は、考えてたのかな。」
山の上から風車は回り、この洋洋を明るく照らしてくれる。ステージではまたきつねと河童の詠歌相撲が、行われているのだろうか。
僕の目にまっすぐ向かい、焼き付いた光の残像は、大空で輝く太陽の光りに、人間が考え、挑戦した光だ。
紅悠さんの真っ赤なリンゴ、そして、シードル。自然の中の剛駿さん、洋洋村の人達は戦い続けている。
背高さんは、ルビーを輝やかせ、太陽の光りの波の中、表現する人々。
そして勇魚をこの目で見た。
行司さんと走り、皆と出会い、僕に気付かせてくれた素描のこの地は僕に勇気をくれたんだ。
「月光の下で小手毬が跳ねてた。」
「私はとんぼカゲロウがダンスしている様だったわ。素敵よ。音が聞こえたわ。」
「花の音も、鳥の声も、僕を支え動かしてくれました。僕は、今のこの僕は、僕である事。
だから今書き留めた物を、この箱に入れて置きたい。そして、この地、洋洋村の絵文字チップ。」
「絵文字チップですか。」
「私に、見せて頂いていいかしら。」
彼女は、手に取ると美味しそうにシードルを飲み、曲を弾いてくれた。
「機嫌が良い。君も彼女に灯りを灯したのでは?」
「僕は、そんな、いや、できれば素描をこの箱に入れて置きたいですけど。」
。゜。゜。「月夜で見えたのならいい。」
「いつもこの洋洋に?」
「いいえ、清らかな冒険と、希望の結晶を固める為に、かな。」
「僕、言継幸男って言います。次に、洋洋に来たら会えるかと。」
「堵美野と由希。アトリエも気ままだが、青嵐も吹くからね。こちらへどうぞ。」
彼はグラスを置くと二階から外へ降りた。
一階のドアを開け、中に入ると、柔らかな色彩の花々、細やかな草草、そこに立つ、着物を着た女性のとても大きな、大きな絵があった。
僕の目に飛び込んできた、糸の様な柔らかい細い線は、葉脈の一本一本と、
美しい着物の装飾まで、とても繊細に描かれていた。
淡い色合いや着物など古風でもあり、呼吸の聞こえそうな女性の立ち姿はとても印象的だ。
僕は暫く時を忘れて絵を眺めていた。゜。゜。゜。゜。゜
「綺麗な絵ですね。」
「絵絹を洋洋で創って貰っているんです。日本画描いてるもので。
岩絵の具になる天然の鉱物も、少し洋洋にありましてね。」
「それで、ここに?」
「ええ、まあ普段の自宅は他に。
洋洋は別天地。由希が、澄んだ瞳の小鳥が羽を痛めて飛べなくなったと
手紙を受け取ってね。」
僕が、ここに来る事を彼らは知っていたのか。
「手紙って、猫が、猫が木箱で手紙を書いていた。その手紙、、、、 。」
「猫が手紙を書いていた。不思議で面白い。羽ペンを使ったか、大鳥とくぐいか、君は浪漫派だね。」
再び外へ出て行き、建物の裏へ向かうと、石板に水が流れ、土が置かれていた。
この場にも水路はあったのだ。
砂利が敷かれ、細かくなり、その奥にも小屋があった。
「水が豊かな村、洋洋とね。」
「洋洋と。」
「岩絵具、膠、天然の土と。」
深いざるに色土が洗われ、並んで置かれていた。小皿やいくつかの道具も。
「小瓶に入るのは、一握り。自分で掴むと。風を掴んだ時の様に、
解りますよ。」
僕は堵美野さんと再開を約束し、テラスから手を降る由希さんにも洋洋で会う事を約束した。
光りの輪は再び灯りが灯され、
林の中を走って行くと、灯りを持ち、歩く人の姿が見えた。
僕の足音に気が付くと、立ち止まり、こちらに向けて灯りを右左と揺らす。
「あなたが、言継さんですね。」
「はい。」
衿幅の高い細みの白いワイシャツに、小さなベストを身に付け、膨らんだ七分丈のパンツに、先の丸いブーツを履き、クセッ毛頭の上には小さなシルクハットを被り僕を待っていた。
「光を飛んでいらっしゃいましたね。」
「はい。」
「全て吹き消されて。」
「、、、、、はい。」
「私の燈火はお役に立ちましたか?」
「あの光りの輪は、あなたが?」
「ええ。」
持っていた灯りを顔まで上げ、僕の顔にその人も近づき照らす。と、その人は、年配のご夫人だった。
僕の顔も確認すると
「闇夜に眠り夢を見て、闇夜を創り夢を見れるか。燈火が無くは、困りますでしょう。どちらでも。
消えて解る事もあり。羨ましくは隣の庭かしら。」
このご婦人は、僕の心の中を見通しているのか、しわくちゃな笑顔でにこっ
と笑うと
「ご案内致しますので、どうぞ私に着いて来て下さい。」
と言って林の中を歩き始めた。
円形広場に戻るかと思いきや、左折して風車の照らすステージに向かった。
そこには、虎が二人で四つ手を組み、足を開き腰を屈め、小刻みに右へ左へと回り、取り組みが行われていた。
しかし、行司さんはいない。
虎は、互いの肩にバタフライ。両腕を進めで、突き合うと、そのまま小刻み
に動き出す。
それはまるで紙相撲。一人の虎が正面を向き、もう一人の虎は後ろ向き、手を振り、とその場で駆け足をする姿は、バスから見えた、あのスーツ姿の人物だ!
後ろ向きの虎には、やはりゼッケンが付けられている。
「理知遭遇」
正面を向いている虎は、振っている手を斜めに構え、胸をくり返し叩き、
ヒザを上げる。
「りぃーーーーーっ。」
ゼッケンの虎が叫んだ。
すると、両手を広げ波を現す。正面の虎は直立し、手を上に伸ばし合わせると
「りぃーーーーー。」
「私はリンゴを持っています。」
「ちぃーーーーー。」「ちぃーーーーー。」
「チューリップの花水溶けば。」
「そぉーーーーー。」 「そぉーーーーー。」
「私の双眸でスペクトルを合わせ見る。虹を彼方に。」
「うーーーーー。」「うーーーーー。」
「雲霞の軍勢に出会ったならば。」
「ぐぅーーーーー。」 「ぐぅーーーーー。」
「グラフィックスのメビウス輪、繋ぐ言葉は思想と現存、光の波長を形象表して、画報、印判、カタルシス。」
「うーーーーー。」 「うーーーーー。」
「歌音譜、世界共通海を超へ、感性の配列は二つと無い雪の結晶。
エネルギーの粒を掛けたら、一歩先へと並べ行く。太陽と共に。未来へ向けて。」
虎は腕輪を創り、両腕を広げ二人で組むと互いの腕輪を交互させチェーンを創る。
すると、手を横に伸ばし十字を創るとぶつかり合い、上に伸ばしてはぶつかり合う。
「プラ-ス、マイナース。」
又、交互させ、チェーン。
そして、何処からか音が流れ、ラジカセを担いだ紅悠さんが現れた。
紅悠さんは、後方で丸い玉に座りバランスを取っている。
虎は、腕をL字型に折り、空想の玉を回転させ、横に寄り歩くと、横の虎も横に押し出された。
「売り言葉に。」 「買い言葉。」 「隣の客は。」 「良くはちみつ食う客だ。」 「ああいえば。」
「来年の事を言えば。」 「笑う門に。」 「福来るか、笑い三年泣き三月。」 「雨降って。」
「地固まるけど、何処から降るの?」 「雲に汁。」 「思い立ったが吉日だけど。」 「塵積もりて山となる。」
「空から雲が落ちないのは、人のふり見て我がふり直せ。」
再び腕を交互させると、風車から強い光が照らされた。
「粒粒粒粒粒粒粒粒。」
光りの帯が差され粒粒と細かく空気中のスターダストが降って来た。
紙吹雪じゃない。
「走磁性ーー。方向を探知せよ!」
そして、駆け足、片手で手を振り、空を仰ぐと、手を繋ぎウェーブをしている。
「吸ってぇ、吐いて。」
「美度を映し、透過するのは、赤い花水。」 「黄の花水。」
「青い花水。」
と、右へ左へ、あっち、こっちと方向指示をしている。
「太陽に動かされ、プラス、マイナス。」
「地球に住み、誰が宇宙をかき回す?」 「人は皆地球人。」「神秘の極みは、身を滅ぼす天辺知。」
「水の恩ばかりは報われぬ。」「空のダストは、地球のダスト。」
「重力が宇宙を守ってる。」
「人が宇宙に勝手に置くのは?」「宇宙バランスかき回し、人間バランスかき乱れ。」
「アマルコライト、ツーツーツー。」「惑星からの超新星ボム。ウィトロカイト。大気圏突入せよ。」
「マグマグマ。熱がダストを溶かし出す。」 「大気に包まれ、気流は流れる。風でダストは消滅せず。」
「磁界の波が信号破壊、走磁性ーー、方向を確認せよ!」 「酸性は、 反対!」
虎は拳を二つ重ねると
「帚を持つが、帚星とは参りません。彗星のごとし現れて。」
「地球を美しく。」
「みィーずゥノ惑星、水面反射ァ。」
紅悠さんが、丸い玉の上でバランスを取っている。
「地球上の物体は、地球上に存在する。」「超微粒子、吸ってぇ、吐いてぇ。」
「物体がこの瞳に見えるのは?」
バランスを取っていた紅悠さんが、虎の面を付け、三人で並ぶと、中央に立ち、横の虎と両手でタッチすると、反対側の虎にタッチした。
その虎は、面を返し青虎に。
紅悠虎が横の虎にタッチで黄虎に。
二人にタッチされ、紅悠トラは赤虎に。
すると、ステージの奥へ走ると、
大きな二重丸を描いた。
そして、紅悠さんは、バランスボールに立ち、その二重丸の中心に針を描いた。
長針と短針は時を刻む。
青虎と黄虎は、片手を伸ばし、片手のヒジを曲げ、小刻みに腕を時計の針に動かす。L字に曲げられた腕は前後と二人で逆回りに回転され、不思議と描かれた時計自体も回転を始めた。
紅悠さんが、バランスボールから下りると、青虎がバランスボールに座り、黄虎は時を刻む。
青虎は、
「少年よーー、青年よーー、一寸の光陰軽んずべからず。」
と、描かれた時計に、絵文字を描いた。
洋洋絵文字だ。
紅悠さんは
「朝ァ、昼ぅ、晩ンンーー。」
時計の中央にギザギザの滑車を描き、大きな太陽と月も描かれた。
黄虎は後ろに行くと、長い棒と短い棒を組み合わせ、その絵の中央の滑車に差し込み、身体ごと大きく回し始めた。時計の大きな文字盤は回り、紅悠さんもスライドしながら歩き出す。
アコーディオンの音が鳴り、気が付くと、燈火のご婦人が、メロディーを出していた。
闇夜に月が輝き、時が進むと太陽が顔を出し、それに合わせ時計もぱっと明るく照らされるが、アコーディオンのじゃばらが伸びると青虎が兵隊の様に動きだし、空気入れで自分も伸び縮み、膨らんだり、走っては屈伸し、じゃばらが縮んでは、辺りを見渡し遠くの風車を確認する。
続いて黄虎と交代し、黄虎も絵文字を描くとアコーディオンのメロディーに乗りながら、ライトを浴びる。
「風を測って、カエル飛び、二本足の思考距離と胸の奥の脈を測って、息を聞く。」
じゃばらが伸びては、忍者の雲隠れポーズを片足で取り、人差し指を伸ばして、後ろに下がったり前に飛び跳ねたり。
横に素早く動くと、後ろに描かれた時計に何か見える物がある。
青虎と重なり、部分、部分で二人並び、絵の前に立つと、巨大な一頭の象が二人の後ろに現れた。
大きな長い鼻を高く上げ、耳を広げ優しい瞳で立っている。
象は、雄大な自然の中で、力強くその大きさを現した!
