俺の手が届かないことは分かりきってるが、それでも。[1]
プロローグ
【プロローグ】
いつもの仲間と、いつもの場所で、いつもの様な下らない話をする。
その事に、どれだけの意味があるだろうか。
少なくとも昔の俺は、それに全く意味を感じなかった。
もちろんクラスメイトと話したりはするし、友達がいなかった訳じゃない。
でも、どこか退屈していた。
ほとんど、いや、全く同じ一日を繰り返しているような感じだったから。
何もない―――。ただ、生きているだけ。
そんなのが嫌で仕方がなかった。
だから、そんなのが壊れたとき俺は嬉しくてしかたがなかった。
母さんが死んだとき――。
俺は、本当に最低なやつだと思う。母さんの死と引き換えに、確かに俺は素晴らしい日常を、俺が求めていた日常を手に入れたのだから。
母さんの死を、悲しいなんて思わなかった。
別に、母さんが嫌いだったわけでも、虐待等をされていたわけでもない。だからこそ、最低なんだ。
母さんが死んでから約四年が経った。
なぜ母さんが死にどうやって俺が幸せを手に入れ、そしてなぜ今になって後悔しているのか。
それを、話そうと思う。
まだ俺が当時中学三年生だった頃の母さんの死を切っ掛けに世界が変わっていく話を。
死で幸を手にいれる。
母さんが死んだ――。
そんな知らせを、俺は父さんから受けた。
電話越しの父さんは、泣いていた。妹の大きな泣き声も聞こえる。
俺は、何も言えなかった。
でもそれは、悲しかったからでも、驚いたからでもない。
嬉しかった。いや、この表現は正しくないか。俺は、期待していた。
母さんが死んだことで、いなくなったことで変わる日常に、思いを馳せていた。
父さんは俺のことが嫌いだ。妹は出来が良く気に入られている。出来の良い妹を持つって大変なんだな。
親戚は誰も、俺を見てくれない。
父さんなんかにはきっぱりと、いらない、と言われた。俺も、あんたみたいな父親は要らない、と言い返した。
もし母さんがいなければ即追い出されただろうが、生憎その場には母さんがいた。
ビンタと、母さんの泣き顔。
それが、俺と家族を繋ぐパイプのようなものになった。
母さんを悲しませたくない。
父さんはその一心で要らない俺を家に住まわせたのだろう。
でも、母さんは死んだ。だったら――。
「出ていけ」
父さんは、はっきりと、威厳のある声でそう言った。
「学費、生活費は毎月銀行に振り込んでやる。だから、安心して出ていけ」
俺はニヤリと笑った。
とうとう、俺もラノベ主人公デビューかって、馬鹿なことも考えてた。
「分かったら、はやく荷物まとめて明日の朝には出ていけ。住所は冷蔵庫に貼ってある。交通費は出してやる。だから、さっさと――」
俺は、父さんの言葉を最後まで聞かずに自分の部屋に戻った。はやく荷物をまとめて出ていくためだ。
部屋に戻る前に冷蔵庫のメモ帳を確認した。ここから俺の新たな家までは若干距離があった。
ここは埼玉県。対して俺の新たな家は神奈川県。
もう三月のはじめで学校はほぼ終わっている。卒業式に行く必要なんてないから、明日にでも早速出ていきたい。
高校は、神奈川のとある私立高校。
とっくに受験は終わっているというのになぜか入学を認めてくれるちょっと、いや結構変わった学校だ。父さんに説明されたとき、
なんのための受験だよ!
ってつっこみたくなった。しかも、偏差値高め。自由奔放、生徒にほぼ全てを任せる楽しそうな学校だ。
人気もあるらしい。で、なぜか俺は受験せずに入学を認められた。
なんのための受験だよ!
父さん、何したんだよ…!
いつもは思い出すだけで吐き気がするほど嫌いな父さんだが、今は新しい生活への期待の方が大きいため頭の中で自然とつっこんだ。
まぁどうでもいいか。住む場所と通う学校と金さえあれば。
荷物を大きめのバッグとキャリーバッグに詰め込み、俺の部屋を空にし、要らないものは処分した。ベッドや棚などの大きめのものはトラックで輸送してくれるらしい。
これで晴れて自由の身になれる。
父さんにそれを告げると、じゃあ今すぐ出ていけと言われた。
その時、妹が学校から帰ってきた。
「おかえり」
父さんがそう声をかけた。やめろ気持ち悪い。
「ただいま」
妹は素っ気ない返事をしたあと、俺を見た。
「どうしたの?お兄ちゃんが父さんと話してるなんて珍しいね」
俺はちょっと返事に困った。
俺は妹が嫌いだが、妹は俺を好いてくれている。だから、出ていくことを告げるのはなんというか――
「男の旅立ちだよ」
父さんが言った。かっこつけんな気持ち悪い。
「旅立ち?なんで?まだ中学生でしょ?」
妹は不思議そうにそう言った。
「はやく出ていきたかったからな」
俺はそれだけ言うと自分の部屋に向かった。
夜中、徹夜でゲームをしていた俺にメールが届いた。送り主は妹。内容は、
なんで出ていきたいの?
というものだった。
お前のせいだよ。俺は心の中で呟いた。
「比べられて貶されるのはもう嫌なんだよ――」
そんな風に独り言を言ったあと、流石にそんな風に書くわけにはいかないから
俺は縛られるのが嫌いなんだよ。
と返しといた。うん、キモいね。
妹からのメールはもう来なかったため、ゲームを再開する。
さて、攻略まであとどれくらいかかるだろうね。なるべく明日の朝までにはクリアしたいものだ。
俺の手が届かないことは分かりきってるが、それでも。[1]