紅悠さんは、再びレバーを中央に動かし、時を進める。
太陽が高く登り、月が隠れると、象の鼻から霧が吹き、草葉が芽を出した。
「芽吹きが歌うーーサササササ、果実もオハヨウ、ササササ。眠くなったらお手伝いー、エネルギーの光合成、ブクブク粒粒ぅドッキドキ-。」
太陽も沈み、青と黄虎が頭を抱え、上へ下へと震わせる。
積雲の、魔法のランプの大男。羽も付け、時も空も膨らませる。
「発想のポップコーン。種で芽を出し。」「種も膨らめ。」「種も育 だて。」「種も捲く。」
中央に虎達は立つと、時計の針に洋洋絵文字を指し、言霊を直線で結び、示唆している様だった。
その組み合わせで、言葉は広がる。
僕の器の考・動・実。でも、それだけじゃぁ、ないんだ。
繰り返し言葉の時を刻む虎を見て、僕も腕を伸ばしステージ場の文字盤に時を指した。
「言継さん、、、、言継さん、読み組みされていらっしゃいますか、
お気楽にね、
なさって下さい。」
ご婦人はアコーディオンを抱え、小さく僕の隣に立つと、婦人の小さな指で、文字盤を指していた。
「耳で音として聞く文字と絵文字とって、形象化した言葉は、楽しいでしょう。解らない文字もおありでしょうが、良いんですよ。それで。
そのお持ちの器、考・動・実。
何かお考えになりましたか?」
僕は、文字盤の絵文字を指しながら、知らずに器を持っていた。
「あ、いや、僕は、はい。」
「いつか、お話して下さいね。
良いんですよ。それで。
さて、夜も更けて参りました。
どうぞお休み下さい。」
ステージの月と太陽、紅悠さん、虎を合わせて象と風車、絵文字で時を指す三人を後ろに、僕は、高床式の
建物へ向かった。
五、おじぎ鳥とかささぎ
「蜜柑の間」管理室のおばさんは、確かにそう言っていた。
ステージをバックに直進すると、あの建物がある。もう一つは、「古楽の間」
草野風さんと背高さんは泊まっているのだろうか。
下から上を見上げると、草野風さんが付けていた染め布がドアに結ばれていた。
僕は、少しほっとして、ゆっくりと梯子を登って行った。
部屋には、朝には無かった小さなテーブル、その上には蝋燭と燭台、マッチ箱、そして蜜柑が置いてあり、
僕は葦編み帽を外し、荷物を下ろすと、衣装のヒモを緩め、ヒザを床に。
そのまま体の力が抜けてきて床に貼り付くと、僕は考える暇も無く眠った。
まだ、薄暗い空の中、僕はふと目を覚ました。
窓が少し開いていて、外はまだ静かだ。テーブルの上のマッチ箱から一本取り出し、蝋燭に火を燈し、蜜柑を食べた。
部屋の中は、殺風景かと思いきや、壁には、蜜柑の絵が一つ二つと描かれた木板が枠の中にバラバラに並べらた物が飾られてあり、その向かいの壁には、花枝の花びらに洋洋絵文字が描かれた絵が飾られていた。
その下に数枚カードが吊るしてあり、一枚づつに「水」「林」「月」など、漢字が描かれていた。
花枝の絵には
「洋洋絵文字千字文字創リシ、千思万考、一ツ撰ビシ、一文字当テヨ 。」
一文字当テヨ。と言う事は、絵文字当てクイズだ。
すると、あの蜜柑の木板は?板は全部で十六枚。
バラバラなのも何か変だ。木枠の中には、一枚だけ、扉が描かれていた。
扉には、「整頓」と小さく記してあり、僕は、枠を持ち壁から外すと床に置いた。
扉の絵を一枚取り、蜜柑の木板を上、横、下へとスライドさせて、蜜柑の数づつ順になる様スライドし続けた。スライドさせながらも、洋洋絵文字クイズが気になる。
パンフレットを出して、早く確認してみたいのだが、どう見ても文字数が多い。蝋燭の燈だけでは、花びらの中の文字もはっきりとは読めないのだ。
蜜柑を数えながら、十四枚目を並ばせた。
あと一つ。
また列をずらし最後の一枚、蜜柑の木板を1から15まで順に並び終えると、ドアがノックされた。
管理人さんだ。
「ご準備、して下さい。それと、二千五百円ね。集合致しましたら出発しますので。」「出発?」「オハヨウゴザイマス。ええ、下で持ってますので。」
「オハヨウゴザイマス。」
絵文字パンフレットを出すまでも無く、僕は衣装整え、燈を吹き消そうと急いだ
が、テーブルの上にあるマッチ箱にヒジを付き、頭をかしげる人の絵が描かれていたのに気が付くと、大きく深呼吸し、今日一日の充実を願い蝋燭を吹き消した。
梯子を下り、管理人室の前へ行くが、まだ誰もいない。
管理人室のドアを叩くと、おばさんが出て来て、もう来たのかと早支度に驚いている感じだったが、
「身支度はされていますが、お身体調子整えて下さい。水田まで参るそうですので、汁子を飲んで頂こうとご用意しています。」
僕は、二千五百円払い、竹小屋に歩いて行き、水路林に立っていた。
水田までの道のりは、何か体力的に覚悟がいるのかと少し不安になり、体を解した。
「どーぞぉ、どーぞぉ。」
おばさんが呼んでいる。
管理室前に戻ると、背高さん、草野風さん、河童が二人、薄暗い空の下、四人集まっていた。河童は、大きな台車を引き、背にはカゴ、収穫の準備万全といった所だ。
「水時計まで行かれましたら、案内人が参りますので。
昨日、鳶が多く飛んでいましたから、晴れでしょうが、蟻も多く出て来ますので、ちょいを掛けられませんようにご注意して下さいね。」
「俺は、蓑を着て来てきちまったなぁ、夕鳶じゃぁ、笠を脱げよぉ。」
「卯多彦さん?」
「ゴンタが、いたかぁ。」
「夕鳶でも笠は被っておりなさい。又、昨日の様に雨が降るかも解りませんよ。」
「あのぉ雨には、面食らぁたぁ、火ホドも消えて、飯がおしゃかになる所よぉ、木車ぁ走り使っとぉってぇ、俺さぁ頭に皿乗せたぁさぁ、懐も潤おわね河童で、天恵でも頂かねぇと、懐刀あっても力が足りねえじゃ情けねぇ。」
「雨が降ったって、、、、昨日は晴れでしたよね。
加薬飯の時だって、晴れて、、、、。」
「おとっついだぁべそれぇ、二日ぁ前だぞ、ゴンタぁ。」
「二日前!?」
「言継さんですよ、卯多彦。身支度もおぼっつかない様では、木車引けませんからね。炎を眺め過ぎて、過熱した火薬玉に見えておるのではありませんか?アカトキで薄暗くも、興奮していては、
まだ何も見えておりません。」
「おはようございます。昨日の豪雨でだるま山に霧雲が懸って、瀧が登っていましたよ。」
「マストに帆を上げましたかな。落ち着いて参りましょう。」
草野風さん、背高さんも穏やかだ。
僕が二日間眠っていたのは、どうも本当の事らしい。
卯多彦さんの面倒を見ているのは、重ねた木箱を持つのを見ると、芽姿さんだろう。
管理人のおばさんは、木椀を盆に並べ
「米を半殺しにしてね、急いでこしらえましたから、粒が当たるけど、
どぉーぞぉ、小豆汁子で目が覚めますから。」
と、かぼちゃや、芋まで入っている甘いお汁粉を配った。
「まずは、水時計まで行きますか。」
草野風さん、背高さん、僕と、後ろには河童が、ガタゴトと台車を引き、歩いて行く。
「果てしなき、洋洋水路ですな。水に恵まれ途絶える事無く、言継さん眠りに就くも、泉湧き、時を流し歩む。
私も川上では、一竿の風月と、沢で楽しておりましたが、青年に 押され、久しく足がこちらに向きましたな。」
「言継さん、呼び水になったんですね。私も心沸き立ちますよ。」
僕が草野風さんを呼んだなんて、とんでも無い。
「僕は、洋洋村までの道のりを伺っただけで、まさかご一緒に、いや、
氈鹿の巾着が素晴らしい物であった事、この地に来て、洋洋が橋懸かりになっているのを僕の方が感謝したい位です。」
「まぁ、宵寝、朝起き、長者の基。水田へのご案内人は、シノノメで姿を現した水鳥でしょうか。」
「東の空が白み始める頃ですな。」
「おぉ、さんさん輝きをぉ、太陽が来たかぁ。」
「有り難、アリガタァ。」
空は澄み、夜は明けて来た。水時計の飛沫が時を告げ、水滴も草木を光らせる。
「はい、いらっしゃいましたな。ご案内人、お待ちです。」
草野風さんは、手を上げると
「新美でありますか?深く登られ、驚かれたのではないですか。」
歩いて行くと、体の大きさに驚く。この人は、チーズを配っていたおじさんだ。それと、その横にはサポーターを足に捲き、がっちりとした靴を履く、丸太を担いでいた四人組も立っていた。
「お早うございます。美観に学びし感激致しております。
私、山の上からこちらに来ましたのは初でございますが、案内人は実は、この四人衆。山高い場で牧人として暮らしていましたが、誠に素晴らしい。」
「放縦な農村生活とは良く言ったものですが、畑におられる者達も大変手を掛けて世話をしてくれていますのでな。」
「小事は大事と、草野風さん言っていましたからね。どうも、お早うございます。さぁ、行きましょう。
朝採りでお分け出来る葉物も有りますから。」
「水時計に並んでねぇ、つぅ事は、水ぃ郷へぇ俺も行くのかぁ?」
「そうですよ、卯多彦。木車はこの場に置き、本日は私達もご一緒に参るのです。」
河童は籠を背負い、僕も靴ヒモ、腰ヒモと縛り直した。
「ご準備、宜しいですね、大空が近く感じるかもしれませんよ。」
四人の後に就いて、僕らは再び水畑に続く水路林へ進んで行った。
剛駿さんの農夫百態は、思い深く、
紅悠さんのおとぎの国は、不思議が溢れ、野リス達もリンゴ園が終わりに近づくとこれ以上進む事無く、花絨毯の端に並ぶと、見送っていた。
空は白み、林はふと時が止まった。
美しく高々と並んだ木々を過ぎ、水路は広がると、一面、蒼蒼とした葉が密集している。
「水が、綺麗で居心地が良さそうですね、この野草達は。少し食べてみてもいいですか?」
背高さんは、長い足を岩にかけ
「クレソン!ですね。奥の方にはまだ他にも有りそうですが、何ですか?」
「どうぞ。群生していますので、山葵です、奥のは。」
「水畑にしましてね。元々少しでしたが、試行錯誤の末、ここまで増えました。」
六款さんが話していた、クレソンの群生場だ。
「オオマツゥヨイグサァ、だったらよぉ、俺も育て摘みますから、花で和えて召し上がったらぁ。」
「木彫り職と花料理も修行中で、つぼみ和えではないのですか。美しい水畑でとんでもない事ばかり言わず、
木彫りの腕を磨きなされ。」
「強い生命力ですよ。荒れ地でも、水が豊富にあっても、逆に人の手にも上手く順応するのか。」
「野草の逞しさと、人の知恵でしょうな。」
さらさらと、水の流れる音が遠遠と続き、セリやシソ、三つ葉、パセリなど、馴染みの草が整っては、生え、丸太の一人が
「行き帰りの疲労回復、ヤマユリ、ヤブカンゾウも山地に入れば、ガマズミも実を付け、スイカズラの不老長寿と、ウワズミザクラでぐっすり眠れますよ。」
「そちらは蒸留酒に浸けまして、薬酒せぇーんもん、まぁ、イタドリの根っこで落ち着いて、畑もすっきりしますから。土整さん、ぐるぐる回って有機体、銀河で昼寝しないで下さいよ。」
「わぁくせいのぉ、土星さんなら、外側回って俺、天王星だぁ。」
「天王山に登るわけではありませんので。道によって賢きと言いますが、道草食うのも、身になりますよ。」
「土整さんが酔い舞いて、迷い牛を助けた事もございましたから。
まぁ 、酒に十の徳ありと、私も皆様と、縁を持たせて頂きまして、こちらに出向かわせて貰いまし、大変感謝しております。
毎日、牧場ばかりに目をやって、牛か人間かわからん事になっていた所でして。終日、牧草食べているわけではありませんがね。」
と言って、大きな牧場さんは、大きな声で笑った。
「乳牛のモモヨは、自由の翼を持っているのですよ、きっと。」
「モモヨが姿を現したお陰で、田を耕す助っ人が来てくれる様になり、私共も感謝していますから。」
「馬鍬付けて牛を牽いたら、土筆さん、牛歩と思いきや、以前よりもハイスピード、メガトン級の男力で、良い土が仕上がっております。」
土整さんと土筆さん、他二人も、腰に太巻きを付けているのは、田畑の仕事の為だったのだ。
牛との繋がりで牧場さんはここ洋洋に来るきっかけになり、僕は僕なりのきっかけ。
背高さんだってそうだ。皆の鉱物への憧れか、行司さんの釣りのおかげか。
なかなか面白い事だな、と、この先の水田を期待した。
水々しい青菜の群生水路を進み、道は少し穏やかな傾斜になって来た。
静かな川も岩が大きく水深いのか、流れも強くなり、僕達が坂を登って行くと、川は枝葉に覆われ、遠くに見えなくなっていった。
「暫く登り坂を歩きますので、枝を使って下さい。」
四人は背中から棒を出すと、四段階に伸ばし、僕らに一枚づつ杖を手渡してくれた。
「転ばぬ先の杖と、ご用意が宜しいですな。堰で入らねば河で取るか。 重い鉈を振り、木枝を使い登りに行った我、遥かな進歩と申しましょう。」
「何をおっしゃいますか。草野風さんコロンブスの卵ですよ。一つお話し致しますが、例えば桜木さん、
ご存じ、あちらのヤマモモの木は、草野風さんが見つけ増やされたのですよ。」
「そうでありましたか!紅色彩やかで甘い香りは、私のデカダンスとなりまして。心の回復薬。どうりで美しい木だと思いました。親猿の番人が飛びかかる訳です。いや、申し訳ない。」
「自然の産物ですから。この奥深い山全て、そうでございます。桜木さんも、お一人で、ヤマモモ場までこられて、山の都の目は肥えているのではないですか。山に住まれ、山好きは、山草、果実と食の保存、貯蔵が得意ですから、ヤマモモに気が行くのも当然の事ですよ。」
牧場主の桜木さんは、巨漢の剛駿さんよりも一回り大きな体つきなのだが、歩く度に、アンズの木や、山サクランボ、コブシと、自生しつつ育て上げられた木々を見つけては
「始まりを見て、又、感心感激致します。山男ですから、どうも木の実ばかりに目が行ってしまいますが。
山育ちの性でどうしようも無いですな、私も。」
と草野風さんと話す姿から、桜木さんは、とても生真面目で素朴な人なのだと感じた。
「チーズご馳走様でした。僕、今度牧場に伺わせて下さい。チーズ美味しかったです。本当に。」
「毎日、牛に囲まれ暮らし、久々の会合でしたがこの期は、草野風さんのお創りになった好期か、花好きの畑に花が集まりますでしょうか。どうぞ、歓迎致します。」
「私は、何もしておりませんよ。言継さんのご意志ですからな。」
「呼び水になったり、汲まれたり、若々しさは、潤い散水、水飲み鳥がいてくれたら、助かりますからね。」
河童の二人は
「魚心あれば。」
「水ぅごころぉ。」
「緑の力、植物は、全て与えてくれますしね。」
「芽を出し、花が咲き、実を付け、枯れても、さまざまな形で、私達を逆に育ててくれていますよ。」
「しかし、水がありませんとね、雨が降り、海が出来、土の力で川が出来、植物や私達、生き物は、さまざまな恵を授かっているわけです。」
「包まれてます。」
「陽月さん、天を指して飛び回る、雲雀がお好きで、空を見上げては、日がさ雨かさ月がさ日がさ。」
「何だか、鉱物扱ってますのは、栄養不足になりそうですね。」
「大ぃーー好物は、俺の自慢の加薬飯ぃーーー。」
「ミネラル十分ございます。鉱物性栄養素。カルシウム、岩塩だって不可欠です。土や水にだって、勿論です。」
「砂漠のばらは、結晶での美しさかな。」
「トパーズを磨くも、螢石の原石は、熱すれば自ら輝きますしね。」
「滑石は、体を清める石鹸とも。石も出て参りましたな。昔掘っておりましたら。」
「それは、化石では無いですか。」
「化石!?」
「藻華さん、その話をお聞きして、耕すどころか採掘なさろうとしていましたからね。」
とにかく案内人の、土整さん、土筆さん、陽月さん、藻華さんは、ニ本の枝を大きく振り、山道を登りながら、掛け合いの問答をしているみたいだった。
太陽の日射しが草葉に反射し、眩しくなって来ると、先頭を歩いていた土整さんが
「朝霧が多く出ますと、足元滑りますので、登りましたら立ち止まり、皆様、まずは、ごゆっくり眺めて見て下さい。」
日も登らない早朝から歩き始め、とうとう、水田に到着した。
木々が弓形にアーチ状になった緑門をくぐり、杖を使い山道を登り切ると、そこには山肌に岩や石が突き出し、半円形の大きなポケットが所々、空中に浮かんで見える。
遠く、急な斜面は、絶壁になっていて、そこの岩々は、細かな花を咲かせ岩のプレートが受け皿なのか、何と言うか
▽▽▽▽▽▽
僕にはポケットに見えた。
△△△△△△
その岩を盛り、包む様に緑が生い茂り、斜面から水が滝になり、飛沫を上げ流れ出ていた。
流水口からは、水煙りが立ち、霧にも包まれ、そのポケットが浮かんで見えるのだ。
そして、前方正面には、緑のポケットに水が注がれ、一つ一つが水田になっていた。
山の斜面を使い、水路が四方八方に流れ、小さな区画に分けられている。
「空気が美味しくてこれは絶景ですね。」
背高さんは、両手を広げ、その目の前に広がる景色を見ると
「シャンペンツリーですよ!葡萄畑では無いですが、こんなに美しく整った水田は見た事が無い。
この、地形に上手く沿っているのが、見事です。」と、大きく深呼吸していた。
シャンペンツリーと言われれば、カップにも例えられるが、どちらかと言えば房だろう。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽△△△△△△△△△△△
標高何mなのか、この高々とした、水田の頂上からは太陽の日差しも強いが、遠く岩山の空には、月もぽっかり。
薄々と存在感を現し、地上から見るよりもとても近くに感じた。
僕は蜜柑の間にあった「水」 「林」 「月」のカード、そして壁に掛けられた花枝の千文字の描かれた絵を思い出し、もう一度、じっくりと水田を見渡した。
一つ一つの区画が小さいので、上から眺めると、かなりの急斜面で、下の方まで続く畦道は遠目では滑らかだが、緑があるにしても岩が出て、僕の立つ場所はかなり険しい。
基盤の目ように均等に区切られているのでは無く、本当に地形に沿い突き出るようにポケットが、
いやこれは、
「、、、、、花びらが広がっている。
花みたいだ。」
僕は思わず声に出した。
「花合わせされますかな。テフマフトコロ、水差しナガレ、円円と穂はカウベをタレル。」
草野風さんは笑っていた。
「広がりましたよ。素晴らしく。」
「流れを辿ると解ります。」
土整さんと土筆さんは、美しく整った水田を眺めると、杖で辺りをアレとコレ、などと言いながら指した。
「オタァマァジャクシィにモリアオガエル、ノンベンダラリと、こんな所におりましたがぁ。
ドンデディゴディゴ、ノディゴディゴ。急がぁばぁ回れぇい。」
「そんな呑気に見えましても、マガモ、コガモもプカプカしながら仕事をしているのですから、卯多彦もカエルワシ掴み、畝で騒げば、コナギと共に引っこ抜かれますぞぃ。」
「俺はヒゲクジラぁ。」
「滝口の絶壁に花が盛られていますが、自然に?」
「ツルハシで登り、流水口を創る際に出来た場所ですが、鳥が種を運んだのでしょうな。」
「草野風さんの神通力ではないですか。畦に草やわらを積み、まずは土と第一に鍬を持ち、起こされたのです。」
「自負心で、ございますかな。山での生活での。」
「白鷺が飛んで来るようになりましたよ、あちらの水路には。」
「陽月さん、とにかく鳥がお好きで網を張るか張らざるか案山子に稲穂を持たせまして、危うく雀に二万粒の米を食べられそうになった事もございます。」
「そこで陽月さん頭を抱え、取りました策として、天然ミスト、水滴砲でございまして、水時計さながらお手製の噴射水鉄砲で野鳥避け、もう一つあちらにございます巨大水鳥水飲み鳥。人手も足りず、干上がっても大変ですぞとクチバシと尾っぽを長く伸ばし、喉が渇けば水を
飲み、尾まで潤せば田畑までもと百姓の万能、とても器用なお人なんですよ。」
陽月さんが創作した巨大水飲み鳥とは、尾が渇くと水路で水を飲み、体中に水を含ませると静かに立って、水路から離れた田畑に尾っぽから水を流すという仕組みになっている。
これは昔僕の家にも置いてあったおじぎ鳥の巨大な物だ。
高台から滝が水路になり、枝になり、花が咲く様に区切られた水畑は、遥か遠い昔、まだ僕がこの世に生まれる以前から、静かにこの場所が人の手によって創られたのだ。
緑の色深さと、見慣れない岩肌の光景は、江戸時代、いやもっと古い時代にタイムスリップしてしまつたのではないかと、自分の鼻をつねった。
「奥に広がる山と山。その山々に囲まれ包まれこの場所に立つと、私は熱い達成感とその次への何か挑戦意欲が沸き上がりましてね。」
「藻華さん、下流から山懐に入る時には雉子を追いかけ木にぶつかり、転んだ弾みで土穴貯蔵に尻持ちをつかれた事もありましたから、登りにはかなり気合い入れられてます。」
「山に躓かずして垤に躓くと。」
「季節、季節に一つ一つと。」
「私が貯蔵されては、たまりませんよ。」
「熟成小屋で寝かされるのは、チーズでございますか。私も牧場でホルスタインばかりですから、この美しい風景を見ると積み重ねられ考えられております所はなかなか考え深い。」
四人衆、草野風さんは桜木さんと共にニ、三段下へ歩いて行き、僕は背高さん河童らと滝口へ寄って行った。
「この滝の源は、水時計からの水路だと思いますが不思議な事に、ここはかなりの高台ですよ。」
「川もぉ、登ってんぞぉ、水時計は、恐るべしだぁ。」
「そんな事あるんですか?」
「私共も存じません。」
「山からの清水という事も考えられますよ。」
僕は、草野風さんがこの水田において何か伝えたい事、洋洋千字文の中あんなに沢山あったが、、、、、
そうだ!あるのだ!
水を掴み、月を探し、林を見た。
「雨だ。」
「降ってねぇけど。」
「では清水かと?」
「いや、あっ雲?だ。」
「雲?」
「天水も、神だのみですから、水路を創られたのでしょうね。」
皆の話をよそに、僕は花絵文字はこの場にある事に気が付いた。
「辿って少し下りてみましょう。」
背高さんが流れに沿って歩き始めた。左手のニ、三段先に草野風さん達の姿が見える。
「慎重に歩きましょう。転がり下に辿り着いても、磨かれませんからね。」
一段下は、弓なりに仕切られた水田がある。回りをこんもりと草草が結び合い、強く踏み固められた水田は良く見ると、岩や石も積まれている。
石の重い質感と苔は、年月を感じた。
「石杯に、シャンペンですよ。」
「乾杯なぁらぁ、木杯をお使い下さいませ。」
小さく区切られた水田だが、稲はそれ程の量には感じない、あまり密集していないのか、ゆとりがあるのか狭い所でそう感じるのか。
水が、とても良く澄み渡って、反射して光る波紋が、落ち着いていた。
「おじいさんなんでしょうか、この石積み。」
「草野風さんの、信念では。」
「かてぇ岩だなぁ、これは。」
その先に歩き、畦はまた弓なりに、横へ下へと続く。
「どうぞ、こちらへ。」
土整さんが手を振り、来るようにと声をかけて来た。
その場所には、土が広がり盛られており、作物は何も無い。
水路も木板で仕切られ、方向を変えている。
「つちつちと、培う土は、土と成る。」
「山懐を見下ろして、山モモを一籠取り家に帰るも、また一年。そこへ行けばまた食せると、月日を待っておるのも、くいぜを守る様なものですからな。」
「藻華さん、木に当たりましたがぁ、私達は、守株シュッシュと致しながら、日々頭をひねっております。」
「この場では、土を肥やしておるのですよ。良い作物を育てるには、
一種、二肥、三作り。」
山懐の上から下へ広がる水田は、所々に土が山に盛られ弓状に流れる水路に守られている。
「成長し、眠リ、根を伸ばし、日を浴び、肥えて、と、人間と同じですよ。」
「心もありますしね。上手い土に水、きちんと手を掛けてあげれば、とっても素直に育ちまして、美味しくなるんですよ。」
「ほぉったらかしじゃぁ、枯れてしまうだろぉ。」
「まぁ、甘やかしてもいけません。サポートをね、支え、整える。」
「段違いで、土に躓き、藻華さんもみ殻もみ合って、フーリガンになっていた事もありましたが。」
「こちらも頭が、ガチガチですと、肩に力が入ってしまいますし、自然にも私の心が移るんでしょうね。
収穫も少なければ、心配にもなる訳で。原因究明とムシロを被り葦の髄から天井覗き、でダメだ。
ならば海を探れと大海原へとぉ、潜水艦まで乗り込むかい、あれやこれやと論を交わす、なんて事も致す訳です。」
「もの事の根本を、お考えになると、言う事でしょうな。」
稲一本にも心がある。そんな風に話す四人は、この仕事にとても誇りを持ち、生き生きと大地に立ち、質実とした生活を送っているのだろう。
僕は、その四人の心意気というか、気合い、、、、気持ち、、、、気い、、、、気勢、、、、。
丸太を担ぐ程なんだから、とても大きな意気込み、、、、、、、。
「気だ。」
そうだ、気の流れだ。
川に米あり、洋洋絵文字は、「気」だったんだ!
土を整え気を見つけると。
この水田が伝え、見せていた事は、スライド蜜柑と、千字文。
そして、皆の情熱なのだ。
山懐と、草野風さん、バスでのここまでの出会い、あの瞬間が繋がった。
「ひとつ、ご覧頂きたい物がございます。」
草野風さんはそう言うと、布袋から淡い水色の石を取り出した。
「大分前ですが、掘っておりましたら、いくつか石が出て参りましてな。」
「アクアマリンですね。これは。緑桂石、はたまた石英か。」
「珍しい物ではと、残しておりましたが。」
「宝がぁ出たのかぁ、こりゃぁノルカフゾルカァ大地授かり物でございますよ。」
「授かり物と喜ぶも、思い違えばこの地を去って行った者もおりますがな。」
「鉱石が出るのなら栄えますでしょうに。乳牛にも飾らせて頂きたい所ですが。」
「理想郷に住まい、自我の念と創造の地に、誇り、意気陽陽と石を輝かせるも、時が消え去り、身も心も移り行く。」
「採石場という場では無いですしね、ここは。」
「食を作られたのですよ。」
「職かぁ?宝石屋かぁ。」
「我々の時分は、食思強くも食も少なし。」
「そこで草野風さん、新境地から山までも創造の地に致したという訳です。今この地、山懐の水田までも。」
「山に舞い踊らされていたかもしれませんがな。」
草野風さんは、洋洋先人だ。
草野風さんが、この地を切り開いたのだ。
僕がこの地に辿り着いた事も気に掛けてくれていた。この人のごつごつとした腕が、全て物語っている。
去る者、来る者、住まう者。
きっと、園星さんも洋洋なのだ、洋洋先人なのだ。
この地に来た者、洋洋村の人々、皆、生活をしながらも、僕の心の気を案じてくれている。
「言継さん、縁は異なもの味なもの、不思議で変わり者ばかりですが、洋洋であり、洋洋で無くと、日々切磋琢磨しております。言霊のさきおう国、思想と創造力、一、壷中の天地ここに現さば、と、与える事もあり、与えられる事もあり、いつでも歓迎しております。」
「めんない千鳥して、遊んでいませんからね。」
「よーく、ご覧になって、このご縁、心気に一つ、ほんの一つですよ。残しておいてくださればね。」
「草野風さん、そのアクアマリン、私に預からせて貰えませんか?」
背高さんは石を一つ手に取り、日差しに翳した。
「ローズやクォーツアメジスト、まぁ水晶ですが、そういった石もございましたでしょうか。せっかくですから形にしたいですよね。私に任せて頂けませんか?流れ流れ眠っていたのですからね。」
「そうですか、何やら首に飾り物では、老人の木登りと冷やかされそうですが、身に付けておるのも宜しいと聞きますからな。」
「やらせて頂けますね。」
「では、これに。」
草野風さんは、ズボンのポケットから懐中時計を出し、背高さんに見せた。
「時の相棒でしてな。
長く使っておりますが、まだまだ現役といった代物です。」
「石が、付いていたのですね。」
その懐中時計の表面には、元々石が付いていたらしく、ぽっかりと中央に窪みが残っていた。
「時計を落とし、探し掘るうちに石を見付けましてな。」
「草野風さんが、懐中時計を出すと、鳥が鳴きまして。今日はもうお帰りですかって。」
「あーんころ餅でぇ、尻叩かれたかぁ、宝を掘り出したとは、幸せもんだぁ。」
「卯多彦は、木掘り専門でございましょう。その職に着く事も幸せな事なのですよ。」
洋洋村の奥深く、岩壁の水田、水煙り、霧立ち上る厳しくも優しい水郷は皆の支えである。
「収穫時には、また少し賑やかになりますが、どうも、偏屈なくせ者ばかり集合してしまいます。」
この水田そのものも宝。食の宝石だ
こだわりのある洋洋村の食事に改めて感謝した。
「成り行きて掴み多くあった実りに思い出すのもまた懐かしくもあり、 新しくも感じ誠に縁とは可笑しなものですな。」
「私も、その時にはお呼び立て下さい。足腰は丈夫でございますから。」
桜木さんは、大きな体を起こし牧場へ帰って行った。
河童は、米の入った袋を土整さんから受け取ると背負っていた籠に入れ、四人の案内人と共に僕らは元来た水畑へ下った。
「草野風さんは、石に花咲かせたかと思わせる程、未知のパワーをお持ちな方ですから、楽しみです。
今回の桔梗公演。」
草野風さんは不思議な人だ。水田を眺めている姿は何か達成感に満ち溢れていた様子だったが、僕が最初に尋ねて行った時は、それこそ道案内の人であり、茶人の会に招かれて来た時と今とでは何か違う。
この人の表情がそうなのだ。
子供のような目の輝きと、落ち着いた口調で微笑んだり、驚いたり、独特の雰囲気のある人だ。
「刈って、行きますか。」
水畑に着くと、陽月さん、藻華さん素早い動きで、シャキシャキ水菜の束を作り上げると、河童の背カゴに山積み乗せた。
「ご苦労様です。本日は、水畑アラカルト、水時計まで参りました時には、また宜しくお願い致します。」
四人の案内人は、道具や杖をコンパクトにまとめると、再び山へ登って行った。
▲△▲△▲△
遠くで野リスが跳ねている。
甘い香りと花絨毯。片手を上げ直立し、ポンピングしながら紅悠さんが待っていた。
「パト-スパトロール!かーいろうマウンテーン!洋洋水郷カら、お帰りなさい。ワタクシ感謝致してオリマス。
あわやアップルジャァグラァ-、円形広場のサイクルピエロ、やややそれデモぉ
満足ゥ、サウスポー。
山賊ではご ざ イ ませぇん。
カゴの水菜を置いてきナァッテナ、コチラニ十分ご用意アリマス。
ツリーハウスでお持て成しさぁせて頂きマァス。」
「紅悠さん、つかまえましたよ、僕。」
「ご用ぉ意ーとはぁ、紅悠リンゴのフルコースかぁ?」
「イイエ、管理室ヨリ届いてオリマス。五段重ねのミルフィ-ユ、中味は食べてのオ楽シミ。」
河童らは、荷物を置くと、疲れも見せずさっとツリーハウスへ。
その後を背高さん、草野風さん。僕は、初めての冒険小屋に胸踊らせながらも、洋洋パズルの1ピースを探すべく、注意深く上がって行った。
ツリーハウスの中は、外よりも広く感じられた。
中央に大木が突き出しているが、その木を支えにテーブルがある。
部屋の壁には、取っ手が多く引き出しかと思いきや、ジョイントしてテーブルになったり、ベンチ風のイスを半分に開けると、帆が張られ、簡易ベッドにもなる。
さらに壁の上に付いた取っ手を引くと、テーブルの上にぴたりと重なり寝床にもなるらしい。
棚も所々に付いていて、四角にキューブの引き出し箱が、幾つも並んでいた。ベランダがツリーハウスの周りを囲み、ハンモックも吊るしてあった。
そこに揺られているのは、まさに鳥気分になるだろう。
大木にも四角い引き出しが四つ。フックも天井から等間隔で付けられており、袋がぶら下がる。
その網袋には、紅悠さんのリンゴ。
チップスや果実など瓶に詰められ、上の棚にずらっと整列されていた。
網の張られた箱が外にあり、そこの引き出しにも網が張ってある。
所々の取っ手は、小さなドアで、下の隅にまで付けられて、ネズミの入り口みたいだが、壁に付けられた数々のドアや引き出しは、別世界への入り口という訳でも無いだろうが、収納があまりにも多く、何が何処に入っているのか忘れてしまう位の数なのだ。
体こそ入らないが、小さくも無く、大きくも無く、不思議なサイズのドアだ。
「ゴ面倒デスカ?面倒臭いナドトハおっしゃラズ、アップルフレーバーでございマショ 。
コチラを引くとこうなっておりマァス。」
紅悠さんは、テキパキと楽しそうに引き出しを開け、料理を出してくれた。
「後方、下カら三番目、そちらノ引き出しから、ナイフ&フォークをお願イシマス。」
「空っぽのぉ瓶しかねぇがぁ。」
「ソチラノ隣でゴザいマス。」
「幸男サん、グラスを。」
僕の目上には、グラスの戸棚があり、所狭しと並んでいた。
「ナフキンを掛けませントネ。」
テーブルの上には、鮮やかな色の料理が運ばれ、あっという間に、昼ご飯の用意は整えられた。
「本日のミルフィーユ、ど ウ ぞ お召し上ガリオ。」
目の前の木箱には、まず最上段、サーモンピンクに緑のツブツブ、赤のツブツブ、黄色のツブツブ。
コンソメゼリーが輝いて、中央にはフワットムースが乗せられてとても綺麗だ。
その下は何だろう。バターライスにハーブが香り、その下からは、蒸し魚が挟まれて、その又下にはすっぱいパスタ。キノコと根菜、新鮮野菜でさっぱりサラダだ。
そして、一番下の段には、ジューシーで歯ごたえのある鳥ひき肉のうずら卵入りと、全てがぎゅっと濃縮され、ひし形に固められている。
「これは、これは、手の込んだ一品でございますな。」
「挟めばぁミルフィーユってぇ、加薬飯も間に入れれば同じさぁ。」
「全体のバランスも、お考えなさい。卯多彦も腹に入れれば同じでは ありませんからね。」
「もってぇねぇって、俺がぁ、皮捨てるとぉ、拾うだろぉ。」
「大事にする気持ちが解れば良いのですよ。」
「物の少なき時代におると、捨てる物を探す方が大変でございましたがな。」
「人間、いろんな引き出しを持っている方が、羨ましいですからね。」
「俺の炊いた飯には、何でも合うぞぉい。」
「以外な所に、以外な物は、互いの気持ちが合えば、楽しいですけど。」
「見つからなぁいと怒ってしまわないで下さいね。重ねて 重ねてたぁーぉれぇるぅぞぉ。
リアルジェンガは ツリーハウスでお楽しみを。ございますから、アブト式ぃ。」
「きっちりと木を組み、丁寧な技で、洋洋もこの方の工芸技で尊家が建てられ、村の顔にもなっておられるのではないですかな。」
????
「忍者屋敷と忍びの術でも使っていますか?頭の体操いちにのさん。洋洋の顔は、円形広場へ続く道かな、
からくり三昧・骨休みのあーずま屋ってぇ、あのお方のご演出かぁ、
ドラマツルギー、勇者の剣を掲げれば、扉は開くぅ合い言葉ぁ。♪」
「からくり塔で、お会いしました。修復作業中で、忙しい所、僕、声を掛けたんですが、、、、、。
怒らせてしまって、合い言葉知らなかったから。」
「合い言葉はございませんよ。ややこしいかな はずみです。」
「つってぇ、引き出しをぉ、出せよぉ、リンゴぉ。」
「幸男さんのお姿にも、引き出しはありますが ↓ ↓ 瑞枝子様のご演出でしょうね。」
洋洋村で気付いた事。洋洋村は、創作の村だ。皆、それぞれが作り上げ、それぞれが見せ、必要の民として、生活し、伝承し、守っている。
僕も何か創作の意を掻き立てられるが、パズルが気になり、そんな気にはなれない。
早く引き出しを開きたいのだ。聞きさえすれば、、、、僕だって。
「風靡に草の冠とは、言継さんも気に入られましたかな。」
「氈鹿織の再現を願いますがね、彼女達には。」
????
「保存・乾燥ぉ コンパクトォ- 大きくはぁ大きいなりに、小っちゃくはぁ角を合わせて下さいませね。その、プロセェスがぁ大事なぁのですっ、ご家庭お大事になさってね。こちら私達からのお土産です。」
紅悠さんは、リンゴの絵の描かれた木箱を扉から出すと、籠に入れ、皆に配った。
「ダブルさくさく ダブルハ ッ ピー。 またのご来店、お待ちしております。」
紅悠さんは
==========================
タダイマ絵画セイサクチュウ
野リスヨけナッツボール
ゴヒツヨウのサイ
おコエヲオカケ
クダさい
==========================
描かれた看板を指しながら、ジャグリングし、僕達を見送った。
「りんごの家はぁ、甘いからぁおっかしぃなぁ。」
卯多彦さんは、りんごをかじり、ご機嫌で先頭を歩く。
「いつもならの水時計まで、参りましょうね。なかなか食料調達も大変なご苦労でしたが、この度は虹を拝めさせて頂き河童の木彫り職の励みになりました。」
「俺がぁ、勇者の剣をぉ授けてやろうかぁ。」
「お持ちなんですか?」
「彫るのさぁ。」
「火ホドに怯懦しておるのなら、ご自分で持ちなされ。」
「木は燃えるからよお。」
「農夫百態とこの水路を歩きますのは、石臼芸より茶臼芸せよと思わされますかな。」
剛駿さんの石像の数は、剛駿さんの持つ引き出しか、いや、数々の農夫の姿を一、表現しているに過ぎない。
僕は、この作品に出会った事で大切な事を教えて貰った。
水時計の底の彫刻と重ね合わせてみても 同じ思いだ。
「洋洋村の食事は、とても美味しいですよね、僕、こんなにしっかり食べたのは久々というか。歩いているせいか食欲も出ますね。」
「ゴンタは何を食ってんだぁ?」
「水車が回り、今までも沢山の方々が洋洋にこられましたが、時に上手い上手いと古楽で寝転がれ、身体を支えられず梯子から降りられなくなるお客さまも数数おられたのですが、
皆様、洋洋の食事は大変美味しいと、良くお誉め頂いておるのですよ。」
「転がってぇ帰るんじゃぁ、ヲコヲコっとお。」
卯多彦さんは、後ろ向きで歩き、石像のポーズをまねると笑った。
僕は振り返り、背高さんを見ると、どことなく全体的に、ふっくらとしているように感じた。
○◯○◯
「お待ちぃーしてぇおりましたがぅわ、どうもぉご苦労様でぇございます。」
「ほーっほーっ。うとそうそうと、羽つるべで石瓶は水が溢れる所までになりましたぞ。」
行司さんは、陣笠を被り、大きな団扇を掲げ、剛駿さんが、肩から背中、ヒジやヒザに厚い布を巻き付け、水時計で僕らを待っていた。
そして、草野風さんに頼まれたあの石像も置かれている。
「がぐぅわぁ、勇魚風呂でぇ、邪気を落とし、ワシは千人力じゃがぁ。
からくりに石こぎ、すり鉢を持って行ってやった所、興奮しおってぇ、長袖振り乱れてぇおったわぁ。」
「ほーっほーっ。大玉の剛駿鉢ですから、焼き煎もはかどりますぞ。だるま山を背に、石像運びと勇ましく、桔梗へ出陣、私も痴がましいですが、共に橋を渡り歩こうと、陣羽織りに鞘を背負いまして応戦させて頂きます。」
「行司さまぁ、石像担ぎぃとは、タクラウ火ぃしておりませんか。腰抜かすぞぉ。」
「木車もございますし、お二人ではご無理かと。」
「ほーっほーっ。私も、剛駿の魂作が洋洋から出て行く事に奮迅しまして、年甲斐も無くはしゃげております。」
「しかし、かぶら矢など背にしょいて、何に使うおつもりですか?」
「血迷ったぁかぁ、危ねぇ後陣さまだぁ。」
「ほーっほーっ。これは、石矢に見えますが、杖でございますよ。ご安心を。」
「担ぐぅのぉは、ワシ一人でぇ十分だがぁ。」
「なんでもこれは大変ですよ、牛飼いの桜木さんでもいてくれたら。」
背高さんは、石像を抱え込むが、びくともしなかった。
「運搬術も、新機軸が必要ですかな。魂作が砕け、ただの岩石になっては、彫りの艱苦も無駄骨になりますからな。」
「艱難なんじを玉にす、と。」
「僕も、運ぶのを手伝わせて下さい。僕これでも引っ越し屋でアルバイトしていましたから。」
力自慢している訳でも無いが、思わずとんでも無い事を言っていた。
「ぐわぁははは、リンゴを売りに行くのとはぁ、訳が違うからのぉ。」
「ほーっほーっ。言継さんは、ご軽捷なお方ですが、ここは剛駿の気の済む様に。」
僕では力不足だと言う事は、自分でも解っていたが、ここ洋洋には、車も走っておらず、足は、自分の足でしか無いのだ。
「私共が、荷車お造りしましょうか。河童も数名おりますし、火ホドから離れた木車造りの甘臓にお話しして参ります。少し、お時間下さりませんか?」
河童の芽姿さんは、水時計に置いてあった木車に卯多彦さんを乗せ、押して見せた。
「網でぇ、結んでおいてくれぇば、寝とってもぉ落ちねえからなぁ。」
「ほーっほーっ。時をお持ちなのは、草野風様。ここは河童の木道、技工と剛駿歩芸の共作とみなして、幕を上げるのをしばし待って頂きたい。」
「幕開きは二十日後ですので、時をお使い下さってもご結構。ご準備整いしだい、お願い致しますが歩芸となりますと、私もこちらで見届けたくなりますな。」
「ほーっほーっ。剛駿も洋洋村からそちらへ出向くのは、三千日程ぶりでございます。」
「腹ぁ二十日、眼ぇ十日ぁだからぁよぉ、桔梗に今から行けばぁ慣れっだろう。」
「河童が運ぶのではございませんよ。お力添えをする為にも、荷車をまず完成させなければならぬのですからね。」
「俺も、見てぇなぁ。」
「卯多彦は、今だにそんな事を。まだ続けていなければ、身に付きませんよ。」
「ほーっほーっ。我が上の星は見えぬと言いますからな。」
三千日もの間、剛駿さんは洋洋から出ていないなんて、、、、、、便利な生活をしている今の僕では、とてもマネ出来ない事だ。
「岩石と彫刻と、三千日とは、羨ましくも思いますよ。」
「ぽつぽつ三年波八年、創造の地、洋洋の今を知り、嬉しい限りですな。甲斐あってこの形になってきたかと。洋洋の人々、洋洋を知る人々、楽にお待ちしております。」
「時のご都合ぉ下さりぃ、日の出が待ちどぉしいわぁ。河童ぁ、頼まれたぁぞぉ、甘臓の所へ行くがぁ何処におるかのぉ。」
「はい、参りましょう。火ホドから離れましたので、今は水門の近くにおられるかと。まずは、木車で食料を運びますので、ご一緒にいらして下さい。卯多彦は火床を焚くのですよ。」
「俺はぁやっとこさぁ、肩の荷が下りたかぁ。ナをこしらえておくとするかぁ。」
「水門にかささぎが飛んでおりましたな。」
「かささぎの橋ですか。桔梗への。」
「ほーっほーっ。三千日では、ちと長いですぞ。」
かささぎの橋は、天の川に渡される空想の橋だ。
かささぎ鳥が翼を広げ、橋を架けるのだ。
三千日に一度では、たまったもんじゃない。
洋洋の厳しさは、忍耐力が強くなければ超えられない。
「私共は、明朝、洋洋を発ちます。剛駿どの、待っておりますからな。」
草野風さんと背高さんは、剛駿さんを熱く見守り、水時計に立っていた。
「ほーっほーっ。言継さん、洋洋水田まで登られ、心に何を思われましたかな。」
行司さんは、羽織りの袖の袂から、洋洋花絵文字を広げ、僕に見せた。
千字文の中から探し出すのは、容易では無い。
「見つけましたら、まだ言わず、心に思っていて下さい。」
「楽しい版画ですね。」
「ほーっほーっ。目付絵文字でございますよ。イロハニホヘト。この中にございますか?」
「いいえ。」
「では、花にございますか?」
僕自身まだ探せず。
「ほーっ。では、チリヌルヲワカ、、、、エヒモセス。」
まだ出ないけど、もしやこの絵文字、、、、
「ほーっ。葉には?」
「葉です。」
「見つけましたぞ!右側の枝にございますか?」
「いいえ。」
「ほーっ。では左側。上から三番目の枝。」
「はい。」
「もしや、《気》では?」
「そうです!当たりました。」
「大当たりですな。」
「ほーっほーっ。草野風さまの心も通じましたぞ。」
「気の流れに時を読む。古き洋洋の時代の移り変わりを知らずと生き、気流をまた少し見つけましたのが、己でもおかしい事ですがな。絵解きし、創りし心を読む。洋洋目付け絵文字、稲穂の数程ございますが行司どのは、お早いですな。」
「新鮮ですよ、こういった物も、今では。
次ぎ、私も心に思いますから、当てて下さい。」
剛駿さんの石像の前で、暫く、僕らは洋洋目付絵文字を、繰り返し遊んだ。
六、龍頭げきしゅ
草野風さんと背高さんは、その翌日の朝、洋洋村を後に帰って行った。
僕は、蜜柑の間の新たなパズルに挑戦している。
部屋に戻る度に、壁やテーブルに置かれた謎解きが変わるが、常に蜜柑は問いに使われており、考えていると窓にビンズイが飛んで来て、ツイツイ鳴くので、管理人さんから草の実を貰い窓枠に捲き、紅悠さんのやっていた様に指先で整列させた。
木の形に板がくり抜かれ、丸い木のチップが並ぶ。
それを取ると、その下に数式が書かれていた。
「杉算」とあり、ピラミッド状に数が並ぶ。先頭には、「1=1」二段目 には、「1+2=3」
ピラミッドは広がり、七段目、
答えが28になるまで式が書かれていた。
一から百までと自然に足して行く。
一段足せば良いわけだ。
僕は、ピラミッドの段の積み方は、土整さん他、三人が抱えていた丸太である事。ぼくは、そう考えた。
そして、木枝を裏返しにすると
「3²+4²=5²」
次に数の自乗の式が並ぶ。
「10²+11²+12²=13²+14²」
倍数を考え足して行くが、五段目でおかしくなった。
「七段目の式をコタエヨ。」
公式などは頭に浮かばず、ひたすら掛けて足す。
段と数字の数を掛け、数え、なんとか七段目の答えを解いた。
そうなのだ、数が段になり、増えていくのは水田なんだ、きっと。
部屋に散らばる計算だらけの紙の上に寝転んで、
イチ・ニ・サン、
と三角形を空に書いた。
二つ合わせれば四角形。二つの角を自乗すれば角度は同じ。ぴったりと狂いは無い。右と左の式の答えは同じだ。
正確に物を創る為に必要な計算と、目付花絵文字を半分にし、何番目に洋洋絵文字があるのかを当てた文字遊び。
だとすると、、、、、、。
僕は、鞄からあの箱を出し、水門へ向かう事に。
梯子を降りると、管理人さんが出てきたが「紙に書かれた式を渡して下さい。」と言うので、再び部屋に取りに戻る。
「九万四千ニ百二十ですね。
正解です。」
「あの、水門近くに、甘臓さんがいると聞きましたが、どの辺りですか?」
「まっすぐ進んで下さい。円形広場の中心を通って、そのまま直進し、円形を割って進んで下さい。まっすぐね。
それと、二千五百円ね。」
もし、正解していなかったら、僕はどうなっていたのだろうか?
蜜柑の間に居残って、蜜柑三昧なんて事もありえない。
それでは、ヤギ部屋と同じだ、、、、。
同じ?なのか、いや違う。
自分に問い掛けながら直進し、
走って行くと、絵イスの周りでまた数人アクロバテックな彼女達。
柔軟なステップと変拍子で
不思議なテンポ。
僕は、それに合わせ、
三拍子。
リズムのイメージを頭に保ち、そのまま林へ進んで行ったのだった。
浅葱さんに出会ったのは、林の中、木を打つ音の方へ走り、
甘臓さんだとクマゲラを見つけ、木に止まる姿を眺めていた時だった。
太刀を振り、木剣の練習をしている。
すり足で空を切り、風を起こす。
鋭い眼差しで、目には見えない空を切っていた。
「分割っ分割っ、突き振り、かざす。軸を、知りて、伸ばせよ、割れよ。」
浅葱さんは、河童では無く、目の周りが真っ赤に染められた、キジの面を付けていた。深緑色に胴着に、紺色のほっかむりをしている。
「ケーンと、素手で、組み合わせを頼もう、ハッハッ、片足コンパス 。」浅葱さんは、ザ-ッと円を足で回転し描くと
「君も円を描いて下さい。」
中心に剣を置き、直径を測り、どれだけ正確な円が描けたか比べてみた。
「私の勝ち。君は右利きですね。左側の柔軟性と、背面飛びが必要ですよ。」
そう言うと、僕を後ろ合わせに背に担ぎ、腕を組んだまま、林の中を走り始めた。「いきなり何をするんですか!?」
「軸の調節です。あなたの向かう先はどちら?」「荷車を造っている甘臓さんの所へ。水門の近くと聞いたんですが、円形広場の中心を通って行けと言われまして。」「どなたに?」「管理人さんです。」「剣術は?」「知りません。」「剣士でも無く、私と腕比べとは、
度胸試しか、甘臓の所へ参る前に、
手合わせをさせと、頼まれましたか。」
浅葱さんは、背から僕を下ろすと
「黄金比に近づきましたよ。
君は、左右のバランスが悪い。上下は美しいですけどね。」
それで僕は、左右に水の入った桶を担がされ、林の奥に置かれた細い平均台の上を
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一滴もこぼせば、他人の肥やし
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頭ひねって、水が出る
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明日の水は、今の水
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などと貼られた木々の間を歩き
「五感頂点、アイディアあれど、五体動かば、地に行けず。」
浅葱さんは、甘臓さんの所へ案内しながら、剣の道へのその一と、時に風を切り、構え、草をバサッと一刀両断。
「剣突をくわすのは、最期なれど、腫物にさわるなよ。」
「時に道を作り、進もうぞ、ケーン。」
と、道なき道の荒れ野原を、剣で切り倒しながら歩いて行った。
「毒を刈り、毒を知れば、毒に負けずと。甘臓に会いて、君は終われるのか!」その時、荒れ野原が岩になり、辺り一面オレンジ色に光り群がる、恐ろしい程の数の鹿が走って来た。
「角で向かわれ、君はこの剣を使いし、鹿を倒すも、蝸牛角上の争いと、大世界を知らずして、小当山頭首になるが、果たして、己の定めか!?
目指し、目がけたる事か?!後悔先に立たず、向かえ撃てよ。」
物凄いスピードで、岩石を蹴り上げ鹿が走る。
一匹の鹿が空に高く飛び、一瞬、一歩先に河童の顔と剛駿さんが目に映った。
「ケーン、ケーン、、、、、、、、。」
キジの鳴き声が空高く響く。
浅葱さんは
「甘臓は、すぐそこにおりますよ。ご自由に。」
僕はその時、目の前にいる甘臓さんの所には行かず、キジの浅葱さんと、一匹の鹿を木で担ぎ、林の中を歩いて行ったのだった。
-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩-̩̩̩
「鷹場」と呼ばれる林の中の一角に辿り着くまで、一体どれだけの時間が経っていたのかは、僕ははっきりと憶えていない。重い鹿を担ぎ、肩と足は二倍に膨らみ、疲れ果て、もうろうとしていた。
鷹場は長屋になっていて、四、五軒の家がくっつく様に建てられていた。
間口の広い中央の家の前に浅葱さんと鹿を運ぶと、子熊が出て来た。
「いらすかな?富木菟さん、たのもうかぁ。」
子熊は大きな鹿を見ると、小走りで外へ飛び出して行った。
部屋の奥からも、子熊が二、三とこちらを見ている、、、、。
僕は、鹿を捕まえた事と、重さの限界で、体の震えが止まらず、子熊に呼ばれると、後ずさりして
「ケリッケリッ」
と訳の解らない言葉を口ずさんでいた。
「もう少しですよ。きちんと支えるように。現実的な判断力を持って下さい。鹿をよく見る、固定された記憶のリズムを崩す!
ホロニックが強いと、情と感性でまどわされますから。腹に力を入れ、大きく見よ!」
「これは大仕事だ、さぁどうぞ、木台に寝かせて下さい。」
「日暮れ花はございますか?」
富木菟さんは、大きな布を広げ、その上の鹿を縄でくくった。そして、子熊が水の入った桶に灰を入れ、練り始めた。
そのペーストを鹿に塗りたくると、富木菟さんは、剃刀で鹿の毛を刈っていったのだった。
「死んでない?」
「木剣で、気を失わせ、日暮れ花を被せていましたから、今は寝ているだけです。」
丸刈りにされた鹿に触れてみると、肌は温かかった。鷹場の子供達は、熊鷹テンピンさんの子供達で、皆お手製の七つ道具を肩に掛け、珍しい品々を見せてくれた。
一つは、野兎の真珠と呼ばれ、ある日突然、体から出した物らしい。
次に、海ほおずきの化石と言って、丸い木の実を持っていた。
でんでん虫の殻、菊の花だんご。山葡萄の枝蔓で編んだカゴを持ち、ハヤブサの口ばしを指の先に付け、小さな干し葡萄を、僕に食べろと差し出した。
何故か外国のコインを一枚持っていて、山から掘り出した金だが、使う物では無いと、大事そうに首に下げてある袋に終った。
熊鷹テンピンさんと富木菟さんは、刈り取った鹿の毛を洗い終えると
「浅葱の冴え技で、ケガも無く、山へ帰りましたよ。
機場へ、はせ参上致しますが、瑞枝子は、このお話しを引き受けたと。驚きましたね。」
「草染め場におる者も、喜びますでしょう。ただ、草の流れが変調するのを毛嫌いする者も。
瑞枝子がこの作にかかれば、洋洋の芸杯と、染め場の空気も動き、美の魂魄と、再び以前にも勝る感嘆の声が聞かれるでしょう。」
「テンピンは、柿色の首巻きを気に入って、肌身離さずと、ボロ宝布、汗拭いの洒落商人、明日は峻厳の山へ走り、術品福品当たり品、らんるまとうも、ランチ操して、キャプテン怪童七つ道具の、立て看板、振り上げると揚げ巻ヒットで取越し苦労が多いもの。あまりの在庫は何処へやら、棚下ろしのたたき売り!たまには、私の、太刀捌きで、綺麗さっぱり、小口に別け売り、子熊にべべでも新調したれよ。」
浅葱さんは、木剣を振り、また剣の稽古をしながら話していた。
テンピンさんの横にいた子熊は、それを聞くと、頭の上に巻いていた髪を解き、毛先を揃えると綺麗に結び直した。
「浅葱は、切れ味良いが、浪士侍でアチャラカ大袈裟な事を言い過ぎますから。鷹場も鷹場で、はやぶさには越されまいと、四方へ飛び、この品々を毎度、毎度と感謝して下さる客人は、大勢おりますからな。
まだまだレンズは濁っていませんよ。浩然の気を養う為にも瑞枝子には氈鹿織りを伝承し、鷹場の私共、この長屋安気、一昔以前の活気を戻しつつ、天機を随従して参りたいと。」
富木菟さんは、小柄な人で、フサフサとした頭に、長い耳の付いたフクロウだ。
ほっぺたがぷっくりとした愛嬌のある顔立ちで、くりっと丸い瞳が柔らかく笑っている。頭の上のフサフサ耳を繕いながら野太い声で話す。
「ぼろ着て奉公、ぼろ着て奉公と富木菟さん、洒落なのか、穴開きの継ぎはぎが次々増えて、初めの型とは違う装束になっていますよ。」
テンピンさんは、黒黒とした髪を短く逆出て、中央には前面に尖った帽子を乗せていた。
子熊はとにかく重ねられた衣装を毛羽立ち着込み、ボロ儲けの悪だくみは、世に多ければ余り散る。俺の見つけた天物は、人々が願っている物なんだと、小さな白い塊を見せた。
「蜜蜂の巣から、蜂蜜、蜜鑞が取れましてね。燈りを創る事も出来、身体にも良い。」
大きな木箱の蓋を開けると、四角く切り分けられた蜜鑞が、転がっていた。
一塊取ると
「これで、ざっと二千五百円。」
海ほおずきの化石と言っていた丸い木の実が串に刺さった木枠のそろばんを持ち、子熊は僕に営業して来たが、葦編み帽から葦を一本引っこ抜くと、
自分の頭に結び、「ろうそく屋が儲かるのは、夜と決まったわけじゃない。俺が頭に山を下れば、葉っぱと混ぜて虫除け剤。照る照る坊主のてらてらで、パリジェンヌの油絵の具とエアーメールにスタンプ押して、ヨーロッパへ飛び跳ね向かえば、カトリーヌ・ドゥヌーブも大喜びの、満員御礼蚤の市。ジャンは俺にこう言った。
《鳥は少しずつ自分の巣を作る。》
それでは蜂の奴らも、せっせと我が家をこしらえてるのに、お前はなんてひどい奴なのさ、いえいえ、俺もこつこつと、新居を作って引っ越し屋、蜜蜂蜜月喜んで、俺にお礼の花団子。花守、ガボット天然花壇。ついでに滑らか花オイル。《ムッシュ蜜蜂、私の城へ参りませんか?》
と蜜鑞ケーキの三段重ね、俺は花スミレの蝶ネクタイに金糸の刺繍をほどこして、スグリのマントをひる返し、さっそうとお届け致しますれば、
城が大変輝きましたと食事をどうぞご一緒に。
俺は揺れるフランボワーズに、モディリアーニを見た。」
子熊は、海ほおずきのそろばんを、小粋に弾き蜜鑞を空にかざした。
「蜜鑞熱もほどほどに、照葉狂言はおよしなさい。ひねこびれていては、笑われますよ。夢の中を翔るのもいいですが、まずは、この鹿毛をお届けする事が先。」
富木菟さんは、子熊から蜜鑞を|《ミツロウ》取ると、鹿毛の袋詰め作業へ連れて行った。
子熊達は、広げてある鹿毛を量り、それを一枚大きな紙に包み、空気を入れ膨らませると張ってあるヒモでくるっと口を閉じ、風船玉を作っている。
手際の良い流れ作業で、
完成すると最後に
___________________________
鷹富浅
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
と彫られた木のスタンプを押し、束ねた。
「さて、急がねば。富木菟と私で参りましょう。浅葱は休まれた方が良い。」「子熊を連れて行っては、どうか!そろそろ染め場の風、所を得た者の姿など、知るのも良いぞ!」「そうですな、残部も多少なりとも見て頂きたいですし、連れて行きますか。」
「私は、木剣の手入れと、鷹場におりましょう。」
浅葱さんは、子熊達と長屋に向かい、荷をいくつか配ると、毛羽立った衣服を脱がせ、柿色のマントを羽織らせた。
子熊達は、それぞれに荷を身体に結び付け
「純絹のシャツ一つ。」
「フェアリーマネーで、アイスクリーム。」
「ピコットスカートに草入り水晶。」
「俺の金貨を見せてやれば、良い事があるだろう。大丈夫。七つ道具を忘れるな、鷹場の商品として、渡された品、気に召される様、心を込めて歌うのだ。」「お金は貰うの?」「もちろんだ。遊びではないのだぞ。商人として誇りを持ち行くのだからな。」
リーダーと思われる、そろばん子熊を先頭に、皆で話し合いを終えると、
準備は整った。
「君も行かれますか?」
「えっ?あ、、、、、染め場へ、ですよね。僕は、、、、。」
「鹿を追う者は、山を見ず、と。」
「河童に会いに、、、、いや、甘臓さんです。剛駿さんの出発に間に合えば、いいんですが。」
「出発?」
僕は、草野風さんの桔梗公演と剛駿さんの石像の事を話した。
「それは、それは。百花、百万人と大勢の人間が集まりますではないですか!」「何日の何曜で?」
「いや、詳しくは、、、、、確か二十日後と、、、、、。」
「良い話を聞きましたな。鷹っ飛び、超発動!我らも喜産し、ぐるっと黄金の矢を掲げさせて頂きますよ。」
富木菟さん、熊鷹さんと子熊達は、その後、沢山の荷を背負い、地を高く蹴り上げると、林の間の木に掴まり、風船を上げながら、滑る様に飛び、染め場へと送り消えて行った。
僕は、甘臓さんの所へ向かう為、一人、浅葱さんから渡された、林地図を頼りに細い道を走った。
僕の足音が林の中を響かせる。
延延と続く一本道だ。
走って行くと、第一ポイント。太くなった道が二手に別れている。そこに、洋洋絵文字が現れた。
「心音」
ココロだ。
僕は左折し、再び走った。
次に、少し空間のある場へ出た。
第二ポイントだ。
そこには、絵文字が二つ
「生地」だ。
右手の先にいくつか新芽が植えられている林道があり、僕はそこへ走った。
次にはいくつも道が広がっている場に、二つの洋洋絵文字。辺りはどこも同じ道だ。
第三ポイントで文字をなぞり「空楽」と気付き上を見上げると、高く木枝に
「ハチミズ休憩所コチラヘ」と看板が掛けてあった。
僕はその看板の指す方向へ、走って行った。
林地図の第三ポイントには、四角い箱が建っていて、入り口には、パチンコのレバーが付いており、それを弾くと天井へビー玉が流れ、音が鳴り始めた。
三拍子だ。
そして、壁の奥には大きな一枚の絵。
細かに花の絵が描かれている。
短調なリズムは、落ちたビー玉がガラス板に当たり澄んだ音が響いているのだ。
「ウカビヨミトキナニガミエルカ。
コウサシ、ヘイコウヲタモテ。」
絵の正面にはイスが一脚。アームの先に、水風船がいくつか乗っていた。
それを針で刺し割ってみると、中からは水まんじゅうが出て来た。
透きとおった皮から花が見える。八枚の花びらの下には、こしあんが入っていた。丸い小皿と四角い小皿が置いてあり、丸い小皿に入れれば水まんじゅうは丸く、四角い小皿に入れれば、水まんじゅうは、四角くなった。
つるんと一口で食べ、僕は暫く、正面の絵を眺めていた。
目が中心に寄り、何故か花の絵が動き出す。頭の中が真っ白になりその絵の先、遠い先を見つめていた。
イチ、ニ、サン、ヒ-フ-ミ。
三拍子が鳴り、再び花の絵に目を向けると、絵から何か透明の形が浮かび上がって来た。
僕に迫って来るその形は「鼻」だ。鼻?
花で鼻。とはおかしなものだ。
思わず自分の鼻を指し、
ヒ-フ-ミ-と三拍子。
これは、、、、、、、「自分だ。」
ビー玉の三拍子の音が止み、イスから立ち上がり出ようとするが、ドアが開かない。
振り返り箱の辺りを確認すると、天井は斜めに傾き、部屋全体が三角形になっていた。
天井なのか、壁が下がって来たのか、元々なのか、?
絵も、イスも、そのままの状態だ。
ふと、床の隅を見ると長い二股に矢の付いたかぶら矢が置いてあった。
行司さんの持っていた物と同じだ。
斜めになっている壁の中心には、二つの穴が開いていて、僕はかぶら矢を取ると、矢の先を穴に当て、思いきり上に押し上げた。
すると、斜に傾いていた壁が凹み、上へ押し上がり部屋が四角く広がっていった。
「カチッ」
壁に収まると、また天井に穴が開いていているのを見つけ、その周りには二つの丸。
すーっと静かにこちらを見つめる大きな目が現れて、さわさわと穴からは光りが差し込んできた。
光の当たる先には、七本の拍子木が並び、僕はイスの上に立つと、天井にある目に、拍子木をはめ込んでみた。
すると今度は四拍子。
余った一本の拍子木を持ち、再びドアに向かう。
四角い拍子木を取っ手の鍵穴に差し込み、
イチ、ニ、サン、シ、
ドアは、開いた。
開いた先には
=============
甘臓臣道ここにあり
=============
と立て看板。
林地図の第4ポイントは、まだ先だが、僕は探すべく臣道を走って行った。
林の中には凸凹と枕木が埋められており、軽快に飛び跳ね先を急いだ。
が、四拍子、四拍子、四拍子、三拍子?
、、、、無い。
次は二拍子、とテンポが変わり、ズレてきた。
不規則に並べられた枕木を跳ねて、跳ねて、跳ね進む。
道の先には急な階段があり、そこへ上がって行くと、その場所は広々と見晴しの良いなだらかな斜面の高台で、左右には林が見える。
前方には草が伸び、進んで歩くがチクチクと衣服にトゲの付いた葉がくっついてきた。払っても取れず、草を掻き分け歩く。
着いた場所には「めだかもトトノウチ。」とあり、広大な山々の景色が広がっていた。
このフレーズは、洋洋に着いた時の落語家さんの言葉だ。
美しい景色を眺めるが、甘臓さんはおらず、何か林の中動いているモノが見え、思わず
「甘臓さーん」
と大声を出していた。
階段へ戻ると下方にはハチミズ休憩所の建物が見え、その屋根には
「身」の絵文字が描かれていたのだった。
枕木が不規則になっていた所に、良く見るともう一つ道があった。
下ばかり向き、枕木ばかりに目が寄っていたようだ。
「鼻」が見え、自分は今この、矢の道へ。
甘臓臣道とは、油断大敵雨霰、迷う者は路を問わずだ。気は抜けない。僕は林地図を見直した。
かぶら矢だろうか。いや、大きな槍だ。
槍が道の両側にあり、道幅も広く、図太い枕木が並ぶ。
林地図に印された横線は、この枕木の事だろう。
この林地図のポイントは、全部で四ケ所あるので、この矢は甘臓さんの所という事になるが、この地図には曖昧なポイントが印されているだけで、円形広場も水時計も無く、枕木の横線と、林、そして蛇口が印されているだけだ。
蛇口とは?
可笑しな印だが、僕は疑いもせず、甘臓さんの所だと確信した。
もうすぐだ。
しかし、槍が立ち並び、威嚇されているのか、熱帯植物のような大きく咲いた百合の花。毒々しい色合いの草の実と、時折大きな声で鳴く野鳥に、動き体温が上がった自分の身体で、何処か別の南の島国に来ているかの錯覚を起こしていた。
「こっちこーい、こっちこーい。」
何かが呼んでいる。
そして、
「相撲、相撲スモール、残った、ヨーイ。ナッツクリーム!ソバ、ソバ、ソバ、ソバ、!」
行司さん?からくり煎の人だろうか、、、、?
その時、足元に一匹のミミズ。
二匹、三匹、四匹と、だだだだっと僕の身体に飛び付いてきた。
虫酸が走るどころでは無い。
払い除け飛び避けるが、ミミズは増える一方だ。身体にまとわり付き、離れない。
ミミズで身体中を覆われ、足も取られ、身動きが取れなくなってきた。
「コッチコーイ。コッチコーイ。」
何なんだ!?これは。
呼び声の方へ振り向くと、巨大なプロペラが林の奥から現れて、地鳴りが響き、木はうねり、轟音と共に強風が吹き荒れた。
僕は、必至に槍にしがみ付く。暴風の嵐で、木枝や土が吹き上がり、バサバサと黒い大量の鳥がこちらに向かい飛んで来るのだ。
「うわぁぁぁぁ。」
頭をすれすれに鳥は飛び過ぎ、爆風が止むと、身体に付いたミミズは後方に散らばり、飛び落ちたミミズを、沢山の鳥達が食べていた。
鳥は、小振りな黒白の羽を広げ、軽快に啄むと、再びさぁーっと空へ飛んで行った。
辺りが静かになると「コッチコーイ。」
またあの鳴き声だ。林の中の茂みを小走りで何かが横切り、チョロチョロ走っては止まり「コッチコーイ。」
さっきの疾風で、雲は流れ、強い光が差し込んで来た。
ボサボサになった葦編み帽と髪を直し、地図を頼りに歩き出す。
「コッチコイのうりうり坊主、かまいたちでパカッとジューシー、猛進ちみちみ、鼻づまり。」
少し進む度に、声が聞こえる。
「コッチコイの上手い、上手い。スズメさん運んで来たヨ。」
何なんだ!これは。チョロチョロ遠くを走っていた影が、近くなるが、素早く林の木々を横切り、姿がなかなか見えない。
「コッチコーイ。さらばえるぞ、コワイコワイ。」
進もうとするのだが、空高く伸びた林の木々に反響した声が僕の行く手を遮り、見えないのに、木の葉の数程、何かがいそうな気配がするのだ。
「コッチコーイのテンテケ、早い者勝ち、戦え、卵ピラミッド。カプリス聞いたら、おあいこよい子。」
枕木道に並ぶ槍が一本倒れており、刃の指す方に何か葉が山に積まれているのを見つけ、僕は、恐る恐る近づいた。
すると、そこには葉では無く、蛇が一匹木枝に刺さり、苦しそうにもがいており、蛇の身体はよじれ固まり、鋭い牙を出していた。
ジリジリと牙を鳴らし、身体の皮も剥げ痛々しい。
「コッチコーイ。ムクツケシ者のゆく足ドチラか、美貌持ちてゆく足キマルか、ススメススメてちみちみちみ。」
蛇に睨まれた蛙では無いが、足が固まり動かない。しかし、恐ろしい蛇も、あまりに苦しそうで、僕までもが苦しくなってきた。これは、助け出そうと思い、切って槍を持ち近づいた。
「グッ」
槍が重く、上手く蛇に当たらない。
では、刺さっている木板を動かそうと狙いを定め、渾身の力を振り絞り、木の幹めがけ突き上げた!
ぐるんぐるんと蛇は解け、足元をニョロッと一周素早く動くとその下からは、わらわらと小さな、まん丸いコジュケイが何羽と出て、落ち葉を散らし、林の奥へ帰って行った。
散らされた葉の跡に、木車が一台、蛇が箱の横でとぐろを巻いている。
中を覗くと、大きなスイカが入っていた。
これを持って行けという事だろうか、、、、?
僕は、木車を引き、再び枕木道を歩いて行った。
ガタゴトと木車を引き、進んで行くと、前方上にはミツバチの巣があった。
巣からは、黄金色のはち蜜が眩しく光る。
僕は木の葉を丸め、それを口に含ませてみた。甘く濃厚な香りは、懐かしくもあり、まさしく花の蜜。花粉はち蜜だ。木の葉の匙で、流れ出る蜂蜜を掬っては、蜂の集めた花の蜜を、思うがまま無邪気に食べる。
これは、子熊達が喜びそうだなと思い出すと、顔もほころび、気持ちも和らいだ。その蜂蜜を食べた途端、押されるように前へ前へと身体が進み、気が付くとどでかい石門をくぐって、うねうねうねり周り歩くと、ポッカリと空閑地。
轟々広々としたスペースに着いた。
作業場なのか、工場なのか、奥には幅広い土台に、大型の洗濯バサミが吊るされ、てこの付いた箱棚や、短いレールが敷かれている。
僕の背丈程のトンカチに、丸く削られた木玉、と、、、、、、、、、
これは巨大なケン玉!?
壮大なスケールの道具達。
摩訶不思議な仕掛けや巨大形に度胆を抜かし、
恐る恐る歩いて行くと、その巨大道具に人が寄り掛かるように仰向けで倒れているのが見えた。
大きなカラダで、
丈の長い羽織に、蚊食い鳥が転がっている、、、、。
その人は、、、、、、剛駿さんだ!
剛駿さんを見つけ、
僕は慌てて声を掛けるが、
全く倒れたまま動かない。
「虹を歩いて、酒船漕いで、酒の肴に大根かじっているもんでね。刺し身はどうだと。たらふく食べたねぇ。ここいらは、酒屋へ三里、豆腐屋ニ里で、しょうがぁないねぇ。ずーっと寝ちまってるよ。」
はっきりとした顔付きで、目鼻口と大きく、長いヒゲが印象的な河童。
その人は甘臓さんだった。
「消毒するかと、酒を用意しといたが、木車引いてスイカのお持たせでは、すだまに呼ばれ助けられたか。スイカも食ってないのに、臣道越えとは大したもんだ。」
「こんなに大きなスイカを僕一人ではとても、、、、。蜜蜂の巣を見つけ蜂蜜を食べたら少し力が出てき、気が付いたらここに辿り着いて、、、、。剛駿さんは、大丈夫なんですか?」
「戦者、蜜蜂に黄金の矢を授かる。、、、、、か、、。」
「少しですが、蜂蜜もどうぞ。鷹場の浅葱さんから地図を渡され、それを頼りにポイントを走り、洋洋絵解きに、蛇と。」
「まぁようこそ。駆けつけ一杯飲みねぇよ。剛駿は、思案投げ首で目が回ったんだろうよ。石扱って石薬もいいが、上手いもんかっ込んで、酒で灰汁抜き、起きりゃぁさっぱり、生き返ってるさぁ。」
「どうも、僕は、剛駿さんの出発に間に合えば、、、と。良かった、、。」
僕は、甘臓さんの作ったと思われる移動式布団に剛駿さんを寝かせ、作業場を歩いた。そこには伸縮自由な仕掛けの組み台に車輪が付き、さらには建物が乗っている。円盤状に被った屋根を、レバーで上げると、厚く織られた布が蛇腹に伸びて、壁が広がった。
そこへ、剛駿さんを運び、観音開きに扉を開け、手前に台を引き降ろし、その建物に寝かせた。移動用の変わった家だ。
車にでも引かせれば、動くのだろうか?
「君は浅葱に会い、鷹場で働いたのかね?甘臓は気違いの飲んだくれで、どでかきゃ家宝で、あべこべガチャ目だ。バランスがどうのと一刀両断!
キジの赤目と、自慢の羽で目利き侍は口やかましいからねぇ。」
「鹿です。鹿運びをしましたが、僕は、石像を桔梗へと、その手伝いをさせて貰おうとこちらへ」「余計な事だね。君が手伝うまでも無いけどね。歩芸パレードに見物客がついたかねぇ。」
「そんなつもりでは、、、、。三千日ですよ!僕は農夫百態も拝見し、公演での成功を願ってるんです。」
「甘臓木車、背負い枕って、こっちも道楽じゃねぇからな。」
甘臓さんは、大きな創作をしているだけに、肩は厳つき、衣服はTシャツにダボついたパンツと身軽だが、話し方から酔っぱらっているのかいないのか。聞いているのかいないのか、そっけなく良く解らない人だ。
「行事が、水時計に持って来いだぁ、ド肝を抜かせだ、ラスト一周ってぇ、早鐘打ちならして来たが、剛駿も意気天を突き過ぎては、桔梗に辿り着く前に、だるま山に落とされるとも限らねぇ。」
甘臓さんは、そう言うと、フラフラと作業場へ歩いて行き
「門出洋洋、舞う石像か、現れし剛駿、嬉嬉と行け。」
目の前に置かれた巨大なぜんまい、そしてねじ巻き、それらを動かす為の車輪には石がねじ巻き、それらも動かす為の車輪には石が埋められ反発しては、回転するのだ。
剛駿さんが石像を背負いつつも、前方に取り付けられた、二本のストックで段や登り坂も楽に進める巨大ぜんまいの付いた大型荷車。しかし、車輪に石が付き重く無いのだろうか?
「磁石を少し。プラスマイナスだよ。」
これは、、、、、、、、、、、、、。
虎だ、、、、、、、、、、、、。
はっと頭の中に、あのステージが蘇って来た。
甘臓さんがまさか虎?
これは凄い事なのだ。
剛駿さんの門出と、皆の気持ちが繋がっている。
「剛駿が、洋洋を発つ時にと、ねぇ。」
甘臓さんは、僕に荷車を見せると、円形にとぐろを巻いた幅広く削られた木の大皿にスイカを乗せ三日月型に切り分けた。
「臣道突破を、まずは祝うか。お前が蛇に噛まれてりゃぁ、剛駿も門出が後回しになる所だったからな。」
美味しそうにスイカを食べ、僕にも食べろと差し出すと、寿命が伸びて、こちとら大助かりって、お前は食ったらこれを持って行けと、二本のストックを手渡された。
「蜂、蜂って蜂にも刺されりゃ、食いっぱぐれの水太り、ウリ坊主をヌタで和え、俺の新車が救急走りする所よぉ。」
僕が何気なく走って来た甘臓臣道とは、危険過ぎる、、、、、。
自分の身を案じ、ほっとしてスイカを噛っていると、
「ほーっ。ほーっ。カンカンカン!如何でございますか?ご準備、整えられましたか?」行司さんが、鐘を打ち現れた。
「石像も洋洋布に包まれ、待ち受けておりますぞ。」
「ねじ巻き河童が、ホドから離れて来ないもんでねぇ。」「ほーっ。ほっー。言継さん、スイカとは、肝煎りされておりますな。甘臓も、千なり荷車では、重々しいですぞ。さて、剛駿は?」
「甘臓荷車を見て、洋洋入り時の水時計創り話に花が咲いてねぇ、剛駿も水母の行列じゃぁ時は告げぬがぁ、底に彫った心根を力の限り彫り刻めれば地下水路から砂金も出るがぁ 。って、とにもかくにも、洋洋に数多く一番とも作を残しているんだからねぇ、少しは、芋助芋煮だってぇ 、飯屋で売れているんだろうから、俺の荷車、花舞台で、一夜限りの即興彫刻、そんな話も出ましたがねぇ、笑い酔いどれ、夢の中てぇところですよぉ、ねぇ。」
「ほーっほーっ。蛭子講の儲け話しに花が咲きましたか。蛇の道はへびですなぁ。まま、酒もホドホド、気を上げ、高く参りましょう。」
と、そこで、剛駿さんを起こしに行ったが、全く起きず。
鐘を鳴らしまくり、行司さんがストックを握り出す始末で、甘臓さんと僕で剛駿さんが寝ている家ごと荷車にくくり付けると、大慌てでねじを巻き、洗濯バサミで家をロープで挟み込む。
巨大ケン玉世界一周、大カナズチで打ち上がり、中心にどっしり刺さると、下にあった土台が上がり、家はレールにセッティング。
累卵の危うさですぞと、うろたえ騒ぐ行司さんをなだめ、甘臓さんが変わりにストックを動かし、円形広場へ運んで行ったのだった。
七、洋洋の顏と生みの親
剛駿さんは無事だった。
疲労が溜まり、軽い脱水症状か日暮れ花の食べ過ぎで、一週間眠り続けていた。
高床式の蜜柑の間から、甘臓さんの蛇腹ハウスが良く見える。巨大荷車も、大きなぜんまいの存在感で、昔、子供の頃に持っていたブリキの馬の様だ。
荷車のタイヤが渦を巻き、移動サーカス車を思わせる。甘臓さんの登場で、円形広場は一瞬騒然となった。
行司さんは、水車をフル回転させると河童達を呼び、放水させ、小さな小瓶から一滴、スプーンに透明の液体を垂らし、剛駿さんの口に含ませた。
ふわっふわの羽ぶとん、ふわっふわの枕で身体を包み、ミントの葉っぱを周りに巻き散らす。
剛駿さんの足指には、温めたマシュマロ粘土を被せて、大きな靴下を履かせた。
「天空石に当たったかのぉ。」
毒が出れば大丈夫。只今潤い補給中。
甘臓さんは、久しいのか雲路さんと話していた。
∇ ∇ ∇ ∇
チェス盤に馬が四つ。
角四つを繋ぐ線上の中心から一線上の斜目の白いマス目の角まで、馬が四つ並んでいる。
「このチェス盤を、それぞれの馬に公平に分けて切って下さい。それぞれに馬は残すように。」
四角いチェス盤を交差して、四つの三角形に切っても、馬は何処にも置かれない。
僕は蜜柑の間で、チェス盤では無いチェス盤と格闘していた。
馬を動かさず、チェス盤を公平に切り分けろという事だ。縦横8マス、全て64マス。4で割れれば16。
16という数は出たがどうすれば良いか。
上から見れば、馬は1マスづつ、ズレている。数は16づつでなければいけない訳で、今度はピラミッドと箱、という組み合わせでは無いのだ。
ホドから離れた甘臓さん、河童であるが、河童で無い。
一部分にまとまりながら、その他を公平に分けるとすると、かなり変型してくる。
個性的なホドの河童か、いや、洋洋の人々は、皆それぞれの形を持っている。
僕は、考え蜜柑を転がした。
甘臓さんが虎に思え、やはりあの時のステージが頭に浮かぶのだ。
太陽と月、象と雲の大男。
鍵になったのは、あの大きな絵だ。
チェス盤をぐるぐる渦巻き状に分割すると、それぞれの馬に16マスづつ切り分ける事が出来たのだった。
細かな事に気を取られ、僕はまったく見えていなかった。
あの大きな絵は「時」だ。
その後、回復した剛駿さんが洋洋を発つ時がやって来た。
洋洋絵文字が描かれた布に梱包された石像を荷車に乗せ、水時計で一言。
「ワシの心根を、この巨漢から一つ。
一枚の葉じゃぁ。
まずぅは、一枚の葉でも喜ばしい事である。満開に咲き、毎度訪れてくれる花見客がおればいいが、ワシの獣骨に心根を彫っても、灰になるだけじゃがぁ。
この好期はワシの身にもなる素晴らしいお話と受け、洋洋村の一彫刻家、この度は甘臓荷車の力も借り、石像も多福に美翼を盛られ、寒の神に守られる事であろう。
桔梗へ、一歩。ワシも奮戦して参ります。」
「ほーっ。ほーっ。剛駿も光風霽月の心境で、晴れ晴れしいですな。私も、参りますぞ。それと、話し合いの末、甘臓も参ります。ねじ巻は、やはり甘臓でありませんと。草野風様のお力添えにも、力を発揮できるかと。」
爽やかな風と、柔らかい日差しの中、大勢の河童と、管理人さん、紅悠さん、広場の人々、
茶人は涙を流しながら
「後程、私も天馬に乗り参ります。」
洋洋に見送られ、かささぎのとびかう中、剛駿さんは旅立って行った。
どこと無く、静けさを増した洋洋村だが、僕は、円形広場でリズムに乗る彼女達を眺めていた。
彼女達の舞う振りが、色々な人物や、動物、小鳥の動きに感じられる。
この何日かで洋洋村を知るが、僕の知らぬ、何か遠い昔の出来事なのか、それともまだ見ぬ先行く未来の現れか。
奥深い暗示と軽やかな日常。
洋洋村の人々は、草野風さんの公演には、行かないのだろうか、、、、、。
そんな疑問も感じ、ボロボロになった葦編み帽を手に、うわっと思い立ったのが、洋洋村の最後だった。
管理人さんは、落ち着いた表情で
「言継さん、ようこそ洋洋においで下さいましたね。転がる石は苔がつかぬと、洋洋もそれぞれの洋洋の顔がお見せ出来たと思います。
再び洋洋に訪れる時には、言継さんの駿足で、元気に洋洋を駆け回って下さい。
七転び八起き、
ゴーイング・マイウェイ・ゴーヘー!」
そのまま、管理人さんに見送られ、僕は広場の上、最初に来た円形建物に向かった。
プロペラが回り、建物の窓も開かれ、開放的に水車も水飛沫を上げ動いている。
壁は大きく前に倒れ、建物の入り口は開いていた。
僕は、入り口に立ち、円形広場にいる雲路さんや、彼女らに手を振り、洋洋村に別れを告げた。
中に入ると、大きな木の回転板も動いており、良く見ると、ツリーハウスと同じく、取っ手やドアが沢山付いている。
どの取っ手を引き、この建物に入って来たのかは、思い出せない。
壁をノックしたり、引き戸やドアを開けていると、長い三本のマッチ。
|||
コノマッチヲ一本モ追加シナイデ、
三カラ四ニシテクダサイ。
但シ、折ッテハイケマセン。
と書かれた紙が入っていた。三本しか無いのに四本に、とは、おかしいじゃないか。蜜柑の間からはもう出たのに、またクイズだ。しかし、出口を探す糸口になるのではと、マッチを動かす。
僕の出た答えは、数字の4だ。
その4とは?
再び、壁を見渡すと、ツリーハウスと良く似た棚箱が並んでいたが、箱を開けると、手の平サイズのサイコロ。
もう一つ、他の箱にもサイコロが入っていた。それを取ると、印された数字がバラバラなのに気付き、箱を番号順に並び変えて行った。
すると、箱を移動した中心の壁に六角形の穴が開いている。
これは、スライドパズルと照らし合わせて考えてみれば、扉のはずだ。
僕は、渡されたレバーを取り出し、
六角形の穴にはめ込むとL字レバーを回転させた。
天井のプロペラと木のテーブルが止まり、建物の壁、窓も、
全て閉じられた。
水の流れる音が止み、プロペラも止まり、静まり返る。
薄暗くなった円形建物の中、石の壁に自分の顔が良く映っている。その下の引き戸には、カメがある筈だ。
そこの引き戸を開き、水の溜まったカメの中を覗くと、水面に自分の顔。と、顔の横にロープが吊るされているのが映った。その場から真上を見上げると、ロープに一つの滑車。
これが二つ目の鍵だ。
壁にある引き戸を手前に段を創り壁をよじ登ると、
僕は、もう一つ渡された滑車をはめ込み、二つの滑車を噛み合わせた。
そして、ロープにしがみつき、真下へ思い切りジャンプした。
ギギギギギィ。
降りると同時に円形建物の扉は開き、古道への道は現れた。
良く磨かれたパズル床だ。中心に黒く塗られた円に10の数字。その他にも丸い鍵の形の円に4と3と1の数。黒い10の数字の円を囲うように丸があり、もう一つの黒い6という数字。残り2ケ所には、穴が開いたままだ。数字を入れるとすると、、、、、。
これは、三つ目の鍵。
建物の壁、プロペラも止まり、道も開いた。
もう一つ、何かの鍵を開けなければいけないのだ。
円形広場は洋洋の顔だと、紅悠さんは言っていた。L字のレバー形態パズル。
レバーを回転させた事により、動きは止まった。止まってしまった。止めてはダメなのだ、、、、、、!
円形建物にあった水車。僕は水門を開けるべく、三つ目の鍵を探した。
この鍵を開けなければ、僕は家に帰れない。
洋洋の人達の大切な水車なのだ。止めたままの僕では、再び洋洋に訪れる事は出来ないだろう。
僕は気持ちを落ち着かせ、箱棚に置かれたサイコロを取り出し、二ケ所の穴に置いてみた。
黒丸は足しては16。
他の三つの数を足すと8。
16から8を引き、8。
マッチクイズでは、3を4にとあった。
「洋洋だ。」4と4。
サイコロを数字の4に合わせ置くと、ぴったりとサイコロははまり、遠く、水の流れ出す音が聞こえてきたのだった。
だるま山を背に、登り下りと山を越え、僕が古道を走り抜けていた時は、もう夜だった。
へとへとになり草野風さんの家のベルを鳴らすと、迎え出て来た行司さんに、トレーラーハウスへ連れて行かれ、全て着替える様にと、瑞枝子さんの創った服を全て脱ぎ渡した。
駐車場に立つ長い鉄製のポール、堅い鉄扉は閉まったままだ。
どの古道から出て来たのだ?
ぐるぐると目が回り、不思議な夢を見た。
空に縫い付けてある長い長いファスナー。
雲の上を走り、銀色の金具を掴みたいのだが、雲は動き、形を変え、下の雲に落とされては、鳥に追われ、なかなか掴む事が出来ない。僕はくやしくて、雲を千切っては食べ、雲を投げるが、雲は集まり巨大な積乱雲になって行く。
雲を掻き分け、手探りで銀色の金具を掴み、思い切りファスナーを開けると、つるんっと、内側に空がめくれ、僕は家の前に立っていた。
ど・ど・ど・ど・ど・ど・ど・。
雲がうねり、渦を巻き、物凄い数のセキレイの群れが僕目がけて飛んで来た。
そこで、目が覚めて、トレーラーハウスから出ると、溢れんばかりの人、人、人。
大勢の人の群れで駐車場には、人だかりが出来ていた。
鉄扉は開き、その前、中央横には、
剛駿さんだ!
剛駿さんが岩を砕き、彫っている。
荒々しい岩を、
削り、
砕き、形にしているのだ。
岩を打ち鳴り響く音が、山に広がっていく。
辺りは暗くなり、中央には女の子。
彼女は、広がっていく岩響音を集める様に、
見えない音を飛び掴み、地を舞う。
欲望を満たすが、俗に覆い被され、
潰れていく。
背が丸まり、
彼女を重く包み被さって来たのは、
草野風さんだった。
彼女はその形のまま、まだ岩響を集め、
舞う、が、だんだんと草野風さんの
骨格、
力強くも丸々しく、
頭をうずめ、手を柔らかく縮ませる動きに変わると、彼女は素早く後退し草野風さんは、
責め立て、目を剥き、落胆し跳ね退け、怪物になり、肩を怒らせては、辺りに訴えかけている。
身体全てに力を込め、距離の近い観客にぶつかりそうになる程舞い動くのだ。
﹅﹅﹅﹅
後退した彼女は、静かに舞い踊る。
透き通る鱗が身体に付いたように。
己の小さな喜びの躍動を。
青い水の中に漂う一つの気泡をそっと掴んだように。
その存在を。
﹆﹆﹆﹆
しかし、まだ岩響は鳴り、彼女は、その岩響を掴む。
剛駿さんの二体の石像へ跳ねていくが弾き飛ばされ、
草野風さんと物凄いスピードで交互に手足を打ち合うと、
今度は彼女が、踏み潰されても起き上がる雑草か。
四方、六方、八方と、押し退け、高く息が聞こえる程に地を舞った。
物凄い息使いだ。
僕は彼女と草野風さんに圧倒され、剛駿さんの石像と、踊りと、フラッシュバックした。
∴
▲〓▲△〓▲∴
鉄柱の間に草野風さんは立つと、
天を向き、片手鉄柱をよじ登り、
まとわり、叩き、
うめいているかの動きに変わり、
二体の石像の存在に気が付くと、
はっと震え、
幻を払い、
厳存たる自分、現存する彼女、観客、山と空を、大きく見受け、切り開く様に、
腕を舞わせた。
草野風さんと娘さん、剛駿さんの彫刻と舞台は、大盛況の内に終了した。
二人が舞う中、剛駿さんは、一つの像を彫り上げていた。
「共存共栄」
それは、今回の舞踏のテーマでもあった草野風さんの現れ。
剛駿さんは、洋洋に生き、洋洋で創り、その念を、一つ、
この場に草野風さんの言う、存在する価値として、生き現したのだ。
僕は、洋洋での事、この舞台は、生涯忘れる事の無い素晴らしい存在、現れとして、大きく心に残し、刻み込んだ。
////
「ほのかに夜が明け始めましたな。」
草野風さんは、翌朝、行司さんから預かったと、瑞枝子さんの衣服を僕に渡すと
「古道を駆け、
迷い間違えるも、身があっての事。
腹の底から笑える事は、ナニゴコロナシで、良い事かな。」
草野風さんは、果樹園から蜜柑を一つ取り
「美味しいですよ。甘いと評判でしてな。」
僕は、持ちきれない程の時の土産を貰った。
きつねけりけりハテシナイ、
一か八かの大勝負。
遠い古道の一本道、
きつねが懸命に走っていた。
〓▲▽〓▼△〓
「足元気を付けて、こっちへ運んで下さい。」
線路横で電車の通り過ぎる音と踏み切りの轟音《ゴウオン》が鳴り響く中、二階建て、新築一軒家へ荷物を運び、僕は相変わらず、引っ越し屋のアルバイトを続けていたが、ヤギ部屋には、洋洋絵文字器、六款さんの手び練り器に、紅悠さんのりんごカード、そして勇魚の絵はがきを飾り、僕は、前々から書き溜めていた作品を仕上げコンペに出品した。
洋洋村でねじを巻かれ、僕自身変わった事と言えば、自らねじを巻ける様になった事で、その流れる日々の中、まさか自身の作品が大賞を取り認められるとは思ってもおらず、その後は忙しい日々が続いたのだった。
新作の発表会見も終え、ごった返す人の多い中を掻き分けて帰る途中、小さく僕の鼻の上にくるんっと竜巻きが出来ると、さーっと突風が吹き、からくり煎の人が見えた。
「ナッツクリーム!」
そう聞こえたが、消えてしまった。
園星さんには、洋洋村後、会っておらず、家を訪ねるが、留守のままだ。
勇魚は完成していた事、水田の事、今の自分を伝える為、お礼をと探すが、次回作にも忙しく、なかなか探す事は出来なかった。
「言継さん、鰐の涙って見た事あります?」「いや、無いけど。」「近寄っちゃダメですよ。食べられちゃいますから。鰐ですからね。」「近寄りませんよ。」「そうですか? 」「鰐が泣いてるからって、僕ごときでは、何も出来ませんからね。」「言継さんは、鰐でも、ほっておけなそうだからなぁ。」「いるんですかね。そんな人。」「いるんですよ、たまに。捕まえちゃうらしいですよ。」「それ、仕事なんじゃないの?」「逆転の発想ですかね。切っ掛けで。」「僕は、鰐の涙を見ても、近寄りませんよ。」
次ぎから次ぎへ。
ビルの谷間に残された短い橋を見つけると、上へ高く詰み固められ、移り変わる都会の景観は猛烈な勢いで高速早送り。
タイムマシーンに乗らずとも、未来都市は日々、少しの違和感と驚きと、混乱の中、体験しているのではと、僕はそのリズムに新鮮さを持ちつつ、毎日を過ごしていた。
ヤギ部屋は、情報も増し、変革も必要か。
隙き間も無い暮らしとスケジュールで、頭の中から排除していく気憶も多くなってきた。
僕が何処に居ようが居まいが、海を渡り、空を飛んでも、きっとすぐに見つかる。
情報の綱は広がる一方だ。
僕は何を探していたのだろうか。
「風を掴んで、光りの輪。」
降りるべき駅を乗り越し、僕は、洋洋村へ向かっていた。
移り変わる町の景観と、林の中を走り流れる時のスピードの中、
洋洋村に行き、
園星さんに会う事が出来た。
「勇魚と言継さんにもお会い出来て、嬉しいですよ。」
「有り難うございました。何と伝えたら良いのか、、、、。僕は。」
「作品で伝えて頂きました。大丈夫よ。」
園星さんは、僕の手を繋ぐ。
時は止まった。洋洋の水も、飛ぶセキレイも。風も止み水車も風車も。
全てが止まった。
「時は流れているから。常に流れていますから。」
時間は流れ進んで行く。
僕は、園星さんと手を繋いだまま、作品を持ち、流れる時の闇を止まっていた。
終
ナニゴコロナシノ トドノツマリハ
〜イメージの足し算と
イメージの引き算と、
創作の切っ掛けは誰にでもある。〜
人それぞれの興味を引き出す事、日常の必需品だけでは無い、夢と希望、憧れからの行動力、自分の中の余力、楽しみ、笑い、感動と。意欲的に突き進んでいく、心の原動力になればと思い、創作しました。
「ナニゴコロナシノ トドノツマリハ」は古風なSF冒険ストーリー。
肉体派ダンサーや、落語家さん、音楽家、画家、裁縫家、工芸家、商人、等等、その他、個性豊かな人物が沢山登場しています。
